初期現生人類の頭蓋内進化
初期現生人類(Homo sapiens)の頭蓋内進化に関する研究(Zollikofe et al., 2022)が公表されました。現代人の脳の大きさは最近縁の現生分類群である大型類人猿の約3倍で、ヒトの脳はとくに言語など複雑な認知作業に関わる領域で顕著な構造的違いを示します。しかし、いつどのようにヒトの脳の独特な特徴が進化したのか、議論が続いていており、それは、化石頭蓋内鋳型(脳頭蓋の自然もしくは仮想充填物の形状と大きさ)が部分的にしか脳の解剖学的構造について情報をもたらさないからです。
脳の大きさは頭蓋内鋳型の大きさから、脳の形状は頭蓋内鋳型の形状から、脳溝と脳回は頭蓋内表面の痕跡から推測できます。化石証拠から、下前頭頂葉と後頭頂葉の拡大した大脳連合領域など現代人の脳の重要な特徴は、250万年前頃となるホモ属の始まりではなく、170万~150万年前頃以後と比較的遅く進化した、と示唆されます(関連記事)。したがって、150万年前頃以後となる化石ホモ属の脳は、現代人と構造的に類似していた可能性が高そうです。しかし、現代人の脳とその周囲の脳頭蓋は今では、その形状においてより丸くなっています(関連記事)。じっさい、顔面の縮小と組み合わさった頭蓋内球状化は、後期更新世から最近の現生人類の特徴ですが、それ以前の化石ではひじょうに稀です。
現代人の最近縁な化石分類群であるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との最終共通祖先からの分岐後に、現生人類の頭蓋内形態がどのように進化して発達したのか説明するために、さまざまな仮説が提案されてきました(関連記事)。頭蓋内個体発生は、ネアンデルタール人で比較的よく記録されており、脳の個体発生についての推測が可能となります。現代人の脳と比較して、ネアンデルタール人は出生時には同様の頭蓋内サイズを有しており、類似の新生児の脳サイズが示唆されます。しかし現代人と比較して、ネアンデルタール人は生後の頭蓋内(および脳)成長率がより高く、平均して成人の脳サイズはより大きいものの、脳の成長がより早期に完了するわけではありません(関連記事)。さらに、誕生から成人期までのネアンデルタール人の頭蓋内発達(つまり形状の変化)を追跡すると、子宮内もしくは出生後初期において、現代人と比較して脳の発達に顕著な違いがある、と示唆されます。
しかし、頭蓋内および脳の個体発生の現代人的な形態がいつどのように進化したのかは、未解決の問題となっています。その理由は、一方で、最近のヒトの成人の頭蓋内形状が更新世の化石現生人類とは顕著に異なっていることと、他方で、化石現生人類において頭蓋内個体発生を記録するのに利用可能な幼体化石標本がごくわずかだからです。成人の化石現生人類と最近の現生人類との間の頭蓋内形状の違いは、おそらくは中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行における技術・文化的革新と一致して過去20万年間に漸進的に進化した、発達および構造的新規性の証拠として解釈されてきました。
この仮説は、頭蓋内形状の進化的変化が、脳において構造的変化により究極的には起きた脳形状の変化を反映している、と仮定しています。頭蓋内形状は、ほぼ脳の形状を表しています。しかし、これは脳だけが頭蓋内形状に影響を及ぼす、と意味しているわけではありません。他の外部制約も頭蓋内形状に影響を及ぼします。全体的に、頭蓋内形状における進化と発達の変化は、脳における本質的な変化だけではなく、顔面頭蓋と比較しての神経頭蓋の変化する割合(脳を囲む頭骨領域)など、外部要因の変化にも起因します。現生人類系統における顔面サイズは30万~20万年前頃にじょじょに減少し、この時期には技術・文化的変化と生計戦略の変化が顔面のサイズおよび形態と咀嚼機能に影響を及ぼしました。
その結果、化石現生人類の個体発生と過去20万年間の現生人類の進化の両方で、頭蓋内のサイズと形状の変化について、顔面頭蓋と大脳両方の影響を評価する必要があります。幸いなことに、これらの関係を調べるための幼体および成人の現生人類化石は、今では増えつつあります。そのうち重要なのは、エチオピアのアファール地溝のミドルアワシュ(Middle Awash)のヘルト(Herto)で発見された、子供(歯の成熟パターンに基づく死亡時推定年齢が6~7歳)と成人の頭蓋です。ヘルトの成人頭蓋は、考古学および年代層序学的には16万年前頃となり、初期現生人類の生物学的進化および行動についての議論において、重要な参照対象をもたらします。ヘルトで発見された子供(BOU-VP-16/5)と成人(BOU-VP-16/1)の化石は両方、わずかではあるものの有意な回収前の化石生成論的歪みを受けており、これが最初の計測的特徴づけを制約しました。化石および最近の現生人類の進化と発達の生物学を正確に比較して解明するため、これら2個の頭蓋の新たに表現されたデジタル復元が用いられました。
