ナイル川中流域の4000年前頃の人類の毛髪から得られたDNAデータ

 ナイル川中流域の4000年前頃の人類の毛髪から得られたDNAデータを報告した研究(Wang et al., 2022)が公表されました。錐体骨と歯は、古代DNA抽出のため研究者により最も多く標的とされる骨格要素で、以前に刊行されたアフリカ古代人のゲノムの大半の出所です。しかし、アフリカのほとんどを特徴づける高温環境は、骨格遺骸の保存状態の悪さにつながることが多くあります。この研究は、アフリカ北東部のスーダンのカドゥルカ(Kadruka)墓地の4000年前頃の1個体の自然にミイラ化した毛髪から、カドゥルカ墓地のこの個体と他の個体の歯と錐体骨と頭蓋からのDNA抽出の試みが失敗した後に、ゲノム規模データを再構築して分析するのに成功しました。

 その結果、確立した一本鎖ライブラリ実験実施要綱で抽出された毛髪のDNAは、ひじょうに短いDNA分子で異常に濃縮され、かなりの内部分子損傷を示す、と分かりました。それにも関わらず、この古代DNAは遺伝学的分析が可能で、そのゲノムは2500km離れて位置する初期新石器時代アフリカ東部牧畜民と遺伝的に区別できない、と明らかになりました。本論文の調査結果は、アフリカ東部の地溝帯に向かってのナイル川中流域牧畜人口集団の南方への拡散についての確立したモデルと一致し、この拡散についてあり得る遺伝的供給源人口集団を提供します。この研究は、骨の保存状態が悪い地域からの古代DNA代替供給源としての、ミイラ化した毛髪の価値を浮き彫りにします。


●研究史

 最初の完全な古代人のミトコンドリアゲノムは2008年に刊行され、4750年前頃のグリーンランドのサカク(Saqqaq)文化の1個体の凍結した毛髪から生成されました(関連記事)。それ以来、古代DNA研究の分野は急速に成長し、これまでに6000点以上の古代人のゲノムが刊行されました。この驚くほどの成長は、ほぼ古代人の骨と歯の分析に基づいており、その保存状態は軟組織および毛髪よりも優れている、と広くみなされています。一方、とくにかなりの年代の標本について、毛髪もしくは軟組織から古代DNAの抽出を試みた研究はほとんどありませんでした。

 刊行された全ゲノムの1.7%しか占めていませんが、アフリカもこの傾向の例外ではありません。これまで、アフリカに焦点を当てた古代DNA研究は、サハラ砂漠以南のアフリカの錐体骨と歯に保存された古代DNAから再構築された、ほぼ100個体の古代人の全ゲノムを報告してきました。これらの研究の半分以上は、とくに現在のケニアとタンザニアの標本を利用して、古代アフリカ東部における牧畜拡大の理解に焦点を当てました(関連記事1および関連記事2)。アフリカ東部の初期牧畜民はスーダンやエチオピアなど北方からの人口拡散に由来する、という広範な合意がありますが(関連記事)、これらの地域【スーダンやエチオピアなど】の初期牧畜民と関連する古代DNAデータはまだ刊行されていません。

 この研究は、スーダン北部に位置する上ヌビアのドンゴラ・リーチ(Dongola Reach)の中期完新世墓地に由来する、錐体骨と歯と毛髪を含む5点の標本からDNAを抽出しました。この研究で選択された標本は、カドゥルカ21遺跡の7000年前頃の新石器時代遺跡の3個体と、較正年代で直接的に4033年前頃(以下、基本的に較正年代です)と測定された、カドゥルカ1遺跡のケルマ(Kerma)期の1個体を表しています。検証された全ての軟組織と標本のうち、ケルマ期の保存されていた毛髪の標本1点から、研究に充分な量の信頼できる古代人DNAが得られました。この抽出における重要な必要条件は、一本鎖のDNA分子を配列決定ライブラリ実験に変えることができる、最先端の一本鎖ライブラリ実験実施要綱です。本論文の分析で示されるように、この一本鎖ライブラリ実験実施要綱を用いての毛髪の古代DNAから生成されたデータは、下流遺伝的分析における課題を提起する、特有の特徴を有しています。

