人類史における連続と断絶

 人類史における連続と断絶の問題については、文化変容・継続と遺伝的構成の関係を短くまとめ(関連記事1および関連記事2)、現生人類(Homo sapiens)に限らず人類史の観点でやや長く述べ(関連記事)、おもにアジア東部を対象として昨年(2021年)一度まとめました(関連記事)。この昨年のまとめ記事では見落としがあり、その後の関連研究の進展もあるので、この記事にて再度整理します。昨年の記事からまだ1年弱しか経過していませんが、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)について2019年5月にまとめて(関連記事)から3年以上経過し、その後の研究の進展を踏まえてまとめ直そうとずっと考えているものの、当ブログで取り上げただけでもそれなりの数になり、再度整理する気力がなかなか湧かないので、人類史における連続と断絶の問題については、過去記事からの流用が多くとも早いうちに改めてまとめておこう、と考えた次第です。


●人類集団の起源と拡散および現代人との連続性に関する問題

 人類集団の起源と拡散は、現代人の各地域集団の愛国主義や民族主義と結びつくことが珍しくなく、厄介な問題です。ある地域の古代の人類遺骸が、同じ地域の現代人の祖先集団を表している、との認識は自覚的にせよ無自覚的にせよ、根強いものがあるようです。チェコでは20世紀後半の時点でほぼ半世紀にわたって、一つの学説ではなく事実として、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が現代チェコ人の祖先と教えられていました(Shreeve.,1996,P205)。

 これは現生人類に共通の認知的傾向なのでしょうが、社会主義イデオロギーの影響もあるかもしれません。チェコというかチェコスロバキアと同じく社会主義国の中国とベトナムと北朝鮮の考古学は「土着発展(The indigenous development model)」型傾向が強い、と指摘されています(吉田.,2017、関連記事)。この傾向は、同じ地域の長期にわたる人類集団の遺伝的連続性と結びつきやすく、それを前提とする現生人類多地域進化説とひじょうに親和的で、内在的発展を重視する歴史観とも関連しているかもしれません。中国の人類進化研究においては1981年の時点で、現在の中国の領域における人類進化の長期の連続性が前提とされていました(呉., 1981、関連記事)。この傾向は2008年頃でも変わっていなかったようで、現代中国人は「北京原人」など中国で発見されたホモ・エレクトス(Homo erectus)の直系子孫である、との見解が多くの人に支持されています(Robert.,2013,P267-278、関連記事)。

 さらに、中国のこの傾向は現在でも変わらないようです。真偽不明ながら2005年に掲載された中国の軍高官の演説でも同様の認識が述べられており、中国は100万年以上の文化的起源、1万年以上の文化と進歩、5000年の古代国家、2000年の単一の中国という実体の産物と断言されています(関連記事)。さらに、2022年5月27日に中国の習近平国家主席(共産党総書記)は「中国における100万年にわたる人類史、1万年にわたる文化史、5000年を超える文明史が実証された」と述べた、と報道されており、今でも中国では、現在の中国領における人類進化の長期の連続性を前提とする見解が一般的には主流なのだろう、と考えられます。ただ、現在の中国領とその近隣地域の古代人を対象とした、中国人研究者主導の後述するいくつかの最近の古代ゲノム研究を見ていくと、近年の第一線の中国人研究者には、現生人類アフリカ単一起源説を前提としている人が多いようにも思います。

 20世紀末以降に現生人類アフリカ単一起源説が主流となってからは、2010年代にネアンデルタール人やデニソワ人など非現生人類ホモ属(絶滅ホモ属、古代型ホモ属)と現生人類との混合が広く認められるようになったものの、(Gokcumen., 2020、関連記事)、その遺伝的影響は小さく(Bergström et al., 2021、関連記事)、ホモ・エレクトスやネアンデルタール人やデニソワ人など非現生人類ホモ属から現代人に至る同地域の人類集団長期の遺伝的連続性は、少なくともアフリカ外に関しては事実上ほぼ否定された、と言えるでしょう。そうすると、特定地域における人類集団の連続性との主張は、最初の現生人類の到来以降と考えられるようになります。

 オーストラリアのモリソン(Scott John Morrison)首相(当時)は2021年2月に先住民への謝罪において、オーストラリアにおける先住民の65000年にわたる連続性に言及しています。その根拠となるのは、オーストラリア北部のマジェドベベ(Madjedbebe)岩陰遺跡で発見された多数の人工物です(Clarkson et al., 2017、関連記事)。この人工物には人類遺骸が共伴していませんが、現生人類である可能性がきわめて高いでしょう。1国の首相が考古学的研究成果を根拠に、先住民の長期にわたるオーストラリアでの連続性を公式に認めているわけです。しかし、マジェドベベ岩陰遺跡の年代に関しては、実際にはもっと新しいのではないか、との強い疑問が呈されています(O’Connell et al., 2018、関連記事)。ただ、マジェドベベ岩陰遺跡の年代がじっさいには65000年前頃よりずっと新しいとしても、少なくとも数万年前にはさかのぼるでしょうし、20世紀のオーストラリア先住民のミトコンドリアDNA(mtDNA)の分析からは、その祖先集団はオーストラリア北部に上陸した後、それぞれ東西の海岸沿いに急速に拡散し、49000~45000年前までに南オーストラリアに到達して遭遇した、と推測されていますから(Tobler et al., 2017、関連記事)、長期にわたるオーストラリアの人類集団の遺伝的連続性に変わりはない、とも考えられます。

