古代ゲノム研究に基づく中国の先史時代

 古代ゲノム研究に基づく中国の先史時代の概説(Gao, and Cui., 2023)が公表されました。本論文は、おもに現在の中華人民共和国の領土(中国)を対象として、近年の古代ゲノム研究を再検討します。ユーラシア西部、とくにヨーロッパと比較して、中国も含めてアジア東部の古代ゲノム研究が遅れていたことは否定できません(Liu et al., 2021、関連記事)。これは、中国では北方に位置する北京でさえローマよりも低緯度に位置することにも表れているように、中国は全体的に温暖湿潤な地域が多く、古代DNAの保存に適した地域とは言えないことも要因となっています。

 しかし近年では、DNA解析技術の飛躍的発展や中国の学術面での大きな進歩もあり、中国の古代DNA研究の進展には目覚ましいものがあります。当ブログでもそうした研究をそれなりに取り上げており、アジアへの現生人類(Homo sapiens)拡散についての総説を取り上げたこともありますが(Yang., 2022、関連記事)、本論文はおもに中国を対象として古代ゲノム研究を整理しており、中国の先史時代の理解に有益なので、詳しく読むことにしました。当ブログで取り上げた論文については、該当の記事とともに最後に掲載しますが、本論文で引用されている文献は多いので、代表的な論文だけに限定したり、本論文で引用されていないより包括的な文献も取り上げたりしました。



◎要約

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)は約40年前に古代の遺骸から初めて抽出に成功しました。古代DNA研究は、21世紀初頭の次世代配列決定(next-generation sequencing、略してNGS)技術の進歩や、古代DNAの抽出および増幅の分野の発展により、大変革を遂げました。近年では、多数の古代ゲノムデータがヒトの起源と進化に光を当て、人口集団の移住および混合事象と、言語および技術の拡大への新たな洞察を提供してきました。中国はユーラシア東部に位置しているので、現生人類の居住の歴史を通じて、ユーラシア人の遺伝的歴史の調査に不可欠の役割を果たします。本論文は、中国の先史時代の再構築に役立つ、古代ゲノム解析に由来する最近の発展を再検討します。



◎前書き

 過去数十年にわたって、古代DNA研究には大変革がありました。ヒトの歴史の再構築に関して、多くの注目すべき達成がありました(たとえば、Bergström et al., 2021、関連記事)。当初、古代DNA研究はmtDNAのひじょうに可変的で部分的にコードする領域と、情報をもたらすY染色体の一塩基多型(SNP)に焦点を当てました。2006年以後、NGS技術の導入と古代DNA抽出の手法最適化により、先史時代の人口集団についてゲノム規模の古代DNA調査が可能になり、これは過去への新たな窓を開きました(たとえば日本語で読める具体的な解説は、太田., 2023、関連記事)。古代ゲノム研究は、時空間的なヒトの差異と移動性のパターンの包括的な理解につながります。

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)など古代型のヒト【絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属】から得られたゲノム規模データは、ヒトの進化への直接的な洞察を提供しました(Reilly et al., 2022、関連記事)。深く標本抽出された時間横断区の規模での大陸の人口集団の大規模な研究は、時間的にも空間的にも両方で、人口集団の遺伝的起源の直接的証拠を提供でき、ヒトの移住および相互作用の詳細を増やせます(Olalde, and Posth., 2020、関連記事、およびVicente, and Schlebusch., 2020、関連記事、およびZhang, and Fu., 2020、関連記事、およびChoin et al., 2021、関連記事、およびWillerslev, and Meltzer., 2021、関連記事)。

 ユーラシア東部に位置し、アジアの北部と中央部と南東部をつなぐ中国は、アジアのヒトの歴史の再構築にきわめて重要な地域です。その広大な版図と多様な地形は、ヒトの移民と古代文明【当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します】の長い歴史の発祥地でした。中国の人口集団の起源と進化的歴史は、考古学や歴史学や言語学や人類学や遺伝学や、最近では古ゲノミクスなど、さまざまな研究分野で広範に研究されてきました。中国における古代ゲノム研究は比較的遅く始まりましたが、古代中国の人口集団のゲノム規模データは近年では急速に蓄積されつつあります。古代DNA研究は中国とアジア東部の人口史に勝ちのある情報を提供し、中国文明の形成と発展をより深く理解する試みに重要です。



