過去10万年間の古代オオカミのゲノムから推測されるイヌの起源
過去10万年間の古代オオカミのゲノムからイヌの起源を推測した研究(Bergström et al., 2022)が公表されました。ハイイロオオカミ(Canis lupus)は家畜個体群を生じた最初の種で、他の多くの大型哺乳類種が絶滅した最終氷期を通して広く分布し、それを生き延びました。しかし、過去のオオカミ個体群の歴史およびそれらが絶滅した可能性、あるいは現在のイヌ系統、つまりイエイヌ(Canis familiaris)の祖先となったオオカミがいつどこに生息していたかについては、ほとんど知られていません(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。
本論文は、ヨーロッパとシベリアと北アメリカ大陸から得られた、過去10万年にわたる72頭の古代オオカミのゲノムの解析を報告します。その結果、オオカミ個体群の間には後期更新世を通して強いつながりが認められ、分化の水準は現在と比較して1桁低かった、と明らかになりました。こうした個体群のつながりによって、4万~3万年前ころのIFT88遺伝子の変異の急速な固定など、この時系列全体にわたる自然選択の検出が可能になりました。
本論文は、イエイヌが全体として、ユーラシア西部よりもユーラシア東部の古代オオカミにより近縁だと示します。これは、家畜化が東部で進行したことを示唆しています。一方で本論文は、近東およびアフリカのイエイヌでは、その祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の最大半分が、現代のユーラシア南西部のオオカミに近縁な別の個体群に由来することも見いだしました。これは、独立した家畜化過程または現地のオオカミとの混合の存在を反映しています。今回解析された古代オオカミのゲノムはいずれも、イエイヌのこれら2つの祖先系統と完全には一致せず、これは、正確な祖先個体群がまだ突き止められていないことを意味します。
ハイイロオオカミは過去数十万年間、北半球のほとんどに存在しており、他の大型哺乳類とは異なり、後期更新世に絶滅しませんでした。現代のゲノムの研究では、現在の個体群構造はほぼ過去3万~2万年間か、大まかに28000~23000年前頃となる最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)以降に形成された、と明らかになってきました。LGMに先行するシベリアオオカミは、現在の多様性のほぼ基底部となる祖先系統を有しており、多くのLGM前のオオカミ系統は絶滅した、との提案につながりました。したがって、中心的な問題は、世界的なハイイロオオカミ個体群がどの程度、絶滅危機に晒されたのか、あるいは新たな適応を伴う気候変化に対応したのか、ということです。
ハイイロオオカミからイヌが生まれたことは明らかですが、その時期と場所と経緯については、合意がありません。現在のイヌ系統に属する骨格遺骸は考古学的に14000年前頃までに出現し、イヌと現代のオオカミの祖先が分岐した時期の遺伝学的推定値は40000~16000年前頃です(関連記事)。しかし、現代のオオカミと組み合わされた現代および古代のイヌの遺伝的データは、以前の研究では大きく制約されており、イヌの起源を解決できない可能性があります。イヌの遺伝的多様性はその動的な歴史の影響を受けており、その起源を確信して特定はできません。現代のオオカミとの関係は、同様に局所的絶滅と家畜化以降の遺伝子流動の影響を受けている可能性があります。初期のイヌが見つかっている地域は、他の場所におけるより早いイヌの存在を必ずしも排除できないので、その起源地を意味しません。代わりにイヌの起源は、時空間全体にわたるオオカミの遺伝的多様性が徹底的に特徴づけられ、どの個体群がイヌの祖先に最も近いのか決定できれば、解決できるかもしれません。
●10万年にわたるオオカミのゲノム
ヨーロッパとシベリアと北アメリカ大陸北部および西部の古代オオカミ66頭の新たなゲノムが配列決定され、その網羅率の中央値は1倍(0.02~13倍)となり(図1a・b)、以前に配列決定された古代のオオカミ(関連記事)が組み込まれ、網羅率が向上されました。コーカサスの古代アカオオカミ(Cuon alpinus)1頭のゲノムも配列され、年代は状況から7万年以上前と推定され、外群として機能します。X染色体DNAの断片から、オオカミの69%は雄で、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)やバイソンやヒグマ(Ursus arctos)や家畜イヌ(関連記事)の古代のゲノムでの雄の過剰出現を反映しています。年代がないか、5万年前頃となる放射性炭素年代測定の限界を超えているオオカミについては、ミトコンドリアのチップ年代測定を通じて年代が推定され、21573年前の平均95%信頼区間(CI)と5133年前の平均予測誤差が得られました。これらのゲノムから呼び出された一塩基多型(SNP)遺伝子型決定が、世界規模の現代のオオカミ(68頭)、現代(369)頭および古代(33頭)のイヌ、他のイヌ科種のSNP遺伝子型決定と統合されました。データセットの合計は過去10万年に及びます(図1b)。以下は本論文の図1です。
共有された遺伝的浮動の行列についての主成分分析(PCA)では、古代のオオカミは、地理ではなく年代により強くクラスタ化し(まとまり)ます(図1c)。同様に、古代のオオカミは新しいほど現代のオオカミとより多くの浮動を共有します。以前の研究は、LGM祖先系統の置換を示唆ししており、じっさい、LGMよりも新しい(23000年前頃以後)全個体は、28000年前頃以前のオオカミとよりも相互と類似している、と分かりました。しかし、過去10万年間の任意の時点でより新しいオオカミとより古いオオカミの類似性を対比させた場合も、同じパターンが見られます。模擬実験を用いて、観察された時間的関係は任意交配個体群で予測されるものとほぼ類似している、と確証されました。したがって、接続性に起因する祖先系統均一化の長期の過程は、更新世オオカミの関係を推進したようです。よって、LGMにおける変化は、長期の個体群動態の変化ではなく、この過程の最新の兆候を表しています。
●世界的な遺伝子流動の供給源としてのシベリア
次に、オオカミ祖先系統を経時的に結びつける遺伝子流動における方向性が検証されました。f4統計を用いての分析では、23000年前頃以後の全てのオオカミは、ヨーロッパもしくはアジア中央部の3万年以上前のオオカミよりもシベリアオオカミの方と類似している、と示されます。これは、シベリア関連祖先系統がヨーロッパへと拡大したことを示唆し、ミトコンドリアの証拠と一致します。ヨーロッパへのシベリアオオカミの遺伝子流動の同じ動態が、5万~35000年前頃に展開しました。シベリアからヨーロッパへの繰り返しで単方向の混合図モデルはこれらの関係を説明できる、と分かりました(図2a)。波状と連続的な遺伝子流動を区別できませんが、本論文の結果は、後期更新世を通じての移住について、シベリアが供給源として、ヨーロッパが吸収源として機能する、と示唆しており、他の方向性の遺伝子流動の証拠を示しません。以下は本論文の図2です。
これらの結果は広範な遺伝子流動を論証しますが、祖先系統の置換が不完全で、深いヨーロッパ祖先系統のわずかな断片が現在まで持続したことも示します(図2a・b)。ほとんどの分析された現代ヨーロッパのオオカミは、おそらく在来の更新世祖先系統を保持しており、それは、現代ヨーロッパのオオカミが、本論文で提示された10万年前頃の最古のシベリアオオカミよりも深く分岐した祖先系統を10~40%有している、とqpAdmにより最良にモデル化されるからです。本論文の古代オオカミのゲノムでは表されない在来のハイイロオオカミ祖先系統に加えて、これは、近東とアジア南東部のアフリカンゴールデンウルフ(Canis anthus)関連祖先系統と、チベット起源の未知のイヌ科の祖先系統を含んでいるかもしれません。現在の全てのユーラシアのオオカミは過去25000年以内に祖先系統の大半を共有していますが、深い在来祖先系統の持続は、後期更新世ユーラシアにおける広範な局所的絶滅に反する証拠を提供し、多くの大型動物とは異なり、種全体としては絶滅の危機に陥らなかったことを示唆します。
