絵画配色の好みの普遍性
絵画配色の好みの普遍性に関する研究(Nakauchi et al., 2022)が公表されました。日本語の解説記事もあります。色は個人の好みに最も影響を与える視覚的要素の一つで、たとえば、洋服を選ぶ場合や、ロゴマークから企業の性格を想像する場合など、色は人の意思決定に大きな影響を与えます。プロダクトデザイナーは、色が消費者行動に与える影響をよく理解し、その効果を最大化するために活動しており、色のトレンドを予測する専門機関も存在するほどです。
色の重要性は絵画においても同様です。商業的な理由がない限り、画家は自分の個人的な美的経験を作品として表現しようとします。したがって、絵画の配色は純粋に画家の感性や色彩の好みが反映されたものと言えます。これまで、色に対する選好(好み)に関して多くの研究がなされてきましたが、好みは個人間の差異が大きく、また単一の色に対する研究がほとんどだったため、絵画などのように、多くの色のバランス(配色)に対する選好の科学的理解は充分には進んでいませんでした。
この研究は、絵画配色に対する選好を明らかにするために、絵画の空間構成と明度は変化させず、色だけを変化させるように、平均色を中心に各画素の色相を反時計回りに回転させました。こうした操作により、絵画に含まれる色の相互関係や平均的な鮮やかさなどは原画から変わらないものの、絵画配色に対する印象が大きく変化します。この操作により、90度、180度、270度色相を回転させた画像が用意され、原画を含めた4種類の画像に対して最も好きな配色を参加者に尋ねる実験が行なわれました(4肢強制選択法)。実験には、ポルトガルおよび日本(豊橋市美術博物館)において撮影した西洋画と日本画合計20作品、およびインターネット絵画ギャラリーから入手した20作品の合計40作品の絵画が用いられ、日本から90名、ポルトガルから45名が実験に参加しました。実験参加者は、芸術や美術について特別な教育は受けていませんでした。
実験の結果、日本人もポルトガル人も、それまで一度も目にしたことがない絵画に対しても、およそ70%の参加者が原画の配色を最も好む、と明らかになりました(無作為に選んでいた場合、25%となります)。この傾向は、空や人の顔など、特定の色と結びつく物体が絵画に描かれていないような、抽象画の場合でも同様でした。また、絵画に描かれている内容が分かりにくくなるよう1枚の絵画を小片に分割し、その位置をシャッフルした条件や、20枚の絵画の一部をパッチワークのように寄せ集めて作った画像に対しての同様の実験(図2)では、約60%の参加者が原画をシャッフルしたもの、あるいは原画を継ぎはぎしたパッチワークの配色を最も好む、と明らかになりました。以下は本論文の図2です。
これらの結果から、示唆されるのは、以下のようなことです。第一に、実験参加者が自分の好みにしたがって選んだ配色が、結果として画家の描いたものと一致したことは、美術教育の有無や文化的背景の違いにも関わらず、配色の魅力あるいは美しさに対する基準が、画家と一般人の間で一定程度は共通していることです。第二に、シャッフルしても原画が好まれることから、特定の色を連想させる物体が描かれているなど、記憶色が手がかりとなったのではなく、配色そのものに原画らしさを示す何らかの情報が存在することです。第三に、原画をパッチワーク状に継ぎはぎした画像に対しても原画配色が好まれたので、別の画家が描いた絵画にも何らかの共通した特徴が存在しており、画家も観察者も意識の有無に関わらず、それらを美しさ(魅力)として感じる生物学的な仕組みが存在することです。
この研究は、配色の魅力や美しさを感じるメカニズムは誰にでも備わっており、その特性は人に共通だろう、と考えています。SNSなどの写真に「良いね」と反応したり、衣服を選んだり、部屋の内装を決めたり、そうした意思決定の背後にあるメカニズムを明らかにすることで、きわめて個人的で主観的な存在と考えられている「美しさ」について、どのような要因が美しさに影響を与えているのか、そもそもなぜ美しさを感じる仕組みが人間に備わっているのか、そうした問いに答えることが期待されます。進化心理学的観点から、たいへん注目される研究だと思います。
参考文献:
Nakauchi S. et al.(2022):Universality and superiority in preference for chromatic composition of art paintings. Scientific Reports, 12, 4294.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-08365-z
