集約農業の開始に先行するマヤ地域への南方からの人類の移住

 マヤ地域の古代人のゲノムデータを報告した研究(Kennett et al., 2022)が公表されました。高温多湿の新熱帯区における古代の骨格物質の保存状態の悪さは、後にマヤ地域となるメキシコ南東部および中央アメリカ大陸北部の、前期および中期完新世の人口史についてほとんど知られていないことを意味します。以前の古代DNA分析が示唆してきたのは、中央および南アメリカ大陸の最初の人々は、同地域の現代人集団と同様に、2つの創始者アメリカ大陸先住民の遺伝的系統のうちおもにより南方の子孫だった、ということです(関連記事)。

 刊行されたベリーズの初期完新世(較正年代で9400~7300年前頃)3個体は、この同じ大規模な北方から南方への人々の移動から派生した祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)と一致しますが、在来のマヤ語族話者人口集団も含めてメキシコおよび中央アメリカ大陸の現代人集団とは遠い関連性しか示しません(関連記事)。代わりに、マヤ地域の現代人は南アメリカ大陸人およびメキシコ先住民の両方と最大の類似性を示し、過去7300年間におけるこの地域での人口移動と混合のさらなる事象の可能性が示唆されます。この地域の遺伝的歴史は、新熱帯区を変容させた穀物栽培を含めて、文化と言語と技術の発展の理解に不可欠です。

 本論文は、ベリーズのブレードン自然保護区(Bladen Nature Reserve)の2ヶ所の岩陰遺跡(北緯16度29分28秒、西経88度54分37秒、海抜430m、図1)である、マヤハク・カブ・ペク(Mayahak Cab Pek、以下MHCP)とサキ・ツズル(Saki Tzul、以下ST)で最近発掘されたヒト遺骸群を調査します。これらのヒト遺骸は、過去1万年間のよく保存された骨格資料の無比の時代区間を提供します。これら岩陰遺跡の考古学的堆積物は12000年前頃(以下、基本的に較正年代です)にさかのぼり、50点以上の直接的に放射性炭素年代測定された個体を含みます。そのうち6個体は9600~6800年前頃で、47個体は5700~1000年前頃です。6800~5700年前頃にかけて、年代測定された被葬者の間隙が存在します。これらの個体群の安定同位体食性データ(炭素13コラーゲンと窒素15コラーゲンと炭素13燐灰石)は、4700年前頃以後に始まるトウモロコシ消費の増加を示しますが、この食性変化がより集約されたトウモロコシ栽培の地元の採用なのか、それともこの地域に移動してきたトウモロコシ農耕民の新たな人口集団を表しているのか、不明なままです。以下は本論文の図1です。
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 トウモロコシの栽培化はメキシコ南西部で9000年前頃に始まり、遺伝的および微小植物的データは、安定した穀粒が完全に発達するものとして定義される特徴一式が完全にそろう前の部分的な栽培化として、南方への初期拡散と南アメリカ大陸への7500年前頃以前の拡散を示唆します。トウモロコシの二次的改良は南アメリカ大陸で起き(関連記事)、選択により野生のテオシント前駆種の範囲を超えて、穂軸と種子の差異が増加しました。トウモロコシ栽培はコロンビア北西部とボリビアに7000年前頃までに広がりました(関連記事)。主食としてのトウモロコシの最初の証拠は、ペルー北岸のパレドネス(Paredones)に由来し、ヒトの歯の食性同位体は、直接的に年代測定された穂軸と一致して、6000~5000年前頃にトウモロコシが離乳食から主食へと変わった、と示唆します。トウモロコシ栽培は、パナマなど中央アメリカ大陸南部の一部地域では6200年前頃までに完全に確立しました。

