ネアンデルタール人の聴覚

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の聴覚に関する研究(Conde-Valverde et al., 2021)が公表されました。絶滅人類の文字記録や音声記録が残っていないため、その言語能力はほとんど明らかにされていません。そこで、頭蓋化石から聴覚の研究が行われ、種内音声意思疎通との関係から注目されています。初期人類(関連記事)や中期更新世となるスペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)の43万年前頃の人類化石群(関連記事)では聴覚能力が研究されていますが、ネアンデルタール人の聴覚能力については、難聴の可能性がある個体を示した研究はあるものの(関連記事)、あまり分かっていません。

 この研究は、コンピューター断層撮影(CT)スキャン聴覚生体工学モデルにより、既知のネアンデルタール人化石標本に基づく復元を用いて、その聴覚能力について詳細に分析します。この研究は、外耳と中耳を通る音響伝送力を推測し、ネアンデルタール人の占有帯域幅を計算しました。占有帯域幅は、その種の音声意思疎通の効率に直接関係します。その結果、ネアンデルタール人の占有帯域幅は、ネアンデルタール人の直接的祖先もしくはその近縁と考えられるSH集団(関連記事)よりも大きく、現生人類(Homo sapiens)と同程度と明らかになりました。

 これは、ネアンデルタール人が現生人類と同様の聴力と発声能力を有していた、と示唆します。ただ、この研究は、現生人類のような発声に必要な解剖学的「ハードウエア」がネアンデルタール人に存在したからといって、現生人類と同じ知能的「ソフトウエア」が存在したとは限らない、と注意を促しています。しかし、この知見は、ネアンデルタール人の象徴的行動に関する最近の考古学的発見(関連記事)と合わせると、ネアンデルタール人が非ヒト動物の意思疎通機構とは異なる一種のヒト言語を備えていた、という説を支持しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


進化:ネアンデルタール人の聴覚は我々と同じだったのかもしれない

 ネアンデルタール人は、現生人類と同様の聴力と発声能力を有していたことを、ネアンデルタール人の外耳と中耳のコンピューター断層撮影(CT)スキャンおよび聴覚生体工学モデルによって明らかにした論文が、今週、Nature Ecology & Evolution に掲載される。

 絶滅したヒト族の文字記録や音声記録が残っていないため、その言語能力はほとんど明らかにされていない。しかし、絶滅したヒト族の耳のモデルの再構築と検証から、知見を得る手段が得られており、最近の研究では、初期のヒト族の発声能力と聴力が現生人類ほど高度ではなかったことが示されている。

 Mercedes Conde-Valverdeたちは、既報の化石標本に基づいてバーチャルに復元したものを用いてネアンデルタール人の耳の音響伝送力を調べ、ネアンデルタール人が聞き、そしておそらく発したと考えられる音の範囲を再現した。その結果、ネアンデルタール人は、それ以前のヒト族(ネアンデルタール人の直接の祖先を含む)とは異なり、現生人類と同じ範囲の音を聞くことができ、ネアンデルタール人の聴覚は子音の発声に向けて最適化されていたことが明らかになった。これは、ネアンデルタール人が、現生人類の発声と同じくらい複雑で効率の良い音声コミュニケーション機構を支えるのに必要な聴覚能力を備えていたことを意味している。

 Conde-Valverdeたちは、現生人類のような発声に必要な解剖学的「ハードウエア」がネアンデルタール人に存在したからといって、現生人類と同じ知能的「ソフトウエア」が存在したとは限らないと注意を促している。しかし、今回の知見は、ネアンデルタール人の象徴的行動に関する最近の考古学的発見と合わせると、ネアンデルタール人が非ヒト動物のコミュニケーション機構とは異なる一種のヒト言語を備えていたという説を支持している。



参考文献:
Conde-Valverde M. et al.(2021): Neanderthals and Homo sapiens had similar auditory and speech capacities. Nature Ecology & Evolution, 5, 5, 609–615.
https://doi.org/10.1038/s41559-021-01391-6

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