シチリア島の上部旧石器時代人類のゲノムデータと食性と微生物叢

 シチリア島の上部旧石器時代人類のゲノムデータと食性と微生物叢を報告した学際的研究(Scorrano et al., 2022)が公表されました。ヒト遺骸および関連する歯石からの古代生体分子分析における最近の進歩は、現生人類(Homo sapiens)の先史時代の食性および遺伝的多様性への新たな洞察を提供してきました。本論文は複数分野の研究を提示し、歯石のメタゲノムおよびプロテオーム(タンパク質の総体)解析と、イタリアのサン・テオドーロ(San Teodoro)洞窟の最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)後となる2個体の錐体骨のヒトの古代DNA分析を統合して、その生活様式とヨーロッパのLGM後の再居住を再構築します。

 本論文の分析は、旧石器時代のシチリアにおける遺伝的均質性を示したので、以前に特定されたヴィッラブルーナ(Villabruna)クラスタ(まとまり)内の未知のイタリアの遺伝的系統を表しています。本論文は、この系統がLGMにおいてイタリアを退避地とし、ヨーロッパ中央部と西部へのその後の拡大が続いた、と主張します。歯石の分析は、口腔微生物叢組成にも反映されている動物性タンパク質の豊富な食性を示しました。本論文の結果は、先史時代のヒトの研究におけるこの手法の検出力を論証し、将来の研究では人口動態と生態系のより全体的な理解に達することができるでしょう。


●研究史

 近年、古代DNA手法の進歩により、現生人類の過去の人口動態への新たな洞察が得られました(関連記事)。これまで、ほんどの古代DNA研究は世界全体への解剖学的現代人(現生人類)の拡散に焦点を当てており、現在のヒトの遺伝的差異を形成した移住経路と混合事象の歴史を調べました。最近の研究は、現生人類がアフリカから移住した後の、上部旧石器時代におけるユーラシア西部の移住を明らかにしてきました(関連記事)。ヨーロッパにおける最初の現生人類の移住は45000年前頃ですが、その後の集団への祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の寄与はなかったようです(関連記事)。

 ヨーロッパロシアにあるコステンキ・ボルシェヴォ(Kostenki-Borshchevo)遺跡群の一つであるコステンキ14(Kostenki 14)遺跡の初期(37000年前頃)ヨーロッパ人1個体のゲノムを報告した研究(関連記事)では、祖先的なヨーロッパ人の遺伝子プールはその時までに確立されていた、と論証されました【査読前論文とその以下の図を参照すると、基底部ユーラシア人の影響の大きさなどからも、37000年前頃までに祖先的なヨーロッパ人の遺伝子プールが確立されていた、とは言い難いようにも思います】。
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 新石器時代の前のヨーロッパ人のより大規模な一式から得られたゲノムデータの分析は、複数の深く分岐した系統を含む、初期ヨーロッパ人の間の複雑な人口構造を記録しました。LGMの前後で特定された遺伝的クラスタのうち、スペインのエル・ミロン洞窟(El Mirón Cave)の個体(関連記事)に代表される系統と、イタリアのヴィッラブルーナ遺跡の個体に代表される系統は、現在のヨーロッパ人と最多数のアレル(対立遺伝子)を共有しています。この両系統はLGM後の主要な温暖期であるボーリング・アレロード(Bølling-Allerød)亜間氷期に、ヨーロッパに広がっていました。

 エル・ミロン系統(ヨーロッパで19000~14000年前頃)は、ヨーロッパ南西部の退避地のマグダレニアン(Magdalenian、マドレーヌ文化)の氷期後の拡大と関連しており、LGM前となるベルギーのゴイエ(Goyet)遺跡の個体(ゴイエQ116-1)と遺伝的祖先系統を共有しています。ヴィッラブルーナ遺伝的クラスタ(14000~7000年前頃)は、ヨーロッパ西部および中央部の狩猟採集民では優勢な祖先系統クラスタと明らかになっており、ヨーロッパではアジリアン(Azilian、フランコ・カンタブリア地域の続旧石器時代と中石器時代のマグダレニアン後の文化)や続旧石器時代や続グラヴェティアン(Epigravettian、続グラヴェット文化)や中石器時代の文化と関連しています。それにも関わらず、ユーラシア西部のLGM後の人口史より完全な全体像は分かりにくいままで、それは、ヨーロッパ南部の化石がゲノム研究では依然として過小評価されているからです。

 一方、最近の調査では、歯垢や唾液や歯肉溝滲出液から形成される複雑で石灰化した細菌の生物膜である歯石は、古代DNAとタンパク質が豊富である、と示されてきました。したがって、歯石は古代の人口集団における食性と口腔微生物叢と口腔疾患の特徴づけにはとくに価値があります。食性は、ヒトの健康を決定し、口腔微生物叢の組成形成において重要な役割を果たす、最重要の生活様式要因の一つです。ヒトの食性における変化は、口腔微生物叢の進化と生態系に影響を及ぼし、次に免疫応答系の遺伝子発現に影響を与える可能性があります。最終的に、口腔微生物叢とそのヒト宿主の複雑な共進化の解明には、食性と栄養のより深い知識が必要になります。

