ネアンデルタール人とヌビア式ルヴァロワ技術との関連をめぐる議論

 以前当ブログで取り上げた(関連記事)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の南限範囲の拡大および現生人類(Homo sapiens)と共通する石器技術に関する研究(Blinkhorn et al., 2021、以下B論文a)に対する反論(Hallinan et al., 2022、以下H論文)と再反論(Blinkhorn et al., 2022、以下B論文b)が公表されました。まずはH論文を取り上げます。

 B論文aは、エルサレム北方のパレスチナのヨルダン川西岸のユダヤ/ヘブライの丘に位置するシュクバ洞窟(Shukbah Cave)でのギャロッド(Dorothy Garrod)たちによる1928年の発掘で回収された化石と石器資料を再分析し、ネアンデルタール人の大臼歯との直接的関連においてヌビア式ルヴァロワ(Levallois)石核および尖頭器の存在を同定しました。これはヌビア式縮小戦略がより広範な中部旧石器一覧の一部を形成すると論証するので、現生人類(Homo sapiens)集団の移動の文化的指標としてのヌビア式縮小戦略は無効である、とB論文aは主張します。

 H論文は、以下の4点の主要な懸念を提起します。(1)シュクバ洞窟D層石器群の基準と同質性についてのB論文aの仮定、(2)ネアンデルタール人の道具と石器群のあらゆる特定の構成要素との関連づけについてのこの意味に疑問を呈し、(3)B論文aがこの石器資料を厳密な定義に従ってヌビア式ルヴァロワ技術に分類したことに異議を唱え、(4)提示された比較データは遺跡の偏った標本に由来する、と主張します。これらの点は、シュクバ洞窟のネアンデルタール人がヌビア式石核を製作した、というB論文aの結論を決定的に突き崩すので、ネアンデルタール人がヌビア式技術を他の場所で作った、という主張には根拠がありません。


●シュクバ洞窟D層は単一の混合していない石器群として扱えません

 シュクバ洞窟D層石器群は、厚さが0.2~2.5mの角礫岩堆積物に由来し、D層はC層の攪乱により再堆積した、と言われています。旧石器時代洞窟の文脈では、この厚い堆積物は必然的に、単一の単位として発掘された複数の居住段階を組み合わせるので、石器群を均質な実体として扱うことには問題があります。イスラエルの主要な遺跡群での新たな発掘調査は、20世紀前半の発掘で記録された層序を参照するさいの注意の必要性を浮き彫りにします。

 たとえば、ギャロッドの元々の発掘に続くタブン洞窟(Tabun Cave)や、ターヴィル=ピーター(Edward Oswald Gabriel Turville-Petre)の発掘の後のケバラ洞窟(Kebara Cave)です。この両遺跡では、厚く広範な中部旧石器時代層が元々識別されましたが、その後の調査では、これらの単位が実際には、広範な年代にわたる多くの考古学的層で構成されている、と示されてきました。ギャロッドは、シュクバ洞窟とタブン洞窟の両方で、層序単位を定義するのに類似の現地調査手法と媒介変数を用いたので、シュクバ洞窟D層を同様に複数の考古学的層が含まれるものとみなすのは無難です。「古い」収集物の他の研究も、これら初期の発掘の層序の問題と、その結果としての石器群の状況の不確実性を示唆します。これらの問題もシュクバ洞窟に当てはまり、それによって、D層は単一の考古学的に意味のある石器群を表すというB論文aの仮定は突き崩される、とH論文は主張します。

