更科功『禁断の進化史 人類は本当に「賢い」のか』

 NHK出版新書の一冊として、NHK出版から2022年12月に刊行されました。電子書籍での購入です。まず本書は、通俗的というか陥りやすい誤った進化観の見直しを提起します。たとえば、現代人と最近縁の現生分類群はチンパンジー属ですが、現代人とチンパンジー属の最終共通祖先は現生人類チンパンジー属のような形態と行動だった、というような認識で、進化に「高等」と「下等」という区分を想定したり、現代人もしくは現生人類(Homo sapiens)が進化の「最終形態」もしくは「頂点」だと認識したりするような観念とも通ずるものがあります。

 これは通俗的にはまだ根強いようにも思われますし、本書が指摘するように、かつては著名な研究者もそうした認識を前提に人類進化を考察していましたが、もちろん、現代人につながる系統とチンパンジー属につながる系統は、互いに分岐してから同じ時間を経ているわけで、どちらか一方の進化が停滞した一方で、もう一方は進化を続けた、との想定は非現実的です。本書は、手など現代人よりもチンパンジー属の方が派生的な形態もある、と指摘します。一方で、形態に関してはそうした点を認めても、「知能」に関しては、現代人もしくは現生人類が「進化の頂点」だとする認識はかなり根強いかもしれません。本書の主題は、そうした現生人類の知能の高さを大前提とする認識の見直しです。

 「知能」と直接的な関連性が高いのは脳の大きさで、本書は、果実を食べるようになったことが脳を発達させた、と指摘します。葉と比較すると、果実の入手は時空間的にずっと限定的で、それを把握するには高度な情報処理が必要で、脳の発達を促す選択圧が生じる、というわけです。本書は次に脳の発達を促した要因として、樹上での生活を挙げますが(木の力学的性質を理解する必要があるため)、さらに重視しているのは、寝床の作成による質の高い睡眠です。ただ、人類の「知能」は当初、非ヒト類人猿とさほど変わらなかっただろう、と本書は推測します。

 人類と非ヒト類人猿の知能の決定的な違いの契機として、本書は肉食への依存度の高まりとともに、肉食の前提として火の使用がある、と指摘します。火の使用により、肉から効率的に栄養を摂取できるとともに、火を囲んでの社交が促進されれば、脳の大型化への選択圧になっただろう、というわけです。本書はこうした変化を、ホモ属の出現と関連づけています。ただ、本書は200万年前頃にさかのぼる人類による火の使用と制御の可能性を指摘しますが、40万年以上前となる恒常的な火の使用の確たる証拠はない、との見解が現時点では有力だと思います(関連記事)。

 次に本書は、知性と意識は別物で、知性は意識がなくても存在でき、意識も一定水準の知性があれば存在できるかもしれない、と指摘します。本書は統合情報理論に基づいて、意識には利益も不利益もあり、進化において適応的ではない場合も考えられ、意識が進化したのは、意識自体が適応的だからというより、脳の構造の複雑化の副産物などで意識が生じた場合、意識の存続自体が目的になったからではないか、と推測します。つまり、意識は手段ではなく、「生きる」ことと同じく「目的」である、というわけです。不利益を上回る利益があったからだろう、と推測します。


参考文献:
更科功(2022)『禁断の進化史 人類は本当に「賢い」のか』(NHK出版)

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