多くの現代および古代の北アメリカ大陸のオオカミは、コヨーテ(Canis latrans)との混合の証拠を示し、これは北アメリカ大陸のオオカミの一部がPCAにおける類似の年代のオオカミとクラスタ化しない(まとまらない)理由を説明します。完全なハプロタイプ相を有する雄のX染色体間の合着(合祖)率に基づくと、オオカミとコヨーテは70万年前頃に分岐し始めた、と推定され、100万年前頃となる化石に基づく分岐年代とほぼ一致します。本論文のデータでは、コヨーテとの混合は少なくとも10万~8万年前頃以降に起きており、カナダのユーコン準州の分析された2頭の更新世オオカミも、コヨーテのミトコンドリア系統を有していた、と示されます。これらの調査結果から、コヨーテの更新世の範囲は現在考えられているよりさらに北方に拡大したか、さらに南方で起きた混合がオオカミ個体群を通じて北方へと伝播した、と示唆されます。本論文で提示されたユーラシアのオオカミでは、コヨーテ祖先系統の流入は経時的に観察されません。ユーラシアのオオカミでは、増加するコヨーテとの類似性のわずかな西から東への勾配が見つかりましたが、このパターンはおそらく、(シベリア東部のオオカミと関連する)北アメリカ大陸のオオカミからコヨーテへの混合を反映しています。
コヨーテとの混合を考慮した後、アラスカとユーコン準州のオオカミ祖先系統は、経時的にシベリアと高度につながっている、と分かりました(図2a)。これはヨーロッパのオオカミの歴史を反映していますが、一部の深い在来ヨーロッパ祖先系統が持続している一方で、深い北アメリカ大陸の祖先系統は現在まで存続はしていないようです。ベーリンジア(ベーリング陸橋)はおそらく、7万~11000年前頃に断続的にアラスカへのシベリアオオカミの流入を可能としましたが、他の方向性での遺伝子流動の証拠は見つかりませんでした。全ての現在の北アメリカ大陸のオオカミは、10~20%のコヨーテ祖先系統と、残りの祖先系統が23000年前頃以降のシベリアオオカミに由来するものとしてモデル化でき、23000年前頃以前の北アメリカ大陸のオオカミからの寄与はありません(図2b)。シンリンオオカミ(Canis lupus lycaon)とアメリカアカオオカミ(Canis rufus)は、この2つの供給源の混合勾配に沿ってコヨーテ側に動くものとして同様に適合する、と分かりましたが、その進化史におけるより大きな複雑性を除外できません。ゲノムデータだけでは特定の時点でのハイイロオオカミの不在を確証できませんが、本論文の結果は、たとえばLGMにおける北アメリカ大陸における局所的絶滅と一致し、LGMには氷床が北アメリカ大陸の北半を覆っていたか、あるいは氷床が後退した後まで、氷床の南側にはハイイロオオカミが存在しませんでした。
●更新世における高い接続性
過去のオオカミ個体群がどのように分化していったのか理解するために、時空間的に分類されるオオカミ一式で、その内部ではなく分類間で遺伝的差異の割合が計算されました。LGMの前には、離れた地域間でさえ分化は低かった(FST<3%)、と示されました(図2c)。したがって、ヨーロッパと北アメリカ大陸のオオカミの個体群は、相互に大きく異なっているわけでも、ヨーロッパと北アメリカ大陸のオオカミの祖先系統の大半を置換したシベリア関連オオカミとも経時的に大きく異なっているわけではありませんでした。X染色体合着率も推定され、更新世の2頭のオオカミは、より古いオオカミの年代の1万年以内に祖先系統を共有していた、と示唆されます(図2d)。したがって、広範な遺伝子流動が、後期更新世におけるオオカミ個体群間の深い分岐を妨げました。
過去1万年間(完新世)、個体群の動態は更新世とは異なっており、ヨーロッパへのシベリアからのさらなる遺伝子流動の証拠はありません。代わりに、ヨーロッパ関連祖先系統が東方へと拡大し、中国とシベリアの現代のオオカミに遺伝的に寄与しました(図2b)。現在の高水準の分化(10~60%のFST)はおそらくほぼ、生息地の浸食に続く個体群のボトルネック(瓶首効果)と、過去数世紀のヒトによる迫害を反映していますが、過去2万年間にすでに分化が増加している証拠もあります(図2c)。現在のゲノムからのMSMC(複数連続マルコフ合祖。ゲノムの小規模な一式に依存し、分岐時間を推定して個体群のさまざまな下位集団の内部および全体にわたる経時的な人口規模や合祖率など媒介変数を推定する集団遺伝学的推定手法)2推定値は、この期間における広範な有効個体数規模の減少を示唆しますが、個々の異型接合性における同時減少は見つかりませんでした(図1d)。まとめると、この証拠から、FST(遺伝的距離)の結果により示されるように、種の広範な個体数減少ではなく、遺伝子流動の全体的な減少が、より少ない局所的な有効個体数規模をもたらしたかもしれない、と示唆されます。
●10万年以上の自然選択
後期更新世オオカミで観察された強い接続性は、種全体の適応の可能性を高めます。自然選択は通常、現在の遺伝的差異から間接的に推測されますが、本論文の10万年前(3万世代)にわたるデータセットにより、選択されたアレル(対立遺伝子)の直接的な検出が可能となります。72頭の古代および68頭の現代のオオカミの、アレル頻度と時間との間の関連について各多様体を検証し、遺伝的浮動により起きたアレル頻度分散を補正するためにゲノム制御を適用すると、選択の証拠を有する24ヶ所のゲノム領域が見つかりました(図3a)。選択の欠如で模擬実験されたデータへの適用により、個体群の歴史に対して本論文の手法が堅牢だと確証され、偽陽性は見つかりませんでした。
最も強い兆候は25番染色体で観察され、IFT88遺伝子と密接に重複する多様体が、4万~3万年前頃に頻度0%近くから100%へと急速に上昇し、現在のオオカミとイヌに依然として固定されています(図3c)。現代のオオカミの系統学的推論からさらに、IFT88遺伝子はゲノムにおいて最新の共通祖先までの時間(TMRCA)が最も新しい(7万年前頃)、と示されました。IFT88遺伝子の破壊は、マウスにおける頭蓋顔面発達の障害と、ヒトにおける口唇口蓋裂につながります。将来の化石研究がこの期間における急速な頭蓋歯の変化を明らかにするならば、これは駆動要因としてのIFT88遺伝子の一掃を示唆するかもしれず、それは獲物の入手可能性の変化に対応しているかもしれません。しかし、この選択がIFT88遺伝子の変異と関連する未知の非骨格的特徴を対象とした可能性もあります。ゲノムにおける2番目の強い兆候はIFT88遺伝子の250万塩基対下流で、そこではアレル頻度が類似の4万~2万年前頃の時間枠で変化しましたが(図3c)、この領域がIFT88遺伝子の長い制御領域と関連し得るのかどうか、明確ではありません。以下は本論文の図3です。
選択の証拠がある3ヶ所の領域は嗅覚受容体遺伝子と重複しており、15番染色体の多様体は、45000~25000年前頃に頻度が0%近くから100%に上昇し(図3c)、嗅覚受容体がオオカミにおいて適応の繰り返しの対象だったことを示唆します。しかし、YME1L1遺伝子の多様体は2万年前頃から現在までのオオカミにおいて、5%未満から50~70%に頻度が上昇しているものの、イヌでは観察されません。10番染色体の領域では、イヌでの変異が身体サイズや垂れ耳や他の特徴と関連しており、特定のイヌの品種における最近の選択下にありましたが、オオカミでも過去2万年間に選択されていた、と分かりました。選択走査では検出されませんでしたが、黒い毛皮の基盤となるKB遺伝子の欠失が、シベリアのトゥマット(Tumat)の14000年前頃のオオカミで特定されました。この欠失はおそらく、イヌからオオカミへと遺伝子移入されましたが、本論文の結果は、その究極的な起源が野生の更新世オオカミにあったかもしれない可能性も高めます。
●イヌの祖先系統とユーラシア東部のオオカミとの類似性
イヌは、28000年前頃以前のオオカミとよりも、それ以後のオオカミの方と多くの遺伝的浮動を共有する、と分かりました。これは、イヌの祖先が遺少なくとも28000年前頃まで他のオオカミと遺伝的につながっていたことを示唆します(図1c)。この頃の分岐は、本論文におけるX染色体のMSMC2分析とも一致します。しかし、分岐過程の本質がよりよく理解されるまで、家畜化がこの時点より前に始まった可能性を除外できません。
現在のイヌ系統(Canis familiaris)の地理的起源については、議論が続いています。遺伝学的研究では、アジア東部、中東、ヨーロッパ、シベリア(関連記事)、ユーラシア東西それぞれのオオカミが、初期のイヌの祖先系統に寄与した、と主張されてきましたが、他の研究は、単一ではあるものの、地理的に未知の祖先個体群と一致します(関連記事)。オオカミの個体群構造の一部はイヌの家畜化より古い可能性が高い、という本論文の調査結果を考えると、イヌは古代の一部のオオカミの方に、他のオオカミとよりも遺伝的に近い、と予測できます。
