ヨーロッパにおける乳糖耐性進化の要因
ヨーロッパにおける乳糖耐性の歴史に関する研究(Evershed et al., 2022)が公表されました。ヨーロッパの人口集団、および多くのアフリカと中東とアジア南部の人口集団において、ラクターゼ(乳糖分解酵素)活性持続(LP)は、過去1万年間に進化した単一遺伝子形質のうち最も強力に選択されたものです。LPの選択と先史時代の乳の消費には関連があるはずですが、その時空間的な構造や具体的な相互作用に関してはかなりの不確実性が残されています。本論文は、550ヶ所以上の遺跡で見つかった土器に付着していた約7000点の脂質残留物を用いて、ヨーロッパ各地における過去9000年間の乳利用の詳細な分布を提起します。
ヨーロッパの乳利用は新石器時代から広範に及んでいましたが、その程度には時空間的な変動がありました。注目すべきことに、先史時代の乳利用の水準とともに変動するLPの選択は、LPのアレル(対立遺伝子)頻度の説明としては、新石器時代以降の一様な選択よりも優れてはいません。現代ヨーロッパ人50万人から構成されるイギリスのバイオバンクのコホートでは、LP遺伝子型は乳消費と弱く関連しているにすぎず、適応度や健康指標の向上との一貫した関連は見られませんでした。これは、LPの頻度の迅速な上昇に関してLPの有益な影響の別の理由を考慮すべきである、と示唆しています。
本論文は、ラクターゼ非持続性(LNP)の人々も乳が利用可能になった時に消費したものの、飢餓や病原体への曝露が増加した条件では乳利用が不利になり、それによって先史時代のヨーロッパにおけるLP選択が促進された、と提案します。モデル尤度の比較により、LP選択の駆動要因の代理指標である、人口変動や定住密度や野生動物の利用が、乳利用の程度以上にLP選択を適切に説明する、と示唆されました。これらの知見は、先史時代の乳利用およびLPの進化に関して新たな見方を提示します。
●研究史
現代人の祖先が家畜化された反芻動物の乳を消費し始めた時、LPの進化、および最終的には、主要な乳の供給源として約15億頭のウシを用いる、現代の世界的な酪農産業につながる事象が動き出しました。動物相および有機残留物の分析の組み合わせに基づく先史時代の乳利用の証拠は、かなりの空間的変動を示唆します。ヒツジもしくはヤギの死亡年齢特性の分析から、酪農管理は紀元前九千年紀のアジア南西部におけるヤギの家畜化と同時期だった、と示唆されます。酪農の最初の有機残留物に基づく証拠は紀元前七千年紀のアナトリア半島北西部にあり、動物相群におけるウシの骨の高い割合と関連しています(関連記事)。
酪農畜産と加工技術が最初の農耕民により地中海沿岸経由でヨーロッパへ、またバルカン半島を通ってヨーロッパ中央部へと導入されたことは明らかですが、乳の利用はギリシア北部の新石器時代遺跡群ではまだ検出されていません。ヨーロッパ北部では、土器と歯石における有機残留物の広範な研究により、ブリテン諸島とアイルランド島の紀元前四千年紀の新石器時代住民が熟達した酪農家だった、と明確に示されています。先史時代のデンマークでは、紀元前4000年頃の水産資源加工とともに乳利用の証拠があります。現在世界で最高の乳消費地域であるフィンランドの先史時代では、乳利用は縄目文土器(Corded Ware)文化の到来とともに紀元前三千年紀初期に現れますが、その後、気候変動が狩猟採集漁撈生計戦略への回帰を引き起こしたかもしれません。
古代DNAデータでは、全てではないものの殆どの前期新石器時代人はLNPで、LPは青銅器時代と鉄器時代においてやっとかなりの頻度に達した、と示唆されます。そうしたアレル頻度の軌跡は、LPを選好する強い選択を示唆しており、前期新石器時代に始まる選択と一致します(関連記事)。主要なLPの原因となるアレル(13910*Tとして知られるrs4988235-A)は、現代ヨーロッパにおいてひじょうに構造化された地理的分布を示します。これは、さまざまな地域における選択のさまざまな強度を反映しているかもしれませんが、人口統計学的過程により形成された現代の頻度など、他の尤もな説明もあります。
そうした代替的説明では、青銅器時時代草原地帯起源(関連記事)もしくはその起源地を反映するアレル分布が提案されています。正のLP選択を説明する一連の提案があります。これらのうち、カルシウム消化仮説は、乳が紫外線B放射の減少した地域における低いビタミンD食性を補う、というもので、おそらく最も広く引用されています。しかし、この仮説は、アフリカや中東やヨーロッパ南部やアジア南部など、より低緯度の地域における推定される高い選択強度を説明しておらず、そうした地域では、比較的病原体のない液体の供給源としての乳が、より尤もらしい説明を提供します。
他の仮説では最近、前期新石器時代ヨーロッパにおける土器の乳脂肪の割合の緯度勾配が指摘され、乳利用の標識として、この勾配は同じ地域における現代のLP分布を説明する、と主張されました。LPの選択の近位および恐らくは地域的に固有の要因に関係なく、乳消費は前提条件です。しかしLPには、乳消費における個体水準での有意差もしくは現代の人口集団におけるさまざまな疾患の危険性が伴うわけではないので、その選択は、特定の歴史的に偶発的な環境でのみ、LNP個体群における乳消費の潜在的な悪影響により支えられているかもしれません。
●古代の乳利用の地図作成
先史時代の乳利用のより包括的な図を作成し、それがLPでの選択をどの程度上手く説明するのか調べるため、ヨーロッパとアジア南西部における366ヶ所の遺跡の土器容器で検出された乳脂肪残留物発生の、全ての刊行された事例が集められました。時空間的網羅を改善するため、さまざまな地域と期間の新たに生成された有機残留物が追加されました。全体として、1000点以上の放射性炭素年代を含む、関連する地理参照と期間年代のある、554ヶ所の遺跡の826期間の13181点の土器片に由来する6899点の動物性脂肪残留物が用いられました。これらのデータが用いられ、紀元前7000~紀元後1500年頃の先史時代も含まれるヨーロッパ大陸部にわたる乳利用の頻度を示す時系列(図1)と地域的な時系列(図2)が生成されました。