 食性情報はこれまで、ほぼ安定同位体分析により得られてきており、これは食性の情報源として用いられる動植物種を同定できません。この限界を克服し、古代の食性および口腔微生物叢をより深く特徴づけるため、歯石は二重の手法により分析され、古ゲノミクスおよび古プロテオーム鑑定を達成すべきです。これらの手法は、口腔微生物叢の種と栄養のため消費された種の同定において補完的です。さらに、プロテオーム解析により、過程固有のタンパク質特性に基づいて、口腔微生物叢とその宿主との間で進行中の病原体作用と免疫応答両方の再構築が可能になります。したがって、さまざまな古代の生体分子の組み合わされた分析は、より広い見方を提供し、過去のヒトについての複雑な生物学的問題に答えられます。

 本論文は、上部旧石器時代後期(続グラヴェティアン)の錐体骨からのヒト古代DNA解析を、歯石から得られた微生物の古代DNAおよび食料供給源の古代のタンパク質と組み合わせますが、これらのデータは、シチリア島のサン・テオドーロ洞窟(図1)の上部旧石器時代後期となる続グラヴェティアン(較正年代で15322~14432年前頃)の狩猟採集民2個体から分離されました。これらの分析を用いて、LGM後の遺伝的祖先系統とヨーロッパ南部狩猟採集民の拡散が調べられ、口腔微生物叢と食事の生活様式が再構築されました。その考古学的記録の複雑さを考えると、イタリア南部はヨーロッパにおけるヒトと氷期後の気候展開への反応の理解にとって、重要な地理的領域の一つです。以下は本論文の図1です。
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●標本

 サン・テオドーロ洞窟の上部旧石器時代の2個体の錐体骨からDNAが抽出され、ショットガン配列決定を用いて、得られたライブラリは0.5倍(サン・テオドーロ3号、以下ST3)と0.1倍(サン・テオドーロ5号、以下ST5)の平均ゲノム網羅率で配列決定されました。両標本は古代の遺骸で典型的に見られる脱アミノ化パターン読み取り長と、ST3においてミトコンドリアDNA(mtDNA)では0.4%でX染色体では2.3%、ST5においてはmtDNAで1.4%と、現代人との低い汚染率を示し、生成されたデータの信頼性が裏づけられます。X染色体とY染色体にマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)された読み取りの断片を用いての遺伝的性別決定から、ST3は男性で、ST5は女性と示され、形態学的結果と一致します。親族関係の分析では、この2個体は密接に関連していない、と示唆されました。

 両個体のmtDNAハプログループ(mtHg)はU5b2bで、これはヨーロッパのLGM後の狩猟採集民では最も一般的に見られるmtHgの一つで、LGM後のヨーロッパの再居住と関連している可能性が高そうです。サン・テオドーロ遺跡の2個体は、イタリア北部の14180~13780年頃となる上部旧石器時代(後期続グラヴェティアン)のヴィッラブルーナ遺跡の1個体と同じ下位クレード(単系統群)に属し、これは最も分岐したハプロタイプを表しています。分岐時間の分析は、mtHg-U5b2bの年代を23000年前頃(27984~19137年前頃)と推定し、以前の結果と一致します。さらに、サン・テオドーロ系統は、イタリア南部のプッリャ州(Apulia)のパグリッチ洞窟(Grotta Paglicci)の18000年前頃の個体(パグリッチ71号)の系統と密接に関連しており、この系統は続グラヴェティアンの以前の段階(発展続グラヴェティアン)を指します。

 ST3で決定されたY染色体ハプログループ(YHg)はI2a2で、これはYHg-I2の下位クレードとなり、ヨーロッパの狩猟採集民では一般的で、おそらくは新石器時代のヨーロッパにおける拡大前のヨーロッパ南部に起源があり、現在はバルカン半島において最も一般的なYHgです。


●ヨーロッパ狩猟採集民の遺伝的構造

 LGM後のヨーロッパ狩猟採集民の遺伝的多様性分析の目的で、サン・テオドーロ洞窟個体のデータが以前に刊行された狩猟採集民個体群(旧石器時代と中石器時代)と統合されました(図1a)。古代の個体群の遺伝的構造を視覚化するため、個体間のアレルを共有する対でのIBS(identity-by-state)に由来する距離行列で、多次元尺度構成法(multidimensional scaling、略してMDS)が実行されました(図1b)。サン・テオドーロ洞窟の標本2点は、以前にヨーロッパ西部狩猟採集民(WHG)と呼ばれたヨーロッパ西部および南部の個体群の遺伝的多様性内に広く収まりました。個体群のこの集団内で、サン・テオドーロ洞窟の2個体はシチリアの別の後期続グラヴェティアン1個体である、シチリア西部のファヴィニャーナ(Favignana)島のドリエンテ洞窟(d’Oriente)洞窟の続グラヴェティアン期(堆積物の炭に基づく放射性炭素年代測定で14200~13800年前頃)の狩猟採集民1個体(オリエンテC)、およびイタリア中央部のコンティネンツァ洞窟(Grotta Continenza)の後期上部旧石器時代/中石器時代個体群と最も密接にクラスタ化し(まとまり)、14000年前頃以降のイタリア半島のLGM後の狩猟採集民に共通の遺伝子プールが示唆されます。

