ネアンデルタール人による草食動物頭蓋の象徴的使用
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)による草食動物頭蓋の象徴的使用に関する研究(Baquedano et al., 2023)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。この研究は、スペイン中央部の甲板洞窟(Cueva Des-Cubierta)におけるネアンデルタール人集団の行動の可能性を、考古学的遺物群の分析を通じて調べます。ムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)石器インダストリーの証拠とともに、甲板洞窟充填物の第3層は、大型の有蹄類が優占し、一部は小さな炉床と関連している、哺乳類の骨遺骸群を含んでいる、と分かりました。
頭蓋後方【首から下】要素や歯や下顎骨や上顎骨の少なさは、頭蓋の人為的改変の証拠(解体痕および打撃痕)の証拠とともに、該当する動物の死骸が当初は洞窟の外で処理され、頭蓋が後に洞窟内部に持ち込まれたことを示唆します。その後、処理の第二段階が行なわれ、おそらくは脳の除去と関連していました。第3層を通じての頭蓋の継続的存在から、この行動は第3層形成中に繰り返されていた、と示唆されます。この行動は、生計関連の目的ではなく、その意図においてより象徴的だったようです。
●研究史
遺跡におけるネアンデルタール人の過去の存在の証拠は通常、狩猟や動物資源の処理および消費や道具の準備や火の使用など、生計活動と関連しています。しかし、頻度は低いものの、ネアンデルタール人の存在は、採集活動(たとえば、燧石の採石)やその象徴的世界と関連する活動など、他の機能と関連している可能性があります。象徴的世界と関連する活動は、たとえば埋葬(関連記事1および関連記事2)や儀式の使用のために構築されたかもしれない建造物(関連記事)の使用です。
この研究は、珍しい考古学的遺物群を調べます。それは大型哺乳類に属する頭蓋の蓄積で、スペイン中央部の甲板洞窟の第3層において、明らかにネアンデルタール人により処理されました。この遺物群の分類学的および解剖学的分析は、その構成要素が受けた化石生成論的改変とともに、その起源が単なる生計と関連する慣行以外の何かにあることを示唆します。むしろ、それは恐らくネアンデルタール人の象徴主義と関連しています。
●考古学的状況
甲板洞窟(北緯40度55分23秒、西経3度48分29秒、標高1112m)は複数層のカルスト体系の一部を形成し、スペインのマドリード北部のロソヤ川(River Lozoya)上流域の右岸に沿って走る白亜紀の海洋炭酸塩における水平的な溝で構成されます。甲板洞窟は、2009年に2002年以降にこの地域で行なわれていた考古学的活動の枠組み内で実行された調査研究中に発見されました。甲板洞窟は80mにわたって稲妻型に走り、幅が2~4mで、苦灰石の浸食による分解のため、その天井が失われています。
主回廊では、幼年期のヒトの下顎1点と乳歯6点が第2層から回収されました。これらの歯の発展段階と下顎体内部の発達中の永久歯胚から、これらの遺骸は3~5歳で死亡した単一個体に属する、と示唆されます。骨ばった顎の欠如と、大臼歯のシャベル状の程度と歯冠輪郭は、典型的なネアンデルタール人です。さらに、第2層で表されている石器インダストリー(734点の要素)はおもに石英で作られており、明らかにムステリアンです。石英の打ち割りの特殊性にも関わらず、剥片抽出のための円盤状打ち割りと、再加工された要素のうち鋸歯縁および抉入石器の存在と、あらゆる大型切削道具もしくは層状要素の欠如は、これらの要素のムステリアン的特徴を確証します。
その下にある第3層には、砂と粘土の母岩に、砕屑物に支えられた亜角の苦灰石と炭酸塩玉石の蓄積が含まれます。約27m²を覆い、深さ2mに達するこの蓄積には、本論文で検討される考古学的遺物が含まれます。その生物年代学的状況と利用可能な年代測定証拠は、この第3層を海洋酸素同位体ステージ(MIS)4もしくはMIS3の前半に位置づけます。花粉記録は、現在よりも乾燥して寒冷だった気候を示唆します。植物の多様性は限定的で、森林の発達は斑状であり、ビャクシン属お他の草原地帯植物がこの時点で拡大していました。これらの環境条件は、小型哺乳類の層序関連の研究で示唆されたものと一致し、ユーラシアハタネズミ(Microtus arvalis)やキタハタネズミ(Microtus agrestis)やルシタニアマツハタネズミ(Microtus lusitanicus)や地中海マツハタネズミ(Microtus duodecimcostatus)などさまざまな種類のハタネズミに、ステップナキウサギ(Ochotona pusilla)と思われる種のいくつかの遺骸が加わり、全て森林がほとんどない開けた景観の指標です。火災と関連するT-55および7A胞子の存在は、第3層の燃焼領域の認識と一致します。
