コウモリ類の内耳神経構造の進化
コウモリ類の内耳神経構造の進化に関する研究(Sulser et al., 2022)が公表されました。コウモリ類は従来、ココウモリ類(小翼手類、反響定位を行う小型の種)とオオコウモリ類(大翼手類、視覚を多用してナビゲーションを行う果実食の大型の種)に分類されてきました。2000年に系統ゲノミクスから、オオコウモリ類と一部のココウモリ類を1つの分類群とし、残りのココウモリ類を別の分類群とする新たな系統発生解析の結果が発表され、これらの分類群は後にそれぞれ、Yinpterochiroptera亜目およびYangochiroptera亜目と命名されました。しかし、この系統学的分類は、これまで分子レベルの裏づけしかなく、解剖学的な裏づけがないため、論争になっています。
この分類に基づくと、コウモリ類の喉頭反響定位は、Yinpterochiroptera亜目(おもに視覚によりナビゲーションするマイクロバットとメガバットの一部が含まれます)とYangochiroptera亜目(反響定位を行なう種であるマイクロバットが含まれます)で別々に進化したか、あるいはコウモリ類の祖先動物に単一の起源を持ち、それが後にYinpterochiroptera亜目の一部で失われたかのいずれかである、と示唆されています。反響定位行動に用いる聴覚は内耳に依存しており、中でも螺旋神経節(聴覚系のニューロン群)はきわめて重要な構造です。本論文は19科に属するコウモリ39種の内耳の構造を調べ、Yangochiroptera亜目に属するコウモリ類で、ローゼンタール管に壁のない内耳道に開放された神経節(trans-otic ganglion)という、高度に派生した螺旋神経節構造を見いだしました。この神経解剖学的構造は、より多くのニューロンからなる大型の神経節、より高密度なニューロンの神経支配、蝸牛神経束のより高密度なクラスター化を許容します。
これは、Yinpterochiroptera亜目および非翼手目哺乳類の祖先形質的な神経構造とは異なっています。こうした神経節の派生的特徴の骨学的相関をコウモリ類の系統発生にたどれるようになったことで、螺旋神経節の神経構造に関してYangochiroptera亜目がYinpterochiroptera亜目からどのように分化したのかを示す、直接的な証拠が得られました。これらの特徴はYangochiroptera亜目の主要なクレード(単系統群)間および種間で大きなバラツキが見られ、形態空間においては、Yangochiroptera亜目内での差異はYinpterochiroptera亜目での差異よりもはるかに大きい、と明らかになりました。このように大きく異なる神経節の特徴は、多様な反響定位戦略のための神経構造的な進化的駆動要因の可能性があり、コウモリ類の大半の科と属と種を含むYangochiroptera亜目の爆発的な多様化と関連づけられます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
動物学:コウモリの反響定位の進化を内耳の構造から解明する
内耳の解剖学的構造に基づいて、論争のあるコウモリの進化的分類の正当性を裏付けた論文が、今週、Nature に掲載される。コウモリの内耳の構造は、種によって異なっており、この違いを理解すれば、コウモリの多様な反響定位戦略の進化を解明する手掛かりが得られる。
コウモリの系統学的分類(ゲノムデータの解析を組み込んだ進化的分類)からは、コウモリの反響定位が、Yinpterochiroptera亜目(主に視覚によってナビゲーションするマイクロバットとメガバットの一部が含まれる)とYangochiroptera亜目(反響定位を行う種であるマイクロバットが含まれる)で別々に進化したか、コウモリの祖先で一度進化し、後に一部のコウモリで失われたかであることが示唆されている。しかし、この系統学的分類は、これまで分子レベルの裏付けしかなされておらず、解剖学的な裏付けがないため、論争が起こっている。
今回、Zhe-Xi Luo、Benjamin Sulserたちは、精密解剖とCTスキャンを行って、19科に属するコウモリ39種の内耳の構造を調べた。その結果、Yangochiroptera亜目のコウモリのらせん神経節(聴覚系のニューロン群)の構造が高度に派生的なことが観察された。これは、Yangochiroptera亜目の現生種と祖先種に特有の構造だった。この解剖学的配置は、ニューロンの増加によるらせん神経節の大型化、ニューロンの神経支配密度の上昇、聴覚神経線維束の高密度クラスター形成を許容するものであり、Yinpterochiroptera亜目やコウモリ以外の哺乳動物の解剖学的構造とは異なっている。
Luoたちは、これらの特徴が、さまざまな反響定位戦略の進化的駆動力となったと考えられ、全ての反響定位を行うコウモリ種の82%を占めるYangochiroptera亜目の多様化と関連している可能性があると結論付けている。
進化神経科学:コウモリ類の内耳神経構造の進化および反響定位における意味
進化神経科学:コウモリ類の内耳構造
コウモリ類は従来、ココウモリ類(小翼手類;反響定位を行う小型の種)とオオコウモリ類(大翼手類;視覚を多用してナビゲーションを行う果実食の大型の種)に分類されてきた。2000年、オオコウモリ類と一部のココウモリ類を1つの分類群とし、残りのココウモリ類を別の分類群とする新たな系統発生解析の結果がNatureで発表され、これらの分類群は後にそれぞれYinpterochiroptera亜目およびYangochiroptera亜目と命名された。この分類法では、コウモリ類の喉頭反響定位は、共通祖先で1回だけ進化して後にオオコウモリ類で失われたか(だとすれば、痕跡を残さずに消失したことになる)、あるいは2つの亜目で別々に1回ずつ進化したかのいずれかであると示唆されている。しかし、この分類法はこれまで分子系統発生学的な証拠からしか支持されておらず、異論があった。今回Z Luoたちによって、多様なコウモリ類で内耳の神経構造が詳細に調べられ、それに基づいて、この分類法を裏付ける既知で最初の解剖学的相関が示された。
参考文献:
Sulser RB. et al.(2022): Evolution of inner ear neuroanatomy of bats and implications for echolocation. Nature, 602, 7897, 449–454.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04335-z
この分類に基づくと、コウモリ類の喉頭反響定位は、Yinpterochiroptera亜目(おもに視覚によりナビゲーションするマイクロバットとメガバットの一部が含まれます)とYangochiroptera亜目(反響定位を行なう種であるマイクロバットが含まれます)で別々に進化したか、あるいはコウモリ類の祖先動物に単一の起源を持ち、それが後にYinpterochiroptera亜目の一部で失われたかのいずれかである、と示唆されています。反響定位行動に用いる聴覚は内耳に依存しており、中でも螺旋神経節(聴覚系のニューロン群)はきわめて重要な構造です。本論文は19科に属するコウモリ39種の内耳の構造を調べ、Yangochiroptera亜目に属するコウモリ類で、ローゼンタール管に壁のない内耳道に開放された神経節(trans-otic ganglion)という、高度に派生した螺旋神経節構造を見いだしました。この神経解剖学的構造は、より多くのニューロンからなる大型の神経節、より高密度なニューロンの神経支配、蝸牛神経束のより高密度なクラスター化を許容します。
これは、Yinpterochiroptera亜目および非翼手目哺乳類の祖先形質的な神経構造とは異なっています。こうした神経節の派生的特徴の骨学的相関をコウモリ類の系統発生にたどれるようになったことで、螺旋神経節の神経構造に関してYangochiroptera亜目がYinpterochiroptera亜目からどのように分化したのかを示す、直接的な証拠が得られました。これらの特徴はYangochiroptera亜目の主要なクレード(単系統群)間および種間で大きなバラツキが見られ、形態空間においては、Yangochiroptera亜目内での差異はYinpterochiroptera亜目での差異よりもはるかに大きい、と明らかになりました。このように大きく異なる神経節の特徴は、多様な反響定位戦略のための神経構造的な進化的駆動要因の可能性があり、コウモリ類の大半の科と属と種を含むYangochiroptera亜目の爆発的な多様化と関連づけられます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
動物学:コウモリの反響定位の進化を内耳の構造から解明する
内耳の解剖学的構造に基づいて、論争のあるコウモリの進化的分類の正当性を裏付けた論文が、今週、Nature に掲載される。コウモリの内耳の構造は、種によって異なっており、この違いを理解すれば、コウモリの多様な反響定位戦略の進化を解明する手掛かりが得られる。
コウモリの系統学的分類(ゲノムデータの解析を組み込んだ進化的分類)からは、コウモリの反響定位が、Yinpterochiroptera亜目(主に視覚によってナビゲーションするマイクロバットとメガバットの一部が含まれる)とYangochiroptera亜目(反響定位を行う種であるマイクロバットが含まれる)で別々に進化したか、コウモリの祖先で一度進化し、後に一部のコウモリで失われたかであることが示唆されている。しかし、この系統学的分類は、これまで分子レベルの裏付けしかなされておらず、解剖学的な裏付けがないため、論争が起こっている。
今回、Zhe-Xi Luo、Benjamin Sulserたちは、精密解剖とCTスキャンを行って、19科に属するコウモリ39種の内耳の構造を調べた。その結果、Yangochiroptera亜目のコウモリのらせん神経節(聴覚系のニューロン群)の構造が高度に派生的なことが観察された。これは、Yangochiroptera亜目の現生種と祖先種に特有の構造だった。この解剖学的配置は、ニューロンの増加によるらせん神経節の大型化、ニューロンの神経支配密度の上昇、聴覚神経線維束の高密度クラスター形成を許容するものであり、Yinpterochiroptera亜目やコウモリ以外の哺乳動物の解剖学的構造とは異なっている。
Luoたちは、これらの特徴が、さまざまな反響定位戦略の進化的駆動力となったと考えられ、全ての反響定位を行うコウモリ種の82%を占めるYangochiroptera亜目の多様化と関連している可能性があると結論付けている。
進化神経科学:コウモリ類の内耳神経構造の進化および反響定位における意味
進化神経科学:コウモリ類の内耳構造
コウモリ類は従来、ココウモリ類(小翼手類;反響定位を行う小型の種)とオオコウモリ類(大翼手類;視覚を多用してナビゲーションを行う果実食の大型の種)に分類されてきた。2000年、オオコウモリ類と一部のココウモリ類を1つの分類群とし、残りのココウモリ類を別の分類群とする新たな系統発生解析の結果がNatureで発表され、これらの分類群は後にそれぞれYinpterochiroptera亜目およびYangochiroptera亜目と命名された。この分類法では、コウモリ類の喉頭反響定位は、共通祖先で1回だけ進化して後にオオコウモリ類で失われたか(だとすれば、痕跡を残さずに消失したことになる)、あるいは2つの亜目で別々に1回ずつ進化したかのいずれかであると示唆されている。しかし、この分類法はこれまで分子系統発生学的な証拠からしか支持されておらず、異論があった。今回Z Luoたちによって、多様なコウモリ類で内耳の神経構造が詳細に調べられ、それに基づいて、この分類法を裏付ける既知で最初の解剖学的相関が示された。
参考文献:
Sulser RB. et al.(2022): Evolution of inner ear neuroanatomy of bats and implications for echolocation. Nature, 602, 7897, 449–454.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04335-z
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