 スーダン北部から得られたこの毛髪標本に関する本論文の集団遺伝学的分析は、アフリカ東部の地溝帯から得られた初期牧畜民との、ケルマ期個体の密接な遺伝的類似性を明らかにします。この証拠と、この個体の歯石から抽出された、以前に刊行されたプロテオーム(タンパク質の総体)の証拠を利用して、このケルマ期個体標本(スーダン_カドゥルカ1_4000年前)は、これまでアフリカにおいて遺伝的な特徴づけられてきており、アフリカ東部への最初の先史時代の牧畜民拡散の一つの遺伝的供給源人口集団候補の、最初で最北の古代の牧畜民人口集団の一つを表している、と結論づけられます。


●カドゥルカ1 SK68の考古学的文脈

 スーダン北部のカドゥルカ地区における考古学的野外調査は、沖積平野と現在のナイル川水路の東方への古水路体系の広範な占有を明らかにしてきました。ナイル川中流域のこの地域についてより広範な考古学的層序と一致して、文化的堆積物はおもに新石器時代(紀元前七千年紀に及びます)およびもっと新しいケルマ期(4450~3450年前頃)と関連していました。カドゥルカ地区の発掘計画は、これらの文化的帰還のいくつかの墓地に焦点を当てており、カドゥルカ1およびカドゥルカ21が含まれます。中期完新世におけるより集中的なナイル川氾濫と関連する乾燥状態と湿潤状態との間の局所的な環境変動を反映して、これらの墓地における新石器時代骨格遺骸は通常、ひじょうに劣化しています。対照的に、漸進的な局所的乾燥化と氾濫原の縮小は、カドゥルカ1のより新しいケルマ期埋葬において、毛髪や皮革製品など有機物の保存状態強化を促進しました。

 カドゥルカ21とカドゥルカ1の個体群に関する最近の食性調査は、カドゥルカ21の個体(SK129)の歯石における家畜化されたウシ(ウシ亜科)もしくはヒツジ(ヒツジ属)、およびカドゥルカ1の個体(SK68)の個体の歯石におけるヤギ(ヤギ属)に由来する乳タンパク質を検出しました。さらに、個体SK68(この研究では「スーダン_カドゥルカ1_4000年前」と呼ばれます)の毛髪の同位体分析は、おもにC3に基づく食資源(C3植物もしくはC3植物を消費する動物で、炭素13は17.0‰、窒素15は12.0‰)で構成される食性を大まかに示唆します。

 アフリカ北東部における牧畜経済の初期急増は、上ヌビアのケルマ文明【当ブログでは原則として文明という用語を使わないことにしていますが、この記事では「civilization」の訳語として使います】においてとくに明らかで、アフリカ東部への牧畜人口集団の拡散とのつながっている可能性がある、と提案されてきましたが(関連記事)、この移住モデルを裏づける遺伝的証拠はまだ刊行されていません。乳消費の直接的な古プロテオーム証拠から、墓群で見つかったウシとヒツジとヤギの遺骸とともに、カドゥルカ1およびカドゥルカ21の個体は牧畜を行なっていた初期人口集団に属する、と同定され、この遺跡は、アフリカ北東部における初期牧畜民拡散を調査する考古学的研究にとって理想的となります。


●古代DNAの認証と配列決定戦略

 古代DNAの保存について、スーダン北部のカドゥルカ地区(図1a)から得られた4個体に由来する標本5点が選別され、歯(KDR001.A)と毛髪(KDR001.B)と錐体骨(KDR002とKDR004)と頭蓋(KDR003)の標本が利用されました。全ての標本は、新石器時代(N)およびケルマ期と年代測定された考古学的環境から発掘されました。確実な古代DNAが得られた唯一の標本は、ケルマ期の1個体から得られた1房の黒髪(127mg)でした(図1b)。古代DNAの抽出について合計27.5cmの毛髪が、放射性炭素年代測定について合計78.5mgが用いられました。カドゥルカ1のSK68個体の毛髪標本は、直接的に較正年代で4139~3928年前頃と測定され(図1c)、アフリカ東部における牧畜新石器時代と同時代です。以下は本論文の図1です。
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 ショットガン配列決定からの古代DNA回収の可能性を最大化するため、二本鎖および一本鎖ライブラリ実験実施要綱がカドゥルカ骨格遺骸に由来する4点の抽出物に適用されましたが、毛髪標本には一本鎖ライブラリ実験実施要綱のみが適用され、それは、この実験実施要綱では通常、ひじょうに断片化されたDNAについて二本鎖よりも高い収量が得られるからです。骨格要素から抽出された古代DNAライブラリは、シトシンからチミン(C- > T)のような確実な古代DNA損傷パターンを示しませんでした。しかし、毛髪標本(KDR001.B0101)は、配列決定読み取りにおける最初の5主要塩基においてシトシンからチミンの17.5%の置換率の観察を提供しました。したがって、より深い配列決定では毛髪標本から得られたこのライブラリが選択されました。

