現代人の表現型へのネアンデルタール人の遺伝的影響

 現代人の表現型へのネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の遺伝的影響に関する概説(Reilly et al., 2022)が公表されました。現代人の最も近縁な絶滅近縁種であるネアンデルタール人は、ユーラシア西部に40万年前頃から絶滅した4万年前頃まで暮らしていました。古代の標本から回収されたDNAにより、ネアンデルタール人は同時代の現生人類(Homo sapiens)と交配していた、と明らかになりました。その結果、現生人類へと遺伝子移入されたネアンデルタール人のDNAは、ヒトゲノムに散在して残り、アフリカ外の現代人のゲノムの1~4%はネアンデルタール人の祖先から継承しています。

 ネアンデルタール人から遺伝子移入されたゲノム配列のパターンから、ネアンデルタール人のアレル(対立遺伝子)は現代人の遺伝的背景において異なる運命をたどった、と示唆されます。ネアンデルタール人のアレルの中には、新しい気候条件や紫外線曝露水準など新たな環境へのヒトの適応を促進したものもあれば、有害な結果をもたらすものもあります。本論文は、過去10年間のネアンデルタール人からの遺伝子移入に関する一連の研究を再調査します。本論文は、進化的な力がネアンデルタール人からの遺伝子移入のゲノム景観をどのように形成したのか説明し、ヒトの身体と表現型の差異への遺伝子移入されたアレルの影響を浮き彫りにします。


●研究史

 ネアンデルタール人は現生人類と進化的に近い関係にあるため、一般人と科学者の両方で強い関心を集めてきました。この魅力は、ネアンデルタール人と現生人類との間の関係を調べた古代DNAの最初の研究の動機となりました(関連記事)。19世紀半ば以降、特有の一連の形態学的特徴を示す多くのネアンデルタール人化石(後述の補足1)が、ポルトガルから東方はシベリアの山脈、南方はレヴァントまでいくつかの遺跡で発掘されてきました(図1)。ネアンデルタール人はこの広範な地理的地域に43万~30万年前頃から4万年前頃まで生息しており(関連記事)、時空間的に現生人類と重複しています。以下は本論文の図1です。
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 2010年、画期的成果となる、4万年前頃のネアンデルタール人標本からの古代DNAの配列決定により、ネアンデルタール人のDNAは現在も生き残っており、現代人のゲノムに散在している、と明らかになりました(関連記事)。この発見は、古代の遺伝子移入、つまり配偶と古代型人類【絶滅人類】から現生人類の遺伝子プールへの遺伝子流動の痕跡検出についての分析の枠組みの発展を動機づけ、現代人の何千ものゲノムを通じてネアンデルタール人の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を調べることが可能になりました。

 ネアンデルタール人のDNAの復元の可能性は、ヒト進化遺伝学の分野における研究に新たな時代を切り開き、ヒトの進化と人口史について多くの魅力的な洞察を提供しました。本論文は、ネアンデルタール人祖先系統の現在のパターンの根底にある進化的な力と、ネアンデルタール人から遺伝子移入されたアレルの適応度と機能的結果を明らかにした、過去10年間の最も関連性の高い研究を再調査します。本論文は最後に、この成長している研究分野の主要な課題と新たな展望を論じます。


●ネアンデルタール人のゲノミクスの時代

 何十年間も、ヒトの進化における論争的で魅力的な問題は、ネアンデルタール人が現代人の祖先と相互作用したのかどうか、これらの相互作用には交配が含まれていたのかどうか、ということでした。この問題への回答の最初の試みはいくつかの限界に直面しましたが(関連記事1および関連記事2)、2010年のネアンデルタール人ゲノムの最初の概要配列(ドラフト)は、ネアンデルタール人が同時代の現生人類とおそらくは54000~40000年前頃に混合し、アフリカ人の現代の人口集団のゲノムの1~4%がネアンデルタール人から継承された、と決定的に明らかにしました。同年、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された指骨から抽出されたDNAにより、それがデニソワ人(Denisovan)と呼ばれるそれまで知られていなかった人類集団に属し、オセアニアとアジア東部および南東部の現代人のゲノムに寄与している、と明らかになり、古代型人類との歴史的な混合のさらなる証拠が提供されました(関連記事)。

 その後の10年間で、古代DNA抽出と配列決定の進歩により、現代人の高品質のゲノムに近い品質のネアンデルタール人3個体とデニソワ人1個体のゲノムデータの生成が促進されました(図1)。それは、第一に、「アルタイ山脈ネアンデルタール人」と呼ばれる、デニソワ洞窟で発見された13万~12万年前頃となるネアンデルタール人女性1個体(デニソワ5号)で、深度52倍で配列決定されました(関連記事)。第二に、クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)で発見された5万年前頃となるネアンデルタール人女性1個体(ヴィンディヤ33.19)で、深度30倍で配列決定されました(関連記事)。第三に、アルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)で発見された8万年前頃となるネアンデルタール人女性1個体(チャギルスカヤ8号)で、深度27倍で配列決定されました(関連記事)。第四に、デニソワ洞窟で発見された82000~74000年前頃となるデニソワ人女性1個体(デニソワ3号)で、深度30倍で配列決定されました(関連記事)。

 これらのゲノムは、スペイン北部のエルシドロン(El Sidrón)洞窟(関連記事)やドイツのフェルトホーファー(Feldhofer)洞窟やヨーロッパ・ロシアのメズマイスカヤ(Mezmaiskaya)洞窟(関連記事)の追加の人類標本や、堆積物(関連記事1および関連記事2)から回収された中程度の品質のDNAとともに、ネアンデルタール人の人口史と遺伝的遺産への新たな洞察を提供しました。

 スペイン北部の通称「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)で発見された43万年前頃の人類遺骸核DNA配列(関連記事)から、ネアンデルタール人は現生人類系統と63万~52万年前頃に分岐し(関連記事)、その姉妹集団であるデニソワ人とは遅くとも43万年前頃には分岐した、と示唆されます(図2)。ネアンデルタール人集団とデニソワ人集団は分離後に、交雑して遺伝子を交換し続けました(関連記事)。2018年、デニソワ洞窟で発見されたデニソワ11号のゲノム配列決定により、この個体がネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親との間に生まれた娘と明らかになり、人類集団間の交配は後期更新世には珍しくなかった、という明白なさらなる証拠を提供しました(関連記事)。以下は本論文の図2です。
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 これらの遺伝学的証拠から、ネアンデルタール人は小さくひじょうに近親交配的で地理的に構造化された人口集団で暮らしていた、と示唆されます【と本論文は述べていますが、ヴィンディヤ33.19では直近の祖先での近親交配は確認されていません】。初期ネアンデルタール人は、少なくとも2つの地理的集団に分類されました。一方はアルタイネアンデルタール人(デニソワ5号)に代表される東方集団で、もう一方はおもにヨーロッパのネアンデルタール人に代表される西方集団です(関連記事)。この西方集団は経時的に存続したようで、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人などヨーロッパの後期ネアンデルタール人との遺伝的連続性を示し、12万~9万年前頃に移動してネアンデルタール人の分布の東端部分の亜集団を置換したかもしれません(関連記事)。