イヌの出現以降の遺伝子流動の影響を減らすため、28000年前頃以前(つまりLGM以前)のオオカミのみとの関係を定量化するf4統計に基づいて、過去25000年間のオオカミとイヌでPCAが実行され、イヌは23000~13000年前頃のシベリアオオカミと類似した関係特性を示した、と分かりました(図4a)。直接的なf4検定も、イヌがこの期間のヨーロッパのオオカミとよりもシベリアオオカミの方と近い、と示しました(図4b)。28000年前頃以後のヨーロッパのオオカミは、LGM前のヨーロッパのオオカミとの類似性を有しており、深いユーラシア西部のオオカミ祖先系統の存続を反映しています(図2a)。イヌにおけるそうしたユーラシア西部のオオカミとの類似性の欠如から、イヌは本論文で標本抽出されたヨーロッパのオオカミ個体群に起源がない、と示唆されます。以下は本論文の図4です。
23000~13000年前頃のシベリア北部・東部のオオカミは、イヌとの最大の全体的な類似性を示しますが、イヌの直接的な祖先ではない、と分かりました。qpWaveとqpAdmを用いての候補供給源として古代のオオカミの広範な一式を検証すると、18000年前頃のシベリアオオカミを用いてのモデルも含めて、全ての単一供給源モデルは本論文で調べられた全てのイヌで強く却下されました。しかし、シベリアオオカミと、外群のアカオオカミ(ドール)により近似された構成要素の祖先系統10~20%を特徴とするモデルは、9500年前頃となる北極圏シベリアのジョホフ(Zhokhov)島の個体のようなイヌと適合します(図4c)。外群種を用いていますが、この2供給源モデルは必ずしも、2つの異なる個体群もしくは種からの混合を意味しません。代わりに、このモデルは、イヌがまだ標本抽出されておらず、ある程度は利用可能な古代のオオカミと分岐した、一部の在来オオカミ祖先系統に由来することを反映しているかもしれません。
この解釈を検証すると、供給源としてシベリアオオカミだけが利用可能ならば、深く分岐した在来ヨーロッパ祖先系統を少なく有している最近のヨーロッパのオオカミ(図2a)は、イヌとひじょうに類似した結果を得る、と分かりました。したがって、イヌの結果は、本論文で標本抽出された古代のシベリアオオカミにより完全には表されない、一部の標本抽出されていないオオカミ祖先系統を同様に反映しているものとして、解釈されます。この標本抽出されていない祖先系統は、10万年前頃以降に標本抽出された古代のオオカミからの部分的な分化を保持しているようで、本論文の結果から、それはおそらく本論文で標本抽出されたヨーロッパとシベリア東西と北アメリカ大陸以外の地域に分布していた、と示唆されます。
ジョホフ島のイヌで得られた結果も、バイカル湖と北アメリカ大陸とヨーロッパ東西(10900年前頃のカレリアのイヌ)の古代のイヌ、および現代のニューギニア・シンギング・ドッグ(NGSD)に適用されました。集団として、qpWaveは近位供給源を要求しない手法において、これらのイヌを古代オオカミの多様性の単一の「流れ」に由来するものとして適合させられます。この結果から、古代オオカミのゲノムはより最近の仮定の複雑さを巧みに回避できる、と示されます。それは、同じモデルが、現代のオオカミを代わりに供給源として用いた場合に、おそらくはイヌからオオカミへの遺伝子流動(関連記事)のために却下されたからです。
したがって、最近の混合と個体群の変化は、現代オオカミの分析を複雑にします。それでも、オオカミの個体群構造がイヌの家畜化以来完全には再形成されなかったならば、イヌの祖先の祖先系統の一部が、たとえその祖先系統の過去の地理的位置が不明だとしても、依然として現代オオカミで表され、検出できるかもしれません。これが2つの方法で検証されました。まず、現代オオカミの遺伝子型を用いて構築されたPCA図にイヌが投影され、イヌはヤクーチア(Yakutia、サハ共和国)のオオカミよりも、中国とモンゴルとアルタイ山脈のオオカミの近くに投影される、と分かりました。次に、qpAdm分析が現代オオカミの供給源に拡張され、一部の中国のオオカミが18000年前頃となるシベリアのオオカミよりも良好な適合を提供し、標本抽出されていない祖先系統構成要素の必要なしに、ジョホフ島のイヌの祖先系統の単一の供給源として機能する、と分かりました。これらの結果は、シベリア北部・東部の外のユーラシア東部もしくは中央部にイヌの起源があることを裏づける、と解釈できますが、これらの地域や他の候補地域の古代オオカミのゲノムが欠如しており、確たる地理的結論は引き出せません。
●ユーラシア西部のイヌの祖先系統の第二の供給源
本論文の分析は、古代と現代のイヌの世界的な一式に拡張され、追加の遺伝的に異なるオオカミの祖先からの祖先系統の寄与が検証されました。複数の祖先の最も強力な証拠は、一部のイヌが家畜化前のオオカミとの類似性を有している場合で、そうしたオオカミはイヌからの遺伝子流動の影響を受けることがあり得ないからです。この理論的根拠を適用すると、古代近東のイヌと現代アフリカのイヌ、程度は低いもののヨーロッパのイヌは、LGM前のオオカミとの関係に基づくf4統計PCAにおいて、ユーラシア西部のオオカミの方へと動いている、と分かりました。この勾配は、過去28000年間のオオカミが除外された場合でさえ、イヌ内の個体群構造(古代の近東とユーラシア東部のイヌの間)の主要な軸を要約します。したがって、このイヌ祖先系統勾配は少なくとも部分的には、家畜化の期間の前である可能性が高い、オオカミ祖先系統の違いを反映しています。PCAの観察結果を明示的に検証すると、qpWaveは近東のイヌを含めた場合に単一のオオカミ祖先を強く却下します。代わりにこれらのイヌにとっての最適なqpAdm モデルは、ジョホフ島のイヌで見られた祖先系統に加えて、古代ヨーロッパのオオカミと関連する供給源を含んでいました(図4c)。
標本抽出された古代ヨーロッパのオオカミがイヌの祖先系統のこの第二の構成要素の実際の供給源であり得るのかどうか検証するため、ジョホフ島のイヌを一方の供給源(東方関連のイヌ祖先系統を表します)として、ヨーロッパのオオカミをもう一方の供給源とする、qpAdmモデルが検証されました。これらのモデルは、第三の外群構成要素が、標本抽出されていない分岐した祖先系統を表すよう含められなければ、近東およびアフリカのイヌには適合しませんでした。全てのLGM後および現在のオオカミに拡張すると、シリアとイスラエルとイランとインドの現在のオオカミだけが、良好な適合に達しました。世界のこの地域からの供給源と一致して、現在のオオカミの構造に投影されると、近東とアフリカのイヌは、ヨーロッパのオオカミよりもコーカサスと近東のオオカミの方へと動きます。現在のシリアのオオカミを供給源として用いると、近東関連オオカミ祖先系統の割合の推定値は、レヴァントで最古(7200年前頃)の利用可能なイヌでは56%(標準誤差10%)、アフリカのバセンジー品種では37%(標準誤差3.5%)、近東と後のヨーロッパのイヌでは5~25%となります(図4d)。二重祖先系統の証拠は、家畜化の前の古代オオカミに基づいているので、潜在的な後の遺伝子流動により影響を受けませんが、これらの正確な推定値は、シリアのオオカミにおいてイヌとの混合があるならば、増加する可能性があります。
次に、イヌの関係の混合図モデルが包括的に検証され、イヌの4個体群とシリアのオオカミでは最大2回の混合事象が可能となります。シリアのオオカミの初期近東のイヌとの混合を特徴とする単一の図がデータと適合するので、qpAdm推定と一致する結果が得られ(図4f)、初期のカレリアと東方のイヌにつながる別の系統があります。この図では、カレリアのイヌは、初期近東のイヌに祖先系統をもたらした「東方」供給源と最も密接に関連します。
オオカミとイヌとの間で現在観察される広範な祖先系統の非対称性は、最近の局所的な混合を反映している、と解釈されてきました(関連記事)。イヌがオオカミ祖先系統の2つの異なる構成要素のさまざまな割合を有している、という本論文の調査結果は、これらの非対称性の多くについての統一的な説明を提供できるかもしれません。たとえば、先行研究は更新世のシベリアオオカミと北極圏のイヌとの間の類似性を、後者における混合の示唆により説明しました(関連記事)。二重祖先系統モデルはおそらく、そうした混合なしにこの非対称性を説明でき、北極圏のイヌは代わりに、西方構成要素が少なかったことになります。
逆に、近東とアフリカのイヌにおける西方構成要素のより高い水準は、おそらく近東のオオカミへの以前に観察された類似性の少なくとも一部を説明します。アジア中央部の新疆のオオカミが、さまざまなイヌに対して非対称性を示さないという観察は、他の非対称性がおもにイヌからオオカミへの遺伝子流動に起因する、と示唆するものとして解釈されました(関連記事)。本論文の結果は代わりに、アジア中央部におけるユーラシア東西のオオカミの祖先系統の均衡(図2b)が、ユーラシア東西のイヌの祖先系統に相対的な非対称性をもたらした、と示唆します。したがって、新疆のオオカミは二重祖先系統に反する証拠を提供しません。