 H論文はこれを確証するため、ロックフェラー博物館を再訪し、そこに収蔵されており、B論文aで分析されなかったシュクバ洞窟D層の石器収集物を再確認しました。D層の収集物には156点の人工物が含まれ、そのうち約75%は道具と石核です。この収集物はB論文aにより提示された、分析された標本の場合と同様に、明らかに偏っています。ロックフェラー博物館収集物の石器群の大半は中部旧石器を表していますが、その前後の期間の人工物も明らかです(図1)。H論文は、新石器時代・銅器時代の磨製斧と同様に、下部旧石器(図1a・b)と上部旧石器の要素を識別しました(図1c・d・e)。以下はH論文の図1です。
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 ロックフェラー博物館に収蔵されている中部旧石器時代石器群は、おもに求心状ルヴァロワ技法が優占的です(図2a・b)。双方向および単方向収束技法はあまり目立ちません(図2c・e・f・g)。使い尽くされた石核は、形態と短くて急な端部隆起(42度)の観点でヌビア式石核と表面的に似ています(図2d)。詳細な技術分析がなければ、この石核が真のヌビア式縮小体系に由来するのか、それとも大きく縮小された求心状石核なのか、不明です。節約的説明は後者を示唆します。とくに、収集物には、収束状掻器や集中的に再加工された石刃や2点のフンマル(Hummal)式尖頭器など、大型石刃で作られたいくつかの道具があります(図2h・i・j・k)。これらは、初期中部旧石器時のいわゆる「タブンD型(Tabun-D)」伝統の典型です。さらに、求心状ルヴァロワ技法の優占は海洋酸素同位体ステージ(MIS)5石器群の特徴です。

 要するに、ロックフェラー博物館のシュクバ洞窟D層の混合収集物は、D層全体の整合性に疑問を呈します。さらに、中部旧石器時代におけるさまざまな年代段階の技術的および類型的特徴も存在するので、全体の石器群の出所不明な部分的標本を後期中部旧石器に分類することは根拠がありません。以下はH論文の図2です。
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●ネアンデルタール人の大臼歯をD層内の特定の石器様式と「直接的に関連する」と主張することは裏づけられません

 上記を踏まえると、ネアンデルタール人の石器と関連するシュクバ洞窟D層の層序構成要素を定義することも、石器群における「ヌビア式」人工物との関連を断言することもできません。ギャロッドは、ネアンデルタール人の大臼歯が「角礫岩底部の岩の上の、全体がひじょうに硬かった場所で見つかった」、と記載しており、「遺構の端の小丘の底部」だった、と明示しています。この記載と図示された発掘区画に基づくと、大臼歯はD層とB層の堆積物との間の接触に由来し、層序学的帰属は不確かになります。ギャロッド自身は、D層角礫岩内で見つかった他のヒト遺骸の関連性に疑問を呈しており、他でも記載されています。


●ヌビア式ルヴァロワ石器の特定を正当化する説得力のあるデータは提示されていません

 ヌビア式ルヴァロワ技術は、ルヴァロワ縮小の明確な手法とみなされています。遠位および側方調整を伴うルヴァロワ石核は、必ずしもルヴァロワ石核ではなく、石核調整の双方向および求心状手法にも分類できます。B論文aの定義は、「ヌビア式ルヴァロワ尖頭器および石核は、他のルヴァロワ式尖頭器縮小法とは、優先的な剥片除去を導くのに役立つ遠位分岐もしくは側面除去の組み合わせを通じて作られる、急な中位から遠位の隆起の存在により区別されてきました」というものです。B論文aは、以前の研究で提案された、ヌビア式石核の識別が検証でき、他のルヴァロワ式石核様式と区別できる、一連の属性を引用します。この定義では、縮小戦略は次のようになります。(1)急角度の中央遠位隆起(120度未満)と一般的隆起(60度以上)、(2)50度から90度まで変わる表面利用の交差確度を有する打撃面、(3)三角形もしくは亜三角形の石核形状、(4)主要な打撃面です。これらの基準は、さまざまな文脈領域で研究するいくつかの研究団の方法論的総意の集大成を表しています。これらの決定的基準は、多くのその後の研究で守られてきました。B論文aはこれらの基準に従わず、シュクバ洞窟D層のヌビア式技術の存在を完全に評価するためのデータも提示していません。

 B論文aはヌビア式石核の中央遠位隆起の急勾配を定義せず、これを裏づけるための定量的もしくは定性的特性はありません。B論文aはヌビア式として16点の石核を識別し、3点は近位および遠位分岐形態を示し、13点は直交もしくは求心状除去を伴います。限られた情報では、B論文a で提示された8点の石核の図のみで裏づけられており、そのほとんどは平面図のみで示さされているので、石核が上述の概説された基準を完全に有している「ヌビア式」とみなされるのかどうか、したがって、ルヴァロワ式双方向もしくは求心状石核と区別できるのかどうか、判断は不可能です。石器群には13点の「他の」ルヴァロワ尖頭器石核も含まれていますが、その利用戦略および形態的帰属に関するさらなる詳細は示されていません。