紀元前5500~紀元前5000年頃の有機残留物の高密度(図1b)は本論文で提示された新たな標本抽出を反映しており、ヨーロッパ中央部の線形陶器文化(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)の最初の農耕民における酪農とLPの共進化の調査を目的とします。∆炭素13値≤-3.1‰(乳脂肪残留物のの代理)の多さを考慮するならば、乳利用はヨーロッパ先史時代の全期間でひじょうに広範な活動だった、と直ちに明らかになり、これは最大規模ではヨーロッパ大陸における農耕拡大と一致していました。以下は本論文の図1です。
土器の広範な標本抽出と分析により、前例のないほど詳細に乳利用の時空間的パターン化を解決できます(図2)。重要なことに、これが示すのは、乳利用は地中海地域(現在のギリシアを網羅する地域を除きます)へと最初の農耕民とともに到来し、新石器時代を通じて継続したものの、一方で、ブリテン島南部における新石器時代のその後の到来は、即時の高い乳利用と関連しており、おそらくはヨーロッパ大陸部の近隣地域からの発達した酪農人口集団の到来を反映しており、その後は次第に減少した、ということです。先史時代のバルカン半島は乳利用の初期の強化の中核地域で、ウシの利用の始まりと一致しているものの、驚くべきことに、乳利用はギリシアに位置する地理的に近隣の新石器時代遺跡ではほぼ存在しません。これは、870点以上の土器片の190点以上の動物脂肪の分析に基づいていますが、この文化的文脈において乳加工に他の種類の容器が用いられた可能性に要注意です。以下は本論文の図2です。
一部地域では、本論文のデータは、とくに紀元前5500~紀元後1500年頃のフランス西部とヨーロッパ北部とブリテン諸島における継続的な集中的乳利用を示唆します。LPの選択の起源と以前には推定されていたヨーロッパ中央部からの集中的な標本抽出(6810点以上の土器片から2800点以上の動物性脂肪)にも関わらず、その乳利用の頻度は一貫して、先史時代を通じてヨーロッパの南東部や西部や北部よりも低くなっています。全体像は、酪農が新石器時代を通じて続いたものの、その強度は時空間的に大きく変動していた、というもので、食料生産における地域的に固有の不安定性と酪農選好における文化的変化が示唆されます。これは、同じ期間のヨーロッパ全域にわたる人口密度の地域的な「過熱と急後退」の変動を示す先行研究と一致します。
●乳利用とLPの進化
先史時代のヨーロッパとアジアの1786個体の刊行された古代DNAデータに基づくLPアレル(rs4988235-A)頻度の軌跡の推定値(図3)は、選択的一掃で予測されるように、S字状曲線によりよく示されます。古代DNAにのみ合致する曲線は、大まかに現代のアレル頻度を予測します。このアレルは紀元前2000年頃までにかなりの頻度に達しますが、それは最初に検出(最初のLP個体の年代は紀元前4700~紀元前4600年頃)されてからほぼ3000年後で、起源および選択の開始と最初の観察とこのアレルがかなりの頻度に到達する年代は全て異なる「事象」で、それぞれ数千年離れている可能性があります(関連記事)。以下は本論文の図3です。
乳 利用のパターンがこれらのアレル頻度の軌跡を説明できるのかどうか調べるため、最尤モデル化手法が考案され、LP選択強度が酪農脂肪残留物を有する土器片(乳利用の代理)の割合により判断されました。模擬実験を用いると、もし関連があるならば、乳利用パターンにおいて中程度のノイズが存在する場合でさえ、本論文の手法には関連を検出する能力がある、と確認されました。乳利用のパターンは、他の研究の主張に反して、時空間的に均一な選択を仮定するよりも適した説明(観察されたアレル頻度データの確率が増加しません)を提供する、と分かりました。この手法の追加の感度検定として、カルシウム消化仮説と一致する、LP選択強度を駆動する主要な環境変数としての入射太陽放射の使用が試みられ、観察されたアレル頻度データのより高い確率が得られました。
●乳消費の健康への影響
土器片の脂質残留物と古代のLPアレルデータの分析から、乳利用量は単なる存在を超えてのLPの選択を促進しなかった、と示唆されます。LP選択についての他の説明を調べるため、まず現在のデータに目が向けられました。イギリスのバイオバンクは、2006~2010年に収集された、37~73歳の約50万人の遺伝子型および表現型のデータを含んでいます。自身を「白人、イギリス人」と分類し、類似の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有する血縁関係のない約337000人の部分集合では、LP遺伝子型はハーディー・ワインベルグ平衡から外れており、他の影響のうち、研究もしくは人口構造への選択である、遺伝子型と関連する選択的配偶を反映しているかもしれません。
遺伝的LNPである参加者の約92%(95%信頼区間で91.5~92.2%)は、おもに豆乳もしくは乳なしの代わりに新鮮な牛乳を利用しており、乳糖(ラクトース)を含まない食事だと報告された乳消費者はわずか2.5%でした(95%信頼区間で2.4~2.7%)。これは、LPの乳消費への影響はわずかで、乳糖を含まない製品の利用は説明にならないことを示唆します。この調査結果は、乳からの栄養上の利点という選択仮説と矛盾しています。
これらの結果と一致して、LP水準がひじょうに低い一部の非ヨーロッパ諸国は、西洋式食事のより一般的な採用の一部として、近年では大量に乳を輸入してきました。たとえば中国はLP頻度がひじょうに低く、乳は20世紀初期には稀にしか消費されませんでしたが、過去50年間で乳消費は25倍以上に増加しました。これらの調査結果は、LNPに対する選択が、健康な個体における乳消費の悪影響、たとえば急激な腹痛や下痢や鼓腸の結果だった、との広く浸透した信念に疑問を投げかけます。現代のデータでの乳摂取量におけるLNPの小さな影響についての考えられる一つの説明は、乳糖不耐性の症状を軽減する食事でのラクターゼ栄養補助食品の利用です。しかし、これらは最近になって利用可能になっただけで、イギリスのバイオバンクの参加者は、人生のほとんどでそれらを利用できなかったでしょう。
