分子人類学における片親性遺伝標識の今後の役割と展望

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、分子人類学における片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)の今後の役割と展望に関する見解(Calafell., 2022)が公表されました。片親性遺伝標識、つまり母系のミトコンドリアDNA(mtDNA)と父系のY染色体は、過去25年に分子人類学において広く布教した特性を共有しています。その特性とは、組換えを免れることです。したがって、反復変異の影響を除いて、母系と父系どちらのゲノム領域でもヌクレオチドの変異から完全な系統樹を再構築できます。mtDNAとY染色体は片親性の継承も共有しており、関連性と子孫の社会的および文化的側面を具体化するとともに、ヒト移住の性別固有(もしくはその欠如)の観点を提供し、ヒトの移住において遺伝子流動を測定することは、事前に指定された地理的起源とともに配列を数えるのと同じくらい容易かもしれません。

 mtDNAの場合、細胞当たりのコピー数が多いため、同様の規模の常染色体領域が失われて久しい劣化した標本もしくは古代の標本からの回収と配列決定が可能です。mtDNAのさらなる利点はその簡潔さで、16500塩基対しかなく、構造変異は比較的小さく、ヘテロプラスミー(ミトコンドリア内で変異型が共存している場合)と核DNA中のmtDNA配列(NUMT)のみが心配されます(関連記事)。したがって、現在の状況では、何万点ものmtDNAの全配列が利用可能で、その全てが広く受け入れられている系統樹に確実に適合します。

 この状況はY染色体にとっとさほど理想的ではありません。じっさい、Y染色体の何千もの完全な配列が生成され、いくつかの系統樹が利用可能ですが、両方ともそれぞれ注意が必要です。Y染色体という用語の完全な配列とは、染色体の全配列の約16%のみが利用可能で、残りは通常の大規模並列配列決定技術では不可能な反復領域であることを意味します。また、ほとんどの包括的なY染色体系統樹、たとえばISOGG(遺伝子系譜学国際協会)やYFullは学界の領域外にあり、市民科学者もしくは新興の会社により作成されており、利用者に直接的に提供するゲノム会社の顧客が理解するのに役立つことを目的としています。それでも、結果を報告するさいには、学界の科学者により参照されることが多いのは、これらの系統樹です。

 まとめると、分子人類学への単系的に伝わるゲノム領域の適用はかなり成熟した分野で、改善の余地はほとんどないようです。それでも本論文は、編集部に賛辞ではなく将来の展望を依頼されたので、以下の指摘は近い将来のこの分野における希望目録として把握してください。


 上述のように、mtDNAとY染色体の両方で、ひじょうに詳細な系統樹が存在します。それでも、そうした詳細は、各分枝と先端の地理的範囲には及んでいません。全てではないとしても、深い分枝のほとんどについて、その範囲の地理的見解が存在しますが、より浅い分枝に向かうと、人口集団の視点が失われます。明らかに、先端に到達すると、その視点は不合理です。それは、ほとんどの分枝の先端が、ごく最近に起き、わずかな個体により表される事象を表しているからです。人口集団標本の配列決定によりそのような系統樹に人口集団の視点を加えることは、大陸以下の水準および研究が不充分な人口集団の充実の両方において、ひじょうに望ましいでしょう。これは系統樹に複雑さを加え、特定の人口集団もしくは単一の先史時代起源にハプログループを体系的に割り当てるような過度に単純化した一般化を避けることにも貢献するでしょう。

 島嶼、古代DNA研究は、短いミトコンドリア配列にほぼ依拠していましたが、より多くのDNAが回収可能になると、mtDNAの網羅率はゲノムの残りより高くなったので、より信頼できるようになりました。次に、ほとんどが常染色体を対象とした1237207ヶ所の標的一式での溶液濃縮(124万ヶ所捕獲)の開発と、全ゲノム配列決定により、この分野はほぼ排他的に常染色体中心の見解へと移行し(ゲノムのほぼ全てであることを考えると、当然です)、mtDNAは補足となりました。それでも、mtDNAを高品質で回収し配列決定する努力は続けられており、具体的な実験実施要綱が最近開発されました。これは、時空間的なmtDNA系統を通時的に観察できる興味深い可能性を開きます。もちろん、DNAの結果を加速する旧石器時代もしくは温暖な気候からの可能性が高い、関連する標本の発見という、大きな困難が残っています。

 Y染色体は、姓と結びつけた系統に関連づけるか、偽の父系(関連記事)のように生物学的系統と社会的系統との間の切り離しの調査により、系譜的枠組みで研究されることが多くなってきました。古代ローマ法のように、父性とは異なり、母性は当然とされます。これは必ずしも想定されるべきではなく、少なくとも一つの計画は、この状況を改善しようと試みています。豊富な系譜の枠組みに対してmtDNAを配列決定することにより、遺伝的つながりが、どれだけの頻度(および理由)で遺伝的つながりが母方の系譜を反映していない可能性があるのか、という社会的洞察を可能にするだけではなく、mtDNAの変異のパターンと割合に関する実証的データも提供できるかもしれません。

 じっさいに完全なY染色体配列を作成する方法も進められています。1配列の作成に技術的努力が必要でしたが、さらなる改善により、一塩基多型に基づくY染色体系統における人口集団標本もしくは関連する立場の個体の配列決定が可能になりそうです。目標は、染色体の世界規模の系統において、Y染色体の構造的多様性と、これまで利用できなかったY染色体領域の配列変異を組み込むことです。これらの技術的改善は、厳密にはその結果には必要ありませんが、学界は堅実で査読付きのY染色体系統を作成すべきです(もしくは、少なくとも査読すべきです)。

 分子人類学の計画において、適切な標本抽出は最重要です。理想的には、特定の人口集団についての研究課題と合致する、関連する祖先的もしくは地理的起源のある個体を選択します。多くの場合、関連する人口集団において生まれた4人の祖父母全員が必要です。したがって、現在進行中の多くの人口集団ゲノム計画が、生物医学的範囲から始まっており、多くの場合臨床関連のメタデータが豊富であるものの、志願者の祖先もしくは志願者自身の地理的情報が欠けている傾向にあるので、分野として取り組みに消極的なのは理解できます。それでも、これらの計画は高品質のゲノムデータを生成しており、そのうち常染色体は人類学的意味で分析されるかもしれないものの、単系統遺伝標識は嘆かわしいほどに利用されない傾向にあります。将来、これが是正され、あらゆる注意を払いながら、関連する共同研究を確立し、これらのデータセットに他からの山として取り組むことが期待されます。


参考文献:
Calafell F.(2021): Uniparental markers and their role in the future of Molecular Anthropology. Journal of Anthropological Sciences, 99, 183-185.
https://doi.org/10.4436/jass.99005

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