太田博樹『古代ゲノムから見たサピエンス史』
歴史文化ライブラリーの一冊として、吉川弘文館より2023年1月に刊行されました。本当は電子書籍で購入したかったのですが、歴史文化ライブラリーは紙版と比較して電子書籍化が遅いようなので、我慢できずに紙版を購入しました。本書は近年著しい古代ゲノム研究の進展について、研究史を整理し、方法論について簡潔に解説しつつ、概観しています。近年刊行された日本語の類書に篠田謙一『人類の起源 古代DNAが語るホモ・サピエンスの「大いなる旅」』がありますが(関連記事)、本書の方が方法論の解説は詳しい一方で、『人類の起源』の方が現生人類(Homo sapiens)の世界への拡散について網羅的に取り上げているので、両書とも読むと、近年までの古代ゲノム研究の進展をより深く理解できるでしょう。『人類の起源』とともに、本書も的確な一般向けの古代ゲノム研究の解説になっていると思います。
これまで知らなかった(以前に本や記事で読んで忘れていただけかもしれませんが)話として、著者が1990年代後半に、東京大学総合研究博物館に保存されている、イスラエルのアムッド(Amud)洞窟で発見されたネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)遺骸(アムッド1号)の大臼歯でDNA分析を試みたことです。これは、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA(mtDNA)を初めて報告した論文(1997年)が刊行される少し前のことだったそうです。当然のことですが、耳目を集める発見の陰には通常、多くの試みと失敗があるもので、「選択と集中」に傾斜しすぎることの危険性を改めて痛感します。
著者も深く関わった、愛知県田原市伊川津町の貝塚で発見された2600年前頃となる縄文時代個体のゲノム解説結果も含まれる研究(関連記事)の背景も詳しく語られており、興味深い話でした。ただ、本書では縄文時代個体のゲノム解析について、伊川津町の貝塚の他には、福島県相馬郡新地町の三貫地貝塚と北海道の礼文島の船泊遺跡で発見された個体について言及されているだけで、著者も関わった研究(関連記事)で報告されている千葉市の六通貝塚の6個体については取り上げられていません。2021年11月に刊行された研究なので、本書に取り入れるだけの時間的余裕がなかったのでしょうか。
また本書は、縄文時代個体のゲノム解析と他の古代人や現代人との比較から、縄文時代の個体群が「南回り」で日本列島に到来した、と推測していますが、現代人はもとより、ゲノム解析された古代人の祖先がいつその発見された地域に到来したのか、確定は困難なので、縄文時代の個体群の到来経路については、依然として不明と考えるのが妥当なように思います。なお本書は、縄文時代の個体群が「南回り」で日本列島に到来した、と推測する根拠の一つとして、古代北ユーラシア人(古代北シベリア人)と伊川津町の貝塚で発見された縄文時代個体との間の遺伝子流動がなかったことを挙げていますが、著者の関わっていない研究(関連記事)では、縄文時代の個体群と古代北ユーラシア人との間の遺伝子流動が推測されています。私は、古代北ユーラシア人がユーラシア西部系集団を主要な祖先としつつ、ユーラシア東部集団とも混合していることから(関連記事)、縄文時代個体群の祖先の一部が、古代北ユーラシア人の祖先であるユーラシア東部系集団と遺伝的に近縁だったのではないか、と想定しています。
ネアンデルタール人と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のDNAメチル化地図を報告した研究(関連記事)や、DNAメチル化地図からデニソワ人の形態を推測した研究(関連記事)についてはやや詳しく解説されており、有益でした。著者が現在進めている研究では、縄文時代個体のiPS細胞作成や縄文時代個体群の糞石ゲノム解析などが挙げられており、今後の研究の進展が注目されます。本書は最後に、日本における学術環境の厳しさというか貧しさを指摘しており、この問題に関して私程度の能力と見識と経済力では貢献できてることは皆無に近いわけですが、せめて、「無駄遣いを」止めるために学術関連の予算を削れ、などと安易に主張せず、本書のような研究者による一般向け書籍を少しでも購入していこう、と改めて思った次第です。