 B論文aは12点のヌビア式ルヴァロワ尖頭器の存在に言及したさい、他の文献で提供されたヌビア式の最終品の明確な定義がある、と誤って推定しています。その文献では、直接的修復がない場合、ヌビア式尖頭器が求心状ルヴァロワ縮小の最終品と区別できないと考えられておらず、「ヌビア式ルヴァロワ技法は細長いルヴァロワ尖頭器もしくは尖った剥片の製作に基づいている」と述べられているだけです。別の研究では、広範囲の修復に基づいて、ヌビア式最終品が、近位部の調整の放射状パターンと組み合わされた遠位石核部分において、中央の導波型隆起に続いて作られた尖った剥片として記載されています。ナイル渓谷のナズレット・カーター1(Nazlet Khater 1)遺跡では、ヌビア式最終品は古典的ルヴァロワ最終品よりも多くの背面跡を有しており(つまり、優先的求心状ルヴァロワ石核から)、より長く、より細長くはなく、より厚い傾向があります。

 この層位の欠如を考えると、B論文aがヌビア式最終品を他のルヴァロワ式最終品(尖頭器)と統計的処理でどのように分離したのか、不明です。B論文aは「ヌビア式」尖頭器について、双方向背面跡パターンを有する9点と、遠位および側面除去の組み合わせのある3点を識別しています。しかし、「他のルヴァロワ式尖頭器」は、単方向収束および求心性除去とともに、双方向背面跡パターンのある49点を含んでいます。B論文aでは、多変量解析が、ヌビア式ルヴァロワ尖頭器はシュクバ洞窟遺跡においてルヴァロワ式尖頭器のより幅広い本体と区別されないと示唆される、と言われています。そもそも、それらを区別する理由が適切に正当化されないので、これは循環論法です。

 広範なルヴァロワ戦略により特徴づけられるレヴァントの後期中部旧石器時代記録の文脈では、シュクバ洞窟における他のルヴァロワ技法と区別されるものとしてヌビア式技術の存在を評価するには、データと特定の属性のより詳細な提示が必要です。双方向ルヴァロワ式剥離は、レヴァント、とくに地中海生物地理区の洞窟遺跡のほぼ全ての中部旧石器時代石器群の不可欠な構成要素です。アラビア半島やネゲヴ砂漠やナイル渓谷でヌビア式技術が存在するほとんどの場所では、石核調整のルヴァロワ式双方向および求心状様式が伴いますが、ルヴァロワ式単方向収束技法はほぼ常に欠けています。したがって、提示されたデータを考えると、シュクバ洞窟石器群はヌビア式ルヴァロワ縮小への意図的重視ではなく、双方向および求心状ルヴァロワ式剥離の連続体を表している、と考えるのがより節約的です。


●多変量解析と比較石器群は情報をもたらしません

 B論文aの参考文献では計量的および分類的特徴が言及されていますが、多変量解析が依拠している特性は、もっぱら基本的な線形測定値と派生的指標です。これらの特性は、縮小強度とは無関係に石材の品質と大きさに強く依存する、と示されてきましたが、これらの側面はB論文aでは報告されていません。じっさい、偏った収集物と時代遅れの発掘実践を考えると、報告できるのか疑問です。

 B論文aでは、ヌビア式ルヴァロワ技術と他のルヴァロワ技術の分類を正当化する、シュクバ洞窟におけるさまざまなルヴァロワ式縮小戦略(痕跡の方向、中央遠位隆起の急勾配など)間の適切な技術的比較は行なわれていません。分析された石器群がヌビア式ルヴァロワ技術の基準を満たすと示されず、代わりに他のルヴァロワ技法を表していることを考えると、B論文aの「ヌビア式縮小戦略は、別々の技術的技法ではなく、より広範なルヴァロワ式尖頭器製作戦略の一部を形成する」との結論は、方法論的前提に含まれるので、必然的となります。