●ネアンデルタール人と現生人類との間の遺伝子流動

 遺伝学的研究は、現生人類のゲノムにおける古代型人類の祖先系統の発見に続いて、ネアンデルタール人からの遺伝子移入のゲノムと地理の分布に焦点を当ててきました。アルタイ山脈ネアンデルタール人(デニソワ5号)のゲノムの公開は、現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人から遺伝子移入された領域を検出する手法の開発を触媒しました。2014年、2つの大規模なゲノム研究が、ヨーロッパとアジア東部の現代人におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入の最初のゲノム地図を作成しました(関連記事)。これらの研究は、遺伝子移入されたゲノム領域を特定する2つの異なる計算手法を実装しており、各ユーラシア人のゲノムにはかなりの量のネアンデルタール人配列があり、現代人のゲノムからネアンデルタール人のゲノムを最大35%再構築できる、と示しました。ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人(ヴィンディヤ33.19)のゲノムは、遺伝子移入されたネアンデルタール人集団により近く、ユーラシア現代人におけるネアンデルタール人配列の追加の約10%の同定を可能にしました。

 いくつかの研究は、ネアンデルタール人祖先系統の割合が現在の人口集団で異なることを示してきました(図3A)。たとえば、アジア東部人はヨーロッパ人と比較して、平均20%ほど多くネアンデルタール人から遺伝子移入された配列を有しています。そうした兆候が、ヨーロッパ人とアジア東部人との分岐後のネアンデルタール人との複数の混合に起因する可能性があるのかどうか(図2)、有害なネアンデルタール人由来のアレルに対する負の選択なのか、ネアンデルタール人と混合していない人口集団によるヨーロッパ人におけるネアンデルタール人祖先系統の希釈なのかどうか、議論されてきました(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。しかし、混合していない現代人の参照人口集団に依拠しない、IBDmix(関連記事)と呼ばれる古代型人類から遺伝子移入された配列を特定する新たな確率論的手法を用いると、ユーラシア人口集団間のネアンデルタール人祖先系統の水準は、以前に報告されていたよりも均一のようだ、と分かりました(関連記事)。以下は本論文の図3です。
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 ARGと呼ばれる、祖先の組換え図を推測する他の手法(現生人類と古代型人類のゲノムに沿った遺伝子系統の完全な配列)により、遺伝子移入事象の歴史のさらに広範な調査が可能になりました。たとえば、ARGweaver-Dを用いた分析(関連記事)では、ネアンデルタール人のゲノムの約3%が30万~20万年前頃に初期現生人類から遺伝子移入された一方で、デニソワ人のゲノムの約1%は、225000年以上前に【遺伝学的に】未知の「超古代型人類」から遺伝子移入された、と分かりました。さらに、これら超古代型領域の15%はその後、デニソワ人からオセアニアの現代人へと継承されました。

 ARGの推測と他の最近開発された手法(関連記事)の両方は、(おそらくは異なる)超古代型系統からサハラ砂漠以南のアフリカ人の祖先への遺伝子移入も裏づけます。現代人のゲノム全体でネアンデルタール人から遺伝子移入されたハプロタイプのマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)により、こうした研究は、地理的に多様な人口集団にわたるネアンデルタール人からの遺伝子移入の理解と、最近および深い時間規模の両方における人口史のモデルの洗練に寄与しました。


●遺伝子移入されたネアンデルタール人のDNAの運命

 過去数年間、研究者は、ネアンデルタール人からの遺伝子移入されたDNAのゲノム分布を形成した進化的な力と、遺伝子移入が特定の疾患の危険性を増加させるか、あるいは特定の環境のヒトの適応を促進することにより、現代人の生物学にどのように貢献したのか、という研究に引き寄せられました。ほとんどのネアンデルタール人のアレルは利益も犠牲もない、つまり中立的な多様体と考えられていますが、ネアンデルタール人から遺伝子移入されたDNAに対する負と正の両方の自然選択の証拠が増えつつあります。

 その最初の一連の証拠の一つは、現生人類のゲノムへのネアンデルタール人からの遺伝子移入の2つの地図(関連記事)に由来します。その地図では、「遺伝子移入砂漠」と呼ばれる特定の大きな領域が、あらゆる現代人のゲノムにおけるネアンデルタール人祖先系統の枯渇として特定されました。つまり、ネアンデルタール人祖先系統の割合は0.1%未満ですが、最大の砂漠はこの閾値の選択に対して堅牢です(図3B)。自然選択がない場合、遺伝子移入領域は、ゲノム全体で確率的に分布すると予測され、組換えと遺伝的浮動によってのみ分解されて置換されます。したがって、発話と言語に関わるFOXP2遺伝子を含む7番染色体上の1700万塩基対の長いネアンデルタール人砂漠の存在と、X染色体におけるネアンデルタール人祖先系統の5倍の減少は、負の選択がこれらの領域からネアンデルタール人の遺伝子移入されたアレルを除去したかもしれない、と示唆します。

 理論的には、低頻度のハプロタイプの喪失の可能性は、人口規模の減少につれて増加するので、常染色体の遺伝子移入砂漠は部分的には、ネアンデルタール人の混合後すぐの現生人類における強いボトルネック(瓶首効果)に起因するかもしれません。興味深いことに、オセアニア現代人のゲノムにおけるデニソワ人からの遺伝子移入砂漠は、ユーラシア人のゲノムで特定されたネアンデルタール人からの遺伝子移入砂漠と重なっており、地理的に多様な人口集団におけるこれらゲノム領域で作用した選択のさらなる証拠を提供します。

 X染色体におけるネアンデルタール人(およびデニソワ人)祖先系統の減少は、種分化と交雑に関するよく確立された理論および実験的結果に照らして、とくに注目を集めました。ドブジャンスキー・ミュラー不適合性(DMI)として知られる交雑不適合性はX染色体に優先的に蓄積し、これらの不適合アレルは軽度の劣性効果を有する傾向にあり、それは異型配偶子性の性別(つまり、ヒトのXY男性)における半接合性として曝されるので、常染色体と比較してX染色体では遺伝子移入頻度が減少する、と先行研究は論証してきました。さらに、雄の異型配偶子性の種では、交雑雄の繁殖不能につながる不適合性は、交雑の生存不能もしくは交雑雌の繁殖不能を引き起こす不適合性と比較して、急速に蓄積します。