進化的発達手法が適用され、化石現生人類と最近の現生人類との間で頭蓋内および顔面頭蓋の成長と発達が比較され、顔面サイズ縮小が進化する現生人類の頭蓋内形状にどのように影響を及ぼしたのか、調べられました。ヒトの脳は5~6歳の頃にその成長を停止しますが、顔面と頭蓋底は成長し続けます。この成長速度の変化は、最初の永久大臼歯(M1)が機能的咬合へと完全に萌出する頃に起きます。これにより、成人の頭蓋内形状が顔面頭蓋(つまり、顔面と頭蓋底)の発達に影響を受ける、という仮説を検証できます。
本論文は、ヘルトの本物の化石頭蓋2点の段階的な野外および実験室での修復と物理的復元(図1)、およびデジタル的に表示して正確に復元するために用いられた手法について、説明して図示します(図2)。以下は本論文の図1です。
次に、比較用の包括的な計測データセットが生成され、幾何学的形態計測手法が用いられて、これら重要な標本の頭蓋内および顔面頭蓋のサイズと形状が定量化されます。最後にそれらのデータは、同様に子供と成人の初期現生人類化石が発見されているレヴァント(イスラエル)のスフール(Skhul)遺跡とカフゼー(Qafzeh)遺跡の標本、および初期ホモ属から最近のヒトの進化的時間にまたがる大規模な標本と比較されます。以下は本論文の図2です。
●分析結果
図3は、化石および最近の現生人類とネアンデルタール人と中期更新世ホモ属と(広義の)ホモ・エレクトス(Homo erectus)における頭蓋内と顔面頭蓋の成長を示します。化石現生人類は現代人の頭蓋内および顔面頭蓋の成長の軌跡の変異の上限に位置し(図3A・B)、現代人と比較して化石現生人類は通常、どの個体発生段階でもより大きい頭蓋内および顔面頭蓋のサイズを有していた、と示唆されます。
顔面頭蓋サイズに対する神経頭蓋の割合は、本論文では「神経頭蓋内割合(neuro-viscerocranial proportion)」もしくはNVPとして表され、顔面頭蓋重心サイズで割った頭蓋内容積(endocranial volume、略してECV)の立方根として定義されます。NVPは、神経頭蓋の成長と比較して顔面頭蓋のより速い速度とより長い期間の影響として、全ての個体発生の軌跡に沿って減少します(図3C)。最も顕著なのは、化石現生人類は対応する個体発生段階において、現代人よりも相対的に低いNVP値を有していることです。これは、個体発生を通じて、初期現生人類は一般的にその頭蓋内容積と比較してより大きな顔面頭蓋を有していた、と示唆します。全体的に、脳の成長がほぼ完了した後には、化石現生人類は現代人よりもかなり大きい顔面頭蓋に達しましたが、頭蓋内サイズは現代人の変異の上限にありました(図3A)。以下は本論文の図3です。
図4A・Bは、標本における頭蓋内および顔面頭蓋の形状の差異のおもなパターンを示します。各分類群は形状空間において別個の領域を占めており、ホモ・エレクトスと現代人が差異の両極に位置し、小児型への進化的傾向を反映しています。図4Aは、ホモ・エレクトスの比較的広くて低い頭蓋内鋳型から、現代人の丸くて狭くて高い頭蓋内鋳型への進化的形状の変化を示します。図4Bは、ホモ・エレクトスの突出した顔面と広い頭蓋底から、現代人の引っ込んだ顔面と短い頭蓋底への、対応する顔面頭蓋の進化的な形状変化を示します。以下は本論文の図4です。
全ての分類群で、頭蓋の個体発生の発達はほぼ、頭蓋内鋳型の拡大と伸長(図4A)、および頭蓋底と顔面の前後の突出により特徴づけられます(図4B)。脳の成長が完了する前の化石現生人類の子供の頭蓋内形状は、現代人の変異の境界に位置するものの(図4A)、有意に異なるわけではありません。10万年以上前となる化石現生人類の成人の頭蓋内形状は、現代人の成人の変異の境界(スフール5号)もしくはその範囲外(ヘルト1号とカフゼー9号)に位置します(図4A)。対照的に、化石現生人類と現代人との間の頭蓋顔面形状の違いは、さほど顕著ではありません(図4B)。化石現生人類の子供は、現代人の子供で見られる頭蓋顔面の変異の範囲内に収まりますが、化石現生人類の成人は現代人の成人の変異の境界に位置します(図4B)。