●まとめ
オオカミ個体群は、後期更新世を通じて遺伝的につながっており、それはおそらく開けた景観におけるオオカミの高い移動性のためだった、と示されます。LGMは、相互につながるオオカミの個体群にとって、必ずしも前例のない変化の時期に相当しているわけではなく、他のユーラシア北部の肉食動物が絶滅したさいの、オオカミの持続能力への手がかりを提供します。さらに、更新世オオカミが現在の多様性の基礎になっているように見える理由は、絶滅したことではなく、継続的な遺伝子流動が後の祖先系統を均質化したことにありました。いくつかの選択されたアレルが急速に固定した、という本論文の調査結果から、適応は更新世オオカミの全個体群に広がり、オオカミ種の生存に寄与したかもしれない過程だった、と示されます。同時に本論文の結果から、そうした急速な種全体の選択的一掃が過去10万年間でわずか数回しか起きなかった、と示されます。
本論文の結果は、イヌの起源に関する長年の問題への洞察も提供します。第一に、イヌと現代ユーラシアのオオカミは、相互に単系統と考えられてきました。本論文では全体的に、イヌはユーラシア東部のオオカミの方に近い、と分かりました。第二に、現代オオカミはイヌの祖先系統と良好に合致しないので、供給源となる個体群は絶滅した、と推測されてきました。本論文の結果から、オオカミ祖先系統の継続的な均質化がイヌとのより早期の関係を見えにくくしていたので、これは必ずしも当てはまらない、と示唆されます。第三に、複数のオオカミ個体群が初期と現在のイヌに遺伝的に寄与したのかどうか、不明でした。「東方のイヌの祖先」と呼ばれるユーラシア東部関連供給源は、シベリアとアメリカ大陸とアジア東部とヨーロッパ北部・東部において初期のイヌの祖先系統の100%に寄与していたようだ、と分かりました。これに加えて、「西方のイヌの祖先」と呼ばれるユーラシア西部関連供給源は、初期の近東とアフリカのイヌの祖先系統に20~60%、新石器時代とその後のヨーロッパのイヌの祖先系統に5~25%ほど寄与しました。西方祖先系統はその後、世界中に広がり、たとえば、ユーラシア西部における農耕の先史時代の拡大と、ヨーロッパのイヌの植民地時代の拡大などがありました。
先行研究では、ユーラシア中央部よりもユーラシア東西のイヌの考古学的出現が早いのは、ユーラシア東西のオオカミの独立した家畜化に起因するものの、ユーラシア西部の祖先系統は現在のイヌでは絶滅したかほぼ消滅した、と提案されました(関連記事)。本論文の結果は、イヌの2つの祖先との見解を裏づけますが、以前の仮説とは異なります。第一に、少なくとも2つの個体群の祖先系統が現代のイヌには存在して遍在しており、現在のイヌの個体群構造のおもな決定要素である、と本論文では論証されます。第二に本論文は、更新世ヨーロッパのオオカミが家畜イヌ系統の1供給源として標本抽出された個体と関連していることを却下できます。第三に、先行研究では、イラン新石器時代のイヌが後のイヌよりも西方の家畜化から多くの祖先系統を有していた、と提案されましたが、本論文では、このイヌは現代ヨーロッパのイヌよりも、本論文で特定された西方祖先からの祖先系統が少ない、と分かりました(図4d)。しかし、ヨーロッパにおける最初のイヌのゲノムの欠如は、将来の研究が、後の個体群に実質的には寄与しなかった独立した家畜化過程からヨーロッパの最初のイヌが生まれた、と明らかにする可能性を意味します。
本論文の結果は2つのシナリオと一致します。まず、後にユーラシア西部で統合した、ユーラシア東西の祖先の独立した家畜化です。次に、ユーラシア東部の祖先の単一の家畜化で、イヌがユーラシア南西部に到来した時に、ユーラシア西部のオオカミとの混合が続きました。本論文の結果はこれらのシナリオを区別できませんが、どちらの場合でも、統合もしくは混合が7200年前頃以前に起きたに違いなく、これは利用可能な近東のイヌのゲノムの最古の年代です。ユーラシア西部の祖先の単一の家畜化とその後のユーラシア東部のオオカミとの混合は、ユーラシア東部のイヌの祖先系統の100%の置換を必要とするので、本論文の結果と一致しないようです。
100%のユーラシア西部の祖先オオカミの祖先系統から構成されるイヌが、たとえば近東かヨーロッパの状況で発見されたならば、これは独立した家畜化を意味するでしょう。あるいは、ユーラシア西部の最初のイヌが、10900年前頃のカレリアのイヌと同様に、ユーラシア東部の祖先オオカミの祖先系統であるかもしれず、これは単一の家畜化過程と一致します。イヌの祖先となるオオカミの祖先をさらに特定するには、DNAの保存状態がよくない場合の多い、本論文で取り上げられた地域外も含めて、追加の古代オオカミのゲノムが必要になるでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
ゲノミクス:イヌには2系統の祖先があったことを示唆するハイイロオオカミのゲノム
過去10万年間のヨーロッパ、シベリア、北米のオオカミの古代ゲノムの解析が行われ、イヌが、西ユーラシアよりも東ユーラシアの古代オオカミに近縁だったことが明らかになった。今回のゲノム解析では、後期更新世(約12万9000~1万1700年前)の自然選択が検出された。この研究成果を報告する論文が、今週、Nature に掲載される。
ハイイロオオカミ(Canis lupus)は、初めて家畜化された動物種で、他の多くの大型哺乳類が絶滅した最終氷期を通して北半球のほとんどの地域に生息していた。イヌがハイイロオオカミに由来する動物種であることは明らかだが、それが、いつ、どこで、どのようにして起こったのかについては意見が一致していない。
今回、Pontus Skoglund、Anders Bergstromたちは、この進化史を解明するため、ヨーロッパ、シベリア、北西アメリカのオオカミの古代ゲノム(66点)の塩基配列を新たに解読した。これらのゲノムには、以前に配列解読されたオオカミの古代ゲノム(5点)と過去10万年間のコーカサス地方のドール(Cuon alpinus)の古代ゲノムが含まれていた。ドールは、野生のイヌの一種で、中央アジア、南アジア、東アジアと東南アジアの在来種だ。ゲノム解析の結果、数々のオオカミの集団が、後期更新世を通して遺伝的につながっていたことが判明した。これは、おそらく、オオカミに開けた土地を縦横に移動する能力が備わっていたことによると考えられる。こうしたオオカミ集団の結合性によって、自然選択、具体的には4万~3万年前にIFT 88遺伝子の変異が増加したことが確認された。これが、オオカミ種の生存に寄与した可能性がある。この生存優位性の原因となったIFT 88遺伝子の形質は分かっていない。
Skoglundたちは、シベリア、南北アメリカ、東アジア、ヨーロッパの初期のイヌの祖先のほぼ100%に寄与したと考えられる東ユーラシア関連のオオカミ種を発見した一方で、中近東とアフリカのイヌの祖先の半分までが、現在の南西ユーラシアのオオカミに関連した独自の集団に由来することも発見した。このことは、独自の家畜化があったこと、または地域のオオカミとの交雑があったことのいずれかを意味している。今回の研究で解析対象となったゲノムの中には、この2種類のイヌの祖先のゲノムと直接一致するものはなかった。
現代のイヌの祖先の同定をさらに進めるためには、今後、世界の他の地域のオオカミの古代ゲノムに関する研究を積み重ねる必要がある。
ゲノミクス:ハイイロオオカミのゲノム史から明らかになったイエイヌの2つの起源
Cover Story:イヌ類のつながり:古代のオオカミのDNAから得られたイエイヌの起源の手掛かり
イエイヌ(Canis familiaris)の起源は、ハイイイロオオカミ(Canis lupus)にさかのぼることができるが、正確にいつ、どこで、どのようにして家畜化が起こったかは、まだ議論の的になっている。今回A BergströmとP Skoglundたちは、この疑問の解明に一歩近づいている。彼らは、ヨーロッパ、シベリア、北米の全域から得られた、過去10万年にわたる72頭の古代オオカミのゲノムを解析した。その結果、イエイヌは、ユーラシア東部の古代オオカミと最も近縁だが、中近東とアフリカのイエイヌは、その祖先の半分までが、ユーラシア南西部の現代のオオカミに関連する別の個体群に由来することが見いだされた。今回解析された古代オオカミのゲノムはいずれも、イエイヌのこれら2つの祖先と完全には一致しなかったが、著者たちは、今回の結果によってイエイヌの祖先を探す範囲が絞り込まれたと述べている。
参考文献:
