太田博樹「縄文人のゲノム解読 古代ゲノム学による人類の進化」
井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』所収の論文です。本論文は古代ゲノム研究の概説で、「縄文人」のゲノム解読結果も取り上げています。古代DNAは長い年月を経て劣化し、分子数も整然と比較して激減しているので、その解析は現生個体と比較してひじょうに困難です。また、分析対象の古代の個体(標本)のDNAなのか、後世の汚染なのか、という問題もあります。汚染は、古代DNA研究の初期にはとくに大きな問題となりました。古代DNAか否かを判断する指標として、脱アミノ化があれます。脱アミノ化を受けたDNAは、シトシン(C)がウラシル(U)に変換されます。塩基配列決定(シークエンス)ではUがチミン(T)として認識されるので、元々はCだった塩基がTとして検出されるわけです。脱アミノ化はDNA鎖の至るところで起きますが、脱アミノ化を受けた塩基の場所での切断が多いので、断片化した古代DNAを読むと、高い割合で末端がTとなります。古代DNA分析では、CからTへの置換率が、古代DNAの証拠と考えられています。古代生物の試料からDNAを抽出すると、さまざまな長さのDNA断片が得られますが、その長さは75塩基対前後で頂点を示す分布が多くなり、150塩基対を超えるDNA断片はほとんど存在しません。この塩基対断片数は、試料の年代とあまり関係がなく、試料の保存状態の方が影響は大きいようです。高温多湿環境では古代DNAはより短く断片化され、残存DNA分子数は減少します。逆に低温乾燥環境では、比較的長いDNA断片が残りやすく、分子数の減少は抑えられます。
古代DNA研究により、1990年代後半にはネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析結果が公表されました。その後、大量の塩基配列を一度に多数同時に(超並列で)決定できる塩基配列決定技術(次世代シークエンサー)が利用可能になって、ネアンデルタール人の核DNAの分析も可能となり、古代生物のゲノム解析の道が開かれました。古代ゲノム研究は2010年代以降急速に発展し、ネアンデルタール人や古代の現生人類(Homo sapiens)のみならず、種区分未定の新たなホモ属分類群としてデニソワ人(Denisovan)が特定されました。ネアンデルタール人もデニソワ人も一部の現代人に遺伝的影響を残している、と明らかになりました。
温暖多湿な日本列島は古代DNAの保存に適しておらず、さらに火山が多く酸性土壌のため、そもそも人類遺骸が残りにくい、という問題があります。そのため、日本列島の古代人の古代ゲノム研究は他地域、とくにヨーロッパと比較して遅れました。しかし、2010年代後半以降、縄文時代以降の人類(縄文人)遺骸のゲノム解析結果が報告されるようになりました。本論文は愛知県で発見された「縄文人」のゲノム解析に基づいて、「縄文人」が、アジア南東部・東部・北東部およびアメリカ大陸先住民の現代人の祖先集団(ユーラシア東部基層集団)から、アジア南東部現代人の祖先集団と他の現代人の祖先集団が分岐した頃かその直後に分岐した集団の子孫と推測しています。本書刊行後に刊行された新書(関連記事)では、その後の「縄文人」のゲノム解析結果も踏まえられています。「縄文人」の起源については、本論文の推測とは異なる見解も可能かもしれず、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
太田博樹(2021)「縄文人のゲノム解読 古代ゲノム学による人類の進化」井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』(東京大学出版会)第8章P123-138
古代DNA研究により、1990年代後半にはネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)のミトコンドリアDNA(mtDNA)の解析結果が公表されました。その後、大量の塩基配列を一度に多数同時に(超並列で)決定できる塩基配列決定技術(次世代シークエンサー)が利用可能になって、ネアンデルタール人の核DNAの分析も可能となり、古代生物のゲノム解析の道が開かれました。古代ゲノム研究は2010年代以降急速に発展し、ネアンデルタール人や古代の現生人類(Homo sapiens)のみならず、種区分未定の新たなホモ属分類群としてデニソワ人(Denisovan)が特定されました。ネアンデルタール人もデニソワ人も一部の現代人に遺伝的影響を残している、と明らかになりました。
温暖多湿な日本列島は古代DNAの保存に適しておらず、さらに火山が多く酸性土壌のため、そもそも人類遺骸が残りにくい、という問題があります。そのため、日本列島の古代人の古代ゲノム研究は他地域、とくにヨーロッパと比較して遅れました。しかし、2010年代後半以降、縄文時代以降の人類(縄文人)遺骸のゲノム解析結果が報告されるようになりました。本論文は愛知県で発見された「縄文人」のゲノム解析に基づいて、「縄文人」が、アジア南東部・東部・北東部およびアメリカ大陸先住民の現代人の祖先集団(ユーラシア東部基層集団)から、アジア南東部現代人の祖先集団と他の現代人の祖先集団が分岐した頃かその直後に分岐した集団の子孫と推測しています。本書刊行後に刊行された新書(関連記事)では、その後の「縄文人」のゲノム解析結果も踏まえられています。「縄文人」の起源については、本論文の推測とは異なる見解も可能かもしれず、今後の研究の進展が期待されます。
参考文献:
太田博樹(2021)「縄文人のゲノム解読 古代ゲノム学による人類の進化」井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』(東京大学出版会)第8章P123-138
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