 MHCP とSTの近くに位置するユカタン半島南東部の遺跡群の石器から回収されたデンプン粒と植物珪酸体化石は、トウモロコシ(Zea mays)とキャッサバ(イモノキ属種、Manihot sp.)とトウガラシ属種(Capsicum sp.)が中期完新世、おそらく早ければ6500年前頃には処理されていた、と示唆します。湖と湿地のコアからの古生態学的データ(花粉、植物珪酸体化石、炭)は、5600年前頃以後の初期トウモロコシ栽培と関連する燃焼および土地開墾の増加を示します。トウモロコシ栽培は最初の導入後には低水準で栽培されており、4700年前頃以後に森林開拓とトウモロコシに依拠した園芸の証拠がより多くなっています。森林開拓とトウモロコシ消費の増加は、地域的により生産性の高いトウモロコシ品種の出現と一致し、遺伝学的および形態学的データに基づいて、南アメリカ大陸から中央アメリカ大陸へと再導入された、と主張されてきました。

 5600年前頃以後となるユカタン半島南東部における燃焼と森林攪乱とトウモロコシ栽培の増加は、4700年前頃以後となるその後のトウモロコシ園芸のより集約的な形態と消費への変化とともに、おそらくは、(1)在来採食者園芸民によるトウモロコシおよび他の栽培植物の採用か、(2)トウモロコシの新品種を有するより園芸志向の人口集団の侵入か、(3)両者の組み合わせと関連している可能性があります。栽培化された植物と家畜化された動物を有する人々の拡散は、考古学的研究とゲノム規模古代DNA研究の組み合わせで、近東(関連記事1および関連記事2)やアフリカ(関連記事)やヨーロッパ(関連記事)やアジア中央部・南部・南東部(関連記事1および関連記事2および関連記事3)でよく記録されています。

 農耕を行なっている人口集団の南アメリカ大陸からカリブ海諸島への拡大は2500年前頃に始まり、考古学および遺伝学でよく記録されています(関連記事1および関連記事2)。しかし、アメリカ大陸本土では、一般的に受け入れられている帰無仮説は、園芸と後の農耕体系の拡大は通常、人々の移動ではなく、文化圏全体への作物と技術の拡散に起因する、というものです。本論文は、安定同位体食性データと9600~3700年前頃の直接的な加速器質量分析法(AMS)放射性炭素年代値のあるMHCPとSTの個体群の期間について、ゲノム規模データでユカタン半島南東部への園芸の拡散形態を調べます。この研究は、先住民団体との緊密な協力により行なわれました。


●遺伝学的分析結果

 28標本のDNAが分析され、120万ヶ所の一塩基多型標的でライブラリが濃縮され、各個体は網羅率の平均深度が0.002~3.6倍で配列されました(表1)。このうち7標本では、古代DNAに特徴的な損傷パターンと汚染率の基準を満たせなかったので利用できるデータが得られず、汚染率および/もしくは低網羅率のため、追加で4個体が主要な分析から除外されました。標本2点は同じ個体に由来する、と判断されました。その結果、20個体でDNAデータが得られました(上述のようにそのうち4個体は主要な分析から除外されます)。

 20個体のうち19個体でミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)が決定され、男性13個体のうち10個体でY染色体ハプログループ(YHg)が新たに報告されます。10個体のYHgはいずれもQ1a2a1a1です。遺伝的な性別決定は、骨学的評価の利用可能な11個体で一致します。1親等の1組(MHCP.17.1.C1とMCHP.17.1.1B)、2親等の1組(ST.16.1.3とST.16.1.2)、2親等か3親等の1組(MHCP.14.1.2AとST.16.1.1、1.5kmほど離れているMHCPとSTにそれぞれ埋葬されています)、より遠い親族関係かもしれない5組が特定されました。

 充分に高い網羅率の10個体について、hapROHを用いてROH(runs of homozygosity)が推定されました。ROHとは、両親からそれぞれ受け継いだと考えられる同じアレル(対立遺伝子)のそろった状態が連続するゲノム領域(同型接合連続領域)で、長いROHを有する個体の両親は近縁関係にある、と推測されます。ROHは人口集団の規模と均一性を示せます。ROH区間の分布は、有効人口規模と、1個体内のハプロタイプの2コピー間の最終共通祖先の時間を反映しています(関連記事)。

