今年のノーベル生理学・医学賞はスヴァンテ・ペーボ氏
今年(2022年)のノーベル生理学・医学賞はスヴァンテ・ペーボ(Svante Pääbo)氏に授与される、と発表されました。ペーボ氏は、現在すでに大きな成果を挙げている古代DNA研究を、その技術面も含めて確立した功績者なので、この受賞を歓迎する人は多そうですし、古代DNA研究に強い関心を抱いている私にとっても、たいへん嬉しい受賞です。ペーボ氏の古代DNA研究における業績は、日本語訳もある著書(Pääbo., 2015、関連記事)に詳しく、同書は、ペーボ氏が自身の生活・信条にもそれなりに分量を割いているので、伝記とも言えるでしょう。
ペーボ氏は沖縄科学技術大学院大学(OIST)で客員教授を務めており、NHKスペシャルでも取り上げられたこともあって(関連記事)、外国人研究者としては日本での知名度が高いようで、今年のノーベル生理学・医学賞は、日本人以外の受賞にしてはかなり大きく報道されているように思います。朝日新聞は社説で取り上げているくらいです。これでペーボ氏の著書への関心も高まり、古代DNA研究へもさらに注目が集まるのではないか、と期待されます。
ペーボ氏の業績は著書でも知ることができますが、原書の刊行は2014年で、ペーボ氏それ以降も多くの研究成果を挙げており、当ブログでもそのうちごく一部を取り上げてきました。しかし、改めて確認してみると、当ブログで取り上げただけでもかなりの数となり、ペーボ氏が今でも第一線の研究者として古代DNA研究に貢献している、と改めて了解されます。古代DNA研究は、当初は解析が核DNAよりずっと容易なミトコンドリアDNA(mtDNA)で始まり、現在では核ゲノム解析も珍しくなくなり、古代ゲノム研究と言う方が適切かもしれません。ペーボ氏はこの点でも多大な貢献をしてきました。
当ブログで取り上げた、ペーボ氏が関わった著書刊行以降のおもな研究を、以下にいくつか挙げます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)など非現生人類ホモ属(絶滅ホモ属)では、43万年前頃となる中期更新世人類のDNA解析結果を報告した研究(Meyer et al., 2016、関連記事)があります。これは現時点で、DNAが解析された最古の人類となり、核DNAではデニソワ人よりもネアンデルタール人に近い、と推測されています。クロアチア(Prüfer et al., 2017、関連記事)とシベリア南部のアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)では(Mafessoni et al., 2020、関連記事)、高品質なネアンデルタール人女性個体のゲノムデータが得られています。アルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)では、ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親との間の交雑第一世代の娘が確認されています(Slon et al., 2018、関連記事)。人類遺骸だけではなく、堆積物からも古代DNAが解析されており(Slon et al., 2017、関連記事)、チベット高原(Zhang et al., 2020、関連記事)の洞窟堆積物からデニソワ人のmtDNAが確認されています。
古代の現生人類(Homo sapiens)では、シベリア西部のウスチイシム(Ust'-Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された44380年前頃となる男性個体(Fu et al., 2014、関連記事)や、ルーマニア南西部の「骨の洞窟(Peştera cu Oase)」で発見された男性個体(Fu et al., 2015、関連記事)や、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性個体(Yang et al., 2017、関連記事)や、ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)で発見された複数個体(Hajdinjak et al., 2021、関連記事)があります。近年では、ネアンデルタール人に由来する、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化(Zeberg, and Pääbo., 2020、関連記事)と保護(Zeberg, and Pääbo., 2021、関連記事)に関する遺伝子の研究も注目されました。
参考文献:
Fu Q. et al.(2014): Genome sequence of a 45,000-year-old modern human from western Siberia. Nature, 514, 7523, 445–449.
https://doi.org/10.1038/nature13810
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Fu Q. et al.(2015): An early modern human from Romania with a recent Neanderthal ancestor. Nature, 524, 7564, 216–219.
https://doi.org/10.1038/nature14558
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Hajdinjak M. et al.(2021): Initial Upper Palaeolithic humans in Europe had recent Neanderthal ancestry. Nature, 592, 7853, 253–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03335-3
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Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117
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Meyer M. et al.(2016): Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins. Nature, 531, 7595, 504–507.
https://doi.org/10.1038/nature17405
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Pääbo S.著(2015)、野中香方子訳、更科功解説『ネアンデルタール人は私たちと交配した』(文藝春秋社、原書の刊行は2014年)
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Prüfer K. et al.(2017): A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science, 358, 6363, 655–658.
https://doi.org/10.1126/science.aao1887
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Slon V. et al.(2017): Neandertal and Denisovan DNA from Pleistocene sediments. Science, 356, 6338, 605-608.
