イベリア半島の銅器時代の飾り板
イベリア半島の銅器時代の飾り板に関する研究(Negro et al., 2022)が公表されました。5500~4750年前頃となる銅器時代のイベリア半島南西部では、粘板岩に彫刻を施した飾り板が大量に製作されました(図1)。この掌くらいの大きさの石器は、1世紀以上にわたってその機能が推測されてきましたが、女神を表し、儀式に用いられた、という説が有力です。この粘板岩の飾り板には、さまざまな複雑な模様が刻まれています。そのうちのいくつかには前面に大きな2つの目があり、その下には胴体の輪郭が彫り込まれていて、この地域に生息する2つの種である、コキンメフクロウ(Athene noctua)とトラフズク(Asio otus)をモデルにしたフクロウをはっきりと見ることができます。この2種は半開放的な環境に生息し、銅器時代の人里や周辺の耕作地の周辺に最も多く生息していたフクロウだった可能性があります。人々はフクロウの存在に気づき、何か関わっていたかもしれない、というわけです。以下は本論文の図1です。
他の動物ではなくフクロウがモデルとなった理由については、フクロウは巨大な頭部に大きな眼球を正面から備えており、あらゆる動物の中で最も擬人化された動物であることが関係している、と考えられます。図像では、他の動物が横から見るのに対して、フクロウは両目が観察者を見つめる姿で、現在でも体系的に表現されています。また、粘板岩はイベリア半島南西部で最も一般的な表層岩石で、燧石や石英や銅などの尖った道具を用いて線刻するための素材を提供します。粘板岩が剥離することで、フクロウのような飾り板を簡単に制作できるわけです。フクロウ以外の動物の姿を表現するには、特別な彫刻技術と道具が必要です。
このように、飾り板の製作や図案は単純であり、高い技術や多大な労力を必要としないことが、再現実験によって明らかにされました。この研究では、100例の飾り板が評価され、フクロウの6つの特徴(2つの目、羽角、模様のある羽、平らな顔盤、嘴、翼)のうち、いくつの特徴が表現されているかに基づいて、0~6点での評価が実施されました。その結果、フクロウの彫刻は、現在の小学生(4~13歳の子供)が描いたフクロウに似ていることから、儀式で使用するために熟練した職人によって彫られたのではなく、若者によって行なわれたかもしれない、と示唆されます。これは、図案化された絵が時代を超えて普遍的であることも示唆しています。
この研究は、多くの飾り板の上部に2つの小さな穴が見つかり、それらの穴が飾り板を吊るすための紐を通す穴として実用的なものとは思われず、そのように使用された場合に予想される摩耗痕もなかったことから、フクロウのような飾り板が、遊びや儀式に使われた一連の道具の跡だった、と提案しています。この飾り板には実際に彫刻が施されており、遊びの一環であった可能性があります。フクロウ型の飾り板は、上部に2回ミシン目が入っていることが多く、これは、生きたフクロウの羽毛が生える位置に、実際の鳥の羽毛を差し込むためのものと考えられます。遊びと儀礼の境界が曖昧な社会では、動物的な玩具で遊びながら、やがてそれを供物として、たとえば銅器時代の特徴である巨大な巨石墓に関連する共同体の儀式に使うことは矛盾しません。そう言えば、『イリヤッド』において、イベリア半島の新石器時代の遺跡からよく出土する柱状の偶像が梟の顔に見える、との発言があったことを思い出しました(119話)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
考古学:銅器時代の子どもの欲しいものリストにフクロウの飾り板が入っていたかもしれない
イベリア半島で見つかった古い粘板岩の飾り板には、フクロウが彫り込まれていた。この飾り板は、約5000年前のものとされ、子どもたちが玩具として作った可能性があると示唆する論文が、Scientific Reportsに掲載される。この知見は、古代ヨーロッパ社会で子どもたちがどのように人工物を使用していたのかを解明する手掛かりとなる可能性がある。
イベリア半島各地の墓や穴から発見された約4000個の彫刻された粘板岩の飾り板は、今から5500年前から4750年前までの銅器時代のものとされ、フクロウに似ていた。2つの円が目として彫り込まれ、その下には胴体の輪郭が彫り込まれていたのだ。これらのフクロウの飾り板は、儀式的な意味を持ち、神や死者を表していたのではないかと推測されてきた。
