デニソワ人と考えられるラオスで発見されたホモ属の歯(追記有)
ラオスで発見されたホモ属の歯に関する研究(Demeter et al., 2022)が公表されました。前期~後期更新世にかけて、ホモ・エレクトス(Homo erectus)の存在はアジア、とくに現在の中国とインドネシアでよく証明されています。しかし、アジアにおけるほとんどの中期更新世後期のホモ属標本の分類学的帰属は、依然として論争になっています(関連記事)。中華人民共和国黒竜江省ハルビン市で、1993年に松花江(Songhua River)での東江橋(Dongjiang Bridg)の建設中に発見された頭蓋の最近の分類記載と分析は、新たな標本を新種ホモ・ロンギ(Homo longi)に分類することによりこの議論を再燃させましたが(関連記事)、この新たな分類群は激しく議論されています。じっさいハルビン頭蓋は、大茘(Dali)人や許家窯(Xujiayao)人や許昌(Xuchang)人(関連記事)や華龍洞(Hualongdong)人(関連記事)など、中期更新世~後期更新世初期の他のアジアのホモ属標本との類似性を示します。
これらの化石は、ホモ・エレクトスとは異なる分類群に属すると考えられており、よく包括的な標識である「古代型のヒト(archaic humans)」として分類されています。そうした化石群は、ネアンデルタール人的形質を含む特徴の組み合わせのため、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や、分類に議論があるものの種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の姉妹分類群に帰属する、と提案されてきました。デニソワ人と分類された化石は現時点では少なく、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたデニソワ2号(左下顎大臼歯)とデニソワ3号(手の指骨)とデニソワ4号(左上顎第三大臼歯)とデニソワ8号(上顎大臼歯)、およびチベット高原の端の中華人民共和国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見された下顎骨(夏河下顎)くらいです(関連記事)。これらの化石からは、その形態の全体像が得られていません。なお、本論文では言及されていませんが、最近になって、デニソワ洞窟で発見された骨片の中に、ミトコンドリアDNA(mtDNA)分析でデニソワ人と分類されたものが3点(デニソワ19・20・21号)あります。ただ、この3点の核DNA分析に成功すれば、ネアンデルタール人が父親かごく近親だと判明する可能性も考えられます(関連記事)。
デニソワ人の地理的分布も議論が続いています。現代のパプア人とオーストラリア先住民とオセアニア・メラネシア人とフィリピンのアエタ人(Ayta)集団、およびこれらの集団よりもずっと程度は低いもののアジア南東部本土人口集団には、デニソワ人に由来するゲノム領域があります(関連記事1および関連記事2)。古プロテオーム(タンパク質の総体)解析(プロテオミクス)と形態計測分析の組み合わせにより最近、夏河下顎がデニソワ人に分類されると示唆され、その既知の範囲はチベット高原にまで拡大しました(関連記事)。しかし、現代アジア南東部人口集団へのデニソワ人の遺伝的痕跡を説明する化石は、中期更新世化石記録の少なさのためまだなく、アジア南東部大陸部においてホモ属系統が1系統しか存在していなかったのか、複数系統が共存していたのか、不明のままです。本論文は、アジア南東部大陸部の明確な中期更新世ホモ属標本を初めて提示し、その分類学的帰属とこの地域におけるホモ属進化への示唆を論じます。
2018年12月、ラオスのフアパン(Huà Pan)県に位置するタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2)の角礫岩の塊から、人類の永久歯の下顎大臼歯が回収されました。タム・グ・ハオとは「コブラ洞窟」という意味で、北緯20度12分41.5秒、東経103度24分32.2秒に位置します(図1)。洞窟が形成されたこの塔カルストは、ポウロイ山(P’ou Loi Mountain)の南東側に位置しており、入口は沖積平野の34m上にあります(図1a)。この遺跡は、現生人類(Homo sapiens)が以前に回収されたタムパリン(Tam Pa Ling)洞窟(関連記事)周辺地域の調査中に発見されました。以下は本論文の図1です。
人類の歯(TNH2-1)は左下顎永久歯の大臼歯の歯冠芽で、初期歯根形成と組み合わされた咬合および隣接歯間の摩耗がないため、この個体の死亡時には永久歯は萌出していなかった、と示唆されます(図2a~f)。この歯の形態は、下顎第一もしくは第二大臼歯のどちらかの帰属と一致します。いずれの場合でも、歯根の初期成熟段階を考えると、現代人の発達基準に従うならば、この歯は3.5~8.5歳程度の学童期(juvenile)個体に属します。以下は本論文の図2です。
本論文では、THN2-1を最適に記録するため、形態学的分類記載と比較分析が実行されます。特定の標本抽出実施要綱も開発され、歯冠の咬合面形態を維持しながら、古プロテオーム解析と将来の同位体分析の標本抽出が可能となります。これらの破壊的分析の標本抽出は歯全体のマイクロCT後に行なわれ、完全な形態学的データが確実に保存されます。標本の年代の古さと堆積物および化石のある熱帯条件を考えて、古代DNA分析のための追加の標本抽出は実行されません。分子分析のため歯の組織を収集する侵襲的標本抽出戦略は、歯冠下側の遠位部にのみ焦点が当てられ、歯冠近位部を無傷に保ちます。
●状況と年代測定
洞窟から回収された化石の堆積状況と化石生成論的歴史の包括的かつ多角的数量評価を得るため、堆積物の地質環境と層序と微細形態が分析されました。調査対象の入口通路を埋めている部分的に浸食された堆積物は、浸食面と未知の期間により分離された堆積物の蓄積の2段階を表す、上下の相で構成されています(図1b)。下層相(岩石ユニット1、略してLU1)は弱く固まっており、化石を含まない砂岩沈泥粘土堆積物を形成しています(図1e)。上層の化石相(LU2)はよく固まっていて粗粒で、カルスト内の石灰岩砕屑物やカルスト外の丸い小石(礫)を含み、ひじょうに固い角礫岩・礫岩性の層を形成し、骨格遺骸、とくに歯がそこから高頻度で回収されました(図1d)。