第3層には石器インダストリーの充分な証拠も含まれます。合計で、1421点の台と敲石と石核と剥片と形成された道具が回収され、全てはネアンデルタール人のムステリアン技術複合に属します。最も一般的な石材は、地元で入手可能なものです。石英はその豊富さで際立っており、片麻岩はそれから作られ破片の大きさ、とくに敲石と台で際立っています。壊れた敲石は石核として頻繁に再利用されました。最も用いられた打ち割り手法は迅速なもので、それに続くのが両面および片面の両方で用いられる求心法と直交法です。存在する形成された道具のうち、鋸歯縁石器と抉入石器が最も一般的で、それに続くのが横形削器と再加工された剥片です。石屑と接合の存在から、一部の石器は第3層の形成期に洞窟内で形成された、と確証されます。
熱変化の兆候は、石器インダストリーの要素(回収された石器の1.1%)、苦灰石砕屑物(記載されたそのような砕屑物の13.0%)、稀に小型哺乳類遺骸で認められました。炭(338点)も遺物群に存在しました。全体的に、第3層の考古学的記録の34.0%は火の影響を受けました。堆積母岩において保存された燃焼関連構造の発見は困難ですが、熱変化遺骸の記載と空間分析により、火の影響を受けた物質と燃焼の具体点の特定が可能で、その中には、直接的に焼けた二次生成物の床を保存した洞窟の領域が含まれます。
●大型哺乳類群
長さ2cm以上の合計2265点の動物遺骸が第3層で回収され、そのうち1616点が分類学的に特定されました。有蹄類遺骸は肉食動物遺骸よりも圧倒的に多く、特定された標本の有蹄類に対する肉食動物の数(NISP)の比率は1.6%です。これら有蹄類の最も代表的なのはステップバイソン(Bison priscus)やオーロックス(Bos primigenius)などのウシで、少し離れてそれに続くのがアカシカ(Cervus elaphus)やノロジカ(Capreolus capreolus)などのシカ科と、ステップサイ(Stephanorhinus hemitoechus)と野生ウマ(Equus ferus)です(表1)。骨の改変の表面の分析は、これらの遺骸が捕食者活動の痕跡をほとんど示さない(0.2%)と明らかにしました。そうした痕跡が検出された遺骸は常に、骨格の頭蓋後方【首から下】要素で見つかりました。これら改変の少なさと不充分な定義により、関わった捕食者の特定が不可能になりました。
骨遺骸の一部には熱変化の痕跡が見つかりました(30.5%)。2~5cmと測定された骨が最も影響を受けており、炭化が影響の最も多く記載された種類でした。頭蓋と頭蓋後方の遺骸は、同じ程度(約20%)で影響を受けました。全体的に、動物遺骸の人為的改変は稀で(1.6%)、頭蓋後方要素、とくに四肢領域の骨に集中していました。最も一般的な改変は、骨髄抽出のための直接的な打撃による破砕でした(1.4%)。解体痕は調べられた骨の0.3%で見られたにすぎません。4点の遺骸は両方の改変の種類を示しました。しかし、ステップサイに属する1点とステップバイソンに属する1点の2点の頭蓋歯、明確な人為的解体痕を示しました。堆積後の断片化により、人為的は才の証拠の調査は困難になりましたが、ステップサイの頭蓋は確認された解体痕と同様に、その兆候を示しました。じっさい、一部の頭蓋は台および鎚と空間的に関連していました(図1および図2)。以下は本論文の図1です。
しかし、この大型哺乳類との関連の最も注目すべき特徴は、その解剖学的構成で、ほぼ上顎の欠けた頭蓋い遺骸が明らかに優占しています。歯はひじょうに稀です。これら全ての頭蓋は付属器官(骨の角の核や角や枝角やケラチン質の角)のいくつかの種類のある種に属しています。野生ウマは遺骸群に属する頭蓋付属器官のない唯一の種で、現時点では歯の断片と中手足骨のみで表されています。以下は本論文の図2です。
合計で35点の頭蓋遺骸が回収され、そのうち28点がウシ(ステップバイソンが14点、オーロックスが3点、ウシもしくはバイソンが11点)、5点がシカ科(アカシカが5点で、全ては枝角が脱落していない雄)、2点がサイ(ステップサイ)です。多くは、周囲の堆積物による強い堆積後の断片化を受けています。しかし、回収された断片の詳細な分析から、頭蓋の多く(39.3%)は当初、角の中核や枝角など前頭領域と、後頭および鼻の領域を保存していたものの、上顎や骨口蓋や頬骨は保存していなかった、と示唆されます(図3および図4)。以下は本論文の図3です。
