環境DNAから明らかになる200万年前頃のグリーンランドの生態系

 環境DNA200から万年前頃のグリーンランドの生態系を明らかにした研究(Kjær et al., 2022)が報道されました。後期鮮新世および前期更新世(360万~80万年前頃)の気候は、将来の温暖化で予測されている気候に近いものでした。古気候の記録からは、強い極域増幅と、現代よりも11~19度ほど高い年平均気温が明らかになっています。この時代の北極に生息していた生物群集は、化石が極めて少ないため、まだほとんど知られていません。この研究は、年代が約200万年前と推定される、北グリーンランドのピアリーランド(Peary Land)に位置する極地砂漠である、カップ・クブンハウン(Kap København)累層の、豊かな動植物群集の存在を示す古代の環境DNA(eDNA)の記録について報告します。

 この研究は、カップ・クブンハウン累層内の5ヶ所の異なる地点で採取した有機物を多く含む堆積物試料(41点)からDNAを抽出して塩基配列を解読し、このDNAから古代の生態系の全体像を再構築しました。この記録は、ヤマナラシやカバノキやクロベなどの高木に加えて、北極および北方のさまざまな低木および草本が混生した植生の、疎な北方林生態系を示しており、これらの植物の多くは、この地域で大型化石や花粉の記録からこれまでに発見されたことがないものでした。

 このDNA記録からは、ノウサギの存在、マストドンやトナカイや齧歯類やガンなどの動物に由来するミトコンドリアDNA(mtDNA)の存在が確認されました。これらの動物はいずれも、現代および後期更新世の近縁生物の祖先である。海洋生物についても、アメリカカブトガニ(Limulus polyphemus)や緑藻類などの存在が示唆され、当時の気候が現代よりも温暖だったことを支持しています。この研究で再構築された生態系は、現代には類似のものが存在しません。こうした古代環境DNAの残存はおそらく、それが鉱物の表面に結合したことと関連します。こうした知見は、遺伝学研究の新たな分野を開くもので、古代環境DNAを用いることで、化石が存在しないような200万年前の生物群集の生態や進化の追跡が可能であることを実証しています。

 2010年以降の古代DNA研究の進展は目覚ましく、ついには200万年前頃の環境DNAの解析も可能と証明されました。もっとも、これは寒冷なグリーンランドだからこそ可能な古さとも言えそうで、より温暖な地域では100万年以上前の環境DNA解析は難しいでしょう。生物の骨格遺骸からの直接的な古代DNA解析は、100万年以上前と推定されるマンモスで可能と示されていますが(関連記事)、出土地はシベリアの高緯度地域で、古代DNAの保存状態は、時間の長さにもよりますが、やはり環境が大きな要因になっている、と改めて了解されます。直接的な骨格遺骸や土壌から100万年以上前のDNAが解析可能な地域には、その頃までには人類が存在しなかったと考えられるので、人類進化史の解明に直接的に貢献できるわけではありませんが、本論文が指摘するように、とくに化石が少ない地域の生態系の再構築では多大な貢献が期待され、今後間研究の進展が注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


生態学:古代DNAを使って再現した200万年前の生態系の構成

 これまでに採取された最古の古代環境DNAの解析が行われ、約200万年前の北グリーンランドの生態系の全体像(当時存在していた動植物種を含む)が再構築された。この知見は、古代の生態系をこれまで不可能だった範囲まで探究し解明することを可能にし、現代に存在しない生態系を解明する手掛かりをもたらした。今回の研究について報告する論文が、Natureに掲載される。

 カップ・クブンハウン(Kap København)累層は、北グリーンランドのピアリーランドに位置する極地砂漠で、200~300万年前は気温が現在よりも11~19°C高く、はるかに温暖な気候だったことが示唆されている。しかし、この時期に北極に生息していた生物群集に関しては、脊椎動物の化石の数が非常に少ないため、ほとんど解明されていない

 今回、Eske Willerslevたちは、カップ・クブンハウン累層内の5つの異なる地点で採取した有機物を多く含む堆積物試料(41点)からDNAを抽出して、塩基配列を解読し、このDNAから古代の生態系の全体像を再構築することができた。この生態系は、亜寒帯の疎林で、ポプラ、カバノキ、ヒノキ科クロベ属の木だけでなく、北極域と亜寒帯のさまざまな低木や草本が混ざった植生だった。DNA記録からはノウサギの存在も確認されており、この地点で採取されたミトコンドリアDNAからは、その他の動物(マストドン、トナカイ、齧歯類、ガンなど)の存在が示されている。古代DNAは、海洋生物からも採取されており、アメリカカブトガニ(Limulus polyphemus)の集団の存在が示唆された。Willerslevたちは、このことは、前期更新世のカップ・クブンハウン累層で、表層水の温度条件が今より高かったことを意味している可能性があり、以前の研究における推定とも一致しているという見解を示している。

 今回の知見には、古代環境DNAを使って200万年前の生物群集の進化をたどる研究の可能性が示されているとWillerslevたちは結論付けている。


生態学:環境DNAから明らかになった200万年前のグリーンランドの生態系

Cover Story:失われた世界:太古の環境DNAが明らかにした200万年前のグリーンランドの生態系の性質

 表紙は、約200万年前のグリーンランド北部の一部地域に存在した豊かな生態系の想像図である。今回E Willerslevたちは、太古のDNAからこの生態系を再構築している。彼らは、ピアリーランドのKap København累層で研究を行い、5つの異なる地質学的サイトから有機物に富む堆積物試料を集めた。こうした試料からDNAを抽出し塩基配列を決定することで、約200万年前に存在した植物相と動物相の状況の全貌を知ることができた。そして著者たちは、クロベ、トウヒ、カバノキなどの北極の植物種が混生した疎な北方林の証拠と共に、ノウサギ、マストドン、トナカイ、ガンなどの動物の痕跡を見いだした。こうした証拠から、現在は極砂漠となっているグリーンランドのこの地域が、現代より11~17°C温暖であったことが裏付けられ、もはやこの世界のどこにもない生態系が存在したことが示唆された。



参考文献:
Kjær KH. et al.(2022): A 2-million-year-old ecosystem in Greenland uncovered by environmental DNA. Nature, 612, 7939, 283–291.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05453-y

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