コーカサスのネアンデルタール人の古代DNAデータ
コーカサスのネアンデルタール人の新たな古代DNAデータを報告した研究(Andreeva et al., 2022)が公表されました。なお本論文では、ネアンデルタール人は現生人類(Homo sapiens)と別種(Homo neanderthalensis)の関係ではなく、亜種(Homo sapiens neanderthalensis)の関係にある、とされています。本論文では明示されていませんが、現生人類の分類は「Homo sapiens sapiens」となるのでしょう。したがって本論文では、ネアンデルタール人と現生人類の共通祖先とされるホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)も、現生人類とは亜種(Homo sapiens heidelbergensis)とされています。
現生人類とネアンデルタール人との複雑な交雑が明らかになり(関連記事)、現生人類とネアンデルタール人を亜種の関係とする見解に、一定以上の根拠があることは否定できないでしょう。ただ、ホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルク人)という種区分には問題があるので破棄すべきだ、との見解も提示されており(関連記事)、本論文にしたがってハイデルベルク人をホモ・サピエンスの亜種と考えても、現生人類とネアンデルタール人の共通祖先としてホモ・サピエンス・ハイデルベルゲンシスという分類群を想定することには大きな問題があると思います。
●研究史
海洋酸素同位体ステージ(MIS)9以来、ネアンデルタール人はユーラシア西部地域に居住しました。ユーラシア西部地域は、MIS8~3の氷期と間氷期の周期において気候変動の影響を最も強く受けました。ヨーロッパ中央部および東部では、ミコッキアン(Micoquian)の石器製作の両面伝統が少なくともMIS5からMIS3の中部旧石器時代(MP)末まで続き、ヨーロッパ中央部および東部に広がりました(関連記事)。ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA(mtDNA)の古遺伝学的研究は、ネアンデルタール人の歴史において起きた少なくとも2回の人口置換を特定し、両者はミコッキアンと関連していました。
9万年前頃となるより早期の人口置換は、アルタイ地域への東部ミコッキアンの拡散と関連していたヨーロッパ西部ネアンデルタール人による、デニソワ洞窟(Denisova Cave)などより早期のアルタイ地域のネアンデルタール人の置換と関連していました(関連記事1および関連記事2)。その後の人口置換は、コーカサス北部のネアンデルタール人集団内もしくはヨーロッパ全域の中部旧石器時代後期(LMP)ネアンデルタール人集団間で、47000~39000年前頃となるネアンデルタール人の歴史の末に向かって起きました(関連記事)。古遺伝学的研究は、地理的に遠い東部ミコッキアン状況のネアンデルタール人2個体のミトコンドリアゲノム間の大きな類似性を検出しました。それは、ポーランドのスタイニヤ洞窟(Stajnia Cave)とロシアのメズマイスカヤ洞窟(Mezmaiskaya Cave)で発見されたネアンデルタール人で、両者ともに後のヨーロッパのネアンデルタール人のmtDNAの変異外に位置します(関連記事)。
コーカサス北部地域のメズマイスカヤ洞窟は、最長の中部旧石器時代と上部旧石器時代の層序がある旧石器時代遺跡として広く知られています(図1)。メズマイスカヤ洞窟の中部旧石器時代堆積物ではネアンデルタール人化石が2点発見されており、1点は東部ミコッキアン層の最下部(第3層)の新生児骨格(メズマイスカヤ1号)、もう1点は東部ミコッキアン層の最上部(第2層)の学童期(juvenile)遺骸(メズマイスカヤ2号)です(関連記事)。本論文は、メズマイスカヤ洞窟の第3層で発見された乳切歯に基づいて、新たな東部ミコッキアン層のネアンデルタール人個体(メズマイスカヤ3号)のmtDNAとゲノムの配列決定結果を提示します。以下は本論文の図1です。
●メズマイスカヤ3号の人類学的定義
メズマイスカヤ3号は歯の形態から、古代型人類に分類される、と示唆されました(図2)。歯冠の摩耗は激しいものの、形態学的特徴から、上顎右側乳中切歯と示唆されます。メズマイスカヤ3号の歯冠は完全に形成されており、その歯冠の摩耗は、5~6歳と推定されるフランスのアルシ=スュル=キュール(Arcy-sur-Cure)のトナカイ洞窟(Grotte du Renne)の子供(32号)の中切歯のそれに相当します。この比較に基づいて、メズマイスカヤ3号個体は同じくらいの年齢だった、と推定されました。以下は本論文の図2です。
●データ生成と基本処理
メズマイスカヤ3号の歯からDNAが抽出され、配列決定のため一本鎖ライブラリに変換されました。イルミナ社のHiSeq 2000/2500により、ほぼ5億の生のDNA配列が生成されました。DNA断片は、ヒトのミトコンドリアゲノムのヒト参照ゲノム(GRCh37)および改定ケンブリッジ参照配列(NC_012920.1)と、ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノム配列(NC_011137.1)にマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)されました。マッピングされた配列におけるDNA配列末端のシトシン(C)からチミン(T)への置換は、古代DNAの死後の分解パターンと関連していました。ヒトゲノムにマッピングされた脱アミノ化の痕跡を伴う核ゲノム配列の7500万塩基対(75Mbp)が回収されました。X染色体と常染色体の網羅率に基づいて、メズマイスカヤ3号標本は女性と推測されました。
●mtDNAゲノムの再構築
mtDNAの汚染は2%と推定されました。95%信頼区間(CI)では1~3%です。コンセンサスコールから完全なmtDNA配列が再構築され、各mtDNA部位のほとんどの配列は同じアレル(対立遺伝子)を有していました。例外はヒト参照ゲノムの単一のミトコンドリア部位8839で、メズマイスカヤ3号個体ではアデニン(A)とグアニン(G)両方の多様体が見つかりました。コンセンサスコールとは、VCF(Variant Call Format、多様体呼び出し形式)形式のデータおよび参照配列を利用して、標本ごとの塩基配列情報をFASTA形式(塩基配列やアミノ酸配列を記述するためのデータ形式)として一義的に決定する方法です。
ミトコンドリア部位8839でのAとG両方の多様体の発生は、比率が1:2で、独立したライブラリで複製されました。ミトコンドリア部位8839でのAとG両方の多様体は、ミトコンドリアのATP(アデノシン三リン酸)合成酵素サブユニット6遺伝子におけるp.105Ala/Thr多様体につながり、この遺伝子は、ネアンデルタール人標本であるメズマイスカヤ3号におけるmtDNAのヘテロプラスミー(ミトコンドリア内で変異型が共存している場合)を明らかに表しています。メズマイスカヤ3号のmtDNAに固有の4点の多様体も特定され、これは他のネアンデルタール人には存在しませんでした。これらの多様体は低頻度(0.02%)で見られ、他の全ての古代型ホモ属(絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属)には存在しません。
●メズマイスカヤ3号の他のネアンデルタール人との関係および年代推定
メズマイスカヤ3号と、以前に刊行された、ネアンデルタール人27個体、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)4個体、ハイデルベルク人(関連記事)、古代人10個体と現代人53個体の現生人類、チンパンジーについて、ミトコンドリアゲノムのコード領域を用いて系統発生分析が実行されました。なお、ここでハイデルベルク人とされているのは、スペイン北部の「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)で発見された43万年前頃のホモ属遺骸ですが、初期ネアンデルタール人に分類する見解(関連記事)が一般的だと思います。
これらの配列の最大節約系統樹では、メズマイスカヤ3号はネアンデルタール人的なミトコンドリアゲノムを有しており、同じくメズマイスカヤ洞窟で発見されたメズマイスカヤ1号に最も近くなります。メズマイスカヤ1号および3号とスタイニヤ洞窟の個体(S5000)は、デニソワ洞窟の5号および15号とベルギーのスクラディナ洞窟(Scladina Cave)の13万年前頃の個体(スクラディナI-4a)のミトコンドリアハプロタイプから分離したmtDNAクレード(単系統群)に分類されます。