一部の頭蓋は、焼けた頭蓋断片を含む、熱変化した物質の塊の上にあるのが見つかりました。以下は本論文の図4です。
●実験的屠殺
頭蓋の人為的痕跡の特定、および頬骨と上顎骨と下顎骨と歯の提示不足から、これらの動物の頭がまず洞窟外で処理された、と示唆されます。これらの要素の少なさは、ウシの頭の実験的屠殺において得られた観点で解釈されてきました。ウシの頭3点がそれぞれ経験豊富な畜殺者により屠殺され、どの骨が頭の肉や脳や脂肪を得るのに捨てられるか壊されるのに必要なのか、特定されました。これらの頭蓋部分が直接的打撃を通じて除去された場合、目(栄養があります)を取り出すのは容易でしたが、これらの骨が壊れていなければ、これらの組織の除去はひじょうに困難でした。さらに、上顎骨の破損中に、一部の上顎歯が偶然に抜けました。屠殺処理の最初の段階が洞窟内で行なわれてきたならば、下顎骨と上顎骨と頬骨および/もしくは上顎はと下顎歯の断片が見つかったでしょう。しかし、上で示唆されたように、これらの要素は第3層ではひじょうに稀です。したがって、最初の屠殺は洞窟外の場所で行なわれたに違いなく、おそらくは頭や目の肉の消費と関連しています。
洞窟内で2回目の処理が行なわれ、おそらくは脳を入手し、および/もしくは頭蓋を第3層で見つかった形状へと加工することと関連していました。これらの頭蓋の明確な構成について話すことは困難ですが、その改変の最終段階が洞窟で起きたことは明らかです。これは、多くの打撃関連の道具の存在(全ての石器の14%程度)、上顎骨の除去および脳の抽出と関連する打撃痕(少なくともサイの頭蓋の場合)、いくつかの遊離した頭蓋断片の存在により裏づけられます。実験的屠殺の間、脳を入手するためのさまざまな選択が検証されました。最も容易な方法は、後頭骨の破壊でした。遺跡では、これらの骨は一般的に不完全で、時には遊離しており、ネアンデルタール人の居住者がおそらくは脳の抽出のため洞窟内で頭蓋を加工した、と示唆されます。
●考察
この関連の解剖学的・分類学的・化石生成論的とくちょうは、水もしくは重力による蓄積や、自然の罠や肉食動物の巣で倭即されるものとは異なります。それらは、狩猟や獲物の処理および消費などネアンデルタール人による生計活動の慣行から生じるものとも一致しません。頭蓋の最小動物単位(%MAU)の相対的な高頻度は、肉食動物の巣の存在を示唆しているかもしれませんが、骨群の解剖学的および分類学的特徴は、肉食動物で提案されるものとは異なっており、確実にハイエナによるものではありません。頭蓋の数を考えると、この遺跡の別の解釈は、第3層が殺害現場だったかもしれない、というものです。しかし、扁平骨のような殺害/屠殺の部位で典型的に見られる低栄養要素がないことを考えると、これは除外できます。
ピニージャ渓谷(Pinilla del Valle)の近隣の他の遺跡について解釈された状況との類似点もありません。確かに、ナヴァルマイリョ(Navalmaíllo)岩陰のF層については、ネアンデルタール人の狩猟野営地が検出されており、骨格特性が中部旧石器時代の他の人為的な動物相蓄積で特定されたものと一致しています。ピニージャ渓谷の他の遺跡では、たとえばカミーノ(Camino)洞窟やブエナ・ピンタ(Buena Pinta)洞窟などでハイエナの巣として特定されており、その骨格統制は典型的です。しかし、甲板洞窟の動物相群はひじょうに異なっており、局所的な考古学的記録では他に見つかっていません。
現代の狩猟採集民集団を含む研究では、大型動物の頭は通常、重くて食料としての用途が少ないので、捨てられて野営地に持って来られない、と示されてきました。したがって、甲板洞窟へと、頭蓋が持ち込まれ、より栄養的に重要な死体の他の部分が持ち込まれなかったことは、意図的であり、生計とは関連しなかったようです。むしろ、それはその象徴的使用とより関連していたようです。
これまで、象徴的かつどうとのみ関連している遺跡は、ネアンデルタール人の考古学的記録では確認されてきませんでした。これは、ネアンデルタール人が関わっていたこの種の活動がそこで行なわれていたかもしれない、と解釈しようとするさいの制約です。単純に、これに関して役立つような比較する枠組みがありません。民族誌の事例との類似点は、この問題に取り組むのに役立つかもしれません。
