ホッキョクグマの古代ゲノム

 ホッキョクグマの古代ゲノムデータを報告した研究(Wang et al., 2022)が公表されました。更新世を特徴づける氷期と間氷期との間の移行など気候変化は、種の範囲の縮小や断片化や拡大、種分化と適応の機会をもたらす可能性があります。集団ゲノムデータから明らかになっているのは、気候に起因する範囲変化によっても、完全な生殖隔離がまだ進化していない密接に関連する系統間での混合が可能になる、ということです。その結果として生じる遺伝子流動は、系統間の適応および不適応両方のアレル(対立遺伝子)を伝え、絶滅危惧種を保護する戦略を複雑化し、を進化の力としての混合の可能性を浮き彫りにする、網状の進化が生じます。

 分岐後の混合の最もよく知られている事例の一つは、ヒグマ(Ursus arctos)とホッキョクグマ(Ursus maritimus)との間のものです。ホッキョクグマはヒグマと50万年前頃に分岐しました。それ以来ホッキョクグマは、行動的・生理学的・形態学的にヒグマとは異なる系統へと進化し、遺伝的多様性は低く、北極大陸棚沿いの生活に適応してきました。対照的に、ヒグマは遺伝的に多様で、歴史的に現生哺乳類の最も広範な分布範囲の一つを占めてきました。ヒグマの分布は、ヨーロッパ西部から北アメリカ大陸、ヒマラヤ山脈からヨーロッパとアジアの北極圏のツンドラ地帯にまで及びます。ホッキョクグマが海氷の海洋性哺乳類に特化した狩猟者であるのに対して、ヒグマは広範な生息地内の万能採食者です。ヒグマ集団には、おもに植物を食べる集団もあれば、魚および/もしくは大型蜀有蹄類に依存する集団もいます。その異なる生態にも関わらず、ヒグマとホッキョクグマは生殖隔離されておらず、交雑子孫は飼育下と野生の両方で生まれてきました。

 以前のゲノム研究では、ヒグマとホッキョクグマとの間の混合は、ヒグマへのホッキョクグマのDNAの遺伝子移入の頻度が最も高く、その逆はない、と示唆されています。たとえば、アラスカ南部から東部のABC諸島では、ヒグマのゲノムの6~8%は、おそらく17000~14000年前頃となる最終氷期の後期にヒグマの雌と起きた混合に由来します。最終氷期における別々の混合事象は、今では絶滅した現在のアイルランド島のヒグマ集団の構成員が、ホッキョクグマの祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を20%ほど有することにつながりました。ホッキョクグマとのさまざまな水準の混合は、日本列島でも起きました。

 この比較的最近の遺伝子流動に加えて、ゲノムデータはヒグマとホッキョクグマとの間のずっと早い混合事象を示唆します。たとえば以前の研究では、ヨーロッパおよび北アメリカ大陸のホッキョクグマとヒグマとの混合ゲノムの短い断片が検出され、混合は15万年以上前に起きたかもしれない、と仮定されています。組換えは世代を超えて混合ゲノム断片の規模を縮小するので、この仮説は検証困難でした。

 2009年に、「ブルーノ(Bruno)」と呼ばれる子供のホッキョクグマが、アラスカ北極圏のポイント・マクラウド(Point McLeod)近くのボーフォート海の浜で発見されました(図1a)。頭蓋の3点の放射性炭素年代測定は、有限ではない年代をもちらしました。この頭蓋が発見された地質学的条件から、ブルーノは相対的な海水準が現在よりも高かった最も近い期間、おそらくはボーフォート海沿岸のこの地域では現在よりも海面が10mほど高かった11万~7万年前頃のペルキアン海進(Pelukian Transgression)に生きていた、と示唆されます。この年代を考えると、ブルーノのゲノムは、より最近のクマのゲノムでは検出できない混合のより古い事象の調査機会を提供します。この古代のホッキョクグマの分析は、以前には認識されていなかったホッキョクグマとヒグマとの間の混合事象の証拠を明らかにします。この混合事象からの遺伝子は、全ての現生ヒグマ集団で共有されており、現生クマのゲノムだけを用いてそれが検出できない状況に貢献します。以下は本論文の図1です。
画像


●分析結果

 ブルーノの頭蓋の歯根から抽出された古代DNAを用いて、高網羅率のミトコンドリアゲノムと20.3倍の核ゲノムが生成されました。X染色体全体の平均読み取り深度は18.6倍で、ブルーノが雌だったことを示唆します。これらのデータは、ホッキョクグマとヒグマとアメリカグマ(Ursus americanu)の以前に刊行されたミトコンドリアおよび核ゲノムとともに分析され、ブルーノの年齢が推定され、ブルーノと現生クマ集団との間の進化的関係が推測されて、生息範囲が重複していたかもしれない期間における、ヒグマとホッキョクグマとの間の遺伝子流動の程度が調べられました。