さらに、頭蓋内形状について、神経・顔面頭蓋の割合の変化による影響の可能性が分析されました。本論文の標本における全頭蓋内形状の差異のかなりの割合(46%)は、NVPの差異で説明できます。化石現生人類の子供(ヘルト5号とカフゼー11号とスフール1号)は、現代人を特徴づけるNVPの頭蓋内形状の共変異のパターン内に収まります(図4C)。しかし、これらの化石は現代人の子供の変異の上限にあり、現代人の成人の下限に位置します(図4C)。成人の化石現生人類はほぼ、外れ値であるヘルトとカフゼーの成人を除いて、現生人類の成人の変異の上限に位置します。したがって、神経・顔面頭蓋の割合の変化は進化と個体発生の両方において頭蓋内形状の変異に影響を及ぼすかもしれません。
神経・顔面頭蓋の割合とは無関係に頭蓋内形状をさらに調べるため、頭蓋内形状についてNVPの影響が部分的に除外されました。図4Dは、標本における残りの頭蓋内形状の変異を示します。図4Dでは、化石現生人類の子供は現代人の子供の残りの頭蓋内変異内に収まり、化石現生人類の成人は一般的に現代人の成人の変異内に収まります。しかし、ヘルトとカフゼーの成人の現生人類化石は、現代人を特徴づける変異の範囲外に位置します(図4D)。化石および現代の現生人類と比較して、ネアンデルタール人はすでに個体発生の初期において、明確に異なる頭蓋内および顔面の形態を示します。この調査結果は、頭蓋内および顔面の発達の独特な形態を明らかにした先行研究と一致します。
図5は、化石および現代の現生人類において、頭蓋内および顔面頭蓋の形態が脳の成長後にどのように変化するのか、示します。両集団において、黄色の表面領域により示唆されるように(図5A)、頭蓋内底部は頭蓋冠と比較して拡大しており、頭骨の頭蓋顔面領域の継続的な成長を反映しています。化石現生人類において、これらの変化はより顕著で、より長く、相対的に低く、側部から見るとより丸くない、成人の頭蓋内形状をもたらします。以下は本論文の図5です。
●考察
デジタル的に復元されたヘルトの子供および成人の個体と、スフールとカフゼーの幼年期および成人の個体群の頭蓋内証拠により、最近の現生人類と比較しての化石における頭蓋内個体発生の暫定的な再構築が可能になり、現生人類の進化的発達史について推測できるようになります。化石現生人類の頭蓋内容積(ECV)の成長の軌跡は、現代人の軌跡の変異の上限にあり(図3A)、以前に報告されたように(関連記事)、類似のパターンはネアンデルタール人でも見られます(図3A)。
これらの観察は、脳の成長動態の観点では、更新世の現生人類は現代の人口集団とよりも、ほぼ同時代のネアンデルタール人集団の方と多くの共通点を有していたかもしれない、という仮説につながります。大きな乳児の脳は、生後初期の高い成長率を示唆し、それは母および代理母の投資を前提としており、通常は生活史のよりゆっくりとした速度と関連しています。この仮説は、ゆっくりとした現生人類と速いネアンデルタール人の生活史との間の対照ではなく、後期更新世と現代の現生人類集団の生活史の間の対照を示唆します。
本論文のデータはさらに、化石現生人類と最近の現生人類の対照的な頭蓋内形状の根底にある発達の仕組みについて、展望を提供します。ヘルトとスフールとカフゼーの化石現生人類の子供の頭蓋内形状は、同等の年齢の現代人の子供の頭蓋内変異の周辺に位置しますが、現代人の成人の頭蓋内変異内によく収まります。化石現生人類と現代人の幼年期個体の頭蓋内形状の間の違いは、脳形態のじっさいの違いか、顔面頭蓋形態の違いか、両者の組み合わせなど、さまざまな要因のためかもしれません。
図4C・Dでは、頭蓋内形状の違いはほぼ、化石現生人類と現代人の子供の異なる神経・顔面頭蓋サイズの割合により説明でき、化石現生人類の子供は、絶対的サイズおよび頭蓋内容積との比較の両方で、現代人の子供よりも顕著に大きい顔面頭蓋を有しています(図3B・C)。脳構造の違いも頭蓋内形状の違いに寄与したかもしれませんが、現時点では、その仮説を裏づける肯定的な証拠はありません。頭蓋内形状への神経・顔面頭蓋の統合の影響を考慮に入れると、化石現生人類の脳は現代人と構造的に類似しており、ヘルトの子供や、いくつかの先行研究(関連記事)により推定されたそれ以前の年代となる化石により証明されるように、遅くとも16万年前頃には進化していた、との推測が最節約的です。
ヘルトやカフゼーなど現生人類の初期構成員の顕著に異なる成人の神経頭蓋および頭蓋内形態につながった、進化および発達の要因と仕組みは、同様の一連の証拠に沿ってまだ解明されていません。磁気共鳴画像法(MRI)に基づく研究は、脳の成長が完了した後の脳の構造的変化を、とくに思春期の前頭皮質で明らかにしてきました。しかし、これらの変化は頭蓋内鋳型の形状にはわずかしか影響を及ぼさず、化石現生人類の幼年期から成人の頭蓋内形状の変化を説明できません。したがって、脳の成長がほぼ完了した後の頭蓋内形状の変化が、脳の構造における変化を反映している可能性は低そうで、むしろ、頭の脳ではない部分の影響下における外部の脳形状の変化が考えられます。
