ボルネオ島の後期更新世人類遺骸の外科的切断の痕跡
ボルネオ島のインドネシア領となる東カリマンタン州のリャン・テボ(Liang Tebo)洞窟(図1)で発見された後期更新世現生人類(Homo sapiens)遺骸の外科的切断の痕跡を報告した研究(Maloney et al., 2022)が公表されました。医学の発展に関しては、1万年前頃となる定住農耕社会の出現(いわゆる新石器革命)によって、それまで非定住性の狩猟採集集団には知られていなかった数々の健康問題が生じ、それが先史時代の医療行為における最初の大革新をもたらした、という考えが一般的です。以下は本論文の図1です。
そうした変化には先進的な外科処置の発達が含まれ、「手術」が行なわれたことを示す既知の最古の証拠はこれまで、フランスのビュティエ–ブランクール(Buthiers-Boulancourt)遺跡で発見された、左前腕が外科的に切除されて部分的に治癒した、新石器時代農耕民の骨格遺骸と考えられてきました。7000年前頃と推定される、この広く認められている切断例には、ヒトの解剖学と外科衛生に関する包括的な知識および相当の技術的熟練を要したと考えられるので、この事例は複雑な医療行為を示す最古の証拠と見なされてきました。現代の臨床開発(消毒薬など)がなされるまでの時代は、切断手術を受けた人のほとんどが失血、ショックあるいはその後の感染症で死亡していました。この研究は、リャン・テボ洞窟で発見された、おそらく小児期に左下腿の末端側1/3が外科的に切断された、少なくとも31000年前頃となる若者の骨格遺骸を報告します(図2)。以下は本論文の図2です。
この個体はこうした処置を生き延びてさらに6~9年生存し、その遺骸が埋葬されました。本論文は、この手術を実施した者には、致命的な失血や感染を防ぐため、四肢の構造や筋肉や血管に関する詳細な知識があったに違いない、と考える一方で、この左下肢の切断が、動物の攻撃や事故によるものである可能性は低い、と推測します。それは、動物の攻撃や事故であれば、粉砕骨折を起こすのが通常だからです。この若年個体は、手術後に丁寧な治療を受け、丁重に埋葬されたことから、この手術が懲罰として行われたとは考えにくい、と本論文は指摘します。以下はこの手術を受けた若年個体の想像図です。
リャン・テボ洞窟は、世界最古級とされる洞窟芸術が発見されている石灰岩カルスト地域(関連記事)に位置します。肢の切断の成功を示すこの予想外に古い証拠は、熱帯アジアの初期現生人類狩猟採集民集団の少なくとも一部が、新石器時代の農耕への移行のはるか前に、高度な医療知識と技術を発達させていた、と示唆します。熱帯地域は創傷感染率が高いため、ボルネオの豊かな植物生物多様性の薬効特性を利用した新規医薬品(消毒薬など)の開発が促進されたかもしれない、と本論文は指摘します。ボルネオ島への現生人類の到来年代については、50000~45000年前頃にさかのぼる可能性が指摘されています(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
人類学:ボルネオ島で発見された最古の外科的な肢切断の証拠
インドネシアのボルネオ島で発見され約3万1000年前のものとされた人骨について、左足が外科的に切断されており、本人は回復していたという研究報告を示した論文が、Nature に掲載される。この研究知見は、熱帯アジアで高度な外科的処置が実施され、現存する記録よりも数千年も前のことだったことを示唆している。
切断術を行うためには、人体組織と外科衛生に関する広範な知識と相当程度の技術的熟練が必要とされる。現代の臨床開発(消毒薬など)がなされるまでの時代は、切断手術を受けた人のほとんどが失血、ショックあるいはその後の感染症で死亡していた。これまでに知られている最古の複雑な手術は、新石器時代の約7000年前にフランスの農民が受けた左前腕切断術で、部分的に治癒していた。
今回、Tim Maloneyたちは、少なくとも3万1000年前、おそらく子どもの頃に左下肢の下3分の1を外科的に切断する手術を受けたボルネオ島の若年者の骨格遺物が発見されたことを報告している。この若年者は、手術後も6~9年間生き続けた後、東カリマンタン州にあるリアンタボ鍾乳洞内に埋葬されたことが分かった。Maloneyたちは、この手術を実施した者は、致命的な失血や感染を防ぐために、四肢の構造、筋肉、血管に関する詳細な知識を持っていたに違いないと考える一方で、この左下肢の切断が、動物の攻撃や事故によるものである可能性は低いとする。動物の攻撃や事故であれば、粉砕骨折を起こすのが通常だからだ。この若年者は、手術後に丁寧な治療を受け、丁重に埋葬されたことからは、この手術が懲罰として行われたとは考えにくい。
今回の研究で得られた知見は、後期更新世にアジアの熱帯雨林環境で生活していた初期現生人類の採餌グループの一部が、高度な医学知識と技能を身につけていたことを示唆している。熱帯地域は創傷感染率が高いため、ボルネオの豊かな植物生物多様性の薬効特性を利用した新規医薬品(消毒薬など)の開発が促進された可能性があるとMaloneyたちは述べている。
医学:ボルネオ島における3万1000年前の肢の外科的切断
医学:時代を大きくさかのぼる人類最古の手術の証拠
今回、ボルネオ島で発見された約3万1000年前のヒト骨格から、この若者が、おそらく小児期に左足を意図的に切断され、その後回復していたことが明らかになった。この年代は、これまで最古の手術を示すとされていた証拠の年代を大きくさかのぼるものである。
参考文献:
Maloney TR. et al.(2022): Surgical amputation of a limb 31,000 years ago in Borneo. Nature, 609, 7927, 547–551.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05160-8
そうした変化には先進的な外科処置の発達が含まれ、「手術」が行なわれたことを示す既知の最古の証拠はこれまで、フランスのビュティエ–ブランクール(Buthiers-Boulancourt)遺跡で発見された、左前腕が外科的に切除されて部分的に治癒した、新石器時代農耕民の骨格遺骸と考えられてきました。7000年前頃と推定される、この広く認められている切断例には、ヒトの解剖学と外科衛生に関する包括的な知識および相当の技術的熟練を要したと考えられるので、この事例は複雑な医療行為を示す最古の証拠と見なされてきました。現代の臨床開発(消毒薬など)がなされるまでの時代は、切断手術を受けた人のほとんどが失血、ショックあるいはその後の感染症で死亡していました。この研究は、リャン・テボ洞窟で発見された、おそらく小児期に左下腿の末端側1/3が外科的に切断された、少なくとも31000年前頃となる若者の骨格遺骸を報告します(図2)。以下は本論文の図2です。
この個体はこうした処置を生き延びてさらに6~9年生存し、その遺骸が埋葬されました。本論文は、この手術を実施した者には、致命的な失血や感染を防ぐため、四肢の構造や筋肉や血管に関する詳細な知識があったに違いない、と考える一方で、この左下肢の切断が、動物の攻撃や事故によるものである可能性は低い、と推測します。それは、動物の攻撃や事故であれば、粉砕骨折を起こすのが通常だからです。この若年個体は、手術後に丁寧な治療を受け、丁重に埋葬されたことから、この手術が懲罰として行われたとは考えにくい、と本論文は指摘します。以下はこの手術を受けた若年個体の想像図です。
リャン・テボ洞窟は、世界最古級とされる洞窟芸術が発見されている石灰岩カルスト地域(関連記事)に位置します。肢の切断の成功を示すこの予想外に古い証拠は、熱帯アジアの初期現生人類狩猟採集民集団の少なくとも一部が、新石器時代の農耕への移行のはるか前に、高度な医療知識と技術を発達させていた、と示唆します。熱帯地域は創傷感染率が高いため、ボルネオの豊かな植物生物多様性の薬効特性を利用した新規医薬品(消毒薬など)の開発が促進されたかもしれない、と本論文は指摘します。ボルネオ島への現生人類の到来年代については、50000~45000年前頃にさかのぼる可能性が指摘されています(関連記事)。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
人類学:ボルネオ島で発見された最古の外科的な肢切断の証拠
インドネシアのボルネオ島で発見され約3万1000年前のものとされた人骨について、左足が外科的に切断されており、本人は回復していたという研究報告を示した論文が、Nature に掲載される。この研究知見は、熱帯アジアで高度な外科的処置が実施され、現存する記録よりも数千年も前のことだったことを示唆している。
切断術を行うためには、人体組織と外科衛生に関する広範な知識と相当程度の技術的熟練が必要とされる。現代の臨床開発(消毒薬など)がなされるまでの時代は、切断手術を受けた人のほとんどが失血、ショックあるいはその後の感染症で死亡していた。これまでに知られている最古の複雑な手術は、新石器時代の約7000年前にフランスの農民が受けた左前腕切断術で、部分的に治癒していた。
今回、Tim Maloneyたちは、少なくとも3万1000年前、おそらく子どもの頃に左下肢の下3分の1を外科的に切断する手術を受けたボルネオ島の若年者の骨格遺物が発見されたことを報告している。この若年者は、手術後も6~9年間生き続けた後、東カリマンタン州にあるリアンタボ鍾乳洞内に埋葬されたことが分かった。Maloneyたちは、この手術を実施した者は、致命的な失血や感染を防ぐために、四肢の構造、筋肉、血管に関する詳細な知識を持っていたに違いないと考える一方で、この左下肢の切断が、動物の攻撃や事故によるものである可能性は低いとする。動物の攻撃や事故であれば、粉砕骨折を起こすのが通常だからだ。この若年者は、手術後に丁寧な治療を受け、丁重に埋葬されたことからは、この手術が懲罰として行われたとは考えにくい。
今回の研究で得られた知見は、後期更新世にアジアの熱帯雨林環境で生活していた初期現生人類の採餌グループの一部が、高度な医学知識と技能を身につけていたことを示唆している。熱帯地域は創傷感染率が高いため、ボルネオの豊かな植物生物多様性の薬効特性を利用した新規医薬品(消毒薬など)の開発が促進された可能性があるとMaloneyたちは述べている。
医学:ボルネオ島における3万1000年前の肢の外科的切断
医学:時代を大きくさかのぼる人類最古の手術の証拠
今回、ボルネオ島で発見された約3万1000年前のヒト骨格から、この若者が、おそらく小児期に左足を意図的に切断され、その後回復していたことが明らかになった。この年代は、これまで最古の手術を示すとされていた証拠の年代を大きくさかのぼるものである。
参考文献:
Maloney TR. et al.(2022): Surgical amputation of a limb 31,000 years ago in Borneo. Nature, 609, 7927, 547–551.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05160-8
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