 男性の脳(関連記事)と精巣(関連記事)で発現する遺伝子の両方、とくに減数分裂に関わる遺伝子はネアンデルタール人祖先系統で枯渇しており、X染色体で蓄積するというDMIの予測と一致します。しかし、DMIだけがネアンデルタール人祖先系統における枯渇状況の大半を形成した可能性は低く、それは、この状況を充分に説明するにはあまりにも多くのDMIが必要だからです。あるいは、男性における部分的に劣性(潜性)で有害なアレルの曝露によるX染色体上の負の選択の効果の増加が、この同じ枯渇に寄与したかもしれません(関連記事)。

 他の仮説は、X染色体上のネアンデルタール人祖先系統のかなりの現象は、ネアンデルタール人と同時代の現生人類との間の遺伝子流動における性別の偏りに起因するかもしれず(つまり、男女比の違いです)、おそらくは3:1の偏りでネアンデルタール人男性の現生人類女性との配偶があった、というものです。しかし、これらの説明は相互に排他的ではなく、それは、いくつかの機序が、現在見られるネアンデルタール人からの遺伝子移入のゲノム分布の形成に役割を果たした可能性があるからです。

 ネアンデルタール人から遺伝子移入されたアレルに対する負の選択の一つの結果は、ネアンデルタール人祖先系統の割合が経時的に減少するはずである、ということです。この予測と一致して、初期の研究(関連記事)では、45000~7000年前頃となるユーラシア全域で標本抽出された古代の現生人類におけるネアンデルタール人祖先系統の割合が、経時的に3~6%から約2%へと減少し、有害なネアンデルタール人から遺伝子移入された多様体に対する長期の連続的な選択を示唆する、と明らかにされました。しかし、模擬実験研究と古代DNAデータの再分析(関連記事)では、ネアンデルタール人祖先系統は安定して減少するのではなく、混合後の最初の10世代で急速に減少し、その後は現代人で観察される水準と近いところで安定した、と示唆されます。

 2つの研究は、現代人における有害なネアンデルタール人から遺伝子移入された変異のこれら広範な兆候を説明するため、背景選択(負の選択を受ける遺伝的連鎖により引き起こされる中立的な遺伝的変異の喪失)のモデルを用いました。ネアンデルタール人はどの現代人集団よりもかなり小さな有効人口規模で(関連記事)、その結果として、ネアンデルタール人に起きた有害性が弱く「ほぼ中立的な」変異は、現生人類と比較して喪失の可能性がより低く、それは、この種の進化動態は負の選択ではなく遺伝的浮動により支配されているからです。

 しかし、混合事象後に現生人類のより大きい有効人口規模に曝されると、これらの変異の進化は次に、負の選択により支配されるでしょう。現生人類個体におけるこれら潜在的に有害なネアンデルタール人から遺伝子移入されたアレルは数千しかないかもしれませんが、背景選択を駆動する遺伝的つながりは、これらネアンデルタール人のアレルに対する選択効果をゲノムのかなりの割合へと拡張します。したがって、潜在的に有害なネアンデルタール人から遺伝子移入されたアレルは、ネアンデルタール人からの遺伝子移入の枯渇の観察されたゲノム規模パターンの説明に重要と分かりました。

 さらなる研究は、さまざまなゲノム領域でネアンデルタール人から遺伝子移入された変異に対する負の選択の影響の理解に焦点を当てました。ネアンデルタール人祖先系統はゲノムの進化的に制約された領域で枯渇しているようです。たとえば、遺伝子密度が高く、高い進化的保存があり、「B」統計の低い値(背景選択の局所的強度の程度で、より低いBはより強い背景選択を意味します)の領域です(関連記事)。過去8000年間、非同義のネアンデルタール人のアレルは現生人類で頻度が減少しましたが、発現水準を変えるネアンデルタール人のアレルはさほど強い枯渇を示さず、現代人のゲノムで維持されているネアンデルタール人のアレルは、タンパク質配列ではなく遺伝子調節を変える傾向にある、と示唆されます。

 調節要素のうち、mRNAの非翻訳領域(UTR)とプロモーターは、エンハンサーよりもネアンデルタール人祖先系統の割合が減少しています。さらに、組織、とくに脂肪細胞や間葉系細胞やT細胞に特異的なエンハンサーが、最高水準のネアンデルタール人祖先系統を示す一方で、複数の組織(多面発現性エンハンサー)で活性化するエンハンサーと、筋肉および脳に特異的なエンハンサーは、ネアンデルタール人祖先系統が最も枯渇しています。まとめると、これらの結果から、とくに免疫と代謝で標的効果を伴うネアンデルタール人のエンハンサーが最も保存されてきた調節変化であるのに対して、広範な発現および脳もしくは筋肉に特異的な発現の両方は、最も保存されなかった、と示唆されます。


●ネアンデルタール人からの遺伝子移入と遺伝子発現

 Geuvadis(Genetic European Variation in Health and Disease、健康と疾患における遺伝的なヨーロッパ人の差異)協会やGTEx(遺伝子型組織発現)計画のような、ヒトにおける遺伝子発現の差異の最近の大規模な研究を用いて、いくつかの研究は遺伝子発現への遺伝子移入されたネアンデルタール人の多様体の影響を調べました。GTExデータセットのアレル特異的発現解析(関連記事)では、ネアンデルタール人のアレルを含む転写物は、現生人類のそれと比較して発現に広範な違いを示し、ほぼ同じ割合の遺伝子がネアンデルタール人アレルの発現増加と発現低下を示す、と分かりました。

 しかし、ネアンデルタール人のアレルを含む脳と精巣で発現する転写物は、一貫して発現が低下しているようで、脳と精巣に関連する遺伝子におけるネアンデルタール人祖先系統の枯渇を示す先行研究と一致します。このパターンは、ネアンデルタール人のシス調節要素(調節遺伝子の近傍の調節ゲノムの特徴)と現生人類のトランス調節背景(たとえば、シス調節要素と相互作用するゲノムのどこかでコードされた、転写物要因もしくは調節RNA)との間の、一種の「機能的エピスタシス」により説明できるかもしれません。機能的エピスタシスのモデル下では、これらシスおよびトランス要素はネアンデルタール人と現生人類との間で分岐しましたが、各系統内で共適応を保っており、現生人類のトランス要素がネアンデルタール人のシス要素と混合すると、機能的不適合性につながります。たとえば、転写因子結合部位が現生人類とは分岐したネアンデルタール人のエンハンサーは、ネアンデルタール人の転写物の発現低下につながるでしょう。