 ゲノムデータから、地質学的記録により示唆されるようにブルーノは遺伝的に現生ホッキョクグマとは異なっており、おそらくは海洋酸素同位体ステージ(MIS)5となる間氷期に生きていた、と確証されます。ミトコンドリアゲノム(図1b)と核ゲノム(図1c)の系統発生およびD統計(図1d)は、ブルーノを、現存ホッキョクグマ外ではあるものの、現存および古代両方のホッキョクグマのミトコンドリアゲノムを含むクレード(単系統群)内に位置づけます。

 ホッキョクグマのパネルを用いて、派生的なアレル頻度範囲が測定されました。次に、現存ホッキョクグマにおける派生的アレルの頻度が現存ホッキョクグマの存在を正確に予測するのかどうか、測定されました。予測されたように、全ての現存ホッキョクグマはホッキョクグマの派生的アレル頻度により予測される頻度で、派生的アレルを有しています。一方ヒグマは、ホッキョクグマの派生的アレル差異を共有することがあり、おそらくは過去の混合のためです。しかし、ヒグマの派生的アレルの存在はホッキョクグマの頻度により充分には予測されていません。ブルーノで見つかった派生的アレルの割合は、現存のホッキョクグマとヒグマとの間では低下しました。これは、多くのゲノム領域における現存ホッキョクグマの最新の共通祖先(MRCA)の年代の前に存在したブルーノのゲノムと一致し、異なる遺伝的浮動の歴史もしくは両者の組み合わせを有しています。

 ペアワイズシーケンシャルマルコフ合体(PSMC)により、経時的な有効集団規模(Ne)の変化が推定され、調整されたPSMC記入と、他のホッキョクグマとの間の11万年前頃の分岐を明らかにしました(図2)。DNA損傷と低い統計的能力が最近のNe推定値を増加させる可能性があるので、これらのデータと頭蓋が回収された地質学的状況から、ブルーノは11万~75000年前頃に生きていた、と外挿法によって推定されました。この推定値は、相対交差合着(合祖)率(RCCR)の連続マルコフ合祖(MSMC)推定値、ブルーノと現存ホッキョクグマとの間、および現存ホッキョクグマと同じヒグマとの間の分岐年代により裏づけられます。50%のRCCRに基づくと、ブルーノと現生ホッキョクグマとの間の違いの推定値でもある2組間の分岐年代の違いは、104400±3400年前です。以下は本論文の図2です。
画像

 ブルーノのゲノムは、現存分類群のゲノムだけを用いると見えない時間窓におけるホッキョクグマとヒグマとの間の混合関係の調査の機会を提供します。ホッキョクグマと現存ヒグマとの間で共有されるアレルのD統計分析では、ヒグマの特定の集団が過去の混合事象からのホッキョクグマ祖先系統を有している、と示されます。本論文ではその結果が要約されます。D統計分析でホッキョクグマのゲノムをブルーノのゲノムに置換すると、ヒグマ間で共有される過剰なホッキョクグマのアレルにおいて違いはほとんど示されませんでした。しかしD統計には、ヒグマ間の集団分離に先行する混合を検出する能力はありません。

 5分類群のDFOIL手法は、5分類群の対称系統発生に基づいて共有されるアレルの数を数えて、より深い系統樹の節を検出できます。ブルーノのゲノムの分析は、ブルーノへとつながる系統と全ての現存ホッキョクグマへとつながる系統との間の、広く行き渡り、強く統計的に有意な混合を明らかにしました(図3)。そのまま受け取ると、これが示唆するのは、ブルーノは全てのヒグマの祖先と混合した集団の一部で、現存ホッキョクグマではまだ見つかっていない遺伝的差異に寄与している、ということです。この解釈では、ブルーノのゲノムは、全てのヒグマには存在するものの、現存ホッキョクグマには欠けている派生的アレルを有している、と示唆されます。ブルーノと本論文のパネルにおける全てのヒグマとの間で共有されているものの、ホッキョクグマでは欠けているアレル数の単純な比較から確証されるのは、ブルーノはこの比較で用いられた他のホッキョクグマのほぼ2倍の頻度で、他のホッキョクグマにも存在しないアレルを全てのヒグマと共有している、ということです。以下は本論文の図3です。
画像

