森恒二『創世のタイガ』第10巻(講談社)

 本書は2022年9月に刊行されました。第10巻は、主人公たち現生人類(Homo sapiens)側とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)側(とはいっても、その指導者は第二次世界大戦の戦場(ドイツとフランスの国境付近)から来たドイツ人ですが)との戦いを中心に描かれました。これまで、現生人類側は盾を持っておりネアンデルタール人側に対して優位に立っていましたが、ネアンデルタール人も盾を装備していた、とカシンが報告します。リクはさまざまな武器を考案し、それが殺人のためであることに悩みつつも、仲間を守るために武器を作り続ける、と決心し、タイガもアラタも同心します。

 ネアンデルタール人側では、第二次世界大戦の戦場からやって来たドイツ人の兵士5名(隊長のクラウスと、ヴォルフとデニスとゲオルグとアヒム)のうち、存命なのはクラウスだけのようです。このうち、ヴォルフとデニスとゲオルグには息子がおり、おそらくはネアンデルタール人女性との間に生まれたのでしょう。デニス(父)は理性的で穏やかな人物でしたが、その息子は好戦的です。クラウスは、ドイツ人の息子3人を王として、この太古(タイガやクラウスなどの視点では)の世界を治めよう、と構想しているようです。クラウスは、ヴォルフの言う通り、太古の無垢な世界で、純粋な血統の民族による支配を理想としました。一つの世界に一つの民族と一つの神がおり、もう世界は混乱しない、というわけです。

 現生人類側は、カイザたちが前線の砦を守り、ネアンデルタール人の襲撃を受けるなか、アラタとリカコおよびユカとナクムとの結婚式が行なわれます。その直後、カイザたちから烽火で報せを受けたナクムとタイガたちは救援に向かい、アラタはタイガに説得された集落に残ることになります。砦では、カイザが強力な武器で奮闘しますが、ネアンデルタール人側は人数が多く、苦戦します。そこへ援軍が到来し、ナクムは部隊を二手に分け、南から砦を援護し、もう一方は敵を急襲することにし、タイガはティアリとともに急襲部隊に加わります。ネアンデルタール人部隊を指揮するデニス(息子)は、一旦砦の攻撃を中止して包囲に留め、ゲオルグ(息子)にタイガの攻撃を命じます。デニスは、現生人類が強くなった理由はタイガにあると考え、タイガを警戒していました。人数で圧倒されているタイガは、ティアリおよび狼のウルフとともに、戦いつつ逃げ、ティアリと口づけを交わし、ティアリを守ろうと高揚します。タイガとティアリはウルフと弓矢を使いつつ、ネアンデルタール人の追撃を振り切り、集落へと戻ることにします。

 現生人類の集落では、ヴォルフ(息子)が、ネアンデルタール人では最強の戦士と思われるドゥクスを補佐役として、ナクムたちの集落を襲おうとしていました。男性が少ないなか、女性と子供を皆殺しにすることにヴォルフは疑問を抱きますが、王(クラウス)の言葉は絶対だ、とドゥクスは諭します。「色つき(現生人類)」を生かしておけば争いは止まず、世界は混乱してやがて滅びる、というわけです。クラウスが氷期を予言したことで、ネアンデルタール人はクラウスを崇拝し、絶対服従しているようです。ネアンデルタール人の襲撃を、レンは櫓から弓矢で防ぎます。見たことのない武器にヴォルフは困惑し、ドゥクスの進言に従って北から集落へと侵入します。ユカも逃げようとするなか、ヴォルフと遭遇します。ユカが「色つき」ではないことから、ヴォルフはユカを捕虜と考えて、救出しようとしますが、ユカは困惑します。ヴォルフはユカの気持ちに気づかず、ユカの手を引いて集落から脱出します。ヴォルフは、ユカと言葉が通じないことから、仲間ではなさそうだと感じ、混血だと推測しますが、そうだとすると、王(クラウス)の命により殺さねばならないことに躊躇します。ヴォルフは暗闇の中で道に迷い、窪みで夜明けを待つことにします。火(Feuer)を熾そうか、と呟くヴォルフを見て、ユカはドイツ語を解さないものの、わずかなドイツ語の知識からヴォルフがドイツ人ではないか、と考えます。凍えるユカにヴォルフは服を渡し、ユカが覚束ないドイツ語で感謝を伝える(Danke schön)と、ヴォルフはユカが「神の言葉(ドイツ語)」を知っていることに驚き、問い質しますが、ユカはドイツ語を解さないので、ドイツ語では返答できません。そこでユカは、ドイツ民謡の「野ばら」を日本語で歌います。ヴォルフは、言葉こそ違うものの、かつて父が歌っていた「野ばら」だと気づき、ドイツ語で歌い始め、二人はやや打ち解けます。ヴォルフは、ユカは特別な女なので何とか連れ帰ろう、と考えます。