 機能的エピスタシスは必ずしも適応度に影響を及ぼしませんが、脳と精巣の発現遺伝子におけるネアンデルタール人祖先系統の枯渇は、同じ組織におけるネアンデルタール人アレル特有の発現低下とともに、ネアンデルタール人と現生人類との間で推測されているDMIのいくつかが、この形態を取っていたかもしれない、と示唆します。ある種のネアンデルタール人の転写物の一貫した発現低下は、ネアンデルタール人からの遺伝子移入に対する負の選択を示しますが、検証された推定される適応的なネアンデルタール人から遺伝子移入されたハプロタイプの1/4以上は発現量的形質遺伝子座(eQTL)を有しており、そのうち一部はウイルス刺激への人口集団特異的な反応をもたらすので(関連記事)、ネアンデルタール人からの遺伝子移入における正の選択で遺伝子発現変化の役割が裏づけられます。

 古代型のトランスeQTLは、遺伝子移入砂漠内の遺伝子発現を調節する可能性があり、古代の遺伝子移入された変異の潜在的な調節範囲を大幅に拡張します。さらに広く見れば、古代型人類との遺伝子流動は、派生的な古代型人類の多様体の導入だけではなく、非アフリカ人口集団で失われた祖先の多様体の再導入によっても、個体間の転写変異に影響を及ぼします(関連記事)。興味深いことに、これらの再導入された祖先的アレルは、派生的な古代型人類のアレルよりも、調節効果を伴う遺伝子移入されたハプロタイプで発生する可能性が高そうで、再導入された祖先的アレルに対して、負の選択はより少ないか、場合によっては正の選択も示唆されます。


●ネアンデルタール人からの遺伝子移入と現生人類の適応

 現生人類におけるネアンデルタール人の遺産は、負の影響に厳密に検定されているわけではありません。「適応的遺伝子移入」として知られる現象である、正の選択に起因する受け取った側の人口集団で拡大した多様体を導入した遺伝子移入は、ネアンデルタール人と現生人類との間で起きた、と考えられています。一般的に、強い正の選択は経時的にアレル頻度を増加させ、アレルの固定につながる可能性があり、同時に同じハプロタイプと関連するアレルを高頻度に引っ張ります。したがって、DNAの適応的な遺伝子移入された領域における正の選択は、遺伝子移入されたアレルの高頻度のハプロタイプにつながるでしょう(図3C)。過去数年間、いくつかの研究が、脳の発達、神経機能、適応および自然免疫、脂質代謝、皮膚と髪の色素沈着、筋骨格系と関わる遺伝子と重複する、ネアンデルタール人から遺伝子移入されたハプロタイプを特定してきました。本論文は以下で、肌および髪の色素沈着と代謝と免疫における、ネアンデルタール人の適応的遺伝子移入の強く裏づけられた事例に関する考察に焦点を当てます。

◎肌と髪の色素沈着
 適応的遺伝子移入の最もよく裏づけられている候補の一つは、ヨーロッパ人において高頻度(70%)で見つかる大規模なネアンデルタール人から遺伝子移入されたハプロタイプ(5万塩基対程度)で、この中には、9番染色体の遺伝子であるBNC2が含まれます。BNC2遺伝子は、角化細胞で発現する亜鉛フィンガータンパク質をコードしており、肌の色素沈着およびそばかすの変異と関連してきました。適応的遺伝子移入の別の有力候補は、11番染色体のPOU2F3遺伝子にまたがっています。POU2F3遺伝子は表皮で発現する転写因子をコードしており、角化細胞の分裂増殖および分化の媒介に関わっています。ヨーロッパ人にはほとんど存在しませんが、POU2F3遺伝子を含むネアンデルタール人のハプロタイプは、アジア東部人では高頻度(60%)で存在します(関連記事)。
 適応的遺伝子移入の別の事例は3番染色体上の20万塩基対の長いハプロタイプで、紫外線放射への細胞性応答と肌の色素沈着における変化と関わっているHYAL2遺伝子を含んでいます。HYAL2遺伝子の発現は短波長紫外線(UVB)への暴露後に顕著に減少し、組織修復過程を妨害して、最終的には日焼けにつながります。このネアンデルタール人から遺伝子移入されたハプロタイプはアジア東部人において高頻度(50%超)で見つかりますが、他地域では存在しません。
 15番染色体上でOCA2遺伝子を含む29700塩基対のネアンデルタール人から遺伝子移入されたハプロタイプは、アジア東部人において高頻度(60%程度)で、ヨーロッパ人とアジア南部人とメラネシア人においては中程度の頻度(20~30%)で見つかります(関連記事)。OCA2遺伝子は、肌と髪と虹彩の色素沈着に影響を及ぼす、膜貫通タンパク質をコードしています。この遺伝子移入されたハプロタイプは、ヨーロッパ人と、おそらくは追加のヒト集団において選択下にある、青色の虹彩の色素沈着や金髪および赤毛の色と関連するアレルを含む複数のアレルにまたがっています。
 ネアンデルタール人の適応的遺伝子移入の他の事例にはKRT71およびKRT80遺伝子が含まれており、これらは12番染色体上のII型ケラチン遺伝子クラスタ(まとまり)です。KRT71遺伝子を含む10万塩基対の古代型人類のハプロタイプは、ヨーロッパ人では65%、アジア東部人では52%、アジア南部人では38%の頻度です。KRT71遺伝子は上皮のケラチンタンパク質をコードしており、このタンパク質は毛包内根鞘で発現し、髪の色素沈着に寄与します。KRT80遺伝子と重なる追加の18000塩基対のネアンデルタール人由来のハプロタイプは、近(ニア)および遠(リモート)オセアニア人において高頻度(最大60%)で見つかり、ヨーロッパ人とアジア南部人において中間の頻度で、アジア東部人においては低頻度で見つかります。KRT80遺伝子は上皮ケラチンをコードしており、このケラチンは上皮細胞の構造的統合に寄与します。