直接的に放射性炭素年代測定された標本か、現代人標本のコード領域を含む、古代人と現代人のゲノムの部分集合でベイズ系統樹推定も実行されました(図3)。その結果、最大節約系統樹と同じメズマイスカヤ3号の系統発生的位置が観察されました。メズマイスカヤ3号標本の年代は、96700年前頃(95%最高事後密度で134000~59000年前)と推定され、メズマイスカヤ1号とスタイニヤS5000両方のミトコンドリアゲノムの95%信頼区間の範囲内に収まります。これら10万~7万年前頃の初期ミコッキアンのネアンデルタール人のmtDNA配列は、6万~4万年前頃となる後のミコッキアンのヨーロッパのネアンデルタール人とは遺伝的に離れています。以下は本論文の図3です。
●核ゲノム解析
メズマイスカヤ3号から生成された配列の常染色体配置(アライメント)について、35塩基対より長い配列について2つの異なる手法を用いて、汚染率は2~4%と推定されました。核DNA配列を用いて、高網羅率のネアンデルタール人のゲノムとデニソワ人(デニソワ3号)および現代人との、メズマイスカヤ3号の遺伝的近接性が評価されました。高網羅率のネアンデルタール人とは、デニソワ洞窟のデニソワ5号(アルタイ)とアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)の個体(チャギルスカヤ8号)とクロアチア北部のヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)の個体(ヴィンディヤ33.19)で、現代人ではムブティ人とHGDP00982です。
その結果、標本固有の多様体の派生的アレル共有は、デニソワ3号およびアフリカの現代人(1%未満)よりもネアンデルタール人(7%超)の方で高く、メズマイスカヤ3号がネアンデルタール人由来と確証されます。メズマイスカヤ3号は、アルタイ山脈のデニソワ5号とよりも、チャギルスカヤ8号およびヴィンディヤ33.19の方と標本固有のアレルを多く共有している、と判断されました。共有派生アレルの割合に基づいて、メズマイスカヤ3号は後のヴィンディヤ33.19(13%)とよりもチャギルスカヤ8号(17%)の方と密接に関連している、と提案できます(図4)。同様のデータは、D統計計算により見つかりました。メズマイスカヤ3号は、アルタイ山脈のデニソワ5号とよりも、ヴィンディヤ33.19およびチャギルスカヤ8号標本の方と有意に多くの派生的アレルを共有しており、メズマイスカヤ3号は他の全てのネアンデルタール人とよりもメズマイスカヤ1号の方と近くなります。以下は本論文の図4です。
●ネアンデルタール人のmtDNAの差異とハプログループ化
ミトコンドリアゲノムのコード領域の再構築されたベイズ系統樹と、mtDNAの変異の完全な一式に基づいて、ネアンデルタール人の系統発生集団間の違いが調べられ、ネアンデルタール人の系統樹の各クレードに固有の遺伝標識が検出されました。本論文は次に、ネアンデルタール人のmtDNAハプログループ(mtHg)について、階層的命名法を提案しました。この命名法では、基底クレードはNA(ネアンデルタール人祖先)と表示されます。入れ子状態のクレードは、現代人のmtDNAの命名法のように、数字と小文字で命名されます。
全体として、固有のmtDNA多様体により特徴づけられる18の異なるハプログループが分類されました。そのうち、ネアンデルタール人集団の相対的年代に対応するネアンデルタール人の主要な3支系が浮き彫りになりました。それは、前期(NE)と中期(MN)と後期(NL)のネアンデルタール人クレードです(図3)。ネアンデルタール人のmtHgの分析を容易にするため、現時点で全ての利用可能な完全および部分的なネアンデルタール人配列を用いて、ネアンデルタール人ハプログループの系統樹と連携するよう、HaploGrep 2の適用による分類過程を自動化する計算手法が開発されました。
●mtHgに基づくネアンデルタール人の系統発生の再評価
ネアンデルタール人の高品質のmtDNA配列(図3)に加えて、開発された計算手法を用いて、利用可能な低品質で短いミトコンドリア制御領域配列の再分析が実行されました。その結果、ジブラルタルのフォーブス採石場(Forbes Quarry、略してFQ)の個体がスタイニヤS5000個体とともにNM1ハプログループに分類される、と分かりました。本論文のデータは、ネアンデルタール人クレード内のフォーブス採石場個体の位置を明確にします(関連記事)。
スペイン北部の標本(関連記事)では、2つの異なるmtHgが見つかりました。一方は、ドイツ南西部のホーレンシュタイン・シュターデル(Hohlenstein-Stadel)洞窟とスペインのヴァルデゴバ(Valdegoba)の個体のNA1で、もう一方は、スタイニヤS5000およびフォーブス採石場個体と最も近いNM1です。アルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟の標本(チャギルスカヤ8号)は、後期mtHgとなるNLに分類されました。デニソワ洞窟の3点のネアンデルタール人標本(E202とE213とM65)は最近、デニソワ5号および15号、メズマイスカヤ1号、スクラディナI-4aとともに分類され(関連記事)、NEハプログループに相当します。じっさいには、E202とE213とM65はNEではなくNA2a支系に分類されます。
ヴァルデゴバ個体で利用可能なDループのみを用いて、ヴァルデゴバ個体は古代のNA1ハプログループに分類され、以前の報告が確証されます。さらに、ヴァルデゴバ個体は以前に考えられていたよりも古い可能性が示唆されます。さらに、利用可能な超短波アルタムラ(Altamura)mtDNA配列で提示されたDループの16258G多様体により、この配列を正確なハプログループNL1に分類でき、このネアンデルタール人の後期ヨーロッパの存続期間が確証されます。興味深いことに、ウズベキスタンのテシク・タシュ(Teshik Tash)遺跡のネアンデルタール人個体(関連記事)のmtDNA制御領域は、NA1(16242T)とNA2(16156A)両方の多様体を有しています。したがって、この配列が正しいならば、この個体における別々の支系の存在、もしくはネアンデルタール人のmtDNA系統樹のNAクレードの異なる形態を除外できません。
●ネアンデルタール人のmtDNA配列の機能的進化
全てのネアンデルタール人もしくは特定のクレードのみで固定されているミトコンドリアゲノムの、機能的変異の可能性が調べられました。まず、現代人には存在しないか低頻度の、全てのネアンデルタール人に共有されているmtDNAの多様体が分析されました。12SリボソームサブユニットRNA遺伝子におけるネアンデルタール人の多様体827Gが見つかり、これは現代人では稀で、マイナーアレル頻度(MAF)は0.02となり、非ヒト霊長類とデニソワ人には存在しません。それは脊椎動物のmtDNA保存部位置に位置する、と分かりました。それはアミノグリコシド誘発性難聴のある現代人の家族における不完全な浸透率の病原性としても記載されており、12SリボソームRNA遺伝子の別の変異と組み合わさり、難聴の浸透率を有意に高めます。
次に、ネアンデルタール人で変化する位置が分析されました。誤配列の可能性を避けるため、少なくともネアンデルタール人2個体で見られるmtDNA多様体が選択されました。そうした多様体は13個のタンパク質コード遺伝子それぞれと、リボソームおよび転移RNA全体に分布すると分かり、非コード超可変領域の変異の大幅な濃縮が予測されます。転換(9.2%)に対する転移(90.8%)の優勢が、現代人で観察されるようにネアンデルタール人のミトコンドリアで見られました。
さらに、ネアンデルタール人のmtDNAの主要なクレードを定義した多様体が分析されました。NA1ハプログループは分析された最古のネアンデルタール人に相当し、NA2ハプログループは中期および後期ネアンデルタール人の祖先のもので、NLハプログループは、最新のネアンデルタール人集団のものです。より古い集団であるNA1は、全てのネアンデルタール人クレードで最大数の転移RNA多様体を有しています。支系NA2は、タンパク質コード遺伝子でミスセンス多様体(アミノ酸置換をもたらす変異)を大きな割合で有しており(全てのNA2固有の多様体の27%)、ATP6およびND1遺伝子の両方でアミノ酸置換の割合が最高となります。
