ベルギーのネアンデルタール人のDNA解析

 人間進化研究ヨーロッパ協会第12回総会で、ベルギーのネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のDNA解析結果を報告した研究(Bossoms et al., 2022)が報告されました。この研究の要約はPDFファイル で読めます(P16)。ゴイエ(Goyet)の第三洞窟(Troisième caverne)は、ベルギーにおいて最も豊富なネアンデルタール人遺跡の一つです。しかし、この遺物群で回収されたネアンデルタール人遺骸の分析は、97点の最近特定された骨標本のほとんどが人為的活動により砕かれているため(関連記事)、困難です。これらの骨片の約半分は相互に再接合するかもしれませんが、古代DNAは補完的な手法を提供し、同じ個体に属する骨片を識別します。さらに、古代DNAはそうした個体間の近縁性の調査も可能とします。

 古代DNAの保存について、14点の骨格遺骸が検査されました。歯もしくは骨の粉末から1~57mgの範囲の標本からDNAが抽出され、0.5%次亜塩素酸塩溶液で前処理されて、一本鎖DNAライブラリが作成されました。混成捕獲(hybridization capture)を用いて、ヒトのミトコンドリアDNA(mtDNA)と核ゲノム全体の70万ヶ所の一塩基多型(SNP)一式について、構築されたライブラリが濃縮されました。14点の標本のmtDNA一致配列(コンセンサス配列)の再構築が可能となり、7点でゲノム規模の低網羅率データが得られました(全て1倍未満のゲノム網羅率です)。

 遺伝的な親族分析の新たに開発された手法を用いて、遺伝的に同一な標本の2群が特定されました。つまり、それらは同じ個体か、一卵性双生児に由来するわけです。第一群はゴイエQ57-1とゴイエQ57-2とゴイエQ57-3(1点の大腿骨と2点の脛骨)から、第二群はゴイエQ56-1とゴイエQ305-7とゴイエQ374-1から(1点の大腿骨と2点の脛骨)構成されます。遺伝的に同一の個体のこれら2群は、相互に直接的な家族関係の証拠を示しません。最後に第三の個体が特定され、これは左脛骨の断片により表され、第一群および第二群と関連していません。これら3群は思春期/成人の個体を表しています。

 遺伝的に同一の標本のうち2点、つまりゴイエQ305-7とゴイエQ374-1は、以前には2点の異なる右脛骨(それぞれ脛骨IIIと脛骨IV)に分類され、一卵性双生児と示唆されていました。その可能性はあるものの、ネアンデルタール人の化石記録における一卵性双生児発見の可能性は低そうです。したがって、骨の再接合が再調査され、ゴイエQ305-7は誤って脛骨IIIに再接合された、と分かりました。この結果は、脛骨IIIの別の断片(ゴイエQ54-4)のmtDNA配列の取得により確証され、それがゴイエQ305-7のミトコンドリアゲノムと一致しない、と実証されました。したがって、脛骨IIIおよびVは、遺伝的に異なる別の個体に属しており、それに応じて再接合が更新されました。さらに、ゴイエQ54-4のゲノム規模データから、この脛骨はゴイエQ57-1・2・3と同じ個体に属しており、追加の個体を表していない、と示唆されます。

 この事例研究は、断片的な骨格遺骸の再接合における不確実性を解決し、どの化石がどの個体に属するのか、推測する古代DNAの可能性を浮き彫りにします。ゴイエのネアンデルタール人個体群と、ネアンデルタール人の人口史理解の改善のためにゲノム規模配列データが利用可能なユーラシアの他のネアンデルタール人との間の遺伝的関係を特徴づける、さらなる研究が進行中です。


参考文献:
Bossoms C. et al.(2022): Resolving the relatedness of the Neandertals from the Troisième caverne of Goyet using ancient DNA. The 12th Annual ESHE Meeting.

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