Bergström A. et al.(2022): Grey wolf genomic history reveals a dual ancestry of dogs. Nature, 607, 7918, 313–320.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04824-9
本論文は、ヨーロッパとシベリアと北アメリカ大陸から得られた、過去10万年にわたる72頭の古代オオカミのゲノムの解析を報告します。その結果、オオカミ個体群の間には後期更新世を通して強いつながりが認められ、分化の水準は現在と比較して1桁低かった、と明らかになりました。こうした個体群のつながりによって、4万~3万年前ころのIFT88遺伝子の変異の急速な固定など、この時系列全体にわたる自然選択の検出が可能になりました。
本論文は、イエイヌが全体として、ユーラシア西部よりもユーラシア東部の古代オオカミにより近縁だと示します。これは、家畜化が東部で進行したことを示唆しています。一方で本論文は、近東およびアフリカのイエイヌでは、その祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の最大半分が、現代のユーラシア南西部のオオカミに近縁な別の個体群に由来することも見いだしました。これは、独立した家畜化過程または現地のオオカミとの混合の存在を反映しています。今回解析された古代オオカミのゲノムはいずれも、イエイヌのこれら2つの祖先系統と完全には一致せず、これは、正確な祖先個体群がまだ突き止められていないことを意味します。
ハイイロオオカミは過去数十万年間、北半球のほとんどに存在しており、他の大型哺乳類とは異なり、後期更新世に絶滅しませんでした。現代のゲノムの研究では、現在の個体群構造はほぼ過去3万~2万年間か、大まかに28000~23000年前頃となる最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)以降に形成された、と明らかになってきました。LGMに先行するシベリアオオカミは、現在の多様性のほぼ基底部となる祖先系統を有しており、多くのLGM前のオオカミ系統は絶滅した、との提案につながりました。したがって、中心的な問題は、世界的なハイイロオオカミ個体群がどの程度、絶滅危機に晒されたのか、あるいは新たな適応を伴う気候変化に対応したのか、ということです。
ハイイロオオカミからイヌが生まれたことは明らかですが、その時期と場所と経緯については、合意がありません。現在のイヌ系統に属する骨格遺骸は考古学的に14000年前頃までに出現し、イヌと現代のオオカミの祖先が分岐した時期の遺伝学的推定値は40000~16000年前頃です(関連記事)。しかし、現代のオオカミと組み合わされた現代および古代のイヌの遺伝的データは、以前の研究では大きく制約されており、イヌの起源を解決できない可能性があります。イヌの遺伝的多様性はその動的な歴史の影響を受けており、その起源を確信して特定はできません。現代のオオカミとの関係は、同様に局所的絶滅と家畜化以降の遺伝子流動の影響を受けている可能性があります。初期のイヌが見つかっている地域は、他の場所におけるより早いイヌの存在を必ずしも排除できないので、その起源地を意味しません。代わりにイヌの起源は、時空間全体にわたるオオカミの遺伝的多様性が徹底的に特徴づけられ、どの個体群がイヌの祖先に最も近いのか決定できれば、解決できるかもしれません。
●10万年にわたるオオカミのゲノム
ヨーロッパとシベリアと北アメリカ大陸北部および西部の古代オオカミ66頭の新たなゲノムが配列決定され、その網羅率の中央値は1倍(0.02~13倍)となり(図1a・b)、以前に配列決定された古代のオオカミ(関連記事)が組み込まれ、網羅率が向上されました。コーカサスの古代アカオオカミ(Cuon alpinus)1頭のゲノムも配列され、年代は状況から7万年以上前と推定され、外群として機能します。X染色体DNAの断片から、オオカミの69%は雄で、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)やバイソンやヒグマ(Ursus arctos)や家畜イヌ(関連記事)の古代のゲノムでの雄の過剰出現を反映しています。年代がないか、5万年前頃となる放射性炭素年代測定の限界を超えているオオカミについては、ミトコンドリアのチップ年代測定を通じて年代が推定され、21573年前の平均95%信頼区間(CI)と5133年前の平均予測誤差が得られました。これらのゲノムから呼び出された一塩基多型(SNP)遺伝子型決定が、世界規模の現代のオオカミ(68頭)、現代(369)頭および古代(33頭)のイヌ、他のイヌ科種のSNP遺伝子型決定と統合されました。データセットの合計は過去10万年に及びます(図1b)。以下は本論文の図1です。
共有された遺伝的浮動の行列についての主成分分析(PCA)では、古代のオオカミは、地理ではなく年代により強くクラスタ化し(まとまり)ます(図1c)。同様に、古代のオオカミは新しいほど現代のオオカミとより多くの浮動を共有します。以前の研究は、LGM祖先系統の置換を示唆ししており、じっさい、LGMよりも新しい(23000年前頃以後)全個体は、28000年前頃以前のオオカミとよりも相互と類似している、と分かりました。しかし、過去10万年間の任意の時点でより新しいオオカミとより古いオオカミの類似性を対比させた場合も、同じパターンが見られます。模擬実験を用いて、観察された時間的関係は任意交配個体群で予測されるものとほぼ類似している、と確証されました。したがって、接続性に起因する祖先系統均一化の長期の過程は、更新世オオカミの関係を推進したようです。よって、LGMにおける変化は、長期の個体群動態の変化ではなく、この過程の最新の兆候を表しています。
●世界的な遺伝子流動の供給源としてのシベリア
次に、オオカミ祖先系統を経時的に結びつける遺伝子流動における方向性が検証されました。f4統計を用いての分析では、23000年前頃以後の全てのオオカミは、ヨーロッパもしくはアジア中央部の3万年以上前のオオカミよりもシベリアオオカミの方と類似している、と示されます。これは、シベリア関連祖先系統がヨーロッパへと拡大したことを示唆し、ミトコンドリアの証拠と一致します。ヨーロッパへのシベリアオオカミの遺伝子流動の同じ動態が、5万~35000年前頃に展開しました。シベリアからヨーロッパへの繰り返しで単方向の混合図モデルはこれらの関係を説明できる、と分かりました(図2a)。波状と連続的な遺伝子流動を区別できませんが、本論文の結果は、後期更新世を通じての移住について、シベリアが供給源として、ヨーロッパが吸収源として機能する、と示唆しており、他の方向性の遺伝子流動の証拠を示しません。以下は本論文の図2です。
これらの結果は広範な遺伝子流動を論証しますが、祖先系統の置換が不完全で、深いヨーロッパ祖先系統のわずかな断片が現在まで持続したことも示します(図2a・b)。ほとんどの分析された現代ヨーロッパのオオカミは、おそらく在来の更新世祖先系統を保持しており、それは、現代ヨーロッパのオオカミが、本論文で提示された10万年前頃の最古のシベリアオオカミよりも深く分岐した祖先系統を10~40%有している、とqpAdmにより最良にモデル化されるからです。本論文の古代オオカミのゲノムでは表されない在来のハイイロオオカミ祖先系統に加えて、これは、近東とアジア南東部のアフリカンゴールデンウルフ(Canis anthus)関連祖先系統と、チベット起源の未知のイヌ科の祖先系統を含んでいるかもしれません。現在の全てのユーラシアのオオカミは過去25000年以内に祖先系統の大半を共有していますが、深い在来祖先系統の持続は、後期更新世ユーラシアにおける広範な局所的絶滅に反する証拠を提供し、多くの大型動物とは異なり、種全体としては絶滅の危機に陥らなかったことを示唆します。
多くの現代および古代の北アメリカ大陸のオオカミは、コヨーテ(Canis latrans)との混合の証拠を示し、これは北アメリカ大陸のオオカミの一部がPCAにおける類似の年代のオオカミとクラスタ化しない(まとまらない)理由を説明します。完全なハプロタイプ相を有する雄のX染色体間の合着(合祖)率に基づくと、オオカミとコヨーテは70万年前頃に分岐し始めた、と推定され、100万年前頃となる化石に基づく分岐年代とほぼ一致します。本論文のデータでは、コヨーテとの混合は少なくとも10万~8万年前頃以降に起きており、カナダのユーコン準州の分析された2頭の更新世オオカミも、コヨーテのミトコンドリア系統を有していた、と示されます。これらの調査結果から、コヨーテの更新世の範囲は現在考えられているよりさらに北方に拡大したか、さらに南方で起きた混合がオオカミ個体群を通じて北方へと伝播した、と示唆されます。本論文で提示されたユーラシアのオオカミでは、コヨーテ祖先系統の流入は経時的に観察されません。ユーラシアのオオカミでは、増加するコヨーテとの類似性のわずかな西から東への勾配が見つかりましたが、このパターンはおそらく、(シベリア東部のオオカミと関連する)北アメリカ大陸のオオカミからコヨーテへの混合を反映しています。