 クラスタ化の結果は、f4形式(ムブティ人、検証対象;サン・テオドーロ_後期更新世、悪魔の門_新石器時代)のf4統計によっても確証されます。このf4統計は、外群である悪魔の門(Devil’s Gate)洞窟のアジア東部狩猟採集民と比較しての、サン・テオドーロ遺跡個体との検証個体の遺伝的浮動の共有過剰を測定します。その結果、WHG個体群、とくにイベリア半島の個体群は、サン・テオドーロ遺跡の2個体と最高量の遺伝的浮動を共有していた、と示されました。最高の類似性は、サン・テオドーロ遺跡(後期続グラヴェティアン)の同じ文化圏と関連する個体であるオリエンテCで観察されました。オリエンテCは、同じ地理的領域(シチリア)の類似の年代の遺跡で発見された個体です。

 次に、f4形式(ムブティ人、検証対象;イタリア狩猟採集民、サン・テオドーロ_後期更新世)のf4統計を用いて、サン・テオドーロ遺跡の2個体がイタリアの狩猟採集民集団とクレードを形成するのかどうか、検証されました。ここでのイタリア狩猟採集民は、上部旧石器時代後期(オリエンテCとヴィッラブルーナ)と上部旧石器時代後期/中石器時代(コンティネンツァ)の両方で構成され、他の検証集団は除外されます。クレード的な関係はシチリア狩猟採集民のオリエンテCでは却下できませんでしたが、有意な統計量は他の2集団との検定で観察されました。

 コンティネンツァ遺跡のイタリア中央部個体群については、ほとんどのLGM後の個体は、サン・テオドーロ遺跡の2個体と比較して有意に増加した共有される遺伝的浮動を示しました。広範な地理的分布と時間的文化的区別を伴う個体群での統計量の一貫した程度は、サン・テオドーロ遺跡の2個体との分岐後の、ほとんどのLGM後のヨーロッパ人とコンティネンツァ遺跡個体の祖先間の遺伝子流動の可能性を示唆します。興味深いことに、f4形式(ムブティ人、パグリッチ133号;イタリア_中石器時代、サン・テオドーロ_後期更新世)のf4統計では、コンティネンツァ遺跡個体とよりもサン・テオドーロ遺跡の2個体の方とより高い類似性を示す証拠のある唯一の個体は、LGM前となる33000年前頃のイタリア南部のパグリッチ洞窟(Grotta Paglicci)遺跡の個体(パグリッチ133号)でした。パグリッチ133号は文化的にはグラヴェティアンと関連していると考えられており、サン・テオドーロ遺跡の続グラヴェティアンは、その数千年後にグラヴェティアンから派生しました。これは、あり得る代替的な説明として、以前にイベリア半島で観察されたように、イタリア南部におけるLGM前の狩猟採集民と関連する祖先系統を含む遺伝子流動の可能性を示唆しています。

 クレード的な関係は、サン・テオドーロ遺跡の2個体とヴィッラブルーナ遺跡のイタリア北部の14000年前頃となる1個体の関係でも却下されました。コンティネンツァ遺跡の個体で得られた結果とは対照的に、この分析では、ヨーロッ西部の個体群はほとんど、サン・テオドーロ遺跡の2個体とより多くの遺伝的浮動を共有していましたが、ヨーロッパ東部の個体群は、ヴィッラブルーナ遺跡の個体とより多くの遺伝的浮動を共有していました。これらの結果は遺伝的クラスタ化にも反映されており、ヴィッラブルーナ遺跡の個体は、鉄門(Iron Gates)遺跡の個体に代表されるバルカン半島の個体群へと向かう勾配上でイタリアおよびヨーロッパ西部の個体から離れて動いており(図1b)、ヴィッラブルーナ・クラスタの個体間のさらなる下位構造が示唆されます。

 ヨーロッパのLGM後の狩猟採集民の遺伝的多様性は、ヨーロッパ西部狩猟採集民(WHG)とヨーロッパ東部狩猟採集民(EHG)という2つの主要な祖先系統集団により固定された、東西の勾配の観点で説明されており、イベリア半島では後期更新世(LP)狩猟採集民祖先系統からのいくらかの寄与がありました(関連記事)。図1bのMDSでは、個体群は4つの異なる祖先系統クラスタに最大で区別されました。つまり、(1)サン・テオドーロ遺跡も含まれるイベリア半島狩猟採集民、(2)ゴイエQ2により表されるLP狩猟採集民祖先系統、(3)鉄門遺跡個体により表されるバルカン半島の個体群、(4)ロシアのEHGです。

 残りの個体は、その地理的位置に大まかに関連しているいくつかの明確な遺伝的勾配にわたって並んでおり、それは、(1)イベリア半島をバルカン半島とつなぐアドリア勾配、(2)イベリア半島の個体群におけるゴイエQ2関連祖先系統のイベリア半島LP勾配、(3)バルカン半島とウクライナの勾配、(4)バルト海からスカンジナビア半島の個体群とEHGをつなぐヨーロッパ北東部とスカンジナビア半島とロシアの勾配です。さらに、地理的領域内の時間的な遺伝的構造の証拠が見つかりました。これは鉄門遺跡において最も顕著で、鉄門遺跡では、セルビアのそれ以前の個体群(9000年以上前)が、ルーマニアの近隣の個体群とともに、4つの最も分化したクラスタのうちの1つを形成するのに対して、セルビアのその後の個体群(9000年前頃以後)はヨーロッパ北部から東部およびバルト海の個体群の方へと動きました(図1b)。