 B論文aでは、比較石器群の選択は充分に説明されておらず、標本抽出手順は正当化されていません。問題には、たとえばイスラエルのロシュ・エン・モル(Rosh Ein Mor)遺跡の石器群と比較して1%未満のひじょうに小さな標本に依存していることが含まれ、石核種類の合計は他の刊行されたものと異なり、説明がありません。さらにB論文aでは、エチオピアのアドゥマ(Aduma)遺跡群のA5層の3点のヌビア式石核が除外され、ヌビア式技術を有するレヴァントもしくはアフリカ北東部の石器群(関連記事)も含められていません。アラビア半島南部のヌビア式ルヴァロワ尖頭器石核が他の石器群と異なるという観察は意外ではありません。なぜならば、B論文aがヌビア式石核を含む唯一の石器群を引用しているからです。したがって、ヌビア式石核はさまざまなルヴァロワ式縮小戦略を表しています。単純に言えば、多変量解析は、比較された石器群の広い時空間と文脈の範囲から予測される、石器群間の変動の程度を示唆する以上のものではありません。


●H論文の結論

 B論文aで「現生人類とヌビア式ルヴァロワ技術との間の関連性はまだ論証されていない」と主張されているように、利用可能なデータが適切に評価されれば、同じ主張がネアンデルタール人との関連性にも言えます。B論文aは、シュクバ洞窟におけるヌビア式技術とネアンデルタール人との間の関連を何ら論証していません。H論文の提示した議論は、シュクバ洞窟D層の完全性に疑問を呈し、H論文におけるロックフェラー博物館の収集物の再評価に示されるように、ネアンデルタール人の大臼歯を、混合した石器群内のあらゆる特定の人工物と関連づける説得力のある証拠は見つかりません。さらにB論文aでは、いわゆるヌビア式石核および尖頭器の識別は、提示された結果により充分には裏づけられず、他の最近の学者により受け入れられた厳密な基準が明示的に論証されておらず、新たな基準が提示されているわけでもありません。最後に、シュクバ洞窟の文脈化に用いられる比較分析は、文脈と石材と他の関連する技術変数のより詳細な検討がなければ、偏った標本を反映しています。

 ヌビア式ルヴァロワ技術の年代と分布に関する知識に焦点が当てられるにつれて、この縮小戦略が、アフリカ北東部とアラビア半島とレヴァント南部にまたがる領域で継続的な景観を占めていた、とますます明らかになってきており、現生人類出現の重要段階と一致します。B論文aは一つの重要点を示しています。それは、後期更新世のこの地域における現生人類による適応と文化的収斂と拡散の過程におけるその意義をよりよく理解するには、ヌビア式技術の統一された定義が基本になる、ということです。



●H論文に対するB論文bの反論

 現生人類とヌビア式ルヴァロワ技術との間の排他的関連性が仮定されていますが、まだ論証されていません。B論文aでは、シュクバ洞窟の化石および石器資料が再評価され、ヌビア式ルヴァロワ石核および尖頭器とともにネアンデルタール人の大臼歯が同定されたことで、そうした仮定が覆されます。H論文はこの調査結果に疑問を呈し、代わりに、現生人類拡大の追跡のための示準石器としてのヌビア式ルヴァロワ技術の使用を支持します。B論文bはこれらの批判に取り組み、ヌビア式ルヴァロワ技術は独特で、別々の実体である、という主張の根拠に問題があり、単純な文化史的物語を裏づけるための誤用をもたらしている、と浮き彫りにします。


●シュクバ洞窟D層

 シュクバ洞窟に関するギャロッドの発掘記録と刊行物は、より細かい層序多様性が角礫岩堆積物内で認められるものの、シュクバ洞窟でもその他でも、主要な堆積相が解決されたことは明らかである、と示唆します。シュクバ洞窟で発見されたネアンデルタール人の大臼歯と動物相記録は、中部旧石器時代の時間枠を裏づけており、現時点で独立したより早期の居住を裏づける遺跡からのより広範な証拠はありません。ギャロッドは、シュクバ洞窟D層石器群内の明らかに後の時間枠および新しい技術体系の存在が稀であることは、D層の切り込みのある上部接触面に由来する可能性があり、H論文により特定された11点のより新しい嵌入要素と一致する、と直接的に警告しています。

