『卑弥呼』第86話「偽りのお告げ」

 『ビッグコミックオリジナル』2022年5月20日号掲載分の感想です。前回は、金砂(カナスナ)国と出雲の危機にどう対処するのか、イクメに尋ねられたヤノハが、答えは決まっている、と力強く言うところで終了しました。今回は、山社国(ヤマトノクニ)の千穂(現在の高千穂でしょうか)で、まだ洞窟に閉じ込められているヤノハが、わずかな大きさの穴を通じてヌカデと話し合っている場面から始まります。豊秋津島(トヨアキツシマ、本州を指すと思われます)の宍門(アナト)国のニキツミ王にとって隣国に進軍した鬼国(キノクニ)は喫緊の脅威なので、山社が金砂と出雲に援軍を派遣するのは歓迎だろうが、山社の同盟国である那(ナ)と伊都(イト)と末盧(マツラ)と都萬(トマ)の4ヶ国の王は挙兵に賛成するのか、ヌカデは危惧していました。豊秋津島の戦にわざわざ介入して無用な血を流したくない、というわけです。そもそも、九州の諸国がヤノハを倭全体の王として擁立したのは、戦をやめようと宣言したからだ、とヌカデは指摘します。するとヤノハは、同盟の4ヶ国の宮司はどうだ、と尋ねます。4ヶ国の宮司とは、那の最高宮司である島子(シマコ)はミマアキとともに日下(ヒノモト)に向かったトメ将軍なので、代理は日の守(ヒノモリ)、伊都は禰宜のミクモ、末盧と都萬は巫身(ミミ)が最高位です。4人の宮司は自国の王以上に金砂と出雲への援軍派遣に反対するぞ、とヌカデはヤノハに指摘します。そもそも、出雲の大穴牟遅(オオアナムチ)は天照大御神や月読命(ツクヨノミコト)とは何の関係もない神だからだ、というわけです。しかし、宮司たちが戦に賛成すれば、王たちも耳を貸さないわけにはいかないだろう、とヤノハ指摘します。どう説得するつもりなのか、とヌカデに問われたヤノハは、千穂に来るよう、4人の宮司に手紙を出せ、とヌカデに命じます。またヤノハは、洞窟の前の巨岩を取り除く作業は、宮司たちが到着するまで待つよう、ヌカデに指示します。するとヌカデは、ヤノハが何か悪巧みを考えついたな、と悟ります。さらにヤノハは、千穂の邑の長であるウノメに会うよう、ヌカデに命じます。千穂のアララギの里に向かったヌカデはウノメに、アララギの里の神宝であるミケイリ王の鏡を借りたい、と頼みます。するとウノメは、この宝は元来、サヌ王(記紀の神武天皇と思われます)の末裔たる日見子(ヒミコ)様の持ち物なので、お借りしているのは自分たちの方だ、と答えます。

 その2日後、鬼国の本拠地の賀陽(カヨウ)では、事代主(コトシロヌシ)の一行が鬼国の館の近くの森に潜んでいると、物見(モノミ、間者)が戻ってきて、2日間見張ったものの、東西南北の門番は各2名で、砦内の兵もわずかと報告します。鬼国のほぼ全ての兵が金砂へ遠征した、というわけです。物見はたたら人を見なかったものの、館に明かりは灯っていました。総大将の温羅(ウラ)将軍はおそらく不在だ、と物見から報告を受けた事代主は、あえて危険を冒さねば勝利はない、と言います。事代主の一行は鬼国の館の城壁を乗り越えて侵入し、王宮らしき建物に突入します。しかしそこには、日下の配下となった吉備津彦(キビツヒコ)と多数の兵士が潜んでいました。謀られたと悟った事代主に対して、和議の申し出に来たのだ、と吉備津彦は言います。吉備津彦は事代主に、自分が鬼国をすでに滅ぼし、温羅将軍をたたら人の前で釜茹での刑に処した、と伝えます。つまり、金砂に進軍した鬼軍はもはや日下の手税で、事代主は金砂国のミクマ王に売られた、というわけです。ミクマ王が守りたいのは自分の命だけで、自国の民も出雲の現人神である事代主もどうでもよかったようだ、と吉備津彦に言われた事代主は、自分の首を所望しているのか、と吉備津彦に尋ねます。すると吉備津彦は、望みは一つだけで、日下の神々と事代主の神(大穴牟遅命)との和解だ、と答えます。大穴牟遅命は、須佐之男命(スサノオノミコト)の娘婿という偽りの説話を認めよ、との要求は以前断ったはずだ、と事代主に返答します。すると吉備津彦は、自分の主君であるフトニ王は父で、次の王となるクニクル様(記紀の孝元天皇、つまり大日本根子彦国牽天皇でしょうか)は腹違いり兄となり、日下の日見子であるモモソは双子の姉となるので、自分の発言はフトニ王の言葉と思ってもらいたい、と言ったうえで、大穴牟遅命を天照大御神の姪と認めて、モモソを娶ってもらえないか、と事代主に要求します。そうすれば、今生での現人神の地位は事代主の方が上になる、というわけです。