 これらの観察に動機づけられて、qpAdmを用いて、ヨーロッパ狩猟採集民の祖先系統の割合が、供給源として最大限分化した遺伝的クラスタの代表を用いての4方向モデルで推測されました。その結果、遺伝的クラスタ化で観察された特徴の多くが再現されました。ヨーロッパ西部の個体群では、イタリア狩猟採集民と関連する祖先系統が優勢で、LP狩猟採集民(ゴイエQ2)祖先系統の寄与はさまざまでした(図2)。LP祖先系統はイベリア半島において最高に達し、推定される祖先系統の割合はエル・ミロン洞窟個体では71%で、以前の結果と一致します(関連記事)。バルカン半島狩猟採集民関連祖先系統の明らかな流入は、イベリア半島北部のラ・ブラナ(La Brana)遺跡およびロス・カネス(Los Canes)遺跡の最も新しい2個体で観察され、ヨーロッパ西部における狩猟採集民支配の終焉に向けて異なる祖先系統集団間の遺伝子流動が示唆されます(関連記事)。以下は本論文の図2です。
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 ヨーロッパ東部では、バルカン半島狩猟採集民と関連する祖先系統が最も豊富で、イタリアもしくはEHG祖先系統の追加の寄与があり、個体群の地理的起源と一致します。遺伝的連続性は、鉄門遺跡の後のバルカン半島狩猟採集民の多くで却下でき、イタリアとゴイエQ2両方の関連祖先系統を有する集団との混合の証拠を示しました。最後に、EHG関連祖先系統はウクライナの個体群およびスカンジナビア半島狩猟採集民(関連記事)において最高の割合で見つかりました。繰り返すと、1万年前頃以後のウクライナの個体群におけるバルカン半島狩猟採集民関連祖先系統の増加を伴う、局所的な遺伝的変容を示唆する祖先系統の時間的層別化が観察されました。まとめると、これらの結果は、ヨーロッパのLGM後の狩猟採集民の詳細な規模の遺伝的構造における、以前には過小評価されていた複雑さを記録します。


●口腔微生物叢の多様性

 歯石から抽出された古代DNAが配列決定され、サン・テオドーロ遺跡の上部旧石器時代狩猟採集民2個体の口腔微生物叢が特徴づけられました。合計で28732940(ST3)と32249586(ST5)の配列決定読み取りが得られて、Kraken/BrackenおよびKrakenUniqを用いてメタゲノム分類および存在量推定が行なわれ、1639575(5.71%、ST3)と2431172(7.54%、ST5)の分類された読み取りを含む最終データセットが得られました。まず、サン・テオドーロ遺跡の2個体の広範な口腔微生物組成が特徴づけられました。両個体には、口腔微生物叢と通常は関連する、アクチノマイセス(Actinomyces)属とレンサ球菌(Streptococcus)属とプロピオニバクテリウム(Propionibacterium)属が豊富でした(図3)。以下は本論文の図3です。
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 ST3は歯内感染症を引き起こすと知られているオルセネラ(Olsenella)属も豊富でしたが、ST5はともに通常の口腔微生物叢の一部であるアグリゲイティバクター(Aggregatibacter)属とナイセリア(Neisseria)属が豊富でした。推定される古代の微生物起源の配列を確証するため、種水準で分類された配列決定読み取りがそれぞれの参照配列にマッピングされ、古代DNA損傷特性とゲノム網羅率と読み取り編集距離分布が決定されました。その結果、口腔微生物叢と関連する種から分類された配列は、高率のDNA損傷と短い編集距離と均等なゲノム網羅率により特徴づけられている、と分かり、その信頼性が強く裏づけられました。ST3とST5の両標本では、一部の種はKraken/Brackenから推定された豊富な存在量にも関わらず、その参照ゲノムへとマッピングされる読み取りを殆ど若しくは全く示しません。しかし、それら偽陽性の可能性が高い種は、口腔微生物叢では典型的ではないメソリゾビウム(Mesorhizobium)属やスフィンゴモナス(Sphingomonas)属やメチロシナス(Methylosinus)属などに由来します。

 8ヶ所の口腔部位と4ヶ所の他のヒト微生物叢を網羅する合計1400点の現代の標本と、75点の土壌標本と、17点の以前に刊行された古代の歯石標本で構成された参照データセットの文脈で、サン・テオドーロ遺跡の2個体から得られた古代の微生物叢のデータが分析されました。口腔微生物叢と関連する微生物の属と種は、全ての古代標本でひじょうに豊富に見つかり、サン・テオドーロ遺跡の2個体の結果と一致します。SourceTracker2を用いて推定された土壌微生物叢からの環境汚染は、全ての古代の歯石標本で低く、5%未満でした。環境汚染もしくは偽陽性分類からの影響の可能性をさらに最小限にするため、全ての組成分析が、KrakenUniqを用いて、5以上の現代の標本で分類された最小限で1000の特有の長さ(a minimum of 1,000 unique kmers)がある、微生物種の一式に限定されました。すべての現代および古代の標本を含む分析(種一式「全て」)では、すべての現代のメタゲノムで同定された微生物種が含まれました。口腔微生物叢に限定された分析(種一式「口腔」)では、口腔部位から得られた現代の標本で同定された微生物種だけが含められました。