参考文献:
太田博樹(2023)『古代ゲノムから見たサピエンス史』(吉川弘文館)
これまで知らなかった(以前に本や記事で読んで忘れていただけかもしれませんが)話として、著者が1990年代後半に、東京大学総合研究博物館に保存されている、イスラエルのアムッド(Amud)洞窟で発見されたネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)遺骸(アムッド1号)の大臼歯でDNA分析を試みたことです。これは、ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA(mtDNA)を初めて報告した論文(1997年)が刊行される少し前のことだったそうです。当然のことですが、耳目を集める発見の陰には通常、多くの試みと失敗があるもので、「選択と集中」に傾斜しすぎることの危険性を改めて痛感します。
著者も深く関わった、愛知県田原市伊川津町の貝塚で発見された2600年前頃となる縄文時代個体のゲノム解説結果も含まれる研究(関連記事)の背景も詳しく語られており、興味深い話でした。ただ、本書では縄文時代個体のゲノム解析について、伊川津町の貝塚の他には、福島県相馬郡新地町の三貫地貝塚と北海道の礼文島の船泊遺跡で発見された個体について言及されているだけで、著者も関わった研究(関連記事)で報告されている千葉市の六通貝塚の6個体については取り上げられていません。2021年11月に刊行された研究なので、本書に取り入れるだけの時間的余裕がなかったのでしょうか。
また本書は、縄文時代個体のゲノム解析と他の古代人や現代人との比較から、縄文時代の個体群が「南回り」で日本列島に到来した、と推測していますが、現代人はもとより、ゲノム解析された古代人の祖先がいつその発見された地域に到来したのか、確定は困難なので、縄文時代の個体群の到来経路については、依然として不明と考えるのが妥当なように思います。なお本書は、縄文時代の個体群が「南回り」で日本列島に到来した、と推測する根拠の一つとして、古代北ユーラシア人(古代北シベリア人)と伊川津町の貝塚で発見された縄文時代個体との間の遺伝子流動がなかったことを挙げていますが、著者の関わっていない研究(関連記事)では、縄文時代の個体群と古代北ユーラシア人との間の遺伝子流動が推測されています。私は、古代北ユーラシア人がユーラシア西部系集団を主要な祖先としつつ、ユーラシア東部集団とも混合していることから(関連記事)、縄文時代個体群の祖先の一部が、古代北ユーラシア人の祖先であるユーラシア東部系集団と遺伝的に近縁だったのではないか、と想定しています。
ネアンデルタール人と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のDNAメチル化地図を報告した研究(関連記事)や、DNAメチル化地図からデニソワ人の形態を推測した研究(関連記事)についてはやや詳しく解説されており、有益でした。著者が現在進めている研究では、縄文時代個体のiPS細胞作成や縄文時代個体群の糞石ゲノム解析などが挙げられており、今後の研究の進展が注目されます。本書は最後に、日本における学術環境の厳しさというか貧しさを指摘しており、この問題に関して私程度の能力と見識と経済力では貢献できてることは皆無に近いわけですが、せめて、「無駄遣いを」止めるために学術関連の予算を削れ、などと安易に主張せず、本書のような研究者による一般向け書籍を少しでも購入していこう、と改めて思った次第です。
参考文献:
太田博樹(2023)『古代ゲノムから見たサピエンス史』(吉川弘文館)
この記事へのコメント
「縄文人」の起源が北回りなのか南回りなのかについては本書でも、南回り起源であることは琉球諸島から到来したことを直接的に意味するわけではない、と指摘されており、古代北ユーラシア人から南回り起源の「縄文人」の祖先への遺伝子流動があったとしても、確かに説明は可能だと思います。本書も指摘しているように、「縄文人」が直接的にどこから日本列島に到来したのかは、今後の研究の進展を俟たねばならないでしょう。