桐野作人『織田信長 戦国最強の軍事カリスマ』

 新人物文庫の一冊として、KADOKAWAから2014年12月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は織田信長を「軍事カリスマ」として把握します。信長が尾張を拠点としていた頃に、若い馬廻や小姓集団からの自発的な支持を基盤に、彼らからの人格的帰依と信長からの人格的支配が相互形成されて成立した濃密な主従関係に、信長の「軍事カリスマ」の原点がある、と本書は指摘します。その特徴は、1556年(以下、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)の稲生合戦、1560年の桶狭間合戦、1576年の本願寺との天王寺合戦などに代表される、しばしば見られる信長の陣頭指揮です。

 これと関連して本書は、信長の基本思想や行動基準が軍事・軍政優先の軍事第一主義で、政治や貨幣や運輸や流通などの諸政策もそれに還元・収斂する構造になっていることが多い、と指摘します。具体的には、たとえば街道の整備で、往来する旅人の便宜よりも軍勢の速やかな移動が主目的になっている、というわけです。撰銭令も、流通経済上の政策というよりは、織田軍の兵士たちの給養維持のための私的な軍政を優先した側面があるのではないか、と本書は指摘します。もちろん、戦国大名の支配は程度の差はあれ一般的には軍政と言えるかもしれませんが、本書は、信長の場合はそれが極端化もしくは単純化しているように見え、その起点は信長の青年時代の性格形成や経験にあるのではないか、と推測します。

 本書は信長の勢力拡大の要因をその「軍事カリスマ」性に求めますが、一方でそれを充分に発揮できる軍勢の規模には限界があり、3000人程度だったのではないか、と推測します。しかし、信長の勢力拡大に伴い、方面軍が形成され、信長が「軍事カリスマ」性を発揮できる機会は極端に減っていきます。信長の勢力拡大については、通俗的にはその「革新性」に求められる傾向が今でも強いように思われ、戦国時代にあっては信長のみが経済を理解していた、というような言説をネットで見かけたこともあります。しかし、本書が指摘するように、信長の基本思想や行動基準を軍事・軍政優先の軍事第一主義と把握する方が、信長の勢力拡大の説明としてははるかに妥当なのではないか、と思います。また本書は、こうした信長個人の「軍事カリスマ」性に依存する織田権力の脆弱性も指摘しており、妥当な見解だと思います。個々の合戦を中心とした信長の具体的行動の解説も興味深く、本書は軍事的側面を中心とした信長の伝記として長く読まれていく一冊になるのではないか、と思います。

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