 教師なしの主成分分析(PCA)と教師ありの主成分判別分析(DAPC)の両方の手法を用いて、微生物組成の違いが調べられました。すべての手法は、標本が隔離部位に応じて群生へと大まかにクラスタ化されることを示しました(図4a)。耳介後方縦溝と外鼻孔から得られた標本はともにクラスタ化し、膣標本と一部重複して、以前の結果と一致します。古代の歯石標本は、歯垢もしくは歯肉標本の最も近くでクラスタ化し、大まかには生計様式に応じて区分されました。それは、上部旧石器時代採食民と狩猟採集民と農耕民です(図4a)。土壌標本は古代の歯石とは明確に異なるクラスタ化を示し、古代の歯石におけるSourceTrackerから推定された低い汚染と一致します(図4a)。

 PCAでは、農耕導入とそれ以降のより最近の標本は、旧石器時代人および先牧畜民の標本よりも現代の標本の近くに位置し、産業化後の標本の1つ(IR_13234)は現代の標本とクラスタ化します。K(系統構成要素数)平均がDAPCの前に全ての標本の分類を決定できるようにすると、全ての古代の標本はともにクラスタ化する、と分かりました。例外はベルギーのスピ(Spy)洞窟のネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)個体群の1個体(スピ1号)で、これは耳介後方縦溝および外鼻孔から得られた標本とクラスタ化し、以前に現代のDNAで汚染されている、と分かりました。

 現代の標本は隔離源に応じて大まかにはクラスタ化されますが、より小さな群へと分割されます。口腔標本と対応する種の一覧のみを分析すると、さらに細かい規模の構造が観察されました。K平均により特定された群は、全ての旧石器時代標本と先牧畜採食民1個体を、その後の狩猟採集民と新石器時代と新石器時代後の標本から分離しました。現代の口腔標本とクラスタ化する産業革命後の期間の1点の古代標本(IR_13234)を除いて、古代の標本の両クラスタは現代の微生物叢とは明確に異なります。現代の口腔標本で同定された種に限定すると、この分析では他の旧石器時代個体とともにクラスタ化するスピ1号における汚染の影響も減少しました。以下は本論文の図4です。
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 さまざまな微生物叢および古代と現代の標本間を区別する微生物種をさらに調べるため、構成度(Grade of Membership、略してGoM)分析が学校されました。その分析は、全てのヒト微生物標本と口腔標本のみの両方で、2~9の構成要素数(k)で実行されました(図4b・c)。2構成要素を用いての完全な微生物叢分析では、口腔部位および糞便から得られた標本は、外鼻孔と耳介後方縦溝と膣部位の標本から分離されました。古代の標本では、スピ1号は外鼻孔や耳介後方縦溝から得られた標本で最大化される構成要素からのかなりの割合の構成度を示し、非口腔微生物叢との上述の汚染と一致します。

 k=3では、膣部位は、皮膚の微生物叢と一般的に関連するプロピオニバクテリウム属の種で特徴づけられる、耳介後方縦溝および外鼻孔から分離されました。口腔部位間の区別はまず、歯肉と歯垢により類似した古代の歯石標本で、k=5で観察され、その標本抽出位置と一致します(図4b)。構成要素の数がより多いと、一部の身体部位の微小環境内で追加の下位構造が明らかになりました。たとえばk=7での頬の粘膜は、ストレプトコッカス・ミティス(Streptococcus mitis)や肺炎レンサ球菌(Streptococcus pneumoniae)などレンサ球菌属の種と関連していました。k=9では、歯周標本の駆動種としてプレボテラ(Prevotella)属種およびポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)と関連する、健康な歯肉もしくは歯垢標本と歯周病の歯肉もしくは歯垢標本との間の区分が観察されました(図4b)。

 口腔微生物叢のみで見られる種に限定すると、3構成要素が、歯肉/歯垢と頬の粘膜と舌の背側と唾液のさまざまな口腔区分を分離しました。古代の歯石標本は現代の歯肉および歯垢標本と類似しており、その構成要素はコリネバクテリウム・マトルコティイ(Corynebacterium matruchotii)やプロピオニバクテリウム・プロピオニカム(Propionibacterium propionicum)やアクチノマイセス・ナエスルンディイ(Actinomyces naeslundii)などの種と関連していました。

 k=4では、健康な歯肉/歯垢標本と歯周病の歯肉/歯垢標本が区別されました。健康な標本の割合が高いクラスタは、ロシア・デントカリオーサ(Rothia dentocariosa)やコリネバクテリウム・デュルム(Corynebacterium durum)やロシア・アエリア(Rothia aeria)やロートロピア・ミラビリス(Lautropia mirabilis)などの種と関連していました。一方、歯周病のある標本は、歯周病とともに存在量増加を示すと知られている、プレボテラ・コンセプティオネンシス(Prevotella conceptionensis)やポルフィロモナス・ジンジバリス(Porphyromonas gingivalis)やプレボテラ・ニグレッセンス(Prevotella nigrescens)などグラム陰性および嫌気性細菌構成要素により特徴づけられます。興味深いことに、古代の歯石標本のほとんどは歯周病構成要素もひじょうに豊富に含まれていました(図4c)。