 千穂では、ウノメから借り出したミケイリ王の鏡がヤノハに届き、4人の宮司、つまり那の日の守と伊都の禰宜と末盧および都萬の巫身も到着し、ついに洞窟の前の巨岩が取り除かれました。すると、鏡に反射した日光を背にヤノハが現れ、天照大御神から神託を受けた、と伝えます。その内容は、出雲の大穴牟遅命は天照大御神の弟である須佐之男命の娘婿なので、海を越えて事代主を守れ、というものでした。出雲を擁する金砂国は確かに同盟関係にはないが、非道な国の行ないを見過ごすわけにはいかない、とヤノハが4人の宮司に告げるところで、今回は終了です。


 今回は、ついにヤノハが洞窟から脱出するとともに、本州と九州の情勢が深く絡み合ってくることを予感させ、大きく話が動いたと言えそうです。不気味な印象を漂わせていた鬼国があっさりと吉備津彦に滅ぼされたのは意外でしたが、吉備は前方後円墳の出現に重要な役割を果たしたと言われており、巨大前方後円墳もあるので、弥生時代後期から古墳時代にかけて大勢力だったと考えられます。その意味で、吉備津彦は本作の重要人物かもしれません。今回、吉備津彦がフトニ王の息子で、モモソは双子の姉と明かされました。双子の設定はともかく、これは『日本書紀』に従った設定になっています。この設定は、日下が事代主に大穴牟遅命を須佐之男命の娘婿とするよう以前から要求していたので、吉備津彦が日下に従ったさいに日下から要求されて受け入れたのかな、とも考えましたが、吉備は先代からすでに日下の圧力を受けており、フトニ王が息子の吉備津彦を次代の吉備の支配者として送り込んだ可能性も想定されます。いずれにしても、吉備津彦は日下の忠実な配下であり、おそらくは『日本書紀』の四道将軍の一人という設定なのでしょう。

 吉備津彦から圧力を受けた事代主がどう反応するのか、気になるところで、とりあえずは吉備津彦というか日下の要求を受け入れつつ、山社とその同盟国からの援軍を待って反撃するのでしょうか。ただ、ヤノハは以前事代主から聞かされていた、日下から事代主への要求を巧みに使って、同盟国に金砂国と出雲へ援軍を派遣させようとしています。ヤノハは民を思う事代主に、民のため、大穴牟遅命が須佐之男命の娘婿という設定を受け入れるよう、説得するのでしょうか。当分は、山社およびその同盟国と日下との関係が本作の軸となりそうで、これにヤノハと密約を結んでいる九州で最大の国である暈(クマ)がどう関わってくるのか、注目されます。記紀神話の内容がおおむね日下のものとなっていることから、最終的には日下が九州諸国を征服するとも予想されますが、ヤノハが日下から事代主への要求を巧みに利用しようとしていることから、そう単純な関係にはならないと考えられます。

 また、以前から気になっていましたが(関連記事)、山社のオオヒコは四道将軍の一人である大彦命(孝元天皇の息子)という設定だと考えられます。最終的には、山社が日下の設定を巧みに取り入れつつ、両者の間で何らかの合意が形成されて西日本の大半を統合した倭国が成立し、「首都」が山社(現在の宮崎県の一部)から日下の(現時点では疫病で荒廃した)都(現在の纏向遺跡と思われます)へと移るのかもしれません。ヤノハの息子のヤエトが今後どう関わってくるのか、魏への遣使の時点での「都」はどこなのかなど、今後も見どころは多く、日本列島に留まらない話が展開されそうなので、たいへん期待しています。

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