両相間の岩石の変化は、LU1で空間を侵食し、その上にLU2の堆積物が不整合に重なった大洪水と関連しているだろう、カルスト水文体系の再構成を反映している可能性が最も高そうです。LU2の堆積物は、この研究で発掘された露出部全体で横方向に連続し、密に埋まっているので、物質の大きな再堆積はなく、人類の歯を含むその内部に含まれる化石の層序状態が確証されます。LU2は2つの炭酸塩流華石でおおわれており、水文と洞窟地表水の流出の最終的な変化と層状二次生成物の沈殿を示唆します(図1c)。
上部の化石を含む角礫岩(LU2)で回収されたウシ属の歯(TNH2-10/CC10とT NH2-11/CC11とTNH2-12/CC12)は、ウラン系列法と電子スピン共鳴法(ESR)の組み合わせ(US-ESR)を用いて直接的に年代測定され、151000±37000年前の加重平均年代推定値と188000~117000年前の範囲が得られました。上部(LU2)の2点の大きな角礫岩の塊(LCC3およびLCC2)と下部(LU1)の沈泥粘土(LCC3)の1点の塊が、ルミネッセンス(発光)年代測定のため除去されました(図1b)。これらの標本から、LU2の角礫岩については143000±24000年前(LCC1)および133000±19000年前(LCC2)と同年代が、下にあるLU1の沈泥粘土堆積物については248000±31000年前(LCC3)の年代が得られました。これらの年代は、上にある流華石(CCF1)の年代と層序学的に一致します。CCF1は、ウラン系列年代推定値の加重平均に基づくと、流華石炭酸塩の4点の別々の第二次標本の104000±2700年前より早く蓄積しました。ベイズモデル化が全ての独立した年代推定値で実行され、タム・グ・ハオ2洞窟遺跡と歯の全体的な地質年代学的枠組みが決定されました(図3)。歯を含む化石角礫岩は、164000~131000年前に堆積しました(信頼限界68%)。以下は本論文の図3です。
●動物相
タム・グ・ハオ2洞窟の動物相化石は、いくつかの巨大草食動物を含む大型哺乳類の遊離した歯が大半の、186点の同定された歯と顎の標本(NISP)から構成されます。その分析により、標本の外見と損傷の種類の観点で、カルスト体系の化石群の典型的な化石生成論的経路が明らかになりました。LU2の堆積と関連するエネルギーのため、大型哺乳類の歯だけが密集して存在し、小型脊椎動物の小さくて軽い歯がないことに気づきます。さらに、ほとんどの歯は、この地域の主要な蓄積媒介として知られるヤマアラシにより噛まれています。したがって、標本の保存状態が悪いと、記録された分類群のほとんどで種水準での識別ができなくなります。
動物相は現在の中国南部およびインドネシア北部の中期更新世後期の既知の動物相との密接な類似性があり、ジャワ島との類似性はそれよりも少なく、タム・グ・ハオ2遺跡の堆積物の年代と一致します。タム・グ・ハオ2遺跡の動物相は、「ステゴドン・ジャイアントパンダ動物相複合」に分類できます。前期更新世には存続していた新第三紀分類群と、そのうち主要な2種であり、この地域における30万年以上前の良好な指標である大型ハイエナ(Pachycrocuta brevirostris)とギガントピテクス・ブラッキー(Gigantopithecus blacki)の欠如が注目されます。古代型ステゴドンはアジアで、後期更新世末まで存続した可能性が最も高そうです。この地域の天蓋のある森林地帯に適応した、バク科やステゴドン属やサイ科を含む草食動物が回収されました。ウシ属種や小型のヤギ亜科やおそらくはサンバー(スイロク)であるシカ科(Rusa unicolor)などの動物も見つかり、これらは全て、閉鎖林もしくは中間的な林から開けた草地まで、食餌行動と好適生息地に大きな変動性を示す、と知られています。
●古代のタンパク質分析
歯の標本(TNH2-1)のエナメル質が、nanoLC-MS/MSと最近開発された古代エナメル質プロテオームに適用する手法を用いて分析されました。TNH2-1のプロテオームはエナメル質に特異的なタンパク質の一般的な一式から構成され、その全ては以前に更新世のエナメル質プロテオームで観察されました(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。エナメル質プロテオームでは続成作用のタンパク質修飾の水準が上昇し、古代の歯のエナメル質で以前に観察されたS-x-E(セリンとアミノ酸のどれかとグルタミン酸)配列パターン内のセリンのリン酸化が保存されています。プロテオーム組成と主食、およびこの研究での抽出と質量分析空白におけるこれらのタンパク質と一致するペプチドの欠如に基づくと、プロテオームデータは標本抽出されたエナメル質に由来する内在性タンパク質を示している、と考えられます。
残念ながら、現生人類(Homo sapiens)とデニソワ人とネアンデルタール人との間の配列の違いを有する、診断可能なアミノ酸位置に重なる高信頼度のペプチドはなく、古プロテオーム解析に基づくさらなる分類群の割り当てはできませんでした。これは、密接に関連する人類集団は歯と骨のプロテオームに基づいて区別できるものの、エナメル質のプロテオームは密接な系統近似性の状況では情報が少ない、と示唆する以前の研究と一致しています。それにも関わらず、TNH2-1のエナメル質から回収された配列をタンパク質配列が利用可能な人類と比較することにより、TNH2-1標本がホモ属に分類される、と分かりました。男性と診断できるアメロゲニンY(AMELY)に特定的なペプチドの欠如から、TNH2-1標本が女性個体か、AMELYに特定的なペプチドが機器の検出限界を超える分解のため観察されなかった、と示唆されます。
●歯の外部および内部構造分析
