レヴァントの前期更新世のホモ属化石

 新たに確認されたレヴァントの前期更新世のホモ属化石に関する研究(Barash et al., 2022)が公表されました。レヴァント地域はユーラシアとアフリカをつなぐ主要な陸橋で、前期更新世における人類と動物相にとって重要な拡散経路でした。しかし、多くのユーラシア前期更新世遺跡があるものの、化石人類遺骸は稀で、190万~110万年前頃の4ヶ所にしか存在しません。それは、ジョージア(グルジア)のドマニシ(Dmanisi)遺跡、スペインのグラナダのオース(Orce)のヴェンタ・ミセナ(Venta Micena)遺跡、インドネシアのジャワ島のモジョケルト(Modjokerto)遺跡とサンギラン(Sangiran)遺跡、スペインのアタプエルカのゾウの穴(Sima De Elefante、以下SDE)遺跡です(図1a)。対照的に、前期更新世アフリカ東部の遺跡では、ホモ属の頭蓋遺骸がずっと豊富ですが、頭蓋から下の遺骸は少なく、最良の保存状態の骨格はケニアのナリオコトメ(Nariokotome)で発見された少年化石(KNM-WT 15000)です。

 レヴァントで人類遺骸が発見されている190万~110万年前頃の遺跡はウベイディヤ(‘Ubeidiya)だけです。ウベイディヤ遺跡は、より広範な地溝帯の一部であるヨルダン渓谷の西側断崖に位置します(図1b・c)。この化石遺骸には、頭蓋断片(UB 1703・1704・1705・1706)と2点の切歯(UB 1700とUB 335)と1点の大臼歯(UB 1701)が含まれ、ホモ・エレクトス(Homo erectus)あるいはホモ・エルガスター(Homo ergaster)に分類されています。これらの断片の中には、発掘第一期以前に地面からブルドーザーで掘り出されたものもあれば、嵌入して周囲の堆積物よりも新しいと考えられるものがあることに要注意です。以下は本論文の図1です。
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 2018年に本論文の著者のうち2人により動物相化石群の再分析が行なわれ、人類の特徴を有する完全な椎体(UB 10749)が発見されました。これは、前期更新世の堆積物と確実に分類された、ウベイディヤ遺跡で発見された最初の人類の頭蓋から下の遺骸です。本論文は、UB 10749の分類学的類似性、脊柱に沿ったその連続した位置、死亡時の年代および生理学的年齢を評価し、標本の身長と体重を推定して、病理学的もしくは化石生成論的変化を検出します。本論文はこれらの調査結果に基づいて、初期ホモ属の古生物学の文脈内でのUB 10749の独特な発達上の特徴と、人類の出アフリカ拡散への示唆を調べます。


●UB 10749の分析

 UB 10749は完全な椎体です(図2)。椎骨上板は楕円形で、表面は不均一になっており、椎骨終板が骨化していないことを示唆します。同様に、椎骨下板も楕円形で、目立つ後部側端があります。上板と下板両方の中心で小さな孔が見つかります。下板は上板よりも両側が幅広くなっています。前壁と側壁は滑らかでわずかに窪んでいます。つまり、その上端と下端は中央より目立ちます。側壁の体部に肋骨が付着している証拠はありません。後壁は、中央と最尤側部に3区分できます。中央部は滑らかで、2個の栄養孔があります。側部の2/3は椎体と椎弓根の接合部に位置します。その表面は平らではなく、椎弓根がまだ椎体に骨化されていなかったことを示唆します。側面から見ると、前壁の高さが後壁の高さより大きいため、椎骨は前弯しています。椎体の楕円形、下板の窪み、前湾突起、肋骨を支える小面体の欠如は全て、より低い下部腰椎を示唆し、つまり、仙骨前方の(PS)1かPS2かPS3は、現生人類(Homo sapiens)のL5かL4かL3に相当します。以下は本論文の図2です。
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 UB 10749のマイクロCT(µCT)スキャン(図3)では、前壁および側壁と後壁中央部によく発達した皮質骨が明らかになりました。上板と下板の海綿骨は、後壁の側部1/3の骨と同様にひじょうに薄く、これらがまだ骨化していなかった、と示唆されます。µCTスキャンは、椎体内のよく発達した管、つまりバストン(Bastons)静脈叢も明らかにします(図3c)。CTスキャンの正中矢状面と冠状面にでは、上板と下板の小さな孔が見られます(図3a・b)。µCT上で黒く見える細長い領域が2ヶ所の孔をつなげており、この領域がまだ骨化していなかったことを示唆します。以下は本論文の図3です。
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●分類学的識別