現在、狩猟の成功記念物の形での大型哺乳類巣の骨格の収集と展示は、スポーツの狩猟と関連しています。しかし、さまざまな目的の類似の慣行も、ごく最近の狩猟採集民社会で記録されてきました。じっさい、世界規模の文化は、強い象徴的内容で動物の頭蓋骨に投資し、相応の注意を払ってそれらを保護もしくは展示してきました。狩られた動物の頭蓋骨は、南アメリカ大陸のアチュアル人(Achuar)やニューギニアのウォラ人(Wola)では、記念品もしくは成功記念物として保管されていました。他の文化では、頭蓋骨(もしくは象徴的意味のある他の骨)はともに分類され、狩猟儀式と関連する貯蔵所が形成されました。さまざまな著者が、狩猟聖地であるこれらの貯蔵所を理解してきました。記念物の頭蓋骨の展示もしくは蓄積は、男性の主体性の構築(た。たとえば、ニューギニア低地集団)や、特定の儀式の実行(たとえば、日本北部のアイヌ文化)とも関連してきました。他の頭蓋骨の蓄積は、たとえばサハリン島のウィルタ人(Uilta)では、埋葬儀式と関連してきました。
本論文で提示された事例では、頭蓋が全て頭蓋付属器官(シカの場合は脱落してない枝角)のある種に属している、という事実から、それらが記念物を表しているかもしれない、と示唆されます。小さい空間での集中も、その蓄積が狩猟聖地とみなされていた可能性を示唆します。しかし、儀式と火(火の使用の証拠との近接性を考慮すると)、ネアンデルタール人と自然世界との間の象徴的関係の何らかの表現、入会儀式もしくは鎮魂の魔術など、他の解釈も除外できません。
甲板洞窟の考古学的遺物群の特徴は、第3層の2mほどの厚さにわたって同じままです。頭蓋と熱変化した物質と石器要素の発見は、第3層の全体にわたる利用に必要な道具の継続的存在(時には重なっているものの、堆積物の一括により互いに分離されています)とともに、甲板洞窟遺跡のネアンデルタール人の居住者は長期(数年か数十年か数世紀か数千年さえも)にわたって同じ種類の行動を繰り返した、と示唆します。第3層が形成された期間にわたる大型哺乳類頭蓋の意図的堆積は、世代間のこの行動の伝達を示唆しており、文化的現象としての解釈と一致するでしょう。
ムステリアンの文脈における頭蓋の他の蓄積はほとんど知られていません。先行研究は、フランスの王子洞窟(Grotte du Prince)の広間B層における野生ヤギのアイベックス(Capra ibex)やオーロックスやアカシカに属する頭蓋の蓄積を記載しており、これは狩猟記念物の収集として解釈されました。しかし、この遺物群に関する現代の化石生成論的研究の欠如は、この解釈が完全に受け入れられる前には要注意です。
ネアンデルタール人の埋葬遺跡も、大型動物頭蓋の堆積と関連しています。先行研究は、フランスのル・レゴードゥ(Le Régourdou)洞窟におけるホラアナグマの頭蓋および他の骨について、ネアンデルタール人の葬儀の供物を反映しているかもしれない、と言及しましたが、これに疑問を呈する著者もいます。ネアンデルタール人の埋葬遺跡における頭蓋の他の供物の可能性も、たとえばウズベキスタンのテシク・タシュ(Teshik-Tash)遺跡で報告されてきました。
しかし、儀式もしくは象徴的文脈での頭蓋の確実な使用がより明らかになるのは、解剖学的現代人(現生人類、Homo sapiens)が到来してからです。たとえば、現生人類はフランスのレジスモン・レ・オー(Régismont-le-Haut)遺跡で見つかったステップバイソンの頭蓋(象徴的意味のある狩猟記念物かもしれないと解釈されました)、フランスのショーヴェ洞窟(Grotte de Chauvet)における岩に置かれたホラアナグマの頭蓋、アネソフカ2(Anesovka II)遺跡で発見されたステップバイソンの頭蓋および顎と関連してきました。
大型哺乳類の頭蓋は、現生人類の墓とも関連しているようで、供物として解釈されてきました。たとえば、チェコ共和国のブルノ2(Brno 2)遺跡におけるサイの頭蓋や、ウェールズのパヴィランド(Paviland)遺跡で発見された「赤い貴婦人(Red Lady)」墓と関連するマンモスの頭蓋で、両者ともグラヴェティアン(Gravettian、グラヴェット文化)の文脈です。本論文で報告された甲板洞窟における頭蓋の蓄積は、狩った動物と関連するネアンデルタール人の象徴性のさらなる証拠を提供します。
参考文献:
Baquedano E. et al.(2023): A symbolic Neanderthal accumulation of large herbivore crania. Nature Human Behaviour, 7, 3, 342–352.