◎代謝
 8000人以上のメキシコ人およびラテンアメリカ人の大規模なコホート(特定の性質が一致する個体で構成される集団)で行なわれたゲノム規模関連研究(GWAS)は、2型糖尿病発症の危険性の20%増加と関連する、17番染色体上の新たな遺伝子座を特定しました。この危険性ハプロタイプは、肝臓の脂質代謝で役割を果たすと考えられているSLC16A11遺伝子において、5ヶ所の一塩基多型(SNP)を有しており、その中には4ヶ所のミスセンス(アミノ酸が変わるような変異)SNPが含まれます。この5ヶ所のSNPハプロタイプは、メキシコ人集団において50%程度の頻度で存在し、アジア東部人ではもっと低頻度になり、他の地域ではほほ存在しません。アルタイ山脈ネアンデルタール人(デニソワ5号)との比較では、5ヶ所全てのSNPは古代型人類の配列において同型接合である、と示されました。このハプロタイプの推定年代(799000年前頃)と、その長さおよび地理的分布との組み合わせから、ネアンデルタール人から現生人類へと遺伝子移入された、と示唆されます。
 2つの追加の主要な代謝候補遺伝子が、最近出現しました。ある研究は、14番染色体上のTSHR遺伝子にまたがる、ヨーロッパ人におけるネアンデルタール人の適応的遺伝子移入領域を特定しました。TSHR遺伝子は、甲状腺の成長および甲状腺関連の代謝過程を含む、多くの生理学的経路に関わる甲状腺刺激ホルモンとして知られるシグナル分子を結合する、甲状腺刺激ホルモン受容体をコードしています。TSHR遺伝子の変異は、バセドウ病や先天性甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症などの疾患表現型をもたらします。いくつかの研究も、脂肪細胞の分化と脂肪分解におけるTSHR遺伝子の重要な役割を論証しました。
 4番染色体上のTBC1D1遺伝子にまたがる10万塩基対のネアンデルタール人由来の領域が特定され、これはアジア南部人および東部人の中間的な頻度(20~40%程度)と、オセアニアの人口集団の高頻度(最大70%程度)を分離します。TBC1D1遺伝子およびそのパラログ(遺伝子重複により生じた類似の機能を有する遺伝子)なTBC1D4遺伝子は、ブドウ糖輸送体GLUT4の小胞性輸送の調節によるブドウ糖摂取を制御する、インシュリン刺激Aktタンパク質キナーゼ(リン酸化酵素)経路の下流タンパク質です。ヒトとマウス両方のTBC1D1遺伝子における変異は、肥満と関連しています。まとめると、これらの調査結果は、ネアンデルタール人からの遺伝子移入がエネルギー調節と脂質関連経路の両方で重要な役割を果たした、と示唆されます。

◎免疫
 ネアンデルタール人からの適応的遺伝子移入の最初で最も再現された兆候の一つは、12番染色体上の3つのOAS遺伝子(OAS1・2・3)のクラスタにまたがっています(関連記事)。OAS遺伝子は自然免疫系、とくに抗ウイルス反応の中核的構成要素です。インターフェロンはOAS遺伝子の発現を誘導し、リボヌクレアーゼL(RNase L)を活性化させ、ウイルスと細胞両方のRNAの分解を引き起こし、それによりウイルスのタンパク質合成を阻害します。適応的なネアンデルタール人由来のOAS遺伝子のハプロタイプは、ヨーロッパとアジア南部の人口集団において30%程度、アジア東部とアメリカ大陸先住民の人口集団において20%程度の頻度で観察されます。
 適応的遺伝子移入の兆候は、4番染色体上のTLR1・6・10免疫遺伝子にまたがる領域でも見つかりました。TLR遺伝子(トル様受容体)は、抗細菌および抗真菌反応の一部として自然免疫にも関わっています。これらの受容体は細菌の膜のペプチドもしくは糖か、あるいは真菌類の細胞壁を認識し、炎症誘発性反応につながる細胞内経路を引き起こします。以前の研究(関連記事)は、アメリカ大陸先住民とヨーロッパ人とアジア人により共有されるネアンデルタール人由来の1つのハプロタイプと、アジア人に固有のネアンデルタール人由来の1つのハプロタイプとデニソワ人由来の1つのハプロタイプを特定しました。これら2つの主要な遺伝子クラスタ以外に、自己免疫疾患(GMEB2遺伝子)、抗細菌免疫反応(GBP4・7遺伝子)、適応免疫(CCR9・CXCR6遺伝子、IGHA1・IGHG1・IGHG3・IGHG4)遺伝子、A型インフルエンザウイルスに対する免疫反応(PNMA1・MIDEAS遺伝子)と関連する遺伝子から構成される、適応的遺伝子移入の兆候が検出されました。
 ずっと大規模に、RNAウイルスと相互作用するタンパク質(ウイルス相互作用タンパク質、略してVIP)はヨーロッパ人におけるネアンデルタール人祖先系統において豊富であり、ネアンデルタール人の多様体がこれらの人口集団において抗ウイルス免疫で役割を果たしてきたかもしれない、と示唆します。コロナウイルスと相互作用するVIPの部分集合は、アジア東部人における過去25000年間の正の選択の兆候を示しており、アジア東部人の祖先における古代のコロナウイルス流行が、これらのタンパク質の進化を促進したかもしれない、と示唆されます。さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化(関連記事)とCOVID-19に対する保護両方の根底にある遺伝的要因が、CCR9遺伝子およびOAS1遺伝子(関連記事)の近傍でそれぞれマッピングされており、両者はネアンデルタール人の適応的遺伝子移入の候補で、生命を脅かす病原体に対するヒトの生存へのネアンデルタール人からの遺伝子移入の過去と現在の影響を浮き彫りにします。
 適応的遺伝子移入を検出する現在の手法は遺伝的データのみで機能するため、これら古代型人類の多様体の表現型の影響への直接的洞察を提供できない、と注意することが重要です。これらの多様体の影響についての推測は、重複する遺伝子の機能に関する知識、または既知の表現型との統計的関連性に依存しています。つまり、どの組織もしくは発達段階が影響を受けるのかはもちろん、古代型人類の多様体の影響の強度もしくは方向性さえ、ほとんど分かっていないことを意味します。したがって、今後の古代型人類から遺伝子移入された変異の研究は、適応的遺伝子移入のこれらの候補の機能研究に大きく依存するでしょう。


●ヒトの表現型変異へのネアンデルタール人からの遺伝子移入の寄与

 現代人のゲノムでの自然選択の兆候は、古代型人類のDNAがヒトの適応度に経時的にとのように影響を及ぼしたのか、という洞察を提供できますが、大規模な現代人のゲノミクスと関連研究の深度および多様性は、古代型人類のDNAとさまざまなヒトの形質との間の関係の解明に寄与しました。GWASは何百万もの部位で遺伝型の状態を目的の表現型と比較し、遺伝子型が確率的に予測されるよりも多くの表現型と一致する部位を探しました。補完的手法では、表現型の集合体規模の関連研究(PheWAS)が、個々のゲノム遺伝子座において遺伝子型に対する多くの表現型を精査し、無作為に予測されるよりも多く遺伝子型と一致する表現型を探しました。