 この10個体は全て、4cM(センチモルガン)超となるいくつかの長い断片を示しており、人口規模が小さいことを示唆しますが、20 cM超となるひじょうに長い断片は少なく、密接な親族婚の回避が示唆されます。これらの個体が代表的標本との仮定に基づき、最近の祖先の有効人口規模(特定地域のじっさいの人口規模とは異なる可能性があります)が、初期の2個体では220~435人(95%信頼区間)、後期の8個体では503~811人と推定されました。

 主成分分析(PCA)を用いて、南・中央・北アメリカ大陸の古代と現代の個体群との関連において、古代の個体群の遺伝的構造が視覚化されます(図2a)。全個体は、高水準の遺伝的浮動の影響を減らすため、現代の人口集団の小規模な一式を用いて生成された軸に投影されました。9600~7300年前頃となる最古の個体群は、変動の主軸の交差近くに位置し、南アメリカ大陸の古代の個体群に最も近くなります。5600~3700年前頃の年代区分の個体群は、コロンビア北部およびベネズエラと中央アメリカ大陸南部のイスミアン(Isthmian)地域のチブチャ語族(Chibchan)(図1)の現代人話者(以下、チブチャ集団)の方向に動きます。マヤ語族の現代の話者(以下、マヤ集団)は5600~3700年前頃の個体群の近くに位置しますが、メキシコ西部および北部の集団へと動いています。軸の計算に用いられたさまざまな人口集団での代替的な主成分分析は、類似のパターンを示します。以下は本論文の図2です。
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 これらの観察に基づいて、f統計の使用により、ベリーズの古代の個体群と他の古代および現代の人口集団との間のアレル(対立遺伝子)共有の差異が測定されました。まず、外群f3統計が計算され、共有される遺伝的浮動の合計が決定されました。以前に観察されたように、9600~7300年前頃の個体群は、あらゆる特定の地理的領域の集団とのより密接な関連性を示さず、初期の分岐系統について予測されるように(関連記事)、代わりに中央および南アメリカ大陸の人々と最も多くの遺伝的浮動を共有します。5600~3700年前頃の個体群については、マヤおよびチブチャ集団と、より高いf3統計値および最大の共有パターンの両方が得られました。

 9600~7300年前頃および5600~7300年前頃の集団と現代の人口集団との間のあらゆる非対称的関係を直接的に検証するため、f4統計(9600~7300年前頃の個体群、5600~3700年前頃の個体群;現代の人口集団1、現代の人口集団2)が計算されました。その結果、多くの有意な統計が観察され、最も強く示唆されるのは、5600~3700年前頃の個体群と、チブチャ集団もしくはカクチケル語(Kaqchikel)集団(高地グアテマラのマヤ地域人口集団)との間の過剰なアレル共有です。

 f4統計(9600~7300年前頃の個体群、5600~3700年前頃の個体群;外群、現代人集団)と(図2b)、個体水準の統計も計算され、個体水準の統計は、主成分分析で観察された9600~7300年前頃のまとまりと5600~3700年前頃のまとまりを確証します。ただ、初期の個体(MHCP.17.1.8)については、可能性はあるものの優位ではない外れ値でした。チブチャ集団との関連性に加えて、9600~7300年前頃の個体群との関連性では、5600~3700年前頃の個体群が現代の人口集団よりも大きなアレル共有を示します。これが示唆するのは、古代と現代の集団は単純な系統樹により関連づけられず、5600~3700年前頃の個体群が、9600~7300年前頃の個体群と関連する祖先系統およびチブチャ集団の祖先と関連する祖先系統との混合かもしれない、ということです。

