『卑弥呼』第91話「最強の武器」

 『ビッグコミックオリジナル』2022年7月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが穂波(ホミ)の国境にある謎めいた漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)の邑を一人で訪れ、徐平(ジョヘイ)という長老らしき男性と会見し、長老がヤノハの見識に感心するところで終了しました。今回は、金砂(カナスナ)国の出雲で、鬼国(キノクニ)の兵士20名ほどが神殿を占拠している場面から始まります。その様子を、トメ将軍とミマアキと事代主(コトシロヌシ)の一行が密かに見ていました。トメ将軍は、鬼国の兵士は、事代主が吉備の首長で日下(ヒノモト)国に従っている吉備津彦(キビツヒコ)の館に幽閉されたと思い、事代主不在の社を占拠すれば、民は出雲が鬼国の軍門に下ったと知ると考えたのだろう、と推測します。トメ将軍は立ち上がろうとする事代主とシラヒコに、本殿に帰ることは諦めるよう、勧告します。金砂の兵も出雲の神守(カミモ)りも全く見ないので、全滅したか四散したのだろう、というわけです。それでも社に戻ろうとする事代主を、死ねば民は今以上に絶望する、とトメ将軍は諫めます。すると事代主は、大穴牟遅神(オオアナムチノミコト)は国を産み、穀物を育て、民に知恵と喜びを与えるが、始まりはあくまでも「死」だ、と語ります。死は不可避と悟ることから出雲の教えは始まるので、事代主は生死に関わらず社にいなくてはならず、社に事代主がいることこそ、金砂の民にとって希望なのだ、というわけです。事代主の覚悟を聞かされたトメ将軍は策を練りますが、鬼国の武器が鉄(カネ)であることを警戒します。そこへ金砂の兵士が夜襲をかけ、ミマアキは直ちに援護しようとしますが、トメ将軍は静止します。金砂の兵士の剣は青銅製で、鉄製の剣の鬼国の兵士に圧倒され、ミマアキは驚愕します。トメ将軍は、部隊を二分して鬼国の兵士の隙を突く、と作戦を説明します。すると事代主は空を見上げ、今宵は星が出そうだ、と呟きます。トメ将軍の配下の兵士が声を挙げて出撃すると、鬼国の兵士が直ちに迎撃に向かいます。その隙に海に隠れていたトメ将軍とミマアキと事代主とシラヒコは社を昇ります。しかし、それに気づいた鬼国の兵士は、社を登ろうとはせず、吉備津彦に禁じられているのだろう、とトメ将軍は推測します。

 穂波(ホミ)の国境にある秦邑(シンノムラ)を訪れたヤノハは、館で一夜を明かし、秦邑が用意した服に着替えます。ヤノハは、徐平(ジョヘイ)という秦邑の長老に出された朝食の食感を不思議に思います。弾力があり、噛むほどに旨味が増すが、餅のようには歯にくっつかない、というわけです。それは麺(ミェン)と言い、徐平の先祖の時代は粟を材料にしており、今の漢では小麦粉を使い、水と塩を混ぜて固め、伸ばしたものだ、と徐平から聞いたヤノハは、倭国では小麦を挽いて粉にして重湯として食べる、と言います。ヤノハは見慣れない野菜を徐平に尋ね、倭にはない野菜である葱(ソウ)で、徐平の祖先が持ち込んだ種を播き、代々育てている、と知ります。汁の香ばしい塩味をヤノハから訊かれた徐平は、醤(ジャン)と答えます。魚臭くないことに驚くヤノハに、魚ではなく大豆を発酵させた、と徐平は答えます。美味しそうに食べるヤノハを徐平はにこやかに見ています。徐平が使っている箸を知らないヤノハは、それが筷子(クァイコ)もしくは箸(チョ)と言い、漢ではこれを使って食事をする、と知ります。知らないことばかりだ、と言うヤノハに、麺を小麦で作ると我々に教えた男がヤノハと会いたがっている、と徐平は伝えます。秦邑に伝わる武器を教えていただけないか、とヤノハに要望された徐平は、天下統一後、始皇帝は胡人(コジン)、つまり夷敵(外から来た部族)との戦いに挑んだ、と語ります。蛮人なのか、とヤノハに問われた徐平は、そう伝えられているが、鉄の武器を持ち、馬を巧みに操る、と答えます。ヤノハは馬を知らず、四つ足の大きな生き物で、人を乗せて素早く走る、と徐平に教えられます。胡人は勇猛果敢にして秦より進んだ文明の主だった、と語る徐平に、その敵の制圧に始皇帝は自分が知りたい最強の武器を使ったのだな、とヤノハは尋ねます。最強の武器とは扱いが簡単で、女性と子供ですら恐ろしい戦人に化けられ、持ち運びが容易いので、その武器をヤノハに教えれば、秦邑も簡単に滅ぼせる、と徐平はヤノハに語ります。つまり、それを恐れて徐平は、最強の武器を教えることを躊躇っていたのだ、とヤノハは悟ります。そこへ何(ハウ)というヤノハとは旧知の男性が現れ、ヤノハが驚くところで今回は終了です。


 今回は、出雲の社をトメ将軍とミマアキと事代主たちが奪還する話と、秦邑での話が描かれました。トメ将軍とミマアキと事代主は出雲の本殿を奪還し、鬼国の兵士は本殿に昇ってくることはないものの、鉄製と青銅製では武器の性能に大きな違いがあり、本殿に多少の水と食料があったとしても、このままでは敗北することになりそうです。あるいは、まだ残っているかもしれない金砂の兵士とともに、鬼国の兵士に奇襲をかけるのでしょうか。トメ将軍の策がどのようなものなのか、注目されます。

 秦邑では、最強の武器の秘密に迫ってきましたが、女性と子供でも簡単に扱えるそうなので、それが何なのか、よく分かりませんでした。秦漢史に詳しければ、何を指しているのか、すぐに思いつくのかもしれませんが。あるいは、強力な弩でしょうか。ヤノハは何と再会し、かつて何は虎を飼っていたので、最強の武器とは虎かもしれませんが、虎を多数飼育するのは難しそうですし、女性と子供でも簡単に扱えるとも思えません。そもそも日本列島には虎がいないので、朝鮮半島で交易により入手するしかなさそうです。最強の武器も気になるところですが、好奇心の強いヤノハが、漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)の風習に素直に感心している様子に徐平は好感を抱いているようで、今後、ヤノハが箸など漢人の風習を積極的に取り入れていき、倭人の文化が変わっていくところも、本作の見どころになるのでしょうか。最強の武器とともに、倭国と大陸との交流がどのように描かれるのかも注目されます。

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