ネアンデルタール人に由来する薬物代謝関連遺伝子

 ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)に由来する薬物代謝関連遺伝子に関する研究(Haeggström et al., 2022)が公表されました。6万年前頃に起きたネアンデルタール人と現生人類(Homo sapiens)との間の混合は、現生人類の遺伝子プールに遺伝的多様体をもたらし、その多くは現代人において低頻度で依然として存在します(関連記事)。ネアンデルタール人と現生人類との間に推定されるいくつかの混合事象の前に、両集団は相互にほぼ独立して50万年間進化しました(関連記事)。両集団はこの50万年間に、他の霊長類に見られる祖先的状態とは異なる遺伝的多様体を蓄積しました。現生人類がアフリカ大陸で進化したのに対して、ネアンデルタール人はユーラシアで進化しました。この両集団の異なる生息地は異なる進化圧をもたらし、それぞれの環境で有利な遺伝的多様体の固定につながったかもしれません。多様体は、わずかに有害なものでさえ、とくに人口規模が小さかった期間には、遺伝的浮動に起因する固定に達したかもしれません。遺伝学的証拠から、ネアンデルタール人の有効人口規模は現生人類よりもかなり小さかった、と示唆されています。

 シトクロムP450酵素CYP2C9をエンコードするCYP2C9遺伝子は、現代人ではひじょうに多型的です。CYP2C9の酵素活性に影響を及ぼす20ヶ所以上の一塩基多型(SNP)が報告されてきました。重要なことに、酵素活性がより低い人々は、この酵素の基質であるワルファリンとフェニトインの標準的な薬量による毒性反応の危険性があります。最も頻度の高いCYP2C9遺伝子のアレル(対立遺伝子)はCYP2C9*1で、現代ヨーロッパの人口集団においては88%の頻度で存在します。CYP2C9*2多様体は、エンコードされたタンパク質(R144C)において部位144でアルギニンをシステインに置換し、ヨーロッパでは12%の頻度で存在します。その酵素活性は、一般的なCYP2C9*1アレルと比較して70%減少しています。したがって、CYP2C9*2の保有者は、とくに同型接合の場合、「遅い代謝群」と呼ばれてきました。

 CYP2C9遺伝子の約50塩基対上流にはCYP2C8遺伝子があり、シトクロムCYP2C8をエンコードします。この酵素は、抗糖尿病薬(ピオグリタゾンなど)やスタチン(セリバスタチンなど)や抗炎症薬(イブプロフェンなど)や化学療法薬(パクリタキセル)を含む、いくつかの病理学的薬品の代謝の重要部です。CYP2C8遺伝子において最も研究されているアレルはCYP2C8*3であり、これはエンコードされるタンパク質で、部位139におけるリシンによるアルギニンの置換と、部位399(R139KおよびK399R)におけるアルギニンによるリシンの置換によって特徴づけられます。これらの多様体の影響は基質依存的で、ピオグリタゾンなどの薬物の代謝は増加するものの、Rイブプロフェンの代謝は減少します。CYP2C8遺伝子における2ヶ所の多様体は、CYP2C9遺伝子におけるR144C多様体とともに、ヒトの最も一般的なアレルだけではなく、非ヒト類人猿およびヒトに存在するアレルとも異なっており、進化的観点では最近起きた、「新規の」、つまり「派生的な」変化であることを示唆します。

 2つのアレルCYP2C9*2およびCYP2C8*3は、以前には一群で頻繁に共分離する、と示されてきました。しかし、CYP2C9*2アレルを定義するR144C多様体(10番染色体のシトシンからチミン)と、CYP2C8*3アレルを定義する2つのアレルのうちの1個であるK399R多様体との間の距離は96.7塩基対です。したがって、これらの多様体が共分離するならば、異常に長いハプロタイプに存在します。そうした長いハプロタイプのいくつかは、ネアンデルタール人からの遺伝子流動によりもたらされました。本論文は、大規模なデータベースでこれら2つのアレルの共遺伝を実証し、この長いハプロタイプがネアンデルタール人から継承されている、という仮説を検証します。


●手法

 連鎖不平衡係数(r2)、つまりアレルの共分離は、さまざまな祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の2504個体で構成される、1000人ゲノム計画の第3期版を用いて評価されました。ネアンデルタール人からの遺伝子流動は、以前に説明された手法と媒介変数を用いて推定されました(関連記事)。要するに、ゲノム配列が全ての利用可能な高網羅率のネアンデルタール人ゲノムの対応する配列と比較され、不完全な系統分類の代替的な説明が、ゲノム領域における組換え率とハプロタイプの長さを用いて検証されました。アレル頻度は1000人ゲノム計画を用いて推定されました。

