ブラジルの新たな古代人のゲノムデータ
ブラジルの新たな古代人のゲノムデータを報告した研究(Santos et al., 2022)が公表されました。考古学およびゲノムの証拠の増加は、ヒトによるアメリカ大陸の複雑な移民過程を示唆してきました。これはとくに南アメリカ大陸について当てはまり、予期せぬ祖先の兆候が、南アメリカ大陸のさまざまな地域への初期移住について困惑させるようなシナリオを提起します。本論文は、考古学的痕跡の豊富なブラジル北東部の古代人のゲノムを提示し、古代人および現代人のデータと比較します。
その結果、ブラジル北東部とラゴア・サンタ(Lagoa Santa)とウルグアイとパナマの古代人ゲノム間の明確な関係が見つかり、南アメリカ大陸大西洋沿岸の古代の移住経路についての証拠を表しています。既存の複雑さにさらに加えて、ウルグアイとパナマの古代の個体では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)よりも大きな種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)も検出されます。さらに、パナマの古代人のゲノムでは強いオーストラレーシア(オーストラリアとニュージーランドとその近隣の南太平洋諸島で構成される地域)人の兆候が見られます。本論文は、南アメリカ大陸東部の深い人口史に光を当て、地域水準での将来の詳細な調査への出発点を提示します。
●研究史
アメリカ大陸はヒトが居住した最後の大陸で、暦年代で2万年前頃となる最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)における、ベーリンジア(ベーリング陸橋)からの複雑な植民過程を示唆する考古学およびゲノムの証拠が増えつつあります(関連記事)。古代人と現代人両方のゲノムを含む最近の研究は、祖先的アメリカ大陸先住民(NA)がどのように、北アメリカ大陸を探索して植民し、その後、北方NA(NNAもしくはANC-B)と南方NA(SNA or ANC-A)に分岐したのか、説明します。SNA系統は、クローヴィス(Clovis)文化関連の、アメリカ合衆国モンタナ州西部のアンジック(Anzick)遺跡で発見された男児(アンジック1)と、アメリカ合衆国ネバダ州の精霊洞窟(Spirit Cave)個体により表され、中央および南アメリカ大陸の現代人における祖先的構成要素で、この分枝と関連する複数集団がメソアメリカを横断して南アメリカ大陸へと入った、と示唆されます。
南アメリカ大陸への追加の微妙な差異の祖先系統は、ユピケラ(Ypikuéra)人口集団もしくは「Y人口集団」と呼ばれている、標本抽出されていない人口集団に由来する可能性があり、この人口集団は、スルイ人(Suruí)やカリティアナ人(Karitiana)など現在のアマゾン地域先住民集団で観察される、オーストラレーシア人と共有される祖先系統の導入により、南アメリカ大陸の初期の移住に寄与したかもしれません(関連記事)。これまで、ブラジル南東部のラゴア・サンタ(Lagoa Santa)考古学地域で発掘された古代人1個体のみが、オーストラレーシア人の兆候を有している、と明らかになっており、これはSNA系統の最古の代表例の一つでもあるスミドウロ5号(Sumidouro5)です(関連記事)。しかし、南アメリカ大陸の広範な地域は考古ゲノム学研究によりほとんど調査されていないままです。
そうした地域の一つは、大西洋沿岸のブラジル北東部です。ブラジル北東部には、南アメリカ大陸で最も豊富な遺跡のいくつかがありますが、これまで古代人のゲノムは低網羅率の1個体しか得られておらず、それはセラ・ダ・カピバラ(Serra da Capivara)考古学地域のエノッケ65号(Enoque65)です。ブラジルの地理的拡張に照らして、その北東部地域の考古ゲノム研究は、大西洋沿岸のコーノ・スール(南アメリカ大陸南部)を通っての、北および中央アメリカ大陸からの推定される移民の移動を含む、南アメリカ大陸の入植を構成する多くの事象の根底にある重要な人口統計学的側面を明らかにする可能性があります。ゲノムの観点からのこれら依然としてよく特徴づけられていない事象の研究は、とくに地域水準で、アメリカ大陸の人口史の重要な一連の事象の解明につながるかもしれません。
本論文は、ブラジル北東部の2ヶ所の異なる遺跡、つまりペドラ・ド・トゥバラン(Pedra do Tubarão)遺跡とアウコバサ(Alcobaça)遺跡で発掘された古代人2個体(それぞれ、ブラジル2号とブラジル12号)の新たに配列されたゲノムを報告します(図1a)。両遺跡はペルナンブーコ(Pernambuco)州に位置し、ブラジル北東部で2番目に代表的な岩絵伝統である、アグレステ(Agreste)岩絵伝統と関連しています。この伝統がピアウイ(Piauí)州のセラ・ダ・カピバラ考古学地域で出現したのは5000年前頃で、その後はブラジル北東部の他地域へと拡散した、と考えられています。ペルナンブーコ州では、この伝統と関連する最古の年代は2000年前頃までさかのぼります。ブラジル北東部のブラジル人考古学者は、この地域の遺跡における岩絵伝統と他の物質記録とを関連づけることの課題を指摘してきました。したがって、アグレステと関連づけられると推測される考古学的文化の年代的境界は、依然として正確に定義されていません。これらの遺跡のヨーロッパ人との接触後の先住民の居住記録もなく、この地域における文化的連続性の喪失を示唆します。以下は本論文の図1です。
配列決定の達成された平均深度は、ブラジル2号が約10倍、ブラジル12号が約8倍です。ミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づくと、現代人の汚染は、ブラジル2号が約3.6%、ブラジル12号が約5%と推定され、それぞれのmtDNAハプログループ(mtHg)はC1bとD1a2です。ブラジル2号は直接的に981年前頃と年代測定もされており、その分子的性別はXYと推定され、Y染色体ハプログループ(YHg)はQ1b1a1a1です。ブラジル北東部の標本とともに、ウルグアイの最近配列決定された(関連記事)古代人2個体(CH13とCH19B)のゲノムがさらに調べられました(図1a)。本論文の目的は、アメリカ大陸の古代の個体群と人口集団を含む、とくに南アメリカ大陸大西洋沿岸の拡散および混合事象を地域的水準で特徴づけることです。