 遺伝子流動の方向性を解決するため、アレル共有のより広範なパターンがさらに調べられました。混合が5600~3700年前頃の個体群と関連する集団からチブチャ集団の祖先へと起きた場合、古代の集団間の関連性に起因して、9600~7300年前頃の個体群とチブチャ集団との間の過剰なアレル共有が同様に見つかる、と予測されます。しかし、中央・南アメリカ大陸の現代の人口集団は、f4統計(外群、9600~7300年前頃の個体群;現代の人口集団1、現代の人口集団2)では9600~7300年前頃の個体群とほぼ対称的に関連しています。対照的に、「現代の人口集団2」の位置では、いくつかの地理的および言語的に多様な南アメリカ大陸集団とは、有意に正のf4統計(9600~7300年前頃の個体群、5600~3700年前頃の個体群;現代の人口集団1、現代の人口集団2)が観察されます。これは、南アメリカ大陸の人口集団とチブチャ集団との間で共有される祖先系統によりもたらされました。これらの兆候は、チブチャ集団の祖先と関連する集団から5600~3700年前頃の個体群への混合により節約的に説明できますが、その逆方向ではありません。

 混合の追加の証拠は、9600~7300年前頃の集団と5600~3700年前頃の集団との間のかなりの母系の不連続性により提供されます。9600~7300年前頃の個体群の大半(7000年前頃の低網羅率の1個体も含めて、6個体のうち5個体)はmtHg-D(現在この地域では稀なD4h3aとD4h3a5が含まれます)で、残りの1個体はmtHg-C1bです。しかし5600~3700年前頃までに、標本抽出された個体群の母系構成はほぼ完全に異なっており、15個体のうち9個体がmtHg-C1c、5個体がmtHg-A2で、中央アメリカ大陸で現在広く見られる分布と類似しています。片親性遺伝標識(母系のmtDNAと父系のY染色体)の遺伝子型頻度の変化は時として無作為の遺伝的浮動により駆動される可能性がありますが、2期間で観察されるほぼ完全に異なるmtHg一式は、ゲノム規模データに基づく9600~7300年前頃の集団と5600~3700年前頃の集団との間の人口集団変化の証拠と一致します。

 5600~3700年前頃の個体群とマヤ地域の人口集団を含むアレル共有兆候が、それらの集団と他の現代人集団とを比較するf4統計の計算によって、より詳細に調べられました。主成分分析の結果と一致して、f4型式(5600~3700年前頃の個体群、マヤ地域集団;中央・南アメリカ大陸集団、高地メキシコ人)のひじょうに有意な正の統計が観察されました。このf4統計では、2番目の位置でカクチケル語話者1個体と他のマヤ地域集団2個体(いずれもコロンブス期以降の混合はありません)が用いられました。(5600~3700年前頃の個体群とマヤ地域の人口集団との間での過剰なアレル共有と組み合わされた)これらの兆候は、ミヘー人(Mixe)やサポテコ人(Zapotec)やミシュテカ人(Mixtec)など高地メキシコの人口集団の祖先からマヤ地域系統への遺伝子流動か、その逆か、両者の組み合わせを反映しているかもしれません。

 これらの可能性を区別するのに役立てるため、マヤ地域の個体群が高地メキシコ人関連祖先系統を有する場合(メキシコの高地人と北部人との間の関連性に起因します)に予測されるように、メキシコ高地のピマバホ人(Pima Bajo)のようなメキシコ北部の人々との有意な統計観察されることにも要注意です。したがって、実際の歴史はより複雑で、両方向での混合を含んでいた可能性があるものの、本論文の結果は、高地メキシコ集団と関連する供給源からマヤ地域の人口集団の祖先への、3700年前頃以後のある時点での遺伝子流動により最も節約的に説明できます。

 qpAdmを用いて、上述の混合事象についてその割合が定量化されました。5600~3700年前頃の個体群について、2方向混合モデル下で良好な適合が得られました。その推定割合は、9600~7300年前頃の個体群と関連する祖先系統31±9%と、チブチャ集団の祖先と関連する祖先系統69±9%の混合で、かなりの、しかし完全ではない祖先系統変化の証拠を提供します。混合が数千年前に起きたことを考えると、第二の構成要素はチブチャ集団関連系統からの比較的初期の分枝を表しており、図2aにおける5600~3700年前頃の個体群の位置を説明します(9600~7300年前頃の個体群と同じくらい現代のチブチャ集団と密接ではありません)。

