ネアンデルタール人の彫刻
取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の彫刻に関する研究(Leder et al., 2021)が報道されました。アフリカやユーラシア大陸の初期現生人類(Homo sapiens)には、芸術や象徴的行動に関する多くの証拠がありますが、現生人類と近縁のネアンデルタール人に関する同様の証拠は少なく、論争になることが多くあります。そのため、ネアンデルタール人の認知能力を理解するには、個々の新たな発見がひじょうに重要です。
この研究は、ドイツ北部のアインホルンヘーレ(Einhornhöhle)の旧洞窟入口で発見された、放射性炭素年代測定で少なくとも51000年以上前の彫刻が施されたギガンテウスオオツノジカ(Megaloceros giganteus)の指骨について報告します。アインホルンヘーレ旧洞窟では2014年から発掘調査が続いており、その内部や周囲では多数の遺物が出土し、ネアンデルタール人および初期現生人類(Homo sapiens)と関連づけられています。しかし、この指骨の年代は現生人類がヨーロッパ中央部に到来する前の51000年以上前で、明らかにネアンデルタール人と関連する中部旧石器時代の文脈で発見されました。そのため、ネアンデルタール人の所産と考えられます。
この指骨(第2関節)には、積み重なった山形紋の模様が刻み込まれています。顕微鏡による分析と実験による再現から、この骨はまず煮て軟らかくした後に彫られた、と示唆されました。この指骨では各線が山形紋の模様に刻まれており、概念的想像が窺えるだけではなく、当時のアルプス以北ではギガンテウスオオツノジカが珍しい存在であったことからも、象徴的な意味がある、と考えられます。ネアンデルタール人が象徴的な意味を認識していた可能性はさらに高くなった、というわけです。この研究は、現生人類がヨーロッパ中央部に到達する以前に、ネアンデルタール人には象徴的表現を作り出す能力があり、実行していた証拠になる、と結論づけています。
ただ、5万年以上前となる現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の証拠(関連記事)から、現生人類とネアンデルタール人の間には知識に関しても古くから同様の交換が行なわれており、それが山形紋模様の刻まれた巨大なシカの指骨に影響した可能性を排除できない、とこの研究に関わっていないベッロ(Silvia Bello)氏は指摘します。一方でベッロ氏は、学習する能力、技術革新を自身の文化に取り込む能力、新たな技術や抽象概念に適応する能力は、行動の複雑さの要素として認めるべきで、この彫刻が施されたシカの骨により、ネアンデルタール人の行動はさらに現生人類の「現代的行動」に近づいた、とも指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
考古学:ネアンデルタール人が彫刻を施した5万1000年前の巨大シカの骨
ネアンデルタール人が彫刻を施した5万1000年前の骨が発見され、Nature Ecology & Evolution に掲載される論文で発表される。この発見により、ネアンデルタール人の高度な象徴的行動の証拠がまた増えることとなった。
芸術や象徴的行動の事例は、アフリカおよびユーラシアの各地で、初期のホモ・サピエンス(Homo sapiens)に広く見いだされている。しかし、人類に近縁の絶滅種であるネアンデルタール人に関しては、認知能力を明らかにする可能性のある類似の証拠が見つかっていない。
Dirk Leder、Thomas Terbergerたちは今回、放射性炭素年代測定法で5万1000年以上前のものとされた巨大シカの指の骨を発見したことを報告している。その骨はドイツ北部のアインホルンヘーレのかつての洞窟の入り口で発見されたもので、積み重なった山形紋の模様が刻み込まれている。顕微鏡による分析と実験による再現から、その骨はまず煮て軟らかくした後に彫られたことが示唆された。線の1本1本が山形紋の模様に刻まれていることから概念的想像がうかがわれるのみならず、当時のアルプス北方にはそのシカが珍しい存在であったことからも、その彫刻には象徴的な意味があるという見方が支持される。
著者たちは、彫刻を施された骨は、ホモ・サピエンスが中央ヨーロッパに到達する前に、ネアンデルタール人が象徴的行動を取っていたという証拠になると結論付けている。しかし、同時掲載のNews & ViewsではSilvia Belloが、5万年以上前にネアンデルタール人と現生人類の間で遺伝子の交換が行われていた証拠があることを考えると、「現生人類集団とネアンデルタール人集団の間では、知識に関しても古くから同様の交換が行われていて、それがアインホルンヘーレの彫刻物の制作に影響した可能性を排除することはできない」と述べている。ただし、彼女は「学習する能力、イノベーションを自分自身の文化に取り込む能力、そして新しい技術や抽象概念に適応する能力は、行動の複雑さの要素として認めるべき」であり、「彫刻が施されたアインホルンヘーレの骨によって、ネアンデルタール人の行動はさらにホモ・サピエンスの現代的行動に近付いた」とも述べている。
参考文献:
Leder D. et al.(2021): IA 51,000-year-old engraved bone reveals Neanderthals’ capacity for symbolic behaviour. Nature Ecology & Evolution, 5, 9, 1273–1282.