 両方の枠組みを適用した先行研究(関連記事)は、電子医療記録からの表現型の46群を、電子医療記録およびゲノミクス(eMERGE)網におけるヨーロッパ祖先系統の11000人以上の患者で遺伝子型と比較し、ネアンデルタール人の多様体が皮膚病変や肥満や血液疾患や喫煙や気分障害や鬱病と関連している、と明らかにしました。別の先行研究(関連記事)は、これらの同じ手法をイギリスのバイオバンクに含められているヨーロッパ祖先系統の112000個体以上で136の表現型に拡張し、ネアンデルタール人の多様体と、髪および肌の色素沈着、日焼け、日焼け発生率、気分、喫煙、身長、概日リズム型、心拍数との間の関連を見つけました。興味深いことに、これら肌と関連する表現型のいくつかは、適応的遺伝子移入の有力候補であるBNC2遺伝子と重なるネアンデルタール人のハプロタイプと関連しています。

 現代人のさまざまな集団がネアンデルタール人からゲノムのさまざまな領域を継承したのと同様に、ネアンデルタール人関連の形質とヨーロッパ人およびアジア東部人における疾患危険性との間には、重複はほとんどありません。それにも関わらず、共通の表現型の主題が、適応的遺伝子移入と同じように、これら2つの人口集団で現れます。ネアンデルタール人から遺伝子移入された多様体は、肌および髪の色素沈着と代謝と免疫系に影響を及ぼしました。この文脈で、COVID-19の宿主ゲノミクスに関する最近の研究は、上述のようにユーラシア人口集団におけるCOVID-19への感受性と保護に寄与するネアンデルタール人の多様体を特定しました。ついでに言うと、COVID-19感受性ハプロタイプと保護ハプロタイプはそれぞれ、炎症性細胞遊走因子受容体遺伝子(CCR9・CXCR6)とOAS遺伝子クラスタの近傍にあり、この両遺伝子は適応的なネアンデルタール人からの遺伝子移入の有力候補です。

 GWASは、特定の遺伝子座に寄与する形質変異の割合の推定も可能にしており、これは通常、「SNP遺伝率(SNP-h)」と呼ばれます。最近の研究は遺伝率推定値を用いて、どの形質がネアンデルタール人から継承されたDNAによる不均衡な寄与を有しているのか、という問題を提起します。ほとんどの形質はネアンデルタール人関連の遺伝率の枯渇を示しましたが、自己免疫疾患、白血球数、脱毛症、日焼け、閉経年齢、呼吸器および骨の形質、概日リズム型などいくつかの形質群は、より古いネアンデルタール人の多様体において遺伝率上昇を示しました。ネアンデルタール人の多様体は、より古いほどネアンデルタール人集団で一般的だった可能性が高いので、選択により除去されるのではなく許容されるため、形質遺伝率にもはや寄与しません。自己免疫疾患と白血球数を除いて、これらの各形質に関わるネアンデルタール人の多様体は同方向の影響を有しており、ネアンデルタール人から遺伝子移入された多様体での多遺伝子選択の可能性を示唆します。


●多遺伝子適応とネアンデルタール人からの遺伝子移入

 GWASとPheWASは、多くの形質の遺伝的基盤をマッピングするひじょうに強力な手法ですが、複数の重要な制約があります。第一に、表現型に寄与する個々の遺伝子座は、検出されるためにはかなり大きな影響を有している必要があります。第二に、表現型に寄与するアレルは、その影響検出のためには、人口集団において充分に一般的である必要があります(もしくは、GWASにおける標本数が、その影響を確実に評価するのに足りるだけの回数、アレル検出に充分なほど大規模である必要があります)。遺伝子とその産物をつなぐ複雑な網の増え続ける知識を、GWASとPheWASで用いられた遺伝子型および表現型と組み合わせることにより、多遺伝子形質の進化に焦点を当てた最近の手法が、検出可能性のこれらの制約を超えることが期待されます。これらの手法は最近、多遺伝子形質への古代型人類からの遺伝子移入の寄与の研究に適用され、ヨーロッパ人とアジア東部人両方における複数の免疫および恐らくは脳関連経路でのネアンデルタール人からの遺伝子移入の濃縮と、ヨーロッパ人における代謝および嗅覚経路、メラネシア人におけるマラリア耐性の興味深い(おそらくはデニソワ人由来の)兆候を見つけました。特定された免疫経路は、TLRおよびOAS遺伝子クラスタとSTAT2遺伝子など、適応的遺伝子移入の最も再現された兆候も含んでいます。


●ネアンデルタール人からの遺伝子移入の機能的影響の評価

 多くの表現型関連がネアンデルタール人の遺伝的変異で特定されてきましたが、それらがヒトの生物学にどのように寄与しているのか理解するには、機能的研究が必要です。2つの先行研究(関連記事)は、細菌およびウイルス刺激に対する免疫反応における人口集団特有の変異に焦点を当てました。両研究におけるアフリカ系アメリカ人とヨーロッパ系アメリカ人の志願者の免疫細胞は、リステリア(Listeria)属もしくはサルモネラ(Salmonella)属か、あるいはウイルス配位体(免疫反応を引き起こす、TLR遺伝子のような免疫細胞受容体を結合するタンパク質)、およびインフルエンザA型ウイルスに曝されており、遺伝子発現が曝露後に定量化されました。両研究は、免疫刺激への反応における祖先系統群間の遺伝子発現の何千もの違いを示し、これらの違いの何百もの組み合わせは、ネアンデルタール人から遺伝子移入された変異に起因していました。これらネアンデルタール人関連の反応発現量的形質遺伝子座(reQTL、刺激への反応における遺伝子の発現を変える多様体)のうち、TLR1およびPNMA1遺伝子も正の選択の兆候を示しており、適応的遺伝子移入の対象としての以前の特定を裏づけます。

 GWASおよびPheWASやeQTLマッピングのような手法は、アレル状態と表現型との間の統計的関連を特定しますが、ハプロタイプの多様体間の連鎖不平衡は、どの関連多様体が原因なのか、(不可能ではないとしても)特定することを困難にします。古代型人類から遺伝子移入された領域は、本質的に背景よりも連鎖不平衡が大きく、少ない組換えの世代に曝されるため、この制約が悪化します。超並列レポーターアッセイ(MPRA)やCRISPR/Cas9に基づくゲノム工学など、個々の古代型人類からのアレルの影響を検証する大規模な生体外の機能評価では、原因となる多様体における関連研究の自然の補完物として機能します。