 UB 10749が、現在は存在しない種も含めて、ウベイディヤ遺跡の哺乳類種と比較されました。たとえば、肉食動物ではクマ属やハイエナ科やヒョウ属、偶蹄類ではカバ属やプレメガセロス属(絶滅したシカ科)、奇蹄類ではサイ科やウマ科、長鼻目ではマンモス属やアジアゾウ属、霊長類ではホモ属やオランウータン属やゴリラ属やゲラダヒヒ属やヒヒ属です。UB 10749は、有蹄類のより長い椎体とは対照的に、クマ属特有の後壁の内部への凹みを欠いており、短い頭尾になっています。UB 10749の大きさ、大きな椎骨板、比較的短い椎体は、ヒト上科であることを示唆します。楔状骨と下板の窪みからさらに、これが人類の脊椎管と示唆されます。

 分類学的識別を絞り込むため、UB 10749が一連の現生および絶滅人類種と比較され、チンパンジー属が外群とされました。分析の結果、ホモ属とチンパンジー属の腰椎体を最もよく区別する最良の指標は、「後部の高さに対する上長」と明らかになりました(図4)。この指標は、ホモ属とアウストラロピテクス属も区別します。人類やチンパンジー属の3点の仙骨前椎(PS1~PS3)と比較すると、UB 10749はホモ属の範囲内に収まり、チンパンジー属もしくはアウストラロピテクス属の範囲外となります。UB 10749はアフリカ東部の前期更新世の亜成体標本であるKNM-WT-15000の椎骨の近くに位置します。したがって、椎骨UB 10749は、前期更新世ホモ属である可能性が高い、と結論づけられます。以下は本論文の図4です。
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●椎体の連続配置

 とくにヒト上科では、隣接する腰椎体の形態に広範な重なりがある、とよく知られています。この問題に取り組むため、3つ別々の分析が行なわれました。それは、(1)椎骨の楔、つまり現生人類の椎骨区分PS1・2・3を有意に分離する、後高と前高の比と、(2)椎骨線形指標の主成分分析(図5a)と、(3)幾何学的形態計測(GM)分析(図5b)です。椎骨楔はUB 10749をPS2とします。椎骨線形指標の主成分分析は、UB 10749をPS2もしくはPS3とし、GM形態分析は椎骨をPS1もしくはPS2としました。これらの結果に基づくと、UB 10749の連続配置はPS2である可能性が最も高い、と推定されます。以下は本論文の図5です。
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●死亡時年齢

 死亡時年齢は、骨化の水準、相対的な椎骨の大きさ、もしくは椎骨の形態に基づいて推定されます。UB 10749における神経管の骨化の欠如は、現代人との比較で約3~6歳であることを示唆しますが(関連記事)、16歳までは椎弓根の骨化に高い変動性がある、と何人かの研究者により報告されていることに要注意です。椎骨終板の骨化の欠如も、UB 10749が若いことを裏づけ、椎骨が思春期に達していなかった個体であることを示唆します。

 対照的に、その大きさだけに基づくと、UB 10749の年齢はもっと高く、おそらくは11~15歳の現代人と推定されるでしょう(図6a)。しかし、椎骨の大きさは年齢によりかなり変動するので、より若い可能性も、より年長の可能性も除外できません。最後に、幾何学的形態計測主成分形態分析では、UB 10749は6~10歳の現代人の範囲内に収まる、と示唆されます(図6b)。これは、UB 10749を6~10歳の集団によく位置づける線形判別分析によっても確証されます。これらの情報を全て考慮すると、UB 10749の死亡年齢は6~12歳と推定されます。以下は本論文の図6です。
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●身長と体重の推定