コヨーテとの混合を考慮した後、アラスカとユーコン準州のオオカミ祖先系統は、経時的にシベリアと高度につながっている、と分かりました(図2a)。これはヨーロッパのオオカミの歴史を反映していますが、一部の深い在来ヨーロッパ祖先系統が持続している一方で、深い北アメリカ大陸の祖先系統は現在まで存続はしていないようです。ベーリンジア(ベーリング陸橋)はおそらく、7万~11000年前頃に断続的にアラスカへのシベリアオオカミの流入を可能としましたが、他の方向性での遺伝子流動の証拠は見つかりませんでした。全ての現在の北アメリカ大陸のオオカミは、10~20%のコヨーテ祖先系統と、残りの祖先系統が23000年前頃以降のシベリアオオカミに由来するものとしてモデル化でき、23000年前頃以前の北アメリカ大陸のオオカミからの寄与はありません(図2b)。シンリンオオカミ(Canis lupus lycaon)とアメリカアカオオカミ(Canis rufus)は、この2つの供給源の混合勾配に沿ってコヨーテ側に動くものとして同様に適合する、と分かりましたが、その進化史におけるより大きな複雑性を除外できません。ゲノムデータだけでは特定の時点でのハイイロオオカミの不在を確証できませんが、本論文の結果は、たとえばLGMにおける北アメリカ大陸における局所的絶滅と一致し、LGMには氷床が北アメリカ大陸の北半を覆っていたか、あるいは氷床が後退した後まで、氷床の南側にはハイイロオオカミが存在しませんでした。
●更新世における高い接続性
過去のオオカミ個体群がどのように分化していったのか理解するために、時空間的に分類されるオオカミ一式で、その内部ではなく分類間で遺伝的差異の割合が計算されました。LGMの前には、離れた地域間でさえ分化は低かった(FST<3%)、と示されました(図2c)。したがって、ヨーロッパと北アメリカ大陸のオオカミの個体群は、相互に大きく異なっているわけでも、ヨーロッパと北アメリカ大陸のオオカミの祖先系統の大半を置換したシベリア関連オオカミとも経時的に大きく異なっているわけではありませんでした。X染色体合着率も推定され、更新世の2頭のオオカミは、より古いオオカミの年代の1万年以内に祖先系統を共有していた、と示唆されます(図2d)。したがって、広範な遺伝子流動が、後期更新世におけるオオカミ個体群間の深い分岐を妨げました。
過去1万年間(完新世)、個体群の動態は更新世とは異なっており、ヨーロッパへのシベリアからのさらなる遺伝子流動の証拠はありません。代わりに、ヨーロッパ関連祖先系統が東方へと拡大し、中国とシベリアの現代のオオカミに遺伝的に寄与しました(図2b)。現在の高水準の分化(10~60%のFST)はおそらくほぼ、生息地の浸食に続く個体群のボトルネック(瓶首効果)と、過去数世紀のヒトによる迫害を反映していますが、過去2万年間にすでに分化が増加している証拠もあります(図2c)。現在のゲノムからのMSMC(複数連続マルコフ合祖。ゲノムの小規模な一式に依存し、分岐時間を推定して個体群のさまざまな下位集団の内部および全体にわたる経時的な人口規模や合祖率など媒介変数を推定する集団遺伝学的推定手法)2推定値は、この期間における広範な有効個体数規模の減少を示唆しますが、個々の異型接合性における同時減少は見つかりませんでした(図1d)。まとめると、この証拠から、FST(遺伝的距離)の結果により示されるように、種の広範な個体数減少ではなく、遺伝子流動の全体的な減少が、より少ない局所的な有効個体数規模をもたらしたかもしれない、と示唆されます。
●10万年以上の自然選択
後期更新世オオカミで観察された強い接続性は、種全体の適応の可能性を高めます。自然選択は通常、現在の遺伝的差異から間接的に推測されますが、本論文の10万年前(3万世代)にわたるデータセットにより、選択されたアレル(対立遺伝子)の直接的な検出が可能となります。72頭の古代および68頭の現代のオオカミの、アレル頻度と時間との間の関連について各多様体を検証し、遺伝的浮動により起きたアレル頻度分散を補正するためにゲノム制御を適用すると、選択の証拠を有する24ヶ所のゲノム領域が見つかりました(図3a)。選択の欠如で模擬実験されたデータへの適用により、個体群の歴史に対して本論文の手法が堅牢だと確証され、偽陽性は見つかりませんでした。
最も強い兆候は25番染色体で観察され、IFT88遺伝子と密接に重複する多様体が、4万~3万年前頃に頻度0%近くから100%へと急速に上昇し、現在のオオカミとイヌに依然として固定されています(図3c)。現代のオオカミの系統学的推論からさらに、IFT88遺伝子はゲノムにおいて最新の共通祖先までの時間(TMRCA)が最も新しい(7万年前頃)、と示されました。IFT88遺伝子の破壊は、マウスにおける頭蓋顔面発達の障害と、ヒトにおける口唇口蓋裂につながります。将来の化石研究がこの期間における急速な頭蓋歯の変化を明らかにするならば、これは駆動要因としてのIFT88遺伝子の一掃を示唆するかもしれず、それは獲物の入手可能性の変化に対応しているかもしれません。しかし、この選択がIFT88遺伝子の変異と関連する未知の非骨格的特徴を対象とした可能性もあります。ゲノムにおける2番目の強い兆候はIFT88遺伝子の250万塩基対下流で、そこではアレル頻度が類似の4万~2万年前頃の時間枠で変化しましたが(図3c)、この領域がIFT88遺伝子の長い制御領域と関連し得るのかどうか、明確ではありません。以下は本論文の図3です。
選択の証拠がある3ヶ所の領域は嗅覚受容体遺伝子と重複しており、15番染色体の多様体は、45000~25000年前頃に頻度が0%近くから100%に上昇し(図3c)、嗅覚受容体がオオカミにおいて適応の繰り返しの対象だったことを示唆します。しかし、YME1L1遺伝子の多様体は2万年前頃から現在までのオオカミにおいて、5%未満から50~70%に頻度が上昇しているものの、イヌでは観察されません。10番染色体の領域では、イヌでの変異が身体サイズや垂れ耳や他の特徴と関連しており、特定のイヌの品種における最近の選択下にありましたが、オオカミでも過去2万年間に選択されていた、と分かりました。選択走査では検出されませんでしたが、黒い毛皮の基盤となるKB遺伝子の欠失が、シベリアのトゥマット(Tumat)の14000年前頃のオオカミで特定されました。この欠失はおそらく、イヌからオオカミへと遺伝子移入されましたが、本論文の結果は、その究極的な起源が野生の更新世オオカミにあったかもしれない可能性も高めます。
●イヌの祖先系統とユーラシア東部のオオカミとの類似性
イヌは、28000年前頃以前のオオカミとよりも、それ以後のオオカミの方と多くの遺伝的浮動を共有する、と分かりました。これは、イヌの祖先が遺少なくとも28000年前頃まで他のオオカミと遺伝的につながっていたことを示唆します(図1c)。この頃の分岐は、本論文におけるX染色体のMSMC2分析とも一致します。しかし、分岐過程の本質がよりよく理解されるまで、家畜化がこの時点より前に始まった可能性を除外できません。
現在のイヌ系統(Canis familiaris)の地理的起源については、議論が続いています。遺伝学的研究では、アジア東部、中東、ヨーロッパ、シベリア(関連記事)、ユーラシア東西それぞれのオオカミが、初期のイヌの祖先系統に寄与した、と主張されてきましたが、他の研究は、単一ではあるものの、地理的に未知の祖先個体群と一致します(関連記事)。オオカミの個体群構造の一部はイヌの家畜化より古い可能性が高い、という本論文の調査結果を考えると、イヌは古代の一部のオオカミの方に、他のオオカミとよりも遺伝的に近い、と予測できます。
イヌの出現以降の遺伝子流動の影響を減らすため、28000年前頃以前(つまりLGM以前)のオオカミのみとの関係を定量化するf4統計に基づいて、過去25000年間のオオカミとイヌでPCAが実行され、イヌは23000~13000年前頃のシベリアオオカミと類似した関係特性を示した、と分かりました(図4a)。直接的なf4検定も、イヌがこの期間のヨーロッパのオオカミとよりもシベリアオオカミの方と近い、と示しました(図4b)。28000年前頃以後のヨーロッパのオオカミは、LGM前のヨーロッパのオオカミとの類似性を有しており、深いユーラシア西部のオオカミ祖先系統の存続を反映しています(図2a)。イヌにおけるそうしたユーラシア西部のオオカミとの類似性の欠如から、イヌは本論文で標本抽出されたヨーロッパのオオカミ個体群に起源がない、と示唆されます。以下は本論文の図4です。