神経・顔面頭蓋の相互作用についての広範な見方を前提とすると、哺乳類の脳形状はじっさいひじょうに柔軟で、神経頭蓋形状に課せられた外部適応および発達の制約に従う傾向にあるようです。成人の現生人類では、顔面頭蓋は過去16万年間に顕著なサイズ縮小を経たものの、形状の変化は中程度だった、と観察されます(図3Bおよび図4B)。同じ期間に、脳硬膜は中程度のサイズ縮小を経たものの、形状では大きな変化がありました(図3Aおよび図4A)。10万年以上前となる化石証拠が現時点では不足していることを考えると、この複雑なパターンの機能的重要性についてのさまざまな仮説が、検証されないままです。
考えられる説明の一つは、化石現生人類における顕著な神経頭蓋の性的二形が、現代の人口集団ではもう存在しない、というものです。しかし、ヘルト1号とカフゼー9号は通常、それぞれ男性および女性とみなされていますが、両者は頭蓋内では現代人と最も離れています。おそらくは男性であるスフール5号化石の頭蓋内形態は、現代人の頭蓋内変異の境界に位置します。
代替的仮説は、顎顔面の縮小とそれに付随する頭蓋内形状の変化が、技術・文化、生計戦略、食料加工における大きな変化を反映しており、それはより柔らかい食性と咀嚼回数減少に起因する、というものです。モデル動物に関する研究は、頭蓋顔面のサイズと形状へのより柔らかい食性の短期および長期両方の影響を明らかにしており、霊長類種についての野外研究は、重要ではあるものの複雑な、分類群間の頭蓋顔面の形態学的分化に関する食性の差異の影響を示唆します。その一般的パターンは、より柔らかい食性が、比較的短いものの、より丸い神経頭蓋と関連している、というものです。上部旧石器時代狩猟採集民から新石器時代の農耕生活様式への移行期における最近のヒト集団の頭蓋歯データも、より柔らかい食性に依存した生計が、増大する神経頭蓋の球状化および顔面サイズの減少と相関している、と示唆します。さらなる仮説は、酸素摂取が鼻道の面積により制約されることを考えると、顔面頭蓋サイズの縮小とそれに付随する頭蓋内形状の変化が代謝要求の減少を反映している、というものです。
全体的に、神経・顔面頭蓋のサイズと形状の変化の上部旧石器時代から新石器時代へのパターンは、上述の中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行と類似しているものの、その程度はさほど大きくありません。食性関連の適応、代謝要求の変化、発達可塑性は、中部旧石器時代から上部旧石器時代への生活様式の移行における、顔面頭蓋サイズおよび頭蓋内・脳の形状の顕著な変化に寄与したかもしれません。これらの問題に対処するには、より多くの化石証拠が必要です。一方、復元されたヘルト化石から、現生人類における頭蓋内形状は長い間、脳以外の要因と関連してきた、と確証されるので、過去20万年間のヒト系統における脳の機能的進化の指標として、形状だけを使用すべきではありません。
以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は、現生人類系統における頭蓋と脳形状の変化、とくに球状化について、食性と生活様式の違いを重視します。一方、本論文とほぼ同時期に刊行された研究(関連記事)では、現生人類系統における球状化は、発達プログラムおよびその根底にある遺伝的調節における顕著な変化と関連しているので、進化発生学的観点から検討すべきであり、その形成には遺伝的調節の顕著な再編成が必要になる、と示唆されています。本論文が提示した知見を踏まえると、現生人類系統における頭蓋球状化の根底には発達過程における遺伝的調節の顕著な変化があるものの、最終的な成人の頭蓋形状には食性も含めて生活様式の変化も影響を及ぼしている、と考えられるかもしれません。現生人類系統における頭蓋球状化で、遺伝的要因と生活様式の及ぼす影響の程度を解明するには、本論文が指摘するように、より多くの化石証拠が必要であるとともに、その発生過程における遺伝的基盤の影響の程度についての研究も重要になるでしょう。
参考文献:
Zollikofe PCE. et al.(2022): Endocranial ontogeny and evolution in early Homo sapiens: The evidence from Herto, Ethiopia. PNAS, 119, 32, e2123553119.