 石器群が後期中部旧石器時代に分類されることは、ロックフェラー博物館の収集物を含むキャランダー(Jane Callander)による動作連鎖(chaîne opératoire)分析と、707点の石器の本論文の分類に基づく分析から、ギャロッドにより報告されているように、シュクバ洞窟D層の類型論的特徴と一致します。キャランダーは、複数の主要な収集物間のシュクバ洞窟D層の石器の不均一な分布を示し、再加工され断片は顕著に高い割合で、他よりも小規模なロックフェラー博物館の収集物に存在するルヴァロワ要素の割合はより低くなっています。したがってB論文bは、H論文による小さく特に偏った標本との調査は、ギャロッドやキャランダーやB論文aによるずっと大きな標本規模の研究と対比すると明らかなように、シュクバ洞窟D層石器群の特徴に誤解を招く洞察を与える、と示唆します。

 B論文bは、シュクバ洞窟のより早期の居住の可能性を排除できませんが、H論文がそうした早期居住事象の特徴とみなした発生率(後期更新世3点もしくは中期更新世前期7点)は、ギャロッドにより回収された石器(1235点)のうち0.8%ときょくたんに低い割合で、石器の保持方法がより包括的だった場合、大幅に低くなった可能性があります。石器群の圧倒的多数を見ながら、単一もしくは稀な石器に基づいて全体的な文化段階の存在を定義することは疑わしいでしょう。したがって、これらの観点では、シュクバ洞窟D層石器群の混合は最小限だったようです。シュクバ洞窟D層石器群における求心状および双方向剥片製作とともにルヴァロワ尖頭器製作に重点を置いていることの組み合わせは、ネアンデルタール人が居住し、シュクバ洞窟と同等の動物相記録を含むケバラ洞窟など、他の年代測定されている後期中部旧石器時代遺跡群に匹敵します。複数の研究物による評価は、ルヴァロワ尖頭器製作に顕著な焦点を当てた、シュクバ洞窟D層石器群の古典的な後期中部旧石器的特徴を明確に論証しています。


●ネアンデルタール人の大臼歯

 ネアンデルタール人の大臼歯の出所は、ギャロッドにより記録されています。H論文はギャロッドの記述から部分的な引用を提示し、ネアンデルタール人の大臼歯がD層とB層との間の接触面に由来する、と示唆します。ギャロッドは、「いくつかのヒト化石断片はD層で発見されました。つまり、側頭骨のごく一部と大臼歯は、遺構の端の丘の基底部で発見されました」と述べているように、ネアンデルタール人の大臼歯を、D層に分類される、損なわれていない角礫岩堆積物に明確に帰属させています。H論文に反して、ネアンデルタール人の大臼歯は丘の右側で約2mのシュクバ洞窟D層角礫岩に重なっており、B層とは直接的に接触していません。すり減った堆積物と関連しているかもしれない他のヒト化石について、明確な層序文脈がギャロッドにより記録されており、これは、ネアンデルタール人の大臼歯を後期中部旧石器時代石器群が発掘されたD層角礫岩に確実に帰属させることについて、関連を有していません。


●ヌビア式ルヴァロワ技術

 B論文aは、シュクバ洞窟D層石器群のヌビア式ルヴァロワ技術の存在を特定するために用いられた媒介変数を指摘した、以前の研究で設定された4基準を視覚的に満たす、平面図の9点の石核と、2点の石核の複数の視野を記録しました。H論文は、B論文aの平面図における石器群の顕著な提示を批判しました。B論文aの手法は、アラビア半島やレヴァントやアフリカ南部のヌビア式技術の現在の報告と一致し、石核の65~95%は平面図でのみ示されています。ヌビア式ルヴァロワ技術の定義の広範囲は、剥離表面痕パターンの記述に関する焦点を共有しており、それは平面図で最もよく観察されます。

 H論文は、ウシク(Vitaly I.Usik)たちの研究に従って、ヌビア式縮小の異なる形態と、その定義の基準の総意の両方を主張しています。これは、文献でのかなりの議論を見逃しています。ウシクたちの研究は、様式1と1/2と2のヌビア式石核について剥離表面の調整の別々の様式を特定しますが、これはクラッサード(Rémy Crassard)とヒルバート(Yamandú Hieronymus Hilbert)の研究で、現時点で調べられた石核は過去の動的体系の静的要素であることを考えると、不必要に可塑性を形式化している、と示唆されています。

