森正人『「親米」日本の誕生』

 角川選書の一冊として、角川学芸出版より2018年1月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は、第二次世界大戦で敗れた後の日本における対米観とその意味を、おもに生活史と文化史の観点から検証します。戦後日本は、米国への憧憬と現実のアメリカ合衆国の言動への嫌悪および反発を同居させながら、「アメリカ的価値観」を内面化し、アメリカに追いつき追い越すことに誇りを見出だしてきました。日本における戦中の「反米」から戦後の「親米」というか「従米」への極端にも見える変化について、本書は日本人の「主体的」側面を重視します。

 もちろん、本書が指摘するように、日本社会においてアメリカも含めて西洋世界への憧憬は戦前からあり、むしろ戦中が例外的だった、とも言えるでしょう。戦後の日本社会における「アメリカ的」な民主主義や合理主義や自由を希求する基盤に、戦前というか近代における西洋社会への強烈な憧憬があったことは間違いない、とも思います。一方で、近代日本においてこうした「西洋化」への反発があったことも否定できず、戦後日本社会における「反米」にもそれは見られますが、一方で、そうした「反米」も、民主主義や合理主義や自由といった「アメリカ的」価値観・規範を内面化したうえでのことだった、という側面があるように思います。

 本書は、戦後日本が「アメリカ的」価値観・規範をいかに内面化していき、それが単なるアメリカ合衆国の宣伝による「洗脳」ではなく、日本人が「主体的に」選択していった側面もあることを、豊富な実例で検証していきます。本書はそうした価値観・規範に、性別分業や敵味方や美醜など、二項対立的な判断も含まれており、やがて「アメリカ的」価値観・規範が「日本の伝統」とみなされるようになったことも指摘します。本書の見解には深いところがありますが、本書で提示された豊富な実例には身近な生活文化が多く、この点で私のような一般読者にも読みやすくなっているように思います。

 個人的には、そうした「合理主義」を志向した戦後の生活文化が、日本社会においていかに定着していく過程についての叙述は、冷蔵庫や冷暖房設備や洗濯機や掃除機などの家庭用家電製品が、現在ほど高性能ではないとしても、基本的には実用に充分な性能でそろっていた環境で生まれ育った私には、興味深いものでした。私が子供の頃には、カラーテレビも当たり前のものになっていましたし、新幹線や飛行機での民間旅行もありましたから、現在と比較すると、情報技術以外は基本的には変わらなかったように思います。私にとって家電製品がそろった環境は生まれた時点で大前提でしたが、当然、そうした環境が整うにはさまざまな水準で試行錯誤があったわけで、そうした面白さを伝えているのも本書の魅力になっていると思います。

 本書はさまざまな事例を取り上げていますが、1967年のトヨタ・カローラの宣伝に竜雷太氏が起用されていたのは初めて知りました。竜雷太氏は1966年に放送が始まった『これが青春だ』の主演により、一気に知名度を得たようです。本書ではこの宣伝の写真も掲載されており、これは予想外の収穫でした。「従米」と言っても大過ない戦後日本において、「アメリカ的」価値観・規範への憧憬と反発、個人や国家水準での「自立」をどう考えるべきなのか、難問ですが、「対米自立」を目指すにしても、「アメリカ的」価値観・規範を全否定すればよい、といった単純なものではなく、すでに日本社会においてすっかり内面化された「アメリカ的」価値観・規範の受容と選択の過程から問い直すことも必要なのでしょう。

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