 マヤ地域現代人集団についても、5600~3700年前頃の個体群と関連する祖先系統75±10%(52%はチブチャ集団の祖先と、23%は9600~7300年前頃の個体群と関連します)と高地メキシコ人口集団25±10%の混合で、良好な適合が得られました。この結果は、2つの別々ではあるものの重複する、コロンブス期以降の混合と、マスクされている(5600~3700年前頃の個体群と関連する祖先系統85±7%、メキシコ人関連祖先系統15±7%)もしくはマスクされていない(5600~3700年前頃の個体群と関連する祖先系統68±7%、メキシコ人関連祖先系統24±7%、ヨーロッパ人関連祖先系統7%、アフリカ人関連祖先系統1%)非アメリカ大陸祖先系統との、マヤ地域個体群一式を用いて複製されました。


●考察

 本論文におけるベリーズ南部の古代人ゲノムの分析が示唆するのは、現在のマヤ地域へのヒトの移住には複数段階があった、ということです。ベリーズの標本抽出された最初期(9600~7300年前頃)の個体群は、後期更新世のアメリカ大陸における最初の南方へのヒトの拡散とおそらくは直接的に関連する祖先系統の、初期に分岐した分枝を構成する、と確証されます。7300~5600年前頃の骨格記録の間隙の後に、5600~3700年前頃のより持続的な埋葬が続きます。5600~3700年前頃の個体群は、その祖先系統の一部がそれ以前の住民にさかのぼりますが、中央アメリカ大陸南部および南アメリカ大陸北部のチブチャ集団と関連する供給源にもさかのぼります。

 本論文はこの新たな祖先系統を、7300~5600年前頃のある時点におけるユカタン半島南東部への南方から北方への移動により最節約的に説明できるものとして解釈します。中央アメリカ大陸全域の考古学的証拠が示唆するのは、この期間には人口集団は小さく、住居は移動していたので、この移動は一度の多数の人々の移動を含んでいる必要はなく、代わりに言語および/もしくは文化的知識の関連する交換を伴う小さな人口集団の融合だったかもしれない、ということです。しかし、最終的な長期の影響は、5600年前頃までに起きた在来人口集団の祖先系統におけるかなりの変化でした(69±9%)。

 チブチャ集団の祖先と関連するこの仮定的な人々の北方への移動は、広範なトウモロコシ農耕の証拠と、4700年前頃以後のMHCPとSTの安定同位体記録で明らかなトウモロコシの食性重要性の増加に先行します。したがって本論文の結果は、トウモロコシに依存する経済の農耕民による採食・園芸人口集団の置換との想定を裏づけません。しかし、新たな祖先系統の流入は、5600年前頃までの、この地域における地域的な森林攪乱および燃焼の証拠と相関しており(図3)、本論文の遺伝的兆候がトウモロコシとおそらくは他の栽培化された植物(キャッサバやトウガラシなど)を有する地域への新たな園芸人口集団の到来を示す可能性を高めます。アメリカ大陸における植物の栽培化は広範な地域で起き、多くの異なる種を含んでおり、トウモロコシなど特定の植物はメソアメリカから中央・南アメリカ大陸へと拡散し、他の植物は逆方向で移動しました(キャッサバなど)。以下は本論文の図3です。
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 トウモロコシの遺伝的分析は、南アメリカ大陸における二次的改良の証拠を提供し(関連記事)、南アメリカ大陸では、ペルー沿岸において6000~5000年前頃までにトウモロコシは安定した粒になっており、中央アメリカ大陸への逆拡散が続きました。本論文の結果は、この過程を伴い、その媒介者となったかもしれない人々の移動を特定します。とくに、本論文の結果は、チブチャ集団関連の園芸家がユカタン半島南東部へと北方へ移動し、トウモロコシの改良品種とおそらくはキャッサバおよびトウガラシを有しており、在来人口集団と混合し、新たな園芸伝統を創出して、それが最終的にはずっと後の時代(4700年前頃以後)にトウモロコシ農耕の集約的形態(つまり集約農業)につながった、との想定を支持します。有効人口規模の控えめな増加は、トウモロコシの出現およびこれら新たなチブチャ関連園芸家と対応しており、在来および外来の人口集団の融合と一致します。