ネアンデルタール人の支系NMでは、機能的に重要な可能性がある多様体は見つかりませんでした。メズマイスカヤ3号のミトコンドリア配列における8839部位のヘテロプラスミー多様体は、mtDNAのコード領域に位置し、ミトコンドリアATP合成酵素サブユニット6におけるp.105Alaとp.105Thr両方のアミノ酸につながります。この多様体は、アフリカとアジアとヨーロッパの人口集団を含むさまざまなヒトのmtHgでは見られず、病原性ではありません。ND1遺伝子におけるNLクレードのT3308C変異(p. M1*)でネアンデルタール人のmtDNAにおいて唯一のナンセンス(停止コドンに置換する変異)多様体がありますが、その病原性は証明されていません。
●考察
本論文は、メズマイスカヤ洞窟の東部ミコッキアン第3層で見つかった新たなネアンデルタール人個体(メズマイスカヤ3号)について、完全なmtDNA配列と部分的な核ゲノム配列を提示します。メズマイスカヤ3号のミトコンドリアゲノムは、ミコッキアンではない中部旧石器文化相と関連するヨーロッパ西部の他の同時代のネアンデルタール人とよりも、メズマイスカヤ1号および地理的に遠い東部ミコッキアン状況と関連するスタイニヤS5000の方と近くなっています。メズマイスカヤ3号は、ヨーロッパのミコッキアン文化のもう一方のネアンデルタール人の代表です。
これまで、ヨーロッパのミコッキアン伝統のネアンデルタール人標本はわずか数点しか配列されていません。分子遺伝時計による年代測定では、メズマイスカヤ3号は10万~9万年前頃となります。それにも関わらず、本論文の結果から示唆されるのは、メズマイスカヤ洞窟の両個体(メズマイスカヤ1号および3号)は、ヨーロッパ中央部の中部旧石器/ミコッキアンのスタイニヤS5000と同じ頃か、その後に暮らしていた、ということです。mtDNAデータに基づくと、メズマイスカヤ3号は初期ネアンデルタール人支系(NEとNM)の最後のネアンデルタール人個体で、この支系はMIS3(6万~4万年前頃)に遺伝的に遠い後期ネアンデルタール人集団により置換された、と提案できます。
現在まで、ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの一般的な分類は報告されていませんでした。本論文はネアンデルタール人のミトコンドリア配列の包括的なデータセットを用いて、ネアンデルタール人のmtHgについて階層的な命名法を提案し、その主要なクレードはNAとNEとNMとNLで表されます。古いネアンデルタール人のmtHgであるNAは、デニソワ人の各個体には存在しないものの、ネアンデルタール人の合計一式には存在するので、最も古いネアンデルタール人の「イヴ」のミトコンドリアハプロタイプとみなせる、いくつかのミトコンドリア多様体により形成されました。NAはNA1およびNA2クレードに分岐します。
現在知られているNA1の代表はヨーロッパに居住しており、初期ネアンデルタール人集団を表します。その遺骸は、現在のドイツ(ホーレンシュタイン・シュターデル)とスペイン(ヴァルデゴバ)の領域で発見されました。NA2の基底部支系は現在、デニソワ洞窟の1個体(D5276)だけで表され、このクレードはNEおよびNA2aへと分岐します。NA2aクレードはデニソワ洞窟の少なくとも3個体のアジア(アルタイ地域)のネアンデルタール人により表されます。
NEミトコンドリアクレードは、東方(デニソワ5号および15号)と西方(スクラディナI-4a)の初期ネアンデルタール人の両方を含んでおり、中部旧石器時代のヨーロッパとアジア中央部のネアンデルタール人で広く分布していた可能性が最も高そうです。ヨーロッパのスクラディナI-4aのmtDNAがアジア(アルタイ地域)のデニソワ5号および15号の両方と分岐した、18点のmtDNA部位があることに要注意です。可能性があるのは、NE支系内でのスクラディナ型mtDNAの分離したクレード(NE1など)は区別されねばならない、ということです。
NA2aは主要なNMおよびNLハプログループへとさらに分岐します。NM個体群はヨーロッパだけで見つかっていますが、NLクレードはアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟やオクラドニコフ洞窟(Okladnikov Cave)やデニソワ洞窟といった東方と、西方(ヨーロッパで広範に)の両方のネアンデルタール人地域に広がっています。
(現時点で)ヨーロッパ固有のハプログループであるNMは、コーカサス北部(メズマイスカヤ1号および3号)、ヨーロッパ中央部(スタイニヤS5000)、ジブラルタルのフォーブス採石場とスペイン北部のアタプエルカ考古学・古生物学複合の一部である彫像坑道(Galería de las Estatuas、以下GEと省略)のネアンデルタール人で構成されるイベリア半島の個体から組み合わされ、その個々の年代は13万~10万年前頃で、この年代はヨーロッパにおけるMIS5b~5eの温暖な間氷期と相関しています。NMハプログループのネアンデルタール人はこれまでヨーロッパだけで見つかっており、ユーラシア東部では見つかっていません。
イベリア半島の標本はスタイニヤS5000と共通のmtDNA多様体を有していますが、スタイニヤS5000とメズマイスカヤ1号および3号の共通のNMハプログループへの系統発生クラスタ化(まとまり)にも関わらず、NM2の下位支系の代表であるコーカサス北部のメズマイスカヤ1号および3号とは違います。したがって、2つの遠い遺伝的系統があった、と仮定できます。一方はコーカサスの初期東部ミコッキアンネアンデルタール人集団に固有のNM2ハプログループの形成につながり、もう一方(NM1)は文化的に多様なヨーロッパ西部および中央部のネアンデルタール人集団の混合ハプログループを表します。
最近、核ゲノムに基づいて、ホーレンシュタイン・シュターデルとスクラディナI-4aの初期ヨーロッパのネアンデルタール人が、ほぼ同時代のアルタイ山脈のネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも、ヨーロッパの後のネアンデルタール人の方と遺伝的に近いことと、ホーレンシュタイン・シュターデル個体と他のネアンデルタール人との予期せぬ深く分岐したmtDNA系統が明らかになりました(関連記事)。本論文の結果は、ホーレンシュタイン・シュターデルのネアンデルタール人のmtDNAの分離した古代系統をさらに確証します。ホーレンシュタイン・シュターデルのネアンデルタール人は、ヨーロッパの2ヶ所の洞窟(ヴァルデゴバとGE)の少なくとも3個体のネアンデルタール人とmtDNAの支系を共有しています。
さらに、ヨーロッパとアジア(アルタイ地域)のネアンデルタール人におけるmtDNA進化の次の系統を仮定できます。(1)最古のNA1クレードのヨーロッパ系統です。これはネアンデルタール人の「イヴ」もしくは古代のアジア系統からMIS9~8に分離し、後にヨーロッパではアルタイ支系のNA2のmtDNA子孫により完全に置換されました。(2)MIS6~MIS5初期におけるアルタイ山脈の初期ネアンデルタール人により表される最古のNA2クレードのアジア系統は、後のアルタイ山脈ネアンデルタール人によりほぼ表されるNEクレードと、ヨーロッパ(スクラディナI-4a)のネアンデルタール人により表される可能性があるNEクレードへと発展し、次にMIS5におけるヨーロッパ固有のNM支系と、MIS3におけるNL1およびNL2両方の下位支系へと形成されました。
mtDNAデータとは対照的に核DNAデータでは、ヨーロッパのネアンデルタール人は早期も後期も両方、アジア(アルタイ地域)の初期ネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも相互と、密接な祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を共有する、と明らかにされました(関連記事)。デニソワ人とネアンデルタール人の交雑第一世代の女性個体(デニソワ11号)に関するゲノム規模データ(関連記事)では、デニソワ11号がアルタイ地域のネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも、後期ヨーロッパのネアンデルタール人の方と多くのアレルを共有している、と明らかにされました。
ジブラルタルのフォーブス採石場のネアンデルタール人個体に関する最近刊行されたデータでは、この個体はヴィンディヤ33.19およびチャギルスカヤ8号の両方と等しく関連している、と示唆されました(関連記事)。本論文のデータでは、メズマイスカヤ3号もアルタイ地域ネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも、ヴィンディヤ33.19およびチャギルスカヤ8号の方と派生的アレルを有意に多く共有しており、メズマイスカヤ3号とチャギルスカヤ8号との間で共有されるアレルの数はわずかに多い、と示唆されました。まとめると、核ゲノム及びミトコンドリアデータから、ミトコンドリアNMハプログループの両個体(メズマイスカヤ3号とフォーブス採石場個体)は、チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人集団と後期ヨーロッパのネアンデルタール人集団との間の分離した中間的な支系を形成した、分離した古代の人口集団の代表である、と示唆されました。