 ここで問題となるのは、近現代人のmtDNAハプログループ(mtHg)からその祖先集団の拡散経路や時期を推測することです。2019年の研究では、現代人のmtDNAの分析に基づいて現生人類の起源地は現在のボツワナ北部だった、と主張されましたが(Chan et al., 2019、関連記事)、この研究は厳しく批判されています(Schlebusch et al., 2021、関連記事)。Schlebusch et al., 2021は、mtDNA系統樹が人口集団を表しているわけではない、と注意を喚起します。系統分岐年代は通常、人口集団の分岐に先行し、多くの場合、分岐の頃の人口規模やその後の移動率により形成されるかなりの時間差がある、というわけです。またSchlebusch et al., 2021は、現代の遺伝的データから地理的起源を推測するさいの重要な問題として、人口史における起源から現代までの重ねられた人口統計的過程(移住や分裂や融合や規模の変化)の「上書き」程度を指摘します。mtDNAはY染色体とともに片親性遺伝標識という特殊な遺伝継承を表し、現代人のmtHgとY染色体ハプログループ(YHg)から過去の拡散経路や時期を推測することには慎重であるべきでしょう。また、mtDNAとY染色体DNAが全体的な遺伝的近縁関係を反映していない場合もあり、たとえば後期ネアンデルタール人は、核ゲノムでは明らかに現生人類よりもデニソワ人の方と近縁ですが、mtDNAでもY染色体DNAでもデニソワ人よりも現生人類の方と近縁です(Petr et al., 2020、関連記事)。

 系統樹は、mtDNAとY染色体のような片親性遺伝標識だけではなく、核DNAのように両親から継承される遺伝情報に基づいても作成できますが、片親性遺伝標識のように明確ではありません。それでも、最近になって現生人類の新たな統一的系図を作成しようとの試みが提示されていますし(Wohns et al., 2022、関連記事)、これまでもアジア東部やオセアニアやヨーロッパなど現代人の各地域集団も系統樹でその遺伝的関係を示せるわけで、現代人がいつどのように現在の居住範囲に拡散してきたのか、推測する手がかりになるわけですが、ここで問題となるのは、系統樹は遠い遺伝的関係の分類群同士の関係の図示には適しているものの、近い遺伝的関係の分類群同士では複雑な関係を適切に表せるとは限らない、ということです。たとえば現代人と最近縁の現生分類群であるチンパンジー属では、ボノボ(Pan paniscus)とチンパンジー(Pan troglodytes)との混合(Manuel et al., 2016、関連記事)や、ボノボと遺伝学的に未知の類人猿との混合(Kuhlwilm et al., 2019、関連記事)の可能性が指摘されています。また、以下の現生人類の起源に関する総説(Bergström et al., 2021)の図3cで示されているように、ホモ属の分類群間の混合も複雑だった、と推測されています。
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 こうした複雑な混合が推測される分類群間の関係は、たとえば以下に掲載する中東の人口史に関する研究(Almarri et al., 2021、関連記事)の図3のように、混合図として示せば実際の人口史により近くなりますが、それでもかなり単純化したものにならざるを得ないわけで(そもそも、実際の人口史を「正確に」反映した図はほとんどの場合とても実用的にはならないでしょう)、現代人の地域集団にしても、過去のある時点の集団もしくは個体にしても、その起源や形成過程に関しては、あくまでも大まかなもの(低解像度)となります。上述のように、人口密度も移動性も現在よりずっと低かった後期更新世でさえ、ネアンデルタール人やデニソワ人と現生人類との関係は複雑だったと推測されていますから、現代人の各地域集団の関係はそれ以上に複雑と考えられます。起源や形成過程や拡散経路や現代人との連続性など、こうした複雑な関係をより正確に把握するには、片親性遺伝標識でも核DNAでも、現代人だけではなく古代人のDNAデータが必要となり、現代人のDNAデータだけに基づいた系統樹に過度に依拠することは危険です。以下、まずは現生人類における遺伝的連続と断絶の問題を地域ごとに取り上げていきます。
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●ヨーロッパ

 以下に掲載する過去10年の古代ゲノム研究の総説(Liu et al., 2021、関連記事)の図1で示されているように、古代ゲノム研究が最も進んでいる地域はヨーロッパです(現代人のゲノム研究でも同様ですが)。その理由としては、自然環境と近代化があります。ヨーロッパはおおむね中緯度地帯で、人類の居住を拒むほど暑くも寒くもない場合が多く、人類遺骸と古代DNAの保存に適しています。ヨーロッパより低緯度では古代DNAの保存に適さず、ヨーロッパよりも高緯度だと古代DNAの保存には適しているものの、人類の居住に適しておらず、人口密度が低くなります。次に、ヨーロッパは世界で最初に近代化が進展し、近代科学発祥の地なので、その経済的豊かさから発掘と研究が進みやすい傾向にありました。それと関連して、人類進化の研究者も他の分野と同じく近代以降長くヨーロッパ人(もしくは他地域に移住したヨーロッパ系)が多いので、研究対象地域としてヨーロッパが優先される傾向にあります。
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 ヨーロッパの最初期候補の現生人類遺骸は、チェコとブルガリアで発見されています。チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された、洞窟群の頂上の丘にちなんでズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれる成人女性1個体は45000年以上前と推測されており、ズラティクン個体により表される集団(以下、ズラティクン集団)は現代人の直接的祖先ではない、と推測されています(Prüfer et al., 2021、関連記事)。ズラティクン集団は出アフリカ系現代人とは遺伝的に大きく異なっており、出アフリカ系現生人類集団が現代の各地域集団に遺伝的に分化する前にその共通祖先と分岐した、と推測されています。出アフリカ系現代人の祖先集団は遺伝的に、大きくユーラシア東部系統と西部系統に区分されます。

 ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)で発見された現生人類遺骸(44640~42700年前頃)は、現代人との比較ではヨーロッパよりもアジア東部に近く、ヨーロッパ現代人への遺伝的影響はなかったかきわめて限定的だった、と推測されています(Hajdinjak et al., 2021、関連記事)。注目されるのは、ズラティクン個体には、非アフリカ系現代人の共通祖先とネアンデルタール人との混合の後に追加のネアンデルタール人との混合がなかったと推測されるのに対して、バチョキロ洞窟の44640~42700年前頃の個体群には、追加のネアンデルタール人との混合の痕跡があることです。これは、ヨーロッパにおいてもネアンデルタール人と最初期現生人類との混合はあったものの、そもそも人口密度の低さから遭遇頻度が低かったか、遺伝的もしくは文化・社会的な生殖隔離があったことを示唆します。具体的には、性染色体や繁殖に直接関わる遺伝子に関しては現代人にはネアンデルタール人由来のものが確認されないか少ない(Sankararaman et al., 2016、関連記事)とか、ネアンデルタール人のY染色体は現生人類集団において遺伝的不適合を起こしたかもしれない(Mendez et al., 2016、関連記事)とか推測されています。

 シベリア西部のウスチイシム(Ust'-Ishim)近郊のイルティシ川(Irtysh River)の土手で発見された44380年前頃となる現生人類男性遺骸(Fu et al., 2014、関連記事)や、ルーマニア南西部の「骨の洞窟(Peştera cu Oase)」で発見された39980年前頃のワセ1号(Oase1)個体(Fu et al., 2015、関連記事)も、後のヨーロッパ人口集団に遺伝的影響を残していない、と推測されています。遺伝学と考古学の統合から推測される初期現生人類のアフリカからの拡散と分岐を推測した研究(Vallini et al., 2022、関連記事)では、ワセ1号はバチョキロ洞窟の現生人類個体群(44640~42700年前頃)と近縁な集団が主要な直接的祖先だった、と推測されています。また、「女性の洞窟(Peştera Muierii、以下PM)」の34000年前頃となる個体(PM1)は、ユーラシア西部系統に位置づけられ、同じ頃のヨーロッパ狩猟採集民の変異内に収まりますが、ヨーロッパ現代人の祖先ではない、と推測されています(Svensson et al., 2021、関連記事)。

 これらは遺伝学的知見に基づいていますが、歯の分析から、現在のフランス南部において現生人類が56800~51700年前頃に存在した可能性も指摘されています(Slimak et al., 2022、関連記事)。この人類化石はネロニアン(Neronian)と分類される石器群と共伴していました。ネロニアン(ネロン文化)インダストリーはレヴァント地域の初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、以下IUP)との関連が指摘されています。仮にこの5万年以上前となるヨーロッパ南部のネロニアン石器群の製作者が現生人類だったとすると、その後の化石と石器と遺伝学の証拠から、この現生人類集団は絶滅したか、レヴァントへと撤退したか、ネアンデルタール人に吸収された(ものの遺伝的にはほとんど影響を残さず、ヨーロッパの後期~末期ネアンデルタール人のゲノムでは検出されない)ことになりそうです。


●アジア東部

 アジア東部でDNAが解析されている最古の個体は、北京の南西56km にある田园(田園)洞窟(Tianyuan Cave)で発見された4万年前頃の男性(Yang et al., 2017、関連記事)で、その次に古いのがモンゴル北東部のサルキート渓谷(Salkhit Valley)で発見された34950~33900年前頃となる女性(Massilani et al., 2020、関連記事)です。その後、サルキート渓谷で発見された女性個体に次いで古い、34324~32360年前頃となるアムール川流域の女性(AR33K)のゲノムデータが報告されました(Mao et al., 2021、関連記事)。Mao et al., 2021は、4万年前頃の北京近郊の田園個体と34000年前頃のモンゴル北東部のサルキート個体と33000年前頃のアムール川流域のAR33Kが、遺伝的に類似しており、アジア東部現代人の主要な直接的祖先集団と初期に分岐し、現代人には全くもしくは殆ど遺伝的影響を残していない、と示します。

 この3個体により表される集団を、以下では仮に田園洞集団と呼びます。なお、Massilani et al., 2020で示されているように、サルキート個体は田園洞集団構成要素と古代北ユーラシア人(ANE)との混合と推測されています。ANEはユーラシア東西両方の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の混合と推測されており、ユーラシア東部構成要素の割合は、22%(Sikora et al., 2019、関連記事)もしくは50%(Vallini et al., 2022)と推測されています。以下はこの田園洞集団も含めてユーラシア東部現生人類集団間の系統関係を示したMao et al., 2021の図3です。
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 田園洞集団(Mao et al., 2021図3の黄色)は、ユーラシア東部現代人の主要な直接的祖先集団(MEE集団)とは遅くとも4万年前頃までには遺伝的に分岐していました。MEE集団は南北に分岐していき(Mao et al., 2021図3では、南方が緑色、北方が濃い茶色)、以下、南方をMEES、北方をMEENと呼びます。MEESとMEENは、アムール川流域の19000年前頃の個体(AR19K)が明確にMEENに位置づけられることから、2万年前頃までには分岐したと推測されます。AR19Kは現時点で、MEEに位置づけられる最古の個体となります。現在の中国領の人類集団はおもにMEESとMEENの混合により形成され、漢人ではMEENの影響が強いものの、南下するにつれてMEESの割合が高くなってゲノムと地理とが相関する勾配を示し、南方の少数民族ではMEESの割合の方が高くなる場合もあります(Wang CC et al., 2021、関連記事)。MEES祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)は、現代のオーストロネシア語族集団の主要な構成要素となります(Yang et al., 2020、関連記事)。

 アジア東部南方では、中華人民共和国広西チワン族自治区の隆林洞窟(Longlin Cave)で発見された10686~10439年前頃の個体(隆林個体)が未知の遺伝的構成を示し、田園洞集団のように現代人には全くもしくは殆ど遺伝的影響を残していない集団(以下、仮に隆林集団と呼びます)がかつて存在し、その遺伝的影響は6400年前頃まではアジア東部南方に残存していた、と明らかになりました(Wang T et al., 2021、関連記事)。この隆林集団は、田園洞集団と分岐した後に、MEE集団と分岐した、と推測されていますが、これらの集団間の形成には複雑な混合があったかもしれません(Wang T et al., 2021)。