https://doi.org/10.1038/s41562-022-01503-7
頭蓋後方【首から下】要素や歯や下顎骨や上顎骨の少なさは、頭蓋の人為的改変の証拠(解体痕および打撃痕)の証拠とともに、該当する動物の死骸が当初は洞窟の外で処理され、頭蓋が後に洞窟内部に持ち込まれたことを示唆します。その後、処理の第二段階が行なわれ、おそらくは脳の除去と関連していました。第3層を通じての頭蓋の継続的存在から、この行動は第3層形成中に繰り返されていた、と示唆されます。この行動は、生計関連の目的ではなく、その意図においてより象徴的だったようです。
●研究史
遺跡におけるネアンデルタール人の過去の存在の証拠は通常、狩猟や動物資源の処理および消費や道具の準備や火の使用など、生計活動と関連しています。しかし、頻度は低いものの、ネアンデルタール人の存在は、採集活動(たとえば、燧石の採石)やその象徴的世界と関連する活動など、他の機能と関連している可能性があります。象徴的世界と関連する活動は、たとえば埋葬(関連記事1および関連記事2)や儀式の使用のために構築されたかもしれない建造物(関連記事)の使用です。
この研究は、珍しい考古学的遺物群を調べます。それは大型哺乳類に属する頭蓋の蓄積で、スペイン中央部の甲板洞窟の第3層において、明らかにネアンデルタール人により処理されました。この遺物群の分類学的および解剖学的分析は、その構成要素が受けた化石生成論的改変とともに、その起源が単なる生計と関連する慣行以外の何かにあることを示唆します。むしろ、それは恐らくネアンデルタール人の象徴主義と関連しています。
●考古学的状況
甲板洞窟(北緯40度55分23秒、西経3度48分29秒、標高1112m)は複数層のカルスト体系の一部を形成し、スペインのマドリード北部のロソヤ川(River Lozoya)上流域の右岸に沿って走る白亜紀の海洋炭酸塩における水平的な溝で構成されます。甲板洞窟は、2009年に2002年以降にこの地域で行なわれていた考古学的活動の枠組み内で実行された調査研究中に発見されました。甲板洞窟は80mにわたって稲妻型に走り、幅が2~4mで、苦灰石の浸食による分解のため、その天井が失われています。
主回廊では、幼年期のヒトの下顎1点と乳歯6点が第2層から回収されました。これらの歯の発展段階と下顎体内部の発達中の永久歯胚から、これらの遺骸は3~5歳で死亡した単一個体に属する、と示唆されます。骨ばった顎の欠如と、大臼歯のシャベル状の程度と歯冠輪郭は、典型的なネアンデルタール人です。さらに、第2層で表されている石器インダストリー(734点の要素)はおもに石英で作られており、明らかにムステリアンです。石英の打ち割りの特殊性にも関わらず、剥片抽出のための円盤状打ち割りと、再加工された要素のうち鋸歯縁および抉入石器の存在と、あらゆる大型切削道具もしくは層状要素の欠如は、これらの要素のムステリアン的特徴を確証します。
その下にある第3層には、砂と粘土の母岩に、砕屑物に支えられた亜角の苦灰石と炭酸塩玉石の蓄積が含まれます。約27m²を覆い、深さ2mに達するこの蓄積には、本論文で検討される考古学的遺物が含まれます。その生物年代学的状況と利用可能な年代測定証拠は、この第3層を海洋酸素同位体ステージ(MIS)4もしくはMIS3の前半に位置づけます。花粉記録は、現在よりも乾燥して寒冷だった気候を示唆します。植物の多様性は限定的で、森林の発達は斑状であり、ビャクシン属お他の草原地帯植物がこの時点で拡大していました。これらの環境条件は、小型哺乳類の層序関連の研究で示唆されたものと一致し、ユーラシアハタネズミ(Microtus arvalis)やキタハタネズミ(Microtus agrestis)やルシタニアマツハタネズミ(Microtus lusitanicus)や地中海マツハタネズミ(Microtus duodecimcostatus)などさまざまな種類のハタネズミに、ステップナキウサギ(Ochotona pusilla)と思われる種のいくつかの遺骸が加わり、全て森林がほとんどない開けた景観の指標です。火災と関連するT-55および7A胞子の存在は、第3層の燃焼領域の認識と一致します。