●古代のブラジルとパナマとウルグアイとの間の明確なゲノム関係
最尤系統樹とモデルに基づくクラスタ化(まとまり)と主成分分析(PCA)を用いて、古代の個体群の他の人口集団との広範なゲノム関係が調べられました(図1b・c・d)。まず、古代NAと現在の世界規模の人口集団での進化関係が、TreeMixにより評価されました。この古代NAとは、上述の古代人のゲノムとは別に、ペルーのチチカカ湖周辺のイラヴェ(Ilave)地域の個体(IL2とIL3とIL7)、チリのA460個体、パナマのPAPV173個体も含められました。
この分析により、古代NAは2つの異なるクレード(単系統群)に分離されました(図1b)。第一のクレードは、アマゾン熱帯雨林地域の現在のピアポコ人(Piapoco)やスルイ人カリティアナ人に加えて、アメリカ大陸太平洋沿岸近くで発掘された以前に刊行された標本で構成されます。第二のクレードは、ブラジルのスミドウロ5号およびブラジル2号、ウルグアイのCH19B、パナマのPAPV173で構成されます。第一のクレードがアメリカ大陸太平洋沿岸古代人を表しているのに対して、第二のクレードは南アメリカ大陸大西洋沿岸により近い遺跡で発掘された古代の個体群で構成されますが、PAPV173がパナマの太平洋沿岸で発見されたことは認められます。
まだ大西洋クレードにある、得られた最尤系統樹から、スミドウロ5号はブラジル2号の祖先かもしれず(ブラジル2号との分岐以降に推定される遺伝的浮動がないため)、ブラジル2号は次にPAPV173およびCH19Bの祖先的分枝と関連している、と示唆され、これは南から北への方向性を示唆する発見です。この結果は、関連する年代データ、つまりスミドウロ5号がブラジル2号より古く、ブラジル2号はPAPV173より古いことと一致します。一方、太平洋クレードは、北から南への方向性において、アメリカ大陸の植民についての一連の知識を要約しているようです。
ADMIXTUREを用いて、世界規模の参照集団の文脈で古代NAのゲノム構造が調べられました。最小交差検証値に基づいて選択されたK(系統構成要素数)=7で仮定すると、ブラジル2号とCH19Bとスミドウロ5号が橙色により表される明確な構成要素の割合を共有している、と分かりました。具体的には、CH19Bの構造は、完全に橙色の構成要素で構成されています。この祖先的構成要素は、南アメリカ大陸大西洋沿岸近くで発掘された古代の個体に限定されています。興味深いことに、スミドウロ5号はわずかに緑色の構成要素の注目に値する割合を有しており、この構成要素は現在のパプア人と北アメリカ大陸の数点の古代人標本、つまりアンジック1号やアラスカのアップウォードサン川(Upward Sun River)で発見された(関連記事)11600~11270年前頃の1個体(USR1)のみで見つかっています(図1c)。
同様に、PCAの結果から、スミドウロ5号はPC(主成分)1軸に沿ってブラジル2号とCH19Bとの間に収まり、PAPV173はブラジル2号のすぐ近くに位置する、と示されます(図1d)。アラスカのUSR1個体を除いて、全ての他の以前に刊行された古代NAは、ブラジル2号およびスミドウロ5号およびPAPV173と近くで密接にクラスタ化します(まとまります)。しかし、古代人と現代人のブラジルの標本間で観察された距離は、アマゾン人口集団が古代の個体群と分岐して以降に経てきた、強い遺伝的浮動効果の結果(関連記事)である可能性が高そうです(図1b)。特定の人口集団における浮動に起因するアレル(対立遺伝子)頻度の変化は、他の人口集団と比較してPC空間におけるその位置に影響を及ぼすかもしれない、と知られています。
この観察の例外は、参照人口集団がPC構築の一部ではなかった場合で、それはスルイ人とカリティアナ人については当てはまりません。この文脈で、外群f3統計(スルイ人とカリティアナ人が、さらに上述のアメリカ大陸古代人の下位区分と最高の類似性を有して提供された結果)は、古代と現在のブラジルの個体間のゲノム類似性の評価により適した技術です。一方、ブラジル12号が、あらゆる他の現在もしくは古代NAとよりも現在のエスキモー個体群の方と近い位置にあるのに対して、ウルグアイのCH13はUSR1の近くに位置します。ブラジル12号とCH13は、他の古代の個体と比較して浅いゲノムであることに注意することが重要で、これは、PCA図内でのより遠いクラスタ化の位置を説明できるかもしれません。PCAがADMIXTURE分析と同じデータセットで実行された場合(図1c)、アメリカ大陸の古代人と現代人の標本の配置は、元々のPCAの結果とほぼ同じである、と分かりました(図1d)。しかし、PC1軸およびPC2軸が考慮されると、CH19Bはシベリア人およびUSR1とクラスタ化するものの、視覚化されたPCの組み合わせに関わらず、北アメリカ大陸の先住民であるクリー人(Cree)ともより近くに位置するようになります。
●南アメリカ大陸とパナマにおける深い古代型およびオーストラレーシア人祖先系統
D統計と同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD)分析を用いて、古代の個体群の深いゲノム祖先系統がさらに調べられました(図2)。まず、D形式(ヨルバ人、X;ミヘー人、検証人口集団)のD統計を計算して、南アメリカ大陸大西洋沿岸のオーストラレーシア人の兆候の存在が評価されました。この場合、Xは現在の非アフリカ系人口集団で、検証人口集団は、スルイ人かスミドウロ5号かPAPV173かブラジル12号かCH19BかCH13かアンジック1号のいずれかとして設定されます。
類似のD統計分析が以前に用いられ、古代のラゴア・サンタ個体(スミドウロ5号)と現在のスルイ人のゲノムにおけるこの兆候を報告しました。スルイ人におけるオーストラレーシア人の兆候を再現できた一方で、以前に報告されたスミドウロ5号におけるこの兆候は見つからず、恐らくは用いられた参照集団の違いに起因します(図2a)。この兆候はブラジル2号とブラジル12号とCH19BとCH13とアンジック1号にも存在しません(図2a)。しかし、パプア人とニューギニア人とオーストラリア先住民は、ミヘー人(Mixe)とよりもPAPV173の方と有意に多くのアレルを共有している、と分かりました。さらに、スルイ人とPAPV173がオンゲ人との関連でミヘー人と比較された事例では、以前に報告された「減少した兆候」を見つけることができます(図2a)。