全体として、本論文のデータが示すのは、現在配列されたネアンデルタール人のほとんどはそのmtDNA系統をアジア(アルタイ地域)のネアンデルタール人のmtDNA支系NA2にたどれる、ということです。ヨーロッパの系統NA1は、ヨーロッパの初期ネアンデルタール人の数個体のみで見つかっており、後期の人口集団では保存されていませんでした。本論文の結果は、ネアンデルタール人のmtHgに関する現在のデータの空隙性も指摘します。たとえば、NA2aの代表であるネアンデルタール人標本は、ハプログループNMとNLのヨーロッパのネアンデルタール人の祖先ですが、まだヨーロッパでは知られていません。
後期(NL)ハプログループは、NMの姉妹クレードです。このクレードでは、下位支系のNL1とNL2にはヨーロッパのネアンデルタール人のみが含まれていますが、基底部NL支系の代表はアルタイ地域全体に分布していました。本論文で提示された命名法は現在利用可能なデータに基づいており、それには高品質と低品質の完全なミトコンドリア配列および短いDループ配列が含まれます。さらに、この命名法は、新たなネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの再構築にさいして、拡張して詳細化できます。
mtDNA配列は、系統発生分析だけではなく、機能的分析や病原性多様体の検索にも使用できます。本論文では、14個のミスセンス多様体と、全ての検証されたネアンデルタール人で共通するリボソームもしくは転移RNA遺伝子における9個の多様体が見つかりました。12SリボソームサブユニットRNA遺伝子における固定されたネアンデルタール人の多様体は以前に、アミノグリコシド誘発性難聴のある現代人の家族における不完全な浸透率のある病原性として記載されました。ネアンデルタール人の一部集団では、アミノグリコシドを含むキノコがその食性に含まれているか、別の現時点では知られていないmtDNA多様体との組み合わせに起因している(現代人のハプログループB31のように)ならば、人口集団における聴覚障害個体の頻度増加の可能性がある、と暫定的に推測できます。
古いネアンデルタール人のNAクレードにおける同義置換(S)に対する非同義置換(NS)多様体の全体の割合(0.3)は、基底部NAネアンデルタール人クレードのコード領域mtDNAの浄化選択の優位性を示唆します。ネアンデルタール人のmtDNAにおける最も顕著な変異は、古代のNA支系がひじょうに離れた2クレード(NA1とNA2)へと分岐する間に起きたようです。NA1ハプログループの個体は、転移RNA多様体の最大数を共有していましたが、そのうち機能的に有意と予測されるものはありませんでした。
NA2クレードにおける多様体は、全体のコード領域(NS/S=0.64)と、ATP6(NS/S=3.0)やND1(NS/S=2.0)などいくつかの遺伝子の両方で、顕著な数のアミノ酸変異を有しており、NA2クレードにおける恐らくは適応的な選択を示唆します。現代の人口集団におけるATP6およびND1遺伝子は、さまざまな気候の集団間で非同義置換と同義置換において統計的に有意な違いがあります。全体として、ATP6およびND1遺伝子は両方、NA2ネアンデルタール人クレードへの選択を受けており、さまざまな気候条件もしくは一般的な気候変化へのネアンデルタール人の適応に役割を果たしたかもしれない、と提案できます。このハプログループについて現在知られている個体数が少なく、その生涯に関する断片的な情報のため、ネアンデルタール人のこの古代集団における他の進化モデルを除外できません。
中期(NM)および後期(NL)ネアンデルタール人支系のmtDNAにおいて、有意に機能的な可能性がある多様体は見つかりませんでした。それにも関わらず、後期ネアンデルタール人クレードにおける、T3308Cの病原性の影響の可能性と、ミトコンドリア脳筋症(MELAS)的な病状の可能性を除外できません。後期ネアンデルタール人支系(NL)は、酸化リン酸化遺伝子(ND1とND2とND5)と転移RNA遺伝子におけるアミノ酸置換につながるいくつかのmtDNA変異により形成されます。酸化リン酸化遺伝子における変異は、細胞成長や信号伝達や炎症など、多くの身体機能に影響を及ぼす可能性があります。
現代人では、mtDNAの多様体はヒトの適応に重要と考えられています。全ての主要なネアンデルタール人のmtHgは、アミノ酸変化で少なくとも1個の多様体を有する、と分かりました。mtDNAの注釈づけに基づくと、これらの変異がネアンデルタール人のmtHgにおいて深刻な悪影響を及ぼす兆候は見つかりませんでした。したがって、どのネアンデルタール人集団の消滅も、mtDNAにおける病原性変異と関連している可能性は低そうです。それにも関わらず、NL支系における多数の新たな適応的かもしれないmtDNA多様体の蓄積が、ネアンデルタール人の1集団が中部旧石器時代末の再居住で新たな生息条件に適応するのに役立った可能性を無視できません。
以前のmtDNA研究では、ミコッキアンの地理的に遠い異形と関連するネアンデルタール人、つまりスタイニヤS5000とメズマイスカヤ1号は、アルタイ山脈の初期ネアンデルタール人(デニソワ5号)およびヨーロッパの初期ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムと初期(17万~15万年前頃となるMIS6)に分離した異なるクレードに分類される、と示唆されました(関連記事)。メズマイスカヤ3号のmtDNA配列決定についての本論文の新たなデータでは、これがスタイニヤS5000およびメズマイスカヤ1号と同じ初期ミコッキアンのネアンデルタール人の集団に分類される、と示されました。
しかし本論文は、メズマイスカヤ3号および1号が同じNM2ハプログループを共有し、これはコーカサスの東部ミコッキアン初期ネアンデルタール人に固有である可能性が高いのに対して、スタイニヤS5000は、ミコッキアンとは関連しないイベリア半島のネアンデルタール人2個体とともにNM1に分類される、と定義しました。これは、ヨーロッパ西部ネアンデルタール人からの遺伝子流動がスタイニヤS5000の祖先系統に影響を及ぼし、NM1はおそらく文化的に多様なヨーロッパ西部および中央部の人口集団の混合したハプログループを表している、と示唆しているかもしれません。
10万~6万年前頃に暮らしていたこのミコッキアン初期ネアンデルタール人集団も、5万~4万年前頃となる後のヨーロッパのネアンデルタール人と遠い関係を示します。メズマイスカヤ2号の先行研究は、メズマイスカヤ1号と2号との間の時期に起きた人口置換を示唆しました(関連記事)。メズマイスカヤ洞窟の全てのネアンデルタール人は、東部ミコッキアン・インダストリーの初期(メズマイスカヤ1号と3号)もしくは後期(メズマイスカヤ2号)の異形と関連しています。この置換について、正反対のモデルが提案されました。一方は、ヨーロッパ西部ネアンデルタール人と関連する人口集団によるコーカサスにおける初期ミコッキアンのネアンデルタール人の置換です。もう一方は、メズマイスカヤ2号と関連する後期ミコッキアン人口集団によるヨーロッパ西部におけるネアンデルタール人の置換です。
本論文の結果が示すのは、メズマイスカヤ2号がヨーロッパ中央部(ドイツ)のフェルトホーファー洞窟(Feldhofer Cave)の1号および2号標本とともに後のミコッキアン・インダストリーとも関連しており、ヨーロッパ西部および中央部の他の後期ネアンデルタール人と同じNL1ハプログループを共有していた、ということです。スタイニヤS5000がメズマイスカヤ2号よりもずっと早く、ヨーロッパ中央部のミコッキアン人口集団の祖先系統に影響を及ぼしたヨーロッパ西部ネアンデルタール人からの遺伝子流動の証拠を示す、という事実に基づいて、ヨーロッパ西部ネアンデルタール人による置換があり、この置換はかなり長い間起きていた、と推測されます。その置換はヨーロッパ中央部および東部において、北西部地域(スタイニヤS5000)で早期に(後期MIS5)始まり、後に(早期MIS3)ミコッキアン分布の南東部地域(メズマイスカヤ2号)に拡大しました。これが事実だったのかどうか包括的に調べるには、さらなる研究が必要です。