https://doi.org/10.1073/pnas.2123553119
脳の大きさは頭蓋内鋳型の大きさから、脳の形状は頭蓋内鋳型の形状から、脳溝と脳回は頭蓋内表面の痕跡から推測できます。化石証拠から、下前頭頂葉と後頭頂葉の拡大した大脳連合領域など現代人の脳の重要な特徴は、250万年前頃となるホモ属の始まりではなく、170万~150万年前頃以後と比較的遅く進化した、と示唆されます(関連記事)。したがって、150万年前頃以後となる化石ホモ属の脳は、現代人と構造的に類似していた可能性が高そうです。しかし、現代人の脳とその周囲の脳頭蓋は今では、その形状においてより丸くなっています(関連記事)。じっさい、顔面の縮小と組み合わさった頭蓋内球状化は、後期更新世から最近の現生人類の特徴ですが、それ以前の化石ではひじょうに稀です。
現代人の最近縁な化石分類群であるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)との最終共通祖先からの分岐後に、現生人類の頭蓋内形態がどのように進化して発達したのか説明するために、さまざまな仮説が提案されてきました(関連記事)。頭蓋内個体発生は、ネアンデルタール人で比較的よく記録されており、脳の個体発生についての推測が可能となります。現代人の脳と比較して、ネアンデルタール人は出生時には同様の頭蓋内サイズを有しており、類似の新生児の脳サイズが示唆されます。しかし現代人と比較して、ネアンデルタール人は生後の頭蓋内(および脳)成長率がより高く、平均して成人の脳サイズはより大きいものの、脳の成長がより早期に完了するわけではありません(関連記事)。さらに、誕生から成人期までのネアンデルタール人の頭蓋内発達(つまり形状の変化)を追跡すると、子宮内もしくは出生後初期において、現代人と比較して脳の発達に顕著な違いがある、と示唆されます。
しかし、頭蓋内および脳の個体発生の現代人的な形態がいつどのように進化したのかは、未解決の問題となっています。その理由は、一方で、最近のヒトの成人の頭蓋内形状が更新世の化石現生人類とは顕著に異なっていることと、他方で、化石現生人類において頭蓋内個体発生を記録するのに利用可能な幼体化石標本がごくわずかだからです。成人の化石現生人類と最近の現生人類との間の頭蓋内形状の違いは、おそらくは中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行における技術・文化的革新と一致して過去20万年間に漸進的に進化した、発達および構造的新規性の証拠として解釈されてきました。
この仮説は、頭蓋内形状の進化的変化が、脳において構造的変化により究極的には起きた脳形状の変化を反映している、と仮定しています。頭蓋内形状は、ほぼ脳の形状を表しています。しかし、これは脳だけが頭蓋内形状に影響を及ぼす、と意味しているわけではありません。他の外部制約も頭蓋内形状に影響を及ぼします。全体的に、頭蓋内形状における進化と発達の変化は、脳における本質的な変化だけではなく、顔面頭蓋と比較しての神経頭蓋の変化する割合(脳を囲む頭骨領域)など、外部要因の変化にも起因します。現生人類系統における顔面サイズは30万~20万年前頃にじょじょに減少し、この時期には技術・文化的変化と生計戦略の変化が顔面のサイズおよび形態と咀嚼機能に影響を及ぼしました。
その結果、化石現生人類の個体発生と過去20万年間の現生人類の進化の両方で、頭蓋内のサイズと形状の変化について、顔面頭蓋と大脳両方の影響を評価する必要があります。幸いなことに、これらの関係を調べるための幼体および成人の現生人類化石は、今では増えつつあります。そのうち重要なのは、エチオピアのアファール地溝のミドルアワシュ(Middle Awash)のヘルト(Herto)で発見された、子供(歯の成熟パターンに基づく死亡時推定年齢が6~7歳)と成人の頭蓋です。ヘルトの成人頭蓋は、考古学および年代層序学的には16万年前頃となり、初期現生人類の生物学的進化および行動についての議論において、重要な参照対象をもたらします。ヘルトで発見された子供(BOU-VP-16/5)と成人(BOU-VP-16/1)の化石は両方、わずかではあるものの有意な回収前の化石生成論的歪みを受けており、これが最初の計測的特徴づけを制約しました。化石および最近の現生人類の進化と発達の生物学を正確に比較して解明するため、これら2個の頭蓋の新たに表現されたデジタル復元が用いられました。