これらの結果を確証するため、D形式(ヨルバ人、検証人口集団;X、B)のD統計を用いて、古代人標本のいくつかが検証されました。この場合、Bはイングランド人か漢人かパプア人かスルイ人です。この新たな形式を用いると、Bがパプア人である場合、スミドウロ5号はアンダマン諸島のオンゲ人とより多くのアレルを有意に共有している、と分かりました。これは、この古代人標本における以前に報告されたオーストラレーシア人兆候を表している可能性があります。以下は本論文の図2です。
さらに深いゲノム祖先系統を調べるためIBDmix(関連記事)が用いられ、推定される古代型のゲノムの存在について、本論文で取り上げられた全ての南アメリカ大陸の古代の個体(およびパナマのPAPV173)が検証されました。この場合の古代型【非現生人類ホモ属】は具体的には、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたデニソワ5号と呼ばれるネアンデルタール人(関連記事)と、デニソワ3号と呼ばれるデニソワ人(関連記事)です。
その結果、全標本は、参照として用いられた古代型ヒト種【具体的にはネアンデルタール人とデニソワ人】の少なくとも一方とひじょうに小さなゲノムの割合を共有している、と分かりました(図2b)。興味深いことに、PAPV173とCH19Bはネアンデルタール人固有の祖先系統よりも多くのデニソワ人祖先系統を有しています。古代型の割合のみに基づいてクラスタ分析を実行すると、これら2標本は、相互に距離は5000km以上、時間はほぼ1000年離れているにも関わらず、ともにクラスタ化し、以前の調査結果(関連記事)と一致します。
IBDmixの結果を確証するため、f4比検定が実行され、高網羅率の古代人標本においてデニソワ人関連祖先系統が検出されました。具体的には、ブラジル2号、IL2、IL3、IL7、スミドウロ5号、A460です。検証は、IBDmix分析で古代型祖先系統を有している、と見つかった領域に限定されました。SGDP(サイモンズゲノム多様性計画)の公開データセットから全ての非アフリカ系人口集団が、超/大陸部人口集団に編成され(アメリカ大陸、アジア中央部/シベリア、アジア東部、アジア南部、ユーラシア西部)、基準として用いられました。つまり、古代の個体群におけるデニソワ人祖先系統の割合がそれぞれ、現在の超人口集団により有されているその割合と比較されます。得られた統計値(α)は2つのf4統計間の比率として定義され、すでに確立されたf4比形式を用いて、デニソワ人関連祖先系統について検証されました(関連記事)。使用された基準に関わらず、f4比αと、IBDmixにより特定された全体の古代型祖先系統におけるデニソワ人関連祖先系統の割合との間に、正の相関が見つかりました。しかし、本論文で検証された古代人標本の少なさのため、この結果が統計的有意性に達していないことも認められます。
●スルイ人とカリティアナ人はアメリカ大陸古代人と最高の類似性を有しています
外群f3統計を用いて、古代の個体群と現在の人口集団との間で共有されたゲノム史がさらに浮き彫りになります(図3)。PCAの結果が示唆したもの(図1d)に反して、配列された外群f3分析から、ブラジル2号とスミドウロ5号とPAPV173とCH19BとCH13と精霊洞窟個体は、他のあらゆる現在の人口集団とよりもスルイ人およびカリティアナ人の方とゲノム的に関連している、と論証されます(図3)。以下は本論文の図3です。
●南アメリカ大陸における拡散は東部の2方向の移住経路につながりました
最後に、人口統計学的モデル化情報の使用により、古代の南アメリカ大陸の個体群の人口史が調べられました。qpGraphを用いて、選択された現在の世界規模の人口集団の参照集団と、アメリカ大陸のほぼ全ての上述の古代の個体(ブラジル12号とCH13は除きます)を含む、人口統計学的モデルが構築されました。最適モデルの形態は、3回の移住事象があり、人口分岐はヒト集団が南アメリカ大陸の西部/アンデス地域に到達した後に起きた(ケチュア人とイラヴェ個体の位置により示唆されるように)、と示します(図4a)。ブラジル2号の祖先系統は、スミドウロ5号とPAPV173により形成されるクレードと、現在のピアポコ人とスルイ人とカリティアナ人の祖先的分枝の両方にたどることができます。
CH19Bもスミドウロ5号とPAPV173により形成されるクレードに由来する大きなゲノム寄与を有していますが、以前に報告されたように(関連記事)、おそらくは標本抽出されていない基底部人口集団からのゲノム寄与も依然として継承しています(図4a)。興味深いことに、2回の移住事象のある図では、A460とスミドウロ5号とブラジル2号とPAPV173は自身でクレードを形成し、CH19Bはこのクレードから大きな寄与を受けており、TreeMixの結果(図1b)と類似している、と示されます。このモデルから、大西洋沿岸の植民は太平洋沿岸(およびアンデス地域)のほとんどの移住の後にのみ起きた、と示唆されます。ピアポコ人とスルイ人とカリティアナ人は再度、明確なクレードを形成します(図4b)。以下は本論文の図4です。
同様に、同じ標本/人口集団(と3回および4回の移住事象)を含む最尤図がTreeMixを用いて推定されると、ブラジル2号とスミドウロ5号とCH19Bが、最も近い分枝としてPAPV173とA460を伴う、明確なクレードを形成する、と観察可能です。これらの標本は、ケチュア人(Quechua)とイラヴェの古代人標本により形成されるアンデス地域クレードの分岐後にのみ分岐します。さらに、両方の結果は、CH19BとPAPV173をつなぐ南から北への移住事象を示しており、これは、PAPV173の分枝、および2回と3回両方の移住事象を伴うqpGraphの結果に由来する、ゲノム寄与と類似しているようです(図4a・b)。
さらに、TreeMixにより推定された別の移住事象はイングランド人に由来し、クリー人へと向かっており、これは、クリー人に由来し、フィンランドとイングランドとフランスの人口集団で構成されるヨーロッパ人クレードへと向かう、qpGraphの結果で観察されたゲノム寄与(図4a・b)と類似しています。傣人(Dai)からオンゲ人およびパプア人への、TreeMix分析で推定された第三の移住事象(図4d)は、qpGraphの結果で対応する寄与が見られません。最後に、qpGraphの結果で示された基底部ゲノム寄与(図4a・b)と同様に、CH19Bへと向かう基底部移住事象が見られます。