 MPRA手法に続いて、2つの最近の研究は、免疫と肌および髪の色素沈着とインシュリン分泌に関わる遺伝子で、実験的に確証された調節効果を有する合計25ヶ所のアレルを特定しました。さらにある研究は、MPRAとCRISPRノックアウトと免疫細胞株における染色質(クロマチン)形態配列決定(Hi-C)の組み合わせを用いて、5000点以上の高頻度となるネアンデルタール人から遺伝子移入された多様体の調節効果を調べました。その研究は、活性化したプロモーターと強力なエンハンサーを示唆するクロマチンマークでの濃縮を示す、300ほどの発現調節多様体を特定しており、以前の調査結果と一致します。これらの発現調節多様体は、自然免疫に関わる転写因子の結合配列を変化させ、それにより自然免疫経路における下流遺伝子の発現を変えました。

 その研究はレポーターアッセイと転写因子結合分析とeQTL重複とHi-C相互作用兆候の組み合わせにより、TLR遺伝子クラスタ、GMEB2遺伝子、OAS遺伝子クラスタ、IL23A・STAT2・PAN2遺伝子座における特有の多様体を、正の選択の推定標的として特定し、その全ては以前に適応的遺伝子移入の候補として特定されていました。CRISPRノックアウトにより、3つのネアンデルタール人の発現調節多様体は、免疫反応における既知の役割を有する転写因子を調節する、と確証されました。これらの調査結果は、ネアンデルタール人の多様体を現生人類の表現型の影響と直接的に結びつける最も近いものを表しており、機能的評価とCRISPRが一般的になるにつれて、将来の研究にとって強力な前例を確立します。


●展望

 10年以上前、最初のネアンデルタール人ゲノムの配列決定は、ヒト進化ゲノミクスにおける最大の新事実の一部の基礎を築きました。現代人にとって最も近い絶滅近縁種と現生人類の進化的関係を理解したい、という願望は、人口史と古代型人類からの遺伝子移入の研究において多くの発展を促進しました。近年ではかなりの進歩がありましたが、現代人におけるネアンデルタール人の遺伝子と表現型の遺産については、まだ多くのことが分かっていません。次の10年間で、研究はいくつかの異なる方向に移行する可能性があります。

◎他の古代型人類からの遺伝子移入の調査
 多くの研究がネアンデルタール人からの遺伝子移入の影響を調べてきましたが、デニソワ人からの遺伝子移入の研究はまだ始まったばかりです。デニソワ人に由来する遺伝子移入の最も強力で魅力的な事例の一つは、チベット人におけるEPAS1遺伝子のハプロタイプで、高地適応をもたらします(関連記事1および関連記事2)。1000人ゲノム計画やGTExのような主要なゲノミクスおよび分枝表現型データセットは、おもにユーラシア人に焦点を当てており、デニソワ人からの遺伝子移入が遍在しているアジア南東部島嶼部やオセアニアの人口集団を除外していて、デニソワ人祖先系統の適応度と機能的結果の理解を制約します。大規模な研究は、ゲノム表示や遺伝子発現の差異や表現型関連の観点でこれらの間隙に対処し始めたばかりです。アジア南東部とオセアニアにおけるヒトの遺伝的および表現型の差異の全範囲のより包括的な特徴づけは、表現におけるこれら大きな間隙の対処と、ヒト集団の複雑な歴史の理解の拡大に必要です。
 遺伝学的証拠から、ネアンデルタール人とデニソワ人を超えた古代型人類との混合事象が起きた、と示唆されているものの(関連記事)、これらの遺伝子移入されたハプロタイプを確実に特定することはひじょうに困難である、と証明されてきました。これら「亡霊(ゴースト)」超古代型配列と現代人への影響を研究するには、この分野では、より洗練された計算の枠組みと絶滅古代型人類標本および現代の人口集団両方の遺伝的データ生成の発展が必要でしょう。

◎個々の遺伝子移入された多様体の表現型の影響の特定
 過去10年間で開発されたオーミクス手法は多くの候補遺伝子座を提供してきましたが、これらの候補遺伝子座から表現型の変化の根底にある原因となる多様体を特定することは困難と証明されてきました。CRISPR・Cas9体系のような手法でMPRAとゲノム工学の全盛期に突入しつつあるので、原因となる多様体の検証は今や手の届くところにあります。ゲノム編集は、自然の文脈でネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の多様性を有する人工多能性幹細胞(iPSC)株の貯蔵所と組み合わされる可能性が高く、さまざまな機能評価の実験的雛形として機能するでしょう。
 これら同じiPSCは原形質類器官の成長の出発点としても機能し、以前には確認されていなかった発達および組織水準の表現型への洞察を提供します。とくに、最近の研究はiPSCでCRISPRを用いて、現生人類の派生的な原形質類器官と比較して顕著な表現型の違いを示す、ネアンデルタール人と現生人類との間でほぼ固定されている(ものの遺伝子移入の産物ではない)NOVA1遺伝子において、非同義置換を有する皮質原形質類器官を生成しました。しかし、そうした原形質類器官で観察された表現型の結果は、CRISPRゲノム編集技術の意図しないオフターゲット効果(標的配列とは異なる別のゲノム領域に変異が導入されること)により引き起こされるかもしれない、という懸念が提起されてきました。将来、生体外と生体内を組み合わせる注意深く設計された検証研究とMPRAと三次元原形質類器官のCRISPRに基づくゲノム工学が、適応的遺伝子移入候補の長い一覧を識別し、古代型人類から遺伝子移入された変異の機序と影響へのより詳細な洞察を提供するでしょう。
 ネアンデルタール人は絶滅したので、その表現型の差異に関する知識は、化石記録かゲノム予測に由来します(関連記事)。学際的研究の象徴である、最近のある研究は、ネアンデルタール人遺骸および現代人両方の計算断層写真術(CT)と磁気共鳴画像法(MRI)を用いて、頭蓋骨形態に影響を及ぼす遺伝的要因をマッピングしました(後述の補足2)。さまざまな分野のデータセットを統合した研究は、ヒトの形質進化の調査への新たな道を開くでしょう。

◎一塩基変異の領域を超えて
 通常は50~100塩基対の大きな遺伝的違いである構造的多様体は、ヒトゲノムの変化するヌクレオチドの大半を構成しています。しかし、古代型人類からの遺伝子移入の研究は、一塩基変異と短い挿入欠失に焦点を当ててきました。最近の研究は、3つの大きな適応的遺伝子移入の構造的多様体を明らかにしました。そのうち、2つはネアンデルタール人起源で、1つはデニソワ人起源です(関連記事)。第三世代(長い読み取り)配列決定技術の出現により、ヒトの構造的多様体の一覧表が拡大され、現代人の表現型への遺伝子移入された構造的多様体の寄与についての急速に発展する問題に対処する手法開発の新たな波が刺激されるよう、期待されます。


