初期上部旧石器より「上部旧石器」的なシャテルペロニアン

 人間進化研究ヨーロッパ協会第12回総会で、シャテルペロニアン(Châtelperronian、シャテルペロン文化)と初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、以下IUP)を比較した研究(Djakovic et al., 2022)が報告されました。この研究の要約はPDFファイルで読めます(P183)。IUP技術複合は、ユーラシア全域にわたる解剖学的現代人(anatomically modern humans 、略してAMH)によるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の置換を理解する鍵として浮上しています。ヨーロッパでは、IUP様式の石器群は次第に、ヨーロッパにおける最初のAMH(現生人類)の代理とみなされるようになりつつあり、これはブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)と(関連記事)フランス地中海地域のマンドリン洞窟(Grotte Mandrin)で(関連記事)、化石および遺伝学的証拠により支持されてきたモデルです。

 バチョキロ洞窟のIUPとフランスのアルシ・スュル・キュール(Arcy-sur-Cure)のトナカイ洞窟(Grotte du Renne)のシャテルペロニアンとの間の、骨器と個人的装飾品の類似性は、ヨーロッパ西部において後期ネアンデルタール人集団へと侵入してきたAMHによる何らかの行動の影響としてみなされてきました(関連記事)。この議論を拡張として、最近シャテルペロニアンは科学的文献内で初めて、ヨーロッパ西部のIUP技術複合として言及されました(関連記事1および関連記事2)。しかし、シャテルペロニアンインダストリーがじっさいIUPの技術的定義を満たすのかどうか、という問題は、明示的に評価されてきませんでした。後期ネアンデルタール人がIUPの類型論的および技術的特徴と一致する遺物群を作っていたならば、IUP様式の遺物群はヨーロッパにおけるAMHの存在の代理としてどの程度用いることができるでしょうか?

 本論文は、IUPに関する最近の技術的定義および基準にシャテルペロニアン石器技術が適合しているのか否かについて、逐一比較した分析を提示します。シャテルペロニアンはIUPと狭義および広義の両方で一致しないものの、じっさいには石器技術行動のよく発達した「上部旧石器」一括を反映している、と示されます。いくつかの重要な議論(関連記事)にも関わらず、シャテルペロニアンは現時点でネアンデルタール人とのみ関連する考古学的インダストリーです。換言すると、フランスとスペイン北部の後期ネアンデルタール人は、「影響を及ぼした」とされるヨーロッパの現生人類(Homo sapiens)の初期人口集団の石器よりも「上部旧石器」的な石器群を製作していたようです。ネアンデルタール人をシャテルペロニアンの製作者と認めるならば【ただ、上述のように、シャテルペロニアンの担い手については議論があります】、中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行におけるAMHから後期ネアンデルタール人への技術的行動の単純で一方的な拡散を提案するモデルは、批判的に再評価する必要があります。


参考文献:
Djakovic I, Roussel M, and Soressi M.(2022): The Neandertal-associated Châtelperronian industry is more ‘Upper Palaeolithic’ than the Homo sapiens-associated Initial Upper Palaeolithic. The 12th Annual ESHE Meeting.

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