 組成データ分析のために開発されたALDEx2を用いて、標本間の微生物量の違いがさらに特徴づけられました。この手法を本論文のデータセットに適用すると、古細菌のメタノブレビバクター・オラーリス(Methanobrevibacter oralis)およびメタノブレビバクター・スミチイ(Methanobrevibacter mithii)や真正細菌のオルセネラ属種を含む種が見つかりました。古代の標本において、有意により多い存在量の分類群では、歯石867の口腔分類群と、113のペプトストレプトコッカス(Peptostreptococcaceae)科の真正細菌の口腔分類群があります。一方、ベイロネラ(Veillonella)属やレンサ球菌属やヘモフィルス(Haemophilus)属やロシア属やポルフィロモナス属やカンピロバクター(Campylobacter)属やナイセリア属の種は、現代の標本で有意により豊富です。

 歯肉/歯石の部位は、とくに歯周病の患者から得られた標本において、レンサ球菌属で全体的に全体的に枯渇していました。カプノサイトファーガ(Capnocytophaga)属種は歯肉/歯石標本でより豊富でしたが、ポルフィロモナス・ジンジバリスとトレポネーマ・デンティコラ(Treponema denticola)は、歯周病のある標本と古代の歯石でより豊富でした。興味深いことに、トレポネーマ・ビンセンチ(Treponema vincentii)とプレボテラ属種も現代の歯周標本で豊富でしたが、古代の標本では豊富ではありませんでした。新石器時代の前後の古代の標本間で有意な違いは見つかりませんでした。


●歯石における食性とヒトのタンパク質の同定

 古プロテオミクス(タンパク質の総体であるプロテオームの解析手法)を用いて、サン・テオドーロ遺跡の2個体の歯石における食性とヒトのタンパク質が同定されました。同定されたタンパク質の内在性起源を裏づけるため、古代標本で一貫して観察される加水分解性損傷の自然な形態である、アスパラギンとグルタミンの脱アミノ化率が計算されました。サン・テオドーロ遺跡の両標本は、生成されたデータの信頼性と一致する高度な脱アミノ化率を示します(図5)。脱アミノ化パターンは、サン・テオドーロ遺跡の2標本の錐体骨から抽出されたコラーゲンでも評価され、それらの間の異なる保存状態が検証され、確証されました。以下は本論文の図5です。
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 範囲の誤解釈を避けるため、脱アミノ化など古代のタンパク質に影響を及ぼすかもしれない、全ての共通した修飾が含められました。それは、分析における多様な修飾と関連する全ての範囲は手動で検査・確認・注釈づけされたからです。ST3と比較してST5は、より低い損傷率と確実に同定されたペプチドおよびタンパク質のより多い数を示し、サン・テオドーロ遺跡の2標本についてタンパク質保存の異なる状態を示唆します。ST3では、同定されたヒトのタンパク質はコラーゲンにほぼ限られていました。ST5では、合計22点のヒトのタンパク質が観察され、以前に観察されたように、そのほとんどは免疫応答と関連していました。

 食物タンパク質は、サン・テオドーロ遺跡の2個体の食性に、これまでにないほど詳細な洞察を提供します。安定同位体分析は以前には、狩猟採集民に典型的な動物性タンパク質の関連する消費しか示唆できませんでしたが、古プロテオーム解析は、サン・テオドーロ遺跡の各個体が消費した動植物の分類群のいくつかを同定しました。具体的には、ST3およびST5両方の歯石標本で、おそらくは上部旧石器時代後期においてシチリア島に生息していたと知られているオーロックス(Bos primigenius)に由来する、ウシ属のコラーゲン種類Iα1および2が同定されました。この観察は、ST3のメタゲノムデータにおけるウシ属に由来するDNA配列の回収でも裏づけられました。

 同様の理由で、ST5で見つかり、確実にイノシシ(Sus scrofa)もしくはブタ(Sus scrofa domesticus)およびウマ(Equus caballus)もしくはロバ亜属(Equus asinus)に分類されるコラーゲンのタンパク質は、野生のイノシシおよびロバ(Equus hemionus hydruntinus)に分類されるはずです。したがって、この結果は、サン・テオドーロ洞窟を含めて多くの後期続グラヴェティアンのシチリアの堆積物の動物相記録におけるこれら分類群の骨遺骸の回収により以前に示唆されているように、オーロックスや野生のイノシシやヨーロッパ野生ロバの消費を決定的に裏づけます。