進化的発達手法が適用され、化石現生人類と最近の現生人類との間で頭蓋内および顔面頭蓋の成長と発達が比較され、顔面サイズ縮小が進化する現生人類の頭蓋内形状にどのように影響を及ぼしたのか、調べられました。ヒトの脳は5~6歳の頃にその成長を停止しますが、顔面と頭蓋底は成長し続けます。この成長速度の変化は、最初の永久大臼歯(M1)が機能的咬合へと完全に萌出する頃に起きます。これにより、成人の頭蓋内形状が顔面頭蓋(つまり、顔面と頭蓋底)の発達に影響を受ける、という仮説を検証できます。
本論文は、ヘルトの本物の化石頭蓋2点の段階的な野外および実験室での修復と物理的復元(図1)、およびデジタル的に表示して正確に復元するために用いられた手法について、説明して図示します(図2)。以下は本論文の図1です。
次に、比較用の包括的な計測データセットが生成され、幾何学的形態計測手法が用いられて、これら重要な標本の頭蓋内および顔面頭蓋のサイズと形状が定量化されます。最後にそれらのデータは、同様に子供と成人の初期現生人類化石が発見されているレヴァント(イスラエル)のスフール(Skhul)遺跡とカフゼー(Qafzeh)遺跡の標本、および初期ホモ属から最近のヒトの進化的時間にまたがる大規模な標本と比較されます。以下は本論文の図2です。
●分析結果
図3は、化石および最近の現生人類とネアンデルタール人と中期更新世ホモ属と(広義の)ホモ・エレクトス(Homo erectus)における頭蓋内と顔面頭蓋の成長を示します。化石現生人類は現代人の頭蓋内および顔面頭蓋の成長の軌跡の変異の上限に位置し(図3A・B)、現代人と比較して化石現生人類は通常、どの個体発生段階でもより大きい頭蓋内および顔面頭蓋のサイズを有していた、と示唆されます。
顔面頭蓋サイズに対する神経頭蓋の割合は、本論文では「神経頭蓋内割合(neuro-viscerocranial proportion)」もしくはNVPとして表され、顔面頭蓋重心サイズで割った頭蓋内容積(endocranial volume、略してECV)の立方根として定義されます。NVPは、神経頭蓋の成長と比較して顔面頭蓋のより速い速度とより長い期間の影響として、全ての個体発生の軌跡に沿って減少します(図3C)。最も顕著なのは、化石現生人類は対応する個体発生段階において、現代人よりも相対的に低いNVP値を有していることです。これは、個体発生を通じて、初期現生人類は一般的にその頭蓋内容積と比較してより大きな顔面頭蓋を有していた、と示唆します。全体的に、脳の成長がほぼ完了した後には、化石現生人類は現代人よりもかなり大きい顔面頭蓋に達しましたが、頭蓋内サイズは現代人の変異の上限にありました(図3A)。以下は本論文の図3です。
図4A・Bは、標本における頭蓋内および顔面頭蓋の形状の差異のおもなパターンを示します。各分類群は形状空間において別個の領域を占めており、ホモ・エレクトスと現代人が差異の両極に位置し、小児型への進化的傾向を反映しています。図4Aは、ホモ・エレクトスの比較的広くて低い頭蓋内鋳型から、現代人の丸くて狭くて高い頭蓋内鋳型への進化的形状の変化を示します。図4Bは、ホモ・エレクトスの突出した顔面と広い頭蓋底から、現代人の引っ込んだ顔面と短い頭蓋底への、対応する顔面頭蓋の進化的な形状変化を示します。以下は本論文の図4です。
全ての分類群で、頭蓋の個体発生の発達はほぼ、頭蓋内鋳型の拡大と伸長(図4A)、および頭蓋底と顔面の前後の突出により特徴づけられます(図4B)。脳の成長が完了する前の化石現生人類の子供の頭蓋内形状は、現代人の変異の境界に位置するものの(図4A)、有意に異なるわけではありません。10万年以上前となる化石現生人類の成人の頭蓋内形状は、現代人の成人の変異の境界(スフール5号)もしくはその範囲外(ヘルト1号とカフゼー9号)に位置します(図4A)。対照的に、化石現生人類と現代人との間の頭蓋顔面形状の違いは、さほど顕著ではありません(図4B)。化石現生人類の子供は、現代人の子供で見られる頭蓋顔面の変異の範囲内に収まりますが、化石現生人類の成人は現代人の成人の変異の境界に位置します(図4B)。
さらに、頭蓋内形状について、神経・顔面頭蓋の割合の変化による影響の可能性が分析されました。本論文の標本における全頭蓋内形状の差異のかなりの割合(46%)は、NVPの差異で説明できます。化石現生人類の子供(ヘルト5号とカフゼー11号とスフール1号)は、現代人を特徴づけるNVPの頭蓋内形状の共変異のパターン内に収まります(図4C)。しかし、これらの化石は現代人の子供の変異の上限にあり、現代人の成人の下限に位置します(図4C)。成人の化石現生人類はほぼ、外れ値であるヘルトとカフゼーの成人を除いて、現生人類の成人の変異の上限に位置します。したがって、神経・顔面頭蓋の割合の変化は進化と個体発生の両方において頭蓋内形状の変異に影響を及ぼすかもしれません。