外部的には、TNH2-1の歯冠は、広義のホモ・エレクトスや中期更新世のホモ属やネアンデルタール人など更新世ホモ属で見られるものの、現代人では稀な粗い皺のパターンを示します。中間の下顎臼歯の三錐頂部は、ヨーロッパの中期更新世ホモ属とネアンデルタール人で一般的に記録されているようによく発達していますが、広義のホモ・エレクトスおよび現代人では欠如しているか弱くなっています。外面下では、歯のEDJ(象牙質とエナメル質の接合部)が5点の主要な先端および結節間隙の象牙質角と低くても連続した中間の下顎臼歯の三錐頂部を示します(図2および図3)。後者の特徴は一般的にネアンデルタール人で見つかりますが(大臼歯の位置に応じて80~100%)、広義のホモ・エレクトスと現生人類では低頻度です。さらに、TNH2-1のEDJはネアンデルタール人の大臼歯を想起させる下顎大臼歯近心舌側咬頭と、ホモ・エレクトスと類似した低い歯冠微細構成を示します。これらの特徴は、TNH2-1のEDJに存在するわずかな頬棚とともに、白石崖溶洞のデニソワ人の大臼歯のEDJに現れています。TNH2-1の象牙質はネアンデルタール人と現生人類のずっと高く比例してより近遠心で圧縮されたEDJや、広義のホモ・エレクトスのより短い象牙質角およびより密接に皺のある頬側窪みとは異なっています。
絶対寸法の観点では、アジアの中期更新世ホモ属のみがTNH2-1より大きな歯冠を有しています。TNH2-1の歯冠測定基準は、広義のホモ・エレクトスやホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)やアジアの中期更新世ホモ属やネアンデルタール人の変異内であるものの、ヨーロッパの中期更新世ホモ属のより小さな歯冠と更新世および完新世の現生人類とは統計的には異なります(図4)。歯冠組織の割合に関しては、TNH2-1は歯冠象牙質の割合が高く、絶対的にも相対的にもエナメル質の厚さの値により示されるように、適度に厚いエナメル質を有しています。これら歯冠組織の割合は、夏河下顎のほぼ摩耗していない第二大臼歯およびデニソワ4号の上顎大臼歯と一致しますが、全ての比較化石および現代人集団の変異内です。組織分布的なエナメル質の厚さの三次元地図からは、TNH2-1が下顎大臼歯遠心頬側咬頭と遠心咬頭の先端の頂点および歯冠の遠心頬面四分の一で最も暑いエナメル質を有している、と示されます。比較すると、他の全ての標本は全ての頬側咬頭に最も厚いエナメル質が分布し、集団間および臼歯の位置間でさえ、歯冠の頬側に拡大する傾向にあります。夏河下顎標本の第二大臼歯は、頬側歯冠側面に沿って広がるより厚いエナメル質を有していますが、その分布パターンは咬合摩耗により部分的に消失しています。以下は本論文の図4です。
幾何学形態計測を用いて、TNH2-1のEDJ形状が更新世および完新世のホモ属集団と定量的に比較されました。標識および表面変形に基づく手法が用いられ、正準変量および集団間主成分分析ではともに、広義のホモ・エレクトスとヨーロッパの中期更新世ホモ属とネアンデルタール人と現生人類の間が同様に区別されます(図5)。CV2とbgPC1沿いに、ネアンデルタール人と現生人類のより高いEDJとより外部に位置する象牙質角が、ホモ・エレクトスの大臼歯のより低くより中心に位置する象牙質角と区別されます。CV2とbgPC1軸はネアンデルタール人を現生人類から分離し、ネアンデルタール人は現生人類よりも内部に位置する近心側象牙質角とより発達した遠心咬頭を有しています。TNH2-1は他の集団の範囲外に位置します。TNH2-1のEDJ形状は、ホモ・エレクトスの低い歯冠(ただ、CV2とbgPC1沿いに後者の集団の変異を超えます)とネアンデルタール人の大臼歯の先端位置(CV2とbgPC1沿いに変異範囲外だとしても)との中間に位置します。TNH2-1と最も形態学的に密接なのは、ネアンデルタール人的特徴も示すデニソワ人の夏河下顎標本です(図5)。以下は本論文の図5です。
●考察
アジアにおけるホモ属の最終的な進化的軌跡の再構築は、現時点では乏しい化石記録に依存しています。アジアの中期更新世後期の化石記録は、大陸東部にほぼ限られています。したがって、アジア南部のホモ属の進化を記録するこの期間の追加のホモ属遺骸が、以前の仮説を確証するか、新たな系統を明らかにするのに役立つかもしれません。TNH2-1の大臼歯のプロテオーム解析から、TNH2-1はおそらくホモ属の女性個体と示唆されます。
TNH2-1の外部および内部の歯冠構造組織の形態計測分析により、種の分類に関する多くの仮説を却下できます。TNH2-1は大きな歯冠寸法と複雑な咬合面を有しており、それはホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)やホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)や(関連記事)現生人類のより小さく形態的により単純な歯とは異なります(図4)。TNH2-1のEDJ形態はネアンデルタール人的特徴とホモ・エレクトス的特徴の混合を示し、夏河県の白石崖溶洞のデニソワ人標本第一大臼歯の形態とよく似ています(図5)。TNH2-1とホモ・エレクトスとの間の類似性は、おもに比例して低い歯冠と関連していますが、ホモ・エレクトスの大臼歯はより低い歯冠とより狭い咬合の窪みを示します(図2および図3)。TNH2-1はよく発達した中間の下顎臼歯の三錐頂部や内部に位置する近心象牙質角など明確なネアンデルタール人的特徴を示しますが、そのずっと低いEDJ形態と咬合の窪みがある点で異なります。
本論文で観察されたネアンデルタール人とTNH2-1との違いは、TNH2-1がネアンデルタール人に分類されることを除外せず、そうならばこれまでに最も南方と東方で発見されたネアンデルタール人化石となります。しかし、一様にTNH2-1の形態学的特殊性を、また夏河のデニソワ人標本の大臼歯との高度な形態および寸法の類似性を考えると、最も節約的な仮説は、TNH2-1がネアンデルタール人の姉妹集団であるデニソワ人に分類される、というものです。TNH2-1がじっさいにデニソワ人ならば、これは、低酸素環境の高地であるチベット高原の夏河下顎標本の最近の発見とともに、この更新世アジアの人口集団はひじょうに多様な環境に適応する高度な柔軟性を有していた、と示唆されるでしょう(関連記事)。