参考文献:
Andreeva TV. et al.(2022): Genomic analysis of a novel Neanderthal from Mezmaiskaya Cave provides insights into the genetic relationships of Middle Palaeolithic populations. Scientific Reports, 12, 13016.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-16164-9
現生人類とネアンデルタール人との複雑な交雑が明らかになり(関連記事)、現生人類とネアンデルタール人を亜種の関係とする見解に、一定以上の根拠があることは否定できないでしょう。ただ、ホモ・ハイデルベルゲンシス(ハイデルベルク人)という種区分には問題があるので破棄すべきだ、との見解も提示されており(関連記事)、本論文にしたがってハイデルベルク人をホモ・サピエンスの亜種と考えても、現生人類とネアンデルタール人の共通祖先としてホモ・サピエンス・ハイデルベルゲンシスという分類群を想定することには大きな問題があると思います。
●研究史
海洋酸素同位体ステージ(MIS)9以来、ネアンデルタール人はユーラシア西部地域に居住しました。ユーラシア西部地域は、MIS8~3の氷期と間氷期の周期において気候変動の影響を最も強く受けました。ヨーロッパ中央部および東部では、ミコッキアン(Micoquian)の石器製作の両面伝統が少なくともMIS5からMIS3の中部旧石器時代(MP)末まで続き、ヨーロッパ中央部および東部に広がりました(関連記事)。ネアンデルタール人のミトコンドリアDNA(mtDNA)の古遺伝学的研究は、ネアンデルタール人の歴史において起きた少なくとも2回の人口置換を特定し、両者はミコッキアンと関連していました。
9万年前頃となるより早期の人口置換は、アルタイ地域への東部ミコッキアンの拡散と関連していたヨーロッパ西部ネアンデルタール人による、デニソワ洞窟(Denisova Cave)などより早期のアルタイ地域のネアンデルタール人の置換と関連していました(関連記事1および関連記事2)。その後の人口置換は、コーカサス北部のネアンデルタール人集団内もしくはヨーロッパ全域の中部旧石器時代後期(LMP)ネアンデルタール人集団間で、47000~39000年前頃となるネアンデルタール人の歴史の末に向かって起きました(関連記事)。古遺伝学的研究は、地理的に遠い東部ミコッキアン状況のネアンデルタール人2個体のミトコンドリアゲノム間の大きな類似性を検出しました。それは、ポーランドのスタイニヤ洞窟(Stajnia Cave)とロシアのメズマイスカヤ洞窟(Mezmaiskaya Cave)で発見されたネアンデルタール人で、両者ともに後のヨーロッパのネアンデルタール人のmtDNAの変異外に位置します(関連記事)。
コーカサス北部地域のメズマイスカヤ洞窟は、最長の中部旧石器時代と上部旧石器時代の層序がある旧石器時代遺跡として広く知られています(図1)。メズマイスカヤ洞窟の中部旧石器時代堆積物ではネアンデルタール人化石が2点発見されており、1点は東部ミコッキアン層の最下部(第3層)の新生児骨格(メズマイスカヤ1号)、もう1点は東部ミコッキアン層の最上部(第2層)の学童期(juvenile)遺骸(メズマイスカヤ2号)です(関連記事)。本論文は、メズマイスカヤ洞窟の第3層で発見された乳切歯に基づいて、新たな東部ミコッキアン層のネアンデルタール人個体(メズマイスカヤ3号)のmtDNAとゲノムの配列決定結果を提示します。以下は本論文の図1です。
●メズマイスカヤ3号の人類学的定義
メズマイスカヤ3号は歯の形態から、古代型人類に分類される、と示唆されました(図2)。歯冠の摩耗は激しいものの、形態学的特徴から、上顎右側乳中切歯と示唆されます。メズマイスカヤ3号の歯冠は完全に形成されており、その歯冠の摩耗は、5~6歳と推定されるフランスのアルシ=スュル=キュール(Arcy-sur-Cure)のトナカイ洞窟(Grotte du Renne)の子供(32号)の中切歯のそれに相当します。この比較に基づいて、メズマイスカヤ3号個体は同じくらいの年齢だった、と推定されました。以下は本論文の図2です。
●データ生成と基本処理
メズマイスカヤ3号の歯からDNAが抽出され、配列決定のため一本鎖ライブラリに変換されました。イルミナ社のHiSeq 2000/2500により、ほぼ5億の生のDNA配列が生成されました。DNA断片は、ヒトのミトコンドリアゲノムのヒト参照ゲノム(GRCh37)および改定ケンブリッジ参照配列(NC_012920.1)と、ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノム配列(NC_011137.1)にマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)されました。マッピングされた配列におけるDNA配列末端のシトシン(C)からチミン(T)への置換は、古代DNAの死後の分解パターンと関連していました。ヒトゲノムにマッピングされた脱アミノ化の痕跡を伴う核ゲノム配列の7500万塩基対(75Mbp)が回収されました。X染色体と常染色体の網羅率に基づいて、メズマイスカヤ3号標本は女性と推測されました。
●mtDNAゲノムの再構築
mtDNAの汚染は2%と推定されました。95%信頼区間(CI)では1~3%です。コンセンサスコールから完全なmtDNA配列が再構築され、各mtDNA部位のほとんどの配列は同じアレル(対立遺伝子)を有していました。例外はヒト参照ゲノムの単一のミトコンドリア部位8839で、メズマイスカヤ3号個体ではアデニン(A)とグアニン(G)両方の多様体が見つかりました。コンセンサスコールとは、VCF(Variant Call Format、多様体呼び出し形式)形式のデータおよび参照配列を利用して、標本ごとの塩基配列情報をFASTA形式(塩基配列やアミノ酸配列を記述するためのデータ形式)として一義的に決定する方法です。
ミトコンドリア部位8839でのAとG両方の多様体の発生は、比率が1:2で、独立したライブラリで複製されました。ミトコンドリア部位8839でのAとG両方の多様体は、ミトコンドリアのATP(アデノシン三リン酸)合成酵素サブユニット6遺伝子におけるp.105Ala/Thr多様体につながり、この遺伝子は、ネアンデルタール人標本であるメズマイスカヤ3号におけるmtDNAのヘテロプラスミー(ミトコンドリア内で変異型が共存している場合)を明らかに表しています。メズマイスカヤ3号のmtDNAに固有の4点の多様体も特定され、これは他のネアンデルタール人には存在しませんでした。これらの多様体は低頻度(0.02%)で見られ、他の全ての古代型ホモ属(絶滅ホモ属、非現生人類ホモ属)には存在しません。
●メズマイスカヤ3号の他のネアンデルタール人との関係および年代推定
メズマイスカヤ3号と、以前に刊行された、ネアンデルタール人27個体、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)4個体、ハイデルベルク人(関連記事)、古代人10個体と現代人53個体の現生人類、チンパンジーについて、ミトコンドリアゲノムのコード領域を用いて系統発生分析が実行されました。なお、ここでハイデルベルク人とされているのは、スペイン北部の「骨の穴(Sima de los Huesos)洞窟」遺跡(以下、SHと省略)で発見された43万年前頃のホモ属遺骸ですが、初期ネアンデルタール人に分類する見解(関連記事)が一般的だと思います。
これらの配列の最大節約系統樹では、メズマイスカヤ3号はネアンデルタール人的なミトコンドリアゲノムを有しており、同じくメズマイスカヤ洞窟で発見されたメズマイスカヤ1号に最も近くなります。メズマイスカヤ1号および3号とスタイニヤ洞窟の個体(S5000)は、デニソワ洞窟の5号および15号とベルギーのスクラディナ洞窟(Scladina Cave)の13万年前頃の個体(スクラディナI-4a)のミトコンドリアハプロタイプから分離したmtDNAクレード(単系統群)に分類されます。
直接的に放射性炭素年代測定された標本か、現代人標本のコード領域を含む、古代人と現代人のゲノムの部分集合でベイズ系統樹推定も実行されました(図3)。その結果、最大節約系統樹と同じメズマイスカヤ3号の系統発生的位置が観察されました。メズマイスカヤ3号標本の年代は、96700年前頃(95%最高事後密度で134000~59000年前)と推定され、メズマイスカヤ1号とスタイニヤS5000両方のミトコンドリアゲノムの95%信頼区間の範囲内に収まります。これら10万~7万年前頃の初期ミコッキアンのネアンデルタール人のmtDNA配列は、6万~4万年前頃となる後のミコッキアンのヨーロッパのネアンデルタール人とは遺伝的に離れています。以下は本論文の図3です。