 ホッキョクグマおよびホラアナグマ(Ursus spelaeus)との混合事象を含むヒグマの複雑な進化史(関連記事)は、とくにより深い系統樹の節で、混合の推論を複雑にするかもしれません。したがって、いくつかの配置でDFOILが実行されました(図3)。まず、MSMCがヒグマの集団分岐年代をブルーノの死よりも新しいと推定したので、P1とP2にヨーロッパと北アメリカ大陸のヒグマを、P3とP4の位置にホッキョクグマを、外群にアメリカグマを置いて、DFOILが実行されました(図3a・b)。次に、系統発生におけるホッキョクグマの位置を入れ替えた構成でDFOILが実行されました(図3c・d)。後者の構成はMSMCの結果とは対照的ですが、ヒグマのゲノムのMRCAの以前のより古い推定値と一致します。図3で提示された結果は20万塩基対の時間窓を想定し、塩基転位を除外していますが、10万~50万塩基対にまたがる規模を用いると、塩基転換と塩基転移の両方を含めて、P値を0.05と001と0.005と0001と仮定した場合、類似の結果が回収されました。

 最初の構成(図3a)において0.01の初期設定判断値の下では、DFOILは常染色体ウィンドウの10%とX染色体ウィンドウの7.4%の混合が検出されました(図3b)。これらのウィンドウのほとんどは、ブルーノの系統と全ての現存ヒグマ祖先との間の遺伝子流動を示しました。この兆候は、混合ウィンドウの遺伝的分岐の推定値により確証され、現生ホッキョクグマとヒグマとの間よりも、ブルーノとヒグマのとの間の方が低くなります。ブルーノをP4として現存ホッキョクグマと置換すると、混合ウィンドウの合計は1078±31から184±27へと減少し、P4との混合を裏づけるウィンドウの数は848±54から56±9へと減少しました(図3b)。これにより、支配的な混合兆候がブルーノと他のホッキョクグマとの間の特定の違いに起因する、と確証されます。

 ブルーノの古さに起因する混合兆候の量を調べるため、最も高頻度で観察されたアレルの呼び出しにより、30頭の現存ホッキョクグマの疑似最終合着祖先(LCA)が生成されました。LCAは、現存ホッキョクグマの遺伝的差異の部位で祖先的アレルをおもに有する、と予測されます。しかし、このゲノムは、ブルーノが有しているような、現存ホッキョクグマの前に存在したホッキョクグマの集団において派生的アレルを有していないでしょう。DFOIL分析において位置P3における現存ホッキョクグマのLCAを置換すると、おもな混合兆候はブルーノとヒグマの共通祖先との間に存在した、と分かりました。しかし、この区分における混合ウィンドウの割合は混合常染色体ウィンドウの79%(848±54)から57%(276±21)に、混合X染色体ウィンドウの91%(42±5)から80%(14±3)へと減少しました。常染色体ウィンドウの数は、ホッキョクグマのLCAと、2%(26±4)から13%(65±7)へと増加したヒグマと間の混合を裏づけます。

 2番目の構成(図3c)では、ほとんどのウィンドウは現存ヒグマの祖先とブルーノおよび現存ホッキョクグマ両方の祖先との間の遺伝子流動を裏づけ、現存ホッキョクグマがP2、もしくはLCAがP1の場合も含まれます(図3d)。これが示唆するのは、ブルーノのゲノムで検出された混合の少なくとも一部は、ブルーノと現存ホッキョクグマのMRCAに先行していたかもしれない、ということです。

 興味深いことに、両方の構成はヒグマからブルーノへの遺伝子流動を特定しており、遺伝子流動がヒグマからホッキョクグマへと起きたことを示唆します。しかし、ヒグマから現存ホッキョクグマへの遺伝子流動は、ホッキョクグマのLCAがP2として用いられた場合のみで裏づけられ、これを裏づけるウィンドウは、ヒグマからブルーノへの遺伝子流動を裏づける場合よりも少なくなります。これは、現存ホッキョクグマのゲノムからほぼ失われてしまった、ヒグマからホッキョクグマへの混合を反映しているかもしれず、それはホッキョクグマにおけるヒグマの祖先系統が適応度対価と関連している、との仮説と一致します。

 混合が両方の構成で裏づけられることから、その結果はヒグマ集団の分岐年代の不正確な推定値に起因するモデルの誤設定に影響を受けない、と示唆されます。代わりに、ブルーノの古ゲノムを利用できることにより、全ての現存ヒグマに影響を及ぼした古代の混合を検出できました。混合事象の古さは、MSMC孤立・移住(MSMC-IM)を用いての混合年代測定により裏づけられ、ホッキョクグマとヒグマとの間の分岐後の遺伝子流動の最盛期は10万年前頃と推定されました(図4)。以下は本論文の図4です。
画像