利用可能なデニソワ人の歯の遺骸は、デニソワ人とネアンデルタール人は姉妹分類群なので(関連記事)、いくつかの頭蓋と歯の特徴を共有すると予測される(関連記事)、という現在の古遺伝学的証拠と一致する特徴の混合を示唆します。これは、許家窯や許昌など中国で発見されたホモ属化石と関連づけられてきた特徴を含む、一方向性のメチル化の変化に基づくデニソワ人の骨格的特徴の可能性があると特定された、最近の分析(関連記事)によりさらに裏づけられます。デニソワ人はその巨大な歯(関連記事)、ネアンデルタール人的な歯冠の特徴、特徴的な歯の先端および歯根の形態で注目に値します。分子分析が欠如している場合、台湾海峡で発見された澎湖1(Penghu 1)下顎(関連記事)的な化石も含めて、アジアのホモ属の化石記録におけるこれらの組み合わされた特徴を探すことで、より多くのデニソワ人標本を特定するのに役立つかもしれません。
TNH2-1がネアンデルタール人集団に分類されるという代替的仮説は、ネアンデルタール人のアジア南東部への侵入を意味し、可能性は低くとも即座には却下できません。広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)馬壩(Maba)町や陝西省渭南市大茘(Dali)遺跡で発見されたホモ属化石について、ネアンデルタール人の可能性が議論されています。したがって、ラオスのタム・グ・ハオ2洞窟で発見されたTNH2-1標本は、デニソワ人女性個体である可能性が最も高く、164000~131000年前頃までにはアジア南東部本土の動物相と関連しています。この発見はさらに、アジア南東部大陸部がホモ属の多様性の熱点で、中期~後期更新世に少なくとも5種のホモ属が存在したことを証明します。それは、ホモ・エレクトス、デニソワ人(あるいはネアンデルタール人)、ホモ・フロレシエンシス、ホモ・ルゾネンシス、現生人類です。
以上、本論文についてざっと見てきました。デニソワ人の遺骸は、上述のようにチベット高原とシベリア南部のアルタイ山脈のみで確認されており、両者では堆積物でもデニソワ人(と少なくとも母系ではつながっている人類集団)の存在が確認されています(関連記事1および関連記事2)。上述のように、これ以外にも中国で発見された中期~後期更新世のホモ属遺骸にはデニソワ人に分類できるかもしれないものもありますが、まだ確証されていません。
これまで、ゲノムにデニソワ人由来と考えられる領域がある現代人集団の地理的分布(関連記事1および関連記事2)から、デニソワ人はアジア南東部にも分布していたのではないか、と推測されていました。本論文は、決定的ではないとしても、デニソワ人が中期更新世後期のアジア南東部に存在した可能性を強く示しました。その意味で、意外な発見ではありませんが、アジア南東部における中期更新世のホモ属遺骸の少なさを考えると、たいへん意義深いと言えるでしょう。
ラオスのタム・グ・ハオ2洞窟で発見されたTNH2-1標本がデニソワ人だとすると、動物相から当時の環境は熱帯雨林ではなさそうですが、シベリア南部のアルタイ山脈からチベット高原を経てアジア南東部にまで分布していたデニソワ人は、かなり多様な環境に適応できた可能性が高そうです。デニソワ人が高地環境に一定以上適応していた可能性は高く、現時点の証拠では、高地環境への拡散は現生人類よりもデニソワ人の方が早そうです(関連記事)。デニソワ人についての研究は2010年以降に始まり、ネアンデルタール人と比較して明らかになっていることはずっと少ないものの、人類史上ではネアンデルタール人以上に注目されるべき分類群かもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
進化:ラオスで見つかった更新世中期のヒト族の臼歯
ラオスのタム・グ・ハオ2洞窟で発見された更新世中期のヒト族のものとされる臼歯の標本について報告する論文が、Nature Communications に掲載される。この臼歯は、若いデニソワ人女性のものである可能性が指摘されており、東南アジアの人類集団史に関する私たちの理解を助けるかもしれない。
東南アジアの大陸部にヒト族が存在していたという理解は、主として限定的な石器記録とわずかな数のヒトの遺骸に基づいている。南アジアに1つ以上のヒト系統が存在していたかどうかは、分かっていない。東南アジアの集団の一部にデニソワ人の系統が残っていることが遺伝的解析によって示唆されているが、デニソワ人の地理的分布域については、いまだに活発に議論されている。
今回、Fabrice Demeter、Clément Zanolli、Laura Shackelfordたちは、ラオスのアンナン山脈にあるタム・グ・ハオ2(コブラ洞窟)という鍾乳洞で発見された臼歯について報告している。この洞窟からは、サイ、バク、サンバー(スイロク)などの動物の化石化した遺骸も出土した。今回の研究では、一連の年代測定法を用いて、臼歯の化石の周囲の堆積物が16万4000~13万1000年前のものと推定された。著者たちは、この臼歯は摩耗しておらず、生え終わってからあまり日がたっていなかったことを指摘し、この臼歯の持ち主は、死亡時の年齢が3.5~8.5歳だったと示唆している。この臼歯については、形態解析と共にエナメル質のタンパク質の解析も行われ、ヒト属個体の臼歯であることが示唆され、女性だったという見解が示された。また、幾何学的形態計測(三次元形状統計)を用いて、この臼歯の内部形態と外部形態を他のヒト族(ネアンデルタール人、現生人類、ホモ・エレクトス)と比較した結果、デニソワ人の臼歯である可能性が極めて高いことが示唆された。
著者たちは、今回の臼歯がネアンデルタール人のものである可能性を排除できないとしつつ、中国の夏河(シアホー)で出土したデニソワ人の標本の臼歯と類似していることが、自分たちの見解を裏付けているという見解を示している。著者たちは、この臼歯は、アジアにおけるヒト族の分散に関する理解を深め、アジアがヒト属のホットスポットであったことを実証していると結論付けている。
参考文献:
Demeter F. et al.(2022): A Middle Pleistocene Denisovan molar from the Annamite Chain of northern Laos. Nature Communications, 13, 2557.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-29923-z
追記(2022年5月19日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
これらの化石は、ホモ・エレクトスとは異なる分類群に属すると考えられており、よく包括的な標識である「古代型のヒト(archaic humans)」として分類されています。そうした化石群は、ネアンデルタール人的形質を含む特徴の組み合わせのため、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や、分類に議論があるものの種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の姉妹分類群に帰属する、と提案されてきました。デニソワ人と分類された化石は現時点では少なく、シベリア南部のアルタイ山脈のデニソワ洞窟(Denisova Cave)で発見されたデニソワ2号(左下顎大臼歯)とデニソワ3号(手の指骨)とデニソワ4号(左上顎第三大臼歯)とデニソワ8号(上顎大臼歯)、およびチベット高原の端の中華人民共和国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見された下顎骨(夏河下顎)くらいです(関連記事)。これらの化石からは、その形態の全体像が得られていません。なお、本論文では言及されていませんが、最近になって、デニソワ洞窟で発見された骨片の中に、ミトコンドリアDNA(mtDNA)分析でデニソワ人と分類されたものが3点(デニソワ19・20・21号)あります。ただ、この3点の核DNA分析に成功すれば、ネアンデルタール人が父親かごく近親だと判明する可能性も考えられます(関連記事)。
デニソワ人の地理的分布も議論が続いています。現代のパプア人とオーストラリア先住民とオセアニア・メラネシア人とフィリピンのアエタ人(Ayta)集団、およびこれらの集団よりもずっと程度は低いもののアジア南東部本土人口集団には、デニソワ人に由来するゲノム領域があります(関連記事1および関連記事2)。古プロテオーム(タンパク質の総体)解析(プロテオミクス)と形態計測分析の組み合わせにより最近、夏河下顎がデニソワ人に分類されると示唆され、その既知の範囲はチベット高原にまで拡大しました(関連記事)。しかし、現代アジア南東部人口集団へのデニソワ人の遺伝的痕跡を説明する化石は、中期更新世化石記録の少なさのためまだなく、アジア南東部大陸部においてホモ属系統が1系統しか存在していなかったのか、複数系統が共存していたのか、不明のままです。本論文は、アジア南東部大陸部の明確な中期更新世ホモ属標本を初めて提示し、その分類学的帰属とこの地域におけるホモ属進化への示唆を論じます。
2018年12月、ラオスのフアパン(Huà Pan)県に位置するタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2)の角礫岩の塊から、人類の永久歯の下顎大臼歯が回収されました。タム・グ・ハオとは「コブラ洞窟」という意味で、北緯20度12分41.5秒、東経103度24分32.2秒に位置します(図1)。洞窟が形成されたこの塔カルストは、ポウロイ山(P’ou Loi Mountain)の南東側に位置しており、入口は沖積平野の34m上にあります(図1a)。この遺跡は、現生人類(Homo sapiens)が以前に回収されたタムパリン(Tam Pa Ling)洞窟(関連記事)周辺地域の調査中に発見されました。以下は本論文の図1です。
人類の歯(TNH2-1)は左下顎永久歯の大臼歯の歯冠芽で、初期歯根形成と組み合わされた咬合および隣接歯間の摩耗がないため、この個体の死亡時には永久歯は萌出していなかった、と示唆されます(図2a~f)。この歯の形態は、下顎第一もしくは第二大臼歯のどちらかの帰属と一致します。いずれの場合でも、歯根の初期成熟段階を考えると、現代人の発達基準に従うならば、この歯は3.5~8.5歳程度の学童期(juvenile)個体に属します。以下は本論文の図2です。
本論文では、THN2-1を最適に記録するため、形態学的分類記載と比較分析が実行されます。特定の標本抽出実施要綱も開発され、歯冠の咬合面形態を維持しながら、古プロテオーム解析と将来の同位体分析の標本抽出が可能となります。これらの破壊的分析の標本抽出は歯全体のマイクロCT後に行なわれ、完全な形態学的データが確実に保存されます。標本の年代の古さと堆積物および化石のある熱帯条件を考えて、古代DNA分析のための追加の標本抽出は実行されません。分子分析のため歯の組織を収集する侵襲的標本抽出戦略は、歯冠下側の遠位部にのみ焦点が当てられ、歯冠近位部を無傷に保ちます。
●状況と年代測定
洞窟から回収された化石の堆積状況と化石生成論的歴史の包括的かつ多角的数量評価を得るため、堆積物の地質環境と層序と微細形態が分析されました。調査対象の入口通路を埋めている部分的に浸食された堆積物は、浸食面と未知の期間により分離された堆積物の蓄積の2段階を表す、上下の相で構成されています(図1b)。下層相(岩石ユニット1、略してLU1)は弱く固まっており、化石を含まない砂岩沈泥粘土堆積物を形成しています(図1e)。上層の化石相(LU2)はよく固まっていて粗粒で、カルスト内の石灰岩砕屑物やカルスト外の丸い小石(礫)を含み、ひじょうに固い角礫岩・礫岩性の層を形成し、骨格遺骸、とくに歯がそこから高頻度で回収されました(図1d)。
両相間の岩石の変化は、LU1で空間を侵食し、その上にLU2の堆積物が不整合に重なった大洪水と関連しているだろう、カルスト水文体系の再構成を反映している可能性が最も高そうです。LU2の堆積物は、この研究で発掘された露出部全体で横方向に連続し、密に埋まっているので、物質の大きな再堆積はなく、人類の歯を含むその内部に含まれる化石の層序状態が確証されます。LU2は2つの炭酸塩流華石でおおわれており、水文と洞窟地表水の流出の最終的な変化と層状二次生成物の沈殿を示唆します(図1c)。