 ゴダー=ゴールドバーガー(Mae Goder-Goldberger)たちは、ヌビア式技術の明確さを維持する定義が「考古学的な失われた環」としての使用に重要であることを浮き彫りにします。しかし、ウシクたちは、遠位剥離表面が平らになるにつれて、ヌビア式石核は「双方向石核もしくは反復石核への勾配を緩くすること」として見ることができる、と示唆します。ハリナン(Emily Hallinan)とショー(Matthew Shaw)は、「ヌビア式の類似性」のある石核を識別しますが、ヌビア式として確信的に同定するには充分ではなく、ローズ(Jeffrey I. Rose)たちは、「レヴァントムステリアンでは、ヌビア様式2石核調整と一部の優先尖頭器製作ルヴァロワ縮小体系との間に重複がある」と同定します。ヌビア式ルヴァロワ技術は他のルヴァロワ手法に分類できる、というこの広範な認識を考えると、この変動性の範囲をどのように、どこで、なぜ分割するのか、ある程度の評価の必要があります。

 ウシクたちは、ヌビア式ルヴァロワ技術を定義するのに選択された類別を同定する比較根拠を設定しておらず、他のルヴァロワ技法と区別して実証しているわけでもありません。たとえば、単純に120度で分けられるヌビア式石核と他のルヴァロワ式石核の遠位剥離面角度の離散分布があることは確証されておらず、じっさい、この定量的閾値は、ヌビア式石核の同定においてハリナンたちにより別の研究で超過しています。それにも関わらずB論文bでは、H論文の批判に答えるため、UCL(University College London)で保管されているシュクバ洞窟D層の10点の石核での遠位隆起角度が測定されました。その角度は83度から120度の範囲で、平均では102.4度となり、これらの石器がウシクたちにより設定され、H論文により支持される特定の記述と一致することを意味します。同様に、ハリナンとショーは形状分類の適用が困難だと証明し、代わりに定量分析の必要性を主張しますが、そうした定量分析は、ヌビア式ルヴァロワ技術の明確な特徴と主張するならば、比較研究を通じて再度確証されるべきです。比較研究の顕著な欠如は、ヌビア式ルヴァロワ技術が本質的に他のルヴァロワ技法と異なる、と認めることを妨げます。

 H論文は、ヌビア式ルヴァロワ最終品を識別できるのかどうか、論じていますが、最近の文献では一般的に識別されています。たとえばローズたちは、ヌビア式縮小は「ヌビア式ルヴァロワ尖頭器の痕跡をもたらす」と示唆しており、ゴダー=ゴールドバーガーたちは、「ヌビア式縮小系列と関連する他の認識できる石器は、石刃と最終品を形成する特定の石核」で、「ヌビア式剥離体系は独特で、識別できる石核と調整原形と最終品を含んでいる」と示唆します。一方、ハリナンとショーは、「様式2と1/2を含むさまざまな縮小戦略から、より少ない程度ながら様式1のヌビア式希望まで」を背面跡パターンの評価から同定します。じっさい、ヌビア式尖頭器と他のルヴァロワ尖頭器との間の定量的研究の必要性は、ハリナンとショーにより「ヌビア式技術の研究の大きな限界」として強調されていました。B論文aのヌビア式ルヴァロワ石器の同定は、ハリナンとショーにより設定された同定に相当し、さらなる分析に検証可能な仮説を提供します。つまり、ヌビア式ルヴァロワ縮小体系は、他のルヴァロワ式尖頭器との比較でB論文aにおいて研究された主要な計量特性に、顕著な影響を及ぼしません。


●比較研究

 B論文aは、レヴァントとアラビア半島とアフリカ東部にわたる後期更新世の中部旧石器時代および中期石器時代の石器一式の広範な定量的比較研究を行ない、同等の範囲と規模の類似した分析の少なさから明らかなように、かなりの研究努力です。じっさい、既存の報告への依存ではなく、アドゥマ遺跡群など既存の石器群の直接的な再評価は、ルヴァロワ式縮小技法の多様性を評価するのに必要です。この事例では、B論文aはヌビア式ルヴァロワ技術の存在に関する以前の主張を却下しました。B論文a は変動の促進で石材調達の潜在的役割を見落としている、と主張するH論文とは逆に、B論文aで示唆されるのは、TH123bやTH383などアラビア半島南部の遺跡群ではより大きな砕屑物をすぐ利用できることが、他の遺跡群との比較で観察された異なる変動性を最良に説明し、これら石核のより大きなサイズと相違を示す縮小強度の役割を浮き彫りにする、ということです。