本論文は、遺伝的に予測されたLPの表現型の関連性を検証し(図4)、選択が起きたかもしれない経路を調べました。関連するカルシウム消化とビタミンD仮説は、LPが乳消費との正の関係に起因するより高いビタミンD濃度および骨の鉱物密度と関連している、と予測するでしょう。しかし、これらの推定は無効にひじょうに近く、大規模標本は存在し得る影響の程度にかなりの制約を課します。以下は本論文の図4です。
乳消費は、循環するインスリン様成長因子1(IGF-1)を増加させると示唆されており、身体サイズ増大と性的成熟の低年齢化をもたらすIGF-1の適応的利点により駆動される、LP選択モデルを提案する研究者もいます。しかし、LPとLNPの個体間で意味のある違いはありませんでした。それにも関わらず、以前に報告されたように、LPアレルの存在は標準偏差で0.01より高い肥満度指数(BMI)と関連していたものの、身長とは関連しておらず、人口階層化でよく制御された他の研究と一致します。統計的に堅牢であり、他の大規模標本で観察された結果が再現されている一方で、BMIの影響は小さく、乳消費のカロリー摂取量のわずかな違いと一致します。
全死因死亡率および父母の死亡年齢とのLPアレルの関連は、全て無効に近いものでした。これらの結果から、現代の人口集団においてLNPの成人により消費される場合、乳は健康への悪影響が殆どないか皆無である、と示唆されます。別の考えられる選択の原動力は、繁殖力へのLPアレルの影響ですが、出生数もしくは父の子供の数へのLPアレルの存在の意味のある影響は見つかりませんでした。
●LP選択の他の原動力
食性変化以外に、人口増加および定住密度の増加、移動性増加、動物への近接、頻繁な不作、飢饉と人口崩壊、一般的な健康と衛生の劣悪を含む多くの他の要因が、ヨーロッパにおける農耕共同体の確立に続く繁殖力と死亡率に影響を及ぼした可能性が高そうです。これらの要因の全てではないとしても殆どは、感染症負荷、とくに人畜共通感染症を増加させた可能性が高そうです(既知のヒト感染症の約61%と新興のヒト感染症の約75%は非ヒト動物に由来します)。
本論文で示された乳の広範な先史時代の利用および現代における健康なLNP個体での比較的良性の影響を考えると(図2)、LP進化について2つの関連する機序が提案されます。第一に、先行研究で仮定されているように、LNP個体による高乳糖食品消費の健康への悪影響はじっさい、飢饉において激しく現れ、LPを選好する高いものの一時的な選択につながるでしょう。これは、乳糖誘発性の下痢が深刻な栄養失調の個体において、不都合な状態から致命的な状態に移行する可能性があり、高乳糖(未発酵)の乳製品は、他の食資源が枯渇している時に消費される可能性がより高いからです。本論文はこれを「危機の機序」と命名し、それはLPの選択圧が生計の不安定な時期により大きくなる、と予測します。
第二の機序は、農耕および人口密度と移動性の増加と関連する、病原体負荷の増加、とくに人畜共通感染症と関連しています。病原体への暴露による死亡率と罹患率は、水分損失や他の腸障害に起因する乳を消費する個体におけるLNPの些細な健康への影響(とくに下痢)によって増幅され、LPの選択強化につながります。本論文はこれを「長期的機序」と命名し、これはLPの選択圧が病原体への暴露の増加とともに増える、と予測します。
重要なことに、これらの提案された機序の駆動要因の一部には代理が利用可能で、それらがLP選択とアレル頻度の軌跡をどの程度説明するのか、本論文の最尤モデル化手法を用いて調査が可能となります。「危機の機序」について、本論文は人口規模の変動(全体的な背後事情の成長の傾向を抑えた残りの変動)を栄養失調への暴露の代理として用います。「長期的機序」について、本論文は病原体への暴露の代理として、定住密度における経時的差異を用います。両方の代理は、ヨーロッパと地中海全域の27000ヶ所以上の遺跡の11万点以上の放射性炭素年代から構成される広範なデータベースを用いて構築されます。
モデルの可能性(アレル頻度データの確率)で示唆されるのは、定住密度と人口変動の両方が、時空間的に均一な選択もしくは乳利用よりも、先史時代ユーラシア西部におけるLPアレル頻度の軌跡を適切に説明する、ということです。これは、「長期的機序」と「危機の機序」両方への裏づけを提供します。LPアレルデータは、定住密度もしくは人口変動のモデル下では、それぞれ一定の選択のモデル下の場合よりも、選択の駆動要因として、それぞれ284倍もしくは689倍可能性が高くなります。
LPアレル頻度の軌跡についての説明変数として、選択動物相群における家畜と野生動物の割合も考慮されました。これは、825ヶ所の遺跡の1093の期間で発見された17の主要な肉食分類群の100万点以上のNISP(識別された標本数)を用いて構築されました。しかし、家畜をより多く利用することが病原体への暴露を増加させるのかどうか、明確ではなく、それは家畜が野生動物よりもヒトの方と近くの場所で暮らす傾向にあるからです。あるいは、より多くの野生動物の利用が病原体への暴露を増加させるのかどうかも明らかではなく、それは野生動物についてより大きな病原体多様性が予測されるからです。
さらに、家畜から野生動物の利用への移行は、「危機の機序」と関連する経済的不安定性をもたらしたかもしれません。興味深いことに、考古学的資料における家畜ではなく野生動物の割合は、より高いモデルの可能性を提供しました。LPアレルデータは、選択を駆動する野生動物消費のモデル下では、一定の選択のモデルよりも34倍可能性が高くなります。これは、「危機の機序」もしくは「長期的機序」のいずれかの裏づけとして解釈できるか、あるいは先史時代の病原体への暴露がおもに家畜に由来していたならば、「長期的機序」に反すると主張できます。