上部の化石を含む角礫岩(LU2)で回収されたウシ属の歯(TNH2-10/CC10とT NH2-11/CC11とTNH2-12/CC12)は、ウラン系列法と電子スピン共鳴法(ESR)の組み合わせ(US-ESR)を用いて直接的に年代測定され、151000±37000年前の加重平均年代推定値と188000~117000年前の範囲が得られました。上部(LU2)の2点の大きな角礫岩の塊(LCC3およびLCC2)と下部(LU1)の沈泥粘土(LCC3)の1点の塊が、ルミネッセンス(発光)年代測定のため除去されました(図1b)。これらの標本から、LU2の角礫岩については143000±24000年前(LCC1)および133000±19000年前(LCC2)と同年代が、下にあるLU1の沈泥粘土堆積物については248000±31000年前(LCC3)の年代が得られました。これらの年代は、上にある流華石(CCF1)の年代と層序学的に一致します。CCF1は、ウラン系列年代推定値の加重平均に基づくと、流華石炭酸塩の4点の別々の第二次標本の104000±2700年前より早く蓄積しました。ベイズモデル化が全ての独立した年代推定値で実行され、タム・グ・ハオ2洞窟遺跡と歯の全体的な地質年代学的枠組みが決定されました(図3)。歯を含む化石角礫岩は、164000~131000年前に堆積しました(信頼限界68%)。以下は本論文の図3です。
●動物相
タム・グ・ハオ2洞窟の動物相化石は、いくつかの巨大草食動物を含む大型哺乳類の遊離した歯が大半の、186点の同定された歯と顎の標本(NISP)から構成されます。その分析により、標本の外見と損傷の種類の観点で、カルスト体系の化石群の典型的な化石生成論的経路が明らかになりました。LU2の堆積と関連するエネルギーのため、大型哺乳類の歯だけが密集して存在し、小型脊椎動物の小さくて軽い歯がないことに気づきます。さらに、ほとんどの歯は、この地域の主要な蓄積媒介として知られるヤマアラシにより噛まれています。したがって、標本の保存状態が悪いと、記録された分類群のほとんどで種水準での識別ができなくなります。
動物相は現在の中国南部およびインドネシア北部の中期更新世後期の既知の動物相との密接な類似性があり、ジャワ島との類似性はそれよりも少なく、タム・グ・ハオ2遺跡の堆積物の年代と一致します。タム・グ・ハオ2遺跡の動物相は、「ステゴドン・ジャイアントパンダ動物相複合」に分類できます。前期更新世には存続していた新第三紀分類群と、そのうち主要な2種であり、この地域における30万年以上前の良好な指標である大型ハイエナ(Pachycrocuta brevirostris)とギガントピテクス・ブラッキー(Gigantopithecus blacki)の欠如が注目されます。古代型ステゴドンはアジアで、後期更新世末まで存続した可能性が最も高そうです。この地域の天蓋のある森林地帯に適応した、バク科やステゴドン属やサイ科を含む草食動物が回収されました。ウシ属種や小型のヤギ亜科やおそらくはサンバー(スイロク)であるシカ科(Rusa unicolor)などの動物も見つかり、これらは全て、閉鎖林もしくは中間的な林から開けた草地まで、食餌行動と好適生息地に大きな変動性を示す、と知られています。
●古代のタンパク質分析
歯の標本(TNH2-1)のエナメル質が、nanoLC-MS/MSと最近開発された古代エナメル質プロテオームに適用する手法を用いて分析されました。TNH2-1のプロテオームはエナメル質に特異的なタンパク質の一般的な一式から構成され、その全ては以前に更新世のエナメル質プロテオームで観察されました(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。エナメル質プロテオームでは続成作用のタンパク質修飾の水準が上昇し、古代の歯のエナメル質で以前に観察されたS-x-E(セリンとアミノ酸のどれかとグルタミン酸)配列パターン内のセリンのリン酸化が保存されています。プロテオーム組成と主食、およびこの研究での抽出と質量分析空白におけるこれらのタンパク質と一致するペプチドの欠如に基づくと、プロテオームデータは標本抽出されたエナメル質に由来する内在性タンパク質を示している、と考えられます。
残念ながら、現生人類(Homo sapiens)とデニソワ人とネアンデルタール人との間の配列の違いを有する、診断可能なアミノ酸位置に重なる高信頼度のペプチドはなく、古プロテオーム解析に基づくさらなる分類群の割り当てはできませんでした。これは、密接に関連する人類集団は歯と骨のプロテオームに基づいて区別できるものの、エナメル質のプロテオームは密接な系統近似性の状況では情報が少ない、と示唆する以前の研究と一致しています。それにも関わらず、TNH2-1のエナメル質から回収された配列をタンパク質配列が利用可能な人類と比較することにより、TNH2-1標本がホモ属に分類される、と分かりました。男性と診断できるアメロゲニンY(AMELY)に特定的なペプチドの欠如から、TNH2-1標本が女性個体か、AMELYに特定的なペプチドが機器の検出限界を超える分解のため観察されなかった、と示唆されます。
●歯の外部および内部構造分析
外部的には、TNH2-1の歯冠は、広義のホモ・エレクトスや中期更新世のホモ属やネアンデルタール人など更新世ホモ属で見られるものの、現代人では稀な粗い皺のパターンを示します。中間の下顎臼歯の三錐頂部は、ヨーロッパの中期更新世ホモ属とネアンデルタール人で一般的に記録されているようによく発達していますが、広義のホモ・エレクトスおよび現代人では欠如しているか弱くなっています。外面下では、歯のEDJ(象牙質とエナメル質の接合部)が5点の主要な先端および結節間隙の象牙質角と低くても連続した中間の下顎臼歯の三錐頂部を示します(図2および図3)。後者の特徴は一般的にネアンデルタール人で見つかりますが(大臼歯の位置に応じて80~100%)、広義のホモ・エレクトスと現生人類では低頻度です。さらに、TNH2-1のEDJはネアンデルタール人の大臼歯を想起させる下顎大臼歯近心舌側咬頭と、ホモ・エレクトスと類似した低い歯冠微細構成を示します。これらの特徴は、TNH2-1のEDJに存在するわずかな頬棚とともに、白石崖溶洞のデニソワ人の大臼歯のEDJに現れています。TNH2-1の象牙質はネアンデルタール人と現生人類のずっと高く比例してより近遠心で圧縮されたEDJや、広義のホモ・エレクトスのより短い象牙質角およびより密接に皺のある頬側窪みとは異なっています。