●核ゲノム解析
メズマイスカヤ3号から生成された配列の常染色体配置(アライメント)について、35塩基対より長い配列について2つの異なる手法を用いて、汚染率は2~4%と推定されました。核DNA配列を用いて、高網羅率のネアンデルタール人のゲノムとデニソワ人(デニソワ3号)および現代人との、メズマイスカヤ3号の遺伝的近接性が評価されました。高網羅率のネアンデルタール人とは、デニソワ洞窟のデニソワ5号(アルタイ)とアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟(Chagyrskaya Cave)の個体(チャギルスカヤ8号)とクロアチア北部のヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)の個体(ヴィンディヤ33.19)で、現代人ではムブティ人とHGDP00982です。
その結果、標本固有の多様体の派生的アレル共有は、デニソワ3号およびアフリカの現代人(1%未満)よりもネアンデルタール人(7%超)の方で高く、メズマイスカヤ3号がネアンデルタール人由来と確証されます。メズマイスカヤ3号は、アルタイ山脈のデニソワ5号とよりも、チャギルスカヤ8号およびヴィンディヤ33.19の方と標本固有のアレルを多く共有している、と判断されました。共有派生アレルの割合に基づいて、メズマイスカヤ3号は後のヴィンディヤ33.19(13%)とよりもチャギルスカヤ8号(17%)の方と密接に関連している、と提案できます(図4)。同様のデータは、D統計計算により見つかりました。メズマイスカヤ3号は、アルタイ山脈のデニソワ5号とよりも、ヴィンディヤ33.19およびチャギルスカヤ8号標本の方と有意に多くの派生的アレルを共有しており、メズマイスカヤ3号は他の全てのネアンデルタール人とよりもメズマイスカヤ1号の方と近くなります。以下は本論文の図4です。
●ネアンデルタール人のmtDNAの差異とハプログループ化
ミトコンドリアゲノムのコード領域の再構築されたベイズ系統樹と、mtDNAの変異の完全な一式に基づいて、ネアンデルタール人の系統発生集団間の違いが調べられ、ネアンデルタール人の系統樹の各クレードに固有の遺伝標識が検出されました。本論文は次に、ネアンデルタール人のmtDNAハプログループ(mtHg)について、階層的命名法を提案しました。この命名法では、基底クレードはNA(ネアンデルタール人祖先)と表示されます。入れ子状態のクレードは、現代人のmtDNAの命名法のように、数字と小文字で命名されます。
全体として、固有のmtDNA多様体により特徴づけられる18の異なるハプログループが分類されました。そのうち、ネアンデルタール人集団の相対的年代に対応するネアンデルタール人の主要な3支系が浮き彫りになりました。それは、前期(NE)と中期(MN)と後期(NL)のネアンデルタール人クレードです(図3)。ネアンデルタール人のmtHgの分析を容易にするため、現時点で全ての利用可能な完全および部分的なネアンデルタール人配列を用いて、ネアンデルタール人ハプログループの系統樹と連携するよう、HaploGrep 2の適用による分類過程を自動化する計算手法が開発されました。
●mtHgに基づくネアンデルタール人の系統発生の再評価
ネアンデルタール人の高品質のmtDNA配列(図3)に加えて、開発された計算手法を用いて、利用可能な低品質で短いミトコンドリア制御領域配列の再分析が実行されました。その結果、ジブラルタルのフォーブス採石場(Forbes Quarry、略してFQ)の個体がスタイニヤS5000個体とともにNM1ハプログループに分類される、と分かりました。本論文のデータは、ネアンデルタール人クレード内のフォーブス採石場個体の位置を明確にします(関連記事)。
スペイン北部の標本(関連記事)では、2つの異なるmtHgが見つかりました。一方は、ドイツ南西部のホーレンシュタイン・シュターデル(Hohlenstein-Stadel)洞窟とスペインのヴァルデゴバ(Valdegoba)の個体のNA1で、もう一方は、スタイニヤS5000およびフォーブス採石場個体と最も近いNM1です。アルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟の標本(チャギルスカヤ8号)は、後期mtHgとなるNLに分類されました。デニソワ洞窟の3点のネアンデルタール人標本(E202とE213とM65)は最近、デニソワ5号および15号、メズマイスカヤ1号、スクラディナI-4aとともに分類され(関連記事)、NEハプログループに相当します。じっさいには、E202とE213とM65はNEではなくNA2a支系に分類されます。
ヴァルデゴバ個体で利用可能なDループのみを用いて、ヴァルデゴバ個体は古代のNA1ハプログループに分類され、以前の報告が確証されます。さらに、ヴァルデゴバ個体は以前に考えられていたよりも古い可能性が示唆されます。さらに、利用可能な超短波アルタムラ(Altamura)mtDNA配列で提示されたDループの16258G多様体により、この配列を正確なハプログループNL1に分類でき、このネアンデルタール人の後期ヨーロッパの存続期間が確証されます。興味深いことに、ウズベキスタンのテシク・タシュ(Teshik Tash)遺跡のネアンデルタール人個体(関連記事)のmtDNA制御領域は、NA1(16242T)とNA2(16156A)両方の多様体を有しています。したがって、この配列が正しいならば、この個体における別々の支系の存在、もしくはネアンデルタール人のmtDNA系統樹のNAクレードの異なる形態を除外できません。
●ネアンデルタール人のmtDNA配列の機能的進化
全てのネアンデルタール人もしくは特定のクレードのみで固定されているミトコンドリアゲノムの、機能的変異の可能性が調べられました。まず、現代人には存在しないか低頻度の、全てのネアンデルタール人に共有されているmtDNAの多様体が分析されました。12SリボソームサブユニットRNA遺伝子におけるネアンデルタール人の多様体827Gが見つかり、これは現代人では稀で、マイナーアレル頻度(MAF)は0.02となり、非ヒト霊長類とデニソワ人には存在しません。それは脊椎動物のmtDNA保存部位置に位置する、と分かりました。それはアミノグリコシド誘発性難聴のある現代人の家族における不完全な浸透率の病原性としても記載されており、12SリボソームRNA遺伝子の別の変異と組み合わさり、難聴の浸透率を有意に高めます。
次に、ネアンデルタール人で変化する位置が分析されました。誤配列の可能性を避けるため、少なくともネアンデルタール人2個体で見られるmtDNA多様体が選択されました。そうした多様体は13個のタンパク質コード遺伝子それぞれと、リボソームおよび転移RNA全体に分布すると分かり、非コード超可変領域の変異の大幅な濃縮が予測されます。転換(9.2%)に対する転移(90.8%)の優勢が、現代人で観察されるようにネアンデルタール人のミトコンドリアで見られました。
さらに、ネアンデルタール人のmtDNAの主要なクレードを定義した多様体が分析されました。NA1ハプログループは分析された最古のネアンデルタール人に相当し、NA2ハプログループは中期および後期ネアンデルタール人の祖先のもので、NLハプログループは、最新のネアンデルタール人集団のものです。より古い集団であるNA1は、全てのネアンデルタール人クレードで最大数の転移RNA多様体を有しています。支系NA2は、タンパク質コード遺伝子でミスセンス多様体(アミノ酸置換をもたらす変異)を大きな割合で有しており(全てのNA2固有の多様体の27%)、ATP6およびND1遺伝子の両方でアミノ酸置換の割合が最高となります。
ネアンデルタール人の支系NMでは、機能的に重要な可能性がある多様体は見つかりませんでした。メズマイスカヤ3号のミトコンドリア配列における8839部位のヘテロプラスミー多様体は、mtDNAのコード領域に位置し、ミトコンドリアATP合成酵素サブユニット6におけるp.105Alaとp.105Thr両方のアミノ酸につながります。この多様体は、アフリカとアジアとヨーロッパの人口集団を含むさまざまなヒトのmtHgでは見られず、病原性ではありません。ND1遺伝子におけるNLクレードのT3308C変異(p. M1*)でネアンデルタール人のmtDNAにおいて唯一のナンセンス(停止コドンに置換する変異)多様体がありますが、その病原性は証明されていません。
●考察