 死亡時の身長と体重は、現代人のさまざまな等式および成長図表に基づいて推定されます。UB 10749の死亡時の推定平均身長は155cmを示します。この身長は、CDC(アメリカ合衆国疾病対策センター)の成長図表に基づくと、13歳の少年か12歳半の少女に匹敵します。身長155cmは、現代人と比較すると、10歳の95百分位数、12歳の75百分位数を上回ります。UB 10749は、死亡時推定年齢が6~12歳なので、その年齢にしては高身長だったようです。

 体重は、身長もしくは年齢に基づいて推定されます。UB 10749の体重は、身長に基づくと45~55kgでしたが、年齢に基づくと20~43kgでした。身長は年齢よりも体重の強い予測因子なので、UB 10749の死亡時の体重は40~45kgと推定されます。

 単一の学童期椎体は、成人時の身長と体重の決定的な予測因子ではありません。さらに、前期更新世人類の成長パターンは不明です。したがって、UB 10749の成人時の身長と体重を慎重に推定するため、計算はいくつかの手法に基づいています。それは、アメリカ合衆国現代人(CDC成長図表)、現代のスーダンの人口集団、チンパンジーです。

 UB 10749を6~12歳と仮定し、チンパンジーの成長図表に基づくと、その成人時の身長は155~192cm、体重は50~101kgに達したでしょう。アメリカ合衆国とスーダンの現代人の成長図表に基づくと、UB 10749の身長は168~247cm、体重は62~173kgと示されます。UB 10749の成人時の推定される身長と体重の平均の予測は、それぞれ198cmと100kgです。死亡時の大きさと予測される成人時の大きさに基づいて推定値を除外はできませんが、UB 10749は大型人類だった可能性が最も高そうです。


●化石生成論

 発掘中に洗浄されたにも関わらず、UB 10749の椎骨表面には、ひじょうに薄い流動性堆積物が見られます。それを除けば、明らかな化石生成論的変化もしくは堆積後の破損はありません。


●病理学

 UB 10749の椎体の完全性とその左右対称性は、骨関節炎や椎間板ヘルニアや脊椎症や結核やブルセラ症や脊柱側弯症など、椎骨に影響を及ぼしたかもしれない、病理学的過程もしくは発達上の変形を示唆しません。しかし、椎弓が欠如しているので、椎体の前方の滑り、つまり脊椎滑り症もしくは椎関節面変形の可能性を除外できません。椎体の大きさと骨化水準との間の不一致は不可解です。UB 10749の大きさは現代人の11~15歳に相当し、その骨化水準は3~6歳の現代人の子供と同等です。この不一致は、以下のような発達もしくは病理学的状態を含む、いくつかの要因の結果だったかもしれません。それは、持続性脊索管、下垂体機能低下症、アンドロゲン欠乏症、遺伝的変異です。これらの状態は現代人では稀ですが、除外できません。別の可能性は、UB 10749が、現代人もしくは非ヒト大型類人猿で観察されるよりもさまざまな骨化パターンを示すことです。


●UB 10749の古生物学

 前期更新世のユーラシアの人類の骨格遺骸の不足により、人類の古生物学の理解にかなりの間隙が残っています。この観点では、ウベイディヤ遺跡標本は重要で、アフリカから拡散した人類の多様性に関する重要な証拠を提供します。UB 10749は、その形態学的特徴から、前期更新世ホモ属の下部腰椎と示唆されます。椎体の背側の楔、上板と比較しての下板の広がり、下板の窪み、椎骨の高さと比較しての腹側に伸びた椎体は全て、よく知られているヒトの下部腰部の特徴です。

 前期更新世人類の分類学的類似性が議論されており、提案されている分類学的命名法には、ホモ・ルドルフェンシス(Homo rudolfensis)やホモ・ハビリス(Homo habilis)やホモ・エレクトス(Homo erectus)やホモ・ジョルジクス(Homo georgicus)やホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)が含まれます。前期更新世には、2つの主要な分類群が共存しています。一方は小型人類で、伝統的にホモ・ハビリスにより表され、小さな身体と祖先的な四肢比とより大きな頭蓋容量が特徴です。これは、ヒト的な四肢比とより大きな頭蓋容量を有するホモ・エレクトスに代表される、大型人類とは対照的です(関連記事)。