 平均的な読み取り長は比較的短い(33塩基対)、と分かりました。短いDNA断片は、たとえヒトに由来せず、たとえば、埋葬環境に存在する微生物に由来しても、ヒト参照ゲノムとの疑似配置をもたらす可能性があるので、これは課題となります。一方、長いDNA断片はマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)確実性が高いものの、現代人のDNA汚染(通常は長いDNA断片で構成されます)に由来する可能性がより高くなります。したがって、推定される現代人の汚染からの読み取りの低い割合を維持しながら、可能な限り多くの確実なヒト古代DNAを得るためさまざまな読み取り長の切断が調べられました。

 この目的のため、2つの手法が用いられ、疑似配置率と現代人の汚染率が評価されました。第一に、特定の読み取り長の切断を考慮した場合に、疑似および確実な配置の断片の推定に模擬実験を使う、SpAlが用いられました。25塩基対の切断長について、SpAlは10%の疑似配置断片を推定しました。読み取り長切断が増加するにつれて、疑似配置の推定値はそれぞれ低下します。第二に、AuthentiCTが用いられ、塩基置換パターンを使っての配置された断片における全体的な汚染水準が推定されました。生データ処理段階における10・25・30(通常設定)・34塩基での切断長が調べられ、EAGER統計とそれぞれの汚染推定値が要約されました。

 30塩基対の切断長では、回収された古代DNAの47.3±2.4%は現代人の汚染に由来する可能性が高い、と分かりました。比較すると、切断長25塩基対は0.1±0.3%の汚染で4680356のマッピングされた読み取りが得られました。SpALの結果と合わせると、このライブラリでは25塩基対が安全な切断長と考えられます。したがって、25塩基対の読み取り長の選別で下流分析が継続され、マッピング後に231040の配列決定読み取りが得られ、124万SNP(一塩基多型)部位において、そのうち3336の疑似半数体アレル(対立遺伝子)呼び出しが抽出されました。


●毛髪由来の古代DNA断片の特徴

 25塩基対での最終的な読み取り長を用いて、さらに配置マッピング品質を選別して、さらに配置統計が調べられました。カドゥルカ毛髪標本から生成された古代DNAライブラリでは、2つの異常な特徴が見つかります。第一に、同じ実験室のパイプラインを用いての以前のアフリカ人の古代DNAにおける典型的な骨に由来するショットガン古代DNAでの44塩基対と比較して、この毛髪標本は異常に短いDNA分子で濃縮されています。第二に、異常に高い損傷率が毛髪のDNA分子の内部で観察されたのに対して、異常に低い損傷率が分子の外側で見られました。たとえば、5’末端から内側の10塩基対では、損傷率は典型的な骨由来の古代DNAの1%と比較して10%でした。外側では、5’末端最初の塩基が、典型的な骨由来の古代DNAの平均27%と比較して、15%の損傷率を示しました。これらのパターンは、すでに個体の生涯における強い日光への暴露を通じての毛髪におけるDNA断片の高度な分解と一致しており、骨標本で保存されるより典型的に無傷の二本鎖断片と対称的に、ほぼ変性した一本鎖DNA断片を含む毛髪が生じます。