本論文は、メズマイスカヤ洞窟の東部ミコッキアン第3層で見つかった新たなネアンデルタール人個体(メズマイスカヤ3号)について、完全なmtDNA配列と部分的な核ゲノム配列を提示します。メズマイスカヤ3号のミトコンドリアゲノムは、ミコッキアンではない中部旧石器文化相と関連するヨーロッパ西部の他の同時代のネアンデルタール人とよりも、メズマイスカヤ1号および地理的に遠い東部ミコッキアン状況と関連するスタイニヤS5000の方と近くなっています。メズマイスカヤ3号は、ヨーロッパのミコッキアン文化のもう一方のネアンデルタール人の代表です。
これまで、ヨーロッパのミコッキアン伝統のネアンデルタール人標本はわずか数点しか配列されていません。分子遺伝時計による年代測定では、メズマイスカヤ3号は10万~9万年前頃となります。それにも関わらず、本論文の結果から示唆されるのは、メズマイスカヤ洞窟の両個体(メズマイスカヤ1号および3号)は、ヨーロッパ中央部の中部旧石器/ミコッキアンのスタイニヤS5000と同じ頃か、その後に暮らしていた、ということです。mtDNAデータに基づくと、メズマイスカヤ3号は初期ネアンデルタール人支系(NEとNM)の最後のネアンデルタール人個体で、この支系はMIS3(6万~4万年前頃)に遺伝的に遠い後期ネアンデルタール人集団により置換された、と提案できます。
現在まで、ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの一般的な分類は報告されていませんでした。本論文はネアンデルタール人のミトコンドリア配列の包括的なデータセットを用いて、ネアンデルタール人のmtHgについて階層的な命名法を提案し、その主要なクレードはNAとNEとNMとNLで表されます。古いネアンデルタール人のmtHgであるNAは、デニソワ人の各個体には存在しないものの、ネアンデルタール人の合計一式には存在するので、最も古いネアンデルタール人の「イヴ」のミトコンドリアハプロタイプとみなせる、いくつかのミトコンドリア多様体により形成されました。NAはNA1およびNA2クレードに分岐します。
現在知られているNA1の代表はヨーロッパに居住しており、初期ネアンデルタール人集団を表します。その遺骸は、現在のドイツ(ホーレンシュタイン・シュターデル)とスペイン(ヴァルデゴバ)の領域で発見されました。NA2の基底部支系は現在、デニソワ洞窟の1個体(D5276)だけで表され、このクレードはNEおよびNA2aへと分岐します。NA2aクレードはデニソワ洞窟の少なくとも3個体のアジア(アルタイ地域)のネアンデルタール人により表されます。
NEミトコンドリアクレードは、東方(デニソワ5号および15号)と西方(スクラディナI-4a)の初期ネアンデルタール人の両方を含んでおり、中部旧石器時代のヨーロッパとアジア中央部のネアンデルタール人で広く分布していた可能性が最も高そうです。ヨーロッパのスクラディナI-4aのmtDNAがアジア(アルタイ地域)のデニソワ5号および15号の両方と分岐した、18点のmtDNA部位があることに要注意です。可能性があるのは、NE支系内でのスクラディナ型mtDNAの分離したクレード(NE1など)は区別されねばならない、ということです。
NA2aは主要なNMおよびNLハプログループへとさらに分岐します。NM個体群はヨーロッパだけで見つかっていますが、NLクレードはアルタイ山脈のチャギルスカヤ洞窟やオクラドニコフ洞窟(Okladnikov Cave)やデニソワ洞窟といった東方と、西方(ヨーロッパで広範に)の両方のネアンデルタール人地域に広がっています。
(現時点で)ヨーロッパ固有のハプログループであるNMは、コーカサス北部(メズマイスカヤ1号および3号)、ヨーロッパ中央部(スタイニヤS5000)、ジブラルタルのフォーブス採石場とスペイン北部のアタプエルカ考古学・古生物学複合の一部である彫像坑道(Galería de las Estatuas、以下GEと省略)のネアンデルタール人で構成されるイベリア半島の個体から組み合わされ、その個々の年代は13万~10万年前頃で、この年代はヨーロッパにおけるMIS5b~5eの温暖な間氷期と相関しています。NMハプログループのネアンデルタール人はこれまでヨーロッパだけで見つかっており、ユーラシア東部では見つかっていません。
イベリア半島の標本はスタイニヤS5000と共通のmtDNA多様体を有していますが、スタイニヤS5000とメズマイスカヤ1号および3号の共通のNMハプログループへの系統発生クラスタ化(まとまり)にも関わらず、NM2の下位支系の代表であるコーカサス北部のメズマイスカヤ1号および3号とは違います。したがって、2つの遠い遺伝的系統があった、と仮定できます。一方はコーカサスの初期東部ミコッキアンネアンデルタール人集団に固有のNM2ハプログループの形成につながり、もう一方(NM1)は文化的に多様なヨーロッパ西部および中央部のネアンデルタール人集団の混合ハプログループを表します。
最近、核ゲノムに基づいて、ホーレンシュタイン・シュターデルとスクラディナI-4aの初期ヨーロッパのネアンデルタール人が、ほぼ同時代のアルタイ山脈のネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも、ヨーロッパの後のネアンデルタール人の方と遺伝的に近いことと、ホーレンシュタイン・シュターデル個体と他のネアンデルタール人との予期せぬ深く分岐したmtDNA系統が明らかになりました(関連記事)。本論文の結果は、ホーレンシュタイン・シュターデルのネアンデルタール人のmtDNAの分離した古代系統をさらに確証します。ホーレンシュタイン・シュターデルのネアンデルタール人は、ヨーロッパの2ヶ所の洞窟(ヴァルデゴバとGE)の少なくとも3個体のネアンデルタール人とmtDNAの支系を共有しています。
さらに、ヨーロッパとアジア(アルタイ地域)のネアンデルタール人におけるmtDNA進化の次の系統を仮定できます。(1)最古のNA1クレードのヨーロッパ系統です。これはネアンデルタール人の「イヴ」もしくは古代のアジア系統からMIS9~8に分離し、後にヨーロッパではアルタイ支系のNA2のmtDNA子孫により完全に置換されました。(2)MIS6~MIS5初期におけるアルタイ山脈の初期ネアンデルタール人により表される最古のNA2クレードのアジア系統は、後のアルタイ山脈ネアンデルタール人によりほぼ表されるNEクレードと、ヨーロッパ(スクラディナI-4a)のネアンデルタール人により表される可能性があるNEクレードへと発展し、次にMIS5におけるヨーロッパ固有のNM支系と、MIS3におけるNL1およびNL2両方の下位支系へと形成されました。
mtDNAデータとは対照的に核DNAデータでは、ヨーロッパのネアンデルタール人は早期も後期も両方、アジア(アルタイ地域)の初期ネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも相互と、密接な祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を共有する、と明らかにされました(関連記事)。デニソワ人とネアンデルタール人の交雑第一世代の女性個体(デニソワ11号)に関するゲノム規模データ(関連記事)では、デニソワ11号がアルタイ地域のネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも、後期ヨーロッパのネアンデルタール人の方と多くのアレルを共有している、と明らかにされました。
ジブラルタルのフォーブス採石場のネアンデルタール人個体に関する最近刊行されたデータでは、この個体はヴィンディヤ33.19およびチャギルスカヤ8号の両方と等しく関連している、と示唆されました(関連記事)。本論文のデータでは、メズマイスカヤ3号もアルタイ地域ネアンデルタール人(デニソワ5号)とよりも、ヴィンディヤ33.19およびチャギルスカヤ8号の方と派生的アレルを有意に多く共有しており、メズマイスカヤ3号とチャギルスカヤ8号との間で共有されるアレルの数はわずかに多い、と示唆されました。まとめると、核ゲノム及びミトコンドリアデータから、ミトコンドリアNMハプログループの両個体(メズマイスカヤ3号とフォーブス採石場個体)は、チャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人集団と後期ヨーロッパのネアンデルタール人集団との間の分離した中間的な支系を形成した、分離した古代の人口集団の代表である、と示唆されました。