 DFOILとMSMC-IMからの最も強い兆候は、ブルーノが生きていた頃の混合でしたが、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)の頃となるもっと新しい事象の兆候も回収されました(図3bおよび図4)。DFOILにより検出されたパターンは、以前に報告されたパターンと類似しており、そのパターンでは、報告されたホッキョクグマからの混合はヨーロッパのヒグマよりも北アメリカ大陸のヒグマの方でより一般的です。混合ウィンドウの2%は現存ホッキョクグマから北アメリカ大陸のヒグマへの混合を裏づけます。P3としてホッキョクグマのLCAを用いると、LCAから北アメリカ大陸のヒグマへの遺伝子流動を裏づける混合ウィンドウの割合は2%から9%へと増加し、LCAが標本抽出された現存ホッキョクグマよりもLGMの混合ホッキョクグマの良好なモデルである、と示唆されます(図3b)。後者の混合事象はMSMC-IMでも検出され、第二の、しかしずっと小さな最盛期として4万~2万年前頃が推定されます(図4)。


●考察

 アラスカ北部に11万~75000年前頃に生息していたホッキョクグマであるブルーノからの古ゲノムデータを用いて、おそらくは最終間氷期であるMIS5の後期に起きたヒグマとホッキョクグマとの間の古代の混合事象が特定され、その頃には北極海の氷の広がりは急速に変化しつつあったかもしれません(図4)。ブルーノのゲノムの分析前には、この混合事象の遺産は現生クマのゲノムでは検出できませんでした。この古代の混合事象における遺伝子流動の方向性は、より新しい混合事象のように、ほぼホッキョクグマからヒグマでした(図3)。しかし、ヒグマからブルーノへとつながる系統への混合の証拠も見つかりました。これは、ブルーノが混合したクマのより新しい子孫であること、および、現生ホッキョクグマにヒグマ祖先系統が欠如していることに基づく、ホッキョクグマにおけるヒグマ祖先系統は適応度対価と関連している、という仮説の両方と一致します。ブルーノのゲノム分析により明らかになったように、現在のヒグマのゲノムの最大10%は、この古代の混合事象においてホッキョクグマから遺伝子移入された祖先系統を構成します。

 ブルーノは、MIS5e(129000~116000年前頃)となる最温暖期の後の急速な気候変化期間である、MIS5の後期の一つに生息しており、MIS5eには、グリーンランドでは温度が現在よりも5~8度高く、海水準は現在よりも6~10m高かった、と推定されています。MIS5の温暖期には、大陸の氷床は縮小し、亜寒帯林が北方へと拡大して、海氷は北極海では減少しました。北極の気候が温暖化するにつれて現在起きている海氷面積と亜寒帯生態系の急激な変化と同様に、温暖な状態によりヒグマがボーフォート海沿岸へと北方へ広がるのを助けるのに適した植物群の分布を可能とするような時期に、ブルーノは生息していました。

 より温暖な夏と季節的に制約された海氷面積の同じ時期に、気候に起因する海氷喪失の現在と同様に、ホッキョクグマは海岸に多く存在していたかもしれません。しかし、陸生食資源を食べるように適応していないホッキョクグマは、食料を求めて海岸から離れる必要はなかったでしょう。代わりにホッキョクグマは、セイウチや他の鰭脚類など繁殖に陸上生息地を使う海洋性哺乳類を食べたり、クジラの死骸を漁ったりしました。沿岸のこの豊富な栄養源は、ヒグマも死骸漁りへと惹きつけたでしょう。現在のように、ヒグマは沿岸に長く留まり、ホッキョクグマと接触したかもしれません。ヒグマとホッキョクグマの繁殖期は4月後期から6月にかけてほぼ重複しているので、両者の分布のこれらの変化は、長期の混合に有利な条件を作り出したかもしれません。

 過去には、ホッキョクグマはベーリング海南部にも範囲を拡大し、海氷が最終氷期の最寒冷期に広がるにつれて、北太平洋にさえ拡大しました。アラスカ南部・東部のアレクサンダー諸島と、シベリア東部のクリル諸島の両方で、ヒグマは依然としてホッキョクグマの遺伝子を有しているので、ホッキョクグマはヒグマとある段階で交配した、と分かっています。したがって、ヒグマとホッキョクグマとの間の混合は、絶対的な気候状態とは別に、氷期と間氷期の状態両方の気候移行期に起きた可能性が高そうです。進化史において混合事象が繰り返し起きたならば、一時的な交雑は両分類群の生存と進化的軌跡に寄与したかもしれません。いつどのようにホッキョクグマとヒグマとの間で混合が起きたのかに関係なく、本論文の結果から、北極圏に特徴的な大規模な気候変化が、以前には異所性の種を定期的に混合させ、混合に適した条件を作り出したかもしれない、と示されます。


参考文献:
Wang MS. et al.(2022): A polar bear paleogenome reveals extensive ancient gene flow from polar bears into brown bears. Nature Ecology & Evolution, 6, 7, 936–944.
https://doi.org/10.1038/s41559-022-01753-8

この記事へのコメント