『卑弥呼』第92話「始皇帝の隠し武器」

 『ビッグコミックオリジナル』2022年8月20日号掲載分の感想です。前回は、穂波(ホミ)の国境にある秦邑(シンノムラ)を訪れたヤノハが、漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)である何(ハウ)という旧知の男性と再会したところで終了しました。今回は、山社(ヤマト)にてヤノハから指示を受けて穂波(ホミ)国を訪れていた那(ナ)国のウツヒオ王が、急遽山社へ戻ってきた場面から始まります。ウツヒオ王からヤノハの行き先を尋ねられたミマト将軍は、穂波の国境の漢人の邑(秦邑)に行った、と答えます。ヤノハはミマト将軍に、ウツヒオ王と都萬(トマ)のタケツヌ王が頭を下げれば、穂波のヲカ王が色よい返事を出さないわけがない、と意図を語っていました。ウツヒオ王はヲカ王から、漢人の邑に入ればいかなる倭人も殺されると聞いていたので、漢人の邑を目指してすぐに挙兵するよう、ミマト将軍に促します。ミマト将軍は明後日に100人の兵士と出立する予定でしたが、その行き先は漢人の邑ではありませんでした。ヤノハがたとえ日見子(ヒミコ)といえでも殺される、と焦るウツヒオ王に対して、なぜヤノハが天照様に選ばれたと考えるか、とミマト将軍は問いかけます。ミマト将軍は、ヤノハが神に好かれる前に人に好かれるからだ、と考えています。ヤノハは笑顔で危機に身を曝し、平気で命を投げ出す豪放磊落な人物で、人に対してはいかなる先入観も持たず、平等に接する、とミマト将軍はヤノハを評価します。ヤノハの望みは倭国の泰平と、それ以上に自分が生き残ることで、生き残るために手段を選ばない純粋な欲が人々を魅了する、とミマト将軍はウツヒオ王に語ります。ウツヒオ王はミマト将軍の発言に納得し、ミマト将軍は、ヤノハは簡単には殺されない、今頃は漢人に同胞とまで思われているだろう、と楽観的です。

 金砂(カナスナ)国の出雲では、鬼国(キノクニ)の兵士が本殿を包囲していました。事代主(コトシロヌシ)の配下のシラヒコは、兵糧攻めを懸念していました。どのくらいの食糧があるのは、ミマアキに問われたシラヒコは、数日文の水と干飯と塩しかない、と答えます。ミマアキは、自分が柱を伝って下に降り、食糧と水を調達しよう、と提案します。しかし事代主は心配無用と言い、トメ将軍とミマアキに、明るくなったら下界に降りるよう、促します。トメ将軍にどうするのか問われた事代主は、自分は本殿に帰ってこられただけで満足だ、と答えます。どうせ明日になっても下界には降りられないので、事代主の希望がどうあれ、ここで戦う以外ない、と言うミマアキにトメ将軍も同意します。するとしシラヒコは、明日になれば鬼国の兵に見咎められずにトメ将軍とミマアキは戻れる、と言います。一刻も早く筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に帰還し、日見子様(ヤノハ)に出雲の窮状を伝えてほしい、と言う事代主は、日見子がすでに出雲への助太刀の挙兵を決めただろう、と考えています。明るくなればよけい鬼国の兵に見見つかるのではないか、と疑問を呈すミマアキに、明日になれば合点がいく、とシラヒコは言います。朝になり、事代主が外に出るので後ろから覗いてみたらどうだ、とシラヒコはトメ将軍とミマアキに促します。事代主が鬼国の兵士たちの前に姿を見せ、朝日を背景に両手を広げると、出雲の民が多数集まってきます。事代主が大穴牟遅命(オオアナムチノミコト)に選ばれた理由は民を愛しているからで、事代主は民に徹底的に尽くし、民を救うために平然と金を差し出す、とシラヒコはトメ将軍とミマアキに説明します。無私こそ事代主が顕人神(アラヒトガミ)である理由だ、と言ったシラヒコは、今なら下に降りても鬼国の兵士は気づかない、とトメ将軍とミマアキに脱出を促します。

 秦邑では、ヤノハが何(ハウ)という旧知の男性と再会していました。何はヤノハに、以前より気品のようなものが漂っていた、と語りかけすが、ヤノハは、何と別れた頃とあまり変わっておらず、第一気品などない、と言います。何はヤノハに、どこがどうとは言えないが、以前とは違う、と言います。どうやって秦邑にたどり着いたのか、ヤノハに尋ねられた何は、ヤノハとその義母は一度も自分に嘘をつかなかったので、穂波の国境の漢人の邑(秦邑)があることを固く信じて、日向(ヒムカ)から都萬までは海賊から身を隠し、菟狭(ウサ、現在の大分県宇佐市でしょうか)では施しを受けてどうにかたどり着いた、と答えます。徐平(ジョヘイ)という秦邑の長老は、小麦で麺を作るなど、何は我々に華夏の新たな知恵を授けてくれた、と言います。徐平は老大(ラオタイ)と呼ばれています。日見子(ヤノハ)は恩人なので、信用してもらいたい、と何は徐平に進言します。秦邑と接する穂波と都萬はヤノハを日見子(卑弥呼)として擁立した5ヶ国のうち2ヶ国なので、我々が秦邑を攻めることは絶対にない、と訴えるヤノハに、明日最強の武器を見せる、と徐平は約束します。翌日、ヤノハは徐平から最強の武器を見せられました。それは始皇帝の隠し武器で、一人が一つの武器で、十数えるうちに十本の矢を射出できるものでした。100人の兵が射れば1000本、500人の兵が射れば5000本の矢が瞬時に空から降ってくる、というわけです。青銅(アオカネ)製の武器なのか、とヤノハに問われた徐平は、木製だ、と答えます。その武器は、一見するとただの弩(イシユミ)で、その弩の小さな箱の中に10本の矢を装填する仕組みでした。これが始皇帝の隠し武器の連弩だ、と徐平はヤノハに伝えます。ヤノハが、鉄(カネ)に勝つ武器の正体は木製の連発式弩だったのか、と感心するところで今回は終了です。


 今回は、出雲の情勢と秦邑の武器の秘密が描かれました。事代主の人望の厚さが改めて示され、これは倭国(西日本?)の征服を企図する日下(ヒノモト)にとって障害となりそうですが、事代主を配下とすれば出雲も含めて金砂の統治が容易になるとも言えるわけで、出雲は日下とヤノハとの争いにおいて重要な役割を果たすと考えられ、その動向が注目されます。トメ将軍とミマアキは出雲の本殿から無事脱出できそうですが、ヤノハの救援を促すために筑紫島に直ちに戻るのか、それとも何らかの策で鬼国の兵士を敗走させるのか、楽しみです。秦邑の最強の武器はついに明かされましたが、連弩はこの時代の倭国ではあるいは有効な武器になるかもしれませんが、始皇帝の時代に匈奴との戦いでも有効だったのか、武器の歴史に詳しくない私にはよく分かりません。確かに、扱いも持ち運びも容易なので、子供でも使えそうなのは魅力的ですが、有効射程はさほど長くなさそうですから、ある程度以上の大きさの弓矢には通用しないようにも思います。ともかく、この連弩がヤノハを日見子として仰ぐ筑紫島の連合国と鬼国の兵士、さらには日下との戦いでどのような役割を果たすのか、注目されます。次回は巻頭カラーとのことで、たいへん楽しみです。

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