絶対寸法の観点では、アジアの中期更新世ホモ属のみがTNH2-1より大きな歯冠を有しています。TNH2-1の歯冠測定基準は、広義のホモ・エレクトスやホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)やアジアの中期更新世ホモ属やネアンデルタール人の変異内であるものの、ヨーロッパの中期更新世ホモ属のより小さな歯冠と更新世および完新世の現生人類とは統計的には異なります(図4)。歯冠組織の割合に関しては、TNH2-1は歯冠象牙質の割合が高く、絶対的にも相対的にもエナメル質の厚さの値により示されるように、適度に厚いエナメル質を有しています。これら歯冠組織の割合は、夏河下顎のほぼ摩耗していない第二大臼歯およびデニソワ4号の上顎大臼歯と一致しますが、全ての比較化石および現代人集団の変異内です。組織分布的なエナメル質の厚さの三次元地図からは、TNH2-1が下顎大臼歯遠心頬側咬頭と遠心咬頭の先端の頂点および歯冠の遠心頬面四分の一で最も暑いエナメル質を有している、と示されます。比較すると、他の全ての標本は全ての頬側咬頭に最も厚いエナメル質が分布し、集団間および臼歯の位置間でさえ、歯冠の頬側に拡大する傾向にあります。夏河下顎標本の第二大臼歯は、頬側歯冠側面に沿って広がるより厚いエナメル質を有していますが、その分布パターンは咬合摩耗により部分的に消失しています。以下は本論文の図4です。
幾何学形態計測を用いて、TNH2-1のEDJ形状が更新世および完新世のホモ属集団と定量的に比較されました。標識および表面変形に基づく手法が用いられ、正準変量および集団間主成分分析ではともに、広義のホモ・エレクトスとヨーロッパの中期更新世ホモ属とネアンデルタール人と現生人類の間が同様に区別されます(図5)。CV2とbgPC1沿いに、ネアンデルタール人と現生人類のより高いEDJとより外部に位置する象牙質角が、ホモ・エレクトスの大臼歯のより低くより中心に位置する象牙質角と区別されます。CV2とbgPC1軸はネアンデルタール人を現生人類から分離し、ネアンデルタール人は現生人類よりも内部に位置する近心側象牙質角とより発達した遠心咬頭を有しています。TNH2-1は他の集団の範囲外に位置します。TNH2-1のEDJ形状は、ホモ・エレクトスの低い歯冠(ただ、CV2とbgPC1沿いに後者の集団の変異を超えます)とネアンデルタール人の大臼歯の先端位置(CV2とbgPC1沿いに変異範囲外だとしても)との中間に位置します。TNH2-1と最も形態学的に密接なのは、ネアンデルタール人的特徴も示すデニソワ人の夏河下顎標本です(図5)。以下は本論文の図5です。
●考察
アジアにおけるホモ属の最終的な進化的軌跡の再構築は、現時点では乏しい化石記録に依存しています。アジアの中期更新世後期の化石記録は、大陸東部にほぼ限られています。したがって、アジア南部のホモ属の進化を記録するこの期間の追加のホモ属遺骸が、以前の仮説を確証するか、新たな系統を明らかにするのに役立つかもしれません。TNH2-1の大臼歯のプロテオーム解析から、TNH2-1はおそらくホモ属の女性個体と示唆されます。
TNH2-1の外部および内部の歯冠構造組織の形態計測分析により、種の分類に関する多くの仮説を却下できます。TNH2-1は大きな歯冠寸法と複雑な咬合面を有しており、それはホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)やホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)や(関連記事)現生人類のより小さく形態的により単純な歯とは異なります(図4)。TNH2-1のEDJ形態はネアンデルタール人的特徴とホモ・エレクトス的特徴の混合を示し、夏河県の白石崖溶洞のデニソワ人標本第一大臼歯の形態とよく似ています(図5)。TNH2-1とホモ・エレクトスとの間の類似性は、おもに比例して低い歯冠と関連していますが、ホモ・エレクトスの大臼歯はより低い歯冠とより狭い咬合の窪みを示します(図2および図3)。TNH2-1はよく発達した中間の下顎臼歯の三錐頂部や内部に位置する近心象牙質角など明確なネアンデルタール人的特徴を示しますが、そのずっと低いEDJ形態と咬合の窪みがある点で異なります。
本論文で観察されたネアンデルタール人とTNH2-1との違いは、TNH2-1がネアンデルタール人に分類されることを除外せず、そうならばこれまでに最も南方と東方で発見されたネアンデルタール人化石となります。しかし、一様にTNH2-1の形態学的特殊性を、また夏河のデニソワ人標本の大臼歯との高度な形態および寸法の類似性を考えると、最も節約的な仮説は、TNH2-1がネアンデルタール人の姉妹集団であるデニソワ人に分類される、というものです。TNH2-1がじっさいにデニソワ人ならば、これは、低酸素環境の高地であるチベット高原の夏河下顎標本の最近の発見とともに、この更新世アジアの人口集団はひじょうに多様な環境に適応する高度な柔軟性を有していた、と示唆されるでしょう(関連記事)。
利用可能なデニソワ人の歯の遺骸は、デニソワ人とネアンデルタール人は姉妹分類群なので(関連記事)、いくつかの頭蓋と歯の特徴を共有すると予測される(関連記事)、という現在の古遺伝学的証拠と一致する特徴の混合を示唆します。これは、許家窯や許昌など中国で発見されたホモ属化石と関連づけられてきた特徴を含む、一方向性のメチル化の変化に基づくデニソワ人の骨格的特徴の可能性があると特定された、最近の分析(関連記事)によりさらに裏づけられます。デニソワ人はその巨大な歯(関連記事)、ネアンデルタール人的な歯冠の特徴、特徴的な歯の先端および歯根の形態で注目に値します。分子分析が欠如している場合、台湾海峡で発見された澎湖1(Penghu 1)下顎(関連記事)的な化石も含めて、アジアのホモ属の化石記録におけるこれらの組み合わされた特徴を探すことで、より多くのデニソワ人標本を特定するのに役立つかもしれません。