 古プロテオミクスの結果は、サン・テオドーロ遺跡の2標本における魚の消費も示しました。ST3では、淡水魚の1分類群であるコイ(Cyprinus carpio)が同定されましたが、ST5では、コイと小型で浅水域に生息するハナカケトラザメ(Scyliorhinus canicula)という、淡水魚と海水魚の両方が見つかりました。回収されたペプチドは、プロテオーム配列がまだ公開されていない他の近い分類群とも一致する可能性に要注意です。コイ科は、大陸部イタリアの続グラヴェティアン遺跡を含めて、ヨーロッパ西部の上部旧石器時代堆積物でよく回収されていますが、この集団の証拠は以前にはシチリア島の旧石器時代堆積物では報告されていませんでした。サン・テオドーロ遺跡の2個体の食性における淡水魚と海水魚の存在は、インガンノ(Inganno)川およびフリアノ(Furiano)川から、および海岸から数百メートル離れているという地理的位置と完全に一致し、上部旧石器時代のシチリアおよび地中海地域で知られている考古学的記録と一致します。

 ST5では、6点の種子貯蔵タンパク質が現代のヒヨコマメ(Cicer arietinum)と一致します。ヒヨコマメは近東とヨーロッパの原始農耕に存在する作物の1つです。ヒヨコマメの最初の考古学的発見は、11100~10610年前頃にさかのぼるヨルダンの先土器新石器時代遺跡であるエル・ヘッメー(El-Hemmeh)と関連しています。ヒヨコマメは近東からヨーロッパ南部および東部へと新石器時代移行とともに拡大しました。ヨーロッパ南部の上部旧石器時代におけるヒヨコマメ消費の証拠はありません。地中海地域の鉄器時代末には、主要な自然の豆類はアカエンドウ(Lathyrus cicera)とグラスピー(Lathyrus sativus)でした。その消費は上部旧石器時代のスペインで証明されましたが、シチリア島の上部旧石器における野生植物のこの集団の存在の古植物学的証拠はこれまでありません。

 この分析が行なわれた時点で、本論文で同定された植物性タンパク質は、その配列がレンリソウ属と知られているものの中にはありませんでした。標本が由来する考古学的状況に基づいて、ヒヨコマメの消費は除外され、代わりにおそらくはレンリソウ属の野生の豆類がひじょうに妥当だろう、と考えられます。本論文で同定された全ての植物性タンパク質は種子貯蔵タンパク質で、その消費は粉へと種子が挽かれた後に起きたかもしれません。野生植物からの粉の利用は、上部旧石器時代の他の状況で記録されています。

 最後に、ST5では、家畜化されたヒツジ亜科種と一致するコラーゲン種類Iα1が同定されました。それはヤギ(Capra hircus)かヒツジ(Ovis aries)かヒツジ亜種(Ovis aries musiman)で、そのうちどれも、サン・テオドーロ洞窟の考古学的状況およびシチリアの他の続グラヴェティアン遺跡に存在しなかった可能性が高そうです。ヒツジに最も近い野生種であるムフロン(Ovis gmelini)は、ヨーロッパ南部の上部旧石器時代後期には存在していませんが、ヤギに最も近い野生種であるアイベックス(Capra ibex)は、イタリア半島南部の最終氷期でよく記録されており、その最南端でシチリアに最も近い記録はカラブリア(Calabria)州北部のロミト洞窟(Grotta del Romito)にあり、シチリアには生息していませんでした。したがって、ヒツジ亜科のコラーゲンの同定は、アイベックス利用の証拠の可能性として解釈されます。


●考察

 近年、古代のヒト遺骸からのDNA回収が急速に進んできました。これらのデータは、ヒトの人口史の理解と、過去に遺伝的多様性を形成した過程についての理解を急進的に変えました。本論文は、古代ゲノムとメタゲノムと古プロテオームデータを組み合わせて、シチリアの上部旧石器時代狩猟採集民2個体の祖先系統と食性と微生物環境を特徴づけました。

 サン・テオドーロ遺跡の上部旧石器時代人口集団の遺伝的祖先系統は、ヨーロッパの狩猟採集民個体群、とくにイタリア中央部および南部の上部旧石器時代後期および中石器時代個体群(オリエンテCとコンティネンツァ洞窟個体)と関連する差異内に大まかには収まります。シチリア狩猟採集民間の高い遺伝的類似性から、創始者効果がLGM後のシチリア人口集団の遺伝的構成の決定に重要な役割を果たしたかもしれない、と示唆されます。調べられた個体群の地理的局在化と関連する、ヨーロッパ狩猟採集民におけるいくつかの遺伝的クラスタと勾配が観察されました。そのうち、ヒトの遺伝学的結果は、ヨーロッパ西部のLGM後の再居住において重要な役割を果たした可能性が高い、イタリアの遺伝的クラスタの存在を浮き彫りにします。

 これらの結果は、LGMのヨーロッパ南部地域における動植物種の縮小、および急速な気候改善に起因する、18000年前頃以降となるこれら氷期退避地からヨーロッパの北部および中央部地域へのその後の拡大と一致します。大陸規模では、この結果から、地理的勾配と距離による孤立が、ヨーロッパ狩猟採集民の多様性形成に重要な役割を果たした、と示唆されます。それにも関わらず、イベリア半島北部やバルカン半島やウクライナを含む地域における、局所的な変容と移住の可能性についての証拠も見つかっています。