第3層には石器インダストリーの充分な証拠も含まれます。合計で、1421点の台と敲石と石核と剥片と形成された道具が回収され、全てはネアンデルタール人のムステリアン技術複合に属します。最も一般的な石材は、地元で入手可能なものです。石英はその豊富さで際立っており、片麻岩はそれから作られ破片の大きさ、とくに敲石と台で際立っています。壊れた敲石は石核として頻繁に再利用されました。最も用いられた打ち割り手法は迅速なもので、それに続くのが両面および片面の両方で用いられる求心法と直交法です。存在する形成された道具のうち、鋸歯縁石器と抉入石器が最も一般的で、それに続くのが横形削器と再加工された剥片です。石屑と接合の存在から、一部の石器は第3層の形成期に洞窟内で形成された、と確証されます。
熱変化の兆候は、石器インダストリーの要素(回収された石器の1.1%)、苦灰石砕屑物(記載されたそのような砕屑物の13.0%)、稀に小型哺乳類遺骸で認められました。炭(338点)も遺物群に存在しました。全体的に、第3層の考古学的記録の34.0%は火の影響を受けました。堆積母岩において保存された燃焼関連構造の発見は困難ですが、熱変化遺骸の記載と空間分析により、火の影響を受けた物質と燃焼の具体点の特定が可能で、その中には、直接的に焼けた二次生成物の床を保存した洞窟の領域が含まれます。
●大型哺乳類群
長さ2cm以上の合計2265点の動物遺骸が第3層で回収され、そのうち1616点が分類学的に特定されました。有蹄類遺骸は肉食動物遺骸よりも圧倒的に多く、特定された標本の有蹄類に対する肉食動物の数(NISP)の比率は1.6%です。これら有蹄類の最も代表的なのはステップバイソン(Bison priscus)やオーロックス(Bos primigenius)などのウシで、少し離れてそれに続くのがアカシカ(Cervus elaphus)やノロジカ(Capreolus capreolus)などのシカ科と、ステップサイ(Stephanorhinus hemitoechus)と野生ウマ(Equus ferus)です(表1)。骨の改変の表面の分析は、これらの遺骸が捕食者活動の痕跡をほとんど示さない(0.2%)と明らかにしました。そうした痕跡が検出された遺骸は常に、骨格の頭蓋後方【首から下】要素で見つかりました。これら改変の少なさと不充分な定義により、関わった捕食者の特定が不可能になりました。
骨遺骸の一部には熱変化の痕跡が見つかりました(30.5%)。2~5cmと測定された骨が最も影響を受けており、炭化が影響の最も多く記載された種類でした。頭蓋と頭蓋後方の遺骸は、同じ程度(約20%)で影響を受けました。全体的に、動物遺骸の人為的改変は稀で(1.6%)、頭蓋後方要素、とくに四肢領域の骨に集中していました。最も一般的な改変は、骨髄抽出のための直接的な打撃による破砕でした(1.4%)。解体痕は調べられた骨の0.3%で見られたにすぎません。4点の遺骸は両方の改変の種類を示しました。しかし、ステップサイに属する1点とステップバイソンに属する1点の2点の頭蓋歯、明確な人為的解体痕を示しました。堆積後の断片化により、人為的は才の証拠の調査は困難になりましたが、ステップサイの頭蓋は確認された解体痕と同様に、その兆候を示しました。じっさい、一部の頭蓋は台および鎚と空間的に関連していました(図1および図2)。以下は本論文の図1です。
しかし、この大型哺乳類との関連の最も注目すべき特徴は、その解剖学的構成で、ほぼ上顎の欠けた頭蓋い遺骸が明らかに優占しています。歯はひじょうに稀です。これら全ての頭蓋は付属器官(骨の角の核や角や枝角やケラチン質の角)のいくつかの種類のある種に属しています。野生ウマは遺骸群に属する頭蓋付属器官のない唯一の種で、現時点では歯の断片と中手足骨のみで表されています。以下は本論文の図2です。
合計で35点の頭蓋遺骸が回収され、そのうち28点がウシ(ステップバイソンが14点、オーロックスが3点、ウシもしくはバイソンが11点)、5点がシカ科(アカシカが5点で、全ては枝角が脱落していない雄)、2点がサイ(ステップサイ)です。多くは、周囲の堆積物による強い堆積後の断片化を受けています。しかし、回収された断片の詳細な分析から、頭蓋の多く(39.3%)は当初、角の中核や枝角など前頭領域と、後頭および鼻の領域を保存していたものの、上顎や骨口蓋や頬骨は保存していなかった、と示唆されます(図3および図4)。以下は本論文の図3です。
一部の頭蓋は、焼けた頭蓋断片を含む、熱変化した物質の塊の上にあるのが見つかりました。以下は本論文の図4です。
●実験的屠殺