TNH2-1がネアンデルタール人集団に分類されるという代替的仮説は、ネアンデルタール人のアジア南東部への侵入を意味し、可能性は低くとも即座には却下できません。広東省韶関市(Shaoguan)曲江区(Qujiang)馬壩(Maba)町や陝西省渭南市大茘(Dali)遺跡で発見されたホモ属化石について、ネアンデルタール人の可能性が議論されています。したがって、ラオスのタム・グ・ハオ2洞窟で発見されたTNH2-1標本は、デニソワ人女性個体である可能性が最も高く、164000~131000年前頃までにはアジア南東部本土の動物相と関連しています。この発見はさらに、アジア南東部大陸部がホモ属の多様性の熱点で、中期~後期更新世に少なくとも5種のホモ属が存在したことを証明します。それは、ホモ・エレクトス、デニソワ人(あるいはネアンデルタール人)、ホモ・フロレシエンシス、ホモ・ルゾネンシス、現生人類です。
以上、本論文についてざっと見てきました。デニソワ人の遺骸は、上述のようにチベット高原とシベリア南部のアルタイ山脈のみで確認されており、両者では堆積物でもデニソワ人(と少なくとも母系ではつながっている人類集団)の存在が確認されています(関連記事1および関連記事2)。上述のように、これ以外にも中国で発見された中期~後期更新世のホモ属遺骸にはデニソワ人に分類できるかもしれないものもありますが、まだ確証されていません。
これまで、ゲノムにデニソワ人由来と考えられる領域がある現代人集団の地理的分布(関連記事1および関連記事2)から、デニソワ人はアジア南東部にも分布していたのではないか、と推測されていました。本論文は、決定的ではないとしても、デニソワ人が中期更新世後期のアジア南東部に存在した可能性を強く示しました。その意味で、意外な発見ではありませんが、アジア南東部における中期更新世のホモ属遺骸の少なさを考えると、たいへん意義深いと言えるでしょう。
ラオスのタム・グ・ハオ2洞窟で発見されたTNH2-1標本がデニソワ人だとすると、動物相から当時の環境は熱帯雨林ではなさそうですが、シベリア南部のアルタイ山脈からチベット高原を経てアジア南東部にまで分布していたデニソワ人は、かなり多様な環境に適応できた可能性が高そうです。デニソワ人が高地環境に一定以上適応していた可能性は高く、現時点の証拠では、高地環境への拡散は現生人類よりもデニソワ人の方が早そうです(関連記事)。デニソワ人についての研究は2010年以降に始まり、ネアンデルタール人と比較して明らかになっていることはずっと少ないものの、人類史上ではネアンデルタール人以上に注目されるべき分類群かもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
進化:ラオスで見つかった更新世中期のヒト族の臼歯
ラオスのタム・グ・ハオ2洞窟で発見された更新世中期のヒト族のものとされる臼歯の標本について報告する論文が、Nature Communications に掲載される。この臼歯は、若いデニソワ人女性のものである可能性が指摘されており、東南アジアの人類集団史に関する私たちの理解を助けるかもしれない。
東南アジアの大陸部にヒト族が存在していたという理解は、主として限定的な石器記録とわずかな数のヒトの遺骸に基づいている。南アジアに1つ以上のヒト系統が存在していたかどうかは、分かっていない。東南アジアの集団の一部にデニソワ人の系統が残っていることが遺伝的解析によって示唆されているが、デニソワ人の地理的分布域については、いまだに活発に議論されている。
今回、Fabrice Demeter、Clément Zanolli、Laura Shackelfordたちは、ラオスのアンナン山脈にあるタム・グ・ハオ2(コブラ洞窟)という鍾乳洞で発見された臼歯について報告している。この洞窟からは、サイ、バク、サンバー(スイロク)などの動物の化石化した遺骸も出土した。今回の研究では、一連の年代測定法を用いて、臼歯の化石の周囲の堆積物が16万4000~13万1000年前のものと推定された。著者たちは、この臼歯は摩耗しておらず、生え終わってからあまり日がたっていなかったことを指摘し、この臼歯の持ち主は、死亡時の年齢が3.5~8.5歳だったと示唆している。この臼歯については、形態解析と共にエナメル質のタンパク質の解析も行われ、ヒト属個体の臼歯であることが示唆され、女性だったという見解が示された。また、幾何学的形態計測(三次元形状統計)を用いて、この臼歯の内部形態と外部形態を他のヒト族(ネアンデルタール人、現生人類、ホモ・エレクトス)と比較した結果、デニソワ人の臼歯である可能性が極めて高いことが示唆された。
著者たちは、今回の臼歯がネアンデルタール人のものである可能性を排除できないとしつつ、中国の夏河(シアホー)で出土したデニソワ人の標本の臼歯と類似していることが、自分たちの見解を裏付けているという見解を示している。著者たちは、この臼歯は、アジアにおけるヒト族の分散に関する理解を深め、アジアがヒト属のホットスポットであったことを実証していると結論付けている。
参考文献:
Demeter F. et al.(2022): A Middle Pleistocene Denisovan molar from the Annamite Chain of northern Laos. Nature Communications, 13, 2557.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-29923-z
追記(2022年5月19日)
ナショナルジオグラフィックでも報道されました。
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