今回、Juan Negroたちは、この解釈を再検討し、地域の子どもたちが周辺に生息するフクロウ種を手本として作ったのが、これらのフクロウの飾り板であり、人形、玩具、お守りとして使用された可能性があるという別の考え方を示している。今回の研究では、100例の飾り板の評価が行われ、フクロウの6つの特徴(2つの目、羽角、模様のある羽、平らな顔盤、くちばし、翼)のうち、いくつの特徴が表現されているかに基づいて0~6点での評価が実施された。そして、これらの飾り板は、4~13歳の子どもが描いた現代のフクロウの絵(100例)と比較され、フクロウの描写に多くの類似点があることが観察された。子どもが成長して熟練するにつれて、フクロウの絵は実際のフクロウに似てきた。
多くの飾り板の上部に2つの小さな穴が見つかった。これらの穴は、飾り板を吊るすためのひもを通す穴として実用的なものとは思われず、そのように使用された場合に予想される摩耗痕もなかった。Negroたちは、トラフズク(Asio otus)などの地域性のフクロウ種の頭部の羽角に似せるために羽毛を通すための穴だったのではないかと推測している。
Negroたちは、フクロウの飾り板の多くは、儀式で使用するために熟練した職人によって彫られたのではなく、子どもたちによって作られたものであり、子どもたちの彫刻技術が向上するにつれてフクロウにより近いものになったという見解を示している。これらの飾り板から、銅器時代の社会における子どもの行動を垣間見ることができるかもしれない。
参考文献:
Negro JJ. et al.(2022): Owl-like plaques of the Copper Age and the involvement of children. Scientific Reports, 12, 19227.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-23530-0
他の動物ではなくフクロウがモデルとなった理由については、フクロウは巨大な頭部に大きな眼球を正面から備えており、あらゆる動物の中で最も擬人化された動物であることが関係している、と考えられます。図像では、他の動物が横から見るのに対して、フクロウは両目が観察者を見つめる姿で、現在でも体系的に表現されています。また、粘板岩はイベリア半島南西部で最も一般的な表層岩石で、燧石や石英や銅などの尖った道具を用いて線刻するための素材を提供します。粘板岩が剥離することで、フクロウのような飾り板を簡単に制作できるわけです。フクロウ以外の動物の姿を表現するには、特別な彫刻技術と道具が必要です。
このように、飾り板の製作や図案は単純であり、高い技術や多大な労力を必要としないことが、再現実験によって明らかにされました。この研究では、100例の飾り板が評価され、フクロウの6つの特徴(2つの目、羽角、模様のある羽、平らな顔盤、嘴、翼)のうち、いくつの特徴が表現されているかに基づいて、0~6点での評価が実施されました。その結果、フクロウの彫刻は、現在の小学生(4~13歳の子供)が描いたフクロウに似ていることから、儀式で使用するために熟練した職人によって彫られたのではなく、若者によって行なわれたかもしれない、と示唆されます。これは、図案化された絵が時代を超えて普遍的であることも示唆しています。
この研究は、多くの飾り板の上部に2つの小さな穴が見つかり、それらの穴が飾り板を吊るすための紐を通す穴として実用的なものとは思われず、そのように使用された場合に予想される摩耗痕もなかったことから、フクロウのような飾り板が、遊びや儀式に使われた一連の道具の跡だった、と提案しています。この飾り板には実際に彫刻が施されており、遊びの一環であった可能性があります。フクロウ型の飾り板は、上部に2回ミシン目が入っていることが多く、これは、生きたフクロウの羽毛が生える位置に、実際の鳥の羽毛を差し込むためのものと考えられます。遊びと儀礼の境界が曖昧な社会では、動物的な玩具で遊びながら、やがてそれを供物として、たとえば銅器時代の特徴である巨大な巨石墓に関連する共同体の儀式に使うことは矛盾しません。そう言えば、『イリヤッド』において、イベリア半島の新石器時代の遺跡からよく出土する柱状の偶像が梟の顔に見える、との発言があったことを思い出しました(119話)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
