ヒトの腸由来の古代の微生物ゲノム

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、ヒトの腸由来の古代の微生物ゲノムに関する研究(Wibowo et al., 2021)が報道(Olm, and Sonnenburg., 2021)されました。工業社会集団における腸内微生物の多様性の喪失はヒトの代謝や免疫系の生物学的挙動に大きな影響を与え、慢性疾患と関連づけられており、現代人の祖先の腸内マイクロバイオーム(微生物叢)を研究する重要性が浮き彫りになっています。しかし、腸内微生物叢は外国への移住や抗生物質による治療など、特定の出来事によって数日~数ヶ月で劇的に変容することがあります。

 「VANISH分類群」と呼ばれ、不安定だったり人類の工業化社会と負の関係を示したりするある種の幅広い細菌集団は、現在でも伝統的な生活様式を維持する先住民集団ではきわめて広範に認められますが、工業化した集団では存在するとしてもごく少なく、一方、都市化や現代化した社会で大繁殖したり選択されたりする「BloSSUM分類群」は逆のパターンを示します。工業化以前のヒトの腸内微生物叢の組成については、比較的わずかしか知られておらず、現代の非工業化集団と類似しているのかどうか、分かっていません。

 この研究は、古糞便(palaeofaeces)に由来する微生物ゲノムの大規模な「de novo assembly(参照配列を必要としない配列貼り合わせ)」を行ないました。アメリカ合衆国南西部およびメキシコで収集された古糞便試料15点のうち7点は、DNAの質が低かったり土壌からの汚染の証拠があったりしたか、あるいは試料がイヌ由来のものだと判明したため、その後の分析から除外されました。こうして、糞便中に含まれる食物残渣の検鏡結果やミトコンドリアDNA(mtDNA)でもヒトの古糞便であると確証された8点の試料(放射性炭素年代測定法で2000~1000年前頃)には保存状態の良好なDNAが含まれており、古代DNAに見られる分解を示す明確な特徴が見られました。これらの試料に基づいて中品質および高品質の微生物ゲノム計498例が再構築されました。ヒトの腸を起源とし、かつそれが太古のものであることを示す証拠が最も強力だったのは181例のゲノムで、そのうち39%は、これまで報告されたことのない種水準のゲノム断片でした。

 チップ年代推定(tip dating)からは、ヒトの主要な共生微生物(Methanobrevibacter smithii)について、多様化のおおよその時系列が示唆されました。8ヶ国で集められた現在のヒトの腸内微生物叢試料789例との比較により、これらの古糞便試料が、工業社会のヒトの腸内微生物叢よりも、非工業社会のヒトの腸内微生物叢に類似している、と示されました(図1b)。以下は本論文の図1です。
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 たとえば、工業化集団では失われたと示されているスピロヘータ科の微生物種(Treponema succinifaciens)が古糞便中に存在し、工業化集団の試料には存在せず非工業化集団の試料には広く存在している他のVANISH分類群でも、同様の結果が示されたのに対して、ヒトの粘液を分解する種(Akkermansia muciniphila)などの「BloSSUM分類群」は、非工業化集団の試料や古糞便よりも工業化集団の試料の方が多い、と示されました。これは、西洋型の食事との関連が指摘されており、西洋型の食事には多くの場合、かつて腸内に多く存在していた食物繊維分解性の微生物種を維持できるだけの充分な量の食物繊維が含まれていない、というわけです。これらのつまり、非工業化集団の腸内微生物叢の特徴は工業化以前の古代人と似ており、工業化集団はこうした微生物的特徴から外れている、というわけです。

 また、抗生物質耐性遺伝子は古糞便と比較して古代人よりも現代人の方が多く、それは工業化集団でも非工業化集団でも同様でした。これは、古代の微生物が抗生物質使用以前の時代のものであることと合致しています。一方、古糞便には、キチンを分解できるタンパク質の遺伝子が広く確認されました。キチンは昆虫の外骨格を構成する分子で、昆虫は古代人の食物の構成要素だったので、ヒトが昆虫を食べていたことと整合的です。じっさい、昆虫の摂取は、古糞便中の材料の検鏡分析によって裏づけられました。