 UB 10749は、その大きさに基づくと、広義のホモ・ハビリスなどの小型人類に分類するには大きすぎます(関連記事)。この意味で、UB 10749は大型の前期更新世ホモ属に分類されます。前期更新世ホモ属の頭蓋から下の形態に関してはほとんど知られていないので、より決定的な分類学的類似性は無理です。UB 10749の死亡時の推定身長および体重は、KNM-WT 15000とひじょうによく一致します。KNM-WT 15000は、歯の発達に基づいて8歳の個体と推定されており、その推定身長は159±7cm、推定体重は49.2±10kgで、UB 10749は上述のように推定身長が155cm、推定体重が45~50kgです。KNM-WT 15000は、その年齢にしては発達した骨化水準を有する高身長の個体です。対照的にUB 10749は、骨化遅延とサイズ増加を有するさまざまな個体発生パターンを示しており、UB 10749はKNM-WT 15000よりも大きく成長しただろう、と示唆されます。

 ドマニシの個体D2700/D2735は、KNM-WT 15000およびUB 10749と比較すると小さく、推定体重は41kg、推定身長は153.1cmです。しかし、ドマニシの成人標本の全体的な推定値が、身長145~166cm、体重40~50kgなので、D2700/D2735はほぼ成人の大きさに達していました。本論文で提示された証拠から論証されるのは、UB 10749は、KNM WT 15000やKNM-ER 736やKNM-ER 1808やMK3(IB7594)などアフリカ東部の大型人類と類似性を共有する人類を表しているので、レヴァント回廊における大型人類の最初の決定的証拠である、ということです。


●古生態学的示唆

 アフリカからの人類拡散の速さと方法を確立することは古人類学において重要で、かなりの研究が、人類の拡散に影響を及ぼす、推進と牽引の理解に努めてきました。多くの拡散事象があったと想定されてきましたが、多くの場合その拡散は、広義の初期ホモ属の単一の生態的地位を満たすという観点から議論されました。さらに、これらの拡散につながったか、それを裏づける本質的もしくは外来的影響力に関する仮説は多くの場合、190万~80万年前頃の遺跡全体を対象としているものの、単一の拡散事象として検証されています。しかし、他の研究者が示唆するのは、ドマニシ遺跡のオルドワン(Oldowan)型とウベイディヤ遺跡のアシューリアン(Acheulian)型との間の石器群の違いは別々の拡散事象を反映している、ということです。

 UB 10749は大型のレヴァントの人類である、という本論文の結論は、時間的だけではなく生態学的にも分離された、いくつかの更新世の拡散が起きたことを裏づけます。ドマニシは、現在と比較して乾燥した状態の、開けた草地として再構築されています。対照的に、より新しいウベイディヤ遺跡は、ドマニシ遺跡よりも温暖で湿潤であり、閉鎖的な森林環境として再構築されています。そのため、アフリカからの拡散と関連する各人類集団は、独特な生態学的および行動的適応を示したかもしれません。

 最重要なのは、ウベイディヤ遺跡の大型人類とドマニシ遺跡の小型人類は同じ人口集団に由来しなかった、という本論文の解釈が、これまでのところ、単一の前期更新世ホモ属の生態的地位の特定の難しさを説明している、ということです。年代的に、ドマニシ遺跡はウベイディヤ遺跡に数十万年(20万~50万年)先行します。単一の拡散事象の後、そこでの局所的進化が続き、2地域でさまざまな人類の形態につながった可能性があります。しかし、前期更新世において約50万年間、アフリカ内で小型人類と大型人類が共存していた、と明らかになったので(関連記事)、この説明は可能性が低そうです。したがって、より節約的な説明は、2回の異なる「出アフリカ」拡散事象です。今後、前期更新世の「出アフリカ」事象を分析する場合、複数の人類集団がアフリカから拡散し、それぞれ多様な生物学的および文化的適応を伴っていたかもしれない、と認識する必要があります。


参考文献:
Barash A. et al.(2022):The earliest Pleistocene record of a large-bodied hominin from the Levant supports two out-of-Africa dispersal events. Scientific Reports, 12, 1721.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-05712-y

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