23000~13000年前頃のシベリア北部・東部のオオカミは、イヌとの最大の全体的な類似性を示しますが、イヌの直接的な祖先ではない、と分かりました。qpWaveとqpAdmを用いての候補供給源として古代のオオカミの広範な一式を検証すると、18000年前頃のシベリアオオカミを用いてのモデルも含めて、全ての単一供給源モデルは本論文で調べられた全てのイヌで強く却下されました。しかし、シベリアオオカミと、外群のアカオオカミ(ドール)により近似された構成要素の祖先系統10~20%を特徴とするモデルは、9500年前頃となる北極圏シベリアのジョホフ(Zhokhov)島の個体のようなイヌと適合します(図4c)。外群種を用いていますが、この2供給源モデルは必ずしも、2つの異なる個体群もしくは種からの混合を意味しません。代わりに、このモデルは、イヌがまだ標本抽出されておらず、ある程度は利用可能な古代のオオカミと分岐した、一部の在来オオカミ祖先系統に由来することを反映しているかもしれません。
この解釈を検証すると、供給源としてシベリアオオカミだけが利用可能ならば、深く分岐した在来ヨーロッパ祖先系統を少なく有している最近のヨーロッパのオオカミ(図2a)は、イヌとひじょうに類似した結果を得る、と分かりました。したがって、イヌの結果は、本論文で標本抽出された古代のシベリアオオカミにより完全には表されない、一部の標本抽出されていないオオカミ祖先系統を同様に反映しているものとして、解釈されます。この標本抽出されていない祖先系統は、10万年前頃以降に標本抽出された古代のオオカミからの部分的な分化を保持しているようで、本論文の結果から、それはおそらく本論文で標本抽出されたヨーロッパとシベリア東西と北アメリカ大陸以外の地域に分布していた、と示唆されます。
ジョホフ島のイヌで得られた結果も、バイカル湖と北アメリカ大陸とヨーロッパ東西(10900年前頃のカレリアのイヌ)の古代のイヌ、および現代のニューギニア・シンギング・ドッグ(NGSD)に適用されました。集団として、qpWaveは近位供給源を要求しない手法において、これらのイヌを古代オオカミの多様性の単一の「流れ」に由来するものとして適合させられます。この結果から、古代オオカミのゲノムはより最近の仮定の複雑さを巧みに回避できる、と示されます。それは、同じモデルが、現代のオオカミを代わりに供給源として用いた場合に、おそらくはイヌからオオカミへの遺伝子流動(関連記事)のために却下されたからです。
したがって、最近の混合と個体群の変化は、現代オオカミの分析を複雑にします。それでも、オオカミの個体群構造がイヌの家畜化以来完全には再形成されなかったならば、イヌの祖先の祖先系統の一部が、たとえその祖先系統の過去の地理的位置が不明だとしても、依然として現代オオカミで表され、検出できるかもしれません。これが2つの方法で検証されました。まず、現代オオカミの遺伝子型を用いて構築されたPCA図にイヌが投影され、イヌはヤクーチア(Yakutia、サハ共和国)のオオカミよりも、中国とモンゴルとアルタイ山脈のオオカミの近くに投影される、と分かりました。次に、qpAdm分析が現代オオカミの供給源に拡張され、一部の中国のオオカミが18000年前頃となるシベリアのオオカミよりも良好な適合を提供し、標本抽出されていない祖先系統構成要素の必要なしに、ジョホフ島のイヌの祖先系統の単一の供給源として機能する、と分かりました。これらの結果は、シベリア北部・東部の外のユーラシア東部もしくは中央部にイヌの起源があることを裏づける、と解釈できますが、これらの地域や他の候補地域の古代オオカミのゲノムが欠如しており、確たる地理的結論は引き出せません。
●ユーラシア西部のイヌの祖先系統の第二の供給源
本論文の分析は、古代と現代のイヌの世界的な一式に拡張され、追加の遺伝的に異なるオオカミの祖先からの祖先系統の寄与が検証されました。複数の祖先の最も強力な証拠は、一部のイヌが家畜化前のオオカミとの類似性を有している場合で、そうしたオオカミはイヌからの遺伝子流動の影響を受けることがあり得ないからです。この理論的根拠を適用すると、古代近東のイヌと現代アフリカのイヌ、程度は低いもののヨーロッパのイヌは、LGM前のオオカミとの関係に基づくf4統計PCAにおいて、ユーラシア西部のオオカミの方へと動いている、と分かりました。この勾配は、過去28000年間のオオカミが除外された場合でさえ、イヌ内の個体群構造(古代の近東とユーラシア東部のイヌの間)の主要な軸を要約します。したがって、このイヌ祖先系統勾配は少なくとも部分的には、家畜化の期間の前である可能性が高い、オオカミ祖先系統の違いを反映しています。PCAの観察結果を明示的に検証すると、qpWaveは近東のイヌを含めた場合に単一のオオカミ祖先を強く却下します。代わりにこれらのイヌにとっての最適なqpAdm モデルは、ジョホフ島のイヌで見られた祖先系統に加えて、古代ヨーロッパのオオカミと関連する供給源を含んでいました(図4c)。
標本抽出された古代ヨーロッパのオオカミがイヌの祖先系統のこの第二の構成要素の実際の供給源であり得るのかどうか検証するため、ジョホフ島のイヌを一方の供給源(東方関連のイヌ祖先系統を表します)として、ヨーロッパのオオカミをもう一方の供給源とする、qpAdmモデルが検証されました。これらのモデルは、第三の外群構成要素が、標本抽出されていない分岐した祖先系統を表すよう含められなければ、近東およびアフリカのイヌには適合しませんでした。全てのLGM後および現在のオオカミに拡張すると、シリアとイスラエルとイランとインドの現在のオオカミだけが、良好な適合に達しました。世界のこの地域からの供給源と一致して、現在のオオカミの構造に投影されると、近東とアフリカのイヌは、ヨーロッパのオオカミよりもコーカサスと近東のオオカミの方へと動きます。現在のシリアのオオカミを供給源として用いると、近東関連オオカミ祖先系統の割合の推定値は、レヴァントで最古(7200年前頃)の利用可能なイヌでは56%(標準誤差10%)、アフリカのバセンジー品種では37%(標準誤差3.5%)、近東と後のヨーロッパのイヌでは5~25%となります(図4d)。二重祖先系統の証拠は、家畜化の前の古代オオカミに基づいているので、潜在的な後の遺伝子流動により影響を受けませんが、これらの正確な推定値は、シリアのオオカミにおいてイヌとの混合があるならば、増加する可能性があります。
次に、イヌの関係の混合図モデルが包括的に検証され、イヌの4個体群とシリアのオオカミでは最大2回の混合事象が可能となります。シリアのオオカミの初期近東のイヌとの混合を特徴とする単一の図がデータと適合するので、qpAdm推定と一致する結果が得られ(図4f)、初期のカレリアと東方のイヌにつながる別の系統があります。この図では、カレリアのイヌは、初期近東のイヌに祖先系統をもたらした「東方」供給源と最も密接に関連します。
オオカミとイヌとの間で現在観察される広範な祖先系統の非対称性は、最近の局所的な混合を反映している、と解釈されてきました(関連記事)。イヌがオオカミ祖先系統の2つの異なる構成要素のさまざまな割合を有している、という本論文の調査結果は、これらの非対称性の多くについての統一的な説明を提供できるかもしれません。たとえば、先行研究は更新世のシベリアオオカミと北極圏のイヌとの間の類似性を、後者における混合の示唆により説明しました(関連記事)。二重祖先系統モデルはおそらく、そうした混合なしにこの非対称性を説明でき、北極圏のイヌは代わりに、西方構成要素が少なかったことになります。
逆に、近東とアフリカのイヌにおける西方構成要素のより高い水準は、おそらく近東のオオカミへの以前に観察された類似性の少なくとも一部を説明します。アジア中央部の新疆のオオカミが、さまざまなイヌに対して非対称性を示さないという観察は、他の非対称性がおもにイヌからオオカミへの遺伝子流動に起因する、と示唆するものとして解釈されました(関連記事)。本論文の結果は代わりに、アジア中央部におけるユーラシア東西のオオカミの祖先系統の均衡(図2b)が、ユーラシア東西のイヌの祖先系統に相対的な非対称性をもたらした、と示唆します。したがって、新疆のオオカミは二重祖先系統に反する証拠を提供しません。
●まとめ