◎中国の人口集団の起源

 中国とさらにはアジア東部における解剖学的現代人(現生人類、anatomically modern humans、略してAMH)の起源は、ひじょうに長きにわたって議論されてきました。おもに2つの仮説があり、一方は他地域仮説で、もう一方は最近のアフリカ起源仮説です(Stringer., 2022、関連記事)。中国で発掘された古代人の化石から収集された証拠は多地域進化説を支持しますが、遺伝学的研究は最近の出アフリカ説と一致します【この問題に関しては、中国の民族主義と絡めて論じた概説(Cheng., 2017、関連記事)があります】。

 2017年の研究(Yang et al., 2017、関連記事)では、中国の北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の個体の全ゲノムが配列決定されました。Yang et al., 2017の成果は中国における初期現生人類の最初のゲノム規模解析を示したので、時空間的に標本抽出の間隙を埋めました。田園個体のゲノムは、現代アジア人と類似した遺伝的特徴を有しており、上部旧石器時代ユーラシア人により共有されるネアンデルタール人由来のDNAが約4~5%ありました。田園個体は、ヨーロッパ人とよりも現在および過去のアジア人の方と相対的に密接な関係がありました。

 しかし、田園個体と、ベルギーのゴイエ(Goyet)遺跡の個体(ゴイエQ116-1)やブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)個体群といった同じ頃の古代ヨーロッパの個体群との間の遺伝的つながりが観察されており(Hajdinjak et al., 2021、関連記事)、旧石器時代のオーリナシアン(Aurignacian、オーリニャック文化)の拡大と関連しているかもしれません【本論文はオーリナシアンの拡大との関連を指摘しますが、Hajdinjak et al., 2021や他の研究(Vallini et al., 2022、関連記事)などで指摘されているのは、初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、略してIUP)との関連です】。

 ゲノム解析の証拠から、田園個体は現代の中国の人口集団の直接的祖先ではなかった、と示されており、4万年前頃のアジアの人口集団の多様性が示唆されます。さらに、アムール川地域の33000年前頃の1個体(AR33K)は田園個体と類似の遺伝的構成要素を共有しており(Mao et al., 2021、関連記事)、最終氷期前には田園個体関連人口集団が中国北部に広がっていた、と示唆されました。



◎地域的な中国の人口集団の交通と統合

 初期中国文明はさまざまな特徴を示しながら複数の地域で形成されたので、物質文化の多様性が見られました。さまざまな文化的人口集団の遺伝的な歴史や、周囲の人口集団との交流と相互作用や、広く議論されている現代の人口集団の形成への影響に関する、多くの論題があります。最近の古代ゲノム研究は、これらの問題に新たな洞察を提供してきました。


●中国の北東部地域

 中国の北東部地域は地理的にアジア北部と極東をつなぎ、遼寧省と吉林省と黒竜江省と内モンゴル自治区(モンゴル南部)の南東部を含みます。この地域には旧石器時代以来、人類が居住してきました。この地域の物質文化は新石器時代に栄え始め、中国北部の文化と乾燥地のうこうの中心地となりました。この地域は中国文明の形成と発展や、アジア東部北方における農耕の拡散に顕著な影響を及ぼしてきました。最近、アムール川地域と西遼河地域のゲノム規模データは、研究者による中国のこの地域の動的な人口統計学的過程の比較に役立ちました(Ning et al., 2020、関連記事、およびMao et al., 2021)。

 アムール川(AR)地域は極東に隣接しており、天然資源が豊富です。その結果、漁業や狩猟や畜産がこの地域の主要な生計戦略を構成します。この地域の人口史は、旧石器時代から鉄器時代のAR個体群のゲノム解析を通じて再構築されました(Ning et al., 2020、およびMao et al., 2021)。最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)の前には、ARの人口集団(AR33k)は田園個体と類似の遺伝的特性を有していました。

 一方、LGMの末には、【AR19個体に代表される】この地域の遺伝的構成(AR19k)は変わっており、以前には広がっていた田園関連構成要素は現代のアジア東部構成要素に置換されたかもしれず、33000~19000年前頃の遺伝的不連続性を反映しています(Mao et al., 2021)。アジア東部の古代の南方沿岸人口集団と比較すると、AR19kは古代の沿岸部北方人とより近い遺伝的関係を有しています(Mao et al., 2021)。この観察に基づくと、アジア東部人の南北間の遺伝的違いは19000年前頃には形成されており、それは以前に報告された可能性よりもほぼ1万年早くなります。