頭蓋の人為的痕跡の特定、および頬骨と上顎骨と下顎骨と歯の提示不足から、これらの動物の頭がまず洞窟外で処理された、と示唆されます。これらの要素の少なさは、ウシの頭の実験的屠殺において得られた観点で解釈されてきました。ウシの頭3点がそれぞれ経験豊富な畜殺者により屠殺され、どの骨が頭の肉や脳や脂肪を得るのに捨てられるか壊されるのに必要なのか、特定されました。これらの頭蓋部分が直接的打撃を通じて除去された場合、目(栄養があります)を取り出すのは容易でしたが、これらの骨が壊れていなければ、これらの組織の除去はひじょうに困難でした。さらに、上顎骨の破損中に、一部の上顎歯が偶然に抜けました。屠殺処理の最初の段階が洞窟内で行なわれてきたならば、下顎骨と上顎骨と頬骨および/もしくは上顎はと下顎歯の断片が見つかったでしょう。しかし、上で示唆されたように、これらの要素は第3層ではひじょうに稀です。したがって、最初の屠殺は洞窟外の場所で行なわれたに違いなく、おそらくは頭や目の肉の消費と関連しています。
洞窟内で2回目の処理が行なわれ、おそらくは脳を入手し、および/もしくは頭蓋を第3層で見つかった形状へと加工することと関連していました。これらの頭蓋の明確な構成について話すことは困難ですが、その改変の最終段階が洞窟で起きたことは明らかです。これは、多くの打撃関連の道具の存在(全ての石器の14%程度)、上顎骨の除去および脳の抽出と関連する打撃痕(少なくともサイの頭蓋の場合)、いくつかの遊離した頭蓋断片の存在により裏づけられます。実験的屠殺の間、脳を入手するためのさまざまな選択が検証されました。最も容易な方法は、後頭骨の破壊でした。遺跡では、これらの骨は一般的に不完全で、時には遊離しており、ネアンデルタール人の居住者がおそらくは脳の抽出のため洞窟内で頭蓋を加工した、と示唆されます。
●考察
この関連の解剖学的・分類学的・化石生成論的とくちょうは、水もしくは重力による蓄積や、自然の罠や肉食動物の巣で倭即されるものとは異なります。それらは、狩猟や獲物の処理および消費などネアンデルタール人による生計活動の慣行から生じるものとも一致しません。頭蓋の最小動物単位(%MAU)の相対的な高頻度は、肉食動物の巣の存在を示唆しているかもしれませんが、骨群の解剖学的および分類学的特徴は、肉食動物で提案されるものとは異なっており、確実にハイエナによるものではありません。頭蓋の数を考えると、この遺跡の別の解釈は、第3層が殺害現場だったかもしれない、というものです。しかし、扁平骨のような殺害/屠殺の部位で典型的に見られる低栄養要素がないことを考えると、これは除外できます。
ピニージャ渓谷(Pinilla del Valle)の近隣の他の遺跡について解釈された状況との類似点もありません。確かに、ナヴァルマイリョ(Navalmaíllo)岩陰のF層については、ネアンデルタール人の狩猟野営地が検出されており、骨格特性が中部旧石器時代の他の人為的な動物相蓄積で特定されたものと一致しています。ピニージャ渓谷の他の遺跡では、たとえばカミーノ(Camino)洞窟やブエナ・ピンタ(Buena Pinta)洞窟などでハイエナの巣として特定されており、その骨格統制は典型的です。しかし、甲板洞窟の動物相群はひじょうに異なっており、局所的な考古学的記録では他に見つかっていません。
現代の狩猟採集民集団を含む研究では、大型動物の頭は通常、重くて食料としての用途が少ないので、捨てられて野営地に持って来られない、と示されてきました。したがって、甲板洞窟へと、頭蓋が持ち込まれ、より栄養的に重要な死体の他の部分が持ち込まれなかったことは、意図的であり、生計とは関連しなかったようです。むしろ、それはその象徴的使用とより関連していたようです。
これまで、象徴的かつどうとのみ関連している遺跡は、ネアンデルタール人の考古学的記録では確認されてきませんでした。これは、ネアンデルタール人が関わっていたこの種の活動がそこで行なわれていたかもしれない、と解釈しようとするさいの制約です。単純に、これに関して役立つような比較する枠組みがありません。民族誌の事例との類似点は、この問題に取り組むのに役立つかもしれません。
