アラビア半島の旱魃とイスラム教の勃興

 イスラム教勃興期におけるアラビア半島の気候に関する研究(Fleitmann et al., 2022)が公表されました。日本語の解説記事もあります。約300年にわたりアラビア半島で強大な勢力を誇っていたヒムヤル王国の経済は農業と貿易に基づいており、アフリカ東部と地中海地域を結んでいました。しかし、ヒムヤル王国の政治的・経済的・宗教的支配力は6世紀初頭に低下し、525年にアクスム王国の攻撃を受けて滅亡しました。ヒムヤル王国の滅亡後、政治は混乱して社会経済は変化し、かつてヒムヤル王国の人々を支えた大規模な灌漑設備は放棄されました。

 こうした変化により、アラビア半島の主要な政体が次々と損なわれ、7世紀初頭のイスラム教誕生の準備が整った、と通説では考えられています。こうした社会の激変は、社会政治的な要素に注目して説明されてきました。しかし、アラビア半島南部地域は旱魃が多く、その経済が雨水を使う灌漑農業に頼っていたことから、ヒムヤル王国は長期の乾期に対して脆弱だった、と考えられます。それにも関わらず、旱魃をヒムヤル王国衰退の一因と考える見解はこれまであまりありませんでした。

 この研究は、中東とアフリカ東部の水文的・歴史的・考古学的記録と、オマーン北部の石筍から新たに得られた高精度の降水量記録を組み合わせました。この研究は、これらの地域は6世紀を通して旱魃に見舞われ、500~530年の乾燥が最も厳しかった、と示しました。この研究は、アラビア半島南部で乾燥が頂点に達した時期と、ヒムヤル王国が突然滅亡した時期が一致していることから、これら2つの出来事の関連性を示唆しています。この研究は、こうした相関性は必ずしも因果関係を示すものではない、と強調しているものの、雨水に頼る農業を行なっていた地域で6世紀に長期の旱魃が起こった時期と、アラビア半島が歴史の転換期を迎え、政治的・社会宗教的な変革が数十年にわたり続いた時期は一致しています。


参考文献:
Fleitmann D. et al.(2022): Droughts and societal change: The environmental context for the emergence of Islam in late Antique Arabia. Science, 376, 6599, 1317–1321.
https://doi.org/10.1126/science.abg4044

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