 現在の工業国の集団と非工業国の集団の比較から、工業国の生活習慣が、腸内微生物叢の多様性の低下と、肥満や自己免疫疾患などの慢性疾患の発症率の増加と関連している、と示されています。こうした研究は、太古の微生物叢に由来する、これまで報告されていなかった腸内微生物の発見や特徴づけ、および古糞便に基づくゲノム再構築を通したヒト腸内微生物叢の進化史の探索を促進するでしょう。古代人の微生物叢については、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)でも歯石から口腔内のものが推測されており(関連記事)、今後の研究の進展が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


微生物学:古代の糞便に、ヒトの腸マイクロバイオームに関する情報が豊富に含まれていた

 北米で発見された古代の糞便の分析から、過去2000年間にヒトの腸マイクロバイオームに顕著な変化が生じていたことが明らかになったと報告する論文が、今週、Nature に掲載される。この変化は、産業革命以前の食事と現代の食事の違いを反映しており、抗生物質耐性遺伝子の増加を明確に示しており、腸マイクロバイオームの構成が慢性疾患の発症とどのように結び付くのかを説明できるかもしれない。

 現在の工業国の集団と非工業国の集団の比較から、工業国の生活習慣が、腸マイクロバイオームの多様性の低下と、肥満や自己免疫疾患などの慢性疾患の発症率の増加と関連していることが明らかになっている。しかし、保存状態の良好なDNAの入手は困難であり、産業革命以前の腸内微生物に関するデータがほとんどないため、腸マイクロバイオームの長期にわたる進化に関しては解明が進んでいない。

 このほど、米国南西部とメキシコの岩窟住居遺跡で発見され、本物であることが確認された、約1000~2000年前の保存状態の良好なヒト糞便標本8点について、詳細な遺伝子解析が行われ、新たな知見が得られた。Aleksandar Kosticたちの研究チームは、これらの標本から498の微生物ゲノムを再構築し、そのうち181が古代のヒトの腸に由来することを示す強力な証拠を得た。Kosticたちは、これらのゲノムのうち61が、過去に研究報告のないことも明らかにした。これは、現代のヒト集団に見られる微生物種と異なる種が存在していたことを示している。Kosticたちは、これらのゲノムと現在の工業国と非工業国の集団から採取した試料のゲノムの比較を行い、産業革命以前の古代のゲノムが、非工業国の集団の腸マイクロバイオームにより類似していることを明らかにした。

 古代の標本と非工業国の試料には、デンプンの代謝に関連する遺伝子が豊富に含まれており、これは、現代の工業国の集団と比べて、複合糖質の消費量が多かったためと考えられる。また、現在の工業国の集団と非工業国の集団から採集した試料には、古代の標本と比べて、抗生物質耐性遺伝子が豊富に含まれていた。こうした知見は、ヒトマイクロバイオームの進化の歴史を解明する手掛かりであり、健康と疾患における微生物相の関与を解明する際に役立つと考えられる。


微生物学:ヒトの腸由来の太古の微生物ゲノムの再構築

微生物学:太古の腸内マイクロバイオーム

 ヒトの工業社会の生活様式への移行と腸内微生物の多様性の喪失は同時に起こっており、そうした腸内微生物の多様性の低下が、特に西洋の集団で、いくつかの慢性疾患と関連付けられることを示唆する証拠が増えてきている。しかし、ヒトの遺骸は保存状態が不十分であることが多く、研究が難しいために、我々の祖先の腸内マイクロバイオームについての手掛かりを得るのは特に困難である。A Kosticたちは今回、ヒトの古糞便(palaeofaeces)であると確証された、1000〜2000年前の試料に由来する微生物ゲノムの大規模なde novoアセンブリを行っている。これらの古糞便試料は、米国南西部およびメキシコの岩陰遺跡で発見された、保存状態の極めて良好なもので、今回の研究では、ヒトの腸内マイクロバイオームの進化史について他に類のない手掛かりが得られただけでなく、現代のヒトでは失われていると見られる共生微生物が新たに複数種特定された。



参考文献:
Olm MR, and Sonnenburg R.(2021): Ancient human faeces reveal gut microbes of the past. Nature, 594, 7862, 182–183.
https://doi.org/10.1038/d41586-021-01266-7

Wibowo MC. et al.(2021): Reconstruction of ancient microbial genomes from the human gut. Nature, 594, 7862, 234–239.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03532-0

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