現在、狩猟の成功記念物の形での大型哺乳類巣の骨格の収集と展示は、スポーツの狩猟と関連しています。しかし、さまざまな目的の類似の慣行も、ごく最近の狩猟採集民社会で記録されてきました。じっさい、世界規模の文化は、強い象徴的内容で動物の頭蓋骨に投資し、相応の注意を払ってそれらを保護もしくは展示してきました。狩られた動物の頭蓋骨は、南アメリカ大陸のアチュアル人(Achuar)やニューギニアのウォラ人(Wola)では、記念品もしくは成功記念物として保管されていました。他の文化では、頭蓋骨(もしくは象徴的意味のある他の骨)はともに分類され、狩猟儀式と関連する貯蔵所が形成されました。さまざまな著者が、狩猟聖地であるこれらの貯蔵所を理解してきました。記念物の頭蓋骨の展示もしくは蓄積は、男性の主体性の構築(た。たとえば、ニューギニア低地集団)や、特定の儀式の実行(たとえば、日本北部のアイヌ文化)とも関連してきました。他の頭蓋骨の蓄積は、たとえばサハリン島のウィルタ人(Uilta)では、埋葬儀式と関連してきました。
本論文で提示された事例では、頭蓋が全て頭蓋付属器官(シカの場合は脱落してない枝角)のある種に属している、という事実から、それらが記念物を表しているかもしれない、と示唆されます。小さい空間での集中も、その蓄積が狩猟聖地とみなされていた可能性を示唆します。しかし、儀式と火(火の使用の証拠との近接性を考慮すると)、ネアンデルタール人と自然世界との間の象徴的関係の何らかの表現、入会儀式もしくは鎮魂の魔術など、他の解釈も除外できません。
甲板洞窟の考古学的遺物群の特徴は、第3層の2mほどの厚さにわたって同じままです。頭蓋と熱変化した物質と石器要素の発見は、第3層の全体にわたる利用に必要な道具の継続的存在(時には重なっているものの、堆積物の一括により互いに分離されています)とともに、甲板洞窟遺跡のネアンデルタール人の居住者は長期(数年か数十年か数世紀か数千年さえも)にわたって同じ種類の行動を繰り返した、と示唆します。第3層が形成された期間にわたる大型哺乳類頭蓋の意図的堆積は、世代間のこの行動の伝達を示唆しており、文化的現象としての解釈と一致するでしょう。
ムステリアンの文脈における頭蓋の他の蓄積はほとんど知られていません。先行研究は、フランスの王子洞窟(Grotte du Prince)の広間B層における野生ヤギのアイベックス(Capra ibex)やオーロックスやアカシカに属する頭蓋の蓄積を記載しており、これは狩猟記念物の収集として解釈されました。しかし、この遺物群に関する現代の化石生成論的研究の欠如は、この解釈が完全に受け入れられる前には要注意です。
ネアンデルタール人の埋葬遺跡も、大型動物頭蓋の堆積と関連しています。先行研究は、フランスのル・レゴードゥ(Le Régourdou)洞窟におけるホラアナグマの頭蓋および他の骨について、ネアンデルタール人の葬儀の供物を反映しているかもしれない、と言及しましたが、これに疑問を呈する著者もいます。ネアンデルタール人の埋葬遺跡における頭蓋の他の供物の可能性も、たとえばウズベキスタンのテシク・タシュ(Teshik-Tash)遺跡で報告されてきました。
しかし、儀式もしくは象徴的文脈での頭蓋の確実な使用がより明らかになるのは、解剖学的現代人(現生人類、Homo sapiens)が到来してからです。たとえば、現生人類はフランスのレジスモン・レ・オー(Régismont-le-Haut)遺跡で見つかったステップバイソンの頭蓋(象徴的意味のある狩猟記念物かもしれないと解釈されました)、フランスのショーヴェ洞窟(Grotte de Chauvet)における岩に置かれたホラアナグマの頭蓋、アネソフカ2(Anesovka II)遺跡で発見されたステップバイソンの頭蓋および顎と関連してきました。
大型哺乳類の頭蓋は、現生人類の墓とも関連しているようで、供物として解釈されてきました。たとえば、チェコ共和国のブルノ2(Brno 2)遺跡におけるサイの頭蓋や、ウェールズのパヴィランド(Paviland)遺跡で発見された「赤い貴婦人(Red Lady)」墓と関連するマンモスの頭蓋で、両者ともグラヴェティアン(Gravettian、グラヴェット文化)の文脈です。本論文で報告された甲板洞窟における頭蓋の蓄積は、狩った動物と関連するネアンデルタール人の象徴性のさらなる証拠を提供します。
参考文献:
Baquedano E. et al.(2023): A symbolic Neanderthal accumulation of large herbivore crania. Nature Human Behaviour, 7, 3, 342–352.
https://doi.org/10.1038/s41562-022-01503-7
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