 高網羅率のネアンデルタール人および種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)のゲノムは4個体が利用可能で、現代人のハプロタイプとの配列類似性の評価に用いられました。クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)のネアンデルタール人のゲノム領域(10番染色体)で同型接合多様体呼び出しがあった、1000人ゲノム計画における278ヶ所のSNPが用いられ、距離に基づく手法(FastMEの2.0版)とTamura-Neiの置換モデルを用いて、系統発生が推定されました。その系統発生は、Ensembl計画(ゲノムに注釈を付け、脊椎動物のゲノムデータを収集する計画)から取得された祖先の配列に根差していました。


●分析結果

 1000人ゲノム計画におけるCYP2C9*2およびCYP2C8*3のアレル頻度を調べると、両者はヨーロッパとアジアと混合アメリカ大陸人口集団で見つかるものの、サハラ砂漠以南のアフリカの人口集団では見つからない、と分かりました。アレルの最高頻度はヨーロッパ人で見つかり、以前のデータと一致します。両アレルの頻度は各人口集団で同じだと観察され、共分離が示唆されます。じっさい、CYP2C8*3を定義する2個のアミノ酸置換が完全に連鎖不平衡であることも分かりました。また、これら2つの多様体は、CYP2C9遺伝子におけるアミノ酸置換により定義されるCYP2C9*2アレルと高い相関があります。次に、1000人ゲノム計画で連鎖不平衡となっている(r2>0.8)アレル一式を見つけることにより、そのハプロタイプの長さが測定されました。その結果、このハプロタイプは313414塩基対にまたがっている、と分かりました。

 サハラ砂漠以南のアフリカ外に遺伝的起源のある人々でのみ見つかる長いハプロタイプは、ネアンデルタール人からの遺伝子流動の結果かもしれません。そこで、CYP2C9*2およびCYP2C8*3がネアンデルタール人のゲノムに存在するのかどうか、調べられました。その結果、高網羅率で配列されたネアンデルタール人3個体のゲノムでは全て、3ヶ所の位置において同型接合でこれらの多様体がある、と分かりました。例外は、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見された12万年前頃のネアンデルタール人(デニソワ5号)で(関連記事)、CYP2C9*2を異型接合で有しています。対照的に、ネアンデルタール人の姉妹集団となる利用可能なデニソワ人1個体のゲノムは、3ヶ所の部位のうち2ヶ所において同型接合で共通アレルを有していたものの、CYP2C8遺伝子におけるR139Kをもたらす派生的アレルは同型接合です。

 146家系の1257回の減数分裂データを用いると、この領域における局所的な組換え率は100万塩基対につき0.27 cM(センチモルガン)だと分かりました。このハプロタイプの長さと組換え率を考えると、そうした長いハプロタイプが現生人類とネアンデルタール人の共通祖先以降の組換えを免れてきた可能性は低い、と結論づけられます。このハプロタイプがネアンデルタール人からの遺伝子流動により現生人類に導入されたのならば、他の現代人のハプロタイプとよりもネアンデルタール人のハプロタイプの方と密接に関連しているはずです。

 これを明らかにするため、CYP2C9*2およびCYP2C8*3を有するヨーロッパ人1個体、ヨルバ人5個体のハプロタイプ、デニソワ人1個体のハプロタイプ、ネアンデルタール人3個体のハプロタイプについて、10番染色体の関連領域にまたがる配列の系統発生が推定され背ました(図1)。CYP2C9*2およびCYP2C8*3を有するハプロタイプは、他の現代人のハプロタイプを除いて、ネアンデルタール人と共通祖先を有しています、したがって、CYP2C9*2およびCYP2C8*3アレルはネアンデルタール人に存在しており、後に、ネアンデルタール人と現生人類が遭遇した時に現生人類へともたらされました。以下は本論文の図1です。
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●考察

 ネアンデルタール人のゲノムが配列されて以降の10年間、ネアンデルタール人からの遺伝子流動が多くの特徴に影響を及ぼすと示されており、たとえば、肌の色素沈着や神経および精神的な表現型です(関連記事)。しかし、とくに臨床の実地で考慮されるべき強い効果量のある遺伝的多様体の観点では、ネアンデルタール人の遺伝的多様体の臨床的影響はあまり解明されていません。最近、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)により起きる症状である新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症化の主要な遺伝的危険因子(関連記事)と保護多様体(関連記事)が、ネアンデルタール人起源と示されました。本論文は、薬理遺伝学における最重要のアレルのうち2つがネアンデルタール人から継承されている、と示します。この知識自体は臨床の実地を変えませんが、臨床の実地で見られる祖先系統で観察される違いを説明します。


参考文献:
Haeggström S. et al.(2022): The clinically relevant CYP2C8*3 and CYP2C9*2 haplotype is inherited from Neandertals. The Pharmacogenomics Journal, 22, 4, 247–249.
https://doi.org/10.1038/s41397-022-00284-6

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