酪農とLPの共進化についての有力な物語は、LP頻度が栄養面での利点と乳消費の健康における負の対価の回避を通じての選択好循環機序であり、さらにLP選択を駆動した乳への依存度増加を促進した、というものです。本論文の調査結果は、異なる状況を示唆します。乳消費はヨーロッパ新石器時代を通じて最初の低水準からじょじょに増加したわけではなく、ほぼ完全にLNPの人口集団において初めに広がりました。先史時代の乳利用の規模は、ヨーロッパ新石器時代のLPアレル頻度の軌跡の説明に役立たないので、選択強度も説明できない、と示されます。さらに、LPの状態は現代の乳消費か死亡率か繁殖力にほとんど影響を及ぼしておらず、乳消費は現代の健康なLNP個体に健康上の悪影響を殆ど若しくは全く与えない、と示されます。
代わりに、2つの関連する仮説への裏づけが見つかりました。LP選択は飢饉により一時的かつ急激に、および/もしくは病原体への暴露とLNP個体における乳消費の他の好適な結果との間の相乗作用によるより継続的な原理に基づいて駆動されました。本論文の提案は、これらの機序がLP頻度の急速な増加期間における疾患および栄養失調傾向の環境に適用されたものの、これらの状況以外では適用されないと予測されるだろう、というものです。この歴史的偶発は、国民のほとんどがLNPである現代中国における乳消費のかなりの増加により裏づけられます。現代の人口集団では、LP遺伝子型は腸内細菌叢の側面と強く関連しているものの、それは乳の消費者においてのみです。これは、乳がLNP人口集団の食性に入ると、腸内細菌叢が変化した、と示唆します。
増加する人口密度と居住規模に伴う循環する感染症の変化するパターンと疾患率を組み合わせると、子供期後期における下痢性疾患死亡率は、乳を飲むLNP個体において増加したかもしれない、と推測されます。LPの割合が増加した期間には、子供期前期(2~5歳)に対する子供期後期(5~18歳)の死亡率の比率は増加しました。もちろん「危機の機序」と「長期的機序」は相互に排他的ではなく、とくにユーラシア西部外では、他のLP選択の機序を除外しません。
地平面への現代の昼間の日射量も検証され、本論文の最尤手法はじっさい、カルシウム消化仮説への裏づけを提供しますが、日射量および緯度と強く相関しているので、元々の位置や「アレルの波乗り効果(個体群の急速な増加時に有利だったアレルは、個体群が平衡状態に達した時には、すでに固定している可能性が高くなります)」や大規模な人口移動(関連記事)など、LPアレルの空間的拡大に影響を及ぼす要因による混乱の可能性に要注意です。
比較的病原体の少ない液体としての乳、より早い離乳を可能とするので繁殖力を高めること、大腸微生物叢での乳のガラクトオリゴ糖の恩恵、酪農からのカロリー生産のより高い効率性など、ヨーロッパにおけるLPを選好する選択の他の妥当な提案は、評価がより困難です。しかし、これらの過程すべての最良の代理は乳消費水準で、それ自体が経時的な一定の選択よりも、LPアレル頻度の軌跡についてより適切な説明を提供しないことに要注意です。
したがって、ヨーロッパの古代人におけるLP選択の時空間的パターンはおそらく、その乳消費の差異を反映していません。代わりに、その時空間的パターンは、緯度や人口変動や定住密度に対応し、それぞれ、環境条件と生計経済と病原体への暴露の代理となります。これらの要因は、さまざまな構成にも関わらず、現在でもヒトの疾患率と死亡率の原動力であることに要注意です。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
考古学:乳糖を消化できるようになるまで長い間にわたって動物の乳を飲んでいた古代人
先史時代のヨーロッパの人々は、乳糖を消化する酵素の遺伝子を持つようになるまでの数千年間にわたって家畜の乳を飲んでいた可能性のあることを示唆した論文が、Nature に掲載される。この知見は、動物の乳の消費と乳糖耐性の進化を解明する新たな手掛かりとなる。
ラクターゼは、乳に含まれる乳糖を消化する酵素で、古代人が動物の乳を消費したことは、成人におけるラクターゼ活性の持続性の進化に重要な役割を果たしたと考えられている。しかし、動物の乳の消費量は、地域や時代によって大きく異なるため、この点に関しては、かなり不確かな点が残っている。今回、Richard Evershedたちは、酪農業とラクターゼ活性の持続性の共進化をさらに詳しく調べるため、554か所の考古学的遺跡から採取した陶器の破片1万3181個から得られた動物性脂肪の残渣(6899点)を分析して、先史時代の動物の乳の消費に関する包括的な地図を作製した。ヨーロッパでは新石器時代(紀元前7000年頃~)以降に動物の乳の利用が広まったが、地域や時代によって差があったことを示唆する証拠が得られた。また、Evershedたちは、以前に発表された先史時代のヨーロッパ人とアジア人(合計1786人)の古代DNAデータに基づいて、ユーラシア人におけるラクターゼ活性持続性に関連する主な遺伝子変異体の発現頻度を経時的に調べた。その結果、ラクターゼ活性の持続性は、紀元前4700~4600年頃に初めて検出されてから約4000年後の紀元前1000年頃までは一般的でなかったことが示された。
まとめると、これらの知見は、先史時代のヨーロッパで、大部分の人々が乳糖不耐症であった頃に動物の乳が広く使用されていたことを示している。このことから、動物の乳の消費がラクターゼ活性持続性の主たる要因なのかという疑問が生じる。今回の研究では、遺伝データと考古学データのモデル化も行われたが、Evershedたちは、動物の乳の消費とラクターゼ活性持続性の増加との強い関連が、これらのデータに示されていないと付言している。むしろ、飢饉や病原体への曝露を示す指標の方が、ラクターゼ活性持続性の進化をよりよく説明していた。Evershedたちは、今回の知見は、ラクターゼ活性持続性の遺伝子の進化過程についての通説に異論を唱えており、妥当と思われる他の仮説に関する今後の研究に新たな手掛かりをもたらしたと結論付けている。
食物学:ヨーロッパにおける酪農、疾患、ラクターゼ持続性の進化
食物学:ラクターゼ持続性の選択の真の駆動要因
ラクターゼ持続性は、長く乳の消費と関連付けられてきた。しかし今回、考古学的な土器・陶器に付着した脂肪残渣と現代人の遺伝子を詳細に調べた研究で、この関連がこれまで考えられてきたよりもはるかに弱いことが示唆された。
参考文献:
Evershed RP. et al.(2022): Dairying, diseases and the evolution of lactase persistence in Europe. Nature, 608, 7922, 336–345.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05010-7
ヨーロッパの乳利用は新石器時代から広範に及んでいましたが、その程度には時空間的な変動がありました。注目すべきことに、先史時代の乳利用の水準とともに変動するLPの選択は、LPのアレル(対立遺伝子)頻度の説明としては、新石器時代以降の一様な選択よりも優れてはいません。現代ヨーロッパ人50万人から構成されるイギリスのバイオバンクのコホートでは、LP遺伝子型は乳消費と弱く関連しているにすぎず、適応度や健康指標の向上との一貫した関連は見られませんでした。これは、LPの頻度の迅速な上昇に関してLPの有益な影響の別の理由を考慮すべきである、と示唆しています。
本論文は、ラクターゼ非持続性(LNP)の人々も乳が利用可能になった時に消費したものの、飢餓や病原体への曝露が増加した条件では乳利用が不利になり、それによって先史時代のヨーロッパにおけるLP選択が促進された、と提案します。モデル尤度の比較により、LP選択の駆動要因の代理指標である、人口変動や定住密度や野生動物の利用が、乳利用の程度以上にLP選択を適切に説明する、と示唆されました。これらの知見は、先史時代の乳利用およびLPの進化に関して新たな見方を提示します。
●研究史
現代人の祖先が家畜化された反芻動物の乳を消費し始めた時、LPの進化、および最終的には、主要な乳の供給源として約15億頭のウシを用いる、現代の世界的な酪農産業につながる事象が動き出しました。動物相および有機残留物の分析の組み合わせに基づく先史時代の乳利用の証拠は、かなりの空間的変動を示唆します。ヒツジもしくはヤギの死亡年齢特性の分析から、酪農管理は紀元前九千年紀のアジア南西部におけるヤギの家畜化と同時期だった、と示唆されます。酪農の最初の有機残留物に基づく証拠は紀元前七千年紀のアナトリア半島北西部にあり、動物相群におけるウシの骨の高い割合と関連しています(関連記事)。
酪農畜産と加工技術が最初の農耕民により地中海沿岸経由でヨーロッパへ、またバルカン半島を通ってヨーロッパ中央部へと導入されたことは明らかですが、乳の利用はギリシア北部の新石器時代遺跡群ではまだ検出されていません。ヨーロッパ北部では、土器と歯石における有機残留物の広範な研究により、ブリテン諸島とアイルランド島の紀元前四千年紀の新石器時代住民が熟達した酪農家だった、と明確に示されています。先史時代のデンマークでは、紀元前4000年頃の水産資源加工とともに乳利用の証拠があります。現在世界で最高の乳消費地域であるフィンランドの先史時代では、乳利用は縄目文土器(Corded Ware)文化の到来とともに紀元前三千年紀初期に現れますが、その後、気候変動が狩猟採集漁撈生計戦略への回帰を引き起こしたかもしれません。
古代DNAデータでは、全てではないものの殆どの前期新石器時代人はLNPで、LPは青銅器時代と鉄器時代においてやっとかなりの頻度に達した、と示唆されます。そうしたアレル頻度の軌跡は、LPを選好する強い選択を示唆しており、前期新石器時代に始まる選択と一致します(関連記事)。主要なLPの原因となるアレル(13910*Tとして知られるrs4988235-A)は、現代ヨーロッパにおいてひじょうに構造化された地理的分布を示します。これは、さまざまな地域における選択のさまざまな強度を反映しているかもしれませんが、人口統計学的過程により形成された現代の頻度など、他の尤もな説明もあります。
そうした代替的説明では、青銅器時時代草原地帯起源(関連記事)もしくはその起源地を反映するアレル分布が提案されています。正のLP選択を説明する一連の提案があります。これらのうち、カルシウム消化仮説は、乳が紫外線B放射の減少した地域における低いビタミンD食性を補う、というもので、おそらく最も広く引用されています。しかし、この仮説は、アフリカや中東やヨーロッパ南部やアジア南部など、より低緯度の地域における推定される高い選択強度を説明しておらず、そうした地域では、比較的病原体のない液体の供給源としての乳が、より尤もらしい説明を提供します。
他の仮説では最近、前期新石器時代ヨーロッパにおける土器の乳脂肪の割合の緯度勾配が指摘され、乳利用の標識として、この勾配は同じ地域における現代のLP分布を説明する、と主張されました。LPの選択の近位および恐らくは地域的に固有の要因に関係なく、乳消費は前提条件です。しかしLPには、乳消費における個体水準での有意差もしくは現代の人口集団におけるさまざまな疾患の危険性が伴うわけではないので、その選択は、特定の歴史的に偶発的な環境でのみ、LNP個体群における乳消費の潜在的な悪影響により支えられているかもしれません。
●古代の乳利用の地図作成
先史時代の乳利用のより包括的な図を作成し、それがLPでの選択をどの程度上手く説明するのか調べるため、ヨーロッパとアジア南西部における366ヶ所の遺跡の土器容器で検出された乳脂肪残留物発生の、全ての刊行された事例が集められました。時空間的網羅を改善するため、さまざまな地域と期間の新たに生成された有機残留物が追加されました。全体として、1000点以上の放射性炭素年代を含む、関連する地理参照と期間年代のある、554ヶ所の遺跡の826期間の13181点の土器片に由来する6899点の動物性脂肪残留物が用いられました。これらのデータが用いられ、紀元前7000~紀元後1500年頃の先史時代も含まれるヨーロッパ大陸部にわたる乳利用の頻度を示す時系列(図1)と地域的な時系列(図2)が生成されました。
紀元前5500~紀元前5000年頃の有機残留物の高密度(図1b)は本論文で提示された新たな標本抽出を反映しており、ヨーロッパ中央部の線形陶器文化(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)の最初の農耕民における酪農とLPの共進化の調査を目的とします。∆炭素13値≤-3.1‰(乳脂肪残留物のの代理)の多さを考慮するならば、乳利用はヨーロッパ先史時代の全期間でひじょうに広範な活動だった、と直ちに明らかになり、これは最大規模ではヨーロッパ大陸における農耕拡大と一致していました。以下は本論文の図1です。