 毛髪由来のDNAライブラリにおける核DNAに対するミトコンドリアDNA(mtDNA)の比率は、他の組織との典型的な比率と比較すると、相対的に高い(25塩基対の断片長では224)、分かりました。たとえば、同じ実験室のパイプラインを用いての先行研究(関連記事)では、錐体骨について平均で比率は110となります。毛髪資料から得られた核DNAとmtDNAにおける古代DNAの保存の観点で顕著な違いがあるのかどうか、調べられました。具体的には、上述の毛髪古代DNAの奇異な特徴が毛髪の核DNAとmtDNAの両方に適用されるのかどうか、調べられました。図2では、マッピングされた読み取りの長さの分布と平均塩基置換率が、完全なゲノム(つまり、核とミトコンドリア)および核ゲノムおよびミトコンドリアゲノムと比較されました。核DNAとmtDNAの両方が、配列読み取りの内部で高い塩基置換率を示したものの、ミトコンドリアにマッピングされた読み取りは常染色体にマッピングされた読み取りより相対的に長い、と分かりました。以下は本論文の図2です。
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 マッピング品質選別の適用後にマッピングされた読み取りが1/10な減少したことを考慮して、観察された毛髪の古代DNAの2つの特徴がマッピング品質選別の結果だったのかどうか、調べられました。その結果、マッピング品質選別は、ひじょうに短いDNA断片濃縮と高い内部の古代DNA損傷パターンという2つの特徴に顕著な影響を与えなかった、と分かりました。

 保存状態の悪いヒトDNAでのSNP捕獲技術の成功を考えて、この毛髪に由来する古代DNAライブラリでもSNP捕獲が実行されました。しかし、SNP捕獲はショットガン配列決定に対して改善を提供しませんでした。代わりに、ショットガンデータにおける置換率と比較して、読み取りの外部および内部における塩基置換率は捕獲データにおいてかなり低い、と分かりました。これは、損傷している分子よりも損傷していない分子を優先的に捕獲すること(より効率的な混成のため)に起因する可能性が高い、捕獲データにおける高い汚染率(AuthentiCTによる推定は42±3%)の事実を裏づけます。さらに、より長い分子はショットガン分子よりも優先的に捕獲されます。


●初期アフリカ東部牧畜民との遺伝的類似性

 主成分分析(PCA)と外群f3が実行され毛髪が得られた個体(スーダン_カドゥルカ1_4000年前)の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が調べられました。ここでは、スーダン_カドゥルカ1_4000年前の25塩基対での読み取り長選別後に、スーダンのデータから得られたSNP部位と重複する3336のマッピングされた読み取りが用いられました。

 ひじょうに低い網羅率と呼び出されたアレル数が少ないことを考慮して、解像度を最大化するため、SGDP(サイモンズゲノム多様性計画、関連記事)とHGDP(ヒトゲノム多様性計画、関連記事)から高網羅率のアフリカの現代人のゲノムデータが用いられました。これらのゲノムデータには、主成分(PC)計算のため、ヒト起源配列データの代わりに、124万パネルでの全てのSNPが含まれています。アフリカおよび近東の古代人がアフリカの現代人集団の背景(関連記事)に投影されました。SGDPとHGDPで利用可能な人口集団の数は限定的ですが、アフリカの人口集団はさまざまな地域とは明確な分離が観察され、アフリカの東部/北部と南部と西部の人口集団はPC1/PC2空間ではそれぞれ、右側と左側と上部に位置します。

 PCA(図3)は、ケニア_初期牧畜民_N(4000~3800年前頃)やケニア_牧畜民_N(3000~1500年前頃)など、以前に刊行されたアフリカ東部の初期牧畜民の近くに位置するスーダン_カドゥルカ1_4000年前を示します。ケニア_初期牧畜民_Nは、アフリカ東部牧畜新石器時代の初期段階と年代測定された牧畜民2個体の集団で、両個体はスーダンのアフリカ北東部関連祖先系統とアフリカ北部/レヴァントの祖先からの祖先系統間の混合に遺伝的に由来します(関連記事)。