全体として、本論文のデータが示すのは、現在配列されたネアンデルタール人のほとんどはそのmtDNA系統をアジア(アルタイ地域)のネアンデルタール人のmtDNA支系NA2にたどれる、ということです。ヨーロッパの系統NA1は、ヨーロッパの初期ネアンデルタール人の数個体のみで見つかっており、後期の人口集団では保存されていませんでした。本論文の結果は、ネアンデルタール人のmtHgに関する現在のデータの空隙性も指摘します。たとえば、NA2aの代表であるネアンデルタール人標本は、ハプログループNMとNLのヨーロッパのネアンデルタール人の祖先ですが、まだヨーロッパでは知られていません。
後期(NL)ハプログループは、NMの姉妹クレードです。このクレードでは、下位支系のNL1とNL2にはヨーロッパのネアンデルタール人のみが含まれていますが、基底部NL支系の代表はアルタイ地域全体に分布していました。本論文で提示された命名法は現在利用可能なデータに基づいており、それには高品質と低品質の完全なミトコンドリア配列および短いDループ配列が含まれます。さらに、この命名法は、新たなネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムの再構築にさいして、拡張して詳細化できます。
mtDNA配列は、系統発生分析だけではなく、機能的分析や病原性多様体の検索にも使用できます。本論文では、14個のミスセンス多様体と、全ての検証されたネアンデルタール人で共通するリボソームもしくは転移RNA遺伝子における9個の多様体が見つかりました。12SリボソームサブユニットRNA遺伝子における固定されたネアンデルタール人の多様体は以前に、アミノグリコシド誘発性難聴のある現代人の家族における不完全な浸透率のある病原性として記載されました。ネアンデルタール人の一部集団では、アミノグリコシドを含むキノコがその食性に含まれているか、別の現時点では知られていないmtDNA多様体との組み合わせに起因している(現代人のハプログループB31のように)ならば、人口集団における聴覚障害個体の頻度増加の可能性がある、と暫定的に推測できます。
古いネアンデルタール人のNAクレードにおける同義置換(S)に対する非同義置換(NS)多様体の全体の割合(0.3)は、基底部NAネアンデルタール人クレードのコード領域mtDNAの浄化選択の優位性を示唆します。ネアンデルタール人のmtDNAにおける最も顕著な変異は、古代のNA支系がひじょうに離れた2クレード(NA1とNA2)へと分岐する間に起きたようです。NA1ハプログループの個体は、転移RNA多様体の最大数を共有していましたが、そのうち機能的に有意と予測されるものはありませんでした。
NA2クレードにおける多様体は、全体のコード領域(NS/S=0.64)と、ATP6(NS/S=3.0)やND1(NS/S=2.0)などいくつかの遺伝子の両方で、顕著な数のアミノ酸変異を有しており、NA2クレードにおける恐らくは適応的な選択を示唆します。現代の人口集団におけるATP6およびND1遺伝子は、さまざまな気候の集団間で非同義置換と同義置換において統計的に有意な違いがあります。全体として、ATP6およびND1遺伝子は両方、NA2ネアンデルタール人クレードへの選択を受けており、さまざまな気候条件もしくは一般的な気候変化へのネアンデルタール人の適応に役割を果たしたかもしれない、と提案できます。このハプログループについて現在知られている個体数が少なく、その生涯に関する断片的な情報のため、ネアンデルタール人のこの古代集団における他の進化モデルを除外できません。
中期(NM)および後期(NL)ネアンデルタール人支系のmtDNAにおいて、有意に機能的な可能性がある多様体は見つかりませんでした。それにも関わらず、後期ネアンデルタール人クレードにおける、T3308Cの病原性の影響の可能性と、ミトコンドリア脳筋症(MELAS)的な病状の可能性を除外できません。後期ネアンデルタール人支系(NL)は、酸化リン酸化遺伝子(ND1とND2とND5)と転移RNA遺伝子におけるアミノ酸置換につながるいくつかのmtDNA変異により形成されます。酸化リン酸化遺伝子における変異は、細胞成長や信号伝達や炎症など、多くの身体機能に影響を及ぼす可能性があります。
現代人では、mtDNAの多様体はヒトの適応に重要と考えられています。全ての主要なネアンデルタール人のmtHgは、アミノ酸変化で少なくとも1個の多様体を有する、と分かりました。mtDNAの注釈づけに基づくと、これらの変異がネアンデルタール人のmtHgにおいて深刻な悪影響を及ぼす兆候は見つかりませんでした。したがって、どのネアンデルタール人集団の消滅も、mtDNAにおける病原性変異と関連している可能性は低そうです。それにも関わらず、NL支系における多数の新たな適応的かもしれないmtDNA多様体の蓄積が、ネアンデルタール人の1集団が中部旧石器時代末の再居住で新たな生息条件に適応するのに役立った可能性を無視できません。
以前のmtDNA研究では、ミコッキアンの地理的に遠い異形と関連するネアンデルタール人、つまりスタイニヤS5000とメズマイスカヤ1号は、アルタイ山脈の初期ネアンデルタール人(デニソワ5号)およびヨーロッパの初期ネアンデルタール人のミトコンドリアゲノムと初期(17万~15万年前頃となるMIS6)に分離した異なるクレードに分類される、と示唆されました(関連記事)。メズマイスカヤ3号のmtDNA配列決定についての本論文の新たなデータでは、これがスタイニヤS5000およびメズマイスカヤ1号と同じ初期ミコッキアンのネアンデルタール人の集団に分類される、と示されました。
しかし本論文は、メズマイスカヤ3号および1号が同じNM2ハプログループを共有し、これはコーカサスの東部ミコッキアン初期ネアンデルタール人に固有である可能性が高いのに対して、スタイニヤS5000は、ミコッキアンとは関連しないイベリア半島のネアンデルタール人2個体とともにNM1に分類される、と定義しました。これは、ヨーロッパ西部ネアンデルタール人からの遺伝子流動がスタイニヤS5000の祖先系統に影響を及ぼし、NM1はおそらく文化的に多様なヨーロッパ西部および中央部の人口集団の混合したハプログループを表している、と示唆しているかもしれません。
10万~6万年前頃に暮らしていたこのミコッキアン初期ネアンデルタール人集団も、5万~4万年前頃となる後のヨーロッパのネアンデルタール人と遠い関係を示します。メズマイスカヤ2号の先行研究は、メズマイスカヤ1号と2号との間の時期に起きた人口置換を示唆しました(関連記事)。メズマイスカヤ洞窟の全てのネアンデルタール人は、東部ミコッキアン・インダストリーの初期(メズマイスカヤ1号と3号)もしくは後期(メズマイスカヤ2号)の異形と関連しています。この置換について、正反対のモデルが提案されました。一方は、ヨーロッパ西部ネアンデルタール人と関連する人口集団によるコーカサスにおける初期ミコッキアンのネアンデルタール人の置換です。もう一方は、メズマイスカヤ2号と関連する後期ミコッキアン人口集団によるヨーロッパ西部におけるネアンデルタール人の置換です。
本論文の結果が示すのは、メズマイスカヤ2号がヨーロッパ中央部(ドイツ)のフェルトホーファー洞窟(Feldhofer Cave)の1号および2号標本とともに後のミコッキアン・インダストリーとも関連しており、ヨーロッパ西部および中央部の他の後期ネアンデルタール人と同じNL1ハプログループを共有していた、ということです。スタイニヤS5000がメズマイスカヤ2号よりもずっと早く、ヨーロッパ中央部のミコッキアン人口集団の祖先系統に影響を及ぼしたヨーロッパ西部ネアンデルタール人からの遺伝子流動の証拠を示す、という事実に基づいて、ヨーロッパ西部ネアンデルタール人による置換があり、この置換はかなり長い間起きていた、と推測されます。その置換はヨーロッパ中央部および東部において、北西部地域(スタイニヤS5000)で早期に(後期MIS5)始まり、後に(早期MIS3)ミコッキアン分布の南東部地域(メズマイスカヤ2号)に拡大しました。これが事実だったのかどうか包括的に調べるには、さらなる研究が必要です。
参考文献:
Andreeva TV. et al.(2022): Genomic analysis of a novel Neanderthal from Mezmaiskaya Cave provides insights into the genetic relationships of Middle Palaeolithic populations. Scientific Reports, 12, 13016.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-16164-9
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