オオカミ個体群は、後期更新世を通じて遺伝的につながっており、それはおそらく開けた景観におけるオオカミの高い移動性のためだった、と示されます。LGMは、相互につながるオオカミの個体群にとって、必ずしも前例のない変化の時期に相当しているわけではなく、他のユーラシア北部の肉食動物が絶滅したさいの、オオカミの持続能力への手がかりを提供します。さらに、更新世オオカミが現在の多様性の基礎になっているように見える理由は、絶滅したことではなく、継続的な遺伝子流動が後の祖先系統を均質化したことにありました。いくつかの選択されたアレルが急速に固定した、という本論文の調査結果から、適応は更新世オオカミの全個体群に広がり、オオカミ種の生存に寄与したかもしれない過程だった、と示されます。同時に本論文の結果から、そうした急速な種全体の選択的一掃が過去10万年間でわずか数回しか起きなかった、と示されます。
本論文の結果は、イヌの起源に関する長年の問題への洞察も提供します。第一に、イヌと現代ユーラシアのオオカミは、相互に単系統と考えられてきました。本論文では全体的に、イヌはユーラシア東部のオオカミの方に近い、と分かりました。第二に、現代オオカミはイヌの祖先系統と良好に合致しないので、供給源となる個体群は絶滅した、と推測されてきました。本論文の結果から、オオカミ祖先系統の継続的な均質化がイヌとのより早期の関係を見えにくくしていたので、これは必ずしも当てはまらない、と示唆されます。第三に、複数のオオカミ個体群が初期と現在のイヌに遺伝的に寄与したのかどうか、不明でした。「東方のイヌの祖先」と呼ばれるユーラシア東部関連供給源は、シベリアとアメリカ大陸とアジア東部とヨーロッパ北部・東部において初期のイヌの祖先系統の100%に寄与していたようだ、と分かりました。これに加えて、「西方のイヌの祖先」と呼ばれるユーラシア西部関連供給源は、初期の近東とアフリカのイヌの祖先系統に20~60%、新石器時代とその後のヨーロッパのイヌの祖先系統に5~25%ほど寄与しました。西方祖先系統はその後、世界中に広がり、たとえば、ユーラシア西部における農耕の先史時代の拡大と、ヨーロッパのイヌの植民地時代の拡大などがありました。
先行研究では、ユーラシア中央部よりもユーラシア東西のイヌの考古学的出現が早いのは、ユーラシア東西のオオカミの独立した家畜化に起因するものの、ユーラシア西部の祖先系統は現在のイヌでは絶滅したかほぼ消滅した、と提案されました(関連記事)。本論文の結果は、イヌの2つの祖先との見解を裏づけますが、以前の仮説とは異なります。第一に、少なくとも2つの個体群の祖先系統が現代のイヌには存在して遍在しており、現在のイヌの個体群構造のおもな決定要素である、と本論文では論証されます。第二に本論文は、更新世ヨーロッパのオオカミが家畜イヌ系統の1供給源として標本抽出された個体と関連していることを却下できます。第三に、先行研究では、イラン新石器時代のイヌが後のイヌよりも西方の家畜化から多くの祖先系統を有していた、と提案されましたが、本論文では、このイヌは現代ヨーロッパのイヌよりも、本論文で特定された西方祖先からの祖先系統が少ない、と分かりました(図4d)。しかし、ヨーロッパにおける最初のイヌのゲノムの欠如は、将来の研究が、後の個体群に実質的には寄与しなかった独立した家畜化過程からヨーロッパの最初のイヌが生まれた、と明らかにする可能性を意味します。
本論文の結果は2つのシナリオと一致します。まず、後にユーラシア西部で統合した、ユーラシア東西の祖先の独立した家畜化です。次に、ユーラシア東部の祖先の単一の家畜化で、イヌがユーラシア南西部に到来した時に、ユーラシア西部のオオカミとの混合が続きました。本論文の結果はこれらのシナリオを区別できませんが、どちらの場合でも、統合もしくは混合が7200年前頃以前に起きたに違いなく、これは利用可能な近東のイヌのゲノムの最古の年代です。ユーラシア西部の祖先の単一の家畜化とその後のユーラシア東部のオオカミとの混合は、ユーラシア東部のイヌの祖先系統の100%の置換を必要とするので、本論文の結果と一致しないようです。
100%のユーラシア西部の祖先オオカミの祖先系統から構成されるイヌが、たとえば近東かヨーロッパの状況で発見されたならば、これは独立した家畜化を意味するでしょう。あるいは、ユーラシア西部の最初のイヌが、10900年前頃のカレリアのイヌと同様に、ユーラシア東部の祖先オオカミの祖先系統であるかもしれず、これは単一の家畜化過程と一致します。イヌの祖先となるオオカミの祖先をさらに特定するには、DNAの保存状態がよくない場合の多い、本論文で取り上げられた地域外も含めて、追加の古代オオカミのゲノムが必要になるでしょう。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
ゲノミクス:イヌには2系統の祖先があったことを示唆するハイイロオオカミのゲノム
過去10万年間のヨーロッパ、シベリア、北米のオオカミの古代ゲノムの解析が行われ、イヌが、西ユーラシアよりも東ユーラシアの古代オオカミに近縁だったことが明らかになった。今回のゲノム解析では、後期更新世(約12万9000~1万1700年前)の自然選択が検出された。この研究成果を報告する論文が、今週、Nature に掲載される。
ハイイロオオカミ(Canis lupus)は、初めて家畜化された動物種で、他の多くの大型哺乳類が絶滅した最終氷期を通して北半球のほとんどの地域に生息していた。イヌがハイイロオオカミに由来する動物種であることは明らかだが、それが、いつ、どこで、どのようにして起こったのかについては意見が一致していない。
今回、Pontus Skoglund、Anders Bergstromたちは、この進化史を解明するため、ヨーロッパ、シベリア、北西アメリカのオオカミの古代ゲノム(66点)の塩基配列を新たに解読した。これらのゲノムには、以前に配列解読されたオオカミの古代ゲノム(5点)と過去10万年間のコーカサス地方のドール(Cuon alpinus)の古代ゲノムが含まれていた。ドールは、野生のイヌの一種で、中央アジア、南アジア、東アジアと東南アジアの在来種だ。ゲノム解析の結果、数々のオオカミの集団が、後期更新世を通して遺伝的につながっていたことが判明した。これは、おそらく、オオカミに開けた土地を縦横に移動する能力が備わっていたことによると考えられる。こうしたオオカミ集団の結合性によって、自然選択、具体的には4万~3万年前にIFT 88遺伝子の変異が増加したことが確認された。これが、オオカミ種の生存に寄与した可能性がある。この生存優位性の原因となったIFT 88遺伝子の形質は分かっていない。
Skoglundたちは、シベリア、南北アメリカ、東アジア、ヨーロッパの初期のイヌの祖先のほぼ100%に寄与したと考えられる東ユーラシア関連のオオカミ種を発見した一方で、中近東とアフリカのイヌの祖先の半分までが、現在の南西ユーラシアのオオカミに関連した独自の集団に由来することも発見した。このことは、独自の家畜化があったこと、または地域のオオカミとの交雑があったことのいずれかを意味している。今回の研究で解析対象となったゲノムの中には、この2種類のイヌの祖先のゲノムと直接一致するものはなかった。
現代のイヌの祖先の同定をさらに進めるためには、今後、世界の他の地域のオオカミの古代ゲノムに関する研究を積み重ねる必要がある。
ゲノミクス:ハイイロオオカミのゲノム史から明らかになったイエイヌの2つの起源
Cover Story:イヌ類のつながり:古代のオオカミのDNAから得られたイエイヌの起源の手掛かり
イエイヌ(Canis familiaris)の起源は、ハイイイロオオカミ(Canis lupus)にさかのぼることができるが、正確にいつ、どこで、どのようにして家畜化が起こったかは、まだ議論の的になっている。今回A BergströmとP Skoglundたちは、この疑問の解明に一歩近づいている。彼らは、ヨーロッパ、シベリア、北米の全域から得られた、過去10万年にわたる72頭の古代オオカミのゲノムを解析した。その結果、イエイヌは、ユーラシア東部の古代オオカミと最も近縁だが、中近東とアフリカのイエイヌは、その祖先の半分までが、ユーラシア南西部の現代のオオカミに関連する別の個体群に由来することが見いだされた。今回解析された古代オオカミのゲノムはいずれも、イエイヌのこれら2つの祖先と完全には一致しなかったが、著者たちは、今回の結果によってイエイヌの祖先を探す範囲が絞り込まれたと述べている。
参考文献:
Bergström A. et al.(2022): Grey wolf genomic history reveals a dual ancestry of dogs. Nature, 607, 7918, 313–320.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04824-9
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