 現生人類の集落ではレンが北側に到着し、弓矢でネアンデルタール人を撃退し、そこへタイガとティアリが戻ってきます。一方、砦を包囲されたナクムは、水と食料がほとんどないことから、夜明け後に砦を出て、囲みの薄い場所を一気に突破しようと考えます。夜が明け、ナクムたちは正面の山を目指して突破を図り、何とか砦からの脱出に成功します。ナクムは殿を引き受け、鉄製の斧でネアンデルタール人たちを圧倒します。デニス(息子)はナクムが「色つき(現生人類)」の王だと気づき、「雷の杖(銃)」を持ってくるよう命じます。ゲオルグ(息子)は、神器である「雷の杖」を使うのは自分の命が危機に瀕した時だけで、使える回数も限られている、と諫めますが、ナクムを生かしておけば我々が滅ぶので、我が神の民族繁栄のためだ、と言って銃を手に取り、ナクムを撃ちます。


 第10巻はここまでとなりますが、話が大きく動きそうだと予感させる内容になっており、今後が楽しみです。第二次世界大戦の戦場から太古の世界に来たドイツの軍人5名は、自らを王族として、「理想の世界」を築こうとしています。この5人はおそらくネアンデルタール人を妻としたようですが、そのうち3人に息子が1人ずつ生まれただけのようです。この5人は現役の兵士(クラウスは士官ですが)なのでまだ若いはずですが、子供が少ないのは、現生人類とネアンデルタール人との間の一定以上の生殖不適合が指摘されていること(関連記事)と関連しているのでしょうか。第10巻はナクムが銃撃されたところで終了しましたが、ナクムはこのまま死ぬのかもしれません。ただ、「雷の杖(銃)」を使える回数は限られている、とゲオルグ(息子)が指摘していることから、銃弾は残り少なく、クラウスたちドイツの軍人だった5人は銃の訓練を受けているとしても、その子供の世代は銃の訓練をほとんどできなかった可能性もあり、そうだとすると外れるのかもしれません。ただ、この終わり方からすると、ナクムは銃撃され、仮にこれで死なないとしても重傷を負い、物語が大きく動くかもしれません。

 物語が大きく動きそうな点では、ユカとヴォルフ(息子)との遭遇の方がずっと重要かもしれません。ヴォルフは、「色つき」ではないユカが「王族(ドイツ人)」ではないものの、「神の言葉(ドイツ語)」を知っており、父が「民族の歌」と考えていたらしい「野ばら」をドイツ語ではないとしても日本語(をデニスは全く知らないようですが)で歌ったことで、ユカを「色つき」の集落にいた人間としては特別と考え、ネアンデルタール人側の集落に連れ帰ろうとしています。これにより、恐らくはもう「王」たるクラウスも、感づいているでしょうが、この太古の世界に自分たちと同様に「未来人」がいる、と確信するでしょう。ナチズムを固く信奉するクラウスと、「王族」で強硬派らしいデニス(息子)とゲオルグ(息子)は、タイガたち「未来人」、さらには「色つき」とすぐに和解することはないでしょうが、ヴォルフ(息子)は比較的柔軟な考えのようなので、あるいはネアンデルタール人側と現生人類側との和解もあるかもしれません。今後、両者の関係がどう変わってくるのか、注目されます。なお、第1巻~第9巻までの記事は以下の通りです。

第1巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201708article_27.html

第2巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201801article_28.html

第3巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201806article_42.html

第4巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201810article_57.html

第5巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201905article_44.html

第6巻
https://sicambre.seesaa.net/article/201911article_41.html

第7巻
https://sicambre.seesaa.net/article/202009article_22.html

第8巻
https://sicambre.seesaa.net/article/202105article_2.html

第9巻
https://sicambre.seesaa.net/article/202112article_25.html

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