『卑弥呼』第83話「一縷の望み」

 『ビッグコミックオリジナル』2022年3月20日号掲載分の感想です。前回は、ヤノハが、邑人たちが自分の無事を祈り、必ず助けると言っているのを聞いて、涙を流すところで終了しました。今回は、山社(ヤマト)の国の千穂(現在の高千穂でしょうか)で、洞穴に閉じ込められたヤノハの無事をオオヒコと邑人たちが祈っている場面から始まります。邑人たち祈る中、雨は止んだものの川の水位は下がりません。水は残り数日、食糧は今日あたりで底をつく、とヌカデから聞いたオオヒコは嘆息しますが、ヌカデは楽観的です。ヤノハは弟のチカラオ(ナツハ)とともに、穴を広げて洞穴から脱出しようとしていました。

 金砂(カナスナ)国の出雲では、事代主(コトシロヌシ)が金砂国のミクマ王からの返事を待っていましたが、まだ届いていません。汗入(アセイリ)の伺見(ウカガミ)からの報告によると、ミクマ王が2日前にわずかな供とともにどこかに向かった、と配下のシラヒコから聞いた事代主は、悪い予感を抱きます。山方(ヤマカタ)では、ミクマ王がサセリという名の男性と密会していました。ミクマ王に吉備(キビ)の王と呼びかけられたサセリは、日下(ヒノモト)のフトニ王の家臣で一介の将軍にすぎないので王はまずい、と言います。フトニ王は、サセリが吉備津彦(キビツヒコ)と名乗ることは許可していました。ミクマ王は、金砂が吉備と輪を結ぶなら鬼国(キノクニ)を止めてみせると言ったはずだ、とサセリを問い詰めます。面目ない、鬼国の暴走は自分にも予想外のことだった、とサセリが答えると、では力を貸してくれるのだな、とミクマ王はサセリに確認します。するとサセリは、鬼国と和議を結ぶならば当然力を貸すが、そのためには鬼国の欲するものを与えねばならない、と答えます。土地も民も譲ることは断る、と言うミクマ王に対して、鬼国が欲しているのは金砂国の大量の鉄(カネ)だ、とサセリは指摘します。仮に鬼国の要求を受け入れたとして、吉備津彦は仲介の労として何を望むのか、とミクマ王は尋ねます。するとミクマ王は、金砂国からは何も望まない、欲しいのは鬼国の持つフイゴの技術で、それを学んで日下は自前で鉄を作りたいのだ、と答えます。やはり鬼国と密約を交わして金砂国への進軍を許したな、と激昂するミクマ王に対して、サセリは冷静に、和議の仲介として欲しい褒美があったことを思い出した、と言います。フトニ王の望みはタタラの製法で、ミクマ王の望みは金砂国の平和だと改めて指摘したサセリは、事代主をミクマ王に要求します。つまり、事代主の首を差し出せ、というわけです。

 千穂では、雨が止んだ翌日、ヤノハが息子のヤエトの世話をしていました。ヤエトはやっと米のとぎ汁を飲むようになり、ヤノハは母乳が出なくなったことをヤエトに謝ります。ヤノハが閉じ込められた洞穴の前の川の水位は少し低下し、一部の岩が姿を現していました。もう少し水位が低下すれば、身の軽い者ならば対岸へと渡河でき、対岸の木に縄を結んでその縄をこちらの岸まで渡せば渡河できる、とヌカデはオオヒコとともに希望を見出だします。その頃、チカラオは洞穴の穴を広げ、ヤノハに木の棒を渡すことに成功しました。喜んで洞穴に入ろうとするチカラオに、ヤノハはまずヤエトを受け取るよう命じます。どこかの邑で母乳の出る女にヤエトを預けて欲しい、というわけです。ヤノハは、息子に太陽も見せられない駄目な母親で子を育てる資格はなく、自分を信じる民の思いも捨てられないので、たとえ偽者でも精一杯応えるつもりだ、とチカラオに告げます。母親であるヤノハのただならぬ気配を感じ取ったのか、ヤエトが泣き出し、ヤノハがヤエトに謝罪するところで今回は終了です。


 今回は、ヤノハが息子のヤエトを手放すと決断し、予想通りではありましたが、ヤノハが日見子(ヒミコ)として振舞っていくと決意したことから、話が大きく前進した、と言えるでしょう。問題は、ヤノハが出産を人々に知られないようにすることですが、チカラオが夜間にヤエトを連れて洞穴から脱出し、チカラオ(ナツハ)は渡河せずに脱出できる道がないか探させていた、とヤノハが説明すれば大丈夫かな、と思います。問題は、ヤノハが出産したばかりだということですが、チカラオだけを近づけて世話をさせ、ミマト将軍やイクメとは常に服を着て接していれば誤魔化せるのかな、と思います。注目されるのは、ヤエトが誰に預けられるのか、ヤノハが母親と伝えられるのか、ヤノハと再会するのか、そうだとしてヤエトはどのように処遇されるのか、ということです。モモソによると、ヤノハはヤエトに殺されることになっていますから、ヤエトは今後重要な役割を担うはずです。ヤエトの娘が『三国志』に見える台与と予想していますが、どうなるでしょうか。日見子として表舞台に復帰したヤノハにとってまず難題となるのが、鬼国の侵攻による事代主の危機です。今回、初めて吉備の首長が登場し、山社に服従していることが描かれました。吉備の首長のサセリはモブ顔ではないので、今後重要な役割を担うことになりそうです。何よりも、古墳時代の開始において吉備は重要な役割を果たしたと言われているので、その意味でもサセリは注目されます。吉備も本格的に登場し、ますます壮大な話になってきたので、今後の展開も大いに期待しています。

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