フィンランド人のゲノム規模解析と疾患との関連

 フィンランド人のゲノム規模解析と疾患との関連についての二つの研究が公表されました。一方の研究(Kurki et al., 2023)はフィンランド人のゲノム規模解析データを報告しています。フィンランド人集団のような隔離集団は、有害なアレル(対立遺伝子)が少数の低頻度多様体(少数アレル頻度が0.1%以上で5%未満)に集中することが多いため、遺伝学的研究に有益です。これらの多様体は、多数のきわめて稀な多様体として分布されることなく、創始者集団のボトルネック(瓶首効果)を生き延びてきました。この効果はメンデル遺伝学ではよく確立されていますが、ありふれた疾患の遺伝学におけるその価値はあまり調べられていません。

 FinnGenは、フィンランド人50万人のゲノムと国民健康登録データの研究を目的としています。FinnGenは、参加者の年齢の中央値が比較的高く(63歳)、病院での募集がかなりの割合を占めることから、多数の疾患終端点を含んでいます。この研究は、FinnGenの参加者224737人のデータを解析し、大規模なゲノム規模関連解析(GWAS)でこれまでに対象とされた15の疾患について調べました。また、エストニアとイギリスのバイオバンクデータのメタ解析も行なわれました。

 その結果、30の新たな関連が特定され、これはおもにフィンランド人集団に豊富に見られる低頻度多様体との関連でした。1932の疾患に関するGWASからは、807の終端点について、独立した2496座位における2733のゲノム規模での有意な関連が特定されました。フェノーム規模の関連解析(PheWAS)では、247の終端点について、771座位で893のフェノーム規模での有意性(PWS)が特定されました。

 これらのうち、精細マッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)からは、83(42 PWS)の終端点について、148(73 PWS)のコーディング多様体の関連が示唆されました。さらに、フィンランド人以外のヨーロッパ人では、91(47 PWS)の多様体において対立遺伝子頻度が5%未満で、そのうち62(32 PWS)はフィンランド人で2倍以上頻度が高い、と示されました。これらの知見は、ボトルネックが起こった集団が、低頻度で効果の大きい多様体を通じてありふれた疾患の生物学的性質の切り口を探るうえで持つ力を実証しています。

 もう一方の研究(Heyne et al., 2023)は、疾患への遺伝的影響が報告されています。メンデル遺伝病やありふれた疾患の病因の特定は、臨床遺伝学において引き続き課題となっています。フィンランド人集団の歴史で起きたような集団のボトルネック事象は、一部の同型接合性多様体を濃縮してその頻度を高めるため、劣性(潜性)遺伝性疾患の原因多様体の特定に役立ちます。この研究は、フィンランド人176899人の全国的な電子医療記録のデータを用いて、44370のコーディング多様体が2444の疾患表現型に及ぼす、同型接合性および異型接合性の影響を調べました。

 その結果、網膜ジストロフィーとの既知の関連の他に、成人発症型の白内障や女性不妊との新たな関連など、広範な表現型にわたって同型接合性遺伝子型の関連が見つかりました。今回特定された潜性遺伝性疾患の関連では、20のうち13がゲノム規模関連解析で通常用いられる加法モデルでは見逃されてきたものでした。この研究はこれらの結果を用いて、従来の優性・劣性(顕性・潜性)の定義では遺伝が適切に説明されない、既知のメンデル遺伝性多様体を多数発見しました。

 とくに、潜性遺伝性疾患を引き起こすことが知られている多様体に、異型接合性の顕著な表現型効果が見いだされました。同様に、無害とされている多様体の疾患効果も発見された。これらの結果は、バイオバンクが、とくに創始者集団においては、メンデル遺伝性多様体が疾患に及ぼす複雑な量的効果に関する理解をいかに深め得るのか、示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


Cover Story:遺伝的特徴の継承:疾患遺伝学に新たな見方をもたらすフィンランドの隔てられた歴史

 フィンランド人集団の歴史的な隔離は、(表紙のイラストで示されているような)比較的均一な遺伝子構成をもたらした。今週号では2報の論文が、フィンランドのこうした独特な遺産を用いて疾患の遺伝学を調べている。この研究の中心にあるのは、フィンランド人50万人のゲノムデータと健康データの詳細な調査を目的としたFinnGen研究である。1報目の研究では、フィンランド人22万4737人のデータが分析され、681のさまざまな疾患に影響を及ぼす1838の遺伝的バリアントが見いだされている。これには、新規である可能性のある低頻度の702の関連バリアントが含まれる。2報目の論文では、疾患を起こすにはそれぞれの親から受け継いだ遺伝子の両方に欠陥がなければならないという劣性(潜性)条件に注目して、フィンランド人に特有の複数の関連が見いだされ、これまで認識されていたより大きな遺伝的継承の複雑さが明らかになっている。



参考文献:
Heyne HO. et al.(2023): Mono- and biallelic variant effects on disease at biobank scale. Nature, 613, 7944, 519–525.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05420-7

Kurki MI. et al.(2023): FinnGen provides genetic insights from a well-phenotyped isolated population. Nature, 613, 7944, 508–518.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05473-8

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