 アジア東部では、田園洞集団および隆林集団の他にも、MEE集団とは遺伝的に明確に異なる現生人類集団が確認されています。それが日本列島の縄文時代集団で、遺伝的に大きくは出アフリカ現生人類ユーラシア東部集団に位置づけられ(Wang CC et al., 2021)、田園洞集団および隆林集団とは異なり、一部の集団に明確な遺伝的痕跡を残しています。縄文時代集団は、本州・四国・九州を中心とする日本列島「本土」の現代人集団に、地域差(Watanabe et al., 2021、関連記事)はあるものの9~15%前後、現代琉球集団に27%程度、現代アイヌ集団に66%ほどの遺伝的影響を残している(Kanzawa-Kiriyama et al., 2019、関連記事)、と推測されています(どちらも残りはMEE集団的な構成要素で占められます)。これは縄文時代後期の北海道礼文島の2個体に基づく推定です。ただ、現代アイヌ集団に占める縄文時代集団的な遺伝的構成要素のうち、10~15%はオホーツク文化集団と「本土」日本人集団に由来するかもしれません(Sato et al., 2021、関連記事)。

 注目されるのは、縄文時代集団の形成過程です。縄文時代集団については、九州(Adachi et al., 2021、関連記事)も含めて東日本から西日本までの時間的にも広範な縄文時代の人類遺骸の核ゲノムデータ(Cooke et al., 2021、関連記事)に基づくと、他の古代人および現代人集団と比較すると遺伝的に一まとまりを形成するので、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)頻度から地域差が指摘されており、核ゲノムデータからもそれが示唆されているものの(Cooke et al., 2021)、上述の北海道礼文島の縄文時代2個体に基づく現代日本列島「本土」集団と現代琉球集団と現代アイヌ集団における縄文時代集団の遺伝的影響は大きく変わらないだろう、と指摘されています(篠田.,2022,P205-212)。弥生時代早期となる佐賀県唐津市大友遺跡で発見された女性個体(大友8号)も、これらの縄文人と遺伝的に一まとまりを形成するので(神澤他., 2021、関連記事)、日本列島の縄文時代集団は晩期まで遺伝的には比較的均一だった可能性が高そうです。

 この長期にわたって遺伝的に均質な縄文時代集団の形成過程については、隆林集団と同じ頃にMEE集団と分岐した、との見解(Wang T et al., 2021)や、後期更新世~完新世にかけての狩猟採集民であるホアビン文化(Hòabìnhian)集団や現代アンダマン諸島のオンゲ人(ユーラシア東部基層集団もしくはユーラシア東部沿岸集団)などと近い集団とMEES集団との混合とする見解(Wang CC et al., 2021)があります。前者に近い見解では、縄文時代集団系統とMEE集団系統との分岐年代が20000~15000年前頃と推定されています(Cooke et al., 2021)。ユーラシア東部基層集団はオーストラレーシア(オーストラリアとニュージーランドとその近隣の南太平洋諸島で構成される地域)人の主要な祖先集団となり、MEEN集団を主要な祖先(遺伝的構成要素の80%超)とする現代チベット人集団にも寄与した、とも推測されています(Wang CC et al., 2021)。しかし、現代チベット人と遺伝的に近いヒマラヤ山脈古代人の核ゲノムデータを報告した研究では、現代チベット人集団のゲノムにおもに寄与したのがMEEN的構成要素(80~92%)であることは先行研究と一致するものの、残りは初期ユーラシアの遺伝的多様性内でまだ標本抽出されていない別の系統と推測されています(Liu et al., 2022、関連記事)。

 これは、ユーラシア東部にはまだ遺伝的に特定されていない出アフリカ現生人類集団が存在し、そうした集団が遺伝的に分岐していき、絶滅したり、時にはユーラシア東部の特定の地域集団にわずかながら影響を及ぼしたりした、と示唆します。パプア人も含まれるオーストラレーシア人については、ユーラシア東西の共通祖先集団と初期に分岐した、との見解もありますが(Choin et al., 2021、関連記事)、デニソワ人からの遺伝子流動を考慮に入れると、ユーラシア西部集団よりもユーラシア東部集団の方と遺伝的に近い、との見解が有力です(Yang., 2022、関連記事)。ただ、パプア人の位置づけに関しては、田園洞集団の単純な姉妹集団(ユーラシア東部系集団)である可能性と、ユーラシア東部系集団とユーラシア東西の共通祖先集団の基底部に位置する集団との50000~37000年前頃のほぼ均等な混合の可能性がほぼ同等である、との見解も提示されています(Vallini et al., 2021)。そのため、ユーラシア東西の共通祖先集団と初期に分岐した、まだ標本抽出されていない出アフリカ現生人類集団が存在して分岐していき、そうした集団とMEE集団との複雑な混合により、ホアビン文化集団や縄文時代集団や隆林集団が形成された可能性も考えられます(関連記事)。


●太平洋地域とアメリカ大陸

 太平洋地域でも、現代人とは遺伝的につながっていない集団の存在が示唆されています。ワラセア(ウォーレシア)では、スラウェシ島南部のマロスのマラワ(Mallawa)地区のリアン・パニンゲ(Leang Panninge)鍾乳洞で発見された7300~7200年前頃となる17~18歳の女性遺骸のゲノム解析の結果、この個体により表される集団は、オーストラリア先住民とパプア人が分岐した頃に両者の共通祖先から分岐した系統の集団と、MEE集団と基底部で分岐したか、オンゲ人と関連する系統の集団との混合の結果成立した未知の遺伝的構成を示し、現代ではこの集団の遺伝的構成要素を有する人口集団はまだ確認されていない、と明らかになりました(Carlhoff et al., 2021、関連記事)。ワラセアやオセアニアでは古代ゲノム解析が難しいので、更新世と完新世に存在した人類のほとんどは標本抽出できないでしょうが、それでも未知の遺伝的構成の個体が確認されたことは、そうした集団が過去には珍しくなかったことを強く示唆します。太平洋地域ではオーストラリアの事例を上述しましたが、オーストラリアにおける5万年以上前の現生人類の痕跡が確証されたとしても、それが完新世のオーストラリア先住民集団と遺伝的につながっているのか、証明は容易ではないでしょう。

