中山一大「自然選択によるヒトの進化 形質多様性と遺伝的多様性」

 井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』所収の論文です。形質や疾患と遺伝子との関連には、1つの多型の遺伝子型で決定される場合(単一遺伝子形質)と、多数の多型と非遺伝的要因(年齢や生活習慣など)の組み合わせで決定される場合(多因子遺伝形質)があります。単一遺伝子形質については、家系標本を用いた連鎖解析の長い歴史がありますが、多因子遺伝形質については、2003年のヒトゲノム計画終了と、塩基配列決定(シークエンス)技術の飛躍的な進歩により著しく発展しました。そうした手法の一つにゲノム規模関連解析(Genome Wide Association Study、略してGWAS)があります。関連解析とは、互いに血縁関係がない多数の個体を調査し、対象形質と個々の多型のアレル(対立遺伝子)や遺伝子型との独立性を検定する解析法で、同時に数十万から数百万の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)の遺伝子型判定ができるDNAマイクロアレイの利用により、ゲノム全域から対象の形質と関連する領域を網羅的に検索できます。

 ヒトにおける正の自然選択の代表例は皮膚の色で、低緯度地域では濃い色に、高緯度地域では薄い色になる傾向があります。具体的には、ヨーロッパ人集団では、薄い皮膚色に寄与するSLC24A5およびSLC45A2遺伝子のSNPに、正の自然選択が作用した、と明らかになっています。正の自然選択が作用すると、集団の遺伝的多様性に変化が起きます。二倍体生物のヒトでは、たとえば1000人の集団には2000コピーの遺伝子から構成される1000個の遺伝子型が存在しています(遺伝子プール)。自然選択が作用していると、適応度のより高いアレルが他のアレルより多く次世代に継承されます。こうして正の自然選択は遺伝子の機能に影響を与えて直接の標的となる多型の頻度を変えて、集団の遺伝的多様性は変わっていきますが、そのさいに直接の標的となる多型と連鎖不平衡状態にある周辺の多型の頻度も変えます。正の自然選択が作用すると、その標的の多型周辺のゲノム領域の塩基配列の均一性が高くなります(選択的一掃)。ゲノム領域の均一性の指標として、異型接合度があります。ヒトゲノムにおけるタンパク質コード領域は1.5%程度なので、少なくとも8000万ヶ所ある多型の大半は、遺伝子の機能と形質に与える影響がほとんどないか、あっともさほど強くない、と予想できます。したがって、多型のほとんどは進化的に中立で、おもに遺伝的浮動(次世代の遺伝子型をつくる配偶子が、全ての個体から等しく抽出されないことにより起きる無作為なアレル頻度変化)により世代間で頻度変化してきた、と考えられます。

 正の自然選択で多様化した形質の例として有名なのが上述の肌の色で、その他に乳糖耐性(LCT遺伝子)や毛髪・歯の形態など(EDAR遺伝子)や慢性高山病への抵抗性(EPAS1遺伝子とEGLN1遺伝子)やトリパノソーマ感染耐性(APOL1遺伝子)やマラリア耐性(HBB遺伝子とC6PD遺伝子)や肥満(CREBRF遺伝子)などがあります。自然選択が作用した地域集団は、LCT遺伝子ではヨーロッパと中東とアフリカ東部、SLC24A5およびSLC45A2遺伝子はヨーロッパ、EPAS1遺伝子はチベット高原、EGLN1遺伝子はチベット高原と南アメリカ大陸、APOL1遺伝子とHBB遺伝子とC6PD遺伝子はアフリカ、CREBRF遺伝子はオセアニアです。このうち乳糖耐性と関連するLCT遺伝子の多型については、ヨーロッパと中東とアフリカ東部で独立した進化した(収斂進化)、と考えられています。祖先集団では適応的だったので正の自然選択を受けたアレルが、現代では健康に悪影響を与えている場合もあり、食糧供給が不安定な時代には適応的だった肥満関連遺伝子がその代表例です。


参考文献:
中山一大(2021)「自然選択によるヒトの進化 形質多様性と遺伝的多様性」井原泰雄、梅﨑昌裕、米田穣編『人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦』(東京大学出版会)第7章P109-122

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