ナビゲーション能力に影響を与える生育環境

 生育環境へのナビゲーション能力の影響に関する研究(Coutrot et al., 2022)が公表されました。環境の文化的および地理的な性質は、認知やメンタルヘルスに深く影響を及ぼす、と示されています。緑地の近くでの生活はひじょうに有益と分かっており、一部の研究では、大都市に見られる密な社会経済ネットワークが鬱を緩和することが示唆されているものの、都市居住は一部の精神障害のより高いリスクと関連づけられています。しかし、成育環境がその後の認知能力にどう影響するかは、ほとんど分かっていません。

 この研究は、ビデオゲームに埋め込んだ認知課題を用いて、世界38ヶ国の397162人で非言語的な空間ナビゲーション能力を評価しました。参加者は、出発地点といくつかのチェックポイントの場所を示した地図を決められた順序で提示されました。その結果、全体として、都市の外で育った人々はナビゲーション能力に優れている、と明らかになりました。より具体的には、人々は育った環境と位相幾何学的に似た環境中において、ナビゲーション能力により優れていました。街路網のエントロピーが低い(構造化の度合いが高く、格子状に整備された)都市(たとえば、アメリカ合衆国シカゴ市)で育った人は、規則的なレイアウトのビデオゲームレベルで成績が良かったのに対して、都市の外や街路網エントロピーの高い(規則性が低い配置の)都市(たとえばチェコ共和国のプラハ市)で育った人は、よりエントロピーの高いビデオゲームレベルで成績が良い、と示されました。この結果は、環境がヒトの認知に及ぼす影響の証拠を世界規模で提示するもので、ヒトの認知や脳機能における都市設計の重要性を浮き彫りにしています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


神経科学:育った環境がナビゲーション能力に与える影響

 都市部以外で育った人々は、都市環境(特に道路が格子状に整備されている地域)で育った人々よりもナビゲーション(移動において適切な経路を選択すること)がうまい可能性があることを示唆した論文が、Nature に掲載される。今回の知見は、格子状に整備された街路などの都市設計と我々の環境が、認知能力と脳機能に影響を及ぼすことを示している。

 これまでの研究から、脳の構造と機能が経験によって形作られることが示唆されている。例えば、人間の認知能力やメンタルヘルスは、その人の環境の文化的特性や地理的特性の影響を受ける。しかし、成長期の環境が後年の認知能力に及ぼす影響については、まだ十分に解明されていない。

 今回、Antoine Coutrot、Michael Hornberger、Hugo Spiresたちは、2種類のテレビゲームに組み込まれた認知課題を用いて、38か国の39万7162人の空間ナビゲーション能力を測定した。参加者は、出発地点といくつかのチェックポイントの場所を示した地図を決められた順序で提示された。その結果、構造化の度合いが高く、格子状に整備された都市(例えば、米国シカゴ)で育った人は、規則性のある配置のゲームレベルでの成績が良かった。これに対して、都市部以外や規則性の低い配置の都市(例えば、チェコ共和国・プラハ)で育った人は、複雑度の高いゲームレベルでのナビゲーションの成績が高かった。

 今回の知見は、人々が育った環境(特に街路の構造)がナビゲーション能力に影響を及ぼし、育った場所と構造的に類似した環境でのナビゲーションの成績が高いことを示唆している。これらの違いが小児期にどのように表れるかを調べるためには、さらなる研究が必要である。


人間行動:都市街路網のエントロピーと将来の空間ナビゲーション能力の関連

Cover Story:都市で失われるもの:格子状に計画された都市環境は将来の空間ナビゲーション能力の妨げになる

 表紙は、米国シカゴの格子状の市街地図と、より雑然としたチェコ共和国プラハのレイアウトを重ね合わせたものである。今回A Coutrotたちは、成育環境が認知のさまざまな側面にどのような影響を及ぼし得るかを明らかにしている。彼らは、この研究のために設計されたビデオゲームを用いて、世界の38か国の約39万7000人の空間ナビゲーション能力を評価した。その結果、都市の外で育った人々のナビゲーション能力が最も優れていることが見いだされた。さらに著者たちは、シカゴなどの街路が規則正しく格子状に計画された都市で育った人々は、育った都市に似た環境のナビゲーションはできたが、プラハのような古都の、より雑然とした市街のナビゲーションはあまりうまくできなかったことも示している。著者たちは、今回の結果はヒトの認知と脳機能における都市設計の重要性を実証していると示唆している。



参考文献:
Coutrot A. et al.(2022): Entropy of city street networks linked to future spatial navigation ability. Nature, 604, 7904, 104–110.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04486-7

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