 LGMの後には、AR地域の人口集団は遺伝的連続性を示し、極東ロシアのプリモライ(Primorye)地域の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave)で回収された新石器時代(N)の採食民/農耕民である、悪魔の門人口集団(悪魔の門_N)と最も近い遺伝的関係を有しています(Sikora et al., 2019、関連記事)。さらに、14000年前後には、人口集団の遺伝的構成要素は変わらないものの、局所的な人口規模は増加し、この地域における定住農耕の出現と関連しているかもしれません(Mao et al., 2021)。

 西遼河(WLR)地域は中国文明の初期の形成と発展にとって重要な地域で、中国北部における乾燥地雑穀農耕の中心地の一つです。この地域の人々は、おもに農耕と漁撈と狩猟で暮らしていました。新石器時代の中期に、紅山(Hongshan)文化(6500~5000年前頃)に代表されるよく発達した物質文化が、この地域とその近隣地域に拡大しました。この地域の人口集団の起源、および黄河流域など他の雑穀栽培地域との接触に焦点を当てた研究は、中国における農耕の拡散についての知識の増大に重要です。

 AR地域における人口統計学的過程とは異なり、中期新石器時代(MN)から青銅器時代(BA)にかけてのWLRにおける人口動態は、周辺の人口集団との一連の相互作用により特徴づけることができます(Ning et al., 2020)。WLR地域の人口集団は、新石器時代AR地域(AR_EN)と中期新石器時代黄河(YR)地域(YR_MN)の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の混合を有していますが、これら2祖先系統の割合は時空間的規模で異なりました。AR地域に隣接する、WLRの北方の中期新石器時代のハミンマンガ(Haminmangha)人口集団は、WLRの南部の同時代の紅山文化人口集団よりも多くのAR_EN祖先構成要素を有していましたが、後期新石器時代人口集団は、中期新石器時代人口集団よりもYR_MN祖先構成要素を多く有していました。

 遺伝的構成のこの差異は、中原人口集団の北方への移住と、中国北部における2つの主要な乾燥地農耕中心地の人口集団間の接触を反映していました。遺伝学的証拠から、中国北部における農耕拡散のパターンは人口移動により促進視されたかもしれない、と推測されました。青銅器時代における気候変化の結果として、WLRはもはや雑穀栽培に適さなくなり、その生計戦略は遊牧的な牧畜へと変わり、AR_EN祖先系統構成要素増加の遺伝的変化を伴いました。


●中国の中原

 中原は自然条件が良く、中国文明の発祥地です。仰韶(Yangshao)文化と龍山(Longshan)文化は中原の新石器時代文化の代表で、彩色土器で有名です。考古学的証拠は、中原と周辺地域との間の相互作用を明らかにしました。中原における新石器時代から後期青銅器時代/鉄器時代の人口集団の遺伝的特性は類似しているものの、中国南部およびアジア南東部(SC-SEA)からの遺伝的構成要素が後期新石器時代の後に増加し、この時には稲作農耕が中原で強化されました(Ning et al., 2020)。人口集団の遺伝的変化と稲作農耕技術の長江流域からの北方への拡大との間の相関から、中国における農耕の人口拡散パターンを推測されました。

 古代の中原人口集団と比較して、現代の漢人はSC-SEAとは一般的により多くの祖先構成要素を有しており、これは漢人の形成期における稲作に依拠した農耕人口集団の継続的な北方への移住の結果かもしれません。さらに、新石器時代から鉄器時代にかけて、中原人口集団と類似した祖先構成要素を有する人口集団は、黄河上流や陝西省や内モンゴル自治区(モンゴル南部)など周辺地域に広く分布しており、中原と周辺地域との間の継続的な遺伝的交流が示唆されます(Ning et al., 2020、およびWang CC et al., 2021、関連記事)。


●中国の北西部地域

 中国の北西部地域は、東西をつなぐ経路で、文化と人口の交流において重要な役割を果たしました。この地域の遺伝的歴史は、長く議論されてきました。アジアの東部と中央部との間の交差点に位置する新疆には、複雑な人口史があります。この地域ではユーラシア東西間の文化的交流と人口集団の相互作用が、シルクロード(絹の道)が開けるずっと前に起きていました。新疆の移住はひじょうに議論になっている問題です。おもに二つの仮説がその起源の説明に提案されており、それは草原地帯仮説とオアシス仮説です。草原地帯仮説は、新疆への最初の移民はタリム盆地の北方のアルタイ地域からのアファナシェヴォ(Afanasievo)文化関連人口集団だった、と仮定します。対照的にオアシス仮説は、バクトリア・マルギアナ考古学複合(Bactrio Margian Archaeological Complex、略してBMAC)地域からの農耕民が青銅器時代にタリム盆地に到来した、と示唆します。