●考察
以前に報告されたデータと一致して、本論文の結果から、少なくとも1回の人口分岐が、最初のSNA集団がアメリカ大陸の南部に到達して間もなく起きた、と示唆されます(図1bと図4a・b)。qpGraphの結果に基づいて、この分岐はアンデス地域周辺で起き、後に古代の南アメリカ大陸南部人口集団と大西洋沿岸に植民した最初の集団が現れた、と仮定できます(図4a・bと図5)。本論文で分析された最古の南アメリカ大陸個体となるスミドウロ5号の関連年表に照らして、この分岐は少なくとも1万年前頃には起きた、と確証できます。
スミドウロ5号はブラジル2号およびCH19B両方の祖先と関連しているので(図1bおよび図4)、新たな移住は大西洋沿岸で起きたかもしれず、北から南および南から北への方向の波の推定される地理的供給源としてラゴア・サンタがあり、南から北への方向の移住の波はパナマに到達したようだ、とさらに推測できます(図1bと図4a・bと図5)。大西洋沿岸により近いヒトの移動は、南から北への移住経路においてウルグアイとパナマを最終的に結びつけた、という仮説が結論づけられます。大西洋沿岸の移住経路は、太平洋により近い人口集団に痕跡を残さなかったようで、それは、その方向では逆移住事象を見つけることができなかったからです(図4c・d)。以下は本論文の図5です。
全体的に本論文の結果は、ブラジル2号とCH19Bとスミドウロ5号とPAPV173の間の強いゲノム関係を示します(図1b・c・dおよび図4)。これらの標本が得られた遺跡における集団埋葬の事例を除けば、考古学的記録には、それらの間で共有された文化的特徴を示唆する他の証拠はありません。スミドウロ5号が他の3個体(ブラジル2号とCH19BとPAPV173)よりも約9000年古く、これは予測される顕著な文化的分岐に充分な時間である、と注意することも重要です。さらに、ブラジル2号とCH19BとPAPV173はより類似した年代ではあるものの、相互に数千km離れた場所にありました。したがって、文化的区別はそれらの間でも予測されます。一方、本論文の結果は、古代型のヒトの祖先系統を含む直接的なゲノム類似性の証拠の提供により、PAPV173とCH19Bとの間の以前に報告された進化的関係を確証します(図2b)。
ラゴア・サンタ個体(関連記事)と現在のスルイ人(関連記事)についてのみ以前に報告された、オーストラレーシア人祖先系統の強い兆候は、以前に刊行されたパナマのPAPV173個体でも観察されました(図2a)。しかし、ピアポコ人とスルイ人とカリティアナ人はブラジル2号と高い類似性を有しているので、中央アメリカ大陸(北から南への方向性で、オーストラレーシア人の兆候の形態で)および南アメリカ大陸大西洋沿岸(南から北への方向性で)から来た寄与を受け取ったかもしれません。
まとめると、これらの結果は、南アメリカ大陸大西洋沿岸の古代の移住事象についての実質的なゲノム証拠を表しています。さらに、これらの事象は、太平洋沿岸近くで最初の南アメリカ大陸人口集団を産み出した移住の波の結果として起きたようです。本論文はこれらの調査結果により、南アメリカ大陸の深い人口史の解明に地域水準で寄与します。
●私見
以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は、南アメリカ大陸の古代人とアマゾン地域の一部現代人集団において、以前に報告されていたオーストラレーシア人関連祖先系統を改めて報告しています。これがどのように過去のアメリカ大陸人類集団および現在のアメリカ大陸先住民の一部にもたらされたのか、現時点では不明です。この問題については以前に推測しましたが(関連記事)、オーストラレーシア人が、ユーラシア東部集団と、ユーラシア東西両集団の共通祖先集団とネアンデルタール人と現生人類との主要な混合後に分岐した集団(仮にユーラシア南部集団と呼んでおきます)との間の、遺伝的影響が半々程度の混合集団だとしたら、説明できるかもしれません。つまり、オーストラレーシア人の一方な主要な祖先だったユーラシア東部集団の一部が、ユーラシア東部現代人の主要な祖先にはならず、南下してスンダランド周辺でユーラシア南部集団と混合し、北東へと進んだ集団はベーリンジアでアメリカ大陸先住民の祖先集団の一部と混合してわずかに遺伝的痕跡を残した、というわけです。
ただ、移動と混合状況を考えると、アメリカ大陸先住民の祖先集団の一部にのみオーストラレーシア人関連祖先系統が見つかるのはやや考えにくいようにも思います。オセアニアから南アメリカ大陸への更新世の渡海を想定すると、ゲノムデータをずっと節約的に解釈できますが、こちらにはそれを強く示唆する考古学的証拠がありません。結局のところ、南アメリカ大陸の古代人とアマゾン地域の一部現代人集団におけるオーストラレーシア人関連祖先系統の由来は分からないままで、古代ゲノム研究のさらなる進展を俟つしかなさそうです。
南アメリカ大陸の古代人2個体(PAPV173とCH19B)について、ネアンデルタール人固有の祖先系統よりもデニソワ人関連祖先系統の方が多い理由も不明で、古代における複雑な移動と混合を表しているのかもしれません。デニソワ人関連祖先系統の割合は、現代人ではオーストラリア先住民とニューギニア人においてとくに高く、一部のアジア南東部現代人集団ではそれ以上と推定されていますが(関連記事)、CH19Bではオーストラレーシア人関連祖先系統の兆候が観察されておらず、PAPV173とCH19Bにおけるネアンデルタール人固有の祖先系統よりも多い割合のデニソワ人関連祖先系統が何に由来するのか、よく分かりません。この問題の解明も、古代ゲノム研究のさらなる進展を俟つしかなさそうです。
参考文献:
Santos ACL. et al.(2022): Genomic evidence for ancient human migration routes along South America's Atlantic coast. Proceedings of the Royal Society B, 289, 1986, 20221078.
