後期更新世のマンモスステップの環境DNA

 取り上げるのがたいへん遅れてしまいましたが、後期更新世のマンモスステップ(独特な植生群落と野生動物群集の中でマンモスが生息していた環境)の環境DNAを報告した研究(Wang et al., 2021)が公表されました。最後の氷期・間氷期周期において、北極生物相は大きな気候変動を経ましたが、そうした変化に対する生物相の応答の性質や規模や速度については解明があまり進んでいません。マンモスステップの最盛期だった後期更新世となる5万年前頃の北極の生態系については論争が続いており(関連記事)、二つの有力説が提唱されています。

 おもに古生物学で主張される一方の有力説は、マンモスやバイソンなどの草食動物が1年を通して生息する広大な草原だった、と推測します。おもに古植物学で主張されるもう一方の有力説は、それよりも多様な生態系で、ステップやツンドラなどが混在し、時空間的に多様な動物が共存していた、と推測します。花粉から判断される植物群落には、乾燥適応種と湿地種、暖地選好種と耐寒種が混在しており、これを単一群落と考えるにはあまりに多様過ぎる、というわけです。しかし近年では、この植物群落が風で飛ばされた花粉の集まりではなく、じっさいに植物相として存在した、と明らかになってきており、現存するどの生物相とも大きく異なるこうした生物相はマンモスステップと呼ばれています。

 この研究は、北極各地の過去5万年にわたる計535点の永久凍土・湖沼堆積物試料を分析した、古代の植物群落および哺乳類群集の大規模な環境DNAメタゲノム研究について報告します。この研究はさらに、参照配列として作成された、現代の植物標本1541点のゲノムアセンブリも提示します。この研究により、北極生物相の周極規模および地域規模での長期的動態に関して、いくつかの洞察が得られました。おもな知見は以下の通りです。

 (1)最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)の間、北極域では比較的均質なステップ–ツンドラ植物相が優占していましたが、その後の完新世には地域によって植生に相違が見られるようになりました。(2)ある特定のグレーザー(体重900kg以上となる、おもに草本を採食する動物)が、時空間的に一貫して共存していました。(3)人類は、動物の分布の駆動要因としては主要なものではなかった、と考えられます。つまり、大型動物種の絶滅要因としては、人類の狩猟活動よりも気候の温暖化と湿潤化の進展が重要だったことを示唆しています。(4)有効降水量の多さが、湿地植物の比率の上昇とともに、動物の多様性に負の影響を及ぼしていました。

 (5)シベリア北部のステップ–ツンドラ植生の持続により、現在は絶滅している複数の大型動物相種の存続が可能になり、ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)は3900±200年前、ケブカサイ(Coelodonta antiquitatis)は9800±200年前、ステップバイソン(Bison priscus)は6400±600年前まで生き延びました。絶滅が起きたのは、気候の温暖化と湿潤化が進み、最後まで残ったステップ–ツンドラの植生が消滅し、泥炭地になった時でした。(6)マンモスの環境DNAの系統発生学的解析から、過去に採取例のないミトコンドリア系統が明らかになりました。これらの知見から、古代環境メタゲノム解析の、集団史や長期的な生態学的動態の解明を進展させる能力が浮き彫りになります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


生態学:マンモスステップは見事に構成された生息環境だった

 マンモスステップ(独特な植生群落と野生動物群集の中でマンモスが生息していた環境)は、現代のどの生態系とも異なるユニークな生態系だったことを明らかにした論文が、Nature に掲載される。この研究は、広範な環境DNA解析に基づいており、過去5万年間にマンモスステップに生じた変化を説明するために役立ち、象徴的なマンモスの絶滅を含む大型動物相の消滅の時期と原因を解明する手掛かりになる。

 マンモスステップの最盛期だった後期更新世(約5万年前)の北極の生態系がどのようなものであったかについては論争が繰り広げられており、2つの有力説が提唱されている。マンモスやバイソンなどの草食動物が1年を通して生息する広大な草原だったとする研究報告がある一方で、それよりも多様な生態系で、ステップやツンドラなどが混在し、地域的・時間的に多様な動物が共存していたとする研究報告もある。

 今回、Eske Willerslevたちは、マンモスステップの構成を十分に理解するため、北極の535地点で採取された過去5万年間にわたる古代の動植物のものとされる環境DNAのサンプルを調べるとともに、北極の現生植物種(1500種以上)のDNAも解析して参照情報資源とした。Willerslevたちの見解では、マンモスステップは寒冷で乾燥した地域的に複雑なステップで、草、スゲ、被子植物、低木が生育していたと考えられ、2つの有力説の中間のどこかに位置付けられるものだったとされる。

 また、今回の研究では、これまで考えられていたよりも後の時代まで生き延びた動物種が複数存在したことも明らかになった。シベリア本土でのマンモス(3900年前)、ケブカサイ(9800年前)、バイソン(6400年前)の存在を示す証拠がある。この知見は、人類が数万年間にわたってこれらの大型動物種と共存していたことと、人類の狩猟活動が大型動物種の絶滅の重要な要因ではなかったことを示唆している。絶滅が起こったのは、気候の温暖化と湿潤化が進んで、最後まで残ったステップ–ツンドラの植生が消滅して、泥炭地になった時だった。


生態学:古代環境ゲノミクスから明らかになった後期第四紀の北極生物相の動態

生態学:マンモスステップの終わりの始まり

 最終寒冷期(Last Cold Stage)の後期(約5万年前以降)における北極生態系の性質に関しては、さまざまな議論がある。古生物学者たちが、豊かな植物相に支えられていたと考えられる豊富な動物相の存在を示しているのに対し、古植物学者たちは、この地では動物は年間を通して生息できなかったと論じ、異議を唱えている。花粉から判断される植物群落には、乾燥適応種と湿地種、暖地選好種と耐寒種が混在しており、これを単一群落と考えるにはあまりに多様過ぎるというのがその根拠だ。しかし近年、この植物群落が風で飛ばされた花粉の集まりではなく、実際に植物相として存在したことが明らかになってきており、現存するどの生物相とも大きく異なるこうした生物相は「マンモスステップ」と呼ばれている。今回E Willerslevたちは、5万年前までさかのぼる北極各地の環境DNA(eDNA)を広範に収集することで、この議論を収束に導いている。彼らは、新たに解読された北極の植物の塩基配列と合わせて、マンモスステップの最盛期、単子葉類と双子葉類の草本の混成状況、そしてそれらを採食した動物相について報告している。従来の見方と一致して、植物相組成の最終氷期極大期(約2万6000年前)へと向かう変化は、数千年前まで存続した避難地を除き、マンモスステップとそこで生息していたマンモスの終わりの予兆であった。



参考文献:
Wang Y. et al.(2021): Late Quaternary dynamics of Arctic biota from ancient environmental genomics. Nature, 600, 7887, 86–92.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04016-x

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