土器の広範な標本抽出と分析により、前例のないほど詳細に乳利用の時空間的パターン化を解決できます(図2)。重要なことに、これが示すのは、乳利用は地中海地域(現在のギリシアを網羅する地域を除きます)へと最初の農耕民とともに到来し、新石器時代を通じて継続したものの、一方で、ブリテン島南部における新石器時代のその後の到来は、即時の高い乳利用と関連しており、おそらくはヨーロッパ大陸部の近隣地域からの発達した酪農人口集団の到来を反映しており、その後は次第に減少した、ということです。先史時代のバルカン半島は乳利用の初期の強化の中核地域で、ウシの利用の始まりと一致しているものの、驚くべきことに、乳利用はギリシアに位置する地理的に近隣の新石器時代遺跡ではほぼ存在しません。これは、870点以上の土器片の190点以上の動物脂肪の分析に基づいていますが、この文化的文脈において乳加工に他の種類の容器が用いられた可能性に要注意です。以下は本論文の図2です。
一部地域では、本論文のデータは、とくに紀元前5500~紀元後1500年頃のフランス西部とヨーロッパ北部とブリテン諸島における継続的な集中的乳利用を示唆します。LPの選択の起源と以前には推定されていたヨーロッパ中央部からの集中的な標本抽出(6810点以上の土器片から2800点以上の動物性脂肪)にも関わらず、その乳利用の頻度は一貫して、先史時代を通じてヨーロッパの南東部や西部や北部よりも低くなっています。全体像は、酪農が新石器時代を通じて続いたものの、その強度は時空間的に大きく変動していた、というもので、食料生産における地域的に固有の不安定性と酪農選好における文化的変化が示唆されます。これは、同じ期間のヨーロッパ全域にわたる人口密度の地域的な「過熱と急後退」の変動を示す先行研究と一致します。
●乳利用とLPの進化
先史時代のヨーロッパとアジアの1786個体の刊行された古代DNAデータに基づくLPアレル(rs4988235-A)頻度の軌跡の推定値(図3)は、選択的一掃で予測されるように、S字状曲線によりよく示されます。古代DNAにのみ合致する曲線は、大まかに現代のアレル頻度を予測します。このアレルは紀元前2000年頃までにかなりの頻度に達しますが、それは最初に検出(最初のLP個体の年代は紀元前4700~紀元前4600年頃)されてからほぼ3000年後で、起源および選択の開始と最初の観察とこのアレルがかなりの頻度に到達する年代は全て異なる「事象」で、それぞれ数千年離れている可能性があります(関連記事)。以下は本論文の図3です。
乳 利用のパターンがこれらのアレル頻度の軌跡を説明できるのかどうか調べるため、最尤モデル化手法が考案され、LP選択強度が酪農脂肪残留物を有する土器片(乳利用の代理)の割合により判断されました。模擬実験を用いると、もし関連があるならば、乳利用パターンにおいて中程度のノイズが存在する場合でさえ、本論文の手法には関連を検出する能力がある、と確認されました。乳利用のパターンは、他の研究の主張に反して、時空間的に均一な選択を仮定するよりも適した説明(観察されたアレル頻度データの確率が増加しません)を提供する、と分かりました。この手法の追加の感度検定として、カルシウム消化仮説と一致する、LP選択強度を駆動する主要な環境変数としての入射太陽放射の使用が試みられ、観察されたアレル頻度データのより高い確率が得られました。
●乳消費の健康への影響
土器片の脂質残留物と古代のLPアレルデータの分析から、乳利用量は単なる存在を超えてのLPの選択を促進しなかった、と示唆されます。LP選択についての他の説明を調べるため、まず現在のデータに目が向けられました。イギリスのバイオバンクは、2006~2010年に収集された、37~73歳の約50万人の遺伝子型および表現型のデータを含んでいます。自身を「白人、イギリス人」と分類し、類似の遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有する血縁関係のない約337000人の部分集合では、LP遺伝子型はハーディー・ワインベルグ平衡から外れており、他の影響のうち、研究もしくは人口構造への選択である、遺伝子型と関連する選択的配偶を反映しているかもしれません。
遺伝的LNPである参加者の約92%(95%信頼区間で91.5~92.2%)は、おもに豆乳もしくは乳なしの代わりに新鮮な牛乳を利用しており、乳糖(ラクトース)を含まない食事だと報告された乳消費者はわずか2.5%でした(95%信頼区間で2.4~2.7%)。これは、LPの乳消費への影響はわずかで、乳糖を含まない製品の利用は説明にならないことを示唆します。この調査結果は、乳からの栄養上の利点という選択仮説と矛盾しています。
これらの結果と一致して、LP水準がひじょうに低い一部の非ヨーロッパ諸国は、西洋式食事のより一般的な採用の一部として、近年では大量に乳を輸入してきました。たとえば中国はLP頻度がひじょうに低く、乳は20世紀初期には稀にしか消費されませんでしたが、過去50年間で乳消費は25倍以上に増加しました。これらの調査結果は、LNPに対する選択が、健康な個体における乳消費の悪影響、たとえば急激な腹痛や下痢や鼓腸の結果だった、との広く浸透した信念に疑問を投げかけます。現代のデータでの乳摂取量におけるLNPの小さな影響についての考えられる一つの説明は、乳糖不耐性の症状を軽減する食事でのラクターゼ栄養補助食品の利用です。しかし、これらは最近になって利用可能になっただけで、イギリスのバイオバンクの参加者は、人生のほとんどでそれらを利用できなかったでしょう。
本論文は、遺伝的に予測されたLPの表現型の関連性を検証し(図4)、選択が起きたかもしれない経路を調べました。関連するカルシウム消化とビタミンD仮説は、LPが乳消費との正の関係に起因するより高いビタミンD濃度および骨の鉱物密度と関連している、と予測するでしょう。しかし、これらの推定は無効にひじょうに近く、大規模標本は存在し得る影響の程度にかなりの制約を課します。以下は本論文の図4です。