色の重要性は絵画においても同様です。商業的な理由がない限り、画家は自分の個人的な美的経験を作品として表現しようとします。したがって、絵画の配色は純粋に画家の感性や色彩の好みが反映されたものと言えます。これまで、色に対する選好(好み)に関して多くの研究がなされてきましたが、好みは個人間の差異が大きく、また単一の色に対する研究がほとんどだったため、絵画などのように、多くの色のバランス(配色)に対する選好の科学的理解は充分には進んでいませんでした。
この研究は、絵画配色に対する選好を明らかにするために、絵画の空間構成と明度は変化させず、色だけを変化させるように、平均色を中心に各画素の色相を反時計回りに回転させました。こうした操作により、絵画に含まれる色の相互関係や平均的な鮮やかさなどは原画から変わらないものの、絵画配色に対する印象が大きく変化します。この操作により、90度、180度、270度色相を回転させた画像が用意され、原画を含めた4種類の画像に対して最も好きな配色を参加者に尋ねる実験が行なわれました(4肢強制選択法)。実験には、ポルトガルおよび日本(豊橋市美術博物館)において撮影した西洋画と日本画合計20作品、およびインターネット絵画ギャラリーから入手した20作品の合計40作品の絵画が用いられ、日本から90名、ポルトガルから45名が実験に参加しました。実験参加者は、芸術や美術について特別な教育は受けていませんでした。
実験の結果、日本人もポルトガル人も、それまで一度も目にしたことがない絵画に対しても、およそ70%の参加者が原画の配色を最も好む、と明らかになりました(無作為に選んでいた場合、25%となります)。この傾向は、空や人の顔など、特定の色と結びつく物体が絵画に描かれていないような、抽象画の場合でも同様でした。また、絵画に描かれている内容が分かりにくくなるよう1枚の絵画を小片に分割し、その位置をシャッフルした条件や、20枚の絵画の一部をパッチワークのように寄せ集めて作った画像に対しての同様の実験(図2)では、約60%の参加者が原画をシャッフルしたもの、あるいは原画を継ぎはぎしたパッチワークの配色を最も好む、と明らかになりました。以下は本論文の図2です。
これらの結果から、示唆されるのは、以下のようなことです。第一に、実験参加者が自分の好みにしたがって選んだ配色が、結果として画家の描いたものと一致したことは、美術教育の有無や文化的背景の違いにも関わらず、配色の魅力あるいは美しさに対する基準が、画家と一般人の間で一定程度は共通していることです。第二に、シャッフルしても原画が好まれることから、特定の色を連想させる物体が描かれているなど、記憶色が手がかりとなったのではなく、配色そのものに原画らしさを示す何らかの情報が存在することです。第三に、原画をパッチワーク状に継ぎはぎした画像に対しても原画配色が好まれたので、別の画家が描いた絵画にも何らかの共通した特徴が存在しており、画家も観察者も意識の有無に関わらず、それらを美しさ(魅力)として感じる生物学的な仕組みが存在することです。
この研究は、配色の魅力や美しさを感じるメカニズムは誰にでも備わっており、その特性は人に共通だろう、と考えています。SNSなどの写真に「良いね」と反応したり、衣服を選んだり、部屋の内装を決めたり、そうした意思決定の背後にあるメカニズムを明らかにすることで、きわめて個人的で主観的な存在と考えられている「美しさ」について、どのような要因が美しさに影響を与えているのか、そもそもなぜ美しさを感じる仕組みが人間に備わっているのか、そうした問いに答えることが期待されます。進化心理学的観点から、たいへん注目される研究だと思います。
参考文献:
Nakauchi S. et al.(2022):Universality and superiority in preference for chromatic composition of art paintings. Scientific Reports, 12, 4294.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-08365-z
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