考古学:銅器時代の子どもの欲しいものリストにフクロウの飾り板が入っていたかもしれない
イベリア半島で見つかった古い粘板岩の飾り板には、フクロウが彫り込まれていた。この飾り板は、約5000年前のものとされ、子どもたちが玩具として作った可能性があると示唆する論文が、Scientific Reportsに掲載される。この知見は、古代ヨーロッパ社会で子どもたちがどのように人工物を使用していたのかを解明する手掛かりとなる可能性がある。
イベリア半島各地の墓や穴から発見された約4000個の彫刻された粘板岩の飾り板は、今から5500年前から4750年前までの銅器時代のものとされ、フクロウに似ていた。2つの円が目として彫り込まれ、その下には胴体の輪郭が彫り込まれていたのだ。これらのフクロウの飾り板は、儀式的な意味を持ち、神や死者を表していたのではないかと推測されてきた。
今回、Juan Negroたちは、この解釈を再検討し、地域の子どもたちが周辺に生息するフクロウ種を手本として作ったのが、これらのフクロウの飾り板であり、人形、玩具、お守りとして使用された可能性があるという別の考え方を示している。今回の研究では、100例の飾り板の評価が行われ、フクロウの6つの特徴(2つの目、羽角、模様のある羽、平らな顔盤、くちばし、翼)のうち、いくつの特徴が表現されているかに基づいて0~6点での評価が実施された。そして、これらの飾り板は、4~13歳の子どもが描いた現代のフクロウの絵(100例)と比較され、フクロウの描写に多くの類似点があることが観察された。子どもが成長して熟練するにつれて、フクロウの絵は実際のフクロウに似てきた。
多くの飾り板の上部に2つの小さな穴が見つかった。これらの穴は、飾り板を吊るすためのひもを通す穴として実用的なものとは思われず、そのように使用された場合に予想される摩耗痕もなかった。Negroたちは、トラフズク(Asio otus)などの地域性のフクロウ種の頭部の羽角に似せるために羽毛を通すための穴だったのではないかと推測している。
Negroたちは、フクロウの飾り板の多くは、儀式で使用するために熟練した職人によって彫られたのではなく、子どもたちによって作られたものであり、子どもたちの彫刻技術が向上するにつれてフクロウにより近いものになったという見解を示している。これらの飾り板から、銅器時代の社会における子どもの行動を垣間見ることができるかもしれない。
参考文献:
Negro JJ. et al.(2022): Owl-like plaques of the Copper Age and the involvement of children. Scientific Reports, 12, 19227.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-23530-0
この記事へのコメント
お久しぶりです。以前に何度も書き込ませて頂いたものです。その節はお世話になりました。
実は最近イリヤッドに関連した面白い本を読んだのでご報告いたします。とっくにご存知でしたら御免なさい。
大修館書店・あじあブックスシリーズ「星座で読み解く日本神話/勝俣隆」という本がありまして、初版が2000年6月となっております。
表紙をめくった そで? に本文の一部が抜粋されており、初っ端なので本書のネタバレにはならないだろうと判断するのですが、
「サルタヒコはヒアデス星団、アメノウズメはオリオン座…」とあります。
この本はタイトルの通り、日本神話に埋め込まれた星辰信仰と星座信仰を探り出すという、かなり挑戦的な内容でして、
読んでいくとすぐに気付くのですが、びっくりするくらいイリヤッド的な感じの話題が記されていて、
イリヤッドの原作者はこの本を読んで色々とイメージを作り上げていったんじゃないのかなと、私は勝手に思い込んでます。
柱に描かれた顔→ネアンデルタールの着想は、きっとこの本のサルタヒコの図が元で、そこに寄り添う女性はアメノウズメが発想の源泉だったんじゃないのかなと。
このページの画像ですとhがイリヤッドっぽいですね
(もちろんイリヤッドの膨大な考証や物語としてのまとめ方は、作者の類い稀な知恵と研究と技術の賜物であると承知しています。
それを漫画として形にする際の取っ掛かりというか、それぞれの情報をつなげるパズルのピースに、この本を基にして構想された部分があるんじゃないのかなぁと感じるのです。)
ただ残念なことにイリヤッドの禁忌の謎については、(当たり前ですが)手がかりさえない感じでした。