乳消費は、循環するインスリン様成長因子1(IGF-1)を増加させると示唆されており、身体サイズ増大と性的成熟の低年齢化をもたらすIGF-1の適応的利点により駆動される、LP選択モデルを提案する研究者もいます。しかし、LPとLNPの個体間で意味のある違いはありませんでした。それにも関わらず、以前に報告されたように、LPアレルの存在は標準偏差で0.01より高い肥満度指数(BMI)と関連していたものの、身長とは関連しておらず、人口階層化でよく制御された他の研究と一致します。統計的に堅牢であり、他の大規模標本で観察された結果が再現されている一方で、BMIの影響は小さく、乳消費のカロリー摂取量のわずかな違いと一致します。
全死因死亡率および父母の死亡年齢とのLPアレルの関連は、全て無効に近いものでした。これらの結果から、現代の人口集団においてLNPの成人により消費される場合、乳は健康への悪影響が殆どないか皆無である、と示唆されます。別の考えられる選択の原動力は、繁殖力へのLPアレルの影響ですが、出生数もしくは父の子供の数へのLPアレルの存在の意味のある影響は見つかりませんでした。
●LP選択の他の原動力
食性変化以外に、人口増加および定住密度の増加、移動性増加、動物への近接、頻繁な不作、飢饉と人口崩壊、一般的な健康と衛生の劣悪を含む多くの他の要因が、ヨーロッパにおける農耕共同体の確立に続く繁殖力と死亡率に影響を及ぼした可能性が高そうです。これらの要因の全てではないとしても殆どは、感染症負荷、とくに人畜共通感染症を増加させた可能性が高そうです(既知のヒト感染症の約61%と新興のヒト感染症の約75%は非ヒト動物に由来します)。
本論文で示された乳の広範な先史時代の利用および現代における健康なLNP個体での比較的良性の影響を考えると(図2)、LP進化について2つの関連する機序が提案されます。第一に、先行研究で仮定されているように、LNP個体による高乳糖食品消費の健康への悪影響はじっさい、飢饉において激しく現れ、LPを選好する高いものの一時的な選択につながるでしょう。これは、乳糖誘発性の下痢が深刻な栄養失調の個体において、不都合な状態から致命的な状態に移行する可能性があり、高乳糖(未発酵)の乳製品は、他の食資源が枯渇している時に消費される可能性がより高いからです。本論文はこれを「危機の機序」と命名し、それはLPの選択圧が生計の不安定な時期により大きくなる、と予測します。
第二の機序は、農耕および人口密度と移動性の増加と関連する、病原体負荷の増加、とくに人畜共通感染症と関連しています。病原体への暴露による死亡率と罹患率は、水分損失や他の腸障害に起因する乳を消費する個体におけるLNPの些細な健康への影響(とくに下痢)によって増幅され、LPの選択強化につながります。本論文はこれを「長期的機序」と命名し、これはLPの選択圧が病原体への暴露の増加とともに増える、と予測します。
重要なことに、これらの提案された機序の駆動要因の一部には代理が利用可能で、それらがLP選択とアレル頻度の軌跡をどの程度説明するのか、本論文の最尤モデル化手法を用いて調査が可能となります。「危機の機序」について、本論文は人口規模の変動(全体的な背後事情の成長の傾向を抑えた残りの変動)を栄養失調への暴露の代理として用います。「長期的機序」について、本論文は病原体への暴露の代理として、定住密度における経時的差異を用います。両方の代理は、ヨーロッパと地中海全域の27000ヶ所以上の遺跡の11万点以上の放射性炭素年代から構成される広範なデータベースを用いて構築されます。
モデルの可能性(アレル頻度データの確率)で示唆されるのは、定住密度と人口変動の両方が、時空間的に均一な選択もしくは乳利用よりも、先史時代ユーラシア西部におけるLPアレル頻度の軌跡を適切に説明する、ということです。これは、「長期的機序」と「危機の機序」両方への裏づけを提供します。LPアレルデータは、定住密度もしくは人口変動のモデル下では、それぞれ一定の選択のモデル下の場合よりも、選択の駆動要因として、それぞれ284倍もしくは689倍可能性が高くなります。
LPアレル頻度の軌跡についての説明変数として、選択動物相群における家畜と野生動物の割合も考慮されました。これは、825ヶ所の遺跡の1093の期間で発見された17の主要な肉食分類群の100万点以上のNISP(識別された標本数)を用いて構築されました。しかし、家畜をより多く利用することが病原体への暴露を増加させるのかどうか、明確ではなく、それは家畜が野生動物よりもヒトの方と近くの場所で暮らす傾向にあるからです。あるいは、より多くの野生動物の利用が病原体への暴露を増加させるのかどうかも明らかではなく、それは野生動物についてより大きな病原体多様性が予測されるからです。
さらに、家畜から野生動物の利用への移行は、「危機の機序」と関連する経済的不安定性をもたらしたかもしれません。興味深いことに、考古学的資料における家畜ではなく野生動物の割合は、より高いモデルの可能性を提供しました。LPアレルデータは、選択を駆動する野生動物消費のモデル下では、一定の選択のモデルよりも34倍可能性が高くなります。これは、「危機の機序」もしくは「長期的機序」のいずれかの裏づけとして解釈できるか、あるいは先史時代の病原体への暴露がおもに家畜に由来していたならば、「長期的機序」に反すると主張できます。
酪農とLPの共進化についての有力な物語は、LP頻度が栄養面での利点と乳消費の健康における負の対価の回避を通じての選択好循環機序であり、さらにLP選択を駆動した乳への依存度増加を促進した、というものです。本論文の調査結果は、異なる状況を示唆します。乳消費はヨーロッパ新石器時代を通じて最初の低水準からじょじょに増加したわけではなく、ほぼ完全にLNPの人口集団において初めに広がりました。先史時代の乳利用の規模は、ヨーロッパ新石器時代のLPアレル頻度の軌跡の説明に役立たないので、選択強度も説明できない、と示されます。さらに、LPの状態は現代の乳消費か死亡率か繁殖力にほとんど影響を及ぼしておらず、乳消費は現代の健康なLNP個体に健康上の悪影響を殆ど若しくは全く与えない、と示されます。
