『卑弥呼』第93話「真の敵」

 『ビッグコミックオリジナル』2022年9月5日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが穂波(ホミ)の国境にある秦邑(シンノムラ)で、最強の武器とされる連弩を秦邑の長老である徐平(ジョヘイ)から知らされたところで終了しました。巻頭カラーとなる今回は、秦邑でヤノハが連弩を試している場面から始まります。ヤノハは、連弩の操作が容易なのに感心します。何(ハウ)というヤノハとは旧知の男性は、連弩を量産して全兵士に配給すれば戦は終わる、と楽観的ですが、秦邑の老大(ラオタイ)である徐平(ジョヘイ)は懐疑的です。ヤノハの望みは倭国泰平ですが、人は誕生以来ずっと戦を繰り返しており、泰平とはまやかしで、戦と戦との間のひと時にすぎない、というわけです。徐平はヤノハに、始皇帝の隠し武器である連弩を用いれば次の戦には勝てるかもしれないものの、敵が野望を抱き続ける限り、次の戦がいつになるのか、という問題にしかならないだろう、と指摘します。葛篭(ツヅラ)に連弩を入れて、秦邑を去るヤノハに、山社の使者が渡海する時は秦邑の者が力になる、と徐平は約束します。

 山社(ヤマト)では、ミマト将軍がテヅチ将軍の帰還を出迎えていました。テヅチ将軍は海賊を捕らえて尋問し、厲鬼(レイキ)、つまり疫病を筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)に持ち込んだのは日下(ヒノモト)だと分かった、とミマト将軍に報告します。ミマト将軍が明朝出立することにテヅチ将軍は驚きますが、ヤノハはミマト将軍に、テヅチ将軍の帰還後、一刻の猶予もなく百人の兵とともに穂波(ホミ)の国へ向かえ、と指示していました。ミマト将軍とテヅチ将軍は、鬼国(キノクニ)の背後には吉備(キビ)国がいると言われているが、真の敵が誰なのか、思いを巡らせます。

 金砂(カナスナ)国の加茂では、先を急ぐ吉備津彦(キビツヒコ)に、配下のイヌヒコが停止するよう進言していました。吉備津彦は事代主(コトシロヌシ)を幽閉した茅萱館(カヤノヤカタ)まで急いで戻り、事代主に金砂国のミクマ王を殺したと伝え、事代主を姉である日下のモモソと結婚させ、出雲を日下に従属させようと考えていました。そこへ、鬼国の砦でたたら人を見張るよう命じられていたキジロウが戻り、事代主警固の一行が茅萱館に向かう途中で何者かに襲われて全滅し、事代主は解放されて出雲に向かったと思われる、と報告します。吉備津彦は事代主がまだ顕人神(アラヒトガミ)に居座るつもりなのか、と不機嫌になります。吉備津彦はイヌヒコとキジロウに、出雲に行って事代主を日下に連行する、と伝えます。するとキジロウは、事代主の逃走を日下にも伝えようとサルタを使者に出した、と伝えます。サルタは俊足なので、フトニ王(記紀の第7代孝霊天皇でしょうか)の指示を待つべきだ、とイヌヒコは吉備津彦に進言しますが、どうせフトニ王との考えは同じだ、と言って吉備津彦は出雲へ向かいます。吉備津彦の一行が金砂国の伊佐賀(イサガ、現在の出雲市の伊佐賀神社の付近でしょうか)で休んでいるところへ、サルタが到着します。サルタは、作画者が同じ『天智と天武~新説・日本書紀~』の鵲に似ています。吉備津彦は、フトニ王が事代主を日下に連行するよう命じると予想していましたが、フトニ王の命令は、事代主にもはや用はないので斬首するよう、命じました。吉備津彦は嘆息し、一刻も早く出雲に向かって事代主を殺さねばならないのか、と気怠そうに言います。

 穂波との国境に戻ってきたヤノハは、出迎えたイクメに、鉄(カネ)に勝てる隠し武器がある、と伝えます。では我々が勝てる、と喜ぶイクメに、そう単純ではないと秦邑の翁(徐平)に教えられた、とヤノハは言います。泰平の世とは戦と戦の狭間であり、それがどのくらい長いかが肝心で、次の戦で敵を退けても敵がまた挙兵すれば真の勝利とは言えない、というわけです。では敵を根絶やしにするのか、とイクメに問われたヤノハは、それも得策ではない、と答えます。勝ちすぎれば禍根を残し、それは末代まで続く、というわけです。ではどう勝つべきなのか、とイクメに問われたヤノハは、次の戦を起こすことに、相手が相当躊躇うような勝ち方だ、と答えます。つまり、総大将を殺せば戦意は長くくじかれるだろう、というわけです。敵の総大将は鬼国の温羅(ウラ)将軍だろうか、とイクメに問われたヤノハは、この戦は最大の敵が誰なのかよく分からないと思わないか、と逆にイクメに尋ねます。ヤノハがイクメに、鬼国の背後に吉備がいるなら吉備の王(吉備津彦は吉備の王と名乗ることを主君のフトニ王から許されていませんが)の首を刎ね、吉備の背後に日下がいれば日下の王(フトニ王)の首を必ず獲る、とヤノハがイクメに力強く宣言するところで今回は終了です。


 今回は、金砂国と出雲をめぐる、山社(を盟主とする筑紫島の連合国)と日下の攻防が描かれました。とはいえ、現時点ではヤノハも言うように、日下が前面に出てきているわけではなく、まずは吉備と山社との戦いが焦点になりそうです。吉備津彦は出雲へ向かいましたが、トメ将軍とミマアキが事代主に加担していることをまだ知らないでしょうから、思わぬ反撃を受けて一旦は撤退するのでしょうか。現在に伝わる記紀の内容は、おおむね作中の日下の神話を反映していますから、最終的には日下が山社に勝つように思われますが、何らかの妥協により両者が連合し、ヤマト王権が成立するのかもしれません。当分は日下との戦いが描かれそうですが、終盤には魏への遣使もあるでしょうし、ヤノハの息子であるヤエトの動向など、まだ山場が多そうなので、今後の展開もひじょうに楽しみです。今回で作画者が同じ『天智と天武~新説・日本書紀~』の連載回数に並びましたが、次は原作者が同じ『イリヤッド』の123話を超えてもらいたいものです。

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