サルタヒコとアメノウズメはアイデアの元であったかもしれませんが、イリヤッドのミステリとは関係が無さげです。
でもこの本とても面白いので、もし興味をお持ちでしたらオススメいたします。
そういえば私以前、「肉を食べず、夢を見ない」の回答として「ウサギと蛇」と書いたのですが、どうもこれ「ウサギ」のみで良さげですね。まさに蛇足でした。
以上、失礼いたしました。
星座の起源はユーラシア西部のようですし、日本神話には恐らくユーラシア西部世界の神話の要素が入り込んでいますから、日本神話と星辰信仰に関連がある可能性は高いと思います。
『イリヤッド』にはさまざまな設定が盛り込まれており、多くの本が参照されたのは間違いありませんから、同書が参考文献の一つでも不思議ではなさそうです。
フクロウの女王とウサギの女王の関係
虚実を織り交ぜるプラトンはアトランティスをポセイドンが治める国だと偽りましたが、実際には女王クレイトオの国だったことがイリヤッド最終盤で明らかになります。作中でスサノオはポセイドンと重ねられていますので、単純に考えればスサノオの奥さんであるクシナダヒメはクレイトオに重ねることが出来ます。エウエノルとレウキッペの娘・大地より生まれし女王クレイトオとは、アシナヅチとテナヅチの娘・国津神である櫛稲田姫のことだと考えられ、スサノオは入婿・王配となり、クシナダヒメからするとアマテラスとツクヨミは義理の姉兄であり、外戚?ということになります。また、グレコ神父によるとガデイラはハデイラでハデスであるとのことです。
まとめると、アトランティス女王/クレイトオ/クシナダヒメ、 アトランティス王配/ポセイドン/スサノオ、 ガデイラ王/ハデス/ツクヨミ、 アマゾネス女王/アテナ/アマテラス、 という関係性が見いだされるわけです。ウサギの女王とフクロウの女王の話、アトラスとガデイロス兄弟の話は、これら4者を別の面から表した物語と考えることが出来ます。またアトランティスとガデイラとアマゾネスの3国が親戚縁者だった可能性も示唆されるわけです。アトランティスは富める国であり、アマゾネスとガデイラは貧しく妬む国だった。
エンドレ殺人事件~結社・山の老人壊滅事件と、4500年前のアトランティス滅亡を重ねてみる
兄弟のような二者が争う関係性はイリヤッドで何組か描かれており、規清と文明、レイトンとイリヤもそうなのですが、ここではエンドレとコバチを挙げます。エンドレの秘密会議において本人はポセイドンを名乗り、ベルクはプルート(ハデス)の仮面を、クロジエはアテナの仮面、オコーナーはヘラクレスの仮面を被りました。またアトランティス王アトラスの兄弟はガデイロスで、エンドレがアトラスでもあると捉えれば、ガデイロスは親友であるコバチの役であることが連想出来ます。彼は自分が柱登りの大王だったと吐露します。そしてグレコ神父はアトランティスに近付こうとした者達を殺害した後に、アトランティスの秘密を抱えて沈みました。
これらイリヤッド登場人物たちの関係性は4500年前のアトランティス滅亡事件に重ねられているのではないかと思うのです。つまりフクロウの女王が義妹ウサギの女王を妬んだだけでなく、同時にガデイロスが兄弟アトラスを妬んだ、これらの混乱の最中に起こった天災だったのではないかと想像することが出来るわけです。赤兎の洞窟壁画にはヤマトタケルらしき人物がイズモタケルらしきウサギ人を殺害する場面が描かれていました。またイリアスの物語はヘラ・アテナ・アフロディーテの3女神の嫉妬や競争心による争いが始まりでもあるので、このイメージも重ねられているのでしょう。
クレタ島の洞窟壁画にはネアンデルタール人の祭司とクロマニオン人が描かれ、テルジス博士は祭司をゼウスだと断言しました。イリヤはアトランティスを担った人々は3万年前に壁画を描いた人々だと考えていますから、おそらく1万2千年前のアトランティスでも同じような状況だったのでしょう。アトランティスで生き残っていたネアンデルタール人祭司はポセイドンであり、遭遇したクロマニオン人の女王はクレイトオのはずです。またクロマニオン人はヨーロッパ人のご先祖であるとのことです。
ところで、グレコ神父のセリフに「アダムとイブの子は絶滅寸前だった」「夢を見る能力さえなかった」とあります。どうもグレコ神父はヌビア聖書断片の記述を基にして自分の考えを喋っているらしいのですが、これもしかして「人類は」ではなく、そのまま「アダムとイブの子は」という意味に取れないでしょうか?