 本論文のSNPデータの低密度に起因する無意味な情報(ノイズ)の水準を捨て呈するため、ブロック・ジャックナイフ手法を用いて、スーダン_カドゥルカ1_4000年前の投影されたPCの標準誤差が計算されました。具体的には、遺伝子型データの各染色体を順番に削除して疑似値が計算され、次に重み付けジャックナイフ計算での入力として残りのデータから得られた推定値が用いられました。スーダン_カドゥルカ1_4000年前の標準誤差は、アフリカ内の全体的な遺伝的差異と比較すると比較的小さいと分かり、完全なデータから計算された位置(図2a)は堅牢との確信が得られます。以下は本論文の図3です。
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 データの低密度にも関わらず、実行されたPCA分析は明確に、スーダン_カドゥルカ1_4000年前と古代のアフリカ東部牧畜民人口集団との間のひじょうに密接な遺伝的関係を示唆します。この調査結果を裏づけるため、スーダン_カドゥルカ1_4000年前が外群f3(スーダン_カドゥルカ1_4000年前、人口集団X;チンパンジー)経由でチンパンジーの参照ゲノムとは異なるゲノム部位で、レヴァントとアフリカの古代の人口集団および現在のアフリカの人口集団とのアレル共有率も計算されました。図4aでは、スーダン_カドゥルカ1_4000年前は、レヴァントの古代人集団、アフリカ北部および東部の古代人、サハラ北部とアフリカの角の現代人と最高の遺伝的類似性を共有している、と示されます。以下は本論文の図4です。
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 f4(スーダン_カドゥルカ1_4000年前、ケニア_初期牧畜民_N;人口集団X;チンパンジー)を用いて対での比較が計算され、スーダン_カドゥルカ1_4000年前とケニア_初期牧畜民_Nとの間の密接なPCでの位置が確証されます。PCAの位置と一致して、検証された人口集団のいずれも、クレード(単系統群)性を壊さない、と考えると、f4統計の結果はスーダン_カドゥルカ1_4000年前とケニア_初期牧畜民_Nとの間のクレード(単系統群)性を確証し、これら2個体はアレル頻度の観点では区別できない、と示唆されます(図4b)。さらに、f4(ケニア_初期牧畜民_N、人口集団X;スーダン_カドゥルカ1_4000年前、チンパンジー)の結果では、全ての検証された古代および現代のアフリカ人口集団は、有意に正(古代および現代のアフリカ人口集団がスーダン_カドゥルカ1_4000年前と比較してケニア_初期牧畜民_Nの方と近くないことを示唆します)か、ゼロと重なっている、と示され、両者にとって遺伝的距離が同じことを示唆しています。


●考察

 この研究では、スーダンの4000年前頃の毛髪標本からのゲノム規模データの再構築により、古代の毛髪からの古代DNA回収の可能性が論証されました。この極端に暑く乾燥した環境で保存されていた毛髪から抽出された古代DNAの特徴は、異常に短いDNA断片と異常に高い内部の古代DNA損傷パターンです。そうした特徴は、スーダンにおける独特な保存環境、独特なDNA供給源としての毛髪、配列決定ライブラリに適用された一本鎖ライブラリ実験実施要綱の組み合わされた影響として解釈されます。高い局所的温度は、(1)一本鎖DNAへの二本鎖DNA分子の変性、(2)より短いDNA断片をもたらすDNA分子のより頻繁な破壊につながる可能性が高そうです。したがって、毛髪における短くて一本鎖のDNAの優占は、配列決定読み取りの内部における過剰なシトシンからチミンへの置換率を説明します。一方、毛髪の保存環境と特有の特性は、酵素活性を減少させる可能性があり、酵素による損傷を減少させ、一般的に観察されるDNA断片の5’末端の高度な分解を防止し、古代毛髪DNA分子の5’末端における比較的低い置換率を説明します。

 これらの特性を考えると、本論文で使用された一本鎖ライブラリ実験実施要綱は、こり場合の配列決定手法として独特によく適しており、DNA鎖の方向性に関係なく、前進および後進両方の鎖のDNA断片からのライブラリ構築により、大幅に劣化して大半では一本鎖の供給源DNA断片のライブラリの複雑さを最大化します。そうした事例では、短いDNA断片と長いDNA断片の両方は、効率的に配列決定されます。したがって、一本鎖ライブラリでのこの実験で採用されたショットガン配列決定は、短い読み取り長付近で頂点に達する読み取り長分布に反映されているように短いDNA断片を蓄積し、配列読み取りを通じて10%超のシトシンからチミンへの置換率を有する平均的に高い内部損傷に反映されているように、内部損傷において長い断片を保持します(図2)。