https://doi.org/10.1038/s41559-021-01487-z
この研究は、ドイツ北部のアインホルンヘーレ(Einhornhöhle)の旧洞窟入口で発見された、放射性炭素年代測定で少なくとも51000年以上前の彫刻が施されたギガンテウスオオツノジカ(Megaloceros giganteus)の指骨について報告します。アインホルンヘーレ旧洞窟では2014年から発掘調査が続いており、その内部や周囲では多数の遺物が出土し、ネアンデルタール人および初期現生人類(Homo sapiens)と関連づけられています。しかし、この指骨の年代は現生人類がヨーロッパ中央部に到来する前の51000年以上前で、明らかにネアンデルタール人と関連する中部旧石器時代の文脈で発見されました。そのため、ネアンデルタール人の所産と考えられます。
この指骨(第2関節)には、積み重なった山形紋の模様が刻み込まれています。顕微鏡による分析と実験による再現から、この骨はまず煮て軟らかくした後に彫られた、と示唆されました。この指骨では各線が山形紋の模様に刻まれており、概念的想像が窺えるだけではなく、当時のアルプス以北ではギガンテウスオオツノジカが珍しい存在であったことからも、象徴的な意味がある、と考えられます。ネアンデルタール人が象徴的な意味を認識していた可能性はさらに高くなった、というわけです。この研究は、現生人類がヨーロッパ中央部に到達する以前に、ネアンデルタール人には象徴的表現を作り出す能力があり、実行していた証拠になる、と結論づけています。
ただ、5万年以上前となる現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の証拠(関連記事)から、現生人類とネアンデルタール人の間には知識に関しても古くから同様の交換が行なわれており、それが山形紋模様の刻まれた巨大なシカの指骨に影響した可能性を排除できない、とこの研究に関わっていないベッロ(Silvia Bello)氏は指摘します。一方でベッロ氏は、学習する能力、技術革新を自身の文化に取り込む能力、新たな技術や抽象概念に適応する能力は、行動の複雑さの要素として認めるべきで、この彫刻が施されたシカの骨により、ネアンデルタール人の行動はさらに現生人類の「現代的行動」に近づいた、とも指摘しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
考古学:ネアンデルタール人が彫刻を施した5万1000年前の巨大シカの骨
ネアンデルタール人が彫刻を施した5万1000年前の骨が発見され、Nature Ecology & Evolution に掲載される論文で発表される。この発見により、ネアンデルタール人の高度な象徴的行動の証拠がまた増えることとなった。
芸術や象徴的行動の事例は、アフリカおよびユーラシアの各地で、初期のホモ・サピエンス(Homo sapiens)に広く見いだされている。しかし、人類に近縁の絶滅種であるネアンデルタール人に関しては、認知能力を明らかにする可能性のある類似の証拠が見つかっていない。
Dirk Leder、Thomas Terbergerたちは今回、放射性炭素年代測定法で5万1000年以上前のものとされた巨大シカの指の骨を発見したことを報告している。その骨はドイツ北部のアインホルンヘーレのかつての洞窟の入り口で発見されたもので、積み重なった山形紋の模様が刻み込まれている。顕微鏡による分析と実験による再現から、その骨はまず煮て軟らかくした後に彫られたことが示唆された。線の1本1本が山形紋の模様に刻まれていることから概念的想像がうかがわれるのみならず、当時のアルプス北方にはそのシカが珍しい存在であったことからも、その彫刻には象徴的な意味があるという見方が支持される。
著者たちは、彫刻を施された骨は、ホモ・サピエンスが中央ヨーロッパに到達する前に、ネアンデルタール人が象徴的行動を取っていたという証拠になると結論付けている。しかし、同時掲載のNews & ViewsではSilvia Belloが、5万年以上前にネアンデルタール人と現生人類の間で遺伝子の交換が行われていた証拠があることを考えると、「現生人類集団とネアンデルタール人集団の間では、知識に関しても古くから同様の交換が行われていて、それがアインホルンヘーレの彫刻物の制作に影響した可能性を排除することはできない」と述べている。ただし、彼女は「学習する能力、イノベーションを自分自身の文化に取り込む能力、そして新しい技術や抽象概念に適応する能力は、行動の複雑さの要素として認めるべき」であり、「彫刻が施されたアインホルンヘーレの骨によって、ネアンデルタール人の行動はさらにホモ・サピエンスの現代的行動に近付いた」とも述べている。
参考文献:
Leder D. et al.(2021): IA 51,000-year-old engraved bone reveals Neanderthals’ capacity for symbolic behaviour. Nature Ecology & Evolution, 5, 9, 1273–1282.
https://doi.org/10.1038/s41559-021-01487-z
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