聖書ではアダムとイブの子供達はカイン、アベル、セツです。(それぞれに妹もいます) セツはアベルが死んだ後に誕生した、アベルの生まれ変わりのような存在です。聖書の主な登場人物達はセツの子孫となります。なのでアベルとセツの関係性は近しく、それに比べると長兄カインとは離れた関係性となっているわけです。
これはイリヤッドにおいてネアンデルタールークロマニオンーヨーロッパ人の三者の関係性に重ねることが出来ます。ネアンデルターレンシスとサピエンス二者の関係ですね。当てはめると、「アダムとイブの子」とは絶滅寸前のクロマニオン人アベルであり、アベルが出会ったのはネアンデルタール人のカインだった、ということだと想定出来ます。
ネアンデルタール人とクロマニオン人の関係について
「我々は言葉を、彼らは夢を教えた」「その後我々は飛躍的に進化した」「ついに神と交信できたのだから」「我々は、ありとあらゆる獣を神の化身と誤解し…」 グレコ神父のこれらのセリフを深読みすると、クロマニオン人はネアンデルタール人を介して神と交信出来るようになったが、神と直接対話すること自体は出来なかった、という意味にも取れます。
グレコ神父は最後に、ノア~イエスら偉大な預言者が、神の言葉である進化論を知りながらそれを隠蔽し、むしろ真逆の教えを人々に授けてきたことを明らかにします。 で、このペテンが長い間罷り通ってきたということは、人類の間で神の声を聞くことが出来た者は誰もいなかったし、神は人類の誰に対しても言葉を語りかけなかった、ということでもあるのでしょう。
両者の交流は各地で行われたようですが、ネアンデルタール人だけが(熊?)神の声を聞ける預言者であり、アトランティスのクロマニオン人だけが文字を用いてその言葉を書き記した。他の土地では神も預言者も言葉も忘れ去られ、それぞれの土地や文化に合わせて変形され伝えられていった。
「アトランティス人は夢を見ない」という言葉は、自分達は神の声を聞くことが出来なかったことを忘れずに記憶しており、その事実を受け入れている人々、という意味だとは考えられないでしょうか。そうだとするとネアンデルタール人とクロマニオン人は、神に愛され富める者と、神にこちらを向いてもらえない貧しき者の関係でもあったと言えます。
これまで見てきた関係性をぼんやり補完していくと、聖書の改竄された箇所であり、ヌビア聖書断片に記されていた真実とは、カインとアベルが実の兄弟ではないこと、(義兄弟ではあったかも知れない?) また二人は立場を逆転させられており、殺されたのはカインの方で、追放されたのはアベルだったのではないか? その時から預言者は失われ、神は永遠に去ってしまったのではないか? といった疑念がわいてきます。 人類の宗教や信仰は全て紛い物であるという事実が、最古の聖書に記されていたのかも知れません。
進化論というと我々は無神論的なイメージを持っていますが、神を信仰していたネアンデルタール人の進化論はまた少しニュアンスが違うのでしょう。ヌビア聖書には「彼らは狒々を指し、次のお前たちだと言った」 とあります。 ネアンデルタール人の意図がどうであったかはさておき、この言葉は聞き手によっては「次に狒々が進化しても我々と同様で神の声を聞くことは出来ない。 神に選ばれた彼ら、ネアンデルタール人を介して教えを授かるしかない。」 という意味に歪めて受け取ることも出来るのではないでしょうか。 グレコ神父は「神を許せるか?」とイリヤに問いました。
エノクの書とは一体…
今回調べててギョッとした思い付きというか気付きがありまして、一応知ってはいたけれど、これは多分関係ないだろうと思って忘れていた情報が結びついてしまったという話なんですが。
プラトンの語る1万2千年前のアトランティスで、ポセイドンの妻はクレイトオだとされます。これまでの解釈からすると両者はネアンデルタール人とクロマニオン人の異種族夫婦だったと想像することが出来ます。またネアンデルタール人祭司ポセイドンが聖書に記されるカインその人であったとするならば、カインには息子がおり、その名前はエノクというのだそうです。
まさか「エチオピア語やスラブ語とは全く異なる内容が記されたヌビア語版エノクの書」とは、ノアの先祖の義人エノクではなく、カインの息子のエノクが著した文書という意味なのでしょうか??
以前の私はエノクの書を、アトランティス中期頃に外部からやって来た人物・エノクにもたらされた教えであり、アトランティス滅亡後に子孫であるノアが編纂した文書、アフリカ方面に広まったメドゥーサ族の伝承、信憑性に欠ける伝説、程度に考えていたのですが、
もしかしたら劇中で語られるエノクの書とは、1万2千年前にネアンデルタール人の父の言葉を直接記した息子エノクの文書…、だったのかも知れません。まぁどうにも分かりようのない想像なのですが…
以上となります。ずうずうしい長文、大変失礼いたしました。 改めてイリヤッドって色んな読み方出来て、深すぎる…
作中ではアレクサンドロス3世やモンゴル帝国とアトランティスとの関わりも示唆されていたので、そこも描かれれば、もっと明示的になったのかな、とも思います。
あ、私の書き込みの最後の方で「カインの息子エノクが直接聞いて記した…」 なんて表現をしましたが、冷静に考えればこの時点でまだアトランティス文字は整備されていなかった可能性が高いですよね。せいぜい「息子エノクが父の言葉を伝え、文字が使われ始めた後にそれを記した文書があった」 くらいが妥当な想像でしょうか。
お付き合い頂き、ありがとうございました。
もっと話が展開し、謎が解明されていくはずだったのではないか、と本当に残念に思ったものですが、部外者の勝手な思い入れで、当初からの構想通りだったのかもしれません。