 2021年の研究(Zhang et al., 2021、関連記事)では、タリム盆地の小河(Xiaohe)文化のミイラで行なわれた古代DNA研究からの調査結果が報告されました。その結果、以前の仮説のいずれも裏づけられず、青銅器時代タリム盆地人口集団の古代ゲノム解析は在来起源モデルを示しました。タリム盆地人口集団の遺伝的構成要素は、草原地帯人口集団ともBMAC人口集団とも関連しておらず、古代北ユーラシア人(ANE)と古代アジア北東部人(ANA)の混合でした。この混合事象の年代は10000~6000年前頃と推定されました。現時点ではタリム盆地のミイラにより最良に表されるANE関連構成要素は、青銅器時代とそれ以前にユーラシアにおいて広がっていたかもしれません。文化的交流が小河文化と近隣の人口集団間で起きましたが、小河文化人口集団は遺伝的に孤立しており、長期の遺伝的安定性を維持しました。小河文化人口集団とは異なり、ジュンガル盆地の初期人口集団は、その祖先構成要素の大半がアファナシェヴォ文化人口集団に、さらに在来のANE祖先系統に由来します。

 その後、新疆の200個体以上の古代人のゲノム研究も、新疆北西部の初期青銅器時代人口集団の祖先構成要素は、小河文化人口集団により表される在来の人口集団だけではなく、アファナシェヴォ文化やチェムルチェク(ChemurchekもしくはQiemu’erqieke)文化やシャマンカ(Shamanka)の人口集団にも由来する、と証明しました(Kumar et al., 2022、関連記事)。新疆と、草原地帯西部やアジア中央部および北東部などその周辺地域の青銅器時代におけるこれら人口集団間の頻繁な相互作用と混合は、新疆人口集団の複雑な遺伝的歴史を反映していました。

 青銅器時代の中期と後期には、アンドロノヴォ(Andronovo)文化からの祖先構成要素、アジア東部からの祖先系統の流入増加が観察されました。青銅器時代の人口集団と比較して、鉄器時代の人口集団は、漢人や匈奴などより多様な起源を有する、アジア中央部および東部の祖先構成要素の高い流入を示しました。鉄器時代の人口集団の遺伝的特性は、歴史時代および現在の新疆の人口集団で依然として観察されました。鉄器時代の新疆におけるサカ(Saka)文化構成要素の存在は、新疆におけるインド・イラン語派の拡大と関連しているかもしれません。新疆のこれらゲノム研究は、この地域の人口史を理解する試みに役立ち、さらに技術と言語の伝達に関する文献にさらに寄与しました(Zhang et al., 2021、およびKumar et al., 2022)。

 中国北西部に位置する黄河中流域と上流域は、中国文明の重要な発祥地の一つです。考古学と言語学両方の研究では、この地域の初期人口集団はシナ・チベット語族話者人口集団の形成と発展にかなりの影響を及ぼした、と示唆されました。この地域の5000年前頃のゲノムの遺伝学的分析(Wang CC et al., 2021)から、黄河流域の新石器時代人口集団はかつてチベットと中原に移住し、シナ・チベット語族を拡散させた可能性が高く、シナ・チベット語族話者の共通祖先の一つかもしれない、と明らかにされました。台湾の鉄器時代人口集団は、その祖先系統が、長江流域に居住していた農耕民だけではなく、中国北部に居住していた古代の人々にも由来しました(Wang CC et al., 2021)。この発見の痕跡は、中国北部の人々の南方への移住を確証しました。現代漢人の遺伝的構成は、黄河流域と鉄器時代台湾のさまざまな程度の祖先系統の混合としてモデル化でき、これは南北の漢人の間の遺伝的違いの理由を推測しました。