 驚いたことに、同じ個体の歯ではなく毛髪からのDNAだけが、歯と毛髪におけるかなり類似した内在性DNA量にも関わらず、シトシンからチミンへの置換パターンに見られるように、確実なヒト古代DNA保存の痕跡を示しました。毛髪標本からは、ほぼ100万の生のよみとりでのマッピングと塩基品質選別の適用後に、231040のマッピングされた読み取りが得られ(表1)、ショットガン全ゲノム配列決定から得られた0.231%の内因性DNAに相当します。毛髪から構築された配列決定ライブラリにおける比較的短いDNA断片の一つの結果は、一般的に用いられる124万SNP捕獲技術が確実なヒト古代DNAの濃縮に失敗したことです。代わりに本論文では、124万捕獲は、確実な古代DNAではない長くて脱アミノ化していない配列を濃縮する可能性が高そうです。その結果、この研究では全ゲノムショットガンデータが生成されて分析され、それは捕獲技術よりも費用対効果が低くなります。

 この独特な標本から得られたひじょうに低い網羅率のデータは、下流の集団遺伝学的分析に課題を提起します。それにも関わらず、f3統計からは、この個体(スーダン_カドゥルカ1_4000年前)は上ヌビアのケルマ文化と関連する農耕牧畜人口集団に由来し、レヴァント集団と密接な遺伝的類似性を共有する、と分かりました。さらに、この個体(スーダン_カドゥルカ1_4000年前)は、低い網羅率に起因する集団遺伝学的推定値における比較的大きい標準誤差を補正してさえ、ケニアとタンザニアの2500km以上離れて暮らしていた4000年前頃の初期牧畜新石器時代個体群と区別できない、と示せます。アフリカ東部の初期牧畜人口集団とのこの密接な関連性は、紀元前七千年紀以降のカドゥルカ地域における農耕牧畜確立に続く、牧畜人口集団のナイル川流域に沿っての南方への拡散についての考古学的証拠と一致しますが、単一標本からの推測はせいぜい暫定的であることに要注意です。

 はるか南方の新石器時代牧畜集団とのカドゥルカ1のケルマ期個体の高い類似性と、その配列決定されたDNAをはるか南方の新石器時代牧畜集団と区別できないことは、このカドゥルカ1のケルマ期個体標本が、地溝帯に定住した最初期アフリカ東部牧畜民の遺伝的供給源人口集団候補を表していることと一致するでしょう。これは次に、ナイル川中流域と現在のケニアとの間の、牧畜新石器時代の前かその頃のかもしれない、牧畜民の高度の移動性を示しているでしょう。それは、ナイル川中流域からの牧畜民の南方への拡散が、移住経路に沿った既存のヒト集団、とくに在来の採食民との遺伝的交換を含んでおらず、したがって、その拡散が比較的急速だった可能性を示唆しているでしょう。

 じっさい、考古学的研究では、牧畜民の拡散は部分的には増加する人口圧と地域的な乾燥化に促進された可能性が高そうで、5000年前頃におけるアフリカ東部のトゥルカナ盆地での牧畜集団の最初の出現に先行して、上ヌビアにおける乾燥の顕著な期間がある、と示唆されています。トゥルカナ盆地のロサガム(Lothagam)のような遺跡における初期アフリカ東部牧畜民(関連記事)も、文化的拡大の地域的形態を特徴としながら、記念碑的埋葬表現の伝統や、カドゥルカ1などナイル川中流域の新石器時代およびケルマ期墓地で認識されている、精巧な副葬品を伴う伝統を大まかには維持しました。

 アフリカにおけるほとんどの考古遺伝学的研究(関連記事)はアフリカ東部の新石器時代人口集団に焦点を当ててきましたが、その供給源人口集団は遺伝学的観点から曖昧なままでした。古代アフリカ北東部人口集団からの追加の古代DNAの必要性が浮き彫りになり、この研究における古代人の毛髪から回収された古代DNAは、アフリカの北東部から東部への初期牧畜拡散の詳細な再構築と関連する重要な新しい遺伝的データを提供します。本論文の調査結果は、とくに、より典型的な古代DNA記録保管所が利用できないか、保存状態が悪い地域における古代DNAの出所としての、保存された古代の毛髪の価値も示し、将来の古代DNA研究に刺激的な示唆を有しています。


参考文献:
Wang K. et al.(2022): 4000-year-old hair from the Middle Nile highlights unusual ancient DNA degradation pattern and a potential source of early eastern Africa pastoralists. Scientific Reports, 12, 20939.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-25384-y

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