ブリテン島における後期氷期旧石器時代人類の遺伝的構成(追記有)

 人間進化研究ヨーロッパ協会第12回総会で、ブリテン島における後期氷期旧石器時代人類の遺伝的構成に関する研究(Charlton et al., 2022)が報告されました。この研究の要約はPDFファイルで読めます(P24)。以下、年代は暦年代です。近年、多数の研究でユーラシア西部における最初期ヒト集団の一部の遺伝的歴史が調べられ、農耕出現のずっと前の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の大きな変化が明らかにされています。そうした大きな遺伝的変化の一つは、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)末と完新世(11700年前頃以降)開始との間の、後期氷期において起きました。LGMには陸地の約2/3が氷に覆われ、その後急速に氷河が後退し、LGM後のヒト集団の拡大の最北西端に位置するブリテン島は、上部旧石器時代後期の人口集団を研究できる、独特な環境状況を提供します。しかし、これまでヒト骨格資料が少ないため、ブリテン島の上部旧石器時代個体から遺伝的データは得られていませんでした。

 ゴフ洞窟(Gough’s Cave)とケンドリック洞窟(Kendrick’s Cave)は、ヒト骨格遺骸が回収されたブリテン島の計6ヶ所の遺跡のうち2ヶ所を表しています。この2ヶ所の遺跡は時代が近いものの、その埋葬慣行には際立った違いを示します。ケンドリック洞窟が埋葬遺跡として解釈されてきたのに対して、ゴフ洞窟のヒト遺骸は、食人の証拠として解釈されてきた広範なヒト骨格の変化を示します。

 15100~14850年前頃と年代測定されているゴフ洞窟のヒト側頭骨と、13800~13350年前頃と年代測定されているケンドリック洞窟の下顎第一大臼歯が、下流DNA分析の標的とされました。ひじょうに短いDNA断片回収のため設計された実施要綱の修正版を使って、DNAの抽出に27~30mgの骨もしくは歯の粉末が用いられました。合計で16点の二重鎖と二重指標付けされたDNAライブラリが、HiSeq 4000イルミナ社プラットフォームで調整され、配列されました(100塩基対×2)。

 2個体の完全なミトコンドリアゲノムが54倍と35倍の網羅率で再構築されました。ゴフ洞窟個体のミトコンドリアゲノムはミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)U8aで、ケンドリック洞窟個体のmtHgはU5a2です。mtHg-U8aは以前にはブリテン島の初期先史時代個体では検出されていませんが、ヨーロッパの他のマグダレニアン(Magdalenian)関連個体では特定されてきました。さらに、ショットガン配列決定により、ゴフ洞窟とケンドリック洞窟の個体から合計でそれぞれ6700万および6000万の核DNA断片が回収され、平均ゲノム網羅率は、それぞれ0.53倍と0.48倍に達しました。X染色体およびY染色体と一致するDNA断片の数の比較により、ゴフ洞窟の個体は女性で、ケンドリック洞窟の個体は男性と判断されました。

 さらに、ゴフ洞窟とケンドリック洞窟の個体の核DNAデータが、古代人および現代人のより広範な一式と比較されました。f統計とqpWaveおよびqpAdmでの混合モデル化を用いて、ゴフ洞窟個体はその遺伝的祖先系統の全てが、スペインのエル・ミロン洞窟(El Mirón Cave)やベルギーのゴイエット(Goyet)の第三洞窟(Troisième caverne)などの遺跡の個体と密接に関わっている、ほぼマグダレニアン(マドレーヌ文化)と関連する個体にたどれる、と分かりました。対照的に、ケンドリック洞窟個体は、その祖先系統が、後期氷期においてヨーロッパ全域に拡大した集団にたどれます。この集団はマグダレニアン関連個体の祖先系統を置換し、イタリアのヴィラブルナ洞窟(Villabruna Cave)などの遺跡の個体群に代表されます(関連記事)。まとめると、これらの結果は、埋葬慣行も異なり、わずか600年程度の違いしかないかもしれない、後期氷期のブリテン島における遺伝的に異なる2つのヒト集団の存在を示唆しています。


参考文献:
Charlton C. et al.(2022): Dual genetic ancestries of the Late Glacial Palaeolithic in Britain. The 12th Annual ESHE Meeting.


追記(2022年10月30日)
 本論文が『ネイチャー』本誌に掲載されたので、当ブログで取り上げました(関連記事)。

この記事へのコメント