 ヌビア式ルヴァロワ技術は、年代測定されていない表面採集遺跡で最もよく知られており、通常は他の縮小技法と比較して低頻度になります。ヌビア式ルヴァロワ技術に焦点を絞ると、おそらくはギャロッドの発掘よりも石器群の完全性を損なう結果となり得る、偏った標本抽出につながってきました。これらの要因は、これまで比較分析の範囲を制約してきたかもしれませんが、同様に、ヒトの拡大を追跡するための化石主軸としてのこの技術の使用を制約すべきです。遺跡内および遺跡間の標本規模の増加は、間違いなく比較研究の精度を高めますが、B論文aの結果は、ヌビア式ルヴァロワ技術が他のルヴァロワ技術と別個のものなのかどうか、という重要な仮説を検証する手段を提供します。H論文は、ヌビア式技術の誤った同定が、シュクバ洞窟と他の遺跡群でB論文a のヌビア式ルヴァロワ区分と他のルヴァロワ区分との間にかなりの重複が存在する理由を最もよく説明する、と主張します。しかし、これは他の計量分析や、修復研究を含むより広範な分析からの同等の結果を見落としており、これは、B論文aの結果を裏づけ、ヌビア式ルヴァロワ技術と「古典的」ルヴァロワ技術が単一の技術的手法の異型かもしれない、と論証します。


●B論文bの結論

 文献ではヌビア式ルヴァロワ技術の定義が多くありますが、ウシクたちが設定した基準の根拠は不明瞭で、他のルヴァロワ技法との明確な区別を妨げます。H論文は、ウシクたちにより設定された基準を満たすシュクバ洞窟D層石器群内の石核を識別します。しかし、石核が「真のヌビア式ルヴァロワ体系」から生じたのかどうか解決するにはさらなる「詳細な技術的分析」が必要なので、これらの好ましい基準だけでは、ヌビア式縮小体系の同定に充分な分析的有用性を提供できないのは明らかです。

 この問題は、ヌビア式ルヴァロ石核の識別に単一の定義を主張し、文献の多くを見落としている一方で同時に、ヌビア式ルヴァロ尖頭器原形の識別を妨げるそうした先行研究の多さを浮き彫りにするH論文により悪化しています。H論文が主張するように、「(後期更新世のこの地域における現生人類による適応と文化的収斂と拡散の過程における)その意義をよりよく理解するには、ヌビア式技術の統一された定義が基本になる」ならば、B論文bは、そうした定義は比較研究から導かれるべきである、と考えます。

 ヌビア式ルヴァロワ技術の独特で別々の品質を論証する明確な比較研究がない場合、B論文bは、ヌビア式ルヴァロワ技術が半乾燥景観と多くの場合に関連づけられるルヴァロワ縮小技法の変動性の範囲の一部を形成する、との提案を支持します。この提案は、アフリカ南部を含む地域でのヌビア式ルヴァロワ技術の独立した出現と一致します。これは、シュクバ洞窟でのヌビア式ルヴァロワ技術の出現と、B論文aの結果の最も単純な説明を提供します。対照的に、ヌビア式ルヴァロワ技術の使用、とくに年代測定されていない表面採集遺跡での出現、および石器群とヒト化石との間の堅牢な関連性の欠如を考えると、別の生物学的人口集団である現生人類の拡大を追跡することには問題が残ります。結果として、ルヴァロワ縮小技法を用いて、尖頭器の製作に重点を置く他の人口集団によるヌビア式ルヴァロワ技術の使用は、おそらく驚くほどではありません。


参考文献:
Blinkhorn J. et al.(2021): Nubian Levallois technology associated with southernmost Neanderthals. Scientific Reports, 11, 2869.
https://doi.org/10.1038/s41598-021-82257-6

Blinkhorn J. et al.(2022): Reply to: ‘No direct evidence for the presence of Nubian Levallois technology and its association with Neanderthals at Shukbah Cave’. Scientific Reports, 12, 1208.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-05049-6

Hallinan E. et al.(2022): No direct evidence for the presence of Nubian Levallois technology and its association with Neanderthals at Shukbah Cave. Scientific Reports, 12, 1204.
https://doi.org/10.1038/s41598-022-05072-7

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