 アメリカ大陸というかベーリンジア(ベーリング陸橋)には、「古代ベーリンジア人」と呼ばれる、現在では絶滅したと考えられる集団が存在しました(Willerslev, and Meltzer., 2021、関連記事)。古代ベーリンジア人は現代のアメリカ大陸先住民集団と遺伝的に最も近く、アラスカのアップウォードサン川(Upward Sun River)で発見された11600~11270年前頃となる個体(USR1)に代表されます(Moreno-Mayar et al., 2018A、関連記事)。現時点で確認されている最新の古代ベーリンジア人は、アラスカのスワード半島のトレイルクリーク洞窟(Trail Creek Cave)で発見された9000年前頃の個体です(Moreno-Mayar et al., 2018B、関連記事)。アメリカ大陸先住民集団の南北の分岐は15700年前頃に起き、両者が古代ベーリンジア人集団と遺伝的には等距離であることから、この分岐はアラスカ東部よりも南方で起きたと考えられます(Moreno-Mayar et al., 2018A)。

 ここで注目されるのは、アメリカ大陸における2万年以上前の人類の痕跡が複数報告されていることです。たとえば、ニューメキシコ州中南部のホワイトサンズ国立公園(White Sands National Park)では、2万年以上前と推定されている人類の足跡が発見されています(Bennett et al., 2021、関連記事)。メキシコのチキウイテ洞窟(Chiquihuite Cave)では3万年前頃までさかのぼる石器群が発見されています(Ardelean et al., 2020、関連記事)。ウルグアイ南部のアロヨ・デル・ビスカイーノ(Arroyo del Vizcaíno)遺跡では、30000~27000年前頃となる巨大動物の骨の一部に、石器で動物の骨につけた傷と似たものが認められる、と報告されています(Yang et al., 2014、関連記事)。北アメリカ大陸とベーリンジアの更新遺跡群の年代を報告した研究では、複数の遺跡で2万年以上前の年代が示されています(Becerra-Valdivia, and Higham., 2020、関連記事)。こうした2万年以上前と報告されているアメリカ大陸の人類の存在が確かならば、そうした集団は現代のアメリカ大陸先住民には遺伝的影響をほとんど残さずに絶滅した可能性が高そうです。その場合、この最初期アメリカ大陸先住民は遺伝的に、古代ベーリンジア人ほどではなくとも、現代人集団の中では現代のアメリカ大陸先住民と最も近い可能性が高そうです。


●後期更新世~完新世にかけて珍しくなかった現生人類集団の絶滅

 以上、おもにヨーロッパとアジア東部とアメリカ大陸の事例を見てきましたが、古代ゲノム解析に成功する人類遺骸が当時存在した人類のごく一部しか反映していないことを考えると、これだけ現代人と遺伝的にほぼつながっていないと考えられる現生人類個体が発見されていることから、後期更新世~完新世にかけて現生人類集団の絶滅は珍しくなかった、と強く示唆されます。むしろ、現代人の主要な祖先集団は、当時存在した遺伝的に多様な集団のごく一部だった、と考えるべきかもしれません。非アフリカ系現代人の主要な共通祖先集団は、6万~5万年前頃にアフリカから世界各地へと拡散しました(Bergström et al., 2021)。当時はまだネアンデルタール人やデニソワ人など非現生人類ホモ属も存在していましたが、人口密度は低く、現生人類は広大な地域へと拡散し、後期更新世は完新世と比較して気候が不安定だったので、最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)などでの孤立により現生人類は遺伝的に分化しやすい状況にあった、と考えられます。

 現代人の各地域集団間よりも遺伝的違いがずっと大きい現生人類とネアンデルタール人およびデニソワ人との間の遺伝的関係でさえかなり複雑と推測されていますから(Hubisz et al., 2020、関連記事)、現生人類同士の関係はそれ以上に複雑で、単純な系統樹で的確に表せるものではないのでしょうが、後期更新世において現生人類が遺伝的に分化しやすい状況にあったとならば、系統樹で集団間の関係を表すことにも一定以上の妥当性がある、と言えるでしょう。その意味で、混合図はもちろん実際の人口史を正確に表せているわけではないとしても、一定以上の妥当性や実用性がありそうです。そうした混合図として、以下に示すズラティクン個体も含めたVallini et al., 2021の図1はとくに注目されます。
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 おそらく今後も、現代人と遺伝的には全くあるいは殆どつながらないような個体が次々と確認されていくでしょう。むしろ今後の課題は、各地域の現代人の主要な直接的祖先集団が、いつどのような経路で現代の分布範囲に拡散してきたのか、ということになりそうです。アジア東部に関しては、3万年以上前の核ゲノムデータが得られている現生人類個体は、現時点で全て田園洞集団に分類できます。上述のように、アジア東部現代人の主要な直接的祖先集団(MEE祖先集団)に分類できる最古の個体は19000年前頃で、アムール川流域にて発見されています。MEE集団がいつどのようにアジア東部に拡散し、南北に分岐していったのか、今後の研究の進展が期待されます。


