平山優『戦国の忍び』

 角川新書の一冊として、KADOKAWAから2020年9月に刊行されました。電子書籍での購入です。日本社会において忍者は創作で重要な地位を占めており、それは近現代に限らず江戸時代に始まります。しかし、虚構としての忍者が浸透するにつれて、実在した「忍の者」の実像は霞んでいき、戦後歴史学では長きにわたって忍の者を解明しようとする動きはほぼ皆無となりました。本書は、戦後歴史学が軽視というかほぼ無視されていた戦国時代の忍びに関して、史料を博捜してその実態を解明していきます。

 戦後歴史学で忍の者が無視された理由として、そもそも隠密の活動を任務とするので史料に記録されることはほとんどない、と考えられていたことがあるようです。私も漠然とそう考えていましたが、忍者研究は2010年代になって本格化したそうで、本書もそうした研究を踏まえてさまざまな史料に垣間見える忍の者の実態を取り上げていき、これは興味深いものでした。本書は、忍びが最も活躍した戦国時代の広範な地域を対象として、その消滅までを見通した概説になっています。忍者研究は今後さらに盛んになっていきそうで、本書はその入門書的役割を長く担うことになりそうです。

 本書はまず、江戸時代の忍びに関する認識を取り上げます。1806年(以下、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)成立の『武家名目抄』によると、忍者とは間諜・間者・諜者と同義で、その役目は、敵情報の収集、敵地に潜入しての放火や暗殺などです。こうした職掌は正規のものではなく、忍者の出自は盗賊が多く、元々は庶民や足軽や乱波や透波など一様ではなかったようで、そもそも忍の者の呼称は多様でした。伊賀国や近江国甲賀では、地侍が多く、合戦に明け暮れて間諜の術に長じるものが多く、各地の大名が召し抱えていった、と認識されていました。戦国時代の生き残りがまだ少なからずいた1618年に完成した『軍法侍用集』では、忍びに関する記述が全体の1/4になっており、戦国時代には忍びが重視されていた、と窺えます。一方で、江戸時代初期までに成立した『甲陽軍鑑』からは、乱波や透波など忍の者が、人品卑しく素行不良として武士から蔑視されていたことも窺えます。

 このように忍びは蔑視されつつも、戦国時代における特殊技能者として戦国大名には重宝されていたようです。忍の者は略奪にも従事し、それを武士が羨ましがって真似しようとすることもあったようですが、忍びの任務は高度な技能なので容易ではなく、大名が分国法で禁ずることもありました。忍の者と武士とは身分が明確に区分されていたようで、武士への褒美が知行加増だったのに対して、銭や織物や官途などだったようです。また本書は、戦国大名が忍びを重用した一因として、領内の悪党の取り締まりがあった、と指摘します。忍びには悪党と呼ばれるような者が多く取り立てられ、そうした悪党について詳しく知る者に悪党を取り締まらせた、というわけです。本書は最後に、江戸時代における忍び認識がおおむね史実に基づいていた、と指摘します。

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