https://doi.org/10.1098/rspb.2022.1078
その結果、ブラジル北東部とラゴア・サンタ(Lagoa Santa)とウルグアイとパナマの古代人ゲノム間の明確な関係が見つかり、南アメリカ大陸大西洋沿岸の古代の移住経路についての証拠を表しています。既存の複雑さにさらに加えて、ウルグアイとパナマの古代の個体では、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)よりも大きな種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)も検出されます。さらに、パナマの古代人のゲノムでは強いオーストラレーシア(オーストラリアとニュージーランドとその近隣の南太平洋諸島で構成される地域)人の兆候が見られます。本論文は、南アメリカ大陸東部の深い人口史に光を当て、地域水準での将来の詳細な調査への出発点を提示します。
●研究史
アメリカ大陸はヒトが居住した最後の大陸で、暦年代で2万年前頃となる最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)における、ベーリンジア(ベーリング陸橋)からの複雑な植民過程を示唆する考古学およびゲノムの証拠が増えつつあります(関連記事)。古代人と現代人両方のゲノムを含む最近の研究は、祖先的アメリカ大陸先住民(NA)がどのように、北アメリカ大陸を探索して植民し、その後、北方NA(NNAもしくはANC-B)と南方NA(SNA or ANC-A)に分岐したのか、説明します。SNA系統は、クローヴィス(Clovis)文化関連の、アメリカ合衆国モンタナ州西部のアンジック(Anzick)遺跡で発見された男児(アンジック1)と、アメリカ合衆国ネバダ州の精霊洞窟(Spirit Cave)個体により表され、中央および南アメリカ大陸の現代人における祖先的構成要素で、この分枝と関連する複数集団がメソアメリカを横断して南アメリカ大陸へと入った、と示唆されます。
南アメリカ大陸への追加の微妙な差異の祖先系統は、ユピケラ(Ypikuéra)人口集団もしくは「Y人口集団」と呼ばれている、標本抽出されていない人口集団に由来する可能性があり、この人口集団は、スルイ人(Suruí)やカリティアナ人(Karitiana)など現在のアマゾン地域先住民集団で観察される、オーストラレーシア人と共有される祖先系統の導入により、南アメリカ大陸の初期の移住に寄与したかもしれません(関連記事)。これまで、ブラジル南東部のラゴア・サンタ(Lagoa Santa)考古学地域で発掘された古代人1個体のみが、オーストラレーシア人の兆候を有している、と明らかになっており、これはSNA系統の最古の代表例の一つでもあるスミドウロ5号(Sumidouro5)です(関連記事)。しかし、南アメリカ大陸の広範な地域は考古ゲノム学研究によりほとんど調査されていないままです。
そうした地域の一つは、大西洋沿岸のブラジル北東部です。ブラジル北東部には、南アメリカ大陸で最も豊富な遺跡のいくつかがありますが、これまで古代人のゲノムは低網羅率の1個体しか得られておらず、それはセラ・ダ・カピバラ(Serra da Capivara)考古学地域のエノッケ65号(Enoque65)です。ブラジルの地理的拡張に照らして、その北東部地域の考古ゲノム研究は、大西洋沿岸のコーノ・スール(南アメリカ大陸南部)を通っての、北および中央アメリカ大陸からの推定される移民の移動を含む、南アメリカ大陸の入植を構成する多くの事象の根底にある重要な人口統計学的側面を明らかにする可能性があります。ゲノムの観点からのこれら依然としてよく特徴づけられていない事象の研究は、とくに地域水準で、アメリカ大陸の人口史の重要な一連の事象の解明につながるかもしれません。
本論文は、ブラジル北東部の2ヶ所の異なる遺跡、つまりペドラ・ド・トゥバラン(Pedra do Tubarão)遺跡とアウコバサ(Alcobaça)遺跡で発掘された古代人2個体(それぞれ、ブラジル2号とブラジル12号)の新たに配列されたゲノムを報告します(図1a)。両遺跡はペルナンブーコ(Pernambuco)州に位置し、ブラジル北東部で2番目に代表的な岩絵伝統である、アグレステ(Agreste)岩絵伝統と関連しています。この伝統がピアウイ(Piauí)州のセラ・ダ・カピバラ考古学地域で出現したのは5000年前頃で、その後はブラジル北東部の他地域へと拡散した、と考えられています。ペルナンブーコ州では、この伝統と関連する最古の年代は2000年前頃までさかのぼります。ブラジル北東部のブラジル人考古学者は、この地域の遺跡における岩絵伝統と他の物質記録とを関連づけることの課題を指摘してきました。したがって、アグレステと関連づけられると推測される考古学的文化の年代的境界は、依然として正確に定義されていません。これらの遺跡のヨーロッパ人との接触後の先住民の居住記録もなく、この地域における文化的連続性の喪失を示唆します。以下は本論文の図1です。
配列決定の達成された平均深度は、ブラジル2号が約10倍、ブラジル12号が約8倍です。ミトコンドリアDNA(mtDNA)に基づくと、現代人の汚染は、ブラジル2号が約3.6%、ブラジル12号が約5%と推定され、それぞれのmtDNAハプログループ(mtHg)はC1bとD1a2です。ブラジル2号は直接的に981年前頃と年代測定もされており、その分子的性別はXYと推定され、Y染色体ハプログループ(YHg)はQ1b1a1a1です。ブラジル北東部の標本とともに、ウルグアイの最近配列決定された(関連記事)古代人2個体(CH13とCH19B)のゲノムがさらに調べられました(図1a)。本論文の目的は、アメリカ大陸の古代の個体群と人口集団を含む、とくに南アメリカ大陸大西洋沿岸の拡散および混合事象を地域的水準で特徴づけることです。
●古代のブラジルとパナマとウルグアイとの間の明確なゲノム関係
最尤系統樹とモデルに基づくクラスタ化(まとまり)と主成分分析(PCA)を用いて、古代の個体群の他の人口集団との広範なゲノム関係が調べられました(図1b・c・d)。まず、古代NAと現在の世界規模の人口集団での進化関係が、TreeMixにより評価されました。この古代NAとは、上述の古代人のゲノムとは別に、ペルーのチチカカ湖周辺のイラヴェ(Ilave)地域の個体(IL2とIL3とIL7)、チリのA460個体、パナマのPAPV173個体も含められました。
