『卑弥呼』第87話「古の邑」

 『ビッグコミックオリジナル』2022年6月5日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが山社(ヤマト)の同盟国である那(ナ)と伊都(イト)と末盧(マツラ)と都萬(トマ)の宮司、つまり那の日の守と伊都の禰宜と末盧および都萬の巫身の前で、金砂国と出雲に援軍を派遣せよ、との天照大御神の神託(当然、ヤノハによる偽の神託ですが)を告げたところで終了しました。今回は、ヤノハが幼少時に過ごした故郷の日向(ヒムカ)の邑の東の森にいた、大陸から流れ着いた何(ハウ)という漢人(第40話)を回想している場面から始まります。何は藋(ディオ)という名の虎を飼っていました。数年前、藋は天寿を全うしました。人ならば90歳を超えた老人だ、と言う何に、これからどうするのか、とヤノハの義母が尋ねます。虎が死んだと知れば、海賊はこの浜を狙う、というわけです。しかし何は、ここ以外に行くところはない、と答えます。舟は直らないのか、とヤノハに問われた何は、6年修理したが無理だった、と答えます。するとヤノハの義母は、都萬(トマ)の北の穂波(ホミ)との国境にある、大陸の人が住む邑を何に伝えます。穂波の庇護下にある邑か、と何に問われたヤノハの義母は、守られているというより、手を出せない場所らしい、と答えます。小さな邑にどのような力があるのか、虎でもいるのか、と疑問に思う何に、穂波が生まれるはるか前の、400年も前からあったらしい、とヤノハの義母は伝えます。つまり、前漢よりも前に漢人(という分類を作中の舞台である紀元後3世紀に用いてよいのか、疑問は残りますが)がいたわけです。そこに行けば生き残れるぞ、とヤノハの義母に勧められた何は思案します。

 舞台は作中世界の現代に戻り、ヤノハは山社国(ヤマトノクニ)の楼観で、那(ナ)と伊都(イト)と末盧(マツロ)と都萬の王と会っていました。5ヶ国がそれぞれ百人の兵を送れば、数では鬼国(キノクニ)を圧倒する、と那のウツヒオ王は言いますが、伊都のイトデ王は、それでも我々が有利とは言えない、と指摘します。末盧のミルカシ王は、イトデ王が鬼国の武器を警戒しているのだと悟ります。鬼国の武器は鉄(カネ)なのに対して、我々の武器はほとんどが青銅(アオカネ)というわけです。都萬のタケツヌ王もイトデ王の危惧に同意します。ウツヒオ王は、武器のことはさておき、次に問題なのは兵をどこから運ぶかだ、と言います。那と宍門(アナト)の海峡(関門海峡でしょうか)は流れが速く、舟が通れない、というわけです。すると都萬のタケツヌ王が自国を使うよう提案しますが、ウツヒオ王はそれに感謝しつつも、都萬からでは遠すぎる、と指摘します。名案が浮かばない4人の王に対して、ヤノハは穂波から兵を送るのはどうか、と提案します。しかしミルカシ王は、穂波は暈(クマ)と通じた国だと懐疑的で、イトデ王も、穂波は今では我々と友好関係にあるが、他国の500人の兵を受け入れるほど信用していないだろう、とヤノハに指摘します。するとヤノハは、穂波のヲカ王も愚かではなく、鬼国の脅威について充分承知しているのではないか、とヤノハが言うと、ウツヒオ王は使者の派遣に同意します。するとヤノハは、穂波が通行の自由を認めてくらたなら、鉄に勝てる秘策を知る者の邑に行きたい、と言います。どこにそんな賢者がいるのかとのウツヒオ王の問いに、ヤノハが菟狭(ウサ、現在の大分県宇佐市でしょうか)の近くのある漢人の邑と答えると、ミルカシ王は、400年前に渡来し、さまざまな知恵を倭人に伝えたと言われる集団のことだと気づきます。

 鬼国では、吉備津彦(キビツヒコ)が捕虜となった事代主(コトシロヌシ)に、配下の者も含めて命を保証する、と伝えていました。吉備津彦は事代主の一行を、吉備の中山(ナカノヤマ)の麓にある吉備津彦の住まいである、茅萱館(チガヤノヤカタ)に連れていくつもりでした。風光明媚な吉備の穴海(現在の児島湾よりも広い内海)でも眺めながら、出雲の神を須佐之男(スサノオ)の娘婿と認めること、および吉備津彦の姉である日下(ヒノモト)のモモソとの縁組という吉備津彦からの提案をじっくり考えてほしい、というわけです。すると事代主は、日下国が自分を取り込みたいのは、3~4年に一度来襲する厲鬼(レイキ)、つまり疫病を日下の日見子(ヒミコ)であるモモソが対処できないからではないか、と吉備津彦に指摘します。しかし吉備津彦は答えず、配下に出立するよう命じます。茅萱館への連行中に、吉備の兵は14人なので隙を突けば倒せるかもしれない、と事代主の配下のシラヒコは考えるものの、手足を縛られているので、行動に移せません。シラヒコは誰かが近づいている気配を感じ、事代主が輿の中で神守(カミモリ)の身を案じていると、外での争いの声が聴こえます。事代主が輿から出ると、吉備の兵は倒されており、事代主を救ったのは、日下から九州へと帰る途中のトメ将軍とミマアキの一行でした。トメ将軍とミマアキは、道中で日下に捕縛されている人を見れば助けることにしている、と言い、事代主は感謝します。

 山社ではヤノハが、義母とともに何と会っていた頃のことを回想していました。何はヤノハの義母に、古くから住んでいるだけで倭人が手を出さないとは考えられない、と疑問を呈します。するとヤノハの義母は、人数は少ないが恐ろしく強く、その漢人の邑の者1人で容易に5人は殺せるそうだ、と答えます。何は藋を埋葬した翌日、ヤノハに別れを告げず姿を消しました。ヤノハは4人の王に、400年前、その漢人の邑の祖先が仕えた国は、ほとんど青銅の武器だったのに鉄の武器の国々を全て打ち破ったそうだ、と伝えます。その理由を聞いたウツヒオ王に、青銅でも鉄でもない強力な秘密の武器を持っていたからだ、とヤノハが答えるところで今回は終了です。


 今回は、久々にトメ将軍とミマアキが登場し、いよいよ九州と本州および四国が本格的に関わってくることを予感させ、今後の展開がたいへん楽しみです。ヤノハは出雲を支援すると決め、那と伊都と末盧と都萬の王も同意しましたが、ヤノハはそのために、日下が事代主に要求した、出雲の神を須佐之男の娘婿と認めることも利用しており、これは後に事代主との関係で問題になりそうです。この点でも、山社国を中心とした(暈を除く)九州諸国と出雲との協調関係が問題なく進展するとは思えません。それ以上に注目されるのは、強力な秘密の武器を持っているとされる漢人の邑です。この邑は菟狭の近くにあるそうですが、以前、菟狭の山には祈祷女(イノリメ)の集団が住んでおり、歴代の日見子の多くがこの地の出身だ、とトメ将軍がミマアキに語っています(第55話)。漢人の邑がそのこととも関連しているのか、秘密の武器とは何なのか、ということも注目されます。

この記事へのコメント