代わりに、2つの関連する仮説への裏づけが見つかりました。LP選択は飢饉により一時的かつ急激に、および/もしくは病原体への暴露とLNP個体における乳消費の他の好適な結果との間の相乗作用によるより継続的な原理に基づいて駆動されました。本論文の提案は、これらの機序がLP頻度の急速な増加期間における疾患および栄養失調傾向の環境に適用されたものの、これらの状況以外では適用されないと予測されるだろう、というものです。この歴史的偶発は、国民のほとんどがLNPである現代中国における乳消費のかなりの増加により裏づけられます。現代の人口集団では、LP遺伝子型は腸内細菌叢の側面と強く関連しているものの、それは乳の消費者においてのみです。これは、乳がLNP人口集団の食性に入ると、腸内細菌叢が変化した、と示唆します。
増加する人口密度と居住規模に伴う循環する感染症の変化するパターンと疾患率を組み合わせると、子供期後期における下痢性疾患死亡率は、乳を飲むLNP個体において増加したかもしれない、と推測されます。LPの割合が増加した期間には、子供期前期(2~5歳)に対する子供期後期(5~18歳)の死亡率の比率は増加しました。もちろん「危機の機序」と「長期的機序」は相互に排他的ではなく、とくにユーラシア西部外では、他のLP選択の機序を除外しません。
地平面への現代の昼間の日射量も検証され、本論文の最尤手法はじっさい、カルシウム消化仮説への裏づけを提供しますが、日射量および緯度と強く相関しているので、元々の位置や「アレルの波乗り効果(個体群の急速な増加時に有利だったアレルは、個体群が平衡状態に達した時には、すでに固定している可能性が高くなります)」や大規模な人口移動(関連記事)など、LPアレルの空間的拡大に影響を及ぼす要因による混乱の可能性に要注意です。
比較的病原体の少ない液体としての乳、より早い離乳を可能とするので繁殖力を高めること、大腸微生物叢での乳のガラクトオリゴ糖の恩恵、酪農からのカロリー生産のより高い効率性など、ヨーロッパにおけるLPを選好する選択の他の妥当な提案は、評価がより困難です。しかし、これらの過程すべての最良の代理は乳消費水準で、それ自体が経時的な一定の選択よりも、LPアレル頻度の軌跡についてより適切な説明を提供しないことに要注意です。
したがって、ヨーロッパの古代人におけるLP選択の時空間的パターンはおそらく、その乳消費の差異を反映していません。代わりに、その時空間的パターンは、緯度や人口変動や定住密度に対応し、それぞれ、環境条件と生計経済と病原体への暴露の代理となります。これらの要因は、さまざまな構成にも関わらず、現在でもヒトの疾患率と死亡率の原動力であることに要注意です。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
考古学:乳糖を消化できるようになるまで長い間にわたって動物の乳を飲んでいた古代人
先史時代のヨーロッパの人々は、乳糖を消化する酵素の遺伝子を持つようになるまでの数千年間にわたって家畜の乳を飲んでいた可能性のあることを示唆した論文が、Nature に掲載される。この知見は、動物の乳の消費と乳糖耐性の進化を解明する新たな手掛かりとなる。
ラクターゼは、乳に含まれる乳糖を消化する酵素で、古代人が動物の乳を消費したことは、成人におけるラクターゼ活性の持続性の進化に重要な役割を果たしたと考えられている。しかし、動物の乳の消費量は、地域や時代によって大きく異なるため、この点に関しては、かなり不確かな点が残っている。今回、Richard Evershedたちは、酪農業とラクターゼ活性の持続性の共進化をさらに詳しく調べるため、554か所の考古学的遺跡から採取した陶器の破片1万3181個から得られた動物性脂肪の残渣(6899点)を分析して、先史時代の動物の乳の消費に関する包括的な地図を作製した。ヨーロッパでは新石器時代(紀元前7000年頃~)以降に動物の乳の利用が広まったが、地域や時代によって差があったことを示唆する証拠が得られた。また、Evershedたちは、以前に発表された先史時代のヨーロッパ人とアジア人(合計1786人)の古代DNAデータに基づいて、ユーラシア人におけるラクターゼ活性持続性に関連する主な遺伝子変異体の発現頻度を経時的に調べた。その結果、ラクターゼ活性の持続性は、紀元前4700~4600年頃に初めて検出されてから約4000年後の紀元前1000年頃までは一般的でなかったことが示された。
まとめると、これらの知見は、先史時代のヨーロッパで、大部分の人々が乳糖不耐症であった頃に動物の乳が広く使用されていたことを示している。このことから、動物の乳の消費がラクターゼ活性持続性の主たる要因なのかという疑問が生じる。今回の研究では、遺伝データと考古学データのモデル化も行われたが、Evershedたちは、動物の乳の消費とラクターゼ活性持続性の増加との強い関連が、これらのデータに示されていないと付言している。むしろ、飢饉や病原体への曝露を示す指標の方が、ラクターゼ活性持続性の進化をよりよく説明していた。Evershedたちは、今回の知見は、ラクターゼ活性持続性の遺伝子の進化過程についての通説に異論を唱えており、妥当と思われる他の仮説に関する今後の研究に新たな手掛かりをもたらしたと結論付けている。
食物学:ヨーロッパにおける酪農、疾患、ラクターゼ持続性の進化
食物学:ラクターゼ持続性の選択の真の駆動要因
ラクターゼ持続性は、長く乳の消費と関連付けられてきた。しかし今回、考古学的な土器・陶器に付着した脂肪残渣と現代人の遺伝子を詳細に調べた研究で、この関連がこれまで考えられてきたよりもはるかに弱いことが示唆された。
参考文献:
Evershed RP. et al.(2022): Dairying, diseases and the evolution of lactase persistence in Europe. Nature, 608, 7922, 336–345.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-05010-7
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