この分析により、古代NAは2つの異なるクレード(単系統群)に分離されました(図1b)。第一のクレードは、アマゾン熱帯雨林地域の現在のピアポコ人(Piapoco)やスルイ人カリティアナ人に加えて、アメリカ大陸太平洋沿岸近くで発掘された以前に刊行された標本で構成されます。第二のクレードは、ブラジルのスミドウロ5号およびブラジル2号、ウルグアイのCH19B、パナマのPAPV173で構成されます。第一のクレードがアメリカ大陸太平洋沿岸古代人を表しているのに対して、第二のクレードは南アメリカ大陸大西洋沿岸により近い遺跡で発掘された古代の個体群で構成されますが、PAPV173がパナマの太平洋沿岸で発見されたことは認められます。
まだ大西洋クレードにある、得られた最尤系統樹から、スミドウロ5号はブラジル2号の祖先かもしれず(ブラジル2号との分岐以降に推定される遺伝的浮動がないため)、ブラジル2号は次にPAPV173およびCH19Bの祖先的分枝と関連している、と示唆され、これは南から北への方向性を示唆する発見です。この結果は、関連する年代データ、つまりスミドウロ5号がブラジル2号より古く、ブラジル2号はPAPV173より古いことと一致します。一方、太平洋クレードは、北から南への方向性において、アメリカ大陸の植民についての一連の知識を要約しているようです。
ADMIXTUREを用いて、世界規模の参照集団の文脈で古代NAのゲノム構造が調べられました。最小交差検証値に基づいて選択されたK(系統構成要素数)=7で仮定すると、ブラジル2号とCH19Bとスミドウロ5号が橙色により表される明確な構成要素の割合を共有している、と分かりました。具体的には、CH19Bの構造は、完全に橙色の構成要素で構成されています。この祖先的構成要素は、南アメリカ大陸大西洋沿岸近くで発掘された古代の個体に限定されています。興味深いことに、スミドウロ5号はわずかに緑色の構成要素の注目に値する割合を有しており、この構成要素は現在のパプア人と北アメリカ大陸の数点の古代人標本、つまりアンジック1号やアラスカのアップウォードサン川(Upward Sun River)で発見された(関連記事)11600~11270年前頃の1個体(USR1)のみで見つかっています(図1c)。
同様に、PCAの結果から、スミドウロ5号はPC(主成分)1軸に沿ってブラジル2号とCH19Bとの間に収まり、PAPV173はブラジル2号のすぐ近くに位置する、と示されます(図1d)。アラスカのUSR1個体を除いて、全ての他の以前に刊行された古代NAは、ブラジル2号およびスミドウロ5号およびPAPV173と近くで密接にクラスタ化します(まとまります)。しかし、古代人と現代人のブラジルの標本間で観察された距離は、アマゾン人口集団が古代の個体群と分岐して以降に経てきた、強い遺伝的浮動効果の結果(関連記事)である可能性が高そうです(図1b)。特定の人口集団における浮動に起因するアレル(対立遺伝子)頻度の変化は、他の人口集団と比較してPC空間におけるその位置に影響を及ぼすかもしれない、と知られています。
この観察の例外は、参照人口集団がPC構築の一部ではなかった場合で、それはスルイ人とカリティアナ人については当てはまりません。この文脈で、外群f3統計(スルイ人とカリティアナ人が、さらに上述のアメリカ大陸古代人の下位区分と最高の類似性を有して提供された結果)は、古代と現在のブラジルの個体間のゲノム類似性の評価により適した技術です。一方、ブラジル12号が、あらゆる他の現在もしくは古代NAとよりも現在のエスキモー個体群の方と近い位置にあるのに対して、ウルグアイのCH13はUSR1の近くに位置します。ブラジル12号とCH13は、他の古代の個体と比較して浅いゲノムであることに注意することが重要で、これは、PCA図内でのより遠いクラスタ化の位置を説明できるかもしれません。PCAがADMIXTURE分析と同じデータセットで実行された場合(図1c)、アメリカ大陸の古代人と現代人の標本の配置は、元々のPCAの結果とほぼ同じである、と分かりました(図1d)。しかし、PC1軸およびPC2軸が考慮されると、CH19Bはシベリア人およびUSR1とクラスタ化するものの、視覚化されたPCの組み合わせに関わらず、北アメリカ大陸の先住民であるクリー人(Cree)ともより近くに位置するようになります。
●南アメリカ大陸とパナマにおける深い古代型およびオーストラレーシア人祖先系統
D統計と同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD)分析を用いて、古代の個体群の深いゲノム祖先系統がさらに調べられました(図2)。まず、D形式(ヨルバ人、X;ミヘー人、検証人口集団)のD統計を計算して、南アメリカ大陸大西洋沿岸のオーストラレーシア人の兆候の存在が評価されました。この場合、Xは現在の非アフリカ系人口集団で、検証人口集団は、スルイ人かスミドウロ5号かPAPV173かブラジル12号かCH19BかCH13かアンジック1号のいずれかとして設定されます。
類似のD統計分析が以前に用いられ、古代のラゴア・サンタ個体(スミドウロ5号)と現在のスルイ人のゲノムにおけるこの兆候を報告しました。スルイ人におけるオーストラレーシア人の兆候を再現できた一方で、以前に報告されたスミドウロ5号におけるこの兆候は見つからず、恐らくは用いられた参照集団の違いに起因します(図2a)。この兆候はブラジル2号とブラジル12号とCH19BとCH13とアンジック1号にも存在しません(図2a)。しかし、パプア人とニューギニア人とオーストラリア先住民は、ミヘー人(Mixe)とよりもPAPV173の方と有意に多くのアレルを共有している、と分かりました。さらに、スルイ人とPAPV173がオンゲ人との関連でミヘー人と比較された事例では、以前に報告された「減少した兆候」を見つけることができます(図2a)。