https://doi.org/10.1126/science.aam9695
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Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x
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Yang MA. et al.(2017): 40,000-Year-Old Individual from Asia Provides Insight into Early Population Structure in Eurasia. Current Biology, 27, 20, 3202–3208.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.09.030
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Zeberg H, and Pääbo S.(2020): The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature, 587, 7835, 610–612.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2818-3
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Zeberg H, and Pääbo S.(2021): A genomic region associated with protection against severe COVID-19 is inherited from Neandertals. PNAS, 118, 9, e2026309118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2026309118
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Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
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ペーボ氏は沖縄科学技術大学院大学(OIST)で客員教授を務めており、NHKスペシャルでも取り上げられたこともあって(関連記事)、外国人研究者としては日本での知名度が高いようで、今年のノーベル生理学・医学賞は、日本人以外の受賞にしてはかなり大きく報道されているように思います。朝日新聞は社説で取り上げているくらいです。これでペーボ氏の著書への関心も高まり、古代DNA研究へもさらに注目が集まるのではないか、と期待されます。
ペーボ氏の業績は著書でも知ることができますが、原書の刊行は2014年で、ペーボ氏それ以降も多くの研究成果を挙げており、当ブログでもそのうちごく一部を取り上げてきました。しかし、改めて確認してみると、当ブログで取り上げただけでもかなりの数となり、ペーボ氏が今でも第一線の研究者として古代DNA研究に貢献している、と改めて了解されます。古代DNA研究は、当初は解析が核DNAよりずっと容易なミトコンドリアDNA(mtDNA)で始まり、現在では核ゲノム解析も珍しくなくなり、古代ゲノム研究と言う方が適切かもしれません。ペーボ氏はこの点でも多大な貢献をしてきました。
当ブログで取り上げた、ペーボ氏が関わった著書刊行以降のおもな研究を、以下にいくつか挙げます。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)など非現生人類ホモ属(絶滅ホモ属)では、43万年前頃となる中期更新世人類のDNA解析結果を報告した研究(Meyer et al., 2016、関連記事)があります。これは現時点で、DNAが解析された最古の人類となり、核DNAではデニソワ人よりもネアンデルタール人に近い、と推測されています。クロアチア(Prüfer et al., 2017、関連記事)とシベリア南部のアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)では(Mafessoni et al., 2020、関連記事)、高品質なネアンデルタール人女性個体のゲノムデータが得られています。アルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)では、ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親との間の交雑第一世代の娘が確認されています(Slon et al., 2018、関連記事)。人類遺骸だけではなく、堆積物からも古代DNAが解析されており(Slon et al., 2017、関連記事)、チベット高原(Zhang et al., 2020、関連記事)の洞窟堆積物からデニソワ人のmtDNAが確認されています。
古代の現生人類(Homo sapiens)では、シベリア西部のウスチイシム(Ust'-Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された44380年前頃となる男性個体(Fu et al., 2014、関連記事)や、ルーマニア南西部の「骨の洞窟(Peştera cu Oase)」で発見された男性個体(Fu et al., 2015、関連記事)や、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性個体(Yang et al., 2017、関連記事)や、ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)で発見された複数個体(Hajdinjak et al., 2021、関連記事)があります。近年では、ネアンデルタール人に由来する、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化(Zeberg, and Pääbo., 2020、関連記事)と保護(Zeberg, and Pääbo., 2021、関連記事)に関する遺伝子の研究も注目されました。
参考文献:
Fu Q. et al.(2014): Genome sequence of a 45,000-year-old modern human from western Siberia. Nature, 514, 7523, 445–449.
https://doi.org/10.1038/nature13810
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Fu Q. et al.(2015): An early modern human from Romania with a recent Neanderthal ancestor. Nature, 524, 7564, 216–219.
https://doi.org/10.1038/nature14558
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Hajdinjak M. et al.(2021): Initial Upper Palaeolithic humans in Europe had recent Neanderthal ancestry. Nature, 592, 7853, 253–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03335-3
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Mafessoni F. et al.(2020): A high-coverage Neandertal genome from Chagyrskaya Cave. PNAS, 117, 26, 15132–15136.
https://doi.org/10.1073/pnas.2004944117
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Meyer M. et al.(2016): Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins. Nature, 531, 7595, 504–507.
https://doi.org/10.1038/nature17405
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Pääbo S.著(2015)、野中香方子訳、更科功解説『ネアンデルタール人は私たちと交配した』(文藝春秋社、原書の刊行は2014年)
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Prüfer K. et al.(2017): A high-coverage Neandertal genome from Vindija Cave in Croatia. Science, 358, 6363, 655–658.
https://doi.org/10.1126/science.aao1887
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Slon V. et al.(2017): Neandertal and Denisovan DNA from Pleistocene sediments. Science, 356, 6338, 605-608.
https://doi.org/10.1126/science.aam9695
関連記事
Slon V. et al.(2018): The genome of the offspring of a Neanderthal mother and a Denisovan father. Nature, 561, 7721, 113–116.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0455-x
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Yang MA. et al.(2017): 40,000-Year-Old Individual from Asia Provides Insight into Early Population Structure in Eurasia. Current Biology, 27, 20, 3202–3208.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2017.09.030
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Zeberg H, and Pääbo S.(2020): The major genetic risk factor for severe COVID-19 is inherited from Neanderthals. Nature, 587, 7835, 610–612.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2818-3
関連記事
Zeberg H, and Pääbo S.(2021): A genomic region associated with protection against severe COVID-19 is inherited from Neandertals. PNAS, 118, 9, e2026309118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2026309118
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Zhang D. et al.(2020): Denisovan DNA in Late Pleistocene sediments from Baishiya Karst Cave on the Tibetan Plateau. Science, 370, 6516, 584–587.
https://doi.org/10.1126/science.abb6320
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