反芻動物の内耳から推測される過去3500万年間の進化史

 反芻動物の内耳から過去3500万年間の進化史を推測した研究(Mennecart et al., 2022)が公表されました。外来因子と内在因子が多様性に影響を与え、深い時間規模では、気候や地質などの外在的な影響が重要ですが、あまり理解されていません。この研究は、反芻動物の内耳形状を用いて、適応性の低い解剖学的構造と外来的および内発的変数との間の深い時間的相関を検証します。内耳は動きや向きを感知するため、絶滅した動物の敏捷性を推測するさいには、内耳の形状や大きさに関する情報が利用されてきました。内耳の骨である骨迷路はひじょうに高密度で、化石記録において充分に保存されているため、数百万年にわたる哺乳類の進化の諸側面の調査に利用できます。

 この研究は、3500万年にわたる反芻動物の進化という文脈で、現存種と化石種合わせて191種(キリン、シカ、ウシ、ヒツジ、ヤギを含みます)の反芻動物の3次元X線データを用いて、骨の形状を測定しました。その結果、反芻動物群間で対照的な結果が得られ、内耳形態の進化には時間的に中立な進化過程が強く影響するかもしれない、と示されました。内耳の形状には機能と無関係の小さな変動があり、これが反芻動物の新しい種の進化に対応している、というわけです。たとえば、シカの内耳の変化の加速は、鮮新世~更新世(300万年前頃)からのシカの新種(19種)の進化に対応しています。

 いくつかの分類群では、内耳の形状の変動が、全球気温の変化にも対応しており、現存する生態的に多様なクレード(単系統群)は、新生代の地球温度が低下するにつれて進化速度が増加しました。進化速度はアメリカ大陸の植民地化で最高に達します。同時に、生態学的に制限された種族は、進化速度が低下するか、変化しない、と分かりました。この研究は、気候と古地理の両方が不均質な環境を作り出し、それがシカ科とウシ科の多様化を促進した可能性を示唆しています。重要な感覚系である内耳に関しても、わずかな形状の変化が気候や進化史を反映しているかもしれない、というわけです。この研究は、内耳により進化解明の手がかりが得られる可能性を示し、反芻動物の進化における外因的および内因的要因の効果を例証するとともに、他の分類群において内耳の形状の非機能性変化の影響に関するさらなる研究の必要性を裏づけています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化学:3500万年の進化をたどる上で役立った反芻動物の内耳

 反芻動物の内耳の形状を用いて数百万年間の草食性哺乳類の進化を調べる研究によって得られた知見を記述した論文が、Nature Communicationsに掲載される。この知見は、シカ科動物とウシ科動物の多様化、生息地の気候、新しい生息地への拡散を内耳の形状の多様性と関連付けている。

 内耳は、動きや向きを感知するため、絶滅した動物の敏捷性を推測する際には、内耳の形状や大きさに関する情報が利用されてきた。内耳の骨である骨迷路は、非常に高密度で、化石記録において十分に保存されているため、数百万年にわたる哺乳類の進化の諸側面を調べるために利用できる。

 今回、Bastien Mennecartたちは、3500万年にわたる反芻動物の進化という文脈で、現存種と化石種(キリン、シカ、ウシ、ヒツジ、ヤギを含む)の内耳の骨(合計306点)を調べた。今回の研究では、3次元X線データを用いて骨の形状の測定が行われた。その結果、内耳の形状に機能と無関係の小さな変動があり、これが反芻動物の新しい種の進化に対応していることが分かった。例えば、シカの内耳の変化の加速は、鮮新世-更新世(約300万年前)からのシカの新種(19種)の進化に対応している。いくつかの分類群では、内耳の形状の変動が、全球気温の変化にも対応していた。Mennecartたちは、重要な感覚系である内耳に関しても、わずかな形状の変化が気候や進化史を反映している可能性があると結論付けている。

 今回の研究で得られた知見は、内耳が進化を解明する手掛かりを得るためのツールとなる可能性を示し、他の分類群において内耳の形状の非機能性変化の影響を調べる研究をさらに実施する必要性を裏付けている。



参考文献:
Mennecart B. et al.(2022): Ruminant inner ear shape records 35 million years of neutral evolution. Nature Communications, 13, 7222.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-34656-0

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