これらの結果を確証するため、D形式(ヨルバ人、検証人口集団;X、B)のD統計を用いて、古代人標本のいくつかが検証されました。この場合、Bはイングランド人か漢人かパプア人かスルイ人です。この新たな形式を用いると、Bがパプア人である場合、スミドウロ5号はアンダマン諸島のオンゲ人とより多くのアレルを有意に共有している、と分かりました。これは、この古代人標本における以前に報告されたオーストラレーシア人兆候を表している可能性があります。以下は本論文の図2です。
さらに深いゲノム祖先系統を調べるためIBDmix(関連記事)が用いられ、推定される古代型のゲノムの存在について、本論文で取り上げられた全ての南アメリカ大陸の古代の個体(およびパナマのPAPV173)が検証されました。この場合の古代型【非現生人類ホモ属】は具体的には、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたデニソワ5号と呼ばれるネアンデルタール人(関連記事)と、デニソワ3号と呼ばれるデニソワ人(関連記事)です。
その結果、全標本は、参照として用いられた古代型ヒト種【具体的にはネアンデルタール人とデニソワ人】の少なくとも一方とひじょうに小さなゲノムの割合を共有している、と分かりました(図2b)。興味深いことに、PAPV173とCH19Bはネアンデルタール人固有の祖先系統よりも多くのデニソワ人祖先系統を有しています。古代型の割合のみに基づいてクラスタ分析を実行すると、これら2標本は、相互に距離は5000km以上、時間はほぼ1000年離れているにも関わらず、ともにクラスタ化し、以前の調査結果(関連記事)と一致します。
IBDmixの結果を確証するため、f4比検定が実行され、高網羅率の古代人標本においてデニソワ人関連祖先系統が検出されました。具体的には、ブラジル2号、IL2、IL3、IL7、スミドウロ5号、A460です。検証は、IBDmix分析で古代型祖先系統を有している、と見つかった領域に限定されました。SGDP(サイモンズゲノム多様性計画)の公開データセットから全ての非アフリカ系人口集団が、超/大陸部人口集団に編成され(アメリカ大陸、アジア中央部/シベリア、アジア東部、アジア南部、ユーラシア西部)、基準として用いられました。つまり、古代の個体群におけるデニソワ人祖先系統の割合がそれぞれ、現在の超人口集団により有されているその割合と比較されます。得られた統計値(α)は2つのf4統計間の比率として定義され、すでに確立されたf4比形式を用いて、デニソワ人関連祖先系統について検証されました(関連記事)。使用された基準に関わらず、f4比αと、IBDmixにより特定された全体の古代型祖先系統におけるデニソワ人関連祖先系統の割合との間に、正の相関が見つかりました。しかし、本論文で検証された古代人標本の少なさのため、この結果が統計的有意性に達していないことも認められます。
●スルイ人とカリティアナ人はアメリカ大陸古代人と最高の類似性を有しています
外群f3統計を用いて、古代の個体群と現在の人口集団との間で共有されたゲノム史がさらに浮き彫りになります(図3)。PCAの結果が示唆したもの(図1d)に反して、配列された外群f3分析から、ブラジル2号とスミドウロ5号とPAPV173とCH19BとCH13と精霊洞窟個体は、他のあらゆる現在の人口集団とよりもスルイ人およびカリティアナ人の方とゲノム的に関連している、と論証されます(図3)。以下は本論文の図3です。
●南アメリカ大陸における拡散は東部の2方向の移住経路につながりました
最後に、人口統計学的モデル化情報の使用により、古代の南アメリカ大陸の個体群の人口史が調べられました。qpGraphを用いて、選択された現在の世界規模の人口集団の参照集団と、アメリカ大陸のほぼ全ての上述の古代の個体(ブラジル12号とCH13は除きます)を含む、人口統計学的モデルが構築されました。最適モデルの形態は、3回の移住事象があり、人口分岐はヒト集団が南アメリカ大陸の西部/アンデス地域に到達した後に起きた(ケチュア人とイラヴェ個体の位置により示唆されるように)、と示します(図4a)。ブラジル2号の祖先系統は、スミドウロ5号とPAPV173により形成されるクレードと、現在のピアポコ人とスルイ人とカリティアナ人の祖先的分枝の両方にたどることができます。
CH19Bもスミドウロ5号とPAPV173により形成されるクレードに由来する大きなゲノム寄与を有していますが、以前に報告されたように(関連記事)、おそらくは標本抽出されていない基底部人口集団からのゲノム寄与も依然として継承しています(図4a)。興味深いことに、2回の移住事象のある図では、A460とスミドウロ5号とブラジル2号とPAPV173は自身でクレードを形成し、CH19Bはこのクレードから大きな寄与を受けており、TreeMixの結果(図1b)と類似している、と示されます。このモデルから、大西洋沿岸の植民は太平洋沿岸(およびアンデス地域)のほとんどの移住の後にのみ起きた、と示唆されます。ピアポコ人とスルイ人とカリティアナ人は再度、明確なクレードを形成します(図4b)。以下は本論文の図4です。
同様に、同じ標本/人口集団(と3回および4回の移住事象)を含む最尤図がTreeMixを用いて推定されると、ブラジル2号とスミドウロ5号とCH19Bが、最も近い分枝としてPAPV173とA460を伴う、明確なクレードを形成する、と観察可能です。これらの標本は、ケチュア人(Quechua)とイラヴェの古代人標本により形成されるアンデス地域クレードの分岐後にのみ分岐します。さらに、両方の結果は、CH19BとPAPV173をつなぐ南から北への移住事象を示しており、これは、PAPV173の分枝、および2回と3回両方の移住事象を伴うqpGraphの結果に由来する、ゲノム寄与と類似しているようです(図4a・b)。
さらに、TreeMixにより推定された別の移住事象はイングランド人に由来し、クリー人へと向かっており、これは、クリー人に由来し、フィンランドとイングランドとフランスの人口集団で構成されるヨーロッパ人クレードへと向かう、qpGraphの結果で観察されたゲノム寄与(図4a・b)と類似しています。傣人(Dai)からオンゲ人およびパプア人への、TreeMix分析で推定された第三の移住事象(図4d)は、qpGraphの結果で対応する寄与が見られません。最後に、qpGraphの結果で示された基底部ゲノム寄与(図4a・b)と同様に、CH19Bへと向かう基底部移住事象が見られます。
