『卑弥呼』第81話「最悪の好機」

 『ビッグコミックオリジナル』2022年3月5日号掲載分の感想です。前回は、山社(ヤマト)の国の千穂(現在の高千穂でしょうか)の洞窟が落石により塞がれ、ヤノハとその息子のヤエトが洞窟に閉じ込められるところで終了しました。今回は、(作中世界での現時点から)10年前の、御井戸(ミイト)での惨状の場面から始まります。後にヤノハの義母になる女性とその従者らしき女性が、暈(クマ)と那(ナ)の領地争いの犠牲になった邑だろう、と話し合っています。ヤノハの義母は、高良山(コウラノヤマ)には神様がおられるのに、と嘆息します。高良山が近くに見えるので、御井戸は現在の福岡県久留米市御井町あたりでしょうか。誰もいないと思われた邑ですが、焼け落ちた家屋に幼いヤノハと弟のチカラオ(ナツハ)が隠れていました。ヤノハの義母と従者は、よく無事だった、何と運の強い子供たちだ、と感心します。従者がチカラオに近づくと、ヤノハはその手を払いのけます。するとヤノハの義母は、我々は旅の途中の日守(ヒマモリ)で敵ではない、とヤノハに語りかけます。ヤノハの義母は、ヤノハが強運な上に気が強いことから、自分たちの住む日向(ヒムカ)に来ないか、と誘い、最悪の時こそ己の状況を好機に帰る道がある、と警戒心の露わなヤノハを諭します。

 ここで場面は、ヤノハが洞窟に閉じ込められる直前に戻ります。ヤノハは、両親が戦に巻き込まれて死んだため、実の両親と7歳の時に別れ、邑で生き残ったのはヤノハと弟のチカラオだけでした。ヤノハは天命があると見込まれ、義母に育てられました。ヤノハは息子のヤエトに、義母はいい人だったが本当は寂しかったので、お前は絶対に手放さない、と語りかけます。その直後、落石によりヤノハとヤエトは洞窟に閉じ込められ、自分もこれまでか、とヤノハは観念します。しかしヤノハはまだ灯りが消えていないことに気づき、火が燃えている間は、人は死なない、との義母の教えを思い出します。外から空気が流れているから、というわけです。寝ているヤエトを見て、豪胆な子だ、とヤノハは感心します。水と食糧は3日分くらいありそうだ、と判断したヤノハは、空気が流れてくる小さな穴を見つけ、ナツハとヌカデに呼びかけます。

 洞窟の外では、ヌカデが入口の天井も崩れていることを見て、里に戻ってオオヒコや里の衆に助けを求めることにし、ナツハには穴に近づいて中の様子を調べるよう、命じます。最悪の事態も覚悟するヌカデは、川が氾濫し、流れも速く、川幅も広くなっていることから、一刻の猶予もない、と判断して急ぎます。ナツハは落石の僅かな隙間に入り込み、ヤノハと意思疎通できる場所まで到達します。ナツハが落石のすぐ向こう側にいると気づいたヤノハは、棒で小さな石の塊を突き崩し、小さな穴を広げます。ヤノハはチカラオ(ナツハ)との意思疎通で、ヌカデが里に助けを求めに行った、と知り、最悪の時こそ己の状況を好機に帰る道がある、との義母の教えを覚えているか、チカラオに尋ねますが、記憶を失っているチカラオは覚えていませんでした。ヤノハが、オオヒコは自分を助けようにも大雨の間は谷を渡れず、雨が止んで川の水が引くのに数日はかかるので、その間に洞窟から脱出できれば、自分とチカラオとヤエトの3人で、どこかでひっそり暮らせる、とチカラオに語りかけるところで今回は終了です。


 今回は、ヤノハの窮地と過去が描かれました。窮地でも諦めず打開策を模索するところは、これまでのヤノハの人物像と合致しています。ヤノハが現在の福岡県久留米市あたりの出身で、暈と那の戦いで両親を失ったことはやや意外でした。すっかり、日向で賊に襲われて両親が殺されたのかと思っていました。ヤノハの義母は日向の人ですが、修行なのか別の目的があるのかはともかく、九州全域を巡っていたのでしょうか。ヤノハは洞窟に閉じ込められ、かといってオオヒコたちの助けを得て脱出できても、ヤエトをどう説明するのかが問題となり、日見子(ヒミコ)としての義務に反したとして、殺害される危険さえあるように思います。まさに絶体絶命ですが、それを逆手にとって、出産後にますます強くなった、日見子の立場を捨てて身内とひっそり暮らす、というかねてからの希望を叶えようとするところは、いかにも本作でこれまで描かれてきたヤノハらしいと思います。トメ将軍とミマアキの一行の帰還、暈の志能備(シノビ)に捕らえられたアカメの運命、鬼国(キノクニ)と金砂(カナスナ)国の戦いも気になりますが、まずは、洞窟に閉じ込められたヤノハがこの窮地をどう脱するのか、注目されます。

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