●非現生人類ホモ属における絶滅と置換

 こうした後期更新世~完新世における現生人類集団の絶滅と置換は、更新世の非現生人類ホモ属でも起きていた可能性が高そうです。具体的には、アルタイ山脈のネアンデルタール人は、初期の個体とそれ以降の個体群で遺伝的系統が異なり、置換があった、と推測されています(Mafessoni et al., 2020、関連記事)。また、イベリア半島北部においても、洞窟堆積物のDNA解析からネアンデルタール人集団間で置換があった、と推測されています(Vernot et al., 2021、関連記事)。現在のドイツで発見されたネアンデルタール人と関連づけられそうな遺跡の比較からは、ネアンデルタール人集団が移住・撤退もしくは絶滅・(孤立した集団の退避地からの)再移住といった過程を繰り返していたことが窺えます(Richter et al., 2016、関連記事)。

 デニソワ人に関しても、まだ明確な証拠は得られていませんが、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)の人類遺骸(Sawyer et al., 2015、関連記事)や堆積物のmtDNA解析(Zavala et al., 2021、関連記事)は、デニソワ2号と8号に代表される前期集団からデニソワ3号と4号に代表される後期集団への置換の可能性を示唆します。デニソワ洞窟の最初期のデニソワ人遺骸のmtDNAは前期集団系統に分類され(Brown et al., 2022、関連記事)、チベット高原の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)の堆積物で確認されたmtDNAは、いずれも後期集団系統に分類されます(Zhang et al., 2020、関連記事)。さらに、デニソワ人はその遺伝的影響を受けている現代人の地理的分布から、アジア南東部やサフルランド(更新世の寒冷期にはオーストラリア大陸とニューギニア島とタスマニア島は陸続きでした)にまで拡散していた可能性さえ指摘されており(Jacobs et al., 2019、関連記事)、じっさい最近になってラオスで発見された歯がデニソワ人のものと推測されています(Demeter et al., 2022、関連記事)。デニソワ人は後期更新世の出アフリカ現生人類集団と同様に、ユーラシアの広範な地域に拡大し、遺伝的に分化していったと考えられます。

 こうしたユーラシアにおける複雑な過程の繰り返しにより後期ネアンデルタール人や後期デニソワ人は形成されたのでしょうが、それはアフリカにおける現生人類も同様だった、と考えられます(Scerri et al., 2018、関連記事)。さらにいえば、初期ホモ属や他の多くの人類系統の分類群の出現過程も同様だったように思います。300万~200万年前頃の人類遺骸は少ないので、ホモ属の初期の進化状況は判然としませんが、ホモ属的な派生的特徴が300万~200万年前頃のアフリカ各地で異なる年代・場所・集団(メタ個体群)に出現し、比較的孤立していた複数集団間の交雑も含まれる複雑な移住・交流により「真の」ホモ属が形成されていった、との構造化メタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)モデルを想定するのが、現時点では妥当なように思います。その意味で、特定の地域における単純な直線的進化で把握することは危険で、たとえば中華人民共和国陝西省の遺跡に関しては、210万~130万年前頃にかけて人類が繰り返し利用したかもしれない、と指摘されていますが(Zhu et al., 2018、関連記事)、それらの集団が全て祖先・子孫関係にあったとは限りません。


●人類の移動と置換と絶滅の傾向

 人類史に限らず広く生物史において、地理的障壁の形成などにより分類群が分断され、生殖隔離が生じた後に地理的障壁が消滅もしくは緩和し、比較的近い世代で祖先を同じくする異なる分類群同士が交雑することは一般的なのでしょう。これは「孤立・交雑モデル」と呼ばれており(Garrigan, and Kingan., 2007、関連記事)、上述の古代ゲノム研究の進展から、現生人類においてこの過程で集団の絶滅と置換は珍しくなく、ネアンデルタール人とデニソワ人も同様だっただろう、と強く示唆されます。その意味で、前期更新世からのアフリカとユーラシアの広範な地域における人類の連続性が根底にある現生人類アフリカ多地域進化説は根本的に間違っている、と評価すべきなのでしょう(Scerri et al., 2019、関連記事)。

 人類集団の地域的連続性との観念には根強いものがありそうで、それが愛国主義や民族主義とも結びつきやすいだけに、警戒が必要だとは思います。しかし上述のように近年の古代ゲノム研究の進展からは、ネアンデルタール人など非現生人類ホモ属(古代型ホモ属、絶滅ホモ属)と現代人との特定地域における遺伝的不連続性(上述のように多少の混合はありますが)はもちろん、現生人類に限定しても、更新世と完新世において集団の絶滅・置換は珍しくなかった、と強く示唆されます。さらに、非現生人類ホモ属においても、こうした特定地域における人類集団の絶滅・置換は珍しくなかったことが示唆されています。もちろん、ネアンデルタール人やデニソワ人と現生人類との間で見られるように、混合による遺伝的構成の大きな変化も珍しくなく、その中には遺伝的にほぼ置換と言えるような事例も少なくありませんでした。

 日本列島「本土」の人類集団も、縄文時代と現代の間における遺伝的には置換に近い事例として把握しても大過ないでしょう。仮に、日本列島「本土」現代人集団のゲノムにおける縄文時代集団的な遺伝的構成要素のうち一定以上の割合が、新石器時代の朝鮮半島南岸に存在した集団(Robbeets et al., 2021)に由来するならば、日本列島「本土」では縄文時代と現代との間に人類集団のほぼ全面的な遺伝的置換が起きた、と言えるかもしれません。一方で、朝鮮半島においても紀元前千年紀後半以降に人類集団の遺伝的構成の大きな変容が起きたと示唆され(Robbeets et al., 2021)、朝鮮半島から日本列島へと到来した人類集団は、弥生時代早期~前期と古墳時代~飛鳥時代ではかなり違っていた可能性があり、日本列島「本土」現代人集団の人口史を「縄文人」と「渡来人」との二元的融合で単純に把握することは妥当ではないでしょう(Cooke et al., 2021)。