●補足1:ネアンデルタール人と現生人類との間の形態学的違い

 ネアンデルタール人は大きな脳の人類であり、その頭蓋容量は現生人類と重なります。しかし、頭蓋顔面形態では多くの違いがあります。側面では、現生人類の特徴的な丸く球状の形態と比較して、ネアンデルタール人の頭蓋は細長くて低くなっています(関連記事)。ネアンデルタール人の頭蓋骨後部の後頭骨には、中央部に位置する窪み(イニオン上窩)とともに、イニオンもしくは後頭髷として知られる顕著な突出があります。ネアンデルタール人の顔面も独特で、顔面中部の顎前突により特徴づけられ、顔面中部は上顎洞拡大のため前方に突出しています。これは、現生人類における平坦な顔面の輪郭と対照的です。ネアンデルタール人の顔面は、より顕著で連続的な眼窩上隆起(眉隆)、長くて薄い頬骨弓、頤の欠如、第三大臼歯と下顎枝との間の臼歯後方間隙のある広い下顎、中耳骨の独特な形態(関連記事)、楕円形の大後頭孔によっても特徴づけられます。

 ネアンデルタール人の切歯は唇側に凸状で、シャベル型であり、舌側結節により特徴づけられます。ネアンデルタール人の大臼歯は長髄歯で、融合した歯根と拡大した歯髄腔があります。生体力学的分析では、長髄歯は歯の圧力に耐えることに顕著な違いをもたらさず、代わりに、経時的な歯の摩耗を減少させるよう進化してきたか、単純に遺伝的浮動の副産物として発生したかもしれない、と示唆されます。さらに、ネアンデルタール人の大臼歯はEDJ(象牙質とエナメル質の接合部)で表面積が大きく、それが、より速い歯の成熟につながる、生存中の鉱物沈着とエナメル質形成に影響を及ぼすかもしれません。ネアンデルタール人のEDJの複雑性増加は、ほとんどのネアンデルタール人の下顎大臼歯では見られるものの、現生人類では稀な、中間の下顎臼歯の三錐頂部として知られる隆起の存在にも寄与しているかもしれません。

 ネアンデルタール人と現生人類は根本的に異なる身体比を示します(補足図1)。ネアンデルタール人は一般的に現生人類よりずんぐりしており、骨格は華奢ではなく、四肢がより短く、関節はより広くなっています。さらに、ネアンデルタール人の胸部は胸郭がより広い独特な樽型ですが、これは胸部容積の顕著な違いを反映していないようです(関連記事)。ネアンデルタール人の骨盤は、広がる腸骨と細長い恥骨枝により特徴づけられ、それらは比較的短くい四肢とともに、歩行や姿勢の違いをもたらしたかもしれません。ネアンデルタール人女性には現生人類の女性より広い骨盤入口もあり、新生児の頭蓋容量増加に対応していたかもしれません(関連記事)。以下は本論文の補足図1です。
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 現生人類のように、ネアンデルタール人の表現型は計量および非計量(定性的)形質に変異性を示します。ネアンデルタール人と現生人類との間の形態学的違いについて単純な理由はなく、ほとんどの推測は頭蓋顔面の解剖学的構造に集中しています。たとえば、独特な鼻の形態やよりずんぐりした身体やより短い四肢など、一部のネアンデルタール人の特徴は、より寒冷な気候への適応を反映しているかもしれません。あるいは、ネアンデルタール人の頭蓋の特徴は、強くて長期の咀嚼圧力を反映しているかもしれませんが、他の研究者は、ネアンデルタール人の頭蓋の特徴は少なくとも部分的には遺伝的浮動に起因するかもしれない、と示唆します。いずれにしても、ネアンデルタール人と現生人類との間の骨格形態の違いは、根底にある遺伝的特徴を反映しており、生態学と行動学と生活史の軌跡における違いを表しています。


●補足2:ネアンデルタール人からの遺伝子移入と脳の形態

 現生【非ヒト】霊長類と現代人の比較は、ヒト上科(類人猿)で共有されているか、ヒト固有の発生と頭蓋発達のパターンに関する情報をもたらしました。しかし、現代人とネアンデルタール人との間の違い(補足図2)をよりよく識別するには、化石化した頭蓋内遺骸の分析に向かわねばなりません。ヒトとネアンデルタール人はほぼ同じ脳の大きさを示しますが、先行研究は、ネアンデルタール人系統には存在しないように見える、生後の脳発達における球状化の段階を識別しました。発達段階の進展における頭蓋内鋳型の再構築を用いて、その研究が明らかにしたのは、ヒトとネアンデルタール人は誕生時には類似の脳容積を示すものの、ネアンデルタール人の脳硬膜だけが生後の後期段階から成人まで、細長い形態を維持する、ということです。メズマイスカヤ洞窟で発見された新生児の頭蓋骨の追加と、地理的形態計測を用いた仮想復元法は、これらの結果を裏づけました。以下は本論文の補足図2です。
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 古人類学と遺伝学と現代の神経学的手法の統合は、人類の頭蓋内進化の理解をさらに深めました。先行研究(関連記事)は、学際的手法を用いて頭蓋球状化の根底にある分子的基盤を調べ、ネアンデルタール人からの遺伝子移入が現代人の頭蓋内形態にどのように寄与している可能性があるのか、理解しました。現生人類(下)とネアンデルタール人(上)の頭蓋(補足図2)のCT走査が用いられて、頭蓋内球状化の要約計量が開発され、これは次に何千人もの成人のMRIに適用されました。これらMRI走査と遺伝子型データとネアンデルタール人からの遺伝子移入のゲノム規模地図を用いての追加の分析は、現代人における頭蓋内球状化の減少と関連する、1番および18番染色体上のネアンデルタール人アレルを特定しました。これらネアンデルタール人のアレルは、新皮質の神経細胞の発達に関わるUBR4と、脳の成長および髄鞘形成に関わるシグナル伝達経路をコードするPHLPP1という2つの遺伝子の発現に影響を及ぼす、eQTLを含みます。これは、現代人の頭蓋内形態の根底にあるかもしれない神経解剖学的変化への新たな洞察を提供します。


参考文献:
Reilly PF. et al.(2022): The contribution of Neanderthal introgression to modern human traits. Current Biology, 32, 18, R970–R983.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.08.027

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