●中国の沿岸地域

 中国の南北の人口集団の遺伝的パターンと分岐過程は、アジア東部の深い人口史を調べるためには重要です。ゲノムの観点から洞察を得るために、研究者は中国北部沿岸地域(山東省)と内モンゴル自治区(9500~7700年前頃)および南部沿岸地域(12000~500年前頃)にわたる新石器時代のヒト遺骸を収集しました(Yang et al., 2020、関連記事、およびWang T et al., 2021、関連記事)。そのゲノムデータから、山東省の新石器時代遺跡の個体群により表されるアジア東部北方祖先構成要素は黄河とさらにシベリア東部草原地帯へと北方に少なくとも9500年前頃には拡大したのに対して、南部沿岸地域と台湾海峡の人口集団は、福建省とその隣接する島々の8400年前頃の新石器時代個体群により表される、アジア東部南方祖先構成要素の遺伝的構成要素を有している、と示唆されました(Yang et al., 2020)。これら2つの遺伝的構成要素は、2つの異なる遺伝的系統に分離しました。時の経過とともに、南北の人口集団間の遺伝的違いはじょじょに狭まり、新石器時代以来の南北間の頻繁な人口移動と混合が示唆されます。

 中国の南部沿岸地域はアジア南東部と接しており、現生人類の居住の長い歴史があります。中国南部沿岸は、ユーラシア東部とオセアニアの現生人類の起源と進化史の研究にとって重要な地域です。9000~8000年前頃となる福建省とその周辺地域の個体群の古代ゲノム解析から、南方祖先系統は現在の南部本土人口集団では大きく減少した、と示唆されました(Yang et al., 2020、およびWang T et al., 2021)。しかし、この祖先構成要素は現在のオーストロネシア人に顕著な影響を与えており、後期新石器時代のアジア南東部人口集団と密接に関連していました。

 広西チワン族自治区で発見された10686~294年前頃のヒト遺骸で行なわれたゲノム規模研究は、以前には標本抽出されていなかったアジア東部祖先系統を特定し、それは隆林洞窟(Longlin Cave)で発見された較正年代で10686~10439年前頃の個体により表される広西祖先系統で、その遺伝的特性は古代の南方祖先系統(福建省祖先系統)およびアジア南東部の8000年前頃のホアビン文化(Hòabìnhian)個体関連祖先系統とは異なります(Wang T et al., 2021)。福建省祖先系統と広西祖先系統を有する人口集団間の相互作用は、9000年前頃に起きました。広西祖先系統は6400年前頃まで中国南部において存続しました。中国南部とアジア南東部との間の人口集団の混合は早くも9000~6400年前頃に起き、つまり、この地域に農耕技術が導入される前でした。



◎まとめと展望

 中国で行なわれた古代ゲノム研究の過去5年間の急速な発展は、中国の人口集団の起源と人口史の追跡に、大量の価値ある情報を提供してきました。たとえば、4万年前頃の田園個体の遺伝的特徴や、広範囲のこの祖先系統です(Yang et al., 2017、およびMao et al., 2021)。中国には広い領域と多様な地形があります。先史時代人口集団の遺伝的景観し人口統計学的事象は、地域により異なります(図1)。南北の人口集団は早くも19000年前頃には分岐し、両者の間の遺伝的違いは経時的に減少し、継続的な人口集団の相互作用が示唆されます。以下は本論文の図1です。
画像

 AR(アムール川)地域はLGMの末に遺伝的変化を経て、その後に長期の遺伝的連続性を示しました。農耕の拡大を伴う遺伝的変化と人口移動が、WLR(西遼河)地域で観察されました。中原の人口集団は周辺地域へと拡大し、SC-SEAからの遺伝的構成要素は経時的に増加しました。新疆の人口集団の動的なパターンは、初期小河人口集団により表される在来の祖先系統と周辺の人口集団との間の一連の混合により特徴づけることができます。南部沿岸地域は農耕の導入前に、さまざまな遺伝的祖先系統間の複雑な相互作用を経ました。

 しかし、中国の人口史の理解は完全にはほど遠いものです。中国の人口集団の直接的な祖先、いつどのように北部人口集団は南部人口集団と相互作用したのか、長江地域の古代の農耕民の遺伝的構成と拡大、チベット人の起源と進化など、多くの問題が提起されました。古代ゲノムデータはある程度蓄積されてきましたが、中国の人々の複雑な遺伝的過程の再構築には依然として長い道のりがあります。将来、時空間的横断区の以前には標本抽出されていなかった地域、たとえば中国の中央部地域からの古代ゲノムデータが増え、考古学年代測定や言語学や生物情報学やゲノミクスやプロテオミクス(タンパク質の総体であるプロテオームの解析手法)が発展すれば、学際的研究は、中国の人口集団の起源、人口集団の移住と相互作用、経時的な環境への適応について、並外れた洞察を提供できます。


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太田博樹(2023)『古代ゲノムから見たサピエンス史』(吉川弘文館)
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