 遺跡のメタゲノム解析とプロテオーム解析との間の統合は、上部旧石器時代の狩猟採集民の食性と口腔微生物叢の組成への詳細な洞察を提供します。具体的には、以前の結果と一致して、歯石微生物叢は生計様式にしたがって大まかにクラスタ化し、サン・テオドーロ遺跡の続グラヴェティアン個体にも当てはまる、と分かりました。サン・テオドーロ遺跡の2個体で見つかった口腔微生物叢といくつかの口腔動物性タンパク質は、上部旧石器時代後期の文脈から得られた、豊富な考古学的(動物相)記録により推測されている充分な根拠のある肉の豊富な食性との仮説と一致し、シチリアの上部旧石器時代後期の数個体で同定された高い窒素安定同位体比の値によりさらに裏づけられます。

 この結果は、植物性タンパク質の欠如が分析された標本で観察された、タンパク質データとも一致します。じっさい、マメ科植物の種子貯蔵タンパク質の消費のみが、ST5で同定されました。特定の食物タンパク質の欠如は、特定の食資源が定期的に摂取されなかった、と必ずしも意味しないことに注意すべきです。しかし、サン・テオドーロ遺跡の2個体と初期農耕民の口腔微生物叢間の違いと、分析された標本で見つかった植物性タンパク質の欠如は、この上部旧石器時代共同体における少ない植物摂取を示唆しているかもしれません。それでも、この結果から、続グラヴェティアン狩猟採集民の食習慣は、イタリア北部および中央部の他の考古学的文脈で示唆されているように、一部の植物性食物を含んでいた、と確証されます。

 おそらくはアイベックスに分類できるヤギ属と一致するタンパク質の同定は、後期氷期におけるシチリアの人口集団の動態に関する推測を開き、島嶼部とイタリア半島との間の上部旧石器時代狩猟採集民の移動性、もしくはカラブリア州とシチリアとの間の何らかの交流の研究に寄与できます。これまで、上部旧石器時代のシチリアにおけるアイベックスの存在を裏づける動物考古学および古生物学的証拠はなく、代わりに、アイベックスは上部旧石器時代のシチリアの近隣となるカラブリア州の山岳部ではひじょうに一般的で、たとえばロミト洞窟です。ST5個体による仮定的なアイベックスの消費は、ST5のイタリア半島への(もしくはイタリア半島からの)移動の指標かもしれませんが、他の続グラヴェティアン狩猟採集民によるカラブリア州からシチリアへのアイベックスの肉の輸送の結果としての、間接的な供給も除外できません。

 いずれにしても、プロテオーム解析の結果は、シチリア狩猟採集民の移動性およびイタリア半島との接触に関する仮説の発展への重要な洞察を提供します。さらに、サン・テオドーロ遺跡の2個体は、シチリアのヒトの植民の最古の証拠ではなく、放射測定に基づいて、および現在の考古学的証拠と一致して、植民の年代は約千年さかのぼります。したがって、サン・テオドーロ遺跡の2個体は、カラブリア州からのシチリアにおけるヒト集団のさらなる到来の証拠かもしれず、その集団はアイベックスの肉を食べていたかもしれません。一方、サン・テオドーロ遺跡の続グラヴェティアン狩猟民によるカラブリア州南部への時折もしくは習慣的な移動の可能性は、短い航海とともに、除外できません。

 海水魚および淡水魚の存在は、上部旧石器時代の地中海盆地における水産資源の利用についての知識の枠組みと一致します。サン・テオドーロ遺跡における海水魚消費の証拠は、シチリアおよび地中海盆地の他の同時代の文脈における上部旧石器時代後期についてすでに知られていることと一致します。シチリアでは、LGM後の海水準の上昇と人口増加と陸生資源の枯渇の組み合わせに起因する海産物利用の増加が、中石器時代に観察されてきました。しかし、海産資源の利用について充分な層序学的および年代学的情報を提供する上部旧石器時代シチリアの遺跡は数ヶ所だけです。本論文の結果は、後期続グラヴェティアンにおける海洋および淡水資源の利用を確証して解明し、古代の遺跡の考古学的記録では欠如していることが多い種を同定するための、プロテオーム手法の重要な利点を示します。

 結論として、サン・テオドーロ遺跡の2個体の標本規模は、本論文の調査結果のより広い文脈への一般化にいくつかの注意を認めますが、それにも関わらず、先史時代狩猟採集民共同体の研究における、古代ゲノムとメタゲノムとメタプロテオームのデータ統合の価値を論証します。本論文はこの手法を用いて、サン・テオドーロ遺跡の2個体は、肉と海産資源の利用におもに依存した生計様式の、遺伝的に均質の可能性が高いシチリア狩猟採集民メタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)の一部だった、と示すことができました。将来の研究においてこれを先史時代狩猟採集民共同体のより広範囲に適用することは、その人口動態と生態系のより包括的な理解に達するのに必要です。


参考文献:
Scorrano G. et al.(2022): Genomic ancestry, diet and microbiomes of Upper Palaeolithic hunter-gatherers from San Teodoro cave. Communications Biology, 5, 1262.
https://doi.org/10.1038/s42003-022-04190-2

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