 中央アメリカ大陸における言語の分布と歴史は、本論文で提案された歴史的解釈の独立した証拠を提供します。チブチャ語は16の現存(7~8の絶滅)言語から構成される語族で、ベネズエラ北部とコロンビアからホンジュラス東部にかけて離されています(図1)。チブチャ語族で最も高い言語多様性は、現在ではイスミアン陸橋近くのコスタリカとパナマから南アメリカ大陸で見られ、これは元々の故地で、そこから言語が5500年前頃以降に多様化した、と仮定されています。

 音韻論および意味論的に比較可能な基礎語彙一覧の予備分析が行なわれ、初期チブチャ語とマヤ語との間の相互作用の言語学的証拠が調べられました。そのうち9点の部分集合は最小限の繰り返しと連結する音の対応を示します。借用語の可能性にも焦点が当てられました。重要なことに、トウモロコシの単語の一つは、ミスマルパ語(Misumalpan)やレンカ語(Lenkan)やシンカ語(Xinkan)といった中央アメリカ大陸北部のいくつかの言語、およびワステコ語(Huastecan)といった他の言語よりも早く分岐したマヤ語の分枝では広まっていました。この用語はチブチャ語では、音韻論的に中央アメリカ大陸もしくはメキシコの他のあらゆる非チブチャ語より多様で、ずっと広く分布しており(言語の分枝全体と地理両方で)、最終接尾辞を含めて、いくつかのチブチャ語では形態的に分析可能です。

 まとめると、これらの特徴はこの語根のチブチャ語起源を裏づけ、南方から導入されたさまざまなトウモロコシと対応しているかもしれません。以上議論されてきた物質文化と人々の移動についてさらなる手がかりを提供するかもしれない、これら2言語集団間の初期の共有パターン(継承と拡散の両方)を理解するには、ずっと大規模なデータセットでの正式な言語分析が必要でしょう。

 これら古代DNAの発見は、この研究の過程で協力してもらったベリーズ南部のモパン人(Mopan)やケクチ人(Q’eqchi’)の共同体を含む、熱帯低地に居住する現代マヤ地域の人口集団の祖先系統とも関連しています。マヤ地域の先住民の祖先系統の約75%は、5600~3700年前頃にこの地域に居住していた古代人集団にたどれます。この祖先系統は、順番に2つの構成要素の組み合わせになっています。最初の構成要素は、9600~7300年前頃にMHCPと STに埋葬された個体群と関連しており、アメリカ大陸への定着の初期段階の子孫を表している可能性が高そうです。第二の構成要素は、チブチャ集団の祖先と遺伝的に関連しており、後の北方への拡散に由来し、それはトウモロコシの改良品種および他の栽培化された植物と、初期チブチャ語の要素を伴っていたかもしれない、と本論文は提案します。

 最後に、現代のマヤ語族話者の祖先系統の25%は、高地メキシコ人口集団と最も密接に関連するものとしてモデル化できます。しかし、いつそうした祖先系統がユカタン半島南東部に到来し、それが過去数千年間のさらなる文化および言語の変化とどのように関連していた可能性があるのか、という判断を含めて、これらのより最近の相互作用の完全な複雑さを詳細に調べるには、将来の研究が必要でしょう。


参考文献:
Kennett DJ. et al.(2022): South-to-north migration preceded the advent of intensive farming in the Maya region. Nature Communications, 13, 1530.
https://doi.org/10.1038/s41467-022-29158-y

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