 もちろん、こうした私見はあくまでも現時点でのデータに基づくモデル化に依拠しているので、今後の研究の進展により大きく変えざるを得ないところも出てくる可能性は低くありません。また、これまで特定の地域における人類集団の長期の連続性という見解に対する疑問を強調しましたが、逆に、安易に特定の地域における人類集団の断絶を断定することも問題でしょう。たとえば、現代日本社会において「愛国的な」人々の間で好まれているらしい、三国時代の前後において「中国人」もしくは「漢民族」は絶滅した、といった言説です。古代ゲノムデータも用いた研究では、後期新石器時代から現代の中原(おおむね現在の河南省・山西省・山東省)における長期の遺伝的類似性・安定性の可能性が指摘されています(He et al., 2021、関連記事)。もちろん、遺伝的構成と民族、さらに文化は、相関する場合が多いとはいえ、安易に結びつけてはなりませんが、「中国」における人類集団の連続性を論ずる場合には、こうしたゲノム研究を無視できない、とも考えています。


●文化と遺伝的構成との関係

 遺伝的構成と民族、さらに文化とは相関する場合が多いものの、安易に結びつけられず、その関係は多様です。私の知見では的確に分類できませんが、とりあえず、(1)担い手の置換もしくは遺伝的構成の一定以上の変化による文化変容、(2)担い手の遺伝的継続を伴う文化変容、(3)担い手の遺伝的変容・置換と文化の継続、(4)類似した文化が拡大し、拡大先の各地域の人類集団の遺伝的構成が一定以上変容しても、各地域間の遺伝的構成には明確な違いが見られる、の4通りに区分します。

 (1)これは農耕起源地からの農耕拡大に伴ってよく見られ、ヨーロッパでは中石器時代から新石器時代への移行は、アナトリア半島から拡散してきた農耕民集団による大規模な遺伝的構成の変化により特徴づけられ、農耕民と中石器時代の在来狩猟採集民の子孫との混合も進展しましたが、後者の遺伝的影響は低くなっています(Rivollat et al., 2020、関連記事)。アジア南東部でも、農耕の拡大に伴ってアジア東部からMEE集団が南下してきて、在来狩猟採集民集団と混合しました(Lipson et al., 2018、関連記事、および、McColl et al., 2018、関連記事)。日本列島も同様で、とくに「本土」の人類集団の遺伝的構成は、水田稲作の導入(縄文時代から弥生時代への移行)に伴い、遺伝的構成が大きく変わっていますが(Robbeets et al., 2021、関連記事)、その遺伝的変容には時空間的な違いが大きく、広範な地域で短期間に一気に変わったわけではないようです(関連記事)。

 (2)本格的な遺伝学的研究はまだないと思いますが、担い手の遺伝的継続を伴う文化変容は、日本など近代化の過程で珍しくなかったでしょう。時空間的に遺伝学的研究が進んでいる範囲では、農耕が始まった中核地域もしくはその近隣地域では、在来集団が大きく遺伝的構成を変えることなく、農耕が始まったようです。アジア南西部では、少なくともレヴァント南部とザグロス地域とアナトリア半島の3地域において、農耕社会への移行の担い手は在来の狩猟採集民集団と推測されています(Lazaridis et al., 2016、関連記事)。まだ確定的ではありませんが、現在の中国福建省一帯でも、農耕への移行の担い手は在来集団だった可能性が高そうです(Wang T et al., 2021)。ヒマラヤ地域では前近代において埋葬習慣など文化で大きな変容が見られたものの、その担い手の遺伝的構成は大きく変わらなかった、と示されています(Jeong et al., 2016、関連記事)。牧畜文化の導入でも、前期~中期青銅器時代のタリム盆地には本格的な牧畜文化が導入されたにも関わらず、その担い手の遺伝的構成は大きく変わらず、孤立していました(Zhang et al., 2021、関連記事)。スウェーデンのゴットランド島では、狩猟採集民と関連する円洞尖底陶文化(Pitted Ware Culture、略してPWC)の墓地の被葬者は、埋葬地で戦斧文化(Battle Axe Culture、略してBAC)の影響を明確に受けていますが、他のPWC関連被葬者と遺伝的に一まとまりを形成し、遺伝的にはヨーロッパ新石器時代農耕民や草原地帯牧畜民の構成要素も有するBAC関連集団から遺伝的影響を受けませんでした(Coutinho et al., 2020、関連記事)。埋葬のような重要と思われる文化要素を受け入れても、大きな人口移動がない事例も想定されるわけです。

 (3)想定しにくい事例ですが、担い手の置換もしくは遺伝的構成の一定以上の変化による文化変容の事例でも、外来集団による先住民集団の文化の一部の継承はあり得たと思われます。バヌアツでは、遺伝的にポリネシア系の最初期(3000年前頃)の住民に対して、2500年前頃以降にはパプア人と近い遺伝的構成の住民が出現し、大きな遺伝的変容が見られますが、現代人の言語はオーストロネシア語族です(Lipson et al., 2020、関連記事)。ただ、パプア人と近い遺伝的構成の住民の言語が不明なので、(3)の事例と断定はできません。

 (4)紀元前2750年に始まり、イベリア半島からヨーロッパ西部および中央部に広く拡散した後、紀元前2200~紀元前1800年に消滅した鐘状ビーカー複合(Bell Beaker Complex)の担い手においては、イベリア半島とヨーロッパ中央部の集団で遺伝的類似性が限定的にしか認められませんでした(Olalde et al., 2018、関連記事)。鉄器時代にユーラシア内陸部で大きな勢力を有したスキタイも遺伝的には多様だった、と明らかになっています(Gnecchi-Ruscone et al., 2021、関連記事)。類似した文化が拡大し、拡大先の各地域の人類集団の遺伝的構成が一定以上変容しても、各地域間の遺伝的構成には明確な違いがある事象は、遊牧民で見られる頻度が高い傾向にあるのかもしれません。