●考察
以前に報告されたデータと一致して、本論文の結果から、少なくとも1回の人口分岐が、最初のSNA集団がアメリカ大陸の南部に到達して間もなく起きた、と示唆されます(図1bと図4a・b)。qpGraphの結果に基づいて、この分岐はアンデス地域周辺で起き、後に古代の南アメリカ大陸南部人口集団と大西洋沿岸に植民した最初の集団が現れた、と仮定できます(図4a・bと図5)。本論文で分析された最古の南アメリカ大陸個体となるスミドウロ5号の関連年表に照らして、この分岐は少なくとも1万年前頃には起きた、と確証できます。
スミドウロ5号はブラジル2号およびCH19B両方の祖先と関連しているので(図1bおよび図4)、新たな移住は大西洋沿岸で起きたかもしれず、北から南および南から北への方向の波の推定される地理的供給源としてラゴア・サンタがあり、南から北への方向の移住の波はパナマに到達したようだ、とさらに推測できます(図1bと図4a・bと図5)。大西洋沿岸により近いヒトの移動は、南から北への移住経路においてウルグアイとパナマを最終的に結びつけた、という仮説が結論づけられます。大西洋沿岸の移住経路は、太平洋により近い人口集団に痕跡を残さなかったようで、それは、その方向では逆移住事象を見つけることができなかったからです(図4c・d)。以下は本論文の図5です。
全体的に本論文の結果は、ブラジル2号とCH19Bとスミドウロ5号とPAPV173の間の強いゲノム関係を示します(図1b・c・dおよび図4)。これらの標本が得られた遺跡における集団埋葬の事例を除けば、考古学的記録には、それらの間で共有された文化的特徴を示唆する他の証拠はありません。スミドウロ5号が他の3個体(ブラジル2号とCH19BとPAPV173)よりも約9000年古く、これは予測される顕著な文化的分岐に充分な時間である、と注意することも重要です。さらに、ブラジル2号とCH19BとPAPV173はより類似した年代ではあるものの、相互に数千km離れた場所にありました。したがって、文化的区別はそれらの間でも予測されます。一方、本論文の結果は、古代型のヒトの祖先系統を含む直接的なゲノム類似性の証拠の提供により、PAPV173とCH19Bとの間の以前に報告された進化的関係を確証します(図2b)。
ラゴア・サンタ個体(関連記事)と現在のスルイ人(関連記事)についてのみ以前に報告された、オーストラレーシア人祖先系統の強い兆候は、以前に刊行されたパナマのPAPV173個体でも観察されました(図2a)。しかし、ピアポコ人とスルイ人とカリティアナ人はブラジル2号と高い類似性を有しているので、中央アメリカ大陸(北から南への方向性で、オーストラレーシア人の兆候の形態で)および南アメリカ大陸大西洋沿岸(南から北への方向性で)から来た寄与を受け取ったかもしれません。
まとめると、これらの結果は、南アメリカ大陸大西洋沿岸の古代の移住事象についての実質的なゲノム証拠を表しています。さらに、これらの事象は、太平洋沿岸近くで最初の南アメリカ大陸人口集団を産み出した移住の波の結果として起きたようです。本論文はこれらの調査結果により、南アメリカ大陸の深い人口史の解明に地域水準で寄与します。
●私見
以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は、南アメリカ大陸の古代人とアマゾン地域の一部現代人集団において、以前に報告されていたオーストラレーシア人関連祖先系統を改めて報告しています。これがどのように過去のアメリカ大陸人類集団および現在のアメリカ大陸先住民の一部にもたらされたのか、現時点では不明です。この問題については以前に推測しましたが(関連記事)、オーストラレーシア人が、ユーラシア東部集団と、ユーラシア東西両集団の共通祖先集団とネアンデルタール人と現生人類との主要な混合後に分岐した集団(仮にユーラシア南部集団と呼んでおきます)との間の、遺伝的影響が半々程度の混合集団だとしたら、説明できるかもしれません。つまり、オーストラレーシア人の一方な主要な祖先だったユーラシア東部集団の一部が、ユーラシア東部現代人の主要な祖先にはならず、南下してスンダランド周辺でユーラシア南部集団と混合し、北東へと進んだ集団はベーリンジアでアメリカ大陸先住民の祖先集団の一部と混合してわずかに遺伝的痕跡を残した、というわけです。
ただ、移動と混合状況を考えると、アメリカ大陸先住民の祖先集団の一部にのみオーストラレーシア人関連祖先系統が見つかるのはやや考えにくいようにも思います。オセアニアから南アメリカ大陸への更新世の渡海を想定すると、ゲノムデータをずっと節約的に解釈できますが、こちらにはそれを強く示唆する考古学的証拠がありません。結局のところ、南アメリカ大陸の古代人とアマゾン地域の一部現代人集団におけるオーストラレーシア人関連祖先系統の由来は分からないままで、古代ゲノム研究のさらなる進展を俟つしかなさそうです。
南アメリカ大陸の古代人2個体(PAPV173とCH19B)について、ネアンデルタール人固有の祖先系統よりもデニソワ人関連祖先系統の方が多い理由も不明で、古代における複雑な移動と混合を表しているのかもしれません。デニソワ人関連祖先系統の割合は、現代人ではオーストラリア先住民とニューギニア人においてとくに高く、一部のアジア南東部現代人集団ではそれ以上と推定されていますが(関連記事)、CH19Bではオーストラレーシア人関連祖先系統の兆候が観察されておらず、PAPV173とCH19Bにおけるネアンデルタール人固有の祖先系統よりも多い割合のデニソワ人関連祖先系統が何に由来するのか、よく分かりません。この問題の解明も、古代ゲノム研究のさらなる進展を俟つしかなさそうです。
参考文献:
Santos ACL. et al.(2022): Genomic evidence for ancient human migration routes along South America's Atlantic coast. Proceedings of the Royal Society B, 289, 1986, 20221078.
https://doi.org/10.1098/rspb.2022.1078
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