神経・顔面頭蓋の割合とは無関係に頭蓋内形状をさらに調べるため、頭蓋内形状についてNVPの影響が部分的に除外されました。図4Dは、標本における残りの頭蓋内形状の変異を示します。図4Dでは、化石現生人類の子供は現代人の子供の残りの頭蓋内変異内に収まり、化石現生人類の成人は一般的に現代人の成人の変異内に収まります。しかし、ヘルトとカフゼーの成人の現生人類化石は、現代人を特徴づける変異の範囲外に位置します(図4D)。化石および現代の現生人類と比較して、ネアンデルタール人はすでに個体発生の初期において、明確に異なる頭蓋内および顔面の形態を示します。この調査結果は、頭蓋内および顔面の発達の独特な形態を明らかにした先行研究と一致します。
図5は、化石および現代の現生人類において、頭蓋内および顔面頭蓋の形態が脳の成長後にどのように変化するのか、示します。両集団において、黄色の表面領域により示唆されるように(図5A)、頭蓋内底部は頭蓋冠と比較して拡大しており、頭骨の頭蓋顔面領域の継続的な成長を反映しています。化石現生人類において、これらの変化はより顕著で、より長く、相対的に低く、側部から見るとより丸くない、成人の頭蓋内形状をもたらします。以下は本論文の図5です。
●考察
デジタル的に復元されたヘルトの子供および成人の個体と、スフールとカフゼーの幼年期および成人の個体群の頭蓋内証拠により、最近の現生人類と比較しての化石における頭蓋内個体発生の暫定的な再構築が可能になり、現生人類の進化的発達史について推測できるようになります。化石現生人類の頭蓋内容積(ECV)の成長の軌跡は、現代人の軌跡の変異の上限にあり(図3A)、以前に報告されたように(関連記事)、類似のパターンはネアンデルタール人でも見られます(図3A)。
これらの観察は、脳の成長動態の観点では、更新世の現生人類は現代の人口集団とよりも、ほぼ同時代のネアンデルタール人集団の方と多くの共通点を有していたかもしれない、という仮説につながります。大きな乳児の脳は、生後初期の高い成長率を示唆し、それは母および代理母の投資を前提としており、通常は生活史のよりゆっくりとした速度と関連しています。この仮説は、ゆっくりとした現生人類と速いネアンデルタール人の生活史との間の対照ではなく、後期更新世と現代の現生人類集団の生活史の間の対照を示唆します。
本論文のデータはさらに、化石現生人類と最近の現生人類の対照的な頭蓋内形状の根底にある発達の仕組みについて、展望を提供します。ヘルトとスフールとカフゼーの化石現生人類の子供の頭蓋内形状は、同等の年齢の現代人の子供の頭蓋内変異の周辺に位置しますが、現代人の成人の頭蓋内変異内によく収まります。化石現生人類と現代人の幼年期個体の頭蓋内形状の間の違いは、脳形態のじっさいの違いか、顔面頭蓋形態の違いか、両者の組み合わせなど、さまざまな要因のためかもしれません。
図4C・Dでは、頭蓋内形状の違いはほぼ、化石現生人類と現代人の子供の異なる神経・顔面頭蓋サイズの割合により説明でき、化石現生人類の子供は、絶対的サイズおよび頭蓋内容積との比較の両方で、現代人の子供よりも顕著に大きい顔面頭蓋を有しています(図3B・C)。脳構造の違いも頭蓋内形状の違いに寄与したかもしれませんが、現時点では、その仮説を裏づける肯定的な証拠はありません。頭蓋内形状への神経・顔面頭蓋の統合の影響を考慮に入れると、化石現生人類の脳は現代人と構造的に類似しており、ヘルトの子供や、いくつかの先行研究(関連記事)により推定されたそれ以前の年代となる化石により証明されるように、遅くとも16万年前頃には進化していた、との推測が最節約的です。
ヘルトやカフゼーなど現生人類の初期構成員の顕著に異なる成人の神経頭蓋および頭蓋内形態につながった、進化および発達の要因と仕組みは、同様の一連の証拠に沿ってまだ解明されていません。磁気共鳴画像法(MRI)に基づく研究は、脳の成長が完了した後の脳の構造的変化を、とくに思春期の前頭皮質で明らかにしてきました。しかし、これらの変化は頭蓋内鋳型の形状にはわずかしか影響を及ぼさず、化石現生人類の幼年期から成人の頭蓋内形状の変化を説明できません。したがって、脳の成長がほぼ完了した後の頭蓋内形状の変化が、脳の構造における変化を反映している可能性は低そうで、むしろ、頭の脳ではない部分の影響下における外部の脳形状の変化が考えられます。
神経・顔面頭蓋の相互作用についての広範な見方を前提とすると、哺乳類の脳形状はじっさいひじょうに柔軟で、神経頭蓋形状に課せられた外部適応および発達の制約に従う傾向にあるようです。成人の現生人類では、顔面頭蓋は過去16万年間に顕著なサイズ縮小を経たものの、形状の変化は中程度だった、と観察されます(図3Bおよび図4B)。同じ期間に、脳硬膜は中程度のサイズ縮小を経たものの、形状では大きな変化がありました(図3Aおよび図4A)。10万年以上前となる化石証拠が現時点では不足していることを考えると、この複雑なパターンの機能的重要性についてのさまざまな仮説が、検証されないままです。
考えられる説明の一つは、化石現生人類における顕著な神経頭蓋の性的二形が、現代の人口集団ではもう存在しない、というものです。しかし、ヘルト1号とカフゼー9号は通常、それぞれ男性および女性とみなされていますが、両者は頭蓋内では現代人と最も離れています。おそらくは男性であるスフール5号化石の頭蓋内形態は、現代人の頭蓋内変異の境界に位置します。
代替的仮説は、顎顔面の縮小とそれに付随する頭蓋内形状の変化が、技術・文化、生計戦略、食料加工における大きな変化を反映しており、それはより柔らかい食性と咀嚼回数減少に起因する、というものです。モデル動物に関する研究は、頭蓋顔面のサイズと形状へのより柔らかい食性の短期および長期両方の影響を明らかにしており、霊長類種についての野外研究は、重要ではあるものの複雑な、分類群間の頭蓋顔面の形態学的分化に関する食性の差異の影響を示唆します。その一般的パターンは、より柔らかい食性が、比較的短いものの、より丸い神経頭蓋と関連している、というものです。上部旧石器時代狩猟採集民から新石器時代の農耕生活様式への移行期における最近のヒト集団の頭蓋歯データも、より柔らかい食性に依存した生計が、増大する神経頭蓋の球状化および顔面サイズの減少と相関している、と示唆します。さらなる仮説は、酸素摂取が鼻道の面積により制約されることを考えると、顔面頭蓋サイズの縮小とそれに付随する頭蓋内形状の変化が代謝要求の減少を反映している、というものです。
全体的に、神経・顔面頭蓋のサイズと形状の変化の上部旧石器時代から新石器時代へのパターンは、上述の中部旧石器時代から上部旧石器時代への移行と類似しているものの、その程度はさほど大きくありません。食性関連の適応、代謝要求の変化、発達可塑性は、中部旧石器時代から上部旧石器時代への生活様式の移行における、顔面頭蓋サイズおよび頭蓋内・脳の形状の顕著な変化に寄与したかもしれません。これらの問題に対処するには、より多くの化石証拠が必要です。一方、復元されたヘルト化石から、現生人類における頭蓋内形状は長い間、脳以外の要因と関連してきた、と確証されるので、過去20万年間のヒト系統における脳の機能的進化の指標として、形状だけを使用すべきではありません。
以上、本論文についてざっと見てきました。本論文は、現生人類系統における頭蓋と脳形状の変化、とくに球状化について、食性と生活様式の違いを重視します。一方、本論文とほぼ同時期に刊行された研究(関連記事)では、現生人類系統における球状化は、発達プログラムおよびその根底にある遺伝的調節における顕著な変化と関連しているので、進化発生学的観点から検討すべきであり、その形成には遺伝的調節の顕著な再編成が必要になる、と示唆されています。本論文が提示した知見を踏まえると、現生人類系統における頭蓋球状化の根底には発達過程における遺伝的調節の顕著な変化があるものの、最終的な成人の頭蓋形状には食性も含めて生活様式の変化も影響を及ぼしている、と考えられるかもしれません。現生人類系統における頭蓋球状化で、遺伝的要因と生活様式の及ぼす影響の程度を解明するには、本論文が指摘するように、より多くの化石証拠が必要であるとともに、その発生過程における遺伝的基盤の影響の程度についての研究も重要になるでしょう。
参考文献:
Zollikofe PCE. et al.(2022): Endocranial ontogeny and evolution in early Homo sapiens: The evidence from Herto, Ethiopia. PNAS, 119, 32, e2123553119.
https://doi.org/10.1073/pnas.2123553119
この記事へのコメント