 これ以外というか、(1)と(2)の複合的な事例が中国のフェイ人(Hui)です(Wang et al., 2019、関連記事)。フェイ人(回族)は遺伝的には多数の人口を有する漢人などアジア東部系と近縁ですが、父系(Y染色体ハプログループ)ではユーラシア西部系集団の影響が見られ、漢人とは異なる多くの文化要素を有しています。フェイ人においては、常染色体ゲノムではアジア東部系集団の遺伝的継続性が見られるものの、ユーラシア西部系集団に由来するY染色体ハプログループ(YHg)の影響も一定以上(約30%)存在し、ユーラシア西部から到来した男性がフェイ人の文化形成に重要な役割を果たした、と考えられます。フェイ人の場合、基本的には(常染色体ゲノムでは)集団の強い遺伝的継続性が認められるものの、YHgでは一定以上の外来要素があり、文化変容に貢献した、と言えそうです。

 より状況が複雑なのは、新石器時代から青銅器時代にかけてのオークニー諸島の事例です(Dulias et al., 2022、関連記事)。鐘状ビーカー複合の到来はブリテン島の人類集団の遺伝的構成を劇的に変えましたが(Olalde et al., 2018)、同時期のオークニー諸島では鐘状ビーカー複合および関連する物質文化の少なさから、大規模な人類集団の移住はなかった、と推測されていました。しかし常染色体ゲノム解析では、オークニー諸島でも同時期にブリテン島と同様にヨーロッパ大陸部からの大規模な移住を示す結果が得られました。ところが、オークニー諸島でも少なくともウェストレー島では、新石器時代以来のYHgが青銅器時代まで続いており、YHgでもこの時期にほぼ完全な置換があったブリテン島とは大きく異なります。石器時代から青銅器時代にかけてのオークニー諸島の事例は、常染色体ゲノムでは(3)に近く、父系(YHg)に注目すると(2)に近いと言えるでしょう。すでに20世紀前半の時点で、人口流入は考古学的痕跡がほとんど特定されない場合でさえ起きたかもしれない、と強調されており(Dulias et al., 2022)、オークニー諸島はその好例かもしれませんが、一方で在来父系(YHg)は続いており、人口移動や文化受容の在り様は複雑だった、と窺えます。この時期のオークニー諸島では、父系主体で外部から女性を迎え、男性が社会の主導権を掌握することで、新たな文化の顕著な流入が選択されなかったのかもしれません。

 縄文時代集団をめぐる状況もかなり複雑です。日本列島の縄文時代個体群的な遺伝的構成要素を有する個体は、朝鮮半島南岸で前期新石器時代から確認されており、中には遺伝的構成がほぼ日本列島の縄文時代個体群の個体も存在します(Robbeets et al., 2021)。これは、考古学において縄文時代における西日本と朝鮮半島との交流が明らかになっており、人的交流もあったと考えられるので、とくに不思議ではありませんが、この交流を過大評価すべきではない、とも指摘されています(山田.,2015,P129-133、関連記事)。注目されるのは、縄文文化の影響がほとんどないと言われている先島諸島において、沖縄県宮古島市長墓遺跡の紀元前9~紀元前6世紀頃の個体の遺伝的構成が日本列島の縄文時代個体群とほぼ同じことです(Robbeets et al., 2021)。これは、文化的類似性から先島諸島の先史時代集団の起源が台湾にある、との見解とは対照的です。遺伝的構成を日本列島の縄文時代個体群的な遺伝的構成の集団は、縄文文化の範囲を越えて拡大していた可能性が高い、というわけです。これは、(2)担い手の遺伝的継続を伴う文化変容(元々は縄文文化の担い手ながら、先島諸島に到来してすぐに台湾などとの交流により文化が変容)とも、(3)担い手の遺伝的変容・置換と文化の継続(台湾の人類集団と遺伝的にも文化的にも近い人類集団を遺伝的には置換したものの、文化を強く継承)とも考えられますが、他地域の事例とともに、遺伝的構成と民族、さらに文化とを安易に結びつける危険性が浮き彫りになっている、と言えるでしょう。

 このように人類集団の遺伝的構成と文化との関係は多様なので、個々の事例について断定することは難しくなっています。上述のように、現代の日本列島「本土」集団のゲノムに占める縄文時代集団的な遺伝的構成要素の割合は9~15%程度と推定されていますが、だからといって、その後の日本列島「本土」の文化に縄文文化は影響をほとんど与えなかった、とは断定できません。日本列島における縄文時代晩期から現代までの人類集団の遺伝的構成の変容が短期間の急激なものではなく、長期の漸進的なものだったとしたら、短期間に多数の移民がユーラシア大陸部から日本列島へと到来したとは考えにくいことからも、縄文文化がその後の日本列島「本土」の文化に一定以上の影響を与えた可能性も考えられます。他にも言及すべき事例は多々ありますが、私の知見と気力の不足のため、ここまでとします。


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神澤秀明、角田恒雄、安達登、篠田謙一(2021)「佐賀県唐津市大友遺跡第5次調査出土弥生人骨の核DNA分析」『国立歴史民俗博物館研究報告』第228集P385-393
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呉汝康著、谷豊信翻訳(1981)「中国古人類学30年」『人類學雜誌』第89巻第2号P127-135
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山田康弘(2015)『つくられた縄文時代 日本文化の原像を探る』(新潮社)
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吉田泰幸(2017)「縄文と現代日本のイデオロギー」『文化資源学セミナー「考古学と現代社会」2013-2016』P264-270
https://doi.org/10.24517/00049063
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この記事へのコメント

NT
2022年06月06日 08:06
生物は、個体ほどでないとしても集団単位でも置き換わって行くのがルールですね。最新情報の完璧な整理を感謝します。
管理人
2022年06月06日 09:54
過去記事からの流